5月も今日で終わり、と言う頃、ユーノ・スクライア(9歳、フェレット)は溜息をついていた。
特に深い理由などない。
深い溜息をつかなければならないような事態はつい先日全て終了した。
次元災害を引き起こすにいたった、自身の掘り起こしたあの青い宝石を巡っての戦い。
現地住民――高町なのは――の協力の末、これ以上の結果を望むのは贅沢が過ぎる、と言わんばかりの結果で終わりを告げた。
PT事件と呼ばれることとなったこの事件は、結局、悲しみを一つ呼び、喜びを一つ呼びこんだ、ただそれだけの結果だった。
勿論、当事者たる人達にしてみれば、ただそれだけ、などという言い方は失礼に値する。
特に、かの事件の尤もたる人物、フェイト・テスタロッサにとっては。
そのフェイトの裁判も始まったものの、クロノ・ハラウオン執務官の元、そう大したことにならないのも確実だ。

だったら、結局ユーノの溜息はなんなのか。

「暇だな…」

なのはの部屋の中で空を見上げて、このフェレットはそんなことを呟いていた。
とは言え、確かに暇なのである。
なのはが学校に行っている間、特にする事もない。
前は、ジュエルシード探索など、広範囲の探索魔法行使をしていた(まあ、半分無駄だが)事もあり、そう暇ではなかったのだが。
こうして、事件が終わって、なのはが学校に行っていると、特にする事もないわけだ。
高町家の人々も、各々出かけていて、この家には誰もいない。

「…読む本もないしなぁ。」

なのはの部屋にあった本は、知識の収集の意味もあって、サラサラと読みつくしてしまった。
元より、読書魔法は得意分野だったから、と言って、行使するのではなかった、と後悔した。
何故なら、読書魔法を使うと、普通に読むよりも遥かに早く読み終わってしまうのだ。
こんな状況になるとは思っていなかったのだから仕方がないが、ちょっと後悔してしまうのだった。
とは言え、ゴロゴロしているのも仕方がないし、魔法の訓練を、と思っても、自身にできる事の幅を知っているだけに、新しい知識が欲しかった。
アースラは仕事中だろうから、お邪魔するのも駄目だ。
それこそ、クロノにネチネチと何かを言われる事になりかねない。
何故か、真面目一辺倒の少年は、このユーノに対してだけは、微妙に嫌味を吐く。

「…行くか。」

こうなったら、と決心して、ユーノはなのはに念話を送る。

『なのは、なのは、聞こえる?』
『うわぁ!』

まずった、とユーノは思った。
何か必死で集中しているところを邪魔してしまったのかもしれない。

『ユ、ユ、ユーノ君、どうしたの?』
『ごめんなのは、何か邪魔しちゃった?』

なのははそう言われて、実は授業中に、あまりに日なたが気持ちよくて寝かけていました、とは言えなかった。
叫び声を出して、周りに凝視されてしまっては余計に。

『だ、大丈夫、それで、何、また何か?』
『あ、ああ、違うんだ、ちょっと、図書館まで出かけるね。』
『え、だ、駄目だよ、犬とか猫とか車とか、危なすぎるよ!』

そういわれて、ユーノは確かに、と思考するが、でもそれは、と苦笑する。

『大丈夫だよ、なのは、人に戻って行くから。』
『え、あ、そうか、それなら安心だね。』

行ってらっしゃいと、言ってくれたなのはに礼を言って、ユーノは念話を切る。
さて、と窓を開いてピョン、と飛び降り、ゆっくりと着地すると、ユーノは道場裏までトコトコと歩き出す。
道場の裏の、上以外から完全に閉鎖された空間で、ユーノは人の姿に戻る。
トレーナーとズボンと言う一般的な格好。
とは言え、よく考えると、ユーノは少々問題がある事に気づいた。

「補導されないように気をつけなくちゃね。」

既に学校を出ているユーノも小学生の年である事に変わりはない。
それに、警察官のご厄介になってしまうと、言い訳がきかないのである。
何せ、戸籍がないのだ、ユーノには。
住んでいる場所を問われただけでもアウトになりかねない。

