その日、ティアナ・ランスターは留守番であった。
理由を挙げれば、そう大したものでもない、ただ単に、先日怪我した足が、まだ少々の違和感を残していたからだ。
他のスターズ分隊もライトニング分隊も今は出て行っている。
ここに今いるのは、守護獣であるザフィーラとティアナだけだ。
そして、そのザフィーラにしても、先ほどから巡回に歩いていってしまった。
なので、ティアナは今、非常に暇である。

「でもね…もう、大したことない、っているのに、過保護なのよ。」

置いていかれる羽目になった時の事を思い出しながら、彼女は彼女のパートナーに愚痴ってみる。
尤も、上司二人も違和感とか感じるならやめときなさい、と優しく諭してきたので、少々やきもきしている。
現場で誰も怪我とかしていないといいなぁ、と思いながら、素直に、心配していた。

「でもまあ、暇よね。」

言ってしまえば、それは真実だ。
暇である。
訓練も別に禁じられている訳でもないが、それでもやるならやるで一人も虚しい。
ハァ、と思わず溜息をつきながら、ティアナは相棒であるクロスミラージュを腰元から引き抜く。
クルクルと回してから一度構え、また腰に戻した。
そして、おもむろにトントン、と足を叩く。
痛みはない。
立って歩いてみても、朝感じた違和感はもう感じなかった。
そうなってくると、やっぱり暇だなぁ、と思うのも仕方のない話か。

「魔法の訓練でもしてようかしら。」

それが一番堅実的かな、と思いつつ、ティアナは歩き出す。
別に、座学でもいいのだが。
と言うか、返って来たスバルたちに見られたら、何か色々言われそうな、そんな気もする。

「でもまあ、いっか。」

そう気楽に思って、魔法を組もうとし――
目の端に資料の山を持った青年の姿を見つけた。
ここは管理局内だというのに、私服で歩いているその青年は、足元をフラフラさせていた。
見た目にもヒョロイ感じなので、それも当然かもしれない、とティアナは思う。
無視しようと、いささか薄情に思った。
とは言え、ティアナはああいう学者タイプは嫌いだ。
現場の事は何も分からずに言いがかりばかりつけてくる。
それに、どうにも…その、自分より綺麗っぽくて、ちょっとむかつく、と内心思うティアナだった。
やっぱり、無視してよう、と思ったティアナだったが、資料の山を抱えたその青年は、ゆったりとこちらに歩いてきた。

「こんにちわ。」
「…こんにちわ。」

なにやら、随分と穏やかな笑顔で話しかけられた。
初めて見る顔なのに、随分と親しみが相手から感じられて、ちょっと戸惑ってしまう。

「機動六課の人…だよね?」
「…そうですけど。」

ちょっと心の底の気にいらない感じが出てしまっていたが、それくらいは多めに見て欲しい、とティアナは思う。
青年はホッと息を吐くと、更に話を続けた。

「頼まれたロストロギアの資料、届けに来たんだけど、誰もいなくてね。」
「先ほど、スクランブルで皆出て行きましたから。」

と、また先ほど感じた疎外感のようなものを思い出して、歯噛みしてしまう。
まあ、皆、自分の事を思って置いて行ったのだと、ティアナも分かっているのだが。
それでも…何となく、寂しい。

「そっか、やっぱり大変だなぁ。」
「それはもう、本探しているだけの誰かさんとはえらい違いです。」

どうにも自分でも辛辣な言葉を吐いている、とは思ったが、不機嫌も重なって止まらなかった。
これは相手も怒るだろう、と思ったのだが。

「う〜ん、そうだろうな、皆凄いから。」

ニコニコと笑って肯定されてしまった。
そうなると、逆にティアナは居心地が悪い感じがした。

「とりあえず、受け取りのサイン、お願いできるかな?」
「え、あ、私でいいんですか、下士官ですよ?」
「…八神隊長や高町教導官はそんな事を気にする人?」
「……凄い説得力。」

結局、ティアナはサインを書いて、資料を確認する羽目になる。
山のような資料を机の上に置くと、欠伸をして、非常に眠そうにしていた。
とりあえず、目録と資料の題名を確認したティアナはなんとなく、青年を追っていく。
歩いていく青年は、六課の宿舎から少し離れたところにある野原でいきなり寝転んだ。
そして、一分もせずに響く寝息。

