「何かしらね…この次元振。」
「…少なくとも予兆として捕らえては、管理局でもなかったはずだ。」

クラナガンの八神家で、シャマルとザフィーラは不安そうに空を眺めていた。
この二人がここにいるのは、何のことはない。
ただ単に、今回はやて達とは別任務についていたからだ。
シャマルの医療の腕が必要だったのと、護衛が必要だったので、この配置となった。
そして、二人は任務も終りを告げて帰ってきて、家でのんびりしていた所だったのだが。

「…ザフィーラ、はやてちゃん達、大丈夫かしら?」
「…分からぬ、が、シグナム達がついている、早々何か起こることもないだろう。」

気楽、ではなく、それは信頼だ。
長年一緒にやってきたのは伊達ではない。
この程度の事でどうなるものでもないことくらいには、信頼していた。

「…人為的なのかしらね…これは?」
「多分…そうだろう。」

管理局でも捕らえていない時空のゆがみなど、早々起こったりはしない。
起こるとすれば、それは、よほど突発的な驚異的自然現象か、人為的か、だ。
その可能性を考えると、やはり人為的な可能性は高いだろう。

「よからぬ何かが、起こっているのかもしれん…!?」

言い終わった瞬間だった、シャマルとザフィーラを中心にして、突然、青い魔法陣が開いた。
それは余りに早い魔法の展開。
察知した瞬間には既に転送が始まっていた。

「クッ、シャマル!」
「駄目、ザフィーラ!」

シャマルだけでも外に出そうとしたザフィーラだったが、既に転送は始まっている。
今から外に出ようとしても、体半分とかにされる可能性もあるのだ。
だったら、毒を喰らわば皿までだ、とシャマルは思う。

「クラールヴィント!」
<<Ja!>>

シャマルがバリアジャケットを装着するのと同時に、二人は、クラナガンから姿を消した。






海鳴市に突如発生した水柱は、時間が経つほどに量を増やし、一時間もした後、おおよそ100t程の水の固まりになって、空に浮いていた。
水柱自体は収まったものの、水は空に浮いたままだ。
しかし、はっきり言って、対処のしようがない。
もし、魔法でどうにかなっているとして、魔法を解除した場合――海鳴の町に、100tの水が一気に落ちることとなる。
いくらなんでも、そんな事になったら、下にある建物はつぶれてしまうか、破損する可能性が高い。
何も起こっていないのに、そう言う危険を冒してまで決行する勇気はない。

「…で、どうするの、この状況?」

アリサがいらいらしながらそう言う。
さすがに、ある意味人質状態なのだ。
冷静ではいられなくても仕方がない。

「う〜ん、どうもおかしいんだよね…?」
「え、何が?」
「ほら、海鳴の人たち。」

なのはの言葉に、すずかとアリサは辺りを行きかう人々を見つめる。
普通に歩いてる人たち。
そう誰一人上空へと視線を向けても、まるで何もないかのような反応をしているのだ。

「…どう言う事?」
「…アリサちゃんやすずかちゃんにも見えるんだから、魔法資質は関係ないし…何か特定条件の人にしか見えないのかな?」
「条件は…分からないね。」

三人揃って、思わず溜息。
元より、なのははあまりこういう怪奇現象とかの分析系には向いていない。
向いているのは、ユーノやはやて、それに――

「あ、携帯が。」

突然鳴り出した携帯をとり、ディスプレイに写った人物の名前に、なのはは喜色を浮かべる。

『もしもし、なのはちゃん、まだ、海鳴にいる?』
「はい、エイミィさん!」
『よかったぁ…さっきの次元振で本局とか、次元を超えて通信はできないみたいでさ、誰もいなかったらこのままになる所だったよ。』

さすがに住んでいる街で、こんな状況が四六時中続いては、気分がどうにかなりそうだ。
まあ、基本的に慣れればただ単に見慣れたものになる可能性もあったが、そんなものは希望的観測だ。

「でも…対処法って分かります?」
『一応、こっちで調べたら、水の中心に魔力反応あり、なんだけど、密度が濃すぎて解析できないんだよ。』
「原因は、それ、と言う事ですか?」
『多分、リンディ…さんもそう言ってるし。』
「…?」

