胸を貫通した槍から、魔力がすぐさま奪われていく。
意識まで遠のきだしたが、ユーノはそれを胸の痛みに集中する事で防ぐ。
今、意識を失うわけにはいかなかったから。
そんな事になれば、大事な人を沢山失ってしまう事になる。
それでは、ここに来た意味もなく、また、自身の一番大切な部分を裏切ってしまう事になる、とユーノは意思を固める。
しかし、現実はかくも無常に。

(リンカーコアが――!)

ユーノのリンカーコアは、槍に粉砕されて、その欠片と言うべき部分までも全て槍に奪われていく。
魔力が、枯渇する。

「――あああああ!」

咆哮だった。
すぐ近くで聞こえた、娘の悲痛な叫びを聞いての、ユーノの咆哮。
こんな所で、終われるはずがあるか、とユーノは胸の激痛を感じながら、叫んだ。

「イージス、結界――破壊!」
<<――は、い!>>

搾り出すような声に、イージスは答えてみせる。
既にユーノから送られてきていた魔力はない、が、その身には充分な魔力があった。
先日、マリーがイージスに装着してくれた、魔力蓄積炉。
そこには、数回の魔法使用なら何とかなる分の魔力が詰まっている。
カートリッジよりも魔力蓄積量が多いが、なにぶん、炉の大きさがカートリッジの2倍はある。
だから、瞬間放出的な意味よりも、常用して魔力を使うイージスなどの方が実は適応しているのかもしれない。

<<封鎖結界、破壊、アルフさん!>>







ドン、と世界が歪んでいく。
そして、ガラスが割れるように、パラパラと、その封鎖世界は崩れ落ちていく。

「やったね、二人とも!」

既に構成の終わっていた転移魔法を意気揚々とアルフは展開する。
半径100mにも及ぶ大転移魔法を行使しながら、アルフは、何気なく、空を見上げた。
ポタリ、と自身に落ちてきた何かに、アルフは転移魔法を行っている意識とは別の所で、一瞬、気を取られた。
転移魔法の輝きが辺りを満たし、アルフたちの姿が掻き消えるように消えていく。
ユーノ達も、すぐに脱出してくる、と当然思っていたアルフは、何のためらいもなく、転移した。
自身の頬に落ちた、血にも気づかず。
そして、その直後、転移妨害の結界が張られた、今度は、小さいのと大きいので、二重。
ユーノ自身も、その中に取り込まれていた。
体調が普通ならば、きっとユーノは、普通にこの妨害結界から脱出して、転移できていただろう。
勿論、アルフもその算段があるからこそ、何の躊躇いもなく、転送したのであるが。

「が…ああ…」

既に息も絶え絶えのユーノには、さすがに無理な相談だった。
既に、魔力も枯渇し、ただの人の肉体としての力を持っているだけに過ぎない。

「イージス!」

それでも、それでも、とユーノは先ほどから停止している狂戦士に向けて、今できる最善の手を打つ。
すなわち、制御プログラムの流し込み!

<<…はい!>>

泣き叫びたい衝動をこらえながら、イージスはその身を分かたれた盾から、宝玉へと戻す。
尤も、その宝玉も、既にヒビが入り、満足に機能しているのか怪しいものだったが。
それでも、この親子は最後まで諦めはしない。
そんな事をすれば、ここで終わるのだけは、当たり前で分かっていたから。
宝玉に戻ったイージスを、ユーノは最後の力を込めて、自身の胸のすぐ前にある、槍の穴の空いた部分へと装着させる。
その瞬間、イージスは槍へと回路をつなげて、生成していた制御プログラムのバッチをあてる。
エラー、エラーと連続で帰ってきていた反応が、少しずつ消えていく。
しかし、この瞬間にも、イージスからも魔力が搾り取られていく。
蓄積していた魔力も既になくなりかけだ。

(あ…う…?)

その時、まるで、頑張れ、とでも言うかのように、魔力が流れ込んできた。
イージスが槍の魔力循環に取り込まれたのだ。
おかげで、幾分か魔力を取り戻したイージスは、最後のバッチを放り込む。