(仕事さぼってるし…)

最低ね、とティアナが断じても仕方がない。
基本的に彼女は真面目で、このようなサボリ等は許せない気質の持ち主だ。
だから、ティアナは青年を起こそうと近づいていき。

「何をやっている、ランスター。」

見回りから返って来た狼型のザフィーラに止められた。
とは言え、止められる理由などない。

「いえ、サボリを発見したので、起こそうかと。」
「サボリ?」

ザフィーラはチラ、と青年を見ると、フイ、と顔をティアナに戻した。

「放っておけ、あいつは別にかまわん。」
「え?」
「サボリではない、と言う事だ。」

そう言うと、のそのそとまた歩いていってしまった。
とは言われても、明らかに寝ているのだし、まだ定時前なのだ。
何故、これでサボリではないのだろうか。

「…また平和そうな顔してる。」

寝息もまとも聞こえないくらい静かに寝ている。
深々と寝入っているらしい。

「熟睡してる。」

目の前で手を振ってみても起きる気配がない。
それはそれは安心した顔をして寝ている。
ティアナもティアナで、どうにも眠たい気分になってきた。
しかし、寝てしまうのはどうにも矜持が許さない。
何せ、仕事中だ。
寝てはならない、ならないのだ。
そう思いながら――結局ティアナはいつのまにか青年の隣で寝ていたのだった。




リリカルなのはStrikerS 「何気なく凄い人」




「――ア、ティア!」

パチリ、と目を覚ますと、フシュッ、と音がして何かが霧散していく気配がした。
何だろう、と思うが、それよりも目の前のパートナー…あれ?

「スバル、何時帰ってきたのよ?」
「ついさっきだよ、それより、どこも怪我とかしてない?」
「え、ないけど…?」

当たり前だ、ちょっと昼寝…結局してしまった。
少しばかり自己嫌悪に陥りつつ、それでも返事を返す。

「何でそんな事言うのよ。」
「だって…ティアが結界魔法の中で寝てて、ピクリとも動かないんだよ、不安にもなるよ!」

スバルの顔を見ながら、ティアナは首を傾げる。
結界など組んだ覚えはないのだが…
そういえば、と隣を見れば、誰もいない。
まだ結構上の方にあったはずの太陽は、かなり下に向いてきていた。
随分と長い間寝ていたらしい。

「スバル、私の他に誰もいなかった?」
「え、別にいないけど…?」

何、誰かいたの、と聞いてくるスバルに、思わず溜息を返して、ティアナは仕事場へと歩を進める。
戻ってみれば、確かに全員、帰ってきていた。

「ん〜、これ受けとったん、ティアナか?」
「はい、そうですけど?」

資料の山を確認しているはやてに聞かれ、ティアナは答えた。

「持ってきたの、どんな人やった?」
「えと、まず綺麗で眼鏡かけてましたね、後、髪の毛が長くてヒョロヒョロで…あ、後、男なのに、リボンしてました、何考えてるんでしょう?」

説明を終えると、何故かバキリ、と言う音がした。
音源を振り返ると、何故か凄い目でなのはに睨まれていた。
思わずティアナも後ずさってしまう。

「…何か、ありました?」
「ううん、別にね、いいんだよ…ちょっと、思うところがあるだけだから…」

そうは言われても、今のなのはの目は尋常ではない。
何だろう、まるで恋人を取られた女のようではないか。
その様子に、はやては苦笑した。

「なのはちゃん、ユーノ君に会えんかったんは残念かしらんけど、そんなに雰囲気に出さんとって。」
「だって、これでもう、2ヶ月もニアミスばっかりだよ!?」

ううう、と悔しそうに拳を握り締めているなのはを見ながら思わずティアナはスバルとひそひそと話しはじめる。

「どうしたのかしら、一体?」
「わ、私も分からない。」

新人二人がヒソヒソと上司のご乱心に注目していると、後ろからやってきたフェイトがなのはに声をかける。

「なのは、もうそろそろ落ち着いて来るから、会いに行ってみたらいいんじゃない?」
「……いいかな?」
「駄〜目、今日の報告書書いて、時間が余ってたらOKや。」
「はやてちゃ〜ん!」
「駄目なもんは駄目や!」

