「う〜ん…」

降りしきる雪の中で、ユーノ(11歳)は空を見上げていた。

「どうしたの、ユーノ君?」
「腹でも痛いのか?」

今回の遺跡調査の下見で、たまたま行く方向が一緒だったので、一緒に来た二人の知り合い。
彼女らは武装隊の演習でここまで来る事になっていたらしい。
何とも珍しい偶然と言えた。

「…いや、何でもないよ、なのは、別にお腹は痛くないよ、ヴィータ。」

苦笑を二人に返しながら、ユーノはまた、空を見上げた。
ひらひらとゆっくりと落ちてくる雪を眺めながら、ユーノは周囲に視線を戻す。
別に何が特別気にかかっていたわけではない。
ただ、何かが心に引っかかっているような、見逃しているような、そんな気になった。

「でもさ、ユーノ君が調べに来る遺跡にしては、普通だよね。」
「うん…でも、何でだろうね、来たほうがいいかな、って思った。」

なのはに言われて、確かに、とユーノは思う。
古代の町並みがそこにはあったが、それだけ。
歴史的文化財としてみれば、それは確かに貴重なものだろうけど、特に発掘するような事もない。
本当に、『ただの』遺跡だった。

「それで、下見が済んだんだったら、こっちもやることやったし、帰ろうぜ。」

ヴィータが早く帰ってはやてのご飯が食べたい、と言っていた。
それになのはとユーノは苦笑して顔を見合わせた。
不意に、ユーノは違和感を覚えた。
いつものなのはの笑顔だ。
別に何か違う所などないはずなのだ。

「どうしたの、ユーノ君?」

首をかしげながら聞いてくるなのはに、ユーノは首を捻る。
さっきから、一体何を考えているのだろうか。
ユーノは自分で自分が何を考えている問われても、きっと訳が分からなかったろう。
彼は、理論派の人間であり、理屈を持って人に言葉を返す。

「…どうしたんだろうね、僕は。」

自分でもよく分からない、となのはに返すと、なのはも不思議そうにユーノを見た。
別に何があるわけでもない、しいて言うなら、遺跡があるだけ。
降ってくる雪に何があるわけでもあるまいし。

「ん、帰ろうか、ヴィータもお腹を空かしているみたいだし。」
「フフッ、そうだね。」

苦い顔をしているヴィータは、さっさと武装隊の皆に声をかけていた。
ユーノはその間に、もう一度周りの遺跡の町並みを眺める。
何か意味がある行動か、と問われれば、もう一度見ておくだけ、と答えただろう。
本当にそれ以外に意味はない。

「…ユーノ君、早く〜!」
「あ、うん。」

なのはの声に、意識を戻して、ユーノはゆっくりと歩き出す。
武装隊の大半は飛べないので、基本的に歩行だ。
隊列を組んで歩き出す武装隊を見ながら、ユーノは視線をなのはに向ける。
…普通にヴィータと談笑しながら歩いている、それだけ。
なのに、胸を締め付けるような不安感は何なんだろう。

「――なのは。」
「何?」

呼んでから、どうして呼んだのだろう、とユーノは自問自答しながら、なのはを見て。
――顔に色味が薄い事に、ふと気づいた。

「…疲れてない、大丈夫?」
「大丈夫だよ、疲れてなんてないから。」

穏やかに言ってくるなのはに、焦燥感が沸き起こった。
何かを忘れている。
そんな気がして。
そして、思い出した。
この顔色は――

「な――」

ユーノがなのはに呼びかけようとした時、突然、ユーノの後方で爆発が起こった。
轟音にユーノは慌てて振り向く。
そこには、得体のしれない、傀儡兵が10体ほど、立っていた。
先ほどまでいなかったよね、とユーノは自問自答しながらもバリアジャケットを纏う。
そのすぐ後ろで、なのはとヴィータが飛び出していく。
既にバリアジャケットを纏い、傀儡兵と相対する姿に不安はない――はずだった。
鈍い…?
本当に、ほんの少しだったけれど、でも、それは、ユーノの眼にはまるで錆付いた歯車のように見えた。
誰も気づかないけれど、本当に少しだけ何かに侵されているような。

