龍は、空を駆けていた。
その水で出来た体を震わせながら、ただひたすらに、海鳴の空を飛びまわる。
それは、もう、見つけたいものが見つからないとか、そんな感じではなく。
自身が何を探しているのかも分からない、と言った感じにしか見えない。
迷い続ける幼子のようなその姿に、なのはは悲しそうな顔を向ける。
「…貴方は、何がしたいの?」
静かななのはの呼びかけに、龍は反応しない。
まるで、それは、目を逸らして、耳を閉じているようで。
聞きたくないことを聞かないようにしているように思えた。
「お話、聞かせてくれないかな?」
顔の近くでそうなのはが囁くと龍はゆっくりとその顔をなのはの方に向けた。
それでも、その顔にあたる部分は、横に振られるだけで。
その龍自身は、何故横に振っているのかも分からないのではないだろうか、となのはは思った。
「…凄く…悲しそうだね。」
「…悲しい…わね、確かに。」
すずかとアリサも、その様子を遠めに見ながら、その雰囲気を感じ取っていた。
ずっと、何かを探しているのに、その何かが分からないような、そんな感じだった。
その様子は、すずかとアリサにも、重たいものを思わせる。
何とかしてあげたいな、と思うものの、自身たちの手が届く所で出来る事は何もなくて。
「ねえ、どうしたの?」
そんな時、のんびりとした声が後ろからした。
「お姉ちゃん。」
「何よ、あれ?」
忍が見る先には、確かに龍がいて。
それは、忍にも見ることが出来るものなのだと、わかった。
「あ〜」
その腕の中に抱かれていた雫も、空を見ながら指を向けている。
その先には、確かに龍の姿があった。
この赤子にも、確かにその姿が見えているのだろう。
ただ、赤子の感情は、どこか嬉しがっているようなそんな感じを受けて。
思わず、すずかとアリサは首を傾げてしまった。
それは、会いたかった何かに会ったような、そんな気質。
場の雰囲気を一番簡単に読み取るであろう赤子が、少し嬉しがっている。
「…未知の物を目にして、喜んでいるとか?」
「そんな感じじゃないかな?」
この赤子の好奇心は、もっと淡々としている、とすずかは思っている。
興味を持つと手を伸ばして、触って気に入ったら嬉しがり、そうでなければそのまま離す。
そんな、単調な興味や好奇心とは、明らかに違う、まるで親しい何か、この母や父と会った時のような、そんな嬉しさがそこにあった。
「…もしかして、雫ちゃんは知ってるのかな?」
「あれの正体?」
すずかの言葉に、アリサが半信半疑で口にする。
しかし、いくら何でもこの赤子が理解できていても、分かることなどありはしない。
何せ、意思伝達手段などないのだから。
「ほう、龍か…」
「恭也義兄さん…」
またもどこからか現れた恭也が、空を見上げて呟いた。
そこに目にする事のできる龍は、水で構成されていたが、確かに龍だ。
「あれを考えた奴は、さぞかし、図工の成績が良さそうだな。」
恭也はそんな事をのんびりと仰ってくださった。
その言葉に、少し呆れながら、すずかも、その言葉には頷いた。
まあ、そんな事に意味はないだろうけども。
それでも、その場にいる全員が、その龍から、何かを感じ取っていただろう。
どこかで、見たことがあるような、そんな感じを。
「エイミィ、何か分かる?」
「…それが、ちっともです。」
翠屋で事態に遭遇したエイミィとリンディは、その場で即、解析を始めていた。
その行動に、桃子と士郎は少し首を捻っていたが、外を見て納得もした。
何せ、雲でもない、水の塊が空に悠々と浮かんでいたのだから。
それに、空間そのものが震えるような振動の事もある。
「なのは、大丈夫かしら?」
「とりあえず、今の所、戦闘にはなってないみたいだな。」
桃子の疑問に、目をこらしながら、士郎は答えた。
士郎の眼には、龍の鼻先で何かを話しかけているなのはの姿が確認できた。
「魔力密度が濃すぎです、それもどこも均一に。」
「でも、魔力発生源になるようなものがあるはずよ?」
水は、海鳴の海からくみ上げられたものに間違いがないはずなので、その話に間違いはないだろう。
しかし、エイミィの手元の小さな端末は、どう魔力を調べても、平面に同じエネルギー値を返してくるだけだ。
「……魔力スキャンが駄目なら。」
普通に水の中を探ってみる事にする。
映像自体は目の前の光景から読み取れるので、問題はない。
物体的に見てみれば、少しだけ、水が少ないところがあるものの、それがそうなのかと問われれば、よく分からなかった。
「と言うか…一体何がどうなってあんな形に?」
エイミィが少し泣き言のような言葉を洩らした。
龍というその生物は、少なくともエイミィはこの世界でしか見たことがなかった。
まあ、この世界でも幻想生物の類で、本当にいたのかどうかは謎でしかないのだが。
とは言え、他の次元世界の竜種とは異なるのは確かな事実。
ならば、この世界特有の何かなのは間違いない…のだろうか?
