「状況は!」
「ギレール、後13分後に施設へのアルカンシェルの射線を確保します!」
「本艦がギレールを撃てる所まで進むのには最大戦速でも15分かかります!」
「くっ!」

クロノは再報告を受けながら、その状況を端末からユーノ達へと流し込む。
アースラで妨害するのも無理。
彼女等をアースラで回収するのも無理。

『もうすぐトランスポートだ、その後そちらについた後は!?』
「個人転送ですぐさま向こうに向かってくれ!」

本局でのトランスポート使用までに更に一分、座標設定と機械駆動までに多少の時間がかかる。
その日頻繁に使われていれば機械駆動はカットできるのだが、生憎そこまで運はないらしい。
アルフとユーノがちゃんと無限書庫にいてくれた程度の運があっただけでも良かったと思うべきなのだろうか。

『クロノ、フェイトとはやて達が目標ってのは本当かい!?』
「ああ、すっかり可能性から失念していた自分に腹が立ったよ!」

アルフからの言葉に、クロノは憎々しげに叫ぶ。
声を荒げる艦長をはじめて見るものもいる。
普段から冷静沈着なクロノがここまで表情を見せているのが非常に焦っていると言う事を分かりやすくさせてくれる。

クロノの予想ではアルカンシェルを回避しながらの艦戦になると思っていたのだ。
何故なら、アルカンシェルは一撃威力はともかく、扱いが難しい。
エネルギーチャージ、バレル展開、発射。
しかも、高度プロテクトまでアルカンシェル発射時には起動する。
そのプロテクトがある場合、アルカンシェルは停止する。
指定されたナンバーの鍵がなければ撃てない。
しかし、今回はたっぷり時間があったので、プロテクトを解除していることだろう。
プロテクトを知らない何ていう楽観思考はない。
ここまで入念に計画を練ってくるような奴だ。
予想外の事は、ほぼないだろう。

「残り12分です!」
「くっ」

刻一刻と焦燥感が募ってくる。

「スクライア司書長達がトランスポートに到着!」
「転送までおよそ30秒だそうです!」

矢継ぎ早の報告に、クロノも頷く。
現地への通信はまだ回復していない。
もし、そこを取り返そうとしてもっと致命的な部分へと侵攻されたら、それこそ洒落にならない。

「……ふう。」

一度息を大きく吸って、吐き出す。
深呼吸を何度も繰り返して、クロノは頭をクリーンにする。
フッと、冷静な思考を求める。
結局、相手の動機がまだ見えてない。
その部分さえ分かれば行動原理の解釈もできるはずなのだが。
クロノは思考を分割する。
推察する部分と、指示を出す部分に。

「スクライア司書長、転送を確認!」
「アースラ内トランスポートへの出現を確認しました!」
『クロノ、向こうの座標!』
「最新の座標点を!」
「了解しました!」

どれだけ時間が流れるのが早いのか、とクロノは冷静につとめて考えている。
そんな事は、どうでもいいことだ、と割り切ればいいのに。





「イージス!」
<<座標確認、トランスポーター行きます!>>

浮かび上がるミッド式の魔法陣。
このまま現地施設まで行ければ、全員を引っかき集めてアースラへと転送すればおしまい。
残り時間と照らし合わせても、残り10分はあるだろう。
それだけあれば、アルフとユーノがいれば余裕である。
だから、少しだけ、クロノも安堵の息を吐いたのだが――
唐突に、広がった魔法陣が歪んだ。

<<これは!?>>
「! イージス、魔法をキャンセル!」
<<はい!>>
「ど、どうしたんだい!?」

緑色の魔法陣は消失してしまった。
アルフは急いでいるのに何をやっているのか、とユーノに視線を向ける。

「クロノ、転送妨害だ! 結界確認して!」
『何だと!?』

クロノはスタッフ達を振り向く。
急ぎ解析を進めていくスタッフ達から声は返らない。
時間からすればまだ15秒、30秒。
なのに、何と長い時間だ。

『…解析、出ました、恐ろしく隠密性の高い結界が調査施設を中心にして半径5km四方に張り巡らせています!』
『5km…なら、結界外の座標を出せ!』
『座標…特定!』
『残り時間、11分です!』
『聞いての通りだ、ユーノ、アルフ、さらに時間が切羽詰った!』

クロノの言葉に頷きながら、今度こそ、とユーノとイージスはトランスポーターを起動させる。
広がる緑色の魔法陣を眺めながらクロノは叫ぶ。

『ユーノ、アルフ、向こうについたら、こちらからの連絡は出来ない! 異常を知らせることもできない、そこからは各自の判断に任せる!」
「了解!」
「ちゃんとフェイト達を助けてくるよ!」

