※StrikerSが終わった後のパラレル話です。
いまのうちに書いとこう。
たまに、世界は腐っているのだろうか、と自問する事がある。
仲の良い友人の男は皆それを考えることがあるらしい。
名前を挙げるならば、クロノとヴェロッサなのだが。
「こうして上げれる同姓の友人があまりにも少ないなぁ。」
一人そんな事をいいながら、ユーノは椅子に深々と腰掛ける。
まあ、友人が少ないのは少し悲しいが別に良いだろう。
女性陣の友人があまりにも多い事に冷や汗を隠せないが。
思考がそれているなぁ、とユーノは思う。
「面子に拘って、人の救えない管理局、か。」
ある意味、何とも現状に対する皮肉と言える。
なのは達がそんなもの気にしないで救助を行ったとしても、どこからか文句はやってくるのであろう。
かくもおかしな世の中よ、とユーノは一人、誰もいない無限書庫で考える。
ユーノは静かに無限書庫に頭を下げる。
「最後まで君達の面倒を見れなくてごめんね。」
そうユーノが言うと、そこかしこの本が少しだけ光った。
まるで、気にするな、とでも言ってくれているかのようだ。
その光景に、少し気分がよくなった。
やっぱり、この無限書庫は、自身の天性を生かしてくれる場だったのだ、と再認識した。
「もう、僕はこの場所には早々こない、と思う。」
静かに響き渡る言葉は、そこかしこに反響していく。
また、明滅する無限書庫と言える場所。
まるで、この場所自体に意思があるように。
「まさか誰も思わないよね――君が巨大インテリジェントデバイスだなんて。」
ドクン、とまるで鼓動するように、書庫が揺れ動いた気がした。
「ロストロギア、インテリジェントデバイス、『エターナルデータベース』、それが君の名前。」
<<知ってらしたのですか?>>
どこからか聞こえてくる声に、ユーノは微笑む。
「初めて声を聞いたね、10年間も勤めて。」
<<私は、もう誰にも話しかけるつもりはありませんでしたから。>>
「そっか…でも、面と向かってお礼を言えるなぁ。 今まで、本当にありがとう。」
また頭を下げるユーノに、声がかかる。
それは、この無限書庫という場所からの声。
<<いいえ…何百年かぶりに、正常機能させてくれてありがとございます>>
「これから何年かは大丈夫だよ、きっと。」
<<…私は貴方がいなくなっては無理かと思っております。>>
「でも、僕はもう、ここにいられないから。」
<<ええ、とても残念です。>>
それっきり、二人は黙り込んだ。
話すことなどもう何もない。
お互いに言いたいことは言い合った。
<<貴方は、私のマスターでした。>>
「ありがとう。」
<<どうか、御達者で。>>
「君こそ、新しい司書長が良い人であることを祈ってる。」
そう言うと、ユーノは振り切るように、書庫を出た。
無限書庫もそれと共に、何かが眠りにつくように、全ての明かりを消して、光のささぬ闇の中へと溶けた。
この日、ユーノは無限書庫司書長を辞め、どこかへと姿を消した。
別に自主的に辞めたわけではない、最高評議会からそう言うお達しが来たのだ。
司書はその理由は分からなかったけれど、本人はよく分かっているようだった。
その理由に納得もしているようだった。
だから、皆が惜しみながらも、ユーノはそれなりにサバサバした態度で辞めていった。
それから、誰にも分からないほどだったけど、無限書庫に皆は違和感を感じるのだった。
まるで、本棚が歪んだように思えた。
古参の司書たちは、皆、口を揃えて言っていた。
『司書長が変わって、無限書庫も悲しがっている』
新しく来た司書長は、あまり役に立たなかった。
はっきり言ってしまえば、ただの飾りだったのだろう。
無限書庫司書長としての権利もなく、ただのお飾り。