「警官がいない事を祈ろう。」




幸い、図書館までの道のりを終えてみれば、図書館には様々な年の人がいた。
老若男女、車椅子に、補聴器をつけているなどなど、ザッと見れば、ユーノと同い年の頃の子も少なからずいた。
周りを見渡しながら、世界の〜〜と名がついている書籍類を眺めて、遺跡関連の本を発見。
ゆっくり読んでみよう、とユーノは2冊ほど分厚いハードカバーの論文を選んで席につく。
とは言え、考えてみて欲しい、日本において、明らかに外国人と思しき髪と目をした子供が、大人でも読まないような本をスラスラと読み進めている姿を。
目立った、それは目立った。
ちょっと注目されていることに気づかず、ユーノは集中して本を読み進める。

(こっちの世界の遺跡も、ロストテクノロジーがあることがあるんだ…)

所謂、Oパーツと言われる産物である。
ユーノはそれらを興味深そうに読み進めていく。
一冊を2時間ほどで読みきって、ユーノが時計を眺めれば、午後三時。
思い出したように、お腹がなった。
そして、その時になって、ユーノはしまった、と思った。
フェレットで行動する間が、フェレットの体以上のカロリーは消費しない。
つまり、毎日もらっているパンくず程度でも充分運動できるのだ。
しかし、人間がそんなカロリーで運動していて平気なはずがない。
人間的な量で食物をもらっているわけではない。
まずい、と切実な気持ちになった。

「…いい暇つぶしができたのにな。」

高町家にいる以上、自分はフェレットでしかないのだ、と思いつつ、ユーノは明日からはこれはできない、と思った。
ちょっと悲しい気持ちになって、帰途につこうとして、本を戻しに行く。
そこに、車椅子の女の子がいた。
精一杯手を伸ばしているのが見ていると分かる。
でも、悲しいかな、その手は目的の本には届かないのだろう。
ユーノは少し逡巡してから、その本を取ることにする。
これで少女が反発するようなら、それも仕方がない。
先天的に魔法の器官等が、障害を持っている子が、ミッドチルダにも存在する。
ユーノも短い学生時代だったが、そう言った子達と少ないながら触れ合った。
どの子も、気難しいものだった。

思い出しながら、本を渡すと、明らかに少女は戸惑っていた。
少女は、ショートカットの茶色の髪をしている子だ。
少しだけ、なのはに似ているかな、とユーノは思う。

「ええと、何語や、サンキュー?」

思わず吹いてから、ユーノは苦笑した。

「日本語で大丈夫だよ。」
「うわ、流暢やな、外人さんと違うんか?」
「外国人だけど、日本語はずっと使っているしね。」

事実だ。
実際、言葉はあまり変わらないからこそ、この世界でもやっていられる。
英語も実際あるし、この辺り、世界はどこか似ているのかもしれない。

「それじゃ、ありがとう、やね。」
「うん、どうしたしまして。」

柔らかい雰囲気を覚えながら、ユーノは自然と車椅子を押し出した。

「あれ、押してくれんでもええよ?」
「本落とさないようにしてこぐのも大変でしょ、いいからいいから。」

とは言え、押し始めてからユーノははて、と頭の中に疑問符を浮かべた。
どこに押していけばいいのだろう?