その言葉を残すと、ユーノとアルフは緑色の魔法陣に飲み込まれるようにして消えていく。
それを見送ったクロノは、檄をとばす。

「ギレールへ向けて前進!」




転送を終えた先は、赤茶けた大地ばかりが目立つ場所だった。
施設まで約5km。
残り時間はタイマーで控えている。
残りは10分と少し。
飛行速度の速いアルフなら、5km程度なら50秒もあれば到達できる。

「急ごう、ユーノ!」
「アルフは先行って、僕はこの結界を破壊するから!」
「…分かった!」

ユーノの能力ならこの程度の結界、破壊するまで一分もいらないだろう。
それなら、先に行ってフェイト達に避難勧告をだしておいた方が良い。
さっさと集めてさっさと撤収せねば、誰か残してしまう可能性もある。

「分かった、ユーノ、さっさと頼んだよ!」
「イージス、一気に壊すよ!」
<<了解です!>>

その声を聞きながら、アルフは転送妨害結界の中へと突入し――
突然、その目の前に広域隔離結界が築かれた。
それも、既に隠密性なしの、完全に外界との隔離結界だ。

「なんだって!?」

破壊に手間取りそうな結界に、アルフは悲鳴を上げる。
これで中のフェイト達も異常に気づくだろうが、それでも行動までは起こさないだろう。
原因を探ろうとしている間に、タイムアウトの可能性が高い。

「こんちくしょうめ!」

アルフは罵声を上げながら、その結界のアルゴリズムを一つ一つ解いていく。
冷静にならなければできない分析作業だが、無限書庫での活動が、いやでもその辺りの能力をそこ上げしてくれていた。
しかし、それでもこの結界は硬い。
魔力量が並々ならないくらいに注ぎ込まれている。

「イージス、アルフの方も解析お願い!」
<<はい!>>
「そっちは大丈夫なのかい!?」
「突入できなきゃ話にならないじゃないか!」

しかも、ここでこれなら、この先もトラップの結界が山のようにある可能性が高い。
それをここで見極めなければ、ユーノ達の負けは確実になってしまう。
しかし、同時にユーノは冷静に頭を稼動させて、アルゴリズムと結界構成の癖を見る。
はっきり言って、複雑だ。
それも、結界構成が得意、と言える自身と同じくらいの腕があるのは、見て取れた。
ユーノはそれを意識しながらその結界を見ていく。
似ている、結界構成が自身に似ている、とユーノは思う。
なら、壊せる点も――

「こうすれば!」

同じだ。
吹き飛ぶように転送妨害の結界は崩れていく。
この間で約30秒。
すぐさまユーノも次の結界の解析に加わる。

「平行して解析!」
「おう!」
<<はい!>>

無限書庫での最強メンバーは伊達ではない。
解析はもしかしたらこのメンバーが管理局最速かもしれない。
そう思えるほどに、アースラから見ていた面子からみれば早かった。
クロノは歯噛みしてみていた、自分もあの場所にいければ、と体が疼く。
そうすれば、更に解析速度は上がるだろうに。
艦長と言う立場は、時に疎ましい――





「広域結界やね?」
「何だろうね、一体?」
「外部から敵が来る気配もないですし…?」
「はやて、発生源、特定するか?」

全員で首を捻りながらヴィータの言葉に、はやてはさて、と更に首を捻る。
通信も結界内ではできないから、アースラに聞くこともできない。
しかし、実害は特にないようだ。
アースラからの緊急連絡もない。

「シグナムとフェイトちゃんの意見は?」
「とりあえず、通信もままならないので、結界は止めましょう。」
「発生源を突きとめて止めよう。」
「そう…やね。」

それ以外にいい意見もなし。
それじゃ、とリインも加えて、一行は部下達に待機命令を出して、施設の中へとまた入っていった。
これもまた、思惑通りだろうか。




「どうだい!」

アルフが声を上げると同時、広域隔離結界は粉々に飛び散って飛散していく。
これで障害はない、とばかりに飛ぼうとするアルフに先んじるように――

「封鎖結界!?」

ベルカ式の封鎖結界が展開された。
入るのは簡単だが、出ることは容易ではない。
勿論、内部からの転送など出来ない。

「くっそ、こいつも早く!」
「待って、アルフ!」

このままいたちごっこを続けていたら、確実に間に合わない。
残り時間はすでに残り7分。
結界がどれだけあるか分からないのにその全てを破壊している時間などない。

「やっぱり…今度は破壊したら5秒後に転送妨害の結界の二重…」
「じゃあ、どうしろってんだい!」

アルフの叫びに、ユーノは頭を回す。
ここまでくれば――

「死んでもらおう。」
<<ユーノパパ!>>

イージスの叫びに、ユーノは咄嗟に身をそらす。
同時に、バリアジャケットのマントの端を持っていかれた。
急降下していく影は、すぐさま飛行魔法でアルフとユーノ前に戻ってくる。