やはり、本当の主は彼一人だったのかもしれない。
リリカルなのは StrikerS After「初めに思っていたことは」
「え…?」
「ですから、スクライア司書長は、一月前に無限書庫から解雇されました。」
なのはは何度聞いても信じられないその事象を飲み込むようにして頷きながら、クルリと踵を返した。
それから、六課に帰るまでのことはイマイチ覚えていない。
無限書庫に行った理由は、ここ一ヶ月、ユーノと全く連絡がつかなくなったからだ。
レリック事件も終りを向かえ、六課の建て直しも一段落。
やっとホッと一息ついて、次の問題にとりかかったのであるが。
あっさりと道は途切れてしまった。
朝、フェイトを相手に「電話変えたなら教えてくれてもいいのに」とのんびり言っていた事を思い出した。
「…ユーノ君が、管理局からいなくなってました。」
六課に戻ってきてそう言ったら、皆、なのはを一瞥して、ゆっくりとまたそれぞれのやることに戻った。
さすがに、これには憤慨した。
「何で皆、そんな態度なの!?」
怒ったなのはに対して、ヴィータが面倒くさそうに言う。
「何だよ、そんな嘘はどうでもいいんだよ。」
「そうだよ、黙っていなくなるなんてユーノらしくないし。」
何だか口々に反論されて、なのはは少しへこんだ。
これは信頼度がユーノ>自分、と言う事になるのだろうか、となのはは思う。
しかし、なのはも余りにも自身が今口にした事が非現実的な事も理解していた。
「…でも、調べてみたら、司書長の名前、確かに変わってるわね。」
シャマルの一言に、六課の食堂が凍りつく。
ここにいるのはユーノとも旧知の面々だ。
それだけに、何だかその言葉が上手く浸透しない。
「…はやて!!」
丁度部屋に入ってきたはやては、ヴィータに呼ばれて、ニコニコと返事を返す。
とは言え、どうも雰囲気がおかしいことにも気づいたが。
「どうしたんや、ヴィータ?」
「いや、ユーノの奴が無限書庫司書長じゃなくなったって!」
「はあ、そんなアホな話もないやろ?」
誰に騙されたん、と言うはやてに、一同ギチギチと硬い視線を返す。
それに何となく圧されて、はやても2、3歩後ろに退いた。
「え…と、皆の感じからして…もしかして、マジなん?」
全員、コックリとゆっくり頷いた。
六課自体もようやく再起動が叶って、これから、と言う所だったのだが。
あっさりとある意味で六課内部での出来事よりも大きな事が起こってしまったらしい。
「あ〜…ほんまやね…」
無限書庫の人員配置表を呼び出せば、司書長の欄には全く知らぬ人の名があった。
思わず、全員目を合わせる。
「あ〜、あたしら全員解雇される日が来ても、あいつは解雇されねえだろう、と思ってたんだけどな?」
「それは一理ある。」
しかし、ヴィータとシグナムの会話も、いささかむなしく響く。
何しろ、現実にユーノは解雇されてしまっているのだから。
しかも、旧知の友達である自分たちにも分からない間に、だ。
一体、何事なのだろうか。
「…司書長が解雇って…前代未聞ですよね?」
シャマルの言葉に、一同頷く。
「と言うかなぁ、ユーノ君が初代司書長って言っても過言やないやろ?」
「…確かに。」
「そうだね。」
長い間放置されていた無限書庫は、誰が設立したのかさえ不明だ。
それだけに、完全に稼動させたユーノが初代司書長でもなんら不思議ではない。
その名誉とも言うべき初代司書長が解雇。
そりゃあ、おかしい話だった。
「…クロノ君にどこ行ったか聞いてみよか。」
至極尤もな話に、一同は頷くのだった。
『知らない。』
しかし、頼りにした人からは非常に不機嫌であり、見も蓋もない一言が返って来た。
と言うか、物凄く不機嫌だ。
見ているこちらがそれはもう、怖くなってくるくらいに。
