ユーノ君は、最近何か悩んでいる様子です。
なのはは、フェレットが唸る姿を何回も見つけ、思わず首をを捻っていた。
一体、何をそんなに悩んでいるのだろうか。

「ねえ、ユーノ君、何をそんなに悩んでいるの、お話聞かせて?」
「…え…あ…う〜ん、いや、ごめん、自分で考えなきゃいけないんだ。」
「…そう。」

どこか寂しい気分になったなのは。
申し訳なさそうにしているユーノは、本当にそう思っているのが分かるのだが。
それでも、やっぱり力になれないのは、ちょっと悔しい。

「うん、それじゃ、今日も頑張って、学校に行ってくるね。」
「うん、行ってらっしゃい。」

フェレット姿でも、優しく微笑むユーノの姿に、なのはは少し安心して、学校に出かけて行った。
そして、当のユーノは。

(う〜ん、どこからどこまでどんな風に話したものかなぁ。)

さっぱりとその辺りのことが決まらなくて、悩んでいた。
とりあえず、両親がいないことや、居候している事は話しても問題あるまい。
まあ、居候先は誤魔化す必要がでてくるのだが。
正直に言うと、フェレット姿でいる事がばれてしまう。
そうなれば――

(抗議とかに出ちゃうだろうしなぁ)

さすがに、人間の身でペットにされている、と言う風に考えると色々と問題がある。
それを、ヴィータやはやてが静観しているとは、さすがに思えない。
そう思える程度には、ユーノも充分家族である自信があった。

「フェレットの姿でウロウロしながら首を捻っていると、さすがに不思議に思われるぞ?」
「恭也さん。」

思わず名を呼んでから、ユーノはキョロキョロと辺りを見回す。
まあ、恭也が声をかけてきたのだから、周りには誰もいないだろうけど。

「時間はいいのか、いつも出かける時間だぞ?」
「え、あ…恭也さん。」
「ん?」
「どうしても、嘘をつかなければいけない時って、どうします?」
「…嘘をつかないで、言える所まで言うのは、選択肢にないのか?」
「……ありがとうございます。」

ユーノはお礼を言うと、ヒョイ、と窓を開けて、いつも通りに出て行った。
少し嘆息しながら、恭也は面白そうに微笑む。
弟もいれば、あんな感じだったのかもしれない、と。




「おはよう、皆。」
「ん〜、おはよう、ユーノ君。」
「おはよ、ユーノ。」
「おはよう、ユーノ君。」
「今日は少し遅かったな、ユーノ。」
「うむ、おはよう。」

八神家に入れば、返ってくる皆の返事。
それだけで、ユーノは微笑を浮かべる。
はやては、そんなユーノの表情を見るのが好きだった。
きっと、ここにいるからこそ、見せてくれる表情だろう、と思っていたし。
事実、そうだろう。
家族を実感させてくれるのは、八神家であり、高町家ではなかったのだから。
とは言え、家に着くと同時に洗濯物を干しに行くユーノの姿に、少し、恥ずかしさを覚えたりもする。
まあ、女所帯なので、下着やそのほか、恥ずかしい物があるのだが、それをユーノは干すのだ。
ユーノも少し恥ずかしそうにしているので、尚の事恥ずかしかったりする。

「…洗濯物、これからはシャマルが干さん?」
「どうしてですか?」

ノホホンとそんな事を言うシャマルに、女としての恥じらいのなさを実感する。
しかしまあ、それも仕方がないのかも知れないが。
これまで、そんな事を気にする事もなかっただろうし。

「…シグナムは言うだけ無駄かなぁ?」
「主、何か?」

新聞を読んでいるその姿は、何と言うか、亭主のように思える。
この何とも漢らしい女性に――言うだけ無駄か。

「シグナム…下着とか見られた恥ずかしいない?」
「家族に遠慮は無しなのでは?」

不思議そうに言うシグナムに、何か違うような気がするなぁ、と思うはやてだった。
とは言え、遠慮がないのは、いい傾向なのではないか、と思いもするのだが。
難しいお年頃なのだ、ユーノとはやては。

「今日もいい天気だよ、はやて。」
「うん、そう見たいやな。」

干し場から帰ってきて嬉しそうに微笑むユーノに、はやても微笑み返す。
何とものんびりした時間だと思った。
そんな二人に、シグナムとシャマルも緩やかに微笑んでいた。
この二人には、こんな雰囲気がやはりよく似合う、とそう思ったからだ。