すがりついてくるなのはをゆっくりと振り払いながら、はやては厳命して資料を持って去っていく。
それを見送ると、なのはは目の色を変えて報告書を書き始めた。
フェイトと一緒に入ってきていた年少二人組みもなんだろう、と思わず目を丸くしていた。

「ヴィータちゃ〜ん、こっちの状況5からの分を〜!」
「んな簡単に終わるか、こんなのそれこそ当のユーノくらいしか今日中に終わらないって分かってるだろうが!」
「ユーノ君〜!」

なんと言うか、厳格な教官でもあり、頼りになる上司でもあったなのはの姿ではない。
新人4名、思わずその姿に呆然としてしまった。

「あ、驚いた?」

そう言って、声をかけてきたのは、フェイトだ。
すぐ近くにはシグナムも控えていた。

「なのはの禁断症状ももうすぐだな…」
「まあ、完全に切れちゃう前に、何とかするでしょう。」

シグナムとフェイトは顔を合わせて苦笑している。
つまり、それほど珍しい光景ではない、と言う事か。

「あの…」
「ん、どうしたの、エリオ、キャロ?」
「どうしたんですか、一体?」

エリオが代表してなのはを見ながら、フェイトに聞いた。
新人4名、その質問の答えに興味津々だ。

「ああ…エリオ、ユーノのこと、覚えてる?」
「…?」
「ほら、良く本読んでくれた人。 髪の毛長くてね。」
「……あ、眼鏡かけてて…髪の毛の長い…あの人ですか。」

エリオは数年前の記憶を掘り出す。
何度も会った人であるが、魔導士と言う認識すらなかった。
時折会って、面白い話を沢山してくれる、そんな人だったなぁ、とエリオは思い出す。

「…ティアナ。 あのリボン、なのはがユーノにあげたんだから…そんな事言っていると、真面目に訓練で砲撃されかねないよ。」
「…え?」

いきなり周ってきた事実に、ティアナは顔が引き攣るのを感じた。
つまり、知らなかったとは言え、思いっきり馬鹿にした、と言うことになるのだ。
リボン自体を馬鹿にしてはいないとは言え、上げた当の所持者を貶める発言をしてしまった。
これはまずった、と思った。

「それから、質問の答えだけど…まあ、ユーノは私達の幼馴染でね。」
「え、そうなんですか?」
「てっきり、フェイトさん達の関係者って、皆、六課に何らかの形で関わっていると思ってたんですけど。」
「まあ、それも間違いじゃないよ、唯一、六課のどこを探しても、名前が載らないのが、ユーノだね。」

クロノ、リンディ、レティ、アルフ、聖王教会などなど。
バックアップから後見人、使い魔まで、ほぼ全ての知り合いが六課に名前を連ねている。
しかし、ユーノはそこに名前が存在しない。
そのことに際して、ティアナはそうだろうな、と思う。

「仕方がないんじゃないですか、明らかにそれほど有能そうな人間に見えなかったし。」

何にも取り得がなさそうだし、サボってたし、と思いながら、ティアナはそんな風に言う。
提督や聖王教会と比べる事自体がおこがましいのではないだろうか。
と言うか一般人がそこにいるのはおかしい。
と、そう思ってティアナは言ったのだが、フェイトは苦笑した。

「違うよ、管理局がユーノを占有させるのを嫌ったんだ。」

その発言に、一同は目を丸くした。
この六課が設立するに際して、各方面から有能と思われる人材を数多引き抜いた。
なのに、彼らは引き抜け、彼は無理だった、と言う。

「ユーノを引きぬけていれば、資料も事務も知識も、何の心配もいらなかったのだがな。」

残念だ、とシグナムも言う。
言ってしまえば、何だそれ状態だ。
新人4人は、明らかに困惑の度合いを深めていた。

「ちょ、ちょっとまってください、エースオブエースで呼称されるなのはさんが引き抜きできて、そのユーノさんは無理だって言うんですか!?」
「役割が違いすぎる、ユーノを引き抜けば、六課以外の管理局全体の動きは鈍くなるだろうからな。」
「代わりに、六課は正にデスクワークでは困らないようになるだろうけど。」