「え…と、クロノ君はどうしてそんなに不機嫌なんやろか…?」
『察しはつくだろう?』
ユーノ君だろうな、ユーノだな、ユーノ君やろな。
聞いていた3人は娘は同時にそう思った。
それはもう、話題にあがりそうな人物で、不機嫌になりそうな話題を抱えているのは彼しかいない。
それは、クロノも怒るだろう、と3人は考える。
「やっぱり、お兄ちゃんにも連絡はなし?」
『…ああ。解雇されて一週間ほどしてな、君らの事で奔走していた所に、通達が来た。』
思い出したらもっと腹が立ってきた、と言う感じのクロノを見ながら、なのはは恐る恐る口を出す。
「え、と、ユーノ君がどうして解雇されたか、知ってる?」
『…ああ、実にくだらない理由だ。』
思い出すのも煩わしい、とばかりに吐き捨てるような態度のクロノに、3人はちょっと引き攣った。
『まあ端的に言うとな、あるお偉いさんの、過去の悪事を暴露して、クロスカウンター的にやめたんだ。』
「………はあ?」
「ええ?」
はやてとなのはは訳が分からん、と言う顔をしてクロノを見る。
しかし、執務官であるフェイトは、言った事の意味をすんなりと理解した。
「でも、ユーノとクロスカウンターできるなんて、どこの人?」
『…君達、忙しいのは分かるが、世間に目を向けてみろ。』
テレビをつけるか、情報を浅く取得するかですぐ分かる、とクロノは息をはく。
言われたとおりに、なのははテレビをつける。
『時空管理局最高評議会の一員が逮捕!?』
一同、あっさりと無言になった。
ちょいちょい、とはやては無言でテレビを指差す。
クロノは重々しく頷いた。
「…嘘みたいやな。」
つまり捕まる一歩手前でユーノを司書長の座から引きずり降ろしたのだろう。
何とも最後のいたちっぺのような犯人である。
『ユーノの奴な、こんな事をいくらでも出来た。』
「え?」
「どう言う事?」
『まあ、今回は、僕らのためって事さ。』
六課への風当たりが一番きつかった議員を一人落としたのだ、と言う。
それだけで、何とも楽になれた、とクロノは言うが、聞いている皆は当たり前ながら複雑だ。
『まあ、あいつの事だからそのうちあっさり帰ってくるだろうさ。』
そう言うと、クロノはあっさりと通信をきってしまった。
「…帰ってくる、か。」
なのはは、クロノの言った言葉を反芻する。
帰る。
「…せやな、ユーノ君のことやし、ひょっこり帰ってくるか。」
「…そう、かな?」
はやてが軽く言い切るのに対して、なのはとフェイトは不安そうな顔をする。
「なんや、二人とも?」
何故そんなに不安そうなのか、はやては首を捻る。
仲間内でも、なのはとフェイトとアルフは特別と言って良い。
ユーノの近しい所にいたからこそ、帰ってくる、と思えると思ったのだが。
「ユーノが…ここを…帰ってくる場所だって思っててくれたら、いいんだけど。」
「…ユーノ君にとっては、ここは…異質だよ。」
なのはとフェイトの言葉に、はやても目線を下げる。
はやても言われて気づくが、六課という場所には、ユーノの居場所はないのかもしれない。
何せ、結局のところ、彼は名前を連ねる事もなかったのだから。
「…じゃあ、言い方変えたる。」
「え?」
「私らの所にひょっこり来るって。」
思わず、その言葉に、なのはとフェイトは苦笑した。
確かに、帰る、と言う意味でなければ、ユーノはひょっこり来そうだったから。
ちょっとだけ元気を取り戻して、なのはも笑みを見せた。
さて、これからどうしようか。
ユーノはのんびりと道端のベンチに座ってそんな事を考えていた。
無限書庫に勤めていた頃の忙しさが欠片もなくなって、ユーノはどうも暇をもてあましていた。
だいたいにして迂闊な話だが、なのは達はすっかりユーノが学者を兼任していた、と言う事を忘れていた。
