第1話:コンタクト
 
 
「やあ、クロノ」
【喉は無事なんだな】
 通信を繋いでの最初の反応は、そんな言葉だった。
「正直なところ、少し痛みが残ってる」
【当たり前だ。あんな声をあげておいて、潰れてないだけ幸運だと思え。それにしても、思ったより早い決心だったな】
「用件が何か分かるんだ?」
 ウィンドウの向こうにいる黒ずくめの執務官は、苦笑いを浮かべると肩をすくめる。
【自分の無力を思い知った人間が取る行動というのは、意外と限られるものだ。諦めて日々を過ごすか、自棄になって破滅するか、それでもなお前に進むか。大まかに分けて3パタン。例外はあるが、君ともそれなりの付き合いだ。どれを選ぶかくらいは分かるさ。ところで、君は今謹慎中だって話だが、通信の方は大丈夫なのか?】
 ノルマ達成まで無限書庫からの退出禁止、並びに通信の禁止。集中治療室から戻って書庫長に言い渡された処分はそんなものだった。しかし今日のことをなぜ部署も違うクロノが既に知っているのだろう?
 こちらの疑問が顔に出たのか、あっさりとクロノは言った。
【こちらから通信を入れたら、応対してくれた司書が教えてくれた】
「まあ、書庫に残ってるのは僕だけだし。それにどういうわけか、その辺りの設定を任された担当者が、偶然にも通信関係のロックをかけ忘れててね」
【偶然か――まあ、そっちの話は後でいい。ところでメールを送ったんだが、そっちは閲覧可能なのか?】
 少し前まで読んでいたメールについてクロノが触れてきた。内容は、今回なのはが出動していた事案の報告書だ。
「うん、読ませてもらった。でも、武装隊の報告書をどうしてクロノがメールしてくるのさ? おかしいじゃないか」
【それが正式な書類ならな……ただ単に、報告書の作成者が偶然にもアースラでそれを作って、偶然にも完成一歩手前の奴を忘れていってな。くれぐれもよろしく頼む、と念を押された】
「……偶然の大安売りだね……」
 大体の事情は分かったので、ユーノはそれ以上何も言えなかった。
【で、本題に入るが】
 顔の前で手を組み、口元を隠すような姿勢で、執務官殿は続ける。
【僕に連絡をしてきたってことは、皆には知られたくないんだろう? その上で、君が望むことを成すには……うってつけがいるにはいる】
「うん。多分、クロノが今、思い浮かべてる人と、僕が望む人は、同じはずだ」
【でも、いいのか? はっきり言わせてもらうが、かなりきついぞ?】
 クロノの顔が、何か嫌なものを思い出したかのように歪んだ。彼がそうなるくらいだから、余程なのだろう。
 しかし、だからといって諦めるつもりはない。
「僕にはクロノやなのは達のような大きな魔力はない。今までが今までだから、下地もないし、積み上げてきたものも全く違う。今できることだって、偏ってる。それでも、決めたんだ」
 まっすぐに目を見て、ユーノは自分の意志を伝えた。少しの間を置いて、クロノは溜息と共に答えた。
【分かった。手配しよう】
「ありがとう」
 ユーノは素直に礼を言った。意外なことに、クロノとサシで真剣な話をする時は、歯車がかみ合うようにとんとんと進む。昔から会う度に憎まれ口を叩き合う間柄であったし、今も異常とも言える検索依頼の関係でいがみ合うことがしばしばだが、このあたり、自分でも不思議な関係だなと思う。昔エイミィが2人って結構似てる? などと言ったことがあるが、案外そういう部分もあるのかもしれない。
【ただ、分かっているとは思うが、最初に言っておく】
 クロノは咳払いして、頬を掻きながら言う。
【いくら成したいことがあるからと言っても、それだけに傾倒するなよ。後で苦労するし、周囲に余計な心配をかけるぞ】
 照れ臭そうに言ったのは、昔を思い出したからだろう。今現在の自分の境遇というか立ち位置は、過去のクロノと似ているのだ。もっとも深刻さで言えば当時のクロノと比べられるものではないが。自分はまだ、失ってはいないのだから。
 まあ無用な心配か、と呟くのが聞こえた。ウィンドウの向こうでクロノはマグカップの中身を啜って、軽く息を吐く。
【さて、君の考えを聞こうか。ある程度のことは、考えているんだろう?】
「基本を変えるつもりはないんだ。今からじゃ変えようもないし。だから、自分の得手をとことん伸ばして、そこからの応用で手札を増やしていこうと思ってる」