「…なのは?」

呟きながら、ユーノは半ば無意識に武装隊の周りに守護の結界を張り巡らす。
傀儡兵達は、それなりに強い。
多分、一体一体でもAランク以上。
武装隊には辛い相手だが、ヴィータとなのはにしてみれば、一山いくら――
瞬く間に5体程の傀儡兵が破壊されていた。
何事もなく、このまま終わるか、と誰もが思う中、ユーノは一人、胸が痛いほどに鼓動している事に気づいた。
理由など全く分からない。
しいて言えば、予感…?

「…何なんだろう?」

分からないから、ユーノはゆっくりとその身を空へと浮かばせた。
空を飛んでいる存在はなのはとヴィータ以外目につかない。
ゆっくり、ゆっくりと、ユーノは戦場へと身をもっていく。
そして、索敵。
何も変わったことなどないだろう、と思いながら、ユーノはただ念のため、と思いながら、探索魔法を行使する。
ほんの10秒だった。
その間に、ユーノは――飛び出していた。
叫ぶなどと言う事もせず、全魔力を飛行魔法にまわして、加速する。
迫り来る空気の壁に、息が詰まる。
冷えた肺が、痛い。

「■――!」

声にもならない声を発して、ユーノは無我夢中で、なのはの前に出た。
なのはが、疑問の声を発する前に――
信じられないような衝撃が自身の全身を突き抜けていくのを、ユーノは他人事のように感じた。




リリカルなのは 「支えあって」



「ユーノ君、どうしたの?」

何故、いきなり彼は目の前に飛び出してきたのだろう?
分からない、と目の前で止まってしまった彼に問いかける。

「…う、うん、気のせいだったみたいだね。」

若干、強張ったような声のような気もしたが、なのはは寒いのかな、と思った。

「なのは…あそこ。」

震えている手が指差した先に、白い雪に隠れるように真白の傀儡兵がいた。
長大なライフルのような何かを構えたその姿に、なのはは安堵の溜息を吐く。
撃たれる前に、発見できてよかった、と。

「落としてくる、ありがとう、ユーノ君!」

いてくれてよかった、そうでなければ、撃たれていたかもしれない、となのはは思う。
真っ直ぐに飛んでいくなのはの姿を見て――ユーノは、苦笑して、落ちた。
ドサリ、とまるで重たい鞄でも落としたような音を鳴らして、ユーノは頭と胸から夥しい量の血を流しながら、大地に叩きつけられていた。
幸運だったのは、下は新雪で埋まっており、体を雪が守ってくれた事。
ユーノはその状態で笑っていた。
もう、体から力が抜けていく感覚しかしない。
雪が冷たく感じない。
うつ伏せに雪に倒れこんだ彼の周りはどんどん赤く染まっていく。
見る間に真白だった雪の絨毯は赤く染まっていく。
そんな状態でも、ユーノは空を見上げた。
白いバリアジャケットを着た少女から、桃色の閃光が迸るのが、見えた。
もう大丈夫だ――
ユーノは少しずつ意識が遠くなっていくのを感じながらも、そう思った。

「お、おい!」

誰かの声が聞こえた気がした。
でも、もう、ユーノは先ほどから襲って来ていた眠気に逆らえなく、ゆっくりと、その意識を、闇に沈めた。





「うん、もういないね。」

なのはは上機嫌そうにつぶやいた。
同時に、一体、何だったんだろう、と思った。
明らかにこちらを狙ったような行動パターンだった。
それは調査隊に任せればいいか、となのははゆっくりと飛びあがり、ユーノ達のところへと戻る。
索敵は怠っていないが、辺りにもう、その手の魔力は感じない。
ヴィータが戦っている様子もないから、既に戦闘は終了している、と考えるのが打倒だろう。

