ユーノが高町家を飛び出したのとほぼ同時刻。
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そう声が聞こえると同時に、はやての前で、一冊の本が開かれていく。
そういえば、こんな本があった、とはやては今更ながらに思い出した。
鎖で縛られ、開く事もできなかった、一冊の本。
「な、何や、一体?」
あまりの事態に、はやてもうろたえる事しかできない。
今日も、少しだけユーノがいない家に寂しさを感じていた所だった。
寂しさを紛らわせるために、本を読み続けているといつのまにか12時だったのだ。
そして、12時になると同時――はやてが9歳になったのと同時だった。
その本は突然鎖を引きちぎり、そのページをめくりだしたのだ、空中に浮かんで。
(特撮とか、CGとかともちゃう…現実や)
呆然とはやてが見守る中、本は突然発光し、小さな光を、4つほど放った。
4つの光は、はやてが見守る中、それぞれが形を変えていく。
3つの光は、人の形だろう。
残り一つは、犬…狼だろうか?
「わ、わわ…」
あまりに常識外れの事態に、はやても呻くことしかできない。
そして、光が収まったとき、そこには、3人の人と、一匹の狼がいた。
途中の記憶が一時的にしろ飛んでいるし、自分がベッドに倒れいる事に、はやてはふと気づいた。
どうも一瞬ながら気絶してしまったらしい。
現れた人達は、はやてがおきているのを確認すると、言葉を放った。
「我ら、主に仕える闇の書の騎士、ヴォルケンリッター。」
桃色の髪をポニーテールにくくった女性が、はやての前に跪いて、そう言った。
思わず、目が点になるはやてにかまわず、今度は少し年上のお姉さん風な金色の髪の女性が言った。
「今、この時から、私達は主の命の元、騎士としての役割を果します。」
色んな疑問が渦巻いて、はやてが何も言えない間に、今度は一人小さな赤毛の女の子が言った。
「これから、闇の書を完成させるまで、よろしく頼む。」
空白の思考の中、一人だけ妙に礼儀が抜け取るなぁ、と思ったのだが、小さな女の子はどうやらこれが普通らしい。
「主、お名前を拝聴してもよろしいでしょうか?」
はやての目の前で、狼が喋った。
その一種メルヘンチックな光景に、しかし、野太い男の声ではどうにも感動は半減だ。
しかし、牙丸出しの大きな狼が、可愛い声を出されても対処が難しい気もした。
「主?」
「主、どうなされたのですか?」
桃色の髪の女性と、金髪の女性に言われて、はやてはハッと、意識を現実に戻した。
しかし、現実の常識に当てはめると、どうしようもないほど訳が分からなかった。
「ええと…名前はいいんやけどな…」
「はい。」
無機質な応えを真っ先に返して来るのは、桃色の髪の女性だ。
だから、はやては、当面の疑問を、彼女にぶつけることにした。
「これは一体、何事やの?」
「闇の書?」
「ええ、もう、随分と昔に作られた物です。」
説明を始めてくれたのは、仲間内でシャマル、と呼ばれた女性だった。
「闇の書の全てのページ、666ページを魔力で埋めれば、あらゆる願いが叶います。」
「ど、どんな願い事でもなんか?」
「勿論です。」
無機質な答えは信用度が妙に高い。
それに、明らかに確信した口調で言っているのが見て取れた。
「ま、待ってや、魔力って…もしかして、魔法使いとかもおるの?」
はやてがそう言うと、明らかに騎士達は怪訝そうな顔をした。
何を言っておられるのだ、と言ったところだろうか。
「主、魔法使い、もとい、魔導士など、ごろごろいるではないですか?」
「ミッドチルダにいけば、二人に一人は魔法くらい使うぜ?」
待て待て待て、はやては思考を流す。
「ええとな…少なくとも、私は生まれてこの方、魔法使いなんて一度も目にした事ないよ?」
実は一人眼にしているのだが、まあ、それは知らないので仕方がない。
