狂戦士の槍。
開発された当初は真紅でもなく、また、このような名前でもなかった。
古代ベルカで対ミッドチルダ用として開発されたこのロストロギアは、確かな性能を持っていた。
この槍は本来の正式名称は『聖戦士の槍』。
色も真紅などではなく、黒と青で構成されていたらしい。
しかし、穂先の制御ユニットを失っていらい暴走を始めた。
その挙句に、いつからか真紅に染め上がり、今のような名前で呼ばれるようになった。
持つものをを狂気の虜とし、周りにいるものを見境なしに殺しまわる、狂戦士。
その名を与えられるような所業を、この槍は今まで何人もの持ち主と共に、成し遂げてきてしまったのだ。
槍としての特性。
それは、貫くもの。
そして、奪うもの。
その二つを極めたのが、『聖戦士の槍』。
そして、その二つが暴走し、更に使い手すらも蝕むようになったのが――
『狂戦士の槍』だ。
蝕れた人は、戦いが終わるまで、ただただ槍を振るい続ける。
正気を失い、敵も味方もお構いなしに、だ。
体が壊れようとも精神が壊れようとも。

無限書庫には、その全てがあった。
経緯、由来、設計まで。
だから、もしもの時のための制御プログラム自体はイージスが用意している。
しかし、それにはどうしても一度槍を奪う必要がある。

「…最悪だね。」

ユーノが冷や汗混じりにつぶやくと同時に、セクトはまるで撃ちだされるように突撃してきた。
バネの伸縮が元に戻るように、それは早い。

「――!」

声にならない雄叫びを耳に聞きながら、ユーノとアルフは慌てて回避する。
バリアジャケットの端を掠めた槍は、赤い光を爛々と灯している。
槍に掠められたユーノのバリアジャケットのマントが、ボロボロと少し崩れ落ちた。
調べたとおりの効力に、ユーノもアルフも引き攣る。

「…本当に、魔力に対しては凶悪だね。」
「あっさり、分解されちまったね。」

槍の能力の一つ。
穂先でついた魔力物質は、粉々になる。
そして、その粉々にした魔力を穂先に集めて、更に攻撃力を高める。

「見る間に強くなっているよ、魔力。」

アルフの言葉に、ユーノも頷く。
この周囲には先ほど破壊した結界の魔力が飛散している。
槍は黙々とその魔力を穂先へと集中させ、貫通力を高めていく。

「チェーンバインド!」
「ストラグルバインド!」

アルフとユーノが、同時に鎖と縄を魔法陣から放ち、セクトを拘束しようとする。
ストラグルバインドで絡めとることさえ出来れば、槍の効果からももしかしたら脱出させる事ができるかもしれない。
しかし、鎖は絡みつくと同時に崩れ落ち、縄など近づいただけで消失してしまった。
そして、二つの魔法は純粋に魔力に分解され、槍の穂先へと吸収されていく。
槍は使用者の周囲に魔力分解、吸収の力を持つ。
勿論、魔力出力が大きければその範疇ではないが。

「…本当に、ミッドチルダの魔導士には天敵だね、あれは。」

呆然と呟くアルフに、ユーノは頷く。
半ば予想が立っていたが、正に戦力差を感じるだけの結果になってしまった。
最低でも撃ち抜こうと思うなら、S級出力は必要なのではないだろうか。
しかし、フェイトよりも遅いのは確実だが、速度でもかなりのものだ。
あれにまともに当てるのはかなり厳しいだろう。

「来るよ!」

アルフの警告とほぼ同時に、ユーノはイージスを引き上げて、体の正面に構える。

「うわ!」

ガツン、と何かが砕ける音を聞きながら、腕力で押されて、ユーノは後方へと吹き飛ばされる。
慌てて急制動しようとするが、セクトが正面からこちらに突っ込んできていた。
このまま制動すれば確実に打ち抜かれる。

『フロータフィールド』

イージスはそれを見て取ると、ユーノとセクトの間にフローターフィールドを展開させる。
狂戦士となったセクトはその邪魔な物を貫く。
しかし、一部貫かれただけでは、フローターフィールドは瓦解せず、その形を保っている。
勿論魔力分解によって2秒ほどで消えてしまうが、それでもユーノは体勢を整えている。

「こりゃ、一瞬でも気が抜けない…ね。」

ちらり、とユーノは腕を見る。
タイマーは残り5分。
これは、やるしかない。

「アルフ!」
「何だ、い?」

言葉の途中で、イージスから伸びた鎖の半ばを渡されて、アルフは困惑する。

「中に、行くんだ! 鎖を持ってれば、僕と通信はできるから!」

幸い、封鎖結界は中に入るのは自由。
しかし、外に出れないのが今の問題だ。
そして、この結界を破壊すれば、おおよそ5秒後には転送妨害結界が二重で展開されてしまう。
ならば――