 攻撃魔法、というか射撃魔法は恐らく自分には馴染まない。砲撃なんて論外だ。
【結界魔法と、拘束魔法か。でもそれをどうする? チェーンバインドを改良して鎖で殴りつけたりするのか?】
「魔力で編んだ鎖じゃ、大した重量はないからね。何か効果を付加しないと打ちつけたところで多分攻撃にはならないよ。でもまあ、その辺りは色々考えてる。拘束魔法も、結界魔法も、使い方次第で攻撃に転用できるし。だから、クロノにはブレイクインパルスだけ教えてもらえればいい」
 ふむ、とクロノは考え込むと、少ししてから言った。
【となると、やっぱり近接戦闘、特に格闘技術の習得は必須だな】
「殴る蹴るは必要ないんだけど、相手に触れられる程度には。攻撃を捌けるだけでも御の字なんだけどね」
【あくまで援護に徹するのか……って、なあ、ユーノ】
「なに?」
【いや、君の目指す戦闘スタイル、完全に味方がいることを前提にしてるように思えるんだが。いや、正確には――】
「そう受け取ってもらっても、構わない」
 クロノの言葉を遮って、苦笑と共にユーノは答える。
 人には向き不向きがある。ユーノにとって攻撃魔法は不向きであり、そうである以上戦闘魔導師になれるとも思っていない。結界魔導師である自分には、援護しかできないのだ。自分がメインで戦うことは、この先も多分ないだろう。書庫勤務では絶対にあり得ないし、遺跡発掘でも単独行動は極めて稀だからだ。
 だから敵を倒す力は必要ない。自分を護り、味方を護り支える力、それこそがユーノが求めるものだった。攻撃手段を得るというのはあくまでおまけだ。
 クロノはしばらく黙っていたが、溜息をつくと口元を歪めた。
【まあ、君がそれでいいならいいが。さて、これからのタイムスケジュールだが、昇格試験は最近終わったばかりだからな。次までは間がある。それまでにどこまで力を伸ばせるかだが――】
「あー、クロノ?」
 どうやら勘違いしているらしいクロノをユーノは止めた。案の定、クロノは眉根を寄せ、
【何だ?】
「魔導師ランクを上げるつもりはないんだよ、僕は」
 は? と、目を見開いた。
【ちょ、ちょっと待て。戦闘魔導師を目指すんじゃないのか?】
「いや、そんなこと一言も言ってないんだけど」
 戦闘指南を頼んだのは確かで、そういう勘違いをするのも仕方ないのかもしれない。改めて、ユーノは問いをクロノに投げた。
「今のこのタイミングで僕が戦闘魔導師に転向したら、どうなると思う? 正確には、周囲がどんな反応をすると思う?」
【……あぁ、失念していた】
 画面の向こうでクロノが額に手をやり、天井を仰いだ。
「だから、こうしてクロノだけに話を持ち掛けてるんだ。それを自分から崩すつもりはないよ」
【だがそれだと、これからの行動そのものの理由が立つのか? 気付かれた時にどう言い訳するつもりだ?】
「ああ、その点は大丈夫。今後、司書と並行して遺跡の発掘とかもしていくつもりだったから、訓練しようって前から思ってたのは本当なんだ。だから、今回の件はあくまでそのためのものってことで」
 ユーノが無限書庫で働くにあたって、その条件があった。元々、スクライアの出身であるユーノは遺跡発掘が本業だ。今でこそ司書をやっているが、落ち着いたら古巣に顔を出そうと考えていた。そのための備えをするつもりではいたのだ。ただ、その時期が早まっただけのこと。
【じゃあ、本当にランクを上げるつもりはないのか?】
 念を押すように訊ねてくるクロノ。勿論、答えは変わらない。
「僕は司書を辞めるつもりはない。司書には魔導師ランクなんて関係ないし、必要ない。ランクを上げるって行為そのものが、そのまま現状の漏洩に繋がっちゃうよ」
【現状のまま、か……】
 クロノは残念そうに言った。こういう反応をされると、何を期待していたのだろうかと思ってしまう。
「ひょっとして僕を過大評価してる?」
【何を言ってる。確かに防御に特化してるとはいえ、2つのロストロギア関連事件を戦い抜いたつわものが、総合Aランクのまま、というのが腑に落ちないだけだ】
「戦い抜いた、って……僕は防御とサポートしかしてないじゃないか」
【ニアSランクのベルカ騎士を相手に1対1で一歩も退かなかったじゃないか。並の武装局員じゃそうはいかない】
