「行ってきま〜す!」

元気に学校に向かっていくなのはを見送って、ユーノは小さな前足をフリフリと力いっぱい振る。
そんなフェレット、ユーノの後ろでも同じように母の桃子が笑顔で手を振っていた。
なのはが見えなくなると、ユーノはチャッチャッと、爪を鳴らしながら高町家の廊下を歩き、階段を登り、なのはの部屋へと帰っていく。
桃子はそれを見ながら、いつも思う。

「本当、頭いい子よね。」

並みの人間より頭がいいのではないかと時に思ったりする。
まあ、実際そうなのだから、世の中と言うのはよく分からない。

「さて、僕も、出かけようかな。」

昨晩、なのはには色々出かけてくる、と了解は取ってある。
用がある場合は、念話でお互いに呼び出せるので、それほど気にかけたものでもない。
車など、事故にはならないように、と心配し合った台詞をお互いに言ったりはしたのだが。

ユーノは窓を開けると、外に出て、しっかりと窓を閉めてから、フワフワとゆっくり庭へと降り立ち、昨日と同じ場所で変身する。
人間へと戻ったユーノはのんびりと歩きながら、はやての家へと向かう。
とは言え、さすがに早すぎるか、と苦笑したが。
何せ、まだ学校の始業のチャイムさえも鳴っていないような時間帯なのだ。
冷静に考えて、他人の家にお邪魔する時間ではない。
そう思ったユーノは少々足の進む速度を緩めて、空を見上げる。
思い出したのは、あのジュエルシードを巡って戦った時。
なのはが必死の思いで友達になりたい、と叫んだ少女の事や、その使い魔。
こんな晴れた空ではなかったから、余計に思い出すのだろうか、とユーノは物思いにふける。
6月、彼女の、フェイトの裁判も始まったはずだ、とユーノは思う。
まあ、誰かが故意に罪を重くでもしない限りは、彼女の無罪はまず確実だろう。
フェイトの境遇を考えれば、それが当たり前だとも思う。
本来の所は、無罪、ではないだろうけど、それでも、無罪になればいい、と思っている。

「…裁判が終わったら、こっちに来るんだろうな。」

フェイトとなのはが一緒にいる所を考えると、嬉しくなってくる、とユーノは思う。
なのはも辛かった。
フェイトも辛かった。
傍目で見ていることしかできなかったと思っているユーノには、二人の間柄が今のようになって、本当に良かった、と第3者視点から考えられる。
ユーノにしてみれば、PT事件での彼は、さしずめ傍観者であり、協力者であった、と思っている。
元はと言えば、ユーノが依頼したジュエルシード回収であったが、途中からは状況が変わり始めた。
その過程で、ユーノは依頼者から、協力者であり、傍観者へとあいなった。
とは言え、フェイトとなのはの件に関してはユーノも素直に良かった、と思っている。
もっと悪い結果の未来は、きっと山ほどあったはずだから。

「と、もう着いちゃったか。」

過去への回帰と、今の思考を切って、ユーノは目の前の八神家を見上げた。
かなりゆっくり歩いてきたはずなのだが、時間にして、今はまだ8時45分ほどだろうか。
まあ、朝から行くとしか行ってなかったから、時間も常識範囲ないならまだいいだろう。
ユーノはそう言い訳しながら、八神家のチャイムを鳴ら――

「ユーノ君、いらっしゃ〜い。」

――す前に、はやてが出てきた。
思わず、自分の人指し指を眺めるユーノ。

「こっちの国のベルは、鳴らす前に気づくの?」

そんな訳ない。

「あ、いや、たまたま外に出ようとしたら、ユーノ君が来たからな。」

それでタイミングがあったんよ、と笑って言うはやて。
なるほど、と頷くユーノだった。
対照的に、はやては内心、真っ赤である。
まさか、知り合いが尋ねて来てくれる、と言う事態に、そわそわして玄関前で待っていた、などと言いたくない。
さすがに、恥ずかしい。

