「怪我人は後方へ下がらせろ! 手の空いてる奴は救助と治療を手伝えっ!」
 唸る風の音と、それに混じるいくつもの怒声。それすら掻き消すような大声で、瓦礫を掘り返しながら、顎髭をたくわえた男が叫ぶ。
 発端は、古代遺跡の発掘依頼だった。作業は順調に進み、地中に埋まっていた構造物の入口を発見し、その奥へと進むこともできた。それが古代の転送装置であり、今の技術で作ることができない物であることも判明した。動力が生きていることも、それが不安定で危険な状態であることも含めてだ。
 ロストロギア。危険な古代遺物の総称であるが、現状からそれに該当する可能性ありということで依頼主を通して時空管理局へ通報してもらった。ロストロギアは民間による探索そのものが違法であり、発見の際には届け出る義務があったからだ。それに準じる可能性のある物についても同様だ。
 しかし事故が起きた。いや、起こされたと言うべきか。遺跡発掘を宝探しと混同する愚かで欲に満ちた者が遺跡に侵入し、あろうことか転送装置を起動させてしまったらしいのだ。
 その結果が地獄絵図となって広がっていた。ほんの少し前まで平和だった光景は負に塗り潰されていた。晴れていたはずの空は渦巻く曇天に覆われて稲光を見せ、時折地が揺れる。
「中に入っていた連中からの連絡は!?」
「連絡はない……それに、バイタルサインの数も合わない……あるのも、反応が弱いな」
 髭の男――発掘隊の隊長の問いに、ワイドエリアサーチを使用して生存者の確認をしていた同族が苦い顔で答える。数が合わない。つまり遺跡に入った者に死者が出ているということだ。そして反応が弱いということは、重傷を負っている者がいて、それが死者に変わる可能性があるということだった。
「……入口付近に反応は?」
「ない」
 返事を聞くや、隊長はデバイスを起動させた。手に現れた杖型のデバイスの先端を入口を塞ぐ瓦礫に当てて、術式を起動させる。
《Break Impulse》
 無機質な機械音声が放たれた数瞬後、解析された固有振動数に合わせた振動エネルギーが解放され、瓦礫が粉砕された。入口を塞いでいた瓦礫が吹き飛び、余波で一部が再び崩落したが、それでも内部へ入り込むだけの空間は確保できた。
 隊長以下数名の発掘作業員達が遺跡内へ足を踏み入れる。
 この遺跡の構造は単純だ。入口から伸びる通路と、その先の転送ポートがある部屋だけである。
「……こりゃひでぇ……」
 照明魔法によって照らされた内部を見て、発掘隊員の1人が顔を顰めた。
 壁、床、天井の一部が、奇妙な破壊痕を残している。その全てが円を描いていて、そこに本来あるはずの物が存在していなかった。球形に抉り取られていたのだ。そしてその周辺に、かつて自分達の仲間だったモノも転がっていた。床等と同じ切り口を見せる、人体の一部が。
「あのクソッタレ、遺跡の制御装置を抜きやがったな……」
「素人目には、ただのでっかい宝石にしか見えなかったからな……」
 通路を進みながら発掘隊員達は被害を確認する。
 遺跡そのものの崩落は、もうなさそうだ。途中に倒れていた生存者も重傷ではあったが無事だった。
 そして、遺跡の中枢にはクレーターができていた。壁際にあった制御装置はやはり球形に抉られていて、火花を散らしている。その縁にもいくつかの死体があった。
「……外の被害はどうだ?」
 隊長が膝を着いて、腰から下を失って絶命している男女の瞼を閉じさせて、状況を確認する。
「遺跡の一部らしい構造物が、外のあちこちに落下してるそうだ。逆に、ここ同様に地面や資財が抉られてるのも確認されたと」
「消滅じゃなく、転移現象か……」
 抉り取られた物は、そのまま別のどこかへ跳ばされたのだ。ここにあった制御装置も、仲間達の身体の一部も。そして、外の物も。
「それと……もう1つ。未確認だが、よく分からん物も転がっている、と」
「よく分からん物?」
「聞いて驚け。本棚の一部だと。他にも色々あるらしいがな」
「本棚? どういうことだ?」
「今回の件、どうやらこの遺跡だけに収まらないらしい。別の世界にまで余波が出てるってことだ」
「……古代の転送ポート1つの暴走でこの大惨事か……」
 この場にあった物が転送であちこちに跳ばされ、逆にあちこちから転送された物がここへ跳ばされてきているようだ。苦々しげに呟きながら、隊長は拳を強く握り締める。その時だった。外からの通信ウィンドウが開いたのは。
 映し出されたのは発掘隊に参加している同じ一族の青年だった。手には赤子を抱えている。
【……悪い報せだ。それと、何と言っていいのか分からない報せ】
「何だ?」
【悪い方から言うが……ユーノが……消えた】
「な……っ!?」
 躊躇いがちに青年が告げると同時、男達の顔色が変わった。今の状況で『消えた』ということが何を意味するのか。隊員達の何人かの視線が、物言わぬ足元の男女へと注がれる。
「身体は、残っているか……?」
【いや、全身消えたようだ。寝床の一部と一緒にな】
 少なくとも五体無事なまま転送されたということだが、それは気休めにならない。赤子が『どこかに跳ばされた』事実は変わらないのだから。それに、どこに放り出されるかも分からないのだ。結局、即死していないというだけだ。いや、生きている人間が今回の件で転送された場合にどういう影響が出るのかが今のところ一切不明なのだから、今も生きているかどうかすら不明のままだ。これならまだ、身体の一部を抉られていても生きている方がマシだったかもしれない。
 足元の男女に視線を落とし、
「すまん……今の俺達には、ユーノに何もしてやれん……」
 謝罪の言葉を吐き出して、隊長が再度顔を上げる。
「で、もう1つの、何と言っていいのか分からない報せは何だ?」
【この子だ】
 ウィンドウの向こうで、青年が手にした赤子を掲げる。
「誰の子だ? 別段、怪我をしているようでもないが」
【分からん】
「分からん?」
【ああ。キャンプの外れに落ちていた。寝床らしい残骸と一緒にな】
「……よそから転送されてきた子か……」
 隊長は安堵の息を漏らした。これでユーノが『生きている可能性』が上がったのだ。転送の影響で即死していない、というだけだが。
【まあ、この子についてはすぐに親が見つかるかもしれんのが不幸中の幸いだがな】
 青年が産着の一部を指し示す。ミッドチルダ言語に読めなくもない文字が、書き込まれていた。
 それは、こう読めた。
 NANOHA、と。
 
 
 
 
 
 後書き
 
 KANです。『誓いを胸に』がまだ終わっていないのですが、これ、別の連載です。プロローグとあるように、さわりだけですけど。
 まあ、受信してしまったものは仕方なく、しかも形になりそう&こうして自分を追い込まないと風化してしまいそうでつい……
 一応『誓いを胸に』がメインですが、キーの乗り具合がよければ、こっちも出来るだけ更新していこうと思います。
 こっちの方が短いので、先に終わるかもしれませんが。
 では、また次の作品で。

 H22.11.1 初稿





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