「ねえ。」
「ん?」

リーシュの声に、レイスが反応する。
手元で何か細かな装飾品をいじくっていたが、別に手を止めた様子もない。
ユーノはそれを見て、思わず苦笑してしまった。
レイスの器用さと、慣れた感じを受ける、その仕草に。

「ユーノが発掘のリーダーとか死ねとか思わない?」
「何、いきなり物騒なこと言ってくれるかな。」

ユーノとしては、顔を引き攣らせる台詞である。
しかし、言われてることは、内心、ユーノの心に響く所でもあった。

「いや、別に、ユーノも大丈夫だろ。」

レイスは、朗らかにそう答えた。
普段、やりあうことも多いが、基本的にレイスとユーノは仲がよかった。
と言うか、根底は仲がよい、と言う方がいいのだろう。
それに、ユーノは最終的にレイスに頭が上がらない事くらい、自覚があった。
この年上の兄貴分は、ずっとユーノとリーシュの面倒を見てきたのだから。
思わず、頭を下げたくなる時などがある。

「拝んでもいいぞ。」
「いやいや。」

図太い11歳だなぁ、とユーノは苦笑する。
実際、ユーノよりも余程図太い。
…まさか、それがユーノやリーシュのせいだとは思うまい。
苦労をかけられたレイスである。

「まあ、死なないくらいには大丈夫か。」

リーシュの言葉はそんなところ。
だけども、それはレイスやユーノにとっては、驚きの発言だった。
奇跡的にそれを表には出さなかったが。

<< おお、レイス、リーシュから僕に対して、大丈夫と言う言葉が!>>
<< 奇跡的だ! >>

レイスなど、涙まで流しそうな勢いだ。
ただまあ、それを表に出すとリーシュからどんな言葉が飛び出すか分からないので、言葉にしなかったが。
ユーノに吐かれる言葉ではあろうが、それはそれで、レイスにも効くのだ。
頼むから二人とも仲良くして欲しい。
何回切に願った事か。
生憎、神様に聞き届けられた事は一切ないのだが。
まあ、別に、仲が悪いとは言わないのだが。
言葉がもう少し柔らかければなぁとは何度思ったことか。

「了解、死なないくらいに頑張るよ。」

ユーノはそう答えた。
それが――ジュエルシードを掘り起こす前の最後の会話。
世界が――リーシュの世界が変貌をきたす、一年前の事。





集まる星の光は、夥しい数を数えていた。
いつもより遥かに多い、その星に、見ていた八神家の面々は目を見張る。

「嘘やろ、なのはちゃんの収束砲撃…あんな時間かけてチャージするの初めて見たで。」
「それどころか…なんですか、この魔力量。」

上の奴と比べてしまえば確かに微々たるものなのだろうけどもなのはが見せたいままでのどの砲撃よりも魔力が高まっている。

「…なのはちゃんたち、大丈夫でしょうか?」

シャマルからしてみれば、あんなレベルの大魔力運用など、愚の骨頂だ。
発射した瞬間に、なのはの体が押しつぶされる。

「…あれは、そこまでしても、何にもならへんような奴やろ?」

疑問調ではあったが、それははやてにして確信。
何をやっても、あんな化け物に通用するとは思えない。
アルカンシェルを数百発打ち込めば別かもしれないが。
正直、そのレベルの話だ。
たった一人の砲撃魔導士が頑張って、どうにかなるような話ではない。
だけど、だけどだ。
不屈の心は決して折れていないのだ、と、心に火が灯る。
恐怖に支配された心に、ゆっくりと種火が灯された。




「リンディ代理艦長、ギレール内から、収束砲撃…スターライトブレイカーの兆候を確認!」
「なのはさんたちは、まだまだやる気って訳ね。」

それなら、アースラも限界ギリギリまで頑張ってもらわなければならない。
あの魔力余波だけでも現状、次元震が起きかねないのだ。
だからこそ。

「私は、フィールドを張って、ギリギリまで次元震を押さえ込みます!」
「アースラ、魔力炉自体はノーダメージです! でも、主要回路にはいくつか損傷あり!」
「ギリギリまで制御をお願いね、エイミィ。」
「了解です!」