「いや、まあ、上がったってや、ユーノ君。」
「あ、うん、分かったよ、はやて。」

しかし、他人の家にお邪魔するのに、手土産の一つもないなぁ、とユーノは少し申し訳なく思う。
リーダーと言う仕事をしていると、変な所まで気が回るようになるようだ。

「お邪魔します。」
「いらっしゃい。」

こんなやり取りだけでもはやては嬉しそうだった。
一体、どれだけ仕事など以外で尋ねてくる人がいなかったのだろうか?
孤独ではないにしろ、いかにも、寂しそうに見えた、とユーノは考える。

「こんな朝早くで、ごめんね、はやて。」
「ううん、別にええよ。 でも、家の人とか何にも言わんの?」

家の人、と考えて、ユーノはボヤッとスクライアの一族や、なのはを思い浮かべて。

「う、うん、まあ、別に何も言わないかな?」

確かに何も言われない。
この家に来る事など、誰にも言っていないのだから。

「朝ごはん、食べてきたんか?」

問われて、ユーノは逡巡した。
フェレットとして、クッキーやパンくずなどは食べていたが、人間形態となると、その程度では足りない。

「食べてきたけど…いや、なんでもない。」

尋ねてきた人の家で、そう何度も食べ物をもらってどうするのか、とユーノは自制する。
それに、お腹が減っていることはまだ自覚していない。
そう思って、ユーノは何も言わなかったのだが、はやての中では別の思考が進行していた。

(もしかして、ユーノ君は家で冷遇されてるんやろか…)

こんな朝早くから出てきても、何も言わない家族。
まあ、それだけならユーノの事を信頼しているのだろう、とも思うのだが。
明らかにお腹が減っていそうなのに、食事は食べた、と言う。
まだ9歳の子供をお腹一杯食べさせてあげない。
少なくとも、既に学校を出ているくらいなのだから、家が貧乏、と言う事もないだろう。
冷静に考えて、何かがおかしいのは確かなのである。

(う〜ん…)

考えても答えは出ないし、こんな事を聞かれれば、ユーノとてあまりいい気分ではあるまい。
だから、はやては友達として出来る事をしようと思う。

「ふふん、そんな意味ありげに言っても、お腹減ってます言うてるのと変わらんで?」

うっ、と呻くユーノの顔を見ながら、はやてはそう言う。
とりあえず、お腹いっぱい食べさせてあげよう。

「一人分より二人分の方が作るの楽しいし、ユーノ君も手伝ってくれるやろ?」

明らかに遠慮しているユーノにはやてはすぐさまクギをさす。
いくらか、あ〜、と唸っていたユーノだったが、結局頭を垂れた。

「ご馳走になりますです、はい。」

何だか妙な口調だったのは、後ろめたさからだろうか…





「う〜ん、こうしていると、本当にこの国の文化って、独特だよね。」

お箸をガチガチと上手くない感じに操りながら、ユーノは言う。
彼も、それなりに沢山の文化というものと触れ合ってきたが、それでもこの日本という国は独特だった。

「まあなぁ…お箸使っとる国なんて、そんなにないからなぁ。」

アジアの一部地域というところくらいだろう。
はやてが言う地域の話を聞きながら、ユーノは世界地図を頭に思い浮かばせる。
なのはの教科書で見たそれを頭の中で思い描いて、ユーノはふむ、と考える。

「それにしても、よっ、はっ!」

お箸を使って、鮭を食べようとするのだが、まるでユーノの思う通りには動かないお箸。
辺りに少しずつ身が飛び散っていくので、ユーノは結局、握り箸状態になり、鮭にそのままダイレクトに突き刺し、かぶりつく事にした。

「ユーノ君、まあ、これから頑張ってや。」
「…努力します。」

本当、こんな事していて、どうも虚しい、と思い、それから、どっかで練習しないとなぁ、と思った。
とは言え、これからは、一体いつまでかな、とも思う。
ミッドチルダへの次元転移はまだできないのも確か。
しかし、いつ航路が回復するかも分からない。
そうなれば、どうするか、とユーノは思う。
フェイトの事もあるから、当分はアースラとは完全に別れることはないだろう。
こちらの世界に来る事も容易だ。