ビシリ、と言う音と共に、セクト・スパイルは意識を覚醒させた。
目の前には、自身が槍で突き刺して、胸から大量の血を流している、殺す対象の少年がいた。
途端、セクトは、自身の全身が激しく痛む事に気づいた。
本来、それだけでも凄いのだが、セクトは久しぶりに味わう自身の筋肉と骨が軋む音に顔をしかめた。
しかし、それ以上に、心が痛んだ。
それを、外に表現する資格などなかったが。
そういえば、何故自身は意識が戻ったのだろう、とそこで考える。
どう見ても、目の前の少年はまだ息をしている。
この槍は、目に見える範囲の生物を殺しつくすまで止まらないのではなかったのではなかったのか、と。
手元の槍を見て、セクトは目を見開いた。
表面を覆っていたはずの真紅が、次々とはがれるように地に落ちていく。
下から出てきたのは、青と黒で彩られた、槍の姿。
その清廉な印象に、セクトは、今の自身が持っていることに怖くなって、手を離した。
途端に、槍はユーノに突き刺さったまま、自由落下を始めた。
見た感じ、既にユーノに意識はなさそうだった。
ならば、既にバリアジャケットも消失しているような状態で、この高さから落ちて助かるまい、と思う。
ふと、時計を見て、残り時間が既に30秒弱しかない事に気づいた。
セクトは、一瞬、苦渋の顔をすると、結界外へと脱出し、転送された。




<<フローター…フィールド!>>

イージスはギリギリ供給された魔力で、ユーノの落下を何とか食い止め、ゆっくりと地面に降ろす。
既に、槍は沈黙している。
音さえも発さず、ゆっくりと、自己診断を行い、再起動を行おうとしていた。
そして、敬愛している、父は――
イージスは実体化して、ユーノの胸元へと縋りつき、ユーノを呼ぶ。




「…クロノ、答えな、クロノ、ユーノは、イージスはどうしたんだい!?」

残り30秒を切って、アースラでホッと一息ついていたアルフは、異常に気づいた。
ユーノ達が帰ってこない。
結界を破壊したら、すぐさまこちらに戻ってくるはずだったのに。
なのに、帰ってこない。

「アルフ…その血は…?」

フェイトがおそるおそる口に出した言葉に、アルフは自身に先ほど落ちてきたのが血であると初めて気づいた。
血、血…

「クロノ!」
『…見る…んだ。』

初めて返って来た返答と共に、アルフの目の前に、映像が映し出された。
勿論、それは、フェイトやはやて達にも見えるものとして。
そして、そこに映った光景に絶句した。

槍が胸を貫通して血溜まりに倒れ付すユーノと、そんなユーノに縋りつくようにして泣いているイージスの姿。
画面に映っていたのは、そんな映像で。
何か性質の悪い冗談だと思いたかった。
だけど、これは現実だと、答える声が自身の冷静な部分から響いてくる。

「あ…ああああ!」

アルフは叫び、掻き毟るように、自身の体を抱きしめる。

「は、早く救助に!」
『どうやってだ?』

酷く、冷然と感情を殺した口調のクロノにアルフは絶句する。
勿論、フェイトもはやても、そして、同じ事を考えた全ての人がだ。

『今、ユーノの周りには半径10kmにも及ぶ転移妨害結界が張られている。 迂闊に飛べば、どこかの次元の狭間にでもたどり着いてお終いだ。』

冷静なクロノの指摘に、アルフは二の句を告げない。
それでも、それでも、と心は騒ぐが、どうやっても、間に合わない事に気づいてしまったから。

「そんな…」

フェイトも呆然とつぶやいた。
はやても同様だ。
一瞬にして、無力感に支配された。

『ユーノパパ、ユーノパパ!』

聞こえてきた声に、ビクリ、と全員が体を震わした。
泣いてユーノの体に縋っているイージスの姿が目に映る。
ユーノが浅く呼吸をしているのは見えたが、それでも意識は取り戻さない。

『嫌、こんなの嫌だ!』

泣きじゃくるイージスを見るのは、誰もかれもが初めてで。
あの、陽だまりのような温かな笑顔を持っていた少女が、土砂降りの雨のように泣き叫ぶ姿に、フェイト達は身動き一つとれなくなった。

『誰か、誰か、助けてください、お願いだから、助けてください!』

悲痛、と表現するにふさわしい叫びに、もう、アルフもフェイトも画面を見る事ができなかった。
だけど、それでも、まるで、助けられない事が罪だと言うように、その叫びは、彼女達に刻まれていく。

『アルフさん、フェイトさん、クロノさん、はやてさん、シグナムさん、ヴィータさん、リインフォースさん!』
「イージスちゃん…イージスちゃん、リインは、リインは!」

ウウウ、と泣きだしたリインをはやては震える手で抱きしめた。
ヴィータもシグナムも、唇を噛んで、俯いたままだ。
フェイトもアルフも、固まったまま動く事もできない。
クロノも艦橋でただ同じように、無力感を抱いていた。