「こういう日はね、ちょっと昔を思い出すんだ。」

ユーノが何となく、言ったその言葉に、はやては頷き返して――

「え?」

信じられない、と言うような顔で、ユーノを振り向いた。
それに対して、ユーノは静かに苦笑している。
その顔に、あまりにも自分の反応が露骨だった事に気づいて、はやても苦笑した。
二人で苦笑して、少ししてから落ち着くと、ユーノは周りを見渡した。
そこには何食わぬ顔で、こちらに聞き耳を立てている、みんなの姿があった。

「僕ね、物心ついた時には、両親がいなかったんだ。」

いきなり話された事に、はやては目を白黒させる。
はやてには、両親との記憶がしっかりとある。
だからこそ、少し、ショックだった。

「いたのは、発掘者の集落みたいな所。 皆がそれぞれ手助けして、放浪しながら、色々発掘してたんだ。」
「ひえ〜…それがずっとなんか?」
「そうだね…そんな場所では、こんな――」

ユーノは、ゆっくりと窓から空を見上げる。

「快晴な空が多かった。」

実際、発掘作業は砂漠やら密林やら、屋外でもそれなりに過酷な環境下が多かった。
そして、そんな空を見上げると、何故か快晴の空が多かったのも事実なのだ。

「僕は、そんな所で育ったんだ。」
「へ〜」

嬉しそうに語るユーノに、はやては興味深そうに頷く。
少しだけ話してくれた過去の一端は今の日本人にはほぼありえない、と言って言い軌跡だった。
と言うか、一体、ユーノはどういう経緯でここまできたのだろうか、と言う思いが頭をよぎっていく。
聞いてみたい、と言う欲求が頭をよぎっていく。

「なあなあ、じゃあ、ユーノはどうしてここにいるんだ?」
「う〜ん、それはね?」

はやてが悩んでいた時、ヴィータはこの機会を逃さないように素早く質問を重ねていた。
シグナムとシャマルは見えない位置で親指を立て、ザフィーラは溜息をつく。
それはいいが、シャマルとシグナムは一月前では到底できないような感情表現である。
それを感じて、何とも複雑な気分のはやてだ。
何も、こんな時にそんなところを見せてくれなくても、と。

「僕ね、この年だけど、無駄に知識があってね、発掘のリーダーになったんだ。」
「え…?」

思わず、と言った感じで驚きの声をだしたのははやてだった。
ヴィータ達も目を見開いてユーノを凝視している。

「…もしかして、本当にミッドからスクライア一族が来てたんじゃ…?」

ボソボソと小声でシャマルはそんな事を言っている。
まあ、ある意味近い所に行っている。
と言うか、気づいても不思議じゃないのだが、前提が前提なので、気づかれなかったのは、ユーノにとって良かったのか、悪かったのか。

「ユーノ君、9歳でリーダーやっとったん!?」
「うん、失敗しちゃったけどね。」

苦笑するユーノに、しかし、はやては何も言わない。
大体にして、9歳児が多少失敗した所で、誰も普通文句は言わない。

「それでね、僕が発掘した品物が、移送中に、日本で行方不明になっちゃってね。」

嘘は言っていない。
結果的に、海鳴で行方不明になったのだから、日本で行方不明になったのは確かなのだが。
とは言え、ここに来ることを前提にしていたわけではない。

「それで責任感じちゃってね、日本まで来たんだ。」
「…はあ。」

何だかスケールの違う話に、はやては思わず呆然とそう言った。
そりゃ、誰もこんな話は普通信じない、と言うレベルの話だ。
しかし、このユーノと言う少年の聡明さを理解していると、ありえない話ではないだけに、怖い所だ。

「うん? じゃあ、ユーノ君はいつ学校を出たん?」
「ん? 8歳時だよ?」
「…さよか。」

更にとんでもない事実に、はやてはやっぱり呻くしかない。
しかし、ミッドチルダではそこまで珍しい事ではない。
まあ、それでも早いのは確かなのだが。

「ん〜?」
「…優秀な奴だ。」

ヴィータは唸り、シグナムは呆れたようにそう口にした。
と言うか現代日本では絶対にありえない話だ。

「それで、探し物は全部回収できたんだけど、帰ることができなくなっちゃって。」

苦笑するユーノに、はやてはどういう表情をしたらいいのだろうか、と悩む。
何せ、笑い飛ばされているが、それなりに大事のはずだ。

「で、今、僕は、ここにいる。」

納得したように頷いて、ユーノは朝ごはんを食卓へと運んでくる。
既にはやてが用意を完了させていたのだが、話のせいで少し冷めてしまっている。
早めに食べた方が良いだろう。

