「お見合いですか?」
『そうよ』
無限書庫司書長ユーノ・スクライア(19歳)は驚いた顔でそれを聞き返した。
まだ業務の最中であり、そんなプライベートな話が出てくるとは思っていなかったから。
勿論、お見合い、と言う内容にも驚いていたが。
「…仕事が忙しくて、そんな事してる暇は。」
『大丈夫、一日くらい。』
「リンディさん、分かってて言ってます?」
友人の母であるリンディ・ハラウオンの言葉に、ユーノは憮然と返す。
その一日で、どれだけ仕事が進むか、そして、どれだけ皆に負担をかけるか。
『…相変わらずなのね。』
「ええ、最近は、管理局外からも依頼が来るようになりましたし。」
お役所仕事、とは言っても、無限書庫は基本的に門戸を開放している。
これはユーノの方針で、欲しい知識はなるべく万人に与えたい、と言う事からだ。
まあ、さすがに正規ルートの依頼かどうかはしっかりと確認の上だが。
そして、ロストロギア関係は、危険度の低いものと発掘して困っている場合、などのときにしか資料は提供しない。
例え、相手が誰であってもだ。
そのせいで、色々と仕事が忙しさを増したのも随分苦しい話だったが。
「という訳で、お見合いしている時間は…」
『あら、別にいいじゃないの、少しくらい。』
「…リンディさん。」
ハァ、と深々と溜息をつくユーノに、リンディは質問を飛ばす。
『それじゃ、見合いを断りたいくらいに好きな人でもいるの?』
「そりゃ、いませんけど。」
もう10年も基本的にこの場所にいて、ずっと仕事が恋人だったのだ。
ユーノにそんな感情が育つ時など正に皆無だった。
人間、どこで満足するかによって、思うところが変わってくる。
少なくとも、ユーノは一目ぼれなどするような人種ではなかったし(少なくとも本人はそう思っていた)それほど仲の良い女性もいない。
幼馴染達は…まあ、友達以上、ではあるが、恋人的な感情は皆無と言っていい。
本人もその辺りに認識を回す余裕など欠片もなかった。
冷静に考えれば、10代になってから、ずっと無限書庫にこもりっきり。
正常な思春期を迎えていない男に、言うだけ無駄である。
『先方も、管理局の偉い方の娘さん、良い感じだと思わない?』
「別に相手の地位に興味はないですけど。」
これもユーノの本音。
無限書庫司書長は、管理局内だけでなく、局外にも名前が通るようになってきた。
それに伴い、ユーノの知名度は本人も知らないような所で上がってきている。
そして、地位もそれなりに与えられているので、相手の地位に臆することなど欠片もない。
『そう言わずに、受けるだけでもいいから。』
「……分かりました、分かりましたよ、リンディさんの顔を立てて、受けます。」
『ありがとう、ユーノ君!』
結局、受けてしまった、とユーノは深々と息を吐く。
「そういえば、何で突然こんな話を僕に?」
『ちょっと、思うところがあってね。』
あんまり要領のえない返答だった。
リンディがあまりに熱心だったので、受けてしまったが、はっきり言って億劫だった。
しかし、相手が管理局の偉いさんの娘だと言うのなら、断ったら角が立ちかねない。
そんな事は、リンディもユーノも望まないので、受けて正解だろう。
『それじゃ、詳細は明日にでも送るから。』
「はい、分かりました。」
プツン、と通信が切れると、ユーノは息を吐いて、気持ちを切り替える。
まだ19歳の身の上で、見合いも何も、と思いもしたが、そういえば、クロノは二十歳で結婚を決めていた。
そう考えると、早いこともないのだろうか。
「ユーノ、見合いなんて、本気かい?」
突然、考え事をしていたユーノの意識の中に飛び込んできた声に、ユーノは振り替える。
「アルフ、本気と言えば本気で見合いはするけど…」
「…まあ、あたしはあんたが幸せになるなら、言う事はないけど。」
「大袈裟だよ、アルフ、僕の事を気に入る人なんて、余程の物好きだけだ。」
そりゃ、ディープに遺跡発掘やらなにやらの話になったら、気にいる人はわずかだろうけど。
あんた、普通に話している分には、話の上手い綺麗な紳士然とした男だから…
「…分かってないのは本人か。」
「ええ?」
アルフの呟きに、ユーノは首を捻るのだった。
そして、一月後。
ユーノはピシリとしたスーツを着込んで、何故かリンディの用意した純和風の建物の中にいた。
そのあまりの純和風ぶりに、ユーノは呆然と目を見開いた。
まさか、こんな状況になるとは思ったこともなかったから。
何故わざわざ、海鳴で?