「アルフが先に中に入って、転送魔法は用意しておくんだ。」
「じゃ、じゃあ、この結界の破壊はどうするんだい!?」
「僕がやる。」
「無茶言ってんじゃないよ!?」

目の前の狂戦士の相手を一人でして、その上で結界破壊を慣行しようとユーノは言う。

「分かってないわけじゃないだろ、イージスもその様なんだよ!」

最硬であるはずのイージスは、その盾の表面が一部抉れていた。
先ほどの砕けた音はイージスが削られた音だ。
本体を中心にして描かれている星が切り裂かれるように傷が走っている。
まだまだ魔力を集めて貫通能力を高めていっている槍を相手に、いつ貫かれるかもしれない。
アルフに言わせてもらえれば、この状況下では結界破壊までするなど無理、無茶、無謀でしかない。
ヴィータの時よりも更に状況が酷いというのに。

「大丈夫、策は…ある。」

ギリギリなのだ、全てが。
たったの5分だ。
会話している間にも、刻一刻と時間がなくなっていく。

「アルフ、君が一番大切なのはフェイトだろ、だから、行くんだ!」
「…勝手な事言ってんじゃないよ。」

アルフの声はどこか酷く弱々しく響く。
狂戦士は既にいつでもこちらに飛びかかれる。
止まっているのは逡巡しているのではない。
槍が先ほどよりも貫通力を高めるのを待っているのだろう。
狂戦士の癖に驚くほど冷静に状況を作ってくる。

「…アルフ、フェイト達が建物の中にいたら、それだけで間に合うかどうか分からなくなるんだよ?」
「……死んだら、承知しないよ。」
「分かっ!?」

言葉も終わらないうちに、またも狂戦士は突進してくる。
加速力は先ほどと変わらないし、攻撃は直線的だ。
それだけにまだマシなのだが。

「アルフ!」
「おうよ!」

捨て土産に、アルフは10条ほどのチェーンをセクトへと向けて発射する。
四肢に絡み、一瞬ではあるが、フェイトの魔力を流用して放たれたチェーンは崩れる前にほんの一瞬だけセクトの動きを止める。
今のうち、とばかりにユーノは短距離転送を展開する。
5秒くらいの猶予があるのは幸いだ。
狂戦士の視界から出るにしても完全にいなくなるわけにはいかない。
なにしろ、狂戦士のままで中に突入でもされたら、犠牲者がどれほどでるか。
だからこそ、ギリギリの距離を取りながら、ユーノは封鎖結界を解析する。





「今度は封鎖結界だね…」
「どうなっとるんやろね。」

フェイトとはやては難しい顔をしながらこの結界を張っているであろう動力部へと進んでいた。
それなりに大きな施設なので、まだ先は長い。

『フェイト!』

と、突然フェイトの脳裏にアルフの言葉が響いた。

「アルフ…結界内なのに!?」

それは、アルフがこの結界内に存在する、と言う事だ。
何故、とフェイトは疑問を覚える。

『アルフ、どうしたの?』
『良かった、念話は繋がるね、早く、施設前に来て、お願いだよ!』
『え、でも、結界の動力を止めないと。』
『時間がないんだ、説明は後でするから、全員を早く集めて待ってておくれ!』

鬼気迫る自身の使い魔の声にフェイトは頷く事しかできない。

「どうしたんや、フェイトちゃん?」
「分からないけど、アルフが急いで施設前に全員集めろって。」
「…ん〜、何かあったんやろか?」

しかし、考えている暇もなさそうな口調だった、とフェイトは言う。
仕方ない、とはやて達は急いで来た道を引き返す。

『アルフ、一体どうしたの?』
『後3分半なんだ!』
『何が?』
『アルカンシェルがここにぶち込まれるまでさ!』

サー、とフェイトは自身の頭から血の気が引くのを感じた。
アルカンシェル、無限の再生能力を誇る『闇の書の闇』すら葬り去った空間消滅砲。
それが、ここに撃ち込まれる?

「はやて!」
「私達も聞こえ取った、3分半やて…!?」

何て話だ、毒づきながら、ひたすらはやて達は走る。
走れば、2分少しもすれば外へと出れるはずだ。




「解析は大体50%?」
『そのくらいまでは…何とか…くう。』

肩で息をしながら、ユーノとイージスはお互いの解析分を付き合わせる。
大体半分も終われば、何とか破砕点も見えてくる、完全ではないが。
しかし、残り時間は既に2分半。
伸びたチェーンの先からはまだアルフからの合図がない。
既に、イージスにも無数の傷が入っている。
しかも、それはどんどん深くなってきている。
かすめるだけでも表面が抉られる。
もし、真正面から突きたてられたら、今度は貫かれるだろう。
転移魔法の使用と解析。
主にこの二つをしながら、ユーノはイージスの鎖を使って罠を張る。
先端を伸ばして、罠を張る。

「何とか引っかかってくれると嬉しいんだけど…!」

また突っ込んできたセクトの槍を何とかしのごうとユーノはイージスを突き出して受け流そうとする。
が――

「う!?」

タイミングが狂ったのか、イージスを貫通して、穂先がこちらに顔を出している。
お互いに、これで動きが抑えられた。
槍が引き抜かれた瞬間に、セクトは空いている左腕でユーノの顔面を殴り飛ばす。