しかし、その答えを聞いて、騎士達は驚いた顔をした。
「まさか、魔法がない世界…?」
「だったら、主は世界の突然変異種、と言う事か…」
なにやら物騒な言われようだった。
まだまだ質問は大量にあるのだが、まあとりあえずは。
「え、とそこのお姉さんはシャマルさんでいいんやね?」
「それは違います、主。」
え、名前と違う、と否定されて、はやては首を傾げるのだが、ちょっと問題点は違っていた。
「シャマルさん、などという必要はございません。 呼び捨てにしてください。」
「え、でも明らかに年上やのに…」
さすがに気が引ける、と言うはやてに、今度は桃色の髪の女性が言った。
「我らは、闇の書によって生み出されるプログラムに過ぎません。見た目の年などさして重要なものではありません。」
そう言う桃色の髪の女性は本当にそう思っているのが見て取れて――はやては何となく、嫌な気持になった。
「それやったら、あんたの名前は何や?」
「はっ、私は、ヴォルケンリッターを束ねる、烈火の将、シグナムと申します。」
「シグナム、シグナムやな。」
はやてはそれを聞くと、今度はシャマルへと視線を移す。
それに答えるように、シャマルも無機質に言葉を紡いだ。
「私は、ヴォルケンリッター、参謀とサポートをつとめます、湖の騎士、シャマルです。」
「あたしは、最前線で戦う、攻撃役、鉄槌の騎士、ヴィータだ。」
「私は、騎士達と主を護る、守護獣、ザフィーラです。」
全員の名前を聞くと、はやては言葉を紡ぐ。
どうも、良く分かっていない部分が多いが、それでも言っておく事はある。
「私の名前は、八神はやて、や。」
「それでは、主はやてとお呼びさせていただきますね。」
「いやや。」
「はっ?」
驚きの声を上げるシグナムに、はやてはしてやったり、と言った顔をする。
「こっちが呼び捨てなんやったら、そっちもあんまりかしこまった言い方はやめて、呼び捨てとかもっと砕けた呼び方してんか。」
「え…」
シグナムは思わず硬直した。
あやふやな記憶ではあるが、少なくとも覚えている主にはこのような事を言う主はいなかった。
元より、プログラム人格、と言うだけで、道具の扱いを受ける事が普通だったというのに。
む、と黙り込んだシグナムに対して、シャマルとヴィータはなんでもないように言った。
「それでは、はやてちゃんと。」
「あたしははやてって呼ばせてもらうな。」
「どうぞ♪」
そして、黙りこくる羽目になったのは、シグナムとザフィーラだった。
無機質な顔に多少の冷や汗を浮かべている。
騎士として、その辺りの礼儀に煩い二人は、どうにもならない気分になっていた。
「そ、その…それは、少々許してもらえないでしょうか?」
「え〜」
不満タラタラな様子のはやてに、ザフィーラは将の説得を始める。
「シグナム、主の意向に背くのは、本意ではないだろう?」
「む…」
二人ともどこか、決死、と言った顔をするのを見て、はやてもさすがにやりすぎかな、と思った。
「あ〜、分かったから、皆、好き好きで呼んだって。」
「ありがとうございます、主はやて!」
「その決断に感謝します、主!」
凄い勢いの二人、もとい、一人と一匹だった。
「え〜と、それでな…」
そして、はやてが改めて質問をしようとした時だった。
ピンポ〜ン…
室内に鳴ったベルの音に、はやては驚きの眼を向ける。
既に時間は12時を回っているのだ。
なのに、この時間に来訪者など…
そのはやての様子に、シグナム達は少しだけ浮かべていた表情を消して無機質な顔に戻ると、即座に決定を下した。
「ザフィーラ、シャマル、主の護衛を頼む、このタイミングだ、襲撃の可能性もある。」
そう言うと、素早くシグナムはどこからか剣を取り出し、ヴィータは槌を持ち玄関に走っていく。
なぜ間取りが分かっているのか、よく分からないが、剣と槌、などという物騒なものの出現と明らかに怪しい黒ずくめのシグナムとヴィータの格好に、はやては慌てる。