「…ふふふ、驚いたみたいね。」
同じくスーツを着込んだリンディの隣を歩きながら、ユーノは頷く。
ちなみに、本日は後ろの長い髪の毛を、なのはにもらったのとは違うでゴム縛っている。
さすがに友達と別の人に会いに行くのに、そこまで失礼な事もするわけにはいかない。
最低限の配慮くらいは理解しているつもりだ。
「でも、どうして親役がリンディさんなんですか?」
「だって、私が紹介者なんだし、まさかスクライアの一族から呼んでくるわけにもいかないでしょ?」
「…そうですね。」
一拍置いて苦笑して答えたユーノ。
わざわざ呼び出すのも気がひける、と考えたのだろう、とリンディは思う。
「それじゃ、行きましょうか。」
「はぁ。」
明らかに乗り気ではないユーノの様子に、リンディは苦笑する。
普通、もう少し何らかの反応があってもよいのではないだろうか、と思う。
勿論、見合い写真くらいは見せている。
はっきり言って、ユーノの眼から見ても、綺麗だと素直に思えた。
大人しそうな子だな、とユーノは第一印象で思った。
「…それじゃ、もっと表情引き締めて。」
「…はい。」
ユーノは一度目を閉じて、もう一度目を開けると、気だるさをどこかに捨てていた。
表情は真剣そのものと言っていい。
元より、こういう顔は身についている。
大人相手の処世術、と言えば何とも嫌な感じではあったが。
「…入室です。」
ゆったりと、しかし、メリハリのついた動きで、二人は入室した。
リリカルなのはStrikerS「人の繋がりがもたらす出会い」
「お、始まったみたいやで。」
「…いいんでしょうか、こんな事してて?」
「いいんやない、友達の見合いとかほど、面白いもんはないで。」
ユーノ達から離れる事300mほどの地点で、はやてとシャマルはイヤホンを耳につけて、立っていた。
特に何をするわけでもなく、ただ立っている。
まあ、滅多に人の通りかからない路地裏のため、目立つこともなかったが。
「…あ〜あ〜、こちらはやて。 皆、配置は終わった?」
『こちらシグナム。 準備完了』
『こちらエリオ、準備完了です!』
『こちらキャロ、本当にいいんですか、こんなことして…準備完了。』
『こちらフェイト…隊長2人もいなくていいのかな…準備完了。』
皆それぞれ、意見がある。
ちょっと虚しくなるはやてだった。
ちなみに名前の挙がらないメンバーは、六課で待機中である。
「まあ、ええか、そんじゃ、友達の門出を皆で、祝おか。」
「そうですね、幸せになってくれるといいんですけど。」
普通にそう思っていそうなシャマルを見て、はやては内心、ちょっと溜息をついた。
もしかして、思いっきり楽しそうやと思ってるのは、私一人なんやろか。
そう思うと、ちょっと自分が薄汚れたような気がしたはやてだった。
『でもさ、はやて、こんな事してて意味あるの?』
「何がや、フェイトちゃん。」
『だって…ユーノがお見合いして、誰かと付き合う人間かなって。』
『フェイト、それは早計だろう。』
『何故ですか、シグナム?』
『それこそ会った事のない人間なのだ、気に入って付き合いが始まってもどこも不思議ではない。』
なるほど、確かにシグナムの論にも一理ある。
「まあ、相手次第とちゃうか。」
と、言ったはやてだったが、内心は、まあ、付き合う事はないやろな、と冷静に思っている。
何しろ、ユーノの周りの人間が、美人揃いすぎている。
いくら外見を重視しないと言う話をしても人間、綺麗な方がいいものだ。
そして、ユーノは周りのレベルが高いので、自然と面食いになっている。
そう、はやては予想していた。
しかし、はやての予想ははっきり言って、追いついていなかった。
それはユーノに関しても、相手に関しても、だ。
「あ、相手の人が入って来たみたいです!」
「どれどれ?」
ちなみに、中継はクラールヴィント。
ペンデュラムを伸ばして、情報収集中である。
そして、クラールヴィントが受信している情報を、メンバー全員にいきわたるようにしているのだ。
無駄に、芸が細かかった。
「お…あれが相手の人…?」
はやての声が響くと同時に、相手の人と、そのお付き、そして、ユーノとリンディの姿が見えた。
へえ、やっぱり綺麗な人だな。
ユーノの相手を見ての第一印象はそんなところだった。
はっきり言って、生で見ても印象はそれ以上に上がらなかった。
10代後半か20代前半であろうか、確か、資料では20歳だったか。
黒くて長い髪の毛に、整った顔立ち。