確かに定住こそしていなかったが、ユーノは学会にはちゃんと用がないか顔を出しているのだ。
とは言え、それも本日まで、とユーノは事後処理を全て片付けて、ここも後にする。
「それじゃ、また、いつか。」
「なるべく早くに戻ってくださいね。」
惜しむ声はあったけれど、ユーノはこれで学者も休業だ。
無限書庫というデータベースを自由に扱えなくなったら、ユーノとしても満足な論文を書くことができないのだ。
ふと、自身が学者として随分恵まれた環境にいたんだなぁ、と今更ながらに思った。
「…久しぶりに色んな所に行ってみようか。」
さして思いつく事もなかったので、そう思って、ユーノは小さなリュックを抱えて身一つで旅立つ事とする。
もう、ここにいるのはただのユーノ・スクライアだ。
何の肩書きもなくなって、公における責任は殆どない。
後は、私事だ。
「じゃあ、のんびり一ヶ月くらいかけて…」
行くか、とユーノはのんびりと足を踏み出す。
その時になったら、自分がやりたいと思う事もあればいいな、と思いながら。
「で、最後にここに来たの?」
「ええ。」
目の前の桃子に挨拶した時には、ユーノは既に管理局を出て3ヶ月。
旅に出てから2ヶ月経っていたりする。
思ったよりも時間がかかったのは、何だかんだとスクライアの集落を周っていると、遺跡発掘に付き合ったりしたからだ。
やっぱり根っからこっちなのかな、とユーノは自身に疑問をぶつけてみたりもする。
「ふ〜ん、でも、なのは達心配してないかしらね?」
「ああ、一応、クロノに、一ヶ月に一回は近況知らせてますから、大丈夫でしょう。」
と、ユーノは言う。
実際に、ユーノはクロノにメール送っていた。
今まで使っていた携帯電話がなくなった中で、たった一つ覚えていたのだが、それは使い込んだからだ。
資料云々で一番クロノにメールを送っていた、と気づいたユーノは少しへこんだのであるが。
しかし、意外や意外。
ユーノからのメールはクロノから一つも情報が進んでいなかったりする。
これは、クロノがボケたのが原因だった。
まず、ユーノから初めてメールが来た時点で、あまりにもふざけた内容だったので、クロノが怒った。
要約すると『僕は元気です、これからちょっと昔なじみの所に顔出しに行ってきます。』と言う内容。
安心するやら腹が立つやらで、クロノはすっかり周りに言うのを忘れてしまった。
そして、二回目のメールの時には、本人が皆に連絡している、と勘違いしていた。
さらに長期航海にでていたせいで、誰にも話していないし、誰にも情報が回っていない。
というわけで、ユーノは今のところクロノ以外の仲間内では3ヶ月行方不明扱いである。
「それで、これから管理局に戻るの?」
桃子が出してくれたお茶を飲みながら、ユーノはう〜む、と首を捻る。
なんと言うか、あまり戻る気が起こらない。
心にイマイチ、そうしようかな、と言う気持ちが生まれないのだ。
「…う〜ん、どうしようかな、と思ってます。」
ユーノは、ふと、自分はかなりそう言う――新しい事を見つける、と言うか考える事ができない人間だな、と思った。
それは、10年間、ずっと与えられる仕事に従事してきて、自身で考えてやることも無限書庫内ですることばかりだったから。
「…とりあえず、決まってないのね?」
「はい。」
「だったら、決まるまで、うちでお菓子作ってみる?」
「え、でも…」
僕、料理は上手なんてとても言えない…、と口にする前に、桃子は言う。
「ただ、気晴らしみたいなものよ、どう?」
「…はあ、やってみます。」
歯切れは悪かったが、ユーノはそう宣言した。
いざ、次にやってみたいことも決まってなかったし、興味もあった。
そして、桃子は内心思った。