「ガッ!」

頭を揺さぶられて、一瞬脳裏に火花が散った。
一応、後ろに退いてはいたのに、とんでもない衝撃だ。
地面に叩きつけられそうになりながらも、ユーノは最後の罠に必要な地点に来た事を悟る。
槍を垂直にこちらに突き込もうとするセクトを見ながら、イージスとユーノは鎖を飛行魔法の応用で動かす。

「行け!」

ユーノのすぐしたの地面から、チェーンの先端が突然現れる。
加速していたセクトはその先端に槍を絡め取られるのを防ぐ事ができなかった。
地面に固定した鎖に引っ張られて、さすがにセクトも思うように槍を振るう事はできないだろう。
本来はこの後イージスを投擲して気絶させたい所なのだが、現状では投擲は無謀が過ぎる。
更には完全に動きを封じたわけではないのだ。
槍を離そうとはしないだろうから、その場でくくりつけることは出来たが、それだけだ。
接近したらやられかねない。
実際に、現状でも地面にチェーンを固定した所がギリギリと唸っている。
とんでもない力だ。

「今のうちに!」

時間を確認すれば、残り2分。
イージスもユーノも残りの結界解析に全力を尽くす。
セクトから距離を取りながら行っている。
やたらこの結界が硬いのは本当に文句の出しどころだ。

「あった、ここだ!」

結界の構成に破砕点を見つけて、ユーノはアルフへと通信を送る。
残り時間、1分45秒。




「フェイト、お帰り! 行けるかい!?」
「待って、まだ施設の奥にいた人が。」

ギリギリとアルフは歯を鳴らす。
早く、早く、とアルフは癇癪を起こしたい気分を何とか押さえ込む。
既に転送魔法陣は完成している。
後は転送するだけで終了だ。
ユーノからも既に破壊はいつでもできる、と言う報告が来ている。
よくもあんな状況で解析を完了させたものだ、と思う。
タネは、アルフの持っている鎖にもある。
内からもイージスは鎖を通じて解析していたのだ。
内外からの解析で、何とか解析スピードを上げたのだ。

「後、一分、行けるか、アルフさん!?」
「…ギリギリ何とか。」

見捨てていきたい。
ふと、頭に浮かんだその言葉を、アルフは振り払う。
全員助けるために来たのだ、そんな事を考えてはいけない。

(ユーノ、後一分、待っておくれ!)
(…持ったら、ね、クッ!)



<<マスター、鎖の拘束が切られました!>>

鎖もイージスの一部であるから、強度は当たり前ながら同じ。
なのにそれをいともあっさりと切られたらしい。
一体、あの先端部にはどれほどの魔力が集まっているのか。

「もしかして、なのはのSLB級?」
<<総合魔力値では少し下ですが、収束率でSLBを上回っているので、もしかしたら、それ以上かも…>>

さすがS級ロストロギアだ、とユーノはまた弾丸のように飛んで来るセクトを慌てて回避する。
アルフからの後一分コールに本気で泣きたくなる。
既にイージスも穴が開くような状況。
爛々と光る紅い先端が血を思い出させ、イージスは一瞬、身が凍るような感情を味わった。
ユーノがどうにかなる事を考えると、イージスも平静ではとてもいられない。
短距離転移でギリギリでかわして、ユーノは慌てて距離を取るのだが――

「くそ、速い!」

直線速度では明らかに速度差が激しい。
それに槍――が?

「何、この明滅…?」

紅い光が、先端で明滅を始めていた。
何の前触れかは分からないが、嫌な予感がユーノは止まらない。

<<…泣いてるんですか?>>

イージスの突然の台詞に、何のことだ、とユーノは首を傾げる。

「誰が泣いているの…?」
<<槍…『狂戦士の槍』から、悔しくて…泣いている声が、します>>

そんなイージスの声を聞いた瞬間だった。
突然、紅い光が広がると、ユーノ達を飲み込もうとする。

「な、イージス!」
<<カートリッジロード!>>

6発全てをフルに使って、スフィアプロテクションを張る。
紅い光がプロテクションの向こう側ではじけている。
ディアボリックエミッションなどと同系の広域魔法の類。
槍に溜め込んだ魔力を一気に放出した全方位魔法と言った所か。
視界が紅い光で埋め尽くされていく。

(ユーノ、行けるよ!)
「待ってました!」
<<結界はか――マスター!?>>

紅い光に包まれている中、結界の破壊を鎖を通じて行うとした瞬間、プロテクションを突き破って、槍が生えた。
魔力を放出しながら接近してきていたらしい。
プロテクションをあっさり破砕されて、その魔力は槍の先端に集められる。

「! イージス!」

ユーノは慌ててイージスを構えて――

「がっ…」

ドスン、と言う何か大きな音がした。
イージスが――盾が――槍が突き刺さった所から、半分に割れ、地に落ちた音。
そして、槍の先端は――

<<ユーノパパ…?>>

呆然とした声を出すイージスの目の前で、ユーノの、胸の真ん中に突き刺さり背に生えていた。
嫌だ、こんなの嫌だ。

<<いや〜!>>

ー続くー

というわけでした。
ユーノ達は完全敗北。
と、なるかは次回。



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