それに、スタイルの良いその体を白いワンピースで飾っていた。
普通に考えれば外見的にこれ以上を求めるの酷、と言うレベルだったのだが、ユーノは全く心の琴線が揺れていない。
脳裏で、一番似ている人は誰だろう、などと思わず考えてしまった。
まあ、考えはじめた時点で、失礼だ、と思考を切って捨てたが。
「…この度は、どうもこちらの我儘を聞いてくださってありがとうございます。」
相手のお付きの人からそんな言葉がリンディに向けて放たれた。
我儘だったのか、とユーノは頭に疑問が走るが、そんな事は勿論顔に出さない。
「いいえ、この子も浮いた話が一度もなかったので、丁度いいかな、と。」
そう言って、オホホ、と笑うリンディに、ユーノはどういう表情をしたらいいのか分からない。
笑えばいいのか、それとも怒ればいいのか。
そう思っていると、相手の女性がドレスの裾をつまんで、挨拶を始めた。
「初めまして、ユーノ・スクライアさん、ウィニー・タロスと申します。」
「あ、これはご丁寧に、タロスさん、ユーノ・スクライアです。」
相手の挨拶に、慌ててユーノも挨拶を返す。
丁寧な人だな、と思った。
「この度は、高名な無限書庫司書長のユーノさんに会えて光栄に思います。」
「いえ、結局、しがない学者です。 こちらこそ、タロスさんのお孫さんに会えて、こんな機会までいただいて、光栄です。」
マクガイア・タロス。
現管理局の中でも、穏健派の位置であり、温情を持った優しい重鎮の一人だ。
ユーノも幾度か交流があり、その時には随分よくしてもらった。
管理局の仲間内以外なら、一番尊敬している人だろう。
その縁でもあるのだろう、この見合いは。
「…私の事はウィニーと呼んでくださって結構です。」
「それでは、こちらも好きに呼んでいただいて結構です、硬いのは実は結構苦手なんです。」
そう言っておどけて苦笑するユーノに、ウィ二ーはクスクスと笑う。
「それでは、ユーノと。」
「それで、結構です。」
話しやすい人だな、とユーノはホッとしつつ、その身を座布団の上へと落ち着けた。
同じように、ウィニーとお付きとリンディも座布団の上へと腰を下ろした。
「ユーノ君、いい人と巡りあったんじゃないでしょうか?」
シャマルが楽しそうに言う隣で、はやてはう〜ん、と首を捻っていた。
リンディが持ってきた見合いと言うから、何か特殊な事情でもある相手かと思ったのだが、今の所その感じはない。
これはどうも本当にただ単に見合いのようだ。
「ま、こんな面白そうな事って、そんなないやろしな。」
どこかで面白くないような気もしたが、まあ、いいだろう。
「…シャマル、六課にもちゃんと中継まわっとる?」
「…ええ、ちゃんとその辺りは確認とってます。」
このお見合い、六課内にも中継中。
ここまでくると、どこまで本気でやっているのか疑いたくなってくる。
『あ、話始めました。』
エリオからの言葉を受け取って、はやては耳につけてあるイヤホンに神経を集中させた。
「…え、と、まず聞いてもいいですか?」
「はい?」
ユーノがぎこちなくウィニーに話しかけていた。
相手は笑顔のままなのだが、どうしてかその笑顔に威圧感を感じているような、そんな気分になった。
……これは自身の隣の人を彷彿とさせるような。
「どうして、僕なんかを見合い相手に?」
少々情けない顔をして聞くユーノに、ウィニーは不思議そうな顔をした。
「…関係ない話と言えばそうなのですが、ユーノはご自身がどれだけ騒がれている存在か知っていますか?」
「は?」
よく分からない、とばかりに首を捻るユーノに、リンディは顔をひきつらした。
自覚ないな、とは思っていたが、結構、深刻だった。
「管理局内の上層部で、貴方の事を知らない人間などいません。それこそ、貴方の幼馴染のエースオブエースの皆さんと同じほどに。」
「…なのは達と同じって…そんなに有名だったんですか?」
それは知らなかった、とばかりに本当に驚いているユーノに、3人は冷や汗を浮かべる。
「貴方の経歴…すいません、父が徹底的に調べました。」
「え、あ、はい。 いえ、かまいませんよ。」
どうせ大した経歴でもなし、とユーノが考えていると、相手の言葉は偉く自身の考えと違っていた。
「まずP・T事件解決の助力。」
「へ?」
あの事件、自分は証人以外に名前が載っていないと思っていたのだが、とユーノは考える。
まあ、ユーノがどう思っていても、クロノの報告には名前はちゃんと載っているし、本人はとんと忘れているが、ちゃんと管理局からも表彰されている。