「それじゃ、話はこのくらいにして、ご飯、食べようか?」
「おう。」
「ん。」

一人、無駄に明るい感じのユーノに対して、他の皆はそれぞれ、少し思案していた。
はやてにしてみれば、少し意外な所があった。
自身も家族がいないと言うのに、よく、ユーノはあんなに人に優しくできるなぁ、と。
実際、性根が優しいのだろうけど…それにしても、どこか子供らしからぬ雰囲気だ。

はやては味噌汁を入れながら、そんな事を考えていた。

「はやて、こぼしたら火傷しちゃうよ?」
「え、あ〜、うん、ごめん。」

慌てて謝るはやては、顔に苦笑を浮かべる。
それに対して、ユーノはいつもどおり、優しく微笑むのみだ。
ユーノにしても、ここまで影響があるのは少々予想外だったが、それでも、言って、少しすっきりした。

「聞きたいことがあれば、また後でね。」

そんな事を言うから、やっぱり悶々と色々考えてしまうのだけど。
とは言え、ちょっとだけすっきりしたはやてであった。




何となく、食後にお茶を飲んでまったりとしていた。
まあ、基本的にこの家はのんびりとしているのだ。
皆で揃ってテレビを見たり、本を読んだりしながらまったりと。

「なあ、ユーノ君?」
「何、はやて?」

う〜ん、第二ラウンドかな、などと思いながら、ユーノははやてに聞く。

「ほならな、今は一体どこで暮らしてるん?」

来た〜、とユーノは内心冷や汗を流す。
と言うか、聞かれないはずがないのだ。
毎日、どこかに帰っていくのを考えると、それははやても聞こうと思うだろう。

「ん〜、言えないんだ。」
「…なんで?」

何だか妙に冷えた気がするのは気のせいだろうか?
少し冷や汗を流したのは、ユーノだけでなく、聞いていたヴィータやシグナムも同じだった。

「はやて、こえ〜」
「うむ…」

そんな二人はともかくとして。
ユーノは嘘ではなく、本当のことでもないことを言う事にする。

「実はね、ちょっと家族の人に内緒でかくまってもらっているんだ。」
「…え? いや、何でそんな事を?」

嘘ではない。
少なくとも、ユーノがなのはに黙ってもらってかくまってもらっている事は確かな事実だ。

「あはは…色々あって、そう言う風に言われてるんだ。」
「誰から? 何で?」
「僕の…保護者から、かな? いつでも連絡とれるようにしていろって理由から。」

その人だけが、僕の事を知っているんだ、と言うユーノは笑顔で笑っていた。
とは言え、とても変な理由である。
一体、何がどうしてそんなことになるのか、とはやては頭を混乱させる。

「…じゃあ、一個だけ。」
「ん?」

混乱する頭だったが、はやてはこれだけは、と口にする。

「今、虐待とかされてへん?」

一緒に生活するうえで、ユーノの上半身裸、とかも見たのだが、特にそういう傷跡とかは見あたらなかった。
だから、大丈夫だろう、とは思っているが、一応、と言った具合にはやては口にする。
言われて、ユーノは何を言うのか、とビックリした顔をする。