気晴らしにでもなればいい、と。
あれから、更に3ヶ月経って。
「…う〜ん?」
ユーノは自身の作った綺麗なショートケーキを前にして、頭を捻っていた。
「何だ、まだ悩んでいたのか?」
「士郎さん。」
なんと言うか、ユーノはお菓子作りは適度にうまくなっていた。
天然的に天才職人であった桃子の領域にはまだまだ遠いが、それでも見習い程度には充分に力を備えていた。
ユーノはそんな生活を続けながら、お菓子職人もいいなぁ、と思っていたが、何か違う、と心の中で呟いていた。
「いえ、面白いのは確かなんですけど…やっぱり何か違うって気が抜けないんですよね。」
「…そうか。」
士郎としては、ユーノが何で悩んでいるのか、よく分かる気がした。
士郎も昔はお店のマスターになるなど、考えた事もなかったのだから。
だから、長々と考えてみるべきなのだ、本当に自分が何をしたいのか。
「…まあ、存分に悩む事だ、ユーノ君。」
「…はあ。」
とは言え、どうもユーノは考えていたら、どつぼにはまる性質のようだ。
だから、助言は与えておく。
「たまには、無心になってみるといいし、自分ひとりで考えても仕方がないこともあるだろう。」
「え?」
「一旦忘れて、誰かと話してたら、突然閃く事もあるさ。」
そう言うと、士郎は店の中へと帰っていく。
厨房の中で、ユーノはやっぱり頭を捻って、それからおもむろに立ち上がって、シュークリームと焼き始めるのだった。
「ユーノ、久しぶり!」
「久しぶりだね、アルフ。」
その夜、焼いたお手製のシュークリームを持参して、ユーノはハラウオン家に来ていた。
「久しぶりね、ユーノ君。」
久しぶりとは言っても、エイミィたちはまだ一週間ぶりくらいだ。
「これ、シュークリームです、明日までは持ちますから。」
「わあ、ありがとう…って、ユーノ君の手作り?」
「桃子先生のじゃなくて悪いですが…そうです。」
余談、ユーノはお菓子作りを始めてから桃子を先生と呼んでいる。
エイミィとアルフには、翠屋で働き始めてからいくらか経った頃に会っている。
美由希に会いに来たのと、お菓子を買いに来た時だ。
ユーノがお菓子作りしているのに、驚かれた。
ついでに、その時初めてユーノが無限書庫司書長を辞めた事を教えられて、二人は顔をひきつらしたのだが。
次、クロノが帰ってきたとき、二人に制裁されてしまったことは、きっと自業自得なのだろう。
「それで、今日はどうしたの?」
「こんな時間に来るなんてさ。」
既に時刻は10時を回っている。
子供達が寝入り、ユーノも全ての仕事が終わる時間を狙ってきたら、こんな時刻だったのだ。
「いえ、ちょっと相談に乗ってもらおうかと。」
「相談?」
ポツポツ、とユーノは自身の内面を語る。
お菓子職人が楽しくないわけではないが、何かが違う、と言う思いを捨てきれない事。
そして、本心で自身が何を思っているのか分からない、と言う事。
聞き終わると、エイミィとアルフは何とも言えない表情をした。
と言うか、ユーノから何かの相談をされた事って、物凄く珍しいよね、とエイミィは思う。
結局、ユーノもこの問題をほうっておく事はいい加減できなかったわけだ。
相談する辺り、そのことがよく分かる。
「…ユーノ君、悩んだらさ、初心に帰ってみようよ。」
「初心?」
「そうだね、ユーノはさ、前ばかり見てるんだよ。 たまには後ろを振り返ってみな。」
初心、とは。
何時の事だろう。
自身にとっての、この問題の初心。
――無限書庫に勤務し始めたのは、どうしてだったのか。
知的好奇心があったのは確かで。
それもまた、大きな比重を占めていたのも確か。
でも、それよりももっと――
「あ…そうか。」
思いついたら、あっさりと心の中にその思いは輝きと共にあった。