「…でも。」

それがなくなれば、どうなっているのだろう。
なのはにもはやてにも、会えなくなって、気にしない自分がいるのだろうか。
これまで、遺跡発掘で、仲良くなった現地の人と別れる事はたくさんあったけど。
今は、少し寂しい、と思うし、別れたくない、とも思う。

「ユーノ君、美味しくない?」
「え、あ、ううん、美味しいよ。」

人間らしい食事は実はそれなりに久しぶりです。
などとは、口が裂けてもいえないよね、と先ほどの思考を切り、そう思った。

食事を終えると、なんとなく、手持ち無沙汰になった。

「う〜ん、ユーノ君が今まで読んだ本で、一番面白かったんはどんな本?」
「そうだねぇ――」

となると、二人で色々話すことになるのだが、こうして話していると、二人はとても気が合っていた。
本好きで知識欲も深い二人であるだけに、話も弾む時はしっかりと弾むのだ。
続かなくなっても、本を出して読んでいると、自然と気まずさもなく、二人でのんびりと時折声をかけていた。
何だか非常に自然体で、のんびりとしていた。

「あ、いかな。」

時計を眺めると、突然、はやては慌てだした。
その雰囲気に気づいたユーノは、車椅子を押し始めた。

「どこに行かないといけないの、はやて?」
「病院や、いつも診察してもうてるんやけど…」

その雰囲気は、ユーノを置いて行く事を申し訳ないように思っている表情だ。
とは言え、ユーノもそんな気持ちの足枷になるつもりは毛頭ない。

「それじゃ、行こうか、はやて。」
「え…行くんか、ユーノ君。」

病院なんて行っても何にも楽しないで、と言うはやてに、ユーノは穏やかに笑った。

「理由は、必要ないと思うな。」

一重に、一緒にいたいから、一緒に行くよ、と言っている。
のんびりとした言葉に、はやてはハァ、と溜息をついてから、嬉しそうに笑った。

「ほんなら、ユーノ君、押したってくれる?」
「お安い御用だよ。」

車椅子を押して、ゆっくりとユーノは進む。
はやてははやてで、穏やかな顔で、車椅子に安心して座り込む。
ちょっとだけ、また仲良くなれた気がするなぁ、とユーノはのんびり思った。




「あら、友達、はやてちゃん?」
「はい、ユーノ君、って言います。」

検査室に入る前に一緒にした少年を見て、石田が聞くと、はやてが言った。

嬉しそうに語るはやてに、あらあら、と石田は楽しそうに返事を返した。
自分にだけ愛想笑いを超えたところで向けてくれた笑みは今はユーノという少年にも注がれていた。
と言うか、明らかにランクが上か。
まあ、この年頃の子が、同年代の友達を嬉しく思わないはずが無い。

「でも、あの子学校は?」
「地元で出たって言うてました。」

地元で、出た?
学校を出たと言う事なのだろうが、あの子は明らかにはやてと同年代だろう、と石田は思う。
どんな子供だろう、と思わず唸ってしまった。

「まあ、いいかぁ…はやてちゃんが信頼してるって言うだけで♪」
「…なんか含んでます?」
「いいえ、ちょっと楽しくなってきただけ。」

そう言うと、石田は検査を開始した。






「はい、今日はここまでね。」
「いつもありがとうございます。」

礼を言われて、石田はチクリと、胸が痛んだ。
はっきり言ってしまえば、何もできていないのだ。
悲しいことだが、はやての足を前に、石田は何も出来ていない事を理解している。
場当たり的なマッサージくらいが関の山。
それ以上の、『治す』治療が全くできない。

「ユーノ君、私、ちょっとその…トイレ。」
「え、あ、うん。」

ちょっと恥ずかしげに言うはやてに、ユーノは頷く事しかできない。
初々しいわね、とちょっとおばさんくさく思ってしまった。
そうしてはやてが出て行くと――
ユーノの目が理性と理知の塊のような目になっていた。