ふと、今の言葉の間が気にかかったが、それは気にしてはいけないのだろう。
それに、気にしていても仕方がない。

「それじゃ、調査、行って見ます。」

そう言うと共に、なのははレイジングハートをセットアップしてバリアジャケットを着込み、認識阻害の魔法を使う。
まあ、一般人に見えなくなる程度で、『知っている』なら見える程度の魔法だが。

「アリサちゃんとすずかちゃんも、多分大丈夫だと思うけど、どこかに避難してて。」
「ん〜、ここからなら、すずかの家かしら?」
「そうだね。」

一応、避難である。
まあ、この事態に対して、一体どうすれば安全なのかさっぱり分からないから、それ以上、策も取れないのであるが。

「それじゃ、行ってくる!」

フワリ、となのはは浮かび上がると、次の瞬間には加速して、空へと上がって行った。

「でも、本当…なんで皆見えてないのかしら?」
「う〜ん…?」

それも気にかかっていたけれど、すずかは、何か空に浮かぶ水に、釈然としないものを感じた。
まるでそれは、しこりのようで。

「…ユーノ君。」

無意識に触ったブローチの割れた感触にすずかは顔を伏せた。




「…近くで見るとことさら大きいね。」
<<100tクラスの水ですからね>>

プール何個分だろうか。
下手すれば、普通に湖が出来そうな量の水だ。

「とりあえず…探ってみようか。」

ゆっくりと、なのはは水へと手をつける。
思ったよりもあっさりと手は水の中へと入り――

「きゃっ!」

まるで静電気でも弾けたように、なのはは反射的に腕を引いていた。
今、確かに、何かが、腕を弾き飛ばした。

『どうしたの、なのはちゃん!?』
「…水に手を入れたら…弾かれました。」

少し痺れた右手を抑えながら、なのははエイミィへと状況を伝える。
これは、拒絶なのだろうか。

『う〜ん…やっぱりこちらから調べてみても、正体が掴めない。もう少し何か分からない、なのはちゃん?』
「そうは言っても…視界もないですし。」

既に刻限は夜。
まあ、まだ夕陽は見えているが、それでも、水が全体的に夕の色に染まっている。
とても視覚では何かとらえることはできない。

「やっぱり、中に入ってみるしかないでしょうか?」
『危険だから駄目。』

あっさりと言うエイミィに、なのは苦笑する。
しかし、現状で打破の方法がないのだから、それしかない、と思う。

「でも、他に方法もないんじゃ…?」
『…う〜ん、せめてアルフかユーノ君がいてくれたらなぁ。』

連絡取れないのが悔しいなぁ、とつぶやくエイミィの言葉は、結局それしかない、と言う結論を認めている。
だから、なのははプロテクションを展開させて、思い切りよく水の中に入った。

「…ぐぅ」

それと共に、先ほどのような弾き返す感触ではなく、周りから押しつぶすような圧力がかかってくる。
潰されそうな勢いの元でも、何とかなのははプロテクションを支える。
プロテクションが潰されると、その時点で自身もミンチのようになる事請け合いだから。

<<カートリッジロード!>>

カートリッジを一発使用して、プロテクションの強化を努める――が、それでも圧力は変わらない。
楽にならない、と言う事は圧力が増したと言う事だ。

「一体…何で?」

中に入れば入れるほど、圧力が強くなってくる。
既に、魔力を全開で行使しているにも関わらず、つぶされそうだ。
撤退…するしかないのかもしれない。

<<……こ?>>
「え?」

何か、なのはの耳に響く言葉が聞こえた。
それは、物凄く聞きづらかったが、確かに聞こえた。
声が――

「え、何?」

突然、圧力が消失した。
それと共に、今まで静かだった水が、まるで何かに反応するように――

「渦…!?」

突然できた水の流れに、なのはは呑まれていく。
身動きができなくなる前に、なのはは水の中から脱出する事に決めた。
渦の流れに乗りながら、なのはは一気に魔力を集束させて、バスターの反動で外に飛び出す。
バスターは水に穴を穿ったが、すぐにその穴は埋まってしまった。