「ユーノ君にお礼を言わなくちゃ。」

嬉しそうに言うなのは。
かすかに、声が聞こえ始めた。

「医療班――おい、は――」

それはヴィータの声だった。
ひどく切羽詰っているのは分かるが、雪に声が消されて分からない。

「誰か、怪我人かな?」
<<分かりません。>>

だが、戦闘していたのは実質なのはとヴィータの二人。
他のメンバーは皆ユーノの結界に護られていた、そこまで深刻な事はないだろう、と高をくくっていた。

「医療班、早くしろ!」

ヴィータの声が鮮明に聞こえるようになってきた。
同時に、慌てる声に、なのはの焦燥感も募ってくる。

「……え?」

雪の向こうに、赤が見えた。
白い絨毯の上に、広がっている赤い染み。
その中心にいるのは――赤い騎士甲冑に身を包んだヴィータと――

「ユーノ…君?」

呆然と自身で呟いた名前を、なのはをゆっくりと頭に刻み込む。

「……え?」

先ほどと同じように呟いた言葉は、雪の中へと消えていく。
信じられない、と言うような声で、ただ、呟いていた。

<<マスター!>>

レイジングハートの叱咤する声に、なのはは体を跳ねさせた。
同時に、腕がカタカタと揺れいていることに気づいた。
飛行魔法に費やしてた魔力がどこかに消えていくような。
糧としていた力はなくなり、ゆっくりと、なのはは赤いシミへと降りていく。
それに気づいたヴィータは何かを言いかけて――止まった。
なのはの顔から、色が消えていたから。

「ユ…」

名前を呼ぼうとして、なのはは呆然とその顔を見つめた。
額から流れ出た血が、ユーノの顔を赤く染め、顔を覆い隠していた。
胸から流れ出る血は、今だ止まる気配もなく、流れている。

「――!」
「なのは、おい、こら、落ち着け!」

声もなく絶叫しているなのはを、ヴィータは慌てて抑えにかかる。
このままでは怪我をしているユーノに飛びかかりそうな勢いだったから。

「ユーノ君!」

叫ぶなのはの声は、辺り一体に響き渡るほどに大きくて。
なのに――ユーノは身じろぎ一つせず、静かにそこに眠っていた。
それは…白い周りと相まって、一つの事を連想させる。
――すなわち、死。

「なんで、なんでぇ!?」
「おい、医療班、まだなのかよ!」

なのはを何とか抑えながら、ヴィータも目の端に涙を浮かばしていた。
既になのはは目から滂沱の涙を流している。
かすかな呼吸と鼓動は止まっていない。
けれど、医療班が到達するまで、2分間――なのはの絶叫は、辺りに響き渡っていた。

遭遇戦による被害――死者0、重体者1、軽症0。

皮肉にも、結界を張っていた本人だけが、酷い怪我をした、と言う結果だった。





病院を激しく走る音がする。
そんな事を他人事のように感じながら、しかし、鳴らしているのは自分の足だともフェイトは気づいた。
だが、今はそんな事どうでもよかった。
連絡を受けて、信じられないような思いで走っていた。

「なのは!」

息を切らしながら走ってきた先の手術先のランプは、まだ点灯したままだった。
その部屋の前にあるベンチに、なのはは、まるで死んだような雰囲気で座っていた。
傍らのヴィータもバツが悪そうに、ただ、そこに座っていた。

「……フェイト…ちゃん?」
「なのは、大丈夫?」

聞きながら、フェイトはなのはの肩を掴む。
誰が怪我をしたかは聞いている、が、今、目の前の親友の様子を見て、そのままにしておくこともできなかった。

「…何ともない、よ、私は。」

しかし、それもまた嘘だ、とフェイトは思った。
明らかに、疲労困憊という雰囲気が漂っている。
でも、フェイトにはなのはが動かないであろう事も分かっていた。
手術室の中でまだ行われている事の結果が分かるまで、彼女は休む事はないだろう。