「墜とされなかったってだけだよ。戦い続けても絶対勝てないんだから、その評価は間違ってる。僕の力なんてたかが知れてるって」
「……そんな事を言ってたら、ヴィータにアイゼン叩き込まれるぞ。『じゃああたしは、そのたかが知れてる雑魚すら墜とせねぇほど弱いってのか?』って】
 言われてその光景を想像してみる。炎を背負い、くろがねの伯爵を構えた、鉄槌の騎士の姿が容易に浮かび上がった。勿論ギガントフォームで。
 顔が引きつるのが分かった。クロノはそんな自分を見て笑っている。
【まあ、繋ぎが取れたらまた連絡する。どうせしばらくは君も身動きが取れないだろうしな。しかし、この貸しは大きいぞ?】
「じゃ、今後はクロノからの依頼だからって優先順位を上げないようにするよ。仕事に私情を挟んじゃ駄目だよね」
 意識して皮肉めいた笑みを作り、言ってやる。頻繁にではないが、たまにそういう便宜を図ったことは実際にあるのだ。
 降参とばかりにクロノが両手を挙げた。しかしすぐに表情を真剣なものに変えると、訊いてくる。
【ところで、最近書庫の方はいいのか?】
 ここ数ヶ月で、無限書庫は責任者が据えられたり、方針が変わったりと、慌ただしくなっている。ただ、他の部署は気にしないだろう。機能はしているのだから。あくまで今のところは、だが。
「まあ、僕はいち司書だからね。上の決めたことだし。することが変わる訳じゃないし」
 とりあえず、ユーノは言葉を濁すことにした。
【実績等を考えれば、君が書庫長をやるのが妥当だと思うんだが】
「局員待遇とはいえ一部門のトップに民間人を、しかもこんな子供を据えるわけにはいかないでしょ。それにそんなものに興味ないし。遺跡発掘ならともかく、組織の責任者なんて柄じゃないよ」
 管理局で働きたいからここにいるわけではない。この組織そのものには全く執着はない。膨大な知識には心惹かれるものがあるが、何よりもここには大切な人が、人達がいて。その力になりたかった。だから、ここにいる。
「まあ、この話はこれくらいで。そろそろ仕事を再開するよ。いつまでも缶詰は御免だからね」
【あぁ。なのはが目を覚ました時に見舞いに行けない、では話にならないからな。早々に片付けてしまえ】
「言われるまでもないよ。こんなの1週間――いや、5日で片付けてやるさ」
 普段ならともかく、今、仕事に拘束されるのはいただけない。量は多いが、徹夜を続ければ何とかなるだろうと判断する。
【それじゃあこっちのことは任せておいてくれ】
「ありがとう、クロノ」
 もう一度、礼を言う。クロノは何も言わずに通信を切った。
 
 
 
 ユーノは大きく息を吸い、ゆっくりと吐き出した。自分のしようとしていることを省みる。
 元々、結界魔導師であり、管理局員でもないユーノは、直接戦闘に関わることはない。P・T事件の時は当事者であったから、闇の書事件の時はアースラにいて、友人が巻き込まれたから関わったに過ぎない。ちょうど人材が不足していたという問題もあった。
 今のなのは達は管理局員であり、サポートもそちらから受ける。個人的な友人が介入する余地はなくなっている。だからこそ、別の面からサポートできればと無限書庫の司書にもなった。
 後方支援が重要なものだというのは理解しているし、自分の提供した情報が役に立っていると言われた時には素直に喜べた。しかし今回の件で、自分のいないところでなのは達が傷ついているという現実を、ユーノは見てしまった。しかも一番見たくない形で。
 2つの事件の時は微力ながらも直接支えることができたのに、今はそれができない。自分より優秀な魔導師がいくらでもいるということは分かっていても、何もできないのは歯痒かった。
 司書としての後方支援は今までどおり継続していく。これは入局当初から決めていたことなので、辞めるつもりはない。少なくとも管理局にいる理由がなくならない限りは。そして今後は間接的な助力だけで終わるつもりはない。だから、クロノに頼んだのだ。いざという時、一線に出られるだけの力を得るために。間接的にではなく、直接力になりたいから。
「でも、矛盾してるんだよね……」
 検索の準備をしながら、独り言ちる。
 皆に黙って力をつけて。それに何の意味があるのか。この先、自分が強くなれたとしても、それを知る者はいない。ユーノ・スクライアという個人についての情報は、友人内