シグナムとフェイトが顔を合わせて苦笑するのを見ながら、ティアナはまだ色んな疑惑が頭を走っていた。

「でも、あの人、本を探すしか能がない、って言ったら、そうだね、って言ってましたよ?」

ティアナの言葉を聞いて、シグナムは顔をひきつらした。

「あの馬鹿はまだそんな事を言っているのか…」
「平時のエースはまだ自覚芽生えぬ…か。」

思わず溜息を吐いてしまうフェイトとシグナム。
また何だか不思議な雰囲気だった。

「あの、そのユーノさんって凄い人なんですよね?」
「そうだよ、キャロ。」
「じゃあ、何で…」
「そんな事を言っているかって?」
「はい。」

シグナムとフェイトがう〜ん、と唸っていると、いつ戻ってきたのか、はやてが言ってくれた。

「まあ言うなれば正当な評価がないからやな。」
「正当な評価?」
「例えばや、なのはちゃんがスバルを助けた空港爆破事件あったやろ。」
「あ、はい。」

スバルがプカプカと思い出している間にも、はやては話を続ける。

「ここで、なのはちゃんの場合、何人を救出して、犠牲者を減らした、と数で表して、場合によっては表彰される事もあるやろ。」
「まあ、そうですね。」
「確かに。」

一同がうんうん、と頷くのを見ながら、はやては先生って気分ええもんやなぁ、となどと思いながら話を続ける。

「それがユーノ君の場合は存在せえへん言う事や。 何々の資料を探しました、はいご苦労様。 それで終わり。」
「…それで普通じゃないんですか、資料があっても行動するのは別の人なんだし。」

ティアナから言ってみれば、そんなものだろう。
資料をもらって、本当に行動するのは別の人だ。
資料を提供する側はそれ以外はできないわけだし。
資料をしっかりと提供して普通だろう。

「ま、そうや、ティアナの言う事が正解、でもな、それで自分が凄い、と思える人間がおるか?」
「本を調べるだけでしょ、何が凄いんですか?」

スバルがそんな事を言ったとき、どこかでビキリ、と音がした気がした。
そのことに気づいて冷や汗を流すはやてとフェイト。
しかし、新人はそんな事に気づかずに、会話は続く。

「そうですよね、言ったら何ですけど、凄い事やっている人とは思えませんね。」
「…う〜ん。」

キャロとエリオの言葉に、更に響くビキビキと言う音。
エリオの方はただ唸っているだけなのだが。

「…まあ、本人が一番今は正当な評価をしてるのかもしれませんしね。」

過大評価ですよ、と言ってから、内心、ティアナはサボリ魔ですし、と付け加えた。
そして、響くはグシャ、と言う破砕音だ。
余りにも生々しい音に、思わず全員そちらを見た。
あ〜あ、と呆れた顔をしているヴィータがいて、その向こう側には…

悪魔がいた。

背後は炎が浮かびそうな程にゆらめきたっていた。
左手にあったボールペンが真っ二つにへし折れていた。
そして、椅子からゆっくりと立ち上がると、こちらを見ていた。
眼光が鋭い、と感じるのに、目から光が消えている。

「…あ、あのなのはさん?」
「フェイトちゃん、はやてちゃん、今から私が言う事を承認してくれる?」
「…何となく分かったけど、スクランブル入ったらどうするの?」
「その時はザフィーラさんとシャマルさん引っ張っていくから。クロノ君はいけるかな?」
「………なのはぁ。」
「それとも、ユーノ君を引っ張っていこうかな…♪」

ウフフ、笑うなのはの顔があまりにも怖い。
禁断症状も相まって、色んな感情が渦を巻いているのだろう。
黙っているしかない新人4人は、次になのはに視線を向けられて、ヒッ、と思わず後ずさった。
それほど、今のなのはは怖い。

「以下、命令ね、スバル・ナカジマ、ティアナ・ランスター、両名。」
「…エリオ・モンディアル、キャロ・ル・ルシエ、両名。」
「明日より二日間、無限書庫で勤務に入って、拒否権はなし。」

頷く以外に…何ができただろうか。





「エリオ君は久しぶり、僕のこと覚えてる?」
「はい、良く色んな話をしてくれましたよね。」
「それでは、貴方が…?」
「ユーノ・スクライアだよ、ルシエさん、フリードリッヒも初めまして。 話は良くフェイトから聞いているよ。」

年少と握手をするユーノを眺めながら、ティアナは非常に不機嫌だった。
今いるのは、本局玄関だ、ここから無限書庫に行く事になっているのだが。
はっきり言えば、時間の無駄にしか思えない。
無限書庫、と言う名前は初聞きだったが、所詮は図書室のようなものだろう、と思っていた。
資料探しなど、他に何もできない人がすればいいのだ、と思うところがある。
隣のスバルも何だか不満そうだった。
そんな事を思っていると、当のユーノがこちらに視線を向けた。

