光は、どこにもなくて。
夜の闇が空を覆い尽くして。
家族が次々と消えていって。
最後に――巨大なものが、全てを喰らい尽くした。

そんな、夢を見た。

ゆっくりと、一匹のフェレットは目を開いた。
その表情が分かるものがいれば、随分ご機嫌ななめだね、と言ったことだろう。
それはそうだろう、彼は今、おおよそ現状において、最悪の夢を見たのだから。

「何だよ、今の…」

本当にうざったそうに、彼はつぶやいた。
そして、いまだ明けない夜の空を眺めた。
そこにあるのは、紺へと変わりつつある空の色。
しかし、今しがた彼が夢で見た空などは、本当に暗い空だった。
真なる夜の闇。
それが何を示すのかは、彼にはさっぱり分からない。
だが、身近になった『家族』が次々と消されていく夢など見て、嬉しいはずもなかった。

「はあ〜、もう、寝れないな。」

フェレット――ユーノは自分の寝所である籠から起き上がって、窓から外を眺めていた。
なのはが起きる予定時刻までは後一時間ほど。
到底、寝る気にはなれなかった。

「なんだよ、もう。」





ユーノが八神家と『家族』と呼ばれる間柄になっておおよそ一ヶ月。
随分と彼女達も馴染んできた。

「ヴィータ、あまりはしゃいじゃ駄目だよ?」
「…分かってる。」

どこかバツが悪そうにしているヴィータに、ユーノとはやては顔を見合わせて笑った。
そんな様子が、どこか気に入らなかったのか、ヴィータは腕をブンブン振りながら叫ぶ。

「ああ、もう、そんな二人とも分かってる、見たいな顔するなよ!」
「そう…?」

ニコニコ。
「ヴィータはいい子やもんなぁ?」

ニコニコ。
何だか二人の異常な笑顔に、ヴィータはどこか引き気味である。
シャマルもいるのだが、さっきから魚から目を放していない。
二人の表情が何だか訳もなく自分を責めているように感じる。
やはり前回の事なのか、とヴィータはちょっとそっぽを向いた。

前回――買い物に来た時のことであるが。

「はやて、これ欲しい。」
「あかん、おやつは一個まで!」
「え〜!」
「あかん!」
「欲しい!」

珍しくヴィータが我儘のようなことを言うので、ユーノとしては別にいいのではないか、と思ったのだが。
駄々をこねるようにブン、と振った腕に掴まれていたお菓子は、すっぽ抜けて空へと舞った。

「あ…」

ユーノが目を見開いてその行き先を追っていくと。
グシャ、と言う音と共に、山積みに陳列されていた缶詰を打倒した。
百個単位で散乱する缶詰に呆気に取られる一堂であるが。

「…片付けようか、ヴィータ。」
「…はい。」

思わず、輝かしい笑顔を浮かべるユーノに頷いてしまったのは、罪悪感の他にも色々理由があったような気がした。
と、こんな事があったのだが、もしかして、今日も同じアクションを起こすように思われての忠告なのであろうか。

「しねえ、前回のような失敗はもうしねえぞ、シャマルじゃあるまいし!」
「そうやね、ヴィータはシャマルとは違うからなぁ。」
「あんなにドジじゃないしね。」
「ええ!?」

魚を見ていた目を上げて、シャマルははやてとユーノに抗議の視線を送る。
それはいくら何でも酷いんじゃないか、と。
だが、ニコニコ笑っているのに、ユーノもはやてもどこか目が冷たい。
自然、食卓を任されているこの二人は、ヒエラルキーがとても高い。
同時に、シャマルに対する認識は不出来な生徒、でもある。

「ほう、いつも調味料の配合を『つい』で間違えるシャマルは、うっかりさんやないと?」
「食材をおかしな味に変えてくれるシャマルさんはうっかりさんじゃないと?」
「…二人とも最近言う事が厳しくないですか?」

涙が流れそうな気分になりながら、シャマルは精一杯の言葉を放つ。
だが、教える方の忍耐は別に低くない。
ユーノもはやてもまだ冗談の段階である。
まあ、まだシャマルが家事をまともにはじめて、3週間ほどだ。
これからだろう。

「つうか、はやてはともかく、何であたしはユーノに逆らいがたいんだろう…」

そんな光景を見ながら、今更ながらに疑問を持ってしまうヴィータ。
とは言え、何故か、逆らえないのである。
それを言うと、はやてにも同じ感情がある。
無論、マスター云々を抜きにしてもだ。
ある意味、ヴォルケンリッター全員、微妙な刷り込みを受けてしまっているのだが、気づいていない。
起動して早々に、はやてがシグナムをユーノのことで一喝する姿を見ているので、彼女らの中では、素直に、はやてと同格近くに見ている、と言う認識がまだ分かっていなかった。