「…ユーノ…は?」

ゆっくりと、フェイトは噛み締めるように聞いた。
聞いた瞬間に、なのははビクリ、と体を跳ねさせて、震えさせる。
それでも、なのはは、たどたどしく、フェイトに言う。

「今夜が…峠だって……………シャマルさんが…」

その言葉を言うだけで、なのはの眼には涙が溜まっていく。
フェイトも苦しそうな顔をしながら、どうしてこんな事になったのか、と紛らわすように、なのはを抱きしめる。

「…私を、私を…護ってくれた…だから、あんな事になっちゃったんだ!」

なのははフェイトの服の首元を掴むと、フェイトの胸に顔を押し付けるようにして泣き始めた。
最早、どうしようもないほど無力なのは、ここにいる誰もが変わらない。

「……ちくしょう。」

フェイトとなのはを見ながら、ヴィータは毒づいていた。
毒を吐き出す相手は、ほかでもない自分自身。
どうして、こんな事になっちまったのか、と。
何でもない任務で――皆、いつも通り笑っていて。

「なのに、これかよ!」

なのはもヴィータも、真っ白な雪を赤く染め上げていたユーノの姿が脳裏から消えない。
ともすれば、吐き出しそうになる何かをこらえて、ただ、ひたすらに待つ。

どのくらいの時間が経ったろうか。
いつのまにか、手術室の前には、仲間、と言える人たちが皆揃っていた。
クロノやリンディやエイミィ、ヴォルケンリッター、はやて。
ただ、誰もが言葉を発さずに、ジッとそこまで待っていた。
2時間か、3時間か、それとももっと長い時だったろうか。
唐突に、プツン、と手術室のランプが切れた。

「あ…」

なのはが呻くような声を上げたことをきっかけに、辺りに緊張が走った。
ランプが切れて、少しすると、軋むような音と共に、扉が開き、シャマルが姿を見せた。
一同、誰もが声を上げようとして、口を閉じていく。
最悪の答えを、誰も引き出したくはなかったから。
その雰囲気を察したのか、シャマルはゆっくりと一同を眺めてから大きく息を吐いて、言った。

「手術は…成功です。 ですが、予断を許さない状況です。 …正直、生きている方が不思議に思うくらいです。」
「…そんな。」

直接的なシャマルの言葉に、なのははストン、と膝を折って、椅子へと落ちた。
生きている方が不思議なくらいの怪我?
そんな事信じたくもない。

「君でも…か?」
「…はい。」

クロノの確認の言葉に、シャマルは苦渋を込めて俯く。
出来る限りの事はした。
けれど、ユーノは快方に向かうような状態ではない、到底ない。
後は――結局、ユーノ次第だ。

ユーノは…心停止状態だった。
運ばれてきた時点で、心臓が既に止まっていた。
それほどの、怪我だった。

「ユーノ君…ユーノ君…」

壊れたように名前を呼び続けるなのはを、フェイトとはやては黙って抱きしめる。
その温かさに触れたからか、なのははまた嗚咽を繰り返しながら、泣き始めた。

(ユーノ君、いつまでもなのはちゃんを泣かしとったらあかんで…)