『誰か、お願いだから、ユーノパパを助けて!』





「何で、どうして、誰も助けてくれないんですか!?」

既に、残り10秒。
イージスは悲痛な叫びを上げながら、絶望感にうちのめされていた。
残り少ない魔力では、とても何ができたわけでもない。
自身への絶望、そして周囲への絶望。
全てがない交ぜになって、イージスは泣き叫んだ。
そんな時、ゆっくりと上がる手があった。
その手は、イージスの頭を撫でる。
ゆっくりと、優しく。

「イージス…あまり…皆に、そんな事を言ったら、駄目だ、本当に来ちゃうから。」
「ユーノパパ!」

細く目を開けたユーノは、イージスに諭すようにして、ゆっくりと語りかける。
ゆっくりと、ユーノは腕を動かすと、槍から、イージスの本体を取り外す。
パキン、と何かが欠けるような音が聞こえたが、槍には変化もない。
既にイージスがなくても最低限の機能維持はできるのだ。
槍はだから、静かに自己診断プログラムを流していた。
終われば、再起動するだろうが、そのときまで無事だろうか、とユーノは苦笑する。
それだけで、胸が痛みと苦しさでつまりそうになり、意識が飛びかけたが、ユーノはゆっくりと意識を集中させる。
それは、イージスの処理部分へと流れ込む。

「…ユーノパパ…やめてください、やめて、嫌だ!」

叫ぶイージスだったが、インテリジェントデバイスとしてのイージスは、即急にその思いを具現化する。
小さな、小さな魔法陣が、ユーノの手元に生まれた。
イージスに残っていた魔力の殆どを使っての、最後の小さな転移魔法。

「いままで…ありがとう、イージス。」
「いや、いや、いやだー!」

しかし、既に実体化の魔力もほぼ残っていないイージスの手は、虚しく空をかく。
その魔法陣は、歪みだしたが、消える事はなく、その魔法を発動させる。
確かに、どこに飛ぶか分からない状況にはなる転送妨害結界だったが、転送先がどこか分からなくなるだけだ。
もしかしたら、星の中心かもしれない、銀河の果てかもしれない。
それでも、賭けとしてはマシな部類かな、とユーノは思う。
本当は、魔力が残っていたなら、この賭けを自身も一緒に行いたかったのだけれど。

「君なら…どこに出ても、大丈夫だから…。」

カア、と魔法陣は輝きだす。

「どこに出ても…きっと、なのはが…皆が見つけてくれるから。」
「ユーノパパ、いや、ユーノパパ! 私はずっとユーノパパと一緒に!」

インテリジェントデバイスの部分が、ユーノの望みを叶えんと、魔法を構築する。
やめて、やめてと願うけれど、それは叶えられなくて。
別れはほんの一瞬で。

「ユーノパパ〜!」

ヒュン、とイージスは軽い音と共に、悲痛な叫びを残して、転移された。

「初めて…泣かしたな。」

そのことに、気づいて、ユーノも泣きながら、笑う。
そして、ユーノは、体を動かす。
最後まで、諦めないと。
最後まで、生への執着を捨てない、と。

だが、現実は無残なものなのだろうか。





「…ギレール…バレル展開。」

艦橋に、虚しく声が響く。
誰もが今、無力感を抱えていた。
あの親子の悲痛な叫びが、耳から放れなくて。
ただ呆然と、目の前に光景を眺めていた。

「アルカンシェル、エネルギー充填完了。」

ピーと、突然警告音が鳴り響く。
何事か、と思いながらも声が上げられないクロノ。
しかし、それにかまわず、突然、ウィンドウが開いた。

『やあ、クロノ・ハラウオン。』
「お前は…!?」

そこに出てきた顔は、確かにユーノに頼まれた捜索対象の男。
レイス・スクライアと言ったか、とクロノは思う。

『友達が殺される気分はどうだい、嬉しい、楽しい?』
「ふざけるな…!」

毒を噛んだようなクロノの声に、しかし、全く同じ感情がアースラの艦橋を支配していた。
艦橋へと飛び込んできたアルフやフェイト達も同じような感情を抱く。

『あ〜、嬉しいね、君達のその感情。 それはユーノがもうすぐこの世からいなくなる証拠なのだから。』
「何だと!?」

この口調はなんだ?
まさか、と言う結論が、クロノの中に生まれる。
しかし、まさか、それだけが理由のはずが――

『あ〜、長かった、やっとあの毒虫は俺の前からいなくなる。』
「毒虫だと!?」
『毒虫だよ、俺にとっているだけで殺したくなる対象でしかない。そして、どうせなら苦しめて殺してやろう、と思っていたけれど。』