「情報が不足してるなぁ。」
少しのんびりとつぶやきながらも、エイミィはその指を踊るようにキーボードに叩きつけていく。
今ある情報から正体を導き出すのはまず無理だろう、とエイミィは思う。
ならば出来る事は、何かなのはが対処しやすくなるような情報を見つけ出すことくらいだ。
「サーモグラフィは…」
龍は、ただ、辺りを見回し続ける。
目的の物を探して、ただただ、その目を光らしている。
なのはは、ただそれを眺めていることだけしかできない。
しかし、龍自体は特に被害を出さない事も分かったのであるが。
だからと言って、このままこの龍を放置することもできないのだ。
「どうすればいいんだろう…」
実際、なのはからしてみれば既に八方塞だ。
言葉は通じているようだが、それでも、相手の意図を引き出すことはできそうもない。
「一体、何がしたいの?」
口にして、探しているだけ、となのはは思い出す。
探しているものはなんだろう、となのはは思う。
唯一、目を止めていたのは、アリサだった。
でも、怒鳴られると即座に興味を失った。
アリサに何か探しているものの面影でもあったのか、となのはは考えた。
しかし、そう思っても、その先に繋がる情報はない。
オオオオオ!
そんな時だった、突然、龍が咆哮を上げたのは。
突然のその音に、なのはは全身が震えた。
大気を振動させるようなその音は、まるで、苛立ちを吐き出すかのようだった。
この龍が、いかにいらだっているかを、実感させられるような、そんな咆哮だった。
とは言え、感情的にものを考えてみれば当たり前と言えば当たり前のような気がした。
何しろ、探しているものは何かも分からないのだ。
その上で探して、見つかるわけもない。
『なのはちゃん、魔力増大、警戒を強めてね!』
「はい!」
レイジングハートを構えながら、なのはは龍を見つめる。
撃つ事に、いつのまにか多大な拒否の気持ちを抱いている事に、気づきながら。
いない――どうして!?
どうしていないの!?
あの人は、何時だって近くにいてくれたのに。
見つからない、見つからない!
どうして、いないの?
「泣いてる。」
「え?」
突然、すずかがポツリとそんな事を言った。
アリサが思わず聞き返したのだが、遠くを見るようなすずかに思わず言葉を止めた。
忍も一度すずかを見てから、ジーと龍のいる方向を見つめる。
「…本当、泣いている雫みたいな雰囲気ね。」
その雫は、少し不機嫌そうな顔をしながら、龍のいる方向を見つめている。
何でそんな顔をしているのだろう、とアリサは思う。
まるで、何かが気に入らないような、そんな雰囲気。
赤子相手に何を考えているのだろう、とも思ってしまったが。
「あ。」
驚きの声を洩らしたのは、すずかだった。
それにつられて、龍の方を見れば、龍は、また、海から水を吸い寄せている所だった。
口内にあたる部分に溜められた水は、圧縮され、弾丸のような形に形成されていく。
それが吐き出されれば、どこかが破壊されるのは確実だろう。
子供の癇癪のようなものだろうが、それを許すわけにもいかないのだ。
「いくよ、レイジングハート!」
<<はい!>>
シューティングモードへと姿を変えたレイジングハートへと魔力を集中させる。
灯る桃色の光は、口内で形成されている水の弾丸へと狙いをつける。
「ディバインバスター!」
なのはが砲撃を撃ちだすのと同時に、龍の口内の水の弾丸も放たれ、それは両者の中間で衝突する。
数tもの水が圧縮された水の弾丸は、桃色の光と衝突し、砕け散る。
それは、スコールのように街に降り注ぐが、その程度ならまだ許容範囲だ。
勢いの強い雨程度には何とか軽減できているはず。