「ランスターさん、昨日はどうも、風邪引かなかった?」

ん? と年少側が不思議そうな目を向けてきた。
風邪引くような場面があったかなぁ、と思ったのだ。

「え、あ、だ、大丈夫です。」
「そっか、あの陽気だけど、気をつけてね。」
「ティア…?」

スバルに見られて、むう、と口を歪ませる。
そういえば、今更だが、無防備も過ぎた気がする。

「ナカジマさん、初めまして、ユーノ・スクライアです。」
「あ、はい、こちらこそ初めまして、スバル・ナカジマです。」

普通に握手をしてから、そういえば階級云々はどうなっているのだろう、と思った。
ユーノは私服であるし、その辺りがさっぱりなのだが。

「ああ、僕に階級とかはないから、気にしないでいいよ。」

管理局の中でも立ち位置がよく分からないし、と自分でそんな事をのたまったユーノに、新人4人はやっぱり変な顔をする。

「ところで…突然の無限書庫勤務だけど…」

4人の顔を見回しながら、ユーノは苦笑した。
首を捻る4人に、ユーノは言う。

「多分、なのはが無茶言ったんじゃないかな、って思うんだけど、嫌だろう、と思うからやりたくないなら帰っていいよ?」

あまり関係ない分野だし、と言うユーノにスバルは顔を輝かす。
わあい、帰って訓練するぞ、と言うのが顔に出ている。
しかし――

「いえ、このまま帰ると、その…」

エリオが控えめに言いたい事を言おうとしている姿を見て、ユーノは苦笑する。

「いいよ、なのはの事はなしで。 駄目そうだったら、僕からちゃんと言っておくから。」

しかし、新人4人は、悪いがユーノがなのはを抑えられるとはちっとも思っていなかった。
見た目からして頼りないユーノと、悪魔のごとき迫力のなのはでは、差が大きすぎるというものだ。

「いえ、これも任務です、しっかりと二日間従事させていただきます。」

不機嫌な、なのはが怖い。
4人の脳裏にはこのまま帰ると食い殺されそうだ、と言うイメージが浮かんでいた。
怒った女の人は怖いと言うが、それをはるかに超えている、と4人は思っていた。





「…何、これ?」

第一声が正にそれだった。
無限書庫に到着して、中に入った瞬間、4人は呆けてしまった。
想像してたのの、何倍だろうか。
円筒形に高く積み上げられた本棚が、無数に連なっている。
見える範囲だけでも、数百万単位の書籍はあるであろう。
何故だろう、本局がいくら大きいとは言え、何故一番上が見えないのだろう。

「ああ、空間が歪んでるから、本当は見える範囲の10倍以上はあるよ?」

ユーノに何でもないように言われて、4人はギギギ、と顔を向けた。
実際の大きさは、まだ僕も分かってないんだ、と言うユーノの声に、また上に視線を向けた。
遥かに高みにいたるまで、見え続ける本棚。

「…こ、ここから資料探し、ですか?」
「まさか、4人は初心者なんだから、簡単に整理されている所から資料を探してきてもらうだけだよ。」

移動には通路を使ってね、と言われて、通路も遥か上空まで伸びているのに気づいて気が重くなった。
一体、整理されている区域だけでもどれだけ多いのだろう、と思ってしまった。