誰も、まだ、誰も。
出来る事を放棄しようとはしていない。
それは、きっと。
生きる事を諦めてなんかいないから。




<< スターライトブレイカー収束完了! >>
<< 普段の478%です。 凄まじいと言っていいでしょう。 >>

周囲の魔力をほぼ全て吸収し、今、なのはの頭上に燦々と光が輝いていた。
発射時の衝撃は、イージスが吸収する。
正直、それでも普段どおりあたりが限界らしいが。
圧倒的な硬度と衝撃吸収性を持つイージスだからこそだ。

「ユーノ君、そっちの準備は!?」
「こっちも完了、でも正直、早くして、魔力がなくなる!」

現在のユーノの魔力は、既にライルの書への供給で、ギリギリなのだ。
シェルナスも基本的になのはへと魔力供給を重視しているので、本当に維持ギリギリの魔力だ。
周囲の魔力もほぼ全て吸い尽くしたので、上空からまた魔力余波でも出てこない限り、供給する魔力が存在しなくなる。
ある意味、誤算とも言えたが、限界ギリギリまで持ち込むためには仕方がなかったと言える。

「それじゃ、行くよ!」

一つの球状に纏め上げられた星の光は、ゆっくりと天上へと掲げられる。

「これが、私達の、全力全開!」

<< スターライトブレイカー >>

ズン、と言う重低音とともに、空へとはじき出された光は、真っ直ぐにユーノが作り上げたライルの書の螺旋空間へと突入していく。
ともに、イージスの半円の盾に、凄まじい勢いで罅が走り抜けていく。

「イージス、大丈夫!?」
<< OKです! >>

そして、信じられないような光景がそこにはあった。

「うわ、ないでしょ、それ!?」

エイミィがそれを観測した時の言葉が、一番、分かりやすかった。
膨れ上がる光を見たのは、そこにいた全員だ。

「…有史以来、ここまでの大規模魔法砲撃があったことはあるのだろうか?」

思わずクロノがそう問うてしまうほどに、その輝きは巨大だった。
駆け抜ける時間に比例して、光はより巨大な輝きへと変わっていく。
そして、その光が、突き出した腕へと激突するころになれば――

「け、計測不能! ただ、魔力値はなのはちゃんの普段のスターライトブレイカーよりも300倍を記録したところまで…は残ってます。」
「…わあお。」

リンディも思わず冷や汗流しながら、そう言うことしか出来なかった。




全力を振り絞った結果が、天上へと昇っていく。
まるで、それは彗星のように、尾を引きながら、空を突き破らんとばかりに、飛翔した。




『あの時――』

空から突き出した腕へと、星は激突する。

『もし、あの時――』

その瞬間を、それを見た誰もが記憶した。
弾け飛ぶような衝撃と、全身を貫く稲妻のような鋭さ。
ただの魔力同士の激突の余波が、それほどの衝撃を全員に与えて見せた。

『ジュエルシードが発掘されなかったら――』

桃色の光を主軸に、様々な色が入り混じった星は、それでも突撃をやめず、腕を砕こうと突撃していく。
腕も決して負けまいと、それを押しつぶそうとする。
そして、腕の圧力に負けるかのように、星はその形をひしゃげさせていく。

『もし、ユーノがあの管理外世界に行かなかったら――』

それでも、と、ばかりに、星はまだ、突撃をやめていない。
その魔力を膨れさせながら、腕へと抗いの光を叩きつける。
ライルの書による増幅は、まだ終わっていない。
翡翠の光に覆われた螺旋の道は、まるで、星を押し出すように、その魔力を結集させて、星の突撃を援護する。

『まだ、レイスは、私のセカイは――』

だけど、それでも、腕は、全力を込めて星を握りつぶそうとする。
凄まじい魔力の激突の余波が辺りを叩きつける。
これでも、リンディが余波をある程度防いでいるのだから、恐れ入ると言うものだ。

『ここにあったのだろうか――』

だけれども、その戦いにも、結末は訪れる。
相手は、次元世界でも伝説に残るような悪魔だ。

『私のセカイはなくならなかったのだろうか…』

人の手だけでは決して抗うこと叶わず――
響いたのは、悲しみの絶叫のような音だった。
腕の向こう側から聞こえてくるその音に、思わず、それを聞いた全員は、胸元押さえた。
悲鳴、それは悲鳴。
やめろ、私をここに閉じ込めようとするな、と、まるで寂しさに泣いているような――
そんな声とともに、星は――散じていた。