いやいや、ヴィータはともかく、シグナムは怪しすぎる。
これで知人だったら洒落にならない。
「ちょ、ちょお、私も玄関に行くよ!?」
もう、本当に訳が分からなくなってきたはやてだった。
「何だ、この魔力…」
慌てていたから、フェレット形態で走り続けてしまったユーノは、はやての家の前で、人間に戻って、その現状を理解しようとしていた。
とは言え、魔力を感じるだけで、後の状況は分からなかったので、結局ベルを鳴らしてしまった。
これが吉と出るか、凶と出るか。
チャイムを鳴らすと、ユーノは合鍵を出して、家へと入ろうとする。
不用意にも程があるが、はやてに何かあったら、と思うと、気がせいた。
警戒魔法が最後に送ってきた映像も気にかかる。
妙な本があったのは分かっているのだが。
そして、ユーノははやてからもらった合鍵で鍵を開けると、そろそろと扉を開けて、中へと一歩踏み込んだ。
しかし、何もなければはやてに何言われるかな、といらない思考もまわしていたが。
「そこまでだ。」
いきなり、首元へと突きつけられた剣に、ユーノは足を止めた。
横手を恐る恐る見上げれば、そこには初めて見る、黒尽くめの桃色髪の気の強そうな女性がいた。
そして、その隣には、こちらを睨みつけてきている小さな赤毛の女の子が槌を構えていた。
ユーノはゆっくりと両手を挙げながら、頭の中にはいざと言う時のための術式を走らせる。
とは言え、女性達は強そうだ。
「はやてはどうしたんだ?」
それでも、これだけは聞いておかなければならなかった。
その質問に、桃色の髪の女性は同じように質問で返してきた。
「誰だお前は、我らが主に何の用だ。」
問われた質問は、さして関係のあるものではないように思えたのだが。
それでも、ユーノは今の所、答える以外に方法を持っていない。
「僕は、はやての友達だ。 君達こそ、誰だ?」
しかし、どうも、女性達はどうでもよさそうだった。
実際、こちらの事情はもしかしたらどうでもいいのかもしれない。
なのはからしてみれば少ないであろう程度の魔力。
しかし、ユーノからしてみれば、ランクにして一つか二つは上であろう相手。
しかも二人だ。
相手がこちらを殺す気なら…幸いにもこちらが魔導士だと気づいてないうちが勝負。
はやての所まで行って、転送魔法を行使、しかない。
「シグナム、やめい!」
その声に、3人は一斉に、声の音源の方へと視線を向けた。
傍らの金髪の人に抱えあげられて、はやては必死な顔をして叫んできた。
その声に、シグナムは慌てて剣をひいて、ユーノから離れる。
その光景に思わずポカンとした顔をしてしまうユーノだった。
「シグナム、ユーノ君は私の家族や、そんな物騒な物はいらん!」
「は、これは失礼しました。」
ユーノはといえば、思わずキョトンとしてしまった。
はやての言う事を聞いてさがる女性の事もあるが。
「…ユーノ君、どうしたん?」
「…家族って言ってくれるんだ、僕を。」
その時のユーノの表情は、何だか泣きそうで、でも、とても嬉しそうで。
そして、はやても咄嗟に叫んだ自分の言葉が、妙に恥ずかしくて、思わず黙りこんでしまった。
「…どうしましょ?」
「我慢しろ。」
抱き上げたまま硬直してるしかなかったシャマルは、とても大変だったのだが。
「…それで、はやては何か願い事でもあるの?」
「別に、何もないなぁ…強いて言うなら、穏やかに平穏にゆったりと?」
「それ、全部意味一緒じゃないかな?」
説明を聞き終わって、のんびりとお茶を飲みながらそんな会話をしている二人を眺めながら、3人と一匹、そして更に密かに一冊は大いに困惑していた。
なんと言うか、欲がないのだろうか。
はやてが何にも願い事がない、と言ったのもそうだが、それを平然と受け止めるユーノもどこかおかしい。
騎士達の価値観からしてみれば、何とも言えない事態なのだ。