「率直に聞きます。」
「え、はい…」

気圧されている、と石田は思う。
子供的な真剣さもあるだろうが、これはそれをどこかで超越した部分もある。
大人も顔負けの何かが。

「はやての足、治ると思います?」
「……率直に、事実だけを言えって?」

それを言うと、石田は歯噛みしながらも答えるしかない。
答えはノーだと。
理性的に物事を考えると今の医学でははやてを治せる確率など分かりきっている。
零だ。
しかし、ユーノは首を振って、一言言った。

「貴方の気持と気概を含めてです。」

子供が何かを言っている。
石田にそう言う心があったのは仕方が無い。
まるで、こちらを試すような言葉に、石田は、ただ、感情のままに、言葉を吐き出す。

「治してみせるわ。」

それはずっと思ってきたことだ。
年端もいかないはやての足を治してあげたいとずっと思っていた。

それを聞くと、満足そうにユーノは頷いた。

「結構、詐欺医者、見てきたんで、すいません。」
「…ちなみにどんなの?」
「お呪いかけて治したから金よこせ、とか、治す所を一時的に痛みだけ消して治した、とか。」
「…あなたどんな人生送ってるの?」

それには、ユーノも曖昧に笑みを浮かべるだけだった。
実際、スクライア一族が放浪していた次元世界では、いくつかそんな医者が普通にいた。
元より、この職業、無駄に不祥事が多くなっている、とはやての家で新聞読み漁っていると分かったのだ。
何となく、不安になってしまったのは、きっとはやてにも石田にも失礼だった、とユーノは思う。

「はやての事、よろしくお願いしますね。」
「貴方こそ、はやてちゃんの事、よろしくね。」

お互いに、はやての事で笑みを浮かべる。
そこに、当の本人が帰ってきた。

「何を楽しそうに話してるんや、ユーノ君?」
「ん、はやての恥ずかしい話を――」
「な、何を話したんですか、石田先生!?」
「まだ何も。」
「聞こうとしたら帰ってきちゃった。」
「聞かんでええよ、も〜!」

その日、病室から楽しそうな声が流れていた。




「はやて、僕は、できるだけここに来るね。」

もうすぐ帰らなければならない、と言う時間になって、ポツリ、とユーノは言った。
その顔に、別に気負いはない。
当たり前だ、誰が友人宅に行くのに気負いを持っていくのか。
その言葉に、はやては、変な顔をした。

「…別に無理してくれんでもいいよ。」
「ううん、僕は決めた、できるだけここに来る、無理しないけど、多少の無茶はする。」

そう言って笑っているユーノの顔は、どこか満足そうで。
はやてとしても、断る理由は無くて。

「しゃあないな、ほんなら、毎日私とご飯作るって事で、許したる。」

そう言うと、ニヤリと笑ったはやては、ユーノを見る。
その表情に苦笑しながら、ユーノは答えた。

「洗濯も掃除もするよ。一緒に。」

答えは、はい、だった。


これから3日ほど、こんな日が続く。
土・日はユーノがなのはの事を思って、魔法練習の事もあり、早めに帰ったりもしていたが、概ね、こんな感じだ。
のんびりとした日が続くなぁ、とユーノもはやても思っていたし、今度の日曜日にも、はやてをなのはに紹介しよう、と思っていた。
友達は沢山いればいいからなぁ、とユーノも思ったから、当然の話。
ただ、6月4日0時。
ユーノが聞いていたはやての誕生日に、寝ていたユーノは目を開いた。
プレゼントも用意して(色々あって、苦労したけども)明日の朝を待っていた。
しかし、感じたのは、確かに、魔力の波動。
はやての周りに張っておいた、ごくごく微弱な警戒魔法。
何か異常があったら消えてユーノにその時の状態を知らせるだけの、後腐れの無い魔法。
何か、あった、と気がついたユーノは、無言で窓を開けて、部屋の主が起きない事を確信しながら、夜の街へと飛び出した。
見ているのはただ、元従者の赤い宝玉。

<<マスターユーノ?>>

ー続くー

久しぶりになった…
やっと続きを書き終わり。
しかし、予想よりも展開が早く。





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