クフフ、と楽しそうに『レイス』は笑った。

『まさか、苦しめてやろうと思って画策したところに、渦中の本人が飛び込んできてくれるなんてね。 嬉しい誤算だったよ。』
「まさか、お前は、本当に…」

ユーノを殺すためだけに、こんな事をしたのか?
二の句を告げなかったクロノの言葉を理解したのか、それはそれは楽しそうに『レイス』は笑った。

『そうだ、当たり前じゃないか。』

それが最も大切な事なのだから、と『レイス』は当たり前のよう告げた。
ギリギリとどこかから歯軋りの音が聞こえてくる。

『さて、それではこれでフィナーレとしようか。』

チャラリ、と音が鳴った。
それは、あるはずのないもの。

「馬鹿な!?」

アルカンシェルの起動キーだ。
以前にそれを見たことのあるクロノは、それにいち早く感づいた。
プロテクトを解除するだろう、と思っていたが、そうではなかった。
それは、まざまざと管理局の馬鹿な部分を体現しているようで――

『あ〜、お金であっさり動いてくれる人は楽でいい。』

それは、あまりにも――

『それじゃ。』

一旦言葉を切った『レイス』は。
恋焦がれる何かに愛を告げるように――
憎み耐えぬ何かに怨嗟を放つように――

『さようなら。』

あっさりとその言葉と共に、鍵を捻った。




上空から、何かが落ちてくるのを、ユーノは肌で感じていた。
まだ意識があるのは、僥倖なのだろうか、それとも不幸なのだろうか。
そんな事はさっぱり分からないが、それでもユーノは朦朧としている頭で、思う。
生きたい、と。
まだ、掴み取りたい未来は欠片も手にしていないから。
生きたいのだ。
理性では死ぬだろう、と思っていたけれど、それでもわめく心がある。
潔く死んでなどいられない、意地汚いほどに生きたい、と。
そう思うと、何か、力がわいたような気がした。
魔力など欠片もなくて、それは分かっていたけれども。
何かを掴み取るように、ユーノは手を伸ばして――
その空間が、空間破砕に呑みこまれた。




「あ…」

バサリと、なのはは髪の毛がかかってくるのを感じた。
リボンが切れて、地面に落ちていた。
そのことになのはは首を傾げる。
別に、朝見たときは、切れそうな部分もなかったというのに。
何故だろう、と思い、リボンを見れば、まるで切られたかのように、すっぱりと切れていた。
ドクン、と心臓が跳ねた。
何故か、全身から汗が噴出した。

「え?」

隣で、すずかが呻くのが聞こえた。
そちらを向けば、胸につけていたブローチが真っ二つになるようにヒビが走っていた。
そのリボンは――ユーノと分け合ったもので。
そのブローチは――ユーノからもらったもので。

「どうしたのよ、あんた達?」

アリサの言葉に何か言おうとするものの、それは言葉にならなくて。
それでも、なのはもすずかも、ガタガタと体が震えてくる何かを感じていた。

ドン、と辺りに振動が走った。
それは、世界が揺れる感覚。

「これ、6年前と同じ?」
「次元振…なの?」

嫌な予感に押し出されるように、なのはは空を見上げた。
海から突然迸った水柱が、上空で激突して飛び散っていく。
異常事態だ、となのはは当たり前のように、思った。






「あんた、レイスだったね?」
『…そうだ。』

アルカンシェルによって、歪んでいた次元軸は完全に傾いて。
揺り返しによって、次元振が起こる事を、アースラでは感じ取っていた。
そして、もうすぐ、それにより、この空域は完全に航行不能となるだろう。
それは、アースラもギレールも変わらない。
だから、両者は、既に、シールド出力に全てを回して、その時に備えている。
そんな中の最後の会話だった。

「あんた、絶対に、ボコボコにしてやるよ。」

非常に冷たい声で、アルフはただそれだけを言う。

『殺す、じゃなくて?』
「ああ、ボコボコだよ…死なないように、でも、ボコボコだ。」

ユーノとイージスの事を思い浮かべながらアルフはただそれだけを告げる。
ボコボコにして、牢獄に入れてやる、とアルフは思う。

「同じく、お前は絶対に――逮捕してやる。」

クロノも冷然とその言葉を告げて。
ただ、管理局として、その責務を全うする。
その相手が、例え憎い者であろうとも。
それが、きっと、ユーノの望む事だから。

『…そうか。』

フッと、映像が消える間際に見た顔は、何か、羨ましいものでもみるかのようだった。
辺りに、次元振が来る前のほんのわずかな沈黙が漂った。

「う、ううううう…」

ただ、聞こえてきた嗚咽に、皆、顔を俯かせる。
誰のはばかりもなく、ただ一人、リインフォースは、二人を思って、泣いていた。

ー続くー


書いてて泣きそうな自分にめげる。
もっと客観的になりたいと、思いました。





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