それがいかに無茶な言葉か、はやてにもよく分かっていた。
それでも――帰って来て欲しかった。





「…起きないね。」

あれから、一週間。
ユーノは容体を安定させていた。
既に峠を越えて、皆に安堵の一息をつかせていた。
しかし、全身に包帯を巻き、呼吸器をつけられて、点滴をされている状況は変わらない。
なのはは、できるだけの時間、ガラス越しに、ジッとユーノを見つめている。
今の精神状態では、仕事にならないことは誰でも分かっていたので、なのはは休職扱いになっている。
ただ、毎日、変わらないユーノの様子を眺めていた。
学校には、行っている。
アリサもすずかも、意気消沈している状態のなのはに、かなり不安な心境だった。
しかし、原因を言われると、二人ともどうしようもないか、と思う。
なのはを庇って、ユーノが意識不明の状態。
不謹慎ながら、アリサとすずかは、良かった、と思った。
なのはがそうならなくて良かった、と。
その思いも、また当たり前。
あまり交流のないユーノよりも、余程、なのはの方が大事だったから。
勿論、だからと言って、それを口に出すわけもないが。

「…でも、怪我ね。」

アリサがポツリ、と言った言葉に、なのははビクリと体を跳ねさせる。
あまりにも敏感なその様子に、アリサも慌てて口を押さえる。

(どんな程度なのかしら?)

アリサには、到底、想像ができなかった。
テレビの中の出来事のように、遠い。
だから、良かったなんて、思えているのだろうか、と自己を少し考えてみる。
本当なら、今のなのはを見て、良かったなんて、思えるはずもないから。

「…私も、色々参っているのかしらね。」

誰にも聞こえないように言ったはず、とアリサは思う。
だけれど、すずかが、泣き笑いのような表情で、こっちを見ているのを見て、思わず、目を伏せた。




「目、覚まさないな…」

一ヶ月が経っていた。
所々、包帯は取れ、少しずつだが、ユーノの様子は快方に向かっていく。
しかし、もう、一ヶ月も意識不明の状態だった。
シャマルが言うには、もう、いつ起きても、なんら不思議ではない、との事だった。
…だが、なのはの目の前のユーノは、目を覚ます事もない。
ずっと、穏やかに、眠り続けたままだ。
そう、ずっと、このまま。

「…ユーノ君、今回は、いつもより、寝ぼすけだね。」

思い出すのは、家で一緒に暮らしていた頃のこと。
なのはの方が早く起きることもあったし、寝過ごして、起こしてもらう事もあった。
楽しい思い出が蘇っては、消えていく。
でも、目の前のユーノは、何一つ変わらなくて。
笑ってもくれない、拗ねてもくれない。
何もない。

「起きて…ユーノ君、起きてよ…」

なのはの声が響く中、ユーノはただ、静かに眠り続けていた。




「…なのは、大丈夫?」
「え、あ、うん!」

フェイトの呼びかけに、なのはは笑顔で答える。
その笑顔には少し無理があったけど、それでも以前のような悲壮感はない。
あれから、3ヶ月が経った。
もう、三ヶ月?
それとも、まだ三ヶ月、だろうか?
フェイトにはその判断はできなかったが、それでも流れた時間は、なのはに少しずつ活力を取り戻させている。
ユーノは――まだ目を覚まさない。
既に怪我はあらかた治った。
まだ内臓の一部は完治していないらしいが、それもまた、時間の問題だろう。
まあ、シャマルの話によれば、どこか後遺症があるかもしれない、と言う事だったが。
そして、傷跡は痛々しくユーノの胸と額にある。
既に個室に移され、呼吸器は外され、外部からは点滴のみ。
その血色も良く、本当に、ただ寝ているだけにしか見えなくなった。
なのに――目を覚まさない。

「ユーノ君、今日は大切なお話があるんだ。」

なのははこうして一人、ユーノに話しかけることが増えた。
まるで、彼が起きているように。

「私、明日からね、仕事に復帰するんだ。」

なのはの仕事への復帰は、彼女の望んだ事だった。
このまま、ここで何時までもメソメソしていても、ユーノが喜ぶわけもない、と。
ユーノなら、前に進むようにいうはずだ、とクロノが叱咤して。
その剣幕と、言われた相手に、なのはは最初目を白黒させていた。
何故なら、相手がお世辞にもユーノと仲が良いとは言えない、クロノだったから。
本人は、色んな意味で不機嫌そうにさっさと行ってしまったけど。
そんな義兄の不器用な様子に、フェイトは苦笑しながらも、なのはを見る。
その日一日、色々と考えた様子だった。
その次の日、本局の病院に行くと、なのはが、飛んでいた。
1mほどだけ、地面から浮いて、飛んでいた。