「あ、そっちのテーブルにつけてくれる?」
「あ、うん。」

とんだ間抜けになる所だったが、まあ、そんな事もある。

「ありがとう、ええと…」
「…ん、あ、そうか、僕はユーノ、ユーノ・スクライアって言うんだ。」
「やっぱり外人さんなんやな…私ははやて、八神はやてって言うんや。」

ユーノははやてを机の所に押していくと、おもむろに反対側に座った。
特に深い意味はない、もう少し、この子と話してみよう、と思っただけだ。

「ん〜、ユーノ君…でええかな?」
「いいよ、はやてちゃん。」
「…う〜ん、ちゃんはいらんね、呼び捨てでええで。」
「分かった、はやて。」

二人は呼び名も決まった、と、二人でニッコリと笑う。

「ユーノ君は学校とかええんか?」

問われて、ユーノは少し考えてから言った。

「まあ、もう学校は向こうで出たから。」
「…ユーノ君、何歳や?」
「9歳だよ?」
「わ、私のイッコ上で、学校でてるんか!?」

驚愕の声を上げるはやてに、慌ててユーノはシーと人指し指を口の前に出した。
はやてはそれに気づき、少し赤くなって、少し俯いた。

「す、凄い天才なんやな、ユーノ君。」
「記憶力と知識が多少、人よりあるだけだよ。」

謙遜しているように聞こえるが、実際そんなところだ、とユーノは思う。
まあ、本を読み漁り続けて、知識の塊みたいになっているのに、その程度かどうかは知らないが。

「はやては、その足で?」

平然と聞いたユーノだったが、内心はドキドキしている。
この手の質問は、地雷の可能性も高ければ、特に相手が受け入れていてどうともないこともある。
とは言え、その人と関わる上で、ないがしろにはどちらにしろ出来ない問題だ。

「そうなんや、時たま、発作とかもあってな。」

笑みを浮かべて、何でもなさそうに笑うはやての顔に、ユーノは少しだけ陰を見た気がした。
でも、それは口に出さない。

「勉強とか、してみたい?」
「う〜ん、勉強はな、教えてくれる人もおるんやで?」

曰く、担当医の人が教えてくれるらしい。
なるほど、はやては学校に行っていなくても、年に似合わず聡明だった。

「はやて、この後どうするの?」
「ん、本借りて帰ろうか、と思っとるよ?」
「それじゃ、ちょっと待ってるよ。」
「…何で?」

心底不思議そうに聞いてくるはやてに、ユーノは苦笑した。

「袖摩りあうも、多少の縁。 送っていくよ。」

それを聞くと、今度ははやてが苦笑した。

「お節介やな、ユーノ君。」
「そうかも。」

思わずニコリ、と二人で笑って、はやては本を借りに行き、ユーノはその後ろについていった。
のんびりと外に出れば、春の日差しが柔らかに降り注いでいる。

「ちょっと、暑くなってきたかな?」
「そうかもしれんね。」

はやての車椅子を押しながら、ユーノはのんびりと歩く。
はやてもどこかそれを嬉しがっている様子で、目を閉じて、車椅子に体を預けていた。

「はやて、道教えてくれないと分からないよ?」
「う〜ん、送るいうたんやから、それくらい調べといて欲しかったわ。」
「それは無理だよ。」
「わかっとるよ〜」

やり取りが何回か続くと、自然と二人で笑みを浮かべていた。
雰囲気が非常に柔らかくて、話も合っていた。

「そこの道、右やで〜」
「はいはい…ってここ?」

家や、と言うはやての言った場所にあったのは、随分と大きな屋敷だった。
高町家と比べると、敷地面積は3倍くらいあるのではないだろうか。

「はやての家は立派だね。」
「…せやな。」

ユーノは純粋にそう思ったから言ったのだが、はやては、少し寂しそうに笑っていた。
どこか、それは非常に危ういものがあって。

「それじゃ、お邪魔します。」
「はい、いらっしゃい。」

帰ろうかとも思ったのだが、ユーノは結局、八神家にお邪魔していた。
言いながら、ユーノはさりげなく、玄関周りを確認する。
そこには、靴が一足もなかった。
今脱いだ、はやての靴以外、一足も。
草履もなければ、スリッパもない。
嫌な予感を覚えつつ、ユーノははやての車椅子を拭いて、車椅子を押しながら、廊下の先へと進む。

「それじゃ、お茶くらい――」

グー

自分のお腹から聞こえた声に、ユーノはちょっと情けなくて、苦笑した。
それを聞いて、はやては笑う。

「それじゃ、奮発して、ホットケーキくらいご馳走しよか。」

食欲に勝てなかったユーノは、結局、手伝いをしながら、ホットケーキを一緒に焼くことになった。
そして、その時、気づいた。
はやての家に料理台は、全てはやての高さに合わせて作られていた。
もし、母親か父親が健在、料理を作っているのなら、こんな事は必要ないだろう。
それでも、両親共に働いていて、はやてのためにキッチンを作り変えた可能性もある。
ただ、常時置かれているであろう、コップは一つしかない。
おはしも、一組しかない。