「エイミィさん、あの龍、何とか動きを止めること、できませんか!?」
『…さっきの攻撃で、全体に魔力値が下がって、核っぽいものがある場所が分かったよ! そこ、狙って!』
その言葉と共に、なのはの前に、ウィンドウが現れる。
それは龍の全体図。
一点だけが明滅しているので、多分、この部分。
丁度、龍の胴の真ん中辺りだろうか。
『破壊しちゃ駄目だよ! 慎重にね!』
「了解!」
しかし、今だ街の上。
ここでそれを実行する事はできない。
幸い、今のやり取りで、龍の興味はなのはに向いているのだが。
それでも、思い通りに行ってくれるかは分からないが。
「こっちだよ!」
なのはが海の方へと飛んでいくと、龍もその姿を追って、飛び始めた。
その飛行速度はなのはよりも速い。
だから――
「撹乱――しないと!」
真っ直ぐ飛ばずに、大幅に曲がりくねりながら飛んだり、急制動をかけたりしながら、龍との距離を縮ませない。
龍も、その動きに翻弄されているのか、しきりに頭を振り回しているように見える。
ふらふらとそれでもなのはを追ってついてくる姿に、やはり、罪悪感を覚えたりもする。
その理由までもは分からない、自身の気持ちなのにだ。
「アクセルシューター!」
飛びまわりながら、なのはは10ほどの光弾を放つ。
それらはなのはの誘導に従って、龍の体に次々と着弾し――消失していく。
だが、なのはは大体手応えから先ほどの映像と照らし合わせて、核の位置をほぼ確信していた。
それは、長い胴の真ん中よりも上の方。
丁度、なのはが確信を持ったころには、海上へと到着していた。
『なのはちゃん、手加減してよ!?』
「分かってます!」
エイミィの最後の念入りの注意に答えながら、なのははこんな時のための魔法を放つ。
「いっけぇ!」
桃色の光が、レイジングハートから放たれ、龍の胴体へと突き刺さる。
その体を貫通せんとするのだが、異様なほどに防御が硬い。
やはり、核はそこか、となのはが確信を強めると、その光は更に輝きを強め、龍の体へともぐりこんでいく。
砲撃とはまた違う、言うなれば、魔力の圧力で、押す、と言う単純極まりない魔法である。
とは言え、時と場合で、こんな風に重宝したりもするのだが。
まるでもぐりこむように体の中へと食い込むその光は、少しずつだが確実に核へと接近していく。
だが、龍も簡単にそれを許すつもりはない。
「あ!」
体を捻らせると同時に、なのはへ向けて、小さな水の飛礫を無数に飛ばす。
<<プロテクション!>>
咄嗟に張り巡らしたプロテクションが、水の飛礫を弾くが――
「凄い…圧力!」
まるでフェイトのプラズマランサーの直撃をもらっているような圧力に、なのはは呻く。
だが、受け止めないと、それこそ被害がでかねないのだ。
「お願いだから、大人しくして!」
叫ぶようななのはの言葉に――龍はビクリ、と体を震わせると、突然、動きを止めた。
思わず呆気に取られてなのはも動きを止めた。
少しの間、なのはと龍の間に、沈黙の空気が流れてしまっても、仕方がないだろう。
<<マスター、封印を>>
「封印?」
それはある意味、6年ぶりの聞く単語だ。
ならば、あれはジュエルシードの発動の結果なのだろうか?
「レイジングハートは何か分かっているの?」
なのははレイジングハートを龍に向かって構えてそう問いかけるが、レイジングハートは答えなかった。
自身の眼で確認してください、と言う事なのだろう。
ならば、となのはは意識を集中させる。
それとともに、桃色の魔力が放出され、龍を覆っていく。
怒らないで!
ごめんなさい!
護れなくてごめんなさい!
――?
何を?
何を護れなくて?
マスター、教えてください!
マスター――って誰?