「ああ…」

それは誰の声だったのか。
同じような絶望の声なのか、それとも、安堵の声なのか。
突き出た腕は、ほんの少しの脱力の後、また、這い出ようとしているのか、腕を振り回し始めた。

「駄目だった…か。」

ユーノはポツリと呟いて、空を見上げる。
だけども、そこには、まだ諦めの色は薄く。
何だってやって見せようと言う気概が消えていない。
ユーノは諦めるわけにはいかないのだ。
何故ならこれは、この事件は――

「ユーノ君、もう一発、行くよ。」

辺りは、振り回される腕から放射された魔力で、また魔力が満ちてきている。
スターライトブレイカーを撃つにあたっての状況では最良に近い。
そして、なのはの気力もまだ萎えていない。

「イージス、調子は。」
<< リカバリーできる範疇です! >>

イージスの気合の声に、なのはもユーノ苦笑する。
だけど、それも大人二人の心を満たしてくれる。

「さあ、シェルナス!」
<< …尊敬します >>

一言、そんな声が聞こえるとともに、辺りに風が渦を巻いて、魔力が集まってくる。

「あの子、寂しくて泣いてるね。」

それは、突き出された腕に対しての言葉。
あの時の声に、それを感じ取ったのは、はたして、どれほどの人か。

もし、生まれた時から一人で、その生命体がある一定以上のメンタリティを持っていたら。
人間より遥かに強大な精神力で、壊れることなく、その意思を保ち続けていたら。
その向こう側の世界がどんな場所かは分からないが、きっと、そこは地獄のように感じているだろう。

「助けてあげたいね。」
「…うん。」
「だけど、私達は、私達の世界を護りたい。」
「そうだね。」
「…大人になっちゃったな、私も。」
「…かもしれないね、僕も。」

前なら、どうにかできないかと、きっと考えて、方法を探したかもしれない。
だけど、今は、目の前の脅威を許容できないのだ。
出てくれば、確実に、なのは達の世界は崩壊する。
きっと、あの存在は、何も考えずに行動を始めるだろうから。

「最低…」
「だけど…」

勝手な心持だとは思う。
だけれども、だけれども、だ。
それでも、世界を護りたい。
陽だまりのように穏やかで大切な、自分達の世界を。

「…気づかなかったよ。」
「…ユーノ君?」
「僕が、僕の行動が、誰かの世界を壊した事なんて。」

この事件に根底にあるのは、それだった。
ユーノの行動がリーシュの世界を壊し、レイスが砕いた。

「一緒にいたよ。」
「うん。」
「ずっと、一緒だった。」
「うん。」
「だからさ――」

シェルナスが上げていた唸る音が消えた。
風が凪いで、辺りを静かにする。

「彼女がやっちゃったことは、僕が決着をつけなきゃならないって思うんだ。」

収束された魔力を全て内蔵したシェルナスに額をくっつけて、ユーノは唸る。
ああ、どうしてこんな事になってしまったのだろう。




「…ユーノが、管理局に就職した?」
「正確には民間協力者として、無限書庫ってところで働き出したらしい。」

最初は、そんなものか、と思った。
自分達の道が分かたれる時が来たのだと思った。
一年ほど会ってなかったら、唐突にそんな報告だった事には驚きは隠せないが。

「…ジュエルシード追っかけて行って、音沙汰ないと思ってたら、それ?」
「…みたいだ。」

このとき、リーシュもレイスも怒っていた。
当たり前とも言える。
全く、無事の報告もなしに、そんな事を唐突に報告してくるのだから。

「死んじゃえ、バ〜カ。」




<< さっきとほぼ同規模まで魔力集約完了、マスターの状態を充分に >>
「イージス、リカバリー完了後にチャージ開始!」
<< はい! >>

打てば響くようなそのやり取りに、まだまだ、とユーノもまた気力を奮い立たせる。
空にはまた腕が伸びてきていた。
表面に少し着いていた焦げ目も消え、また完全な状態へと戻っている。