とは言え、本人のあの事件の認識は、『自身の管理の甘さで、次元災害が起こりかけた。フェイトとなのはが親友になった事件』と言う感じに落ち着いている。
ユーノ本人の認識はどうあれ、話は進む。
「闇の書事件の折の、無限書庫での情報収集、最終決戦メンバーの一人。」
言われて、それは確かに、と思いもするが…はっきり言って苦笑するしかない。
どれもこれも、ユーノの認識からしてみれば、自身は、いてもいなくても関係ない存在だった、と言うのがある。
「そして、それから現在に至るまで、無限書庫の整理、統括、管理局の希少情報源、兼、学者。これほどの経歴です、ユーノは充分凄いと思いますが。」
「…まあ、無限書庫以降は確かにそうなんですけど。」
苦笑するユーノに、自身が凄い事を成し遂げてきた認識はない。
何せ、必死になってたら、ここまで走ってきていた、と言った認識に近い。
なのは達のように明確な目標がなかっただけに、それを余計に感じてしまう。
「…でも、私がユーノをお見合い相手にしたかったのは、また違う理由です。」
「え?」
経歴で相手に選ばれたのなら、ユーノとしても納得はできる。
あくまで選ばれた理由だけで、結婚云々は遠い彼方であるが。
「この前、学会でユーノの発表を聞いていたんです。」
「ええ!?」
「私、これでもAクラスの魔導士ですし。」
ころころと笑う彼女の言葉に、ユーノは羞恥心が大いにざわめきだす。
何せ、その、学者として発表している間は、ユーノはトランスしているようなものだ。
人前での発表は、それだけ緊張と羞恥を与える。
そして、一番気になるのは。
「あの、内容は…どうでした?」
この前はミッドチルダ式の汎用拡大性について、と言う論文。
はっきり言って、生の意見ほど怖いものはない。
「はい、正直、分からない部分もありましたが、私の利用している魔法等にも使える理論で、とても嬉しかったです。」
「そ、そうですか。」
お世辞の可能性も充分あったが、それでもホッとしたユーノであった。
その様子にクスクスと笑うウィニーは、その後爆弾を贈ってきた。
「私、その学会で、論文を発表しているユーノを見て、一目惚れしたんです。」
…え?
安堵のせいか、良く聞こえなかったんですが。
今、自分、普通に告白されたのだろうか、とユーノは思わず、リンディを見る。
そこには、何とも言えないニヤニヤ笑いをしているリンディの姿があった。
このおばさんめ、と本人に聞かれたらまずい事をユーノは心の中で唱える。
「…い、いきなり見合いで告白するんか?」
『むう、見た目と違って、度胸がありますね。』
『…す、すごいね。』
はやてが驚きの声をあげ、シグナムとフェイトは驚きと感心を込めて声を上げていた。
「…はやてちゃん、エリオ君とキャロちゃんがさっきから一言を話さないんですけど?」
「…そういや妙やね。」
シャマルの進言に、はやてはエリオとキャロの様子を探る事にする。
「エリオ、キャロ、どうかしたんか?」
『……助けてください、八神隊長!』
「ど、どないしたんや、エリオ!?」
『補導されました!』
思わず、辺りに漂う沈黙。
ここは海鳴で、時刻は午前10時。
…小学生の年齢のエリオがトランシーバー片手に物陰に隠れて怪しい動きをしていれば、補導されてもなんら不思議ではない。
少し、メンバー編成を失敗した、と思ったはやてだった。
『八神隊長!』
「こ、今度はキャロか?」
『迷子の子供が…』
「ぐ、ぬう。」
まさか放って置く訳にもいかないのだ。
そう考えると、はやてに出来る事は一つだけだった。
「…フェイトちゃん、エリオを迎えに、シグナムはキャロと一緒に、迷子の子供を。」
『…了解。』
何ら関係ない所で疲労感を増やしてしまったはやてだった。
「え、えと、一目ぼれですか?」
「はい。」
何だか顔を赤くして、でも笑みは変わらなくて言われてしまった。
さすがに、これにはユーノも気恥ずかしい。
嘘を言っているようにはとても思えないので、照れくさくて仕方がない。
「…ユーノ、一つ、質問よろしいでしょうか?」
「は、はい、何でしょうか?」
ちょっと思考が別方向に言っていたユーノは慌てて返事を返す。
それを気にした様子もなく、ウィニーは少し神妙な顔で聞いてきた。
「ユーノの経歴を見てて、一つ気にかかったんですが。」
「はい。」
「気に障ったらすいません。 どうして、スクライアの一族から放逐されたのですか?」
―――!?