「だ、大丈夫だよ、そんな事ないからね!?」

だが、何を焦っているのかどもっていては逆効果のような気もする。
微妙に、違うような気もするのだが、見ている方からしてみれば、怪しい事この上ない。

「ユーノ君がそう言うなら信じるけどな…嘘ついてないやんな?」

ジーとこちらを見つめてくるはやてに思わずユーノはドギマギしながら、しかし、真摯に頷く。

「うん、嘘はついてないよ?」

ニッコリと微笑むユーノの表情に嘘は見えないか、とはやてはホッと一息つく。

「なあ、ユーノ?」
「何、ヴィータ?」

ふう、と内心、本当のことを全て言っていない罪悪感もあったが、今は仕方がない。
ホッと一息、と言う所で、ヴィータからの声にユーノは振り向く。

「この前、と言うか、私らが初めて来た日な?」
「うん。」
「パーティーには地味な格好で行く、とか熱論してたじゃねえか、あれ、何で?」
「ぐっ!?」

思わず、と言った感じで呻いたユーノに、一斉に皆は注目する。
今まで耳を立てるだけだったザフィーラでさえ目線をやっている。

「どうしたんですか、ユーノ君?」
「うむ、凄い冷や汗だぞ?」

このとき、ユーノの脳裏をよぎっていくのは、トラウマと言っていい話だ。

「…え、と…ね。」

何故か機械的に話し始めたユーノに、ヴィータはまずいこと聞いたかな、とちょっと冷や汗を流す。
周りの皆も思わぬ事態に困惑気味だったが。

「初めてね…仮装パーティーに行った時…僕、7歳でね…」

息を潜めて、皆は次の言葉を待っていた。

「集落の年上の人たちがね、皆、面白がって僕をフリフリドレスで女装させてね…」

うわぁ…と思わず全員は冷や汗を流した。
何となく、展開を読めたからだ。
しかし、展開は皆の予想の更に斜め上だった。

「それで、『可愛い』って叫んで凄い形相で迫ってくる脂ぎったおじさんとか、人の事物扱いして金払って誘拐しようとするお嬢さんとか…」

…うわぁ。
更に先程よりも重たい声だった。
全員は冷や汗を流しながらユーノを見る。

「それから、僕は決めたんだ…決して目立つような真似はしないって…」
「…わ、悪かった、ユーノ。」

ヴィータは深々とユーノに頭を下げるのだった。
と言うか、何故か全員頭を下げた。
気持ちは理解できないが、想像は出来たから。
思いっきり思い出させた事に謝罪するのだった。





「ふっ!」

頭上から振り下ろされた剣を、翠の三角形の魔法陣が押しとどめる。
ガオン、と言う音がして、お互いに勢いを殺し、拮抗しあう。
烈火の将は、振り下ろした剣をゆっくりと鞘に収めると、朗らかに賞賛した。

「なかなかの強度だな、ユーノ。」
「ありがとうございます、シグナムさん。」

最近の日課である魔法の練習で、やっとユーノは古代ベルカ式の合格点まで到達していた。
まあ、一ヶ月でここまで到達したのだから、それは、シャマル達からしてみれば、意外どころの話ではなかったが。

「とんでもない理解力と吸収力ですね。」
「ああ、惜しい所は、魔力が少ない所だな。」

シャマルとシグナムは嬉しそうにつぶやく。
実際、教え子の成長は嬉しいものだ。
照れくさそうに笑うユーノを見ていると、余計にそう思った。

ホッと一息ついて、3人は夕焼けの空をのんびりと縁側で眺めていた。
のんびりとしているのだが、何故かシグナムはウズウズしているように見える。
それに、ユーノは苦笑する。

「のんびりしましょうよ、シグナムさん。」
「…ああ、分かっているのだが、な。 少し、お前を見ていると、鍛錬しなければならない気分になる。」
「シグナムもその辺り変わらないわね。」

苦笑するシャマルに、シグナムは笑みを返す。

「まあな、私は私でしかない。 根源的な部分は変わらんさ。」

レヴァンテインの刀身を見ながら、シグナムはのんびりと言う。
確かに、根源的な部分は変わらないのかもしれない。
しかし、それ以外の部分はとても変わったと、ユーノは思う。

「ん、3人とも、茶。」
「すまんな、ヴィータ。」
「ありがと、ヴィータ。」
「ありがとう、ヴィータちゃん。」

ヴィータの差し入れに、しばし黙りながら、4人のお茶をすする音だけが響く。
その雰囲気に少しだけあった違和感はない。

「…はやては?」
「晩飯作ってる。」

そうなると、少しだけ、寂寥感がある。
そのことを思って、笑う。
寂しくて、ユーノは笑う。

「何を寂しそうな顔をしている。」

突然、ユーノは頭の上に乗ってきた手を意識する。
目を上げれば、そこにはぶっきらぼうな顔をしたシグナムがいる。

「家族の前にいて、そんな寂しい顔をするな。」

そんな事を言うこの将の前で、本当に、心から、ユーノは笑顔を浮かべた。
その笑顔は本当に純粋で。
だからこそ、後々話を聞いた色んな人が見れなくて悔しがったりもしたのだが。

「ありがとう、シグナム。」
「――ああ。」

これから、やっぱり高町家へ帰るのだけれど。
今この一時、ただ、ユーノは、穏やかな気持ちに浸っていた。




闇は見えないところから歩みよる。
今はまだ、破綻が見えず、ただ、知っているのは、浮かぶ書。
ただ、それだけ也。

ー続くー

筆が進まない今日この頃。
時間が欲しい…



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