「さっきと一緒じゃ届かない、か。」
<< ですが、あれ以上の威力は現状じゃ… >>

実際、さっきの時点でイージスは既に砕け散る寸前だった。
そこまでの過負荷を与えるような一撃なのだ。
確かに、先ほどまでの威力以上は現実味がない。




そんな親友(リーシュが認めるわけもなければ殺しにかかってくるかもしれないが)ではあったが、そこはさるもの。
突拍子もないことがあっても、ユーノだし、と受け止めれるものだ。
だけども、帰ってこない『世界』の一部に気づいた時、ふと、何かが崩れた。
リーシュとレイスの世界に、変化が、崩壊に近いような変化が起こったときだった。
だけど、別に崩れ去ったわけでもない世界。
人間は慣れる生き物だったのだろう。
いなくなった『ユーノ』と言う存在の分は、少しずつ埋められていった――はずだったのに。



「さっきより威力を上げるのは現実味がない…」
「だったら?」
「連射?」
「無理…だね、やっぱり。」

なのはの言葉にユーノは苦笑する。
いかに魔力を収束してみせても、先ほど以上の威力が出せるとは思えない。
ならば何かの手段が存在するかと問われれば――

「ジリ貧…かぁ。」
「馬鹿を言うな。」
「せやね。」

そんな一同に呼応するように、クロノとはやての声がすぐ近くで聞こえた。
見れば、いつのまにか、すぐ近くにいた。

「クロノ、はやて?」
「ここいる全員の戦力でもないだろう。微力ながら、僕達も撃つ。」
「ユーノ君の持っとる奴、増幅できるんやろ? 無駄やないやろ?」

簡単に言うな、とユーノは苦笑する。
演算と増幅の魔力でかつかつなのに、なのは意外にそれをやろうとして持つだろうか。
やるしかないか、と、溜息を吐く。

<<マスター?>>
「ごめん、溜息吐いてる場合じゃないよね。」
<<干渉計算開始>>

シェルナスとイージスの声が聞こえる。
レイジングハートも魔力を収束させている。

「だったら、順番にお願い。 まだしもマシ。」
「了解した、心配かけた分、踏ん張れよ。」
「わあ、すごい言いよう、菓子折りくらい持ってくる準備しとけよ、この野郎。」
「ふん…悪かった。」
「謝るなよ、キモチワルイ。」

いつもの毒舌の応酬に加えての一瞬の本音の会話。
それが分かっていたから、おずおずと、出てくる声もあった。

「…ユーノ、さん。」
「どうしたの、リイン?」

非常に申し訳なさそうな顔をしているリインフォース・ツヴァイにユーノは首を傾げる。
その言葉に、リインフォースはたまらなくなって、涙を流し始めた。
これに驚くのはユーノである。

「どうしたのさ、リイン!?」
「リインは、リインは、ユーノさんを、助けに行く事もしなくて、イージスちゃんにも…」

泣いていた。
申し訳なくて、どうしようもないほど情けなくて。
苦しい、悲しい、と言う心が覆いを作るほどに。
たとえ、ユーノ達が生きてここにいてくれてもそれは変わらない。
喜びに震える心がかき消されんばかりにそれらが強いのだ。

「だったら…」
<<リインフォースさんは罰を受けてもらいます>>

ユーノが何か言いそうになった時に、イージスからそんな冷たい響きを持った言葉が出た。
機械的な声にビクリ、と跳ねたリインフォースだったが、すぐに顔を俯かせて頷いた。

「イージス…」

少し、厳しい声音のユーノだったが、それ以上は何も言わない。

<<パーティーを、してください>>
「え?」
<<私達が生きていて嬉しいなって、存分に感情を表現して、パーティーをしてください>>
「おお、これはまた難しい問題やで、リインには出来なさそうで。」

イージスに追従するようにはやてが面白そうに言った。

「そ、そんなことありません!」
「そうかぁ? なら、承諾って事でいいんや?」
「…勿論です。」

勢いで口にしようとした言葉は、少し沈んでいた。
それでも泣いていた先ほどのリインフォースよりも余程いい。

「…娘が強かになったなぁ。」
「だね!」

妙に嬉しそうななのはの声に、ユーノは笑う。
まだ、笑えて、前を向ける。

「さあ、行こう!」

なのはの声が、高らかに響いた。



ある日のことだった。
穴の空いた世界を、普通に見れるようになったころ。
基盤に罅が入った。
リーシュの世界の根本に罅が入ったのは、彼女が16歳、レイスが17歳、ユーノが15歳。
ユーノと再会する、ほんの二ヶ月前のこと。
レイスが、いなくなった。