でも、どうしたものだろうか、と思う。
「…何か分かったのかい?」
「うん…そうだ、僕は、僕の初心は――」
ユーノが語る言葉に、アルフとエイミィはなるほど、と納得する。
分かったら、ユーノは少し気持ちが軽くなった。
方針は思いつかなかったけど、とりあえず――
「会いに行って来ます。」
「それがいいよ。」
エイミィは言いながら、シュークリームを一つつまむ。
それから、少し沈黙して、ユーノに言った。
「でもさ、ユーノ君、どうなってもお菓子もたまには作りなよ、美味しくなったんだし、本当。」
「はい。」
それは悩んでいた期間が無駄ではなかった、と言う事だ。
ユーノは優しく微笑んで、意識をまた、前に向け始めた。
「あ〜、久しぶり。」
綺麗になった六課隊舎を見上げながら、ユーノは背伸びをしていた。
ここまでは転送許可を取って一気に来ていた。
転送魔法の使用が随分久しぶりだったので、ちょっと疲れた感じだ。
「…あれから、7ヶ月ぶりか。」
相談した日付から一月経って、ユーノは高町家に別れを告げてきた。
住み込みまでして働いた4ヶ月は、とても温かい日々だった。
家族と言うものをすっかりその身から失っていたものとしては、当たり前だ。
別れを惜しんでくれた高町家の人々にも思いは話して。
頑張りなさい、と言ってもらえた。
「さて、会えるかな?」
歩きながら、ユーノは熟考する。
基本的にアポなしなのだ。
まあ、会えなかったら出直そう、と思った。
受付で、ユーノはとりあえず、聞いてみるか、と思った。
「すいません。」
「はい…御用の方は?」
新しく見る受け付けに、ユーノは告げる。
「え、と八神隊長にお目通り願いたいんですけど?」
「…すいませんが、お約束は確認できませんので、無理です。」
あらら、とユーノは内心苦笑する。
とは言え、今の一般人の立場でどうやってアポを取ればいいのだろうか?
「リンディさんに頼めば良かったかな?」
「すいませんが、以上でよろしいでしょうか?」
「あ、はい、ご迷惑おかけしました。」
さて、どうすればいいかな、とユーノは首をかしげながら、六課の隊舎を出た。
誰か帰ってくるのを待っていればいいか、とユーノはのんびりを考えた。
六課の隊舎の前で座り込み、マンジリと一日を過ごす事に――
「あ。」
「え?」
しようと思ったら、女の子がいた。
こちらを見ながら、何か言っている。
肩に連れている小さな竜種。
あれって、かなり珍しいタイプかな、とユーノは何となく思う。
「…スクライア先生ですよね?」
「…君が言っているのが、元無限書庫司書長の事だったら、そうだよ?」
そうユーノが言った瞬間、女の子は突然通信を初めて、叫んだ。
「第一級捜索対象、発見しました!」
「え?」
と、突然六課からサイレンが鳴り始めた。
これはもしかして、今の通信のせいだろうか?
と言うか、第一級捜索対象?
色々と混乱するしかないユーノだった。
しかし、混乱しているユーノをあざ笑うように、事態は進み始める。
「ユーノさん〜!」
空を見上げれば、バリアジャケットを身に着けたリインが飛んでいた。
と、ユーノの周りに氷柱が何本も突き刺さる。
当たらないとは思うが、一応、ラウンドシールドの使用を考えながら、ユーノは冷や汗を流す。
と言うか、何か悪いことでもしたのだろうか。
「鋼の軛!」
「うおわ!?」
更に氷柱の隙間から次々と錐のようなものが生え出して、ユーノの逃げ道を塞ぐ。
と言うか、ザフィーラさん、もう少しで刺さるんですけど。
どこにいたんだろうか?
「…何事?」
本当に、訳が分からなくて、ユーノはそうつぶやくしかできなかった。
まるで罪人のようになりながら、ユーノはひたすら首を傾げていた。
何故こんな扱いを受けなければならないのだろうか?