「…なのは?」
「…フェイトちゃん、私、やるよ。」

まだ、目標は遠くて。
フェイトも執務官にまだなれていない。
なのはが目指す教導隊はまだ先にあって。
ユーノならどうして止まっているの、と真剣に聞いて来そうだ、と思って、なのはは久しぶりに、ユーノを思いながら笑った。
だからこそ、今、行こうと思ったのだ。
また、ユーノを思って、悲しみで足を止めてしまう前に。
ユーノが見ていて微笑んでくれるように、進もうと、そう決めた。

「仕事前にまた、来るから。」

そう言ってなのはとフェイトは病室を後にする。
陰鬱な雰囲気しかなかった病室に、どこか、暖かな風が吹いた気がした。



「分かった?」

映像から目を離して、シャーリーはティアナとスバルに目を向けた。
二人はバツが悪そうに下を向いたままだ。
先日の訓練からの一連の騒動の結果、この映像を見たのだが、効果的面の様子だった。

「…あの時、お前はスバルが犠牲になる可能性を考えていたか?」

シグナムの一言に、ティアナは頭を垂れる。
無理をして、無茶をして、それでも認めて欲しくて、頑張った。
しかし、スバルとのコンビネーションの結果が、スバルの身にかかる事を、全く考えていなかった。
失敗しても、駄目なのは自分だけなのだから、と、そう思っていた。

「…誰かを犠牲にして、自身が生き残った後を考えろ。嫌になるだろう?」

ティアナは、その言葉にゆっくりと顔を上げた。
それは分かっていたから。
兄を亡くして、生き残っている自分。
兄がいなくなっただけでも悲しいというのに、もし、それが自分を庇ってだったら…?
考えたくもない話だった。

「…なのははお前達にそんな目にあって欲しくないだけだ。例え、そうなる可能性が消えないとは言っても、最小限になるように、な。」

泣き叫ぶなのは、それを痛々しそうに見つめるフェイト。
どうしようもない自分を見つめる他の面々。
そして…包帯に包まれて死んだように眠る少年。

「…あの。」
「ん?」
「いえ。」

どこか遠くを見つめるようにしながら、ティアナを頭を振った。





「…ショックだね。」
「…うん。」

エリオとキャロは、なのはとティアナが会話する後ろで、二人空を見ながら呟いていた。
幼馴染同士で、お互いにお互いの事がとても大事で。
だからこそ、怪我をした。
エリオとキャロもお互いを見ながら、ふと、溜息を吐いた。
勿論、二人もガジェットとの戦闘中にもしかしたらそうなっていたかもしれない可能性が何度もあったからだ。
特にエリオは近接型、そして、キャロを護ることが多いから、度々そんな機会はあった。

「エリオ君は…」
「キャロは…」

『あんな事にはならないで。』

それはお互いにお互いに対しての幼稚な願い。
けれど、それはとても切ない願い。
戦闘に根を降ろす職についているからには、余計に。
二人で、うん、と頷いて。
泣いているティアナを見ながら、良かった、と思う。
しかし、そうなると、やっぱり気にかかる事もある。

「…でも、あの人。 まだ寝ているのかな?」

エリオの何気ない一言に、キャロは、あれ、と首を捻る。

「…あれ、エリオ君…知らなかったっけ?」
「え、何が?」
「こんな所で何やっているの?」

キャロとエリオはやり取りに突然第3者の介入が入って、慌ててそちらを見る。
草むらに座り込んでいる二人を見るのは、ハニーブロンドの髪を、長く伸ばした、綺麗な男。
右手に杖を持って、右足を不自由そうに動かしているのが、目に付いた。