<<凄いですね、マスター達は>>
「何がだい?」

シェルナスの突然の声に、ユーノは笑みを浮かべながら返した。

<<諦めてない、目が輝いてます>>
「ま、こんな状況で諦めるのは僕達の性に合わないからね。」
<<あの時代…>>
「ん?」
<<僕が生きた時代は、本当に皆、死んだような目をした人ばかりでした>>
「生きた、時代?」

少し不思議なニュアンスだと思う。
未だ、シェルナスは生きていると言うのに。
機械としての感性なのか、と、ユーノは考える。

<<僕、5歳くらいにこんな体になったので>>
「え?」

その斜め上の返答に、ユーノのみならず、その場にいた全員が息を呑んだ。
だけど、そんな反応はいいのだ、今のシェルナスには。

<<だから、嬉しいです、マスターがマスターになった偶然が>>
<<…私的には到底許せないんですけど>>
「…イージスってば。」

イージスの拗ねた声に、なのはの呆れた声がかかる。
だけど、その気持ちは、なのはに分かったので、今は単純に大人の反応、と言うだけだ。
ちょっとばかり、なのはも羨ましいと思っていた。

「だったら、これからも一緒にいてもらうよ!」
<<はい、頑張ります!>>




それは、呆然として、それを眺めていた時だったろうか。

「…なんだい、人のお気に入りの場所にそんなものを作って。」

悪魔が、現れたのは。




「ああもう、結構きついぞ!」

ユーノがそう叫ぶ程度には、演算が面倒くさかった。
全く質の異なる魔力を三種増幅しようとすると、ライルの書の機能に頼るのではなく、人の技能で調整しなくてはならない。
その設定を行いながら、ユーノは叫ぶ。

「順番はクロノ、はやて、なのは!」
「了解、準備は完了した。」
「チャージ時間順ってとこ?」
「まだ結構かかるからその間よろしく。」

先ほどからなのはは再チャージを始めている。
そしてクロノの周りには氷の剣が無数に浮き、はやての周りには銀色の魔法陣が光輝いている。

「これを撃てば僕もからっぽだな。」
「私もや。」
「正真正銘、最後の、ってところかな?」

実際、なのはも先ほど以上のパワーで撃とうとしている。
イージスも耐えれるかどうか分からない限界だ。

「ははは、でも何や懐かしい。」
「何がさ?」

はやての言葉に、答えたのはユーノだ。
あまり余裕はないが、それを紛らわすのも丁度いい。

「ううん、何かこの面子でこうやって全力振り絞るのも、最初の戦い以来やなって。」
「なるほど…」
「そう言えばそうか。 模擬戦ではいつも敵に回っていたしな。」

思い出せば、最初の闇の書の闇の決戦まで遡るのか、と、四人は苦笑した。
良い思いでとは言えないのが、何ともだったが。

<< 何だか興味のそそられるお話ですね >>
<< 終わってから聞かせてください >>

デバイス二人の声に応と答えつつ、準備は整った。

「それじゃ、皆、全力全開!」
「フェイトがいないから、僕は今回は疾風迅雷だな。」
「クロノ君は絶対零度とちゃうかな?」

少々呑気なやり取りの間にも、腕は少しずつ這い出ている。
既に前腕部の半ばまで見えている。
そして、まずはクロノがデュランダルを天に向けた。

「アイシクルスティンガーブレイド、エクスキューションシフト!」

魔力を纏った無数の氷の剣が、天に向かって次々と飛翔していく。
翡翠の螺旋を通り抜け、どんどんと巨大化していき――腕へと突き刺さる。
先ほどと違い、一発ではなく、無数。
威力は一発一発が先ほどのスターライトブレイカーには程遠いが確実に威力を持っていた。
そして数々の方向からくるそれに、腕は対応できていない。

「はやて!」
「響け、終焉の笛! ラグナロク、ブレイカー!」

銀色の光が三角形の魔法陣の三つの頂点から凄まじい勢いで放出される。
純粋な魔力砲撃なら、はやてはこの面子の中でも一番威力が高い。
いまだ氷の剣に煩わされていた腕に、銀の光が収束されて激突した。
凄まじい魔力衝撃に襲われながらもなのはは、静かに呼びかけた。