ドッと、ユーノは冷や汗が流れるのを感じた。
向こうは悪気も何もない、ただの質問だろう。
しかし、それは――
ガツッ、とユーノは結構な力で右腕を捕まえられた。
恐る恐る、右を見れば、リンディが笑顔を消して、こちらを睨みつけるかのような目で見ていた。
これは、凄い、怒っているのだろうか、と冷静に思ってしまった。
「その話、私も興味ありますね。」
口調も何だか違ってないだろうか、とユーノは深々と溜息を吐いた。
「…へ〜、あのユーノさんって凄い人生ですね。」
『あの人も、自分の一族から追放されたんですね…』
エリオとキャロがそれぞれの感想を言う。
それにはやて達から反応は帰ってこない。
あれ、とエリオが傍らのフェイトを見上げれば、その表情は、正に驚愕、と言った感じだった。
「はやて…知ってた?」
『…知らへん、かった。』
「うん、私も。」
『なのはちゃんも、やろなぁ。』
実際、この時、テレビでなんとなく中継を見ていたなのはも、スバルたちの前で大いに驚いていた。
それは、誰にも知らなかった事だった。
調べた、と言う彼女だけが知っていた。
『ユーノ君…こんな大事な事を、ずっと黙ってたんか。』
「しっ、はやて、ユーノが話し出した。」
「え、と、ですね。 その…」
どう話したものか、とユーノは思う。
別にウィニーだけなら、煙に巻くと言うか、聞かないでください、で終わっただろう。
しかし、リンディが何が何でも話せオーラを発している。
今まで誰にも知られなかった話が、こんなとこで明るみに出るとは思っても見なかったユーノだった。
「はぁ…話しますけど、リンディさんも、誰にも言わないでください。」
「話の内容によるわね。」
「私は、元より誰にも話す気はありません。」
そして、ウィニーが目配せすると、お付きの人も頷いた。
さっきから妙に存在が希薄だが、この人は一体、と思ってしまう。
「最初は――PT事件の事を知っていると言う事は、フェイトの事も勿論?」
「はい、PT事件の詳細は極秘だから知りませんが、フェイトさんが裁判を受けた事は知っています。」
「その裁判の…終りが来る一週間前の事ですね、族長から、連絡があったんです。」
ポツポツと語るユーノの言葉は、まるで他人のことを話しているような感じだった。
「『すぐに帰って来い』って。」
「え、それだけ?」
「ええ、でも、僕の一族のたった一つの規律が、『族長の決定には逆らうべからず』でしたからね。」
それを聞いていたフェイトは、サッと血の気が引いたような気分に襲われた。
自分のせいなのか、と罪悪感がこみ上げてくる。
「でも、その時は後一週間で、友達の裁判も終わるし、その時で良い、と言ってくれたんです。」
ユーノは一旦話を切ると、目の前のお茶を一口飲んで、再び話し出した。
「だから僕は、なのはとフェイトが再会したら、一族の所に帰ろう、と思ってたんです。」
話す相手は、既にリンディになっている、と感じる。
「でも…あの日。」
「闇の書事件の発覚…ね。」
「はい。」
その日は、ヴィータとなのはが初めて会った日でもあって。
ヴォルケンリッター達との戦いの始まりでもあった。
「帰りたくなかった、僕は、だから族長に言ったんです。『この事件の終りを見るまで』って…」
「駄目だった?」
「…本当は一週間も駄目だったらしいんです。 その間に、発掘してた場所で事故があって、何人か亡くなったらしくて…」
それを言う、ユーノは苦渋に充ちていて、酷く、重たい雰囲気だった。
「お前が指揮していれば、って族長に言われました。」
苦笑するユーノは、寂しそうで、どこかで泣いていたのかもしれない。
「残るって言った僕に、族長は言いました。『だったら、俺達と縁を切るか、そっちでの縁を取るか考えろ』って」
「そんな話って…」
「族長からしてみれば、それでも苦渋の決断だったんだと思います。」
ユーノは優秀であり、離したくない人材だったはずだ。