「一体…何が!?」

なのはが脱出しても、水の動きは変わらない。
まるで、生き物ように、グニャグニャと形を変えていく。

『なのはさん、大丈夫ね?』

リンディからの直の念話に少し驚いたが、なのはは一つ頷く。
こちらの様子は、多分マンションからでも見えていることだろう。

なのはが現状を通話している間にも、水は蠢きを止めていない。
否、むしろ加速していく。

「リンディさん、なにか分かりませんか?」
『…魔力が何かの形をなそうとしているわ、理由は分からないけど。』

何かに形…、となのはが考える暇もなく、水は変形を開始する。
最初に生まれたのは、頭部だった。
二本の太く長い角のような形に、水が変形し、次に、細長い五角形で頭部のようなものが形成される。
そして、胴体を細長く伸ばしていく。
所どころに、腕か足か、と思えるような形状のものが生えているのも見えた。

「…龍?」

水で形成された龍は、ゆっくりとその頭部を動かし始めた。
なのはを一瞬視界に入れたが、どうでもいい、とばかりにすぐによそを向いてしまった。
そのさまは、一心不乱に何かを探しているようで――まるで、迷子になった子供のようで。
その様子になのはは反射的に声をあげていた。

「何を、探しているの?」

静かな声だったけれど、その意図は龍に伝わったのか、なのはの方を振り向いた。
ジッと見た後、龍は首を振った。
まるで、分からない、とでも言いたげに。
それにはなのはも首を傾げるしかない。
少しの間、そんななのはを見ていた龍だったが、ゆったりと移動し始めた。
その動きに迷いはない。
行こうとしている方向にあるのは――

「すずかちゃんの…家?」

呆然とつぶやくなのはの隣を、龍はその長い体を揺らしながら飛んで行く。
慌てて後を追うなのはは、どうしたらいいのだろう、と苦心する。
このままもしすずかの家を押しつぶすようなら、その前に止めなければならない。
しかし、今の様子からすると、それさえも、何かを探すために他ならないだろう。

『なのはさん、動きを止めなさい!』
「でも…」
『あの質量でまともに街の中を飛んだりしたら、何かひっかけた時点で確実に壊してしまうわ!』

ただ、飛んでいくだけで破壊をしてしまうほどの質量なのだ、あの龍は。
ならば、少しの間だけでも、動きを止めてもらうしかない。
なら、となのはは拘束しようと、レジストリロックを体の何箇所かに向けて発射する。

「ごめんね、今は、大人しくしてて……?」

しかし、レジストリロックは水で作られた龍をあっさりを分断してしまった。
止まった部分を無視して、千切れた体をまた、サラリと再構成すると、龍は何事もなかったかのように飛んでいく。
なのはは、この事態に、自身では対処できない事を悟った。
この手の類は、凍らしたり、電気で見動く取れなくしたりが、鉄則となる。
なのはは電気は無理だが、冷凍系の魔法はしっかりと心得がある。
しかし、もし、冷凍系で動きを止めたとして、もしそのまま落下すればどうなるか。
もしバインドで落下を止めるにしても、多分、崩れ落ちて、そのまま氷は落下するだろう。
ワイドエリアプロテクションで落下する氷を防ぐ手段もあるが、一人でその道程をこなすのは、現実的ではない。

「だったら!」

出来る事は、進行方向に進ませない事だ。
そう決めて、なのはは龍の進行方向へと一緒に進みだす。
前に出て、止めるために。





「…こっちに来るね。」
「何、呑気に言ってんのよ、すずか!」

すずかの家の庭で、二人はジッと龍を見つめていた。
こちらに飛んで来る姿は目に入っている。
しかし、すずかは動こうと思わない。
何故、とは思わない。
こうしていると、逃げる必要性が頭に思い浮かばない、というべきか。