「卵を割るの?」
「そうやで、それから中に入れてな。」

ホットケーキの元に卵を落としながら、ユーノは状況証拠から、推察があたっている事に気づいた。
はやての両親は、きっと、いない。
そして、この家に、たった一人で暮らしているのだと。

「あ、焼けた?」
「まだやで、見てみ、半生や。」
「でも、これはこれで美味しそうだね。」
「う〜ん、カスタードクリームとか練りこんだらいけるかな?」

おお、それは美味そうや、と嬉しそうに言うはやての前で、ユーノは、ただ笑う。
気づいた事は、今と関係ない。
例え、それがただ一時でも、寂しさを忘れてくれるなら、いい、とユーノは思った。
ただ、それが残酷な事も、気づいていたけど。

「美味しかったね、はやて。」
「せやね、お粗末様でした。」
「いえいえ、ご馳走様でした。」

何とも日本的なやり取りに、普通に対応してくるユーノに、はやてはおお、と少し驚きの声を上げる。
してやったり、と言った顔をするユーノに、はやては少しだけ顔を膨らました。



「それじゃ、僕はそろそろ、お暇するよ。」

帰りを告げたのは、もう、5時を過ぎた頃だった。
本日はなのはは塾だ。
帰ってくるのはもう少し後かもしれないが、夕飯時にいないと、きっとまずい。

「そうやな、そろそろ帰ったほうがええな。」

頷くはやての顔を少し見て、ユーノは視線を外す。
見ていても、笑っていても、やっぱり、すぐに分かってしまう。
はやてが、寂しそうだった。

「ねえ、はやて。」

玄関から外に出て、ユーノは玄関口で車椅子に座っているはやてに笑みを浮かべながらはなしかける。

「なんや?」
「僕ね、こっちにいると、朝から凄く暇だし、寂しいんだ。」

何でもないことを話すユーノに、はやては首を傾げる。
はやてに構わず、ユーノは言葉を紡ぐ。

「だから、明日も、朝から来てもいいかな?」

聞かれたはやては、大きく目を見開いてから、苦笑した。

「ユーノ君が来たかったら、来てもええよ?」
「うん、それじゃ、明日、またお邪魔する。」

それじゃ、と手を振りつつ。

「はやて、又、明日。」

そう言う。
ただ、それだけの、何でもないやり取りだったけど、それでも、二人にとっては、とても心温まることで。

「うん、また明日。」

はやても、本当に笑みを浮かべて、ユーノを送り出す事ができた。
ユーノがいなくなってからも、はやての顔からは、中々笑みが消えなかった。



高町家の前で、ユーノは周りを確認してから、フェレットに変身して、ヒョイヒョイ、となのはの部屋へと登る。
その小さな前足で、ガラガラ、と窓を開ける。

「あ、お帰り。」

既に部屋の中にはなのはがくつろいでいた。
ユーノもただいま、と告げると、自身の寝床である籠に入り、フーと一息ついた。

「どう、図書館、楽しかった?」

なのはの質問に、ユーノは、なんでもなく、でも、とても楽しそうに答えた。

「凄く、楽しかったよ。」

明日の朝が楽しみなほどに、と心の中で付け加えながら、そのうち、なのはをはやてに会わせてあげたらいいな、と思った。
でも、当分は、ゆっくりはやてと過ごそう、と思っていた。
落ち着いて、本当に仲良くなった頃に、なのは達に紹介すればいいから。


そう、思っていたのだ、本当に。
ただただ、運命の歯車は、新しいギアを得て、カラカラと回る。
それは、幸福であり、不幸。
夜は、今から始まるのだから。

ー続くー

う〜ん、ユーノを冷静に動かすとこんな感じかな、と。
大人っぽいレベルが高すぎのような気もするんですけどね。



投稿作品へ戻る

inserted by FC2 system