「ほら、はよう帰ってご飯の支度するで?」

はやての声に、全員各々に与えられた食材確保を思い出して、散り散りに歩いていくのだった。
まあ、ユーノははやての車椅子を押していくのであるが。





コロコロコロ。
河川敷を歩きながら、車椅子を押して行く。
慣れたことである。
とても慣れて――長い間ここにいるような、そんな錯覚さえ、ユーノは覚えていた。

「ユーノ君、今日の講義は、治癒魔法の続きでもしましょうか?」
「あ、お願いします。」
「ユーノ君は熱心やね。」

溜息を吐くはやてに、ユーノは苦笑する。
まあ、確かに、はやてが溜息をつくのも分かるほど、ユーノは熱心に『魔法』を教わっていた。
ユーノ本人にも、他意は特にない。
術式そのものは、ミッドチルダ方式の方が汎用的で拡張しやすい。
しかし、古代ベルカ式は習って分かったが、汎用性はないに等しく、それに特化した魔法だ。
それだけに、ユーノは防御系等でもラウンドシールドよりもパンツァーシルトなどの方が防御力が高いのか、とちょっと面白がってみている。
やっと、古代ベルカ術式も、どこかぎこちないながら、くみ上げる事が出来るようになってきた所だ。
まあ、はやてからすると、あんなチンプンカンプンな数式からよく分かるなぁ、との事だったが。

「基礎的な数学は、学校で一通り収めたからね。」

まあ、数学から発展したミッドチルダ方式が魔法の基礎として存在しているから、ユーノの覚えが早いだけなのだが。
その辺りの事情が分からないのだから、はやてからしてみれば、ユーノは異常に習得の早いように思えて仕方がない。
シャマルやザフィーラも結構面白がってこの出来のいい生徒を教えている。
最初は、ヴィータやシグナムも教えようとしたのだが、攻撃魔法には一切才能がないことが判明し、落胆してしまった。
それでも、武器が何かあれば違っていたかもしれないが、生憎、ヴォルケンリッターにはデバイスマスターはいない。
彼女らの専用デバイス以外にデバイスがない以上、教えれることがなかったのである。
おかげで、それをユーノのせいにされて、ちょっと不機嫌になったヴィータを宥めるのに苦労したものである。

たった一月。
それだけで、随分変わった、とユーノは目を閉じて思う。
ヴォルケンリッターの皆も、とても普通の人のように日常の中にいて。
とてもプログラムで出来た騎士とは思えない。
そんな認識は、ある意味どうでもよくなってきていた。

「――楽しいなぁ、ユーノ君。」
「…皆がいるから?」
「せや。」

微笑むはやてに、ユーノもゆったりと微笑んだ。
その感情は、ユーノも現実に理解が届く。
何故なら、それは、ユーノも等しく感じている感情だったから。

「…そうだね…家族が、一緒だから。」
「…ユーノ君、自分も含め取る?」

はやては、突然気になって、ユーノにそう問いを投げかける。
それに対してのユーノは非常に曖昧に笑みを浮かべる。

「あかんで、もう。」
「でも…はやて…自分で言っててなんだけど――」
「ああ、もう、そんな言い訳、聞きとうない。」

苦笑しながら言い募るユーノに、はやては耳を塞いで、首を振る。
だが、ユーノは、自分の認識では、寂しく思っても、この家族の中に、自身の位置を、見定める事ができなかった。
友人としてなら、それはとてもたやすい事だったのだけど。

「そう思われへんのやったら、私は何度でも言うたる、ユーノ君は家の家族や。」
「…うん。」

笑いながら頷いたユーノだったけれども、やはりどこか、違和感は拭えなくて。
そんなはやてとユーノの様子を、ヴィータとシャマルは、どこか珍しそうに見ていた。





「それじゃ、また、明日。」

本日も夕方になると、ユーノはどこかに姿を消していく。
『帰る』のだと、ヴィータは聞いている。
ユーノはこの家の家族なのに、どこに帰るのだろう、とヴィータは常々疑問に思っている。
それは勿論、残りの面々も思っている所である。
はやてもシグナムもシャマルもザフィーラもだ。
だけど、それを追求しようとは、誰も思っていなかった。
何故なら、ヴォルケンリッター達にとって、ユーノは出会った時から、家族でしかなくて。
それ以外の、『何か』である、と考えたくなかったから。
それを追求してしまうと、この穏やかで平穏な日常が、崩れてしまうような気がして。
だけど――

「なあ、はやて。」
「何や?」
「ユーノは、どこに『帰る』んだろう?」

誤魔化したくなんて、なくなったから。
ヴィータは自然と、それを口にしていた。
それを聞いて、はやては、口を一度開いて、閉じた。
どう言うべきなのだろう、と思って。