「…ねえ、何でなんですか?」
「それは、ユーノさんが、突然、姿を消して音信不通状態になったりするからです。」
「主達がとても心配していたぞ。」
なるほど、それは確かに悪かったな、と思う。
何となく、色々と考えてて、なのは達に何も言わなかったし。
「…だからって、ここまでする?」
縄で縛られてザフィーラに引きづられながらユーノは呻く。
こんな事されなくてもどこに逃げないんだけど。
「気にするな、気分だ。」
「…酷い。」
ザフィーラの意外な一面を見た気がした。
「もうすぐなのはさん達も帰ってきますから。」
「この状態で会え、と?」
そう言うと、椅子におろされて、縄を解かれた。
いや、いいけどね。
「それでは、私はこれで。 ザフィーラ、ちゃんと見張っておいてください。」
「うむ。」
「あ、リイン。 これ、お土産。」
そう言って、ユーノは一つ箱を渡す。
中に入ったシュークリームとショートケーキに、リインは顔を輝かす。
わあい、と小さな体で箱を運んでいくリインを面白そうにユーノは見送った。
「…今までどこに行っていた?」
「え…翠屋でお菓子作ってましたけど?」
そう言うと、ザフィーラは何か納得いかない、と言う表情をした。
何だろうか、とユーノは首を傾げる。
近況は、クロノを通じて皆に送られているはず、とユーノは思う。
「あ〜!」
声が上がったのでそちらを見てみれば、はやてがいた。
「ユーノ君、今までどこ行ってたんや!」
詰め寄ってくるはやてに、ユーノはやっぱり首を傾げる。
「いや、翠屋でお菓子作ってたけど?」
「はあ!?」
思わず、と言った感じではやては叫ぶ。
はやての視点から言うと、7ヶ月連絡もなしだったのだから、どこか余程遠い所にいる、と思っていたのだが。
灯台下暗しとはよく言ったものだ。
「で、ちょっとね、思うところがあって、こっちに来たんだ。」
「思うところ?」
「うん。」
なのはは走っていた。
走っていた、それはもう猛烈な速度で。
マッハキャリバーで走るスバルと互角な速度で走る。
「なのはさん、速い…」
と言うか走っているように見えて実は飛んでいるのかもしれない。
ユーノ発見と捕獲の一報を受けて、猛然と走り出したのだ。
「ユーノ君、ユーノ君――」
ブツブツと念仏のようユーノ君と言いながら走る走る。
「フェイトさん…」
「あ、あははは…」
後ろでついていくフェイトとエリオは顔が引き攣っていたがきっとご愛嬌。
とは言え、フェイトもユーノには言いたいことがかなりあったが。
「ユーノ君!」
ドカン、と音を鳴らしながら六課隊舎の扉を開け、なのはは辺りに目を走らせる。
思わず、受付の人は硬直していたが、きっと気にしてはいけない。
その勢いに呆然とした表情を返していたのは、受付だけではなく、呼ばれた当人もだった。
はやてもその勢いに顔が引き攣っていた。
「え、と、なのは?」
「ユーノ君…」
ユラユラと背後が陽炎のように歪んで見える。
怖いなぁ、とユーノは思ったが、そこまで怒らせるようなことをした覚えはない。
そう思ってみていたのだが。
「ヒック…」
「え…」
「う、う…うわ〜ん!」
いきなり泣き始めたなのはに、ユーノは慌てる。
何だ、何だ、この事態は!?