なのはの魔力に引っ張り出されるように、水の龍から小さな何かが飛び出してきた。
レイジングハートに引っ張られてくるそれらは、何かを訴えるように明滅している。
そして、核を取り出された、龍を形作っていた水は――
「…あれ?」
心配を余所に、上がってきたときの逆回しを見ているように元の場所へと戻っていく。
何だか色々心配していたのが馬鹿みたいだった、となのはは大きく溜息をつく。
そして、疲れて――手元にやってきたものを見たとき、それは、疲れから錯覚しているのだと思った。
「…え?」
手元にあるのは、光の加減によって、色を変える、基本色が青の鱗。
多量の魔力を発散させているのは、変わらない。
覚えがある、これは――ユーノとイージスが見せてくれた、友達からもらったもの。
龍の友達が出来た、と喜んでいたわが娘の姿を、なのはは思い描く。
そして――もう一つ、その手に収まっているのは――罅割れた、翠の宝玉。
見慣れた――ある意味、見慣れすぎた物だ。
「イー…ジス?」
言葉にしてみれば、それはとてもあっさりとしていた。
それは、愛しい愛しい、娘。
「イージス、イージス、どうしたの!?」
ただ、この娘が尋常じゃなく丈夫な身であることを知っている身としては、どうしてこのような事態になってしまったのかが分からない。
皹だらけで反応を返さないイージスに、なのはは懸命に呼びかける。
やがて――
唐突に、イージスは光は灯した。
それにほっとしながら、なのはは、質問をぶつけていた。
「イージス、何があったの? ユーノ君は?」
それは、本当に、誰もが同じ状況になったら聞くであろう事で。
当たり前の質問だった。
だけれど――
<<…ユーノ…?>>
ボソリ、と聞こえた声は、何か信じられないものを口にしたような、そんな声。
それに、なのはは少し首を傾げたが、もう一度聞いた。
「そうだよ、ユーノ君は?」
ユーノ…?
――ユーノパパ♪
――マスター!
――ごめんね
<<……だ。>>
小さな声が耳に聞こえた。
「え?」
<<いやだ>>
それは、少しずつ大きくなってきて。
<<いやだ、いやだ、いやだ!>>
「どうしたの、イージス!?」
<<いや、いやだ、やめて、やめてください、ユーノパパ!>>
叫ぶ声には、悲痛と呼ばれるものが全て含まれていて。
高らかに響く声は、なのはの心を切迫させていく。
「どうしたの、イージス!?」
もう一度口から出たその声にも、イージスは答えない。
ただ、その叫びは悲痛に響く。
<<いや、こんなの嫌、こんなの嫌です!>>
翠の宝玉から発する声に反応するように、鱗は魔力を変質させていた。
その思いに答えるように、鱗は自身に備わっている魔力を使い――
それを…海鳴の町へと…関係者全ての心に、見せ付けた。
<<嫌だ――!>>
目を開けていた、なのはの左目に、見たこともない映像が写った。
それは、赤い光に包まれた光景。
周囲が赤い光に覆われていた。
そして、まるでその光を押し返すように、翠の障壁が球状に周りを包んでいた。
その、次の瞬間――突如、穂先が現れ、自身の身を貫いて、体が真っ二つになったのが分かった。
されど、そこには痛みはない。
当然だ、神経は通っていないのだから。
だからか――背後で鳴った、グシャ、と言う何かがつぶれた音を明確に聞いたのは。
見ている何かは、視界をグルリと回した。
そこにあるのは――ユーノ・スクライアが槍で串刺しにされて喀血する姿。
場面がとんだ。
そこにあるのは、自身からあふれ出た血で出来た水溜りに横たわるユーノの姿。
そのままユーノが消えてしまいそうで、何度も何度もゆすり続けた。
そして、周りの人々に、助けに来た人達に助けを求めて――誰も応えてくれなかった。
信頼していた大人も、大切な友達も、誰も、誰も、目の前で横たわる、大好きな人を助けてくれない。
だけど、それよりも――護らなければいけない人を護れなかった自分に、絶望した。
『今まで…ありがとう、イージス。』
顔を真っ白にして、そう言うユーノの手には、イージスの本体と、淡い魔力の光。
死にそうだと言うのに、澄んだ笑みを浮かべて、転移魔法を発動させた。
そこまでで、イージスは、記憶を途切れさせた。
「あ…?」
放心したように言葉をもらしたなのはは、左目にうつる風景が海に戻っていることに気づいた。
だが――そんな事はどうでも良くて。
「…ユーノ君、ユーノ君!」
叫ぼうとも、届かない人の名前。
もう――がいないと、気づかされたのは――
「ユーノ君!」
涙を流して、気を失った時だった。
ー続くー
もう少し続くであろう欝展開。
…作者は一番キャラにひどい事をする存在であるマル
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