「行くよ、レイジングハート、イージス。」
<< 問題ありません >>
<< 行きましょう! >>

『スターライト、ブレイカー!』

本日二回目のその光は一回目より更に巨大で。
その発射の衝撃を支えるだけで、レイジングハートの先端部が崩壊し、イージスの盾部分は崩れ落ちた。
既に本体にすら損傷が届きそうなレベルだ。
更になのはも殺しきれなかった衝撃に体を落としていた。
だが、それでも三位一体、否、全員で放った魔法は完全に成功だった。



事情を聞いたその男はこんな事を言った。

「ふむ、やる気が湧かないのなら、復讐はどうかね?」

――復讐?

「そのユーノとやらが発端なのだろう? 文句をぶつけてみては?」

――分からない。

「まあ、やる気になれば連絡してくれたまえ、面白かったら手を貸そう。」

これより二ヵ月後、ユーノと再会したリーシュ(姿はレイスだったが)は彼に連絡を取っていた。
この時、レイスの姿を取っていたのは複雑な心境の上だったのだと思う。
会いたくなかったのだ、自分の姿で。
その後、彼女はスクライアの集落から秘宝二つを持ち出した。
何故、何故、私の世界を壊したお前はそんなに幸せそうなのか!
レイスは死んだのに、名前も残さず死んだのに、何故お前はそんなに幸せそうなのか!
憎い、憎い、憎い!
――羨ましい



ああ、そうだ。
空へと駆け上ってく光を再度眺めながら、リーシュは思い出していた。
羨ましかったのだ、自分は。
レイスと離れ離れになった自分と、何食わぬ顔で幸せを謳歌しているユーノ。
比較して憎悪を覚えた。
その根底にあったのは嫉妬だ。
どうしようもなくなった自分と、その向こうで自分の道を行くユーノ。
ああ、どうしてだ、どうして――あの時レイスと私はユーノを追わなかったのか。
私がそう言えばよかったのか。
それとも、ユーノに帰って来いと言えばよかったのか。
そうすれば、そうすれば――

『死んでない、残念。』
『本当にリーシュは…』
『ま、まあ、無事でよかったよ』

そんな事を言っていたのだろうか。
復讐などすることもなく、また三人の世界で――

「…笑っちゃう。」

だけど、そんな自分はもういない。
ここにいるのは、世界の燃えカス。
リーシュ・スクライアと言う世界の燃えカス。
だったら、やることはもうこれだけだ。

「ユーノ…死んじゃえ…死んだらまた会うかも、ね。」

リーシュは結界の中で、笑いながら、自分の胸に短刀を突き刺した。
死んでほしい馬鹿とは、そのうちまた会えるのではないかとどこかで考えながら。
ちょっとくらい塩を送ってあげる、くらいの、馬鹿げたと考えるほどの心裡。
最後の、復讐だった。




それは唐突だった。
スターライトブレイカーが腕と激突する少し前くらいだったろうか。
腕がこの世に這い出るための穴が、閉じ始めたのだ。
召喚が、途中で終わった。
もとより命を賭けた術式だったはず。
それに対抗する術式を知っていても、命を賭けなければならない。
最終手段として実行する事をどこかで考えていたユーノは思わず全身の力が抜けかけた。

振り向けば、そこには血溜まりに沈む幼馴染の姿があった。
結界は解かれ、ただ、そこには微笑む体があるだけだった。

「君は、本当に何時だって、勝手だ!」

ユーノの叫びは、スターライトブレイカーの衝突の衝撃かき消されて届かない。
誰にも――
そして、上空の戦いは呆気ないほど簡単に決着がついていた。
スターライトブレイカーに触れた腕は閉められる穴との苦しみもあったのか、強引に押し戻されていく。
苦しい声をあげがら――穴の向こうに戻っていき、穴もなくなった。
ふわりとした静寂が辺りを包み込んで――

(レイスの墓参りと、私の墓作り、よろしく)

「ふざけるなよ…」

(ふざけてない、それじゃ)

それは、ユーノの幻聴だったのだろうか。
ただ、分かっている事は――一人の女の感情から始まった事件はここでその一人の女の感情で幕を閉じたと言うことだ。

ーエピローグへー


難産もいいところでしたよ、本当…(汗)
方向転換でグルグルしつつ、結局こうなったと言う展開。





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