「ヴィータ、それは、主はやてに問いただすべきことではない。」
「…じゃあ、シグナムは、誰に聞けばいいと思うんだよ?」
「決まっている、本人だ。」

シグナムも、新聞を読みながらではあったが、きっぱりと言い切って。
この問題について、放置したくない、と言う意思があった。

そんな二人の様子から、はやては困ったように頭を掻いて、今まで考えたユーノの情報について整理してみた。 1、同い年。
2、既に大学まで出ている(?)
3、物凄く、頭がいい。
4、どうも、先祖は魔法の世界から来たらしい。
5、フェレットになれる。
6、朝ごはんがまともに食べれない。
7、ずっと同じ服を着ている。
8、人に優しい。
9、めざとい。

こんな所かな、とはやては思う。
しかし、いざ列挙してみても、全くもって意味がない。
ただ、どうも6,7辺りの理由からして、あまりまともな場所に帰っていないのではないだろうか、と思う。
翠屋の皆さんが聞いたら、憤慨しそうな話だが、それはそれで仕方がない。
まあ、これは、人間相手とフェレット相手の認識の差があるので、どうしようもない所でもある。

「…シグナム、ヴィータ。」
「はい?」
「うん?」

知りたい、とはやても思っていたけれど。
でもやっぱり、はやては、ユーノにそれを問いただす勇気はなくて。
それは、この、穏やかな生活の終りを迎えてしまうかもしれないから。

「ユーノ君がいつか自分で、言ってくれるまで、待つことはできん?」
「はやて…」
「主はやて。」

ヴィータとシグナム困ったような顔をする。
それは、騎士たる自分達と、家族たる自分達の境目だから。
はやてに言われてしまうと、どうにも言う事を聞かないといかないような気分が沸いてしまうのだ。
本当は、一体、どうしたら一番いいのだろうか、と思ってしまう。

「…分かったよ。」
「ヴィータ。」
「待つ、ユーノの奴の事だもん、聞かなきゃ答えない気もするけど、待つよ。」
「…はい、ヴィータの言うとおりのような気もしますが…待つことにします。 家族だから、信じてみます。」

この一月、一緒に生活してきたのは伊達ではないから。
『信じる』事もできるようにはなっていた。
だからこそ、連綿、と穏やかな日常は、続いているのかもしれない。
信じていたから――





「ユーノ君、最近、帰ってくるのが遅いよ?」
「う、ごめん、なのは。」

フェレット姿でペコリ、と頭を下げて、ユーノは申し訳なさそうにしている。
実際、なのはに申し訳ない、とは思っている。
少し帰ってくるのが遅くなると、その分、なのはの魔法訓練時間が減ってしまうのだ。
居候している身の上で、迷惑までかけては、とユーノは平身低頭だ。
少し怒っていた様子のなのはだったが、すぐにニコニコし始めた。
どうもなにか良い事があったようだ、とユーノは思う。

「フェイトから、何か連絡でも来たの?」
「え、あれ、分かっちゃった?」
「まあ…なのはがそのくらい上機嫌になる事って、それくらいしかないかなって。」

ユーノが苦笑するように言うと、なのはが嬉しそうに語りだした。
それを聞きながら、ユーノは、思考を分割する。
なのはは、フェイトと知り合って、友達になって、とても嬉しそうだな、と思った。
でも、はやては最近、こんな笑顔で笑ってくれない、とユーノは思っていた。
どこか、不安を抱えているようで、たまに、こちらを見ている、とユーノも分かっていた。

(やっぱり、何も話さないのは、都合が良すぎなのかな?)

フェレットのユーノはなのはに返事を返しながら、人間、八神はやての家族のユーノは、そんな事を思考していた。
最近、ユーノはどこか自身に違和感を感じていた。
それが、イマイチ、はやて達と自然に接しきれない問題を起こしているのかもしれない。

(でも、何をどう話せばいいんだろう…)

悶々と、ユーノは思考を進めていたが、なのはには気づかれないように、表面上は受け答えをしている。
この上、なのはに心配までかけたいとは思わなかった。

「そっか、フェイトも元気そうで良かったよ。」
「そうだね、私も凄く嬉しいんだ。」

やっぱり、はやてと、少し話をしてみよう、と思った。
何でもいいから、少しでも、身の上話を。
家族って――違和感なしに言える様になりたいのかもしれない、とユーノは思う。
それはきっと、ユーノが生きてきた中で今までなかったことだから。

ー続くー

ちょっとシンミリした雰囲気に。
何か、最後、なのはをないがしろにしているような感じで、すいません。



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