「それじゃ、昨日なのはからこれだけ探させて、って依頼が来たから、4人の担当はこれ、どうしても見つからない場合は僕に言ってね。」

ユーノは朗らかに笑っていたが、出されたリストを見て、4人は硬直した。
到底、二日で終わらない気がした。

「…ん? 4人とも検索魔法の経験はある?」

そういえば、と思い出したように言うユーノに、4人は首を振る。
ふむ、と頷くと、ユーノは手に検索魔法と読書魔法の術式を提示する。

「それじゃ、皆、デバイス持っている?」
「持ってますけど…アームドデバイスでもいいんですか?」
「ああ、大丈夫だよ。」

ね、とユーノはまずはストラーダに検索魔法を送り込む。
登録を確認してから、ユーノは注意事項を告げる。

「頭が痛くなったら、そこで魔法は止めること、いい?」
「…はい。」

このときばかりはユーノも笑みを消していて、真剣な顔だった。
これだけは守らせないといけない。
下手をすれば、頭が情報に負けてしまう。

「二人も、ね。」

検索魔法と読書魔法を入力されたデバイスを眺めながら、ふむ、ティアナもスバルも頷く。

「それじゃ、分からない事があったら、声をかけてね。」

そう言うと、ユーノは仕事に戻っていった。
周りから色々声をかけられている姿は、周りからの信頼が透けて見えた。

「お、終わるかな…?」
「終わらすのよ。」

何となく、気合が入ったティアナだった。
負けん気は強いのだ。





開始後、3時間、正午。

「………」
「………」
「見つかった…?」
「頭が痛い…」

なれない検索魔法は、頭に負担を与える。
読書魔法は、書いている文字を即座に判断するのだ。
なれない人間にはひたすら苦痛だ。

「あ、あったよ、エリオ君!」
「やったね、キャロ!」

2,3と検索魔法に引っかかった本をチェックしていたキャロが嬉しそうに声を上げていた。
沢山の人が仕事に従事しているのに、邪魔にならないのだろうか、と思ったが、周りは微笑ましそうに見ていた。
と言うかこの3時間に分かった事だが、ここの人間はおかしい。
仕事場が異様にアットホームな雰囲気を保っているのだ。
本当に管理局内なのか、疑いたくなる。

「………ティア、あれ。」
「何よ、見つかったの?」
「いや、それよりも、あれ。」

スバルが嫌にしつこいので、そちらに目を向けて、ティアナは目を見開いた。
そこには、ユーノがいた。
まるで座禅を組むようにして、空中で目を閉じながら本を検索しているのだろう。
その周りに浮かぶ、数十の本と、目前で開かれていく10以上の本。
そして、閉じると、即座に分類別に飛ばされていく。

「何、あれ…?」

読書魔法で二冊読むだけでも、頭に重たいものがあるというのに、と、ティアナは思う。
検索魔法と読書魔法を平行維持しながら、10冊以上の本を読む…?

「デバイスなしよね。」
「うん…」

ここに来て、何が凄い、と言う事か、スバルとティアナは肌で理解し始めた。
外から見て、勝手に想像していたのとは訳が違う。
そこにいるのは、確かに地味だが凄い人だった。

見ていると、突然、バタバタバタ、と本が一斉に閉じた。
目をゆっくりと開いたユーノはこちらを見て、声をかけてきた。

「お昼、食べに行こうか。」





「大丈夫かい、4人とも。」
「何とか…」
「頭が働く程度には…」
「無限書庫って、いつもこんなに忙しいんですか…?」
「何だか忙しなく動いている人が沢山いましたけど。」

食堂で、ご飯を食べたら突っ伏した4人からの質問に、ユーノは平然と答えた。

「そうだね、今日はかなり少なめだから、ゆったりしてるね。」

今日は寝れそうだ、と言うユーノに、4人は信じられない目をした。
苦笑するユーノは、言う。

「まあ、最近は色々と各部署ごたごたしてたからね、依頼が多いんだよ。」
「いえ、それよりも…今日は寝れそうだって?」
「ああ…昨日、昼間一時間寝ただけだから…そろそろ勤務に入って3日目だったかな?」

グウの音も出なくなってきた。
サボリ、なんて呼称したティアナは、ああ…と思わず瞑目した。
今ならザフィーラの言っていた事がよく分かる。
あれはサボリなどではなく、本能的な部分からの休憩だったのだろう。

「…すいません。」
「ん、どうしたの?」

不思議そうな顔をするユーノに、ティアナは続ける。

「いえ、昨日、本探しているだけ、とか言って。」
「事実だよ、謝る必要はないかな?」

ニッコリと微笑むユーノに、ああ、懐の大きさが違うなぁ、と言う気になる。
ユーノもそれほど大きな懐は持っていない。
ただ、その懐を越えて怒ることが自身のことではないだけだ。