「はい、シグナムさん、お茶です。」
「あ、主の家族に手を煩わすなど、すいません。」
「いえいえ、別に。皆さんもお茶です。」
しかし、このユーノという少年は、どこかおかしい、とシグナムは思った。
魔法、と言う単語を聞いても特にはやてのように驚きも見せなかったし、年の割りに超然としすぎている。
とは言え、それは自身の主も同じか、と思う。
(もしかしたら、この次元の子供は、皆、こんな感じなのかもしれないな…)
そんな事さえ考えてしまうシグナムだった。
いくら何でも、それはないが。
ユーノも、さて、どうしたものか、と少々思考をまわす。
どんな願い事でも叶う。
そんなものは、ユーノは知らない。
いくらロストロギアでも、おのずと限界がある。
彼が小さな頃にもらった『願い星』でもそうだ。
魔力量を超えて何かを行使する事はさすがにできないだろう。
つまり、それは、『何でも』と言う範疇ではない、と言う事だ。
「でも、はやても足が動くように、とか色々あるでしょ?」
「それはそうやけど…人様に迷惑かけてまでなぁ…」
ユーノも一応、その辺りは聞いておく。
とは言え、はやての返事が芳しくなくても当然だった。
闇の書、666ページに魔力を集める。
それには、魔力を持つ生物からリンカーコア、と呼ばれる魔力の元を蒐集しなけらばならない。
その説明を聞くと、はやては即座に闇の書の完成なんていらん、と言う結果になった。
「そ、それではご家族の方は?」
「僕も別に、強いて言うなら、はやての足が治れば良いなぁ、と。」
「それはごめんなさいやね。」
「だ、そうです。」
何だか目の前でやっているのは、どこかわかりきったやり取りのような気がする。
騎士達は思わずどうしたものか、と思ってしまった。
「そういえば、どうしてユーノ君は家に来たんや、こんな時間に?」
「………まあ、馬鹿にされても仕方がないけど、虫の知らせかな?」
「虫の知らせ、て…そんなんで来たんか、こんな時間に!?」
「昔から、良く当たるから。」
それに、はやてが心配で、とユーノが続けると、はやても黙り込むしかない。
今は、時計は一時を指している。
「でも、戦う事もない世界…蒐集もいらない…それで、この人たちはどうするのさ、はやて?」
「…どないしよか?」
本当に、困った、と言う顔をする二人に、騎士達もさすがに居心地が悪い。
役目のない自分達など、魔力の穀潰しでしかないではないか。
「…はやて、正直、寂しいでしょ?」
「…ユーノ君がこっちにずっと住んでくれたらええなぁ。」
それは、ユーノの言葉に対する答えだろう。
寂しいと素直に言ってないだけで、やはり寂しいのだろう。
「だったら、僕の言いたいことも、分かるよね。」
「…シグナム、シャマル、ヴィータ、ザフィーラ、それから闇の書。」
「はい。」
突然こちらに会話の糸が飛んできて、シグナムは慌てて返事をする。
穏やかに笑っているユーノと、ちょっと拗ねた感じのするはやてが、印象的だった。
「これから…家の…家族に、なってください。」
こうして、奇妙な家族構成が出来上がる。
ユーノも本当に、良かったと思ってみていたのだ。
闇の書、それを耳にした事はないし、それこそ、使わなければ危険はないだろう、と思っていたから。
もし、先を知っていれば、ユーノはどういった言葉を出しただろうか。
そんな事は誰にも分からない。
ゆっくりと、賽は転がっていく。
まだまだ、出す目は分からない。
ゆっくりと、ゆっくりと…
「あ、はやて、誕生日プレゼント。」
「あ、ありがとうな。」
今はまだ、家族の一歩が、そこにあるだけだ。
ー続くー
む…難しい。
この辺りが話を作っていくうえで一番キャラに困る話のようです。
どうも、分からないだけに。
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