「大丈夫だよ。」

だから、いつも通りの微笑で、すずかはのんびりと座って、龍を見つめていた。
アリサは何だか地団駄踏んでいたけれど。




見つからない――
見つからない――

探しているものが、見つからない。
何を探していたのだろうか――それは、マスター。
でもマスターって――誰だろう?
覚えてないはずないのに、思い出せない。
どうして――どうして――?
どこにいるの――
お願いだから、出てきてください。
お願いだから――




龍の前に出たなのはは、対峙して――あまりの大きさに顔がひきつった。
しかし、顔を引き締めなおすと、なのはは魔力を全力で行使する。

「いくよ、レイジングハート!」
<<はい!>>

残っているカートリッジをフルロードして、すずかの家を囲むようにワイドエリアプロテクションを展開。
桃色の障壁に囲まれた家に向かって、龍はそのまま突撃してくる。
不思議な事に――その体でひっかけたはずの建物などは、ぬれてもいなかったが。

「止まって!」

なのはは叫ぶが、龍は止まることなく、突撃し、そのまま桃色の障壁に接触した。

「ぐっ!」

ギシリ、とプロテクションが軋む音が聞こえた。
止められただけでも僥倖だ。

「やめて、ここは私の友達の家なの!」

しかし、龍は悲しそうに頭を振る。
そして、その水で出来た顎を開くと、そこに周囲から水を集め始めたではないか。
何をしようとしているか分かって、慌ててなのはは迎撃体勢を整える。

「なのはちゃん!」

後ろから、すずかの声が聞こえた。
でも、そちらに構っている暇はない。
見る間に形成された水の弾は、直径一メートルほどになった。
魔力で圧縮された水の弾丸。
一体、どのくらいの水が凝縮されているのか、考えるだけでも恐ろしい。

「迎撃行くよ!」
「待って!」

すずかが待ったの声をかけるのが聞こえて、思わずなのははつんのめる。

「なのはちゃん、この壁、解いちゃっていいよ。」
「…ええ!?」

すずかのどこか確信を持った言い回しに、なのはは困惑を深める。

「だって、さっきからあの龍さん、何も被害だしてないよ?」
「…そういえば。」

今の所、町に被害はない。
そういえば、どこも濡れてさえいない。

「ね、お願い、なのはちゃん。」
「……う〜ん。」

しかし、危険性が…高い状態で…
悩むなのはだったが、ヒュウ、と音がすると、桃色の壁が消えていた。
どうも、レイジングハートが解いたらしい。

「あれ…レイジングハート?」
<<…あの龍は、説得する方が良いでしょう>>

どこか、確信を持って言い切るレイジングハートはそれきり沈黙してしまった。
何かに気づいたのかもしれない、とはふと思った。

障壁がなくなったことに気づいた龍は、ゆったりと口の中に集めた水の弾丸を拡散させて、また、動き出した。
その頭をすずかの家へと近づけ、辺りを見回している。

「何…探してるんだろう?」

龍は、アリサをその視界へと入れた。
ジーと見つめられて、アリサは思わず後ずさったりもした。

「何よ!」

ちょっと怒鳴ると、龍は、ビクリ、と体を震わせて、フイ、とそっぽを向いた。
どうも、違う、と認識したのかもしれない。

「う〜ん…何なのかしらね?」
「さあ…?」

龍の様子を見ていると、どうにも害意はないらしい。

「ねえ、龍さん、何を探しているの?」

すずかが龍に訴えかけると、龍がクルリ、と頭をすずかの方に向けた。
そして、また頭を振った。
分からない、と言う事なのだろうか。

「…貴方のお名前は?」

すずかが何気なしにそう聞いた時、突然、龍は動きを止めた。
ガタガタと震えるように、全身が揺れだした。
そして――

「あ!」

逃げ出すように――龍はすずかの家から飛び出していった。

「待って!」

なのははそれを慌てて追って飛び出し、すずかとアリサは、首を傾げる。

「私、聞いちゃいけない事を聞いたのかな?」
「…分からない、けど、何か大切な事だったのかも。」




名前――
名前――
私の名前――
マスターが呼んでくれた、大切な名前――
呼んで、マスター。
私の名前を――
名前――名前って何だったろう?



ー続くー


色々と混乱を呼びつつ終了。
多分、次回はまた欝。






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