身長は約190cmほどだろうか。
年の頃は20代前半。
細くもなく、太ってもないがその体はまるで圧縮したバネのような印象を与えてくる。
短く切った青い髪と鋭い眼光が威圧感を感じさせる。
その顔は、どこか何かを悟っているように、落ち着いて見える。
ただの無表情かもしれないが。
胸と手足をブラックメタリックの色に輝くブレストプレートと手甲と足甲で覆っている。
どこかの資料で見た、確かランクは――

「――ユーノ・スクライア、か。」
「はい…」
「悪いが、死んでもらう。」

淡々と込められたはずの言葉は、どこか苦渋に見ちていた。
何故こんな事をしなければならないのか、と。

「何、勝手な事言ってんだい!」

それに対しても、アルフは喧嘩腰で答えた。
フェイトが死にそうになっている――殺されそうになっているのに、この上ユーノも殺そうと言う。
アルフが大好きな人間達を奪おうとする相手に、既に彼女の頭は熱くなりまくっている。

「簡単に殺される気は…」
「ないだろうさ、しかし、お前は死ぬ。 私は、セクト・スパイル。 お前を殺す、死神の名だ――」
「イージス、セットアップ!」

話を聞いている間などない、しかし、不用意に動けば殺されるのだけは、少ない戦闘経験からも分かった。
冷や汗を流すユーノに呼応して、イージスは光の粒を零すように集まり、盾としてユーノの左腕に装着された。
セクトの名前を聞いて思い出した。
AAAランクの近代ベルカ式騎士。
しかし、資料に載っていた彼の相棒が見当たらない。
資料の通りなら、隠している右手にあろうと見えないはずがないのだが。

「お前は死ぬ、何故なら、私は、今、大切なものを護る為に――鬼となるからな!」

そう言うと、セクトは今まで見えないように隠していた右手からあるものを出した。
それは、柄から穂先まで全てが真紅に塗られた槍。
穂先部分の根元にポッカリと空いた穴の部分が、まるで異質のように映る。
思わず目を見開いたのは、ユーノとアルフだった。

「それは!?」
「何で――こんな時に!?」

クロノもそれを映像で見ながら、声を荒げていた。

「最悪って言うのは、こう言う事か!?」

時間もない、人手もない、と言うのに、こんな事になった。
それだけに、クロノの叫びも最悪を現す感情に溢れていた。
事情を読めないスタッフ達は、クロノに疑問の視線を流す。
あの赤い槍が何だというのだろうか。

「艦長、あの槍は?」
「あれは――」



「間違いないのかい、ユーノ!」

吹き荒れる紅い魔力は発動前の兆候だと資料に載っていた。
おかげで近づけない。
なのは級の魔力があるならともかく、ユーノやアルフの攻撃では途中で阻まれてしまうだろう。

「間違いないよ!」

悲鳴のような叫び声をあげるユーノ。
目の前でまるで活性化するように真紅の色を血の色に変えていく槍を見ながら、ユーノは叫ぶ。

「スクライアの集落から盗まれたS級ロストロギアの『殺戮』だ!」

『殺戮』とは、槍につけられたコードネームのようなものだ。
そのロストロギアが一言で表されればこのような言葉だ、とつけるもの。
そして、あの真紅の槍につけられた名は『殺戮』。

フッと、真紅の魔力嵐が消えた。
圧力が消えて、一瞬の空白。

「―――――っ!」

声にならない声。
しかし、それは、まるで聞いているだけで恐怖するような雄叫び。
ブラックメタリックのブレストプレートや手甲など、甲冑の部分が分解されて槍に吸い込まれていく。
それに呆然としながらも、ユーノは歯軋りをしながら、前方の『鬼』を見つめる。

<<マスター、あれが…>>
「うん、そうだ。」

くしくも、ユーノとクロノは同時にその名を言いはなっていた。

『狂戦士の槍』


『アルカンシェル発射予想まで残り6分』




『レイス』は歓喜に溢れていた。
早かった、早かった、思っていたよりもずっと!
友人や家族や親友や恋人を殺して、絶望した後に殺してやろうと思っていた。
だけど、『レイス』はユーノを画面越しとは言え見た瞬間にその考えは吹き飛んでいた。
殺す、死ね。
胸の中で狂おしい程にそう叫ぶ何かが沈殿していた。
いつも奴は無限書庫の奥底にいるから、こんな早くに殺すチャンスが巡ってきて、暴走しているのかもしれない。
だが、その暴走を止める気も一片足りともない。
死ね、死ね、死ね。
あの人が死んで、お前が生きているんじゃない!

『レイス』は呟く。

「やっと…君はいなくなる。」


ー続くー

ロストロギアの片方を出しました。
なんと言うか、結構普通の代物かな、と思います。
色々えげつないですけど。



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