「午後からも頑張らないと駄目だろうけど、無茶しちゃ駄目だよ、駄目ならこっちにまわしてくれたらいいから。」

あれほどの業務が毎日か…と思わず4人は想像してグッタリしてしまう。
平時、何もなければ何もないのだ、六課は。
そりゃ、訓練やら何やらはあるが。

「そういえば、聞きたかったんですけど…。」
「ん、何?」

エリオの言葉に、皆はそちらに注目する。
皆に見られて、少々居心地悪そうだったが、それでもエリオは話し出す。

「あのフェイトさん達との関係は幼馴染って聞いたんですけど。」
「そうだね、もう10年の付き合いになる。」

10年と言葉にすると、随分短い。
だが、10年とは、エリオやキャロの生きてきた年と同じだ。
ホ〜、と思わず変な感心を抱く4人である。
エリオは、そこで止まらずに言葉を続ける。

「それで、それだけなのかなって?」
「…? 恋人とか、そう言う事聞いてるの?」
「ええ、ちょっとした事があったんで、気になったものですから。」

ふ〜ん、と首を傾げるユーノだが、ティアナ達はとりあえず、なのはの事を思い出していた。
禁断症状などと揶揄されるほど暴走気味だったのに、何もない、と言うのはないだろう、と。

「まあ、期待外れで悪いけど、特に何にもないよ?」
「え、そうなんですか?」
「うん、それに、僕じゃつりあわないよ。」

軽く笑って言う言葉に、気負いはなくて。
本当にそう思っていることが普通に伝わってきて。
もしかして、と4人はとりあえず、この話題は明後日まで持ち越すことにした。

「でも、ユーノさんも休んだ方がよろしいと思うのですけど…」

キャロに言われて、ユーノは苦笑する。
よく会う人皆に言われているのだから、それも仕方がない。

「大丈夫、倒れないようには気をつけているから。」

それは大丈夫と言うよりは、ただ倒れないだけなのではないだろうか、と四人は思う。

「それに…僕にはこれくらいしかできる事はないから。」

そう言うユーノの顔には、自身の仕事に対する思いが透けて見えていた。
その顔を眺めながらティアナは思った。
この人も、こんな形で、人を救う事をしている人なのだと。






「た、ただいま帰りました。」
「はい、お疲れ様です〜」

二日後、六課に戻った4人を迎えたのは、リインフォースだった。
その後ろから遅れてはやてが苦笑と共に顔を出した。

「4人とも、無限書庫体験はどうやった?」
「馬鹿にした発言して全面的にすいませんでした。」
「凄すぎです、ユーノさん…」

キャロとスバルがそう言うと、ティアナとエリオも苦笑して報告した。

「資料の方も、最後はユーノさんに手伝ってもらいましたが、何とか完成しました。」
「後で確認お願いします。」
「ほい、了解やね。」

ペラペラと20枚ほどの資料を確認しているはやてにティアナは気になっていた質問を投げかける。
自分としてもどうしてそこまで気にかかるのかちょっと謎だったが。

「あの、八神隊長。」
「ん、何?」
「いえ、ユーノさん、皆さんの事を幼馴染で大事な友達って言ってましたけど…本当に特別な事何もないんですか?」

それを聞くと、はやては辺りを見回してから、チョイチョイ、と4人を手招きした。
グッ、と肩を組むと、小声で話し始めた。

「あのな、9歳のころな、多分、ユーノ君はなのはちゃんの事好きやった。」
「え、ユーノさんが、ですか?」
「そうや、ユーノ君が、や。」

あの淡白な反応をしていた当人が、と言われても4人はイマイチピンとこない。

「ここからが痛い話なんやけどな…」
「はぁ。」
「ユーノ君は、自分でその気持に気づいとらんかった。」
「へ?」
「で、それからなのはちゃん達と離れて一人で無限書庫に勤務や。」
「え、じゃあ、ユーノさんってもう10年も無限書庫で働いているんですか!?」

キャロの驚きも尤もだったが、メインはまた別の話だ。
はやてはとりあえず、一つ頷いてから、その話はまた後でな、と続ける。

「で、や、長々と離れている間に、自覚のなかった恋心は少しずつ昇華してもうて…」
「大切な幼馴染に?」
「それでや、そうなってもうた段階になって、今度はなのはちゃんがユーノ君を好きって自覚してな。」
「それはまた…」
「ほんで、告白しようにも、お互いに時間が合う事が滅多にないからな…」