「あ、ユーノ先生!」
「…ユーノ?」
「先生って…君達からしてみれば、僕はあまりそういわれる人間じゃないと思うんだけど?」

エリオはユーノという言葉を聞いて、先ほどの映像と、目の前の青年を交互に脳裏に浮かべる。
なるほど、成長した姿としてみれば、驚くほど違和感がない。

「…起きてたんだ。」

ポツリと呟いた言葉に、ユーノは少し考えて…首を捻った。

「うん…とりあえず、ここ24時間ほど寝てないなあ。」

意味は通じなかったようだが、それはそれで驚きの貫徹だったらしい。

「あ、いえ…その、怪我とか、痛みます、か?」
「…あれ? 知ってるの?」

と言っても、右足引きずっているんだしすぐに分かるか、とユーノは笑って見せた。
結局、ユーノは右足だけはリハビリを続けても不随に近い状態だった。
それでも最近は少しだけ動くようになって、かなり楽になったのだが。
それに、いざとなれば飛べば良い。

「体調自体はすこぶる良好。雨の日とか、傷が疼くこともあるけどね。」

あまり負担はなさそうだ、とキャロとエリオは一息ついて、あれ、と首を捻った。

「…そういえば、どうしてこんな時間にここに?」
「ん…さっき出撃をしたって聞いて、慰労と、差し入れ。」

そう言って、ユーノはアイスとケーキを渡す。
大人の女性陣が見たら、こんな時間に食べたら太る、と言い出しそうなメニューである。

「なのは達にもよろしくね。」
「会っていかないんですか?」
「まだ仕事が残っててね〜」

ゆっくりと杖をついて歩き去るユーノを見ながら、エリオとキャロは渡された袋を、とりあえず、六課に運び込む事にした。




「ユーノ君が来てたの!?」

ガーン、と背景に音が響きそうな程落ち込んでいるなのはに、ティアナはバツが悪そうだった。
その様子になのはは慌てて弁解する。

「ティアナが悪いわけじゃないよ、でも、何でこんなにタイミング合わないかな…」

ションボリするなのはを見かねてなのか、好奇心なのか、スバルは首を捻りながらなのはに声をかける。

「結局、ユーノさんって、いつ目を覚ましたんですか?」

スバルのは純粋な質問だった。
それに対して、事情を知っている一同は、物凄く、苦笑していた。
なのははとても嬉しそうだったけど。

「え、とねぇ。」




なのはがユーノの前で復帰宣言をした次の日。
学校も終り、仕事開始時間まで余裕がある時刻に到着したなのはは、ユーノの病室へと顔を出していた。
今日もいつもどおり、穏やかに寝ている(と、思っていた)ユーノの隣に、なのはは腰をかける。

「ユーノ君、こんにちわ。昨日も言ったとおり、今日から仕事復帰なんだ。」
(復帰? なのは何かあったの?)
「何かはないよ〜、ユーノ君が全然目を覚まさないから、色々あってね。」
(全然…今って何月?)
「五月だよ、ユーノ君が怪我してから、3ヶ月も経っちゃった。」
(そんなに…ごめんね。心配かけて。)
「ううん、いいよ。」

今日はユーノの声がよく聞こえるような気がした。
こう言った幻聴じみた声は、たまに聞こえていたので、それほど不思議にも思わなかった。

「…でもさ、やっぱり、ユーノ君に起きて欲しい。」
(…ありがとう。)
「……うん、私も、ありがとう。 あの時、護ってくれて、ありがとう。」

この言葉がやっと言えた、そうなのはは思った。
今までは、どうして護ったりしたの、とか護らなくてもよかったのに、等、どうしても責める言葉しか出てこなかった。
だけど、今は、素直にお礼が言えた。

(…ううん、なのはが無事でよかった。)
「うん、ありがとう、そろそろ時間だから、私、行くね。」
(うん。)