だが、いつまでも族長の言葉に逆らうと言う前例を作るわけにもいかない。
だから、最後の決断を迫ったのだろう。
「そして、僕は…意味のないことなのに、意地もあって、こちらに残りました。」」
「意味が、ない?」
ウィニーが不思議そうに言った。
ユーノは、先ほどの言ったとおり、実際に功績をちゃんと残しているはずなのだ、なのに、意味がない、と言う。
「…後になって思い返すと、僕はあの戦いにおいて、存在に意味がなかったんです。」
「ユーノ君、私を怒らしたいの?」
リンディに凄まれても、ユーノは苦笑するだけだった。
「僕のは、ただ我儘だったんですよ。 皆の役に立ちたいって。」
「それで、貴方は無限書庫を探索して――」
「あれは、意味なんてなかったんですよ。」
自嘲気味に笑うユーノは、本当の事を語っている確信を持っていた。
「僕が調べたこと…アリアさんとロッテさんが知らないはずなかったんですよ。」
「え…」
リンディが呆然と呻くと、その瞬間に、その事は冷静に頭の中で考えられた。
そしてそれは、真実だと気づかされた。
あの優しい提督が、デュランダルを密かに開発するまでに至っていた。
それは、全てを知った上でなければ行われなかったであろう事だ。
闇の書の特性を全て調べあげていたからこそ、デュランダルは開発されたのだろう。
「そして、僕は、戦力的に見れば、どうしようもないほど低くて…」
決戦の時も、そこにいて、意味はあっただろうか。
転送も、アルフとシャマルがいれば、事足りただろう。
だから、ユーノは言った。
「僕が放逐されたのは、僕が我儘だったからです。」
向こうは、自身を必要としていた。
こちらは自身がいなくても大丈夫だった。
そう考えると、やっぱりこれは、我儘だったのだろう、とユーノは思う。
「……私達の…せいかな、シグナム。」
『…ユーノに失礼だろう、それは。』
シャマルとシグナムの会話も暗い。
こんな話を前にして、明るくなれるはずもない。
『そんなはずないのに…』
「フェイトちゃん?」
『ユーノがいなくても変わりがなかったなんて、そんなはずないのに…』
「…せやな。」
色々と言ってやりたいことがある。
なのはも多分、向こうでそう思っているであろう事は想像に難しくない。
言えるなら、いますぐにでも言ってあげたいことがある――
『それは、違うと私は思います。』
だから、二人は向こうから聞こえてきた声に、目を見開いた。
「え?」
「人が一人そこにいるだけで、人の感じ方は変わります。」
「ええ…と…」
「ユーノがいて、何の意味もなかったなんて、ユーノの友達はきっと誰一人思ってません。」
「それは…」
複雑な顔をしているユーノに、リンディも楽しそうに声をかける。
「クロノでさえ、ユーノ君に感謝していたのに、それでも貴方は疑うのかしら?」
「…いえ。」
そう言われれば、ユーノも納得せざるを得ない。
何せ、クロノでさえなのだ。
一番自身と仲が悪い彼でさえ。
「…その、ウィニー、ありがとう。」
「いいえ。」
ニッコリと微笑まれて、どこか気恥ずかしい気分になるユーノ。
ちょっとばかり、彼女のことが好きになってきたかもしれなかった。
「なあ、フェイトちゃん。」
『何?』
「何か、面白くないと思わん?」
『同感だよ。』
「何でやろな?」
『さあ…』
この時、二人の周りにいたシャマルとエリオ、そしてついでに、なのはの所にいたスバルは、ちょっと冷や汗を流していた。
静かに、怖い、三人。
何かに燃えているような、しかし、凍っているような、そんな恐ろしい3人が、そこにいた。
ー続くー
セブン ウィンズさんのネタ…
ユーノの部族設定はここではこんな感じ。
思ったより長くなっていく…
ウィニーをなのはに出てこない系の女性にしようと思ったら、こんな感じに…う〜む。
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