それで会えんとああいう風になる、と言う事や、と言われた。
何となく、すれ違い、と四人の頭の中で同じく流れたが、まだはやての話は続く。

「で、ここで怪しいのがフェイトちゃんやったりするんや。」
「フェイトさんが?」
「執務官試験当時からな、どうもユーノ君と会ってることが多いと思うとったんやけど…最近、なのはちゃんは会ってないのに、フェイトちゃんは普通にユーノ君と会ってるからなぁ。」

そういえば、とキャロは思い出す。
フェイトからよく聞いている、と言っていたけど、キャロもそれほど長い間フェイトといるわけではない。
つまり、最近、フェイトはユーノと会っていたと言う事になる。
この話も、妙に現実味を帯びた気がした。
ふう、と一息ついたはやては、今度は質問を投げてきた。

「それで、ユーノ君は元気やった?」
「元気…?」
「はあ、徹夜4日で元気云々言っていられるなら元気でしょうけど。」
「倒れてませんでしたから。」
「私達のお手伝いが終わると、死んだように寝ちゃいましたけど。」

報告に引き攣るはやて。
さすがにこれはなぁ、とまた思ってしまう。

「あれで一番お偉いさんなんやから信じられへんねぇ。」

独り言のようにつぶやいたはやてだったが、周りの皆はへっとまた驚いた顔をした。
はやては逆にそれを不思議そうに見返した。

「ユ、ユーノさんが…?」
「一番偉い?」
「今更何言うてるの、無限書庫司書長ユーノ・スクライアやで。」

思わず沈黙する四人。

「ちなみに、ちゃんと礼儀は示した? 無限書庫司書長は提督と同位をもらっとんで?」

そして、ガツン、と頭を殴られたような感じがして、塞ぎこむ四人。
おごってもらった挙句に仕事手伝ってもらったし…

「ユ、ユーノさん、自分の立ち位置が分からないって…」

スバルの言葉に、はやてはまた溜息。

「それはただ単に、気にしてないだけや。 本来は提督と同位、そういう事。」

色々な話を聞いていると、ユーノが変なことがよく分かってくる。

「それで、10年前にただの物置になっとった無限書庫を開拓した筆頭がユーノ君なんや。」
「…もう、何だか。」

スバルとキャロが唸っているのを尻目に、ティアナは一つの目的を持って、無限書庫へと足を進めた。






「ユーノさん。」
「あ、ランスターさん、どうしたの?」

ヒョイ、と覗き込んだら、すごそこにユーノがいた。
受付で業務確認中だったらしい。

「あの、ユーノさん、私、執務官を目指してます。」
「うん、知ってる。」

朗らかに笑うユーノに、ティアナは首を傾げる。
何故、知っているのだろうか。

「六課の事は一人一人、ちゃんと簡単なプロフィールくらいは理解してるよ。」

不思議そうな顔をするティアナに、ユーノは何の疑問もなく、そう返した。
それを聞くと、何だかんだ言いつつ、この人も幼馴染の皆を思っているのだなぁ、と思った。

「ハラウオン執務官の試験の時も、ユーノさんが手助けしたって聞いたのですが?」
「ああ、そうだね、まあ、フェイトの場合、それほど教える事もなかったんだけど。」

笑うユーノの顔には、それでも、教え子に対する誇らしさが見えた。
とは言え、フェイトを語る顔も、それ以上の感情はなさそうだ。
何となく、ティアナは気分を上昇させて、目的を伝える事にした。

「それじゃ、時間が空いたら、私も勉強見てもらってもいいでしょうか?」
「…ん〜、そうだね、六課が軌道に乗る頃になったら、いいよ。いつでも来て。」

これで、無限書庫の恩恵を充分に受けられる、夢にも近づいた気がした。
でも何となく、心の奥底で、それ以外の何かがあるような…そんな気がするティアナだった。

「それじゃ、私の事は、ティアナと呼んで下さい。」
「え…いいの?」
「いいんです、私が呼んで下さいと言っています、ユーノ司書長。」

何となく茶目っ気をだしてみたりする。
こんな態度をとる自分、と言うものの珍しさに、ちょっと自分でもおかしく感じた。
おかげで、ちょっと引きつった表情だったのだろう。
それに苦笑しながらも、ユーノも答えを返した。

「分かった、よろしく、ティアナ。」

笑いあう二人。
それは、始まりの一歩。

−Fin−


と言うわけで、ストライカーズ時代一作目。
某所で書いたとおり、一応……ユーノ&ティアナかな?

そして、ツンデレは無理だ(汗)





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