あまりにも想像とかけ離れていた事態に、ユーノは慌ててなのはに声をかける。
「ど、どうしたの、なのは、僕、何かした!?」
「だ、だって、ユーノ君…ずっと連絡もなくて、ほ、本当に大丈夫なのかなって、顔見たら、ホッとして…」
なるほど、緊張の糸が切れたという事か、とユーノはなのはを軽く抱きしめる。
「大丈夫だよ、僕は、ここにいるから。」
「うん、うん…」
とりあえず、気になることは後回し。
今は、なのはが落ち着くまでこうしていよう、と思う、ユーノだった。
…はやてとフェイトが何かニヤニヤしながらこちらを見ているのが気にかかって仕方がないが。
「…7ヶ月連絡なしって何?」
「え、だからユーノが…」
おいおい、とユーノは思う。
「…フェイト、エイミィさんかアルフに会った?」
「え、ううん、ここ最近は、忙しくて…ええと、うん、会ってない。」
「…はやて、クロノかアコースさんとは?」
「クロノ君は長期航海に出てもうて会ってないし、ロッサも聖王教会には行ってないから会ってへんな。」
「…なのは、アリサかすずかは?」
「…そういえば、メールに面白い事が翠屋であった、って書いてた。」
思わず、ユーノは溜息を吐いた。
「あのさ…非常に言いにくいんだけど。」
『え?』
「僕さ、一ヶ月事に、クロノに近況報告入れてたんだよ。」
一同は、思わず沈黙した。
あれ、と全員顔を見合す。
「…つまり、ユーノ君が何しているか知らんかったんわ。」
「君達だけ。」
ドスン、と膝から崩れ落ちる一同。
何だか影が見えそうだった。
「フフフ、クロノ君、今度会ったら砲撃お見舞いしてやるの。」
<<提督、貴方は明日の朝日を拝めません>>
哀れ、クロノ。
しかし、7ヶ月精一杯探していたのに、そんなのはないだろう、と一同思ってしまった。
その不満と鬱憤が向かうのは、やはり問題の原因だったらしい。
その日の夜。
ユーノは六課の隊舎の前で、星を見上げていた。
特に理由はない。
こうしていたい、と思ったからだ。
ユーノの希望は、はやてが通してくれた。
きっと、これが一番いいんだろう、とユーノは思う。
「ユーノ君?」
「なのは、どうしたの?」
まだ制服姿のなのはに、ユーノは首を傾げる。
もう、寝る時間だよね、と思って。
「うん、ヴィヴィオは寝かしてきたし、ユーノ君と二人で話したかったから。」
「そっか。」
なのははユーノの隣に立つと、言葉を紡ぐ。
「どうして…ここに来たの?」
「ん〜…そうだね、本当にやりたいことがあるのは、ここだって気づいたからかな。」
「本当に…やりたいこと?」
「うん。」
頷くと、ユーノはなのはから目線を外して、まだ空を見上げる。
そこには、いくつもの星があって。
その煌きは、酷く心を落ち着かせてくれる。
「翠屋で…いや、どこにいて、何をしていても、何だか物足りなくてさ。」
「うん。」
「それで、何でだろうってずっと思っていた。」
「うん。」
ピタリ、とユーノはまだ言葉を切って、視線をなのはにあわした。
「僕は…最初の心を忘れていたよ。」
「え?」
「僕がしたかったことはね、皆の…手助けだったんだ。 だから、どこで何をしていても、物足りなくて。」
「…じゃ、じゃあ、これからは?」
ユーノは一息つくと、なのはに笑って答えた。
「ロングアーチ所属で、はやてが雇ってくれるってさ。」
これからも、よろしく、とユーノはなのはに笑いかける。
なのはは、それが嬉しくて。
また、昔のように一緒にいられる。
それが、とても嬉しくて、なのははユーノを抱きしめていた。
この後、ユーノはロングアーチ事務要員として、六課に就職する。
その処理能力はやはり衰えはなく、遺憾なくその力は発揮されたらしい。
おまけで、リインやヴィヴィオが、ユーノの作るお菓子に、舌鼓をうって、ユーノもそれが嬉しくて、お菓子作りの腕は向上し続けたとか。
今は、事務要員+食堂要員として働いている。
そのうち、無限書庫からまた召喚されるかもしれないが、そのときはそのときだ。
今はただ、
「ユーノ君、こっちのクリームの方が美味しいと思う。」
「うん、こっちだね。」
「リインもこっちです〜!」
「ヴィヴィオもこっち!」
将来のことも考えながら、お菓子作りと、皆のサポートが出来る魔法の向上に余念がないとか。
ー終りー
ちょっとのんびりした話かな?
まあ、こんな感じもありかと。
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