ユーノと話せた気がして、なのはとても良い気分になりながら、仕事に行こうとした。
その時に、レイジングハートの話しかけられた。

<<マスター?>>
「ん、どうしたの、レイジングハート?」
<<今、誰と念話していたのですか?>>
「念話?」

はて、となのはは考える。
念話などした覚えは全くない。
なのに、レイジングハートは念話と言う。

「…え?」

ある一つの可能性に気づいて、なのはは少し震えながら、ユーノの隣に立った。

「…ユーノ君、目、開けれる?」
(…ん、ちょっと、待ってよ。)

都合の良い幻聴だ、となのはは思っていたけど、まさか、これは――
ゆっくりと、ユーノは目を開いた。
その目が、なのはを見つけると、少し、柔和に歪んだ。

(ごめんね、周りが明るくて、あまり開けていると、辛いんだ)
「…ユーノ君、起きて…るの?」

その言葉に、ユーノは、ゆっくりと、本当に、ゆっくりと顔を笑みへと変えた。
そして、こちらも本当にゆっくりと、頷いて見せた。

「…あ…あああああああああ!」

それを見た瞬間、なのはは、感情が爆発したように泣き始めた。
それを見て困った顔をするユーノだったが、何とか、腕を動かして、なのはの頭に置く事は出来た。
それだけで、また寝てしまいたいほどに、疲れていたが。




「…それって、いつから起きてたんですか?」
「なのはがその日病室に入るほんの少し前らしいよ。」

ある意味、赤裸々な過去の告白になのはは恥ずかしそうにしている。
それは、もう、記録映像にも自身の大泣きのシーンがいくつも残っているのだから当たり前とも言える。

「あ〜あ…ユーノ君に会いたかった。」

恥ずかしそうにしながらも、そうつぶやくなのはに、はやては大仰に笑ってみせる。

「11歳の身の上でプロポーズした人間とは思えん言葉やね。」
「プ、プロポーズ!?」
「なのはさんが!?」
「ち、違う、あれは違うってば!」

驚く新人達の中で、なのはは顔を耳まで真っ赤にしながら、否定する。
しかし、はやてとフェイトはそれはそれは心外そうに笑って見せた。

「ほほう…『ユーノ君の体は、右足の代わりに私が一生支えるよ!』って、それはそれは決心固そうに叫んでたのは誰やったかな?」
「なのはは本当に真剣だったし、一生だもんね。」
「…プロポーズね。」
「…プロポーズだね。」
「…プロポーズですね。」
「…式はまだなんですか?」

ブシューと頭から湯気が出そうになっているなのはに、ん、とヴィータから一通の封筒が渡された。
何これ、となのは目でヴィータに聞く。
袋に入っていた、とヴィータは言いながら、アイスを食べる。
高町なのは様、と書かれた封筒を、おもむろになのはは開ける。
こつん、と手に硬いものと、手紙が落ちてきた。

「……!」

手紙を読んでいたなのはは、突然、手紙を放り出して、走り出した。
その顔は、どう見ても真っ赤を越えているレベルで赤かった。
その行動に、一同が呆然としていると、ヒラヒラ、と狙ったようになのはの読んでいた手紙がはやての手の中に落ちた。
はやては目で手紙を読む。

「…あ…あははは…タイムリーや、ユーノ君。」
「え…うわ…本当だ。」

はやてとフェイトは、ゆっくりと微笑んだ。

あの時の言葉がまだ有効なら、僕も君を支えるから、僕を一生支えてください。 
その指輪を左の薬指にはめて。外で待ってるよ。 

ユーノ・スクライア


今頃きっと、二人は星の下で、支えあっていることだろう。

-Fin-

歴史改変もの。
ユーノの方がバリアジャケット強度が低いのでなのはより重傷。
しかし、何故か最後はプロポーズに。
自分でもビックリ、きっと古鉄さんの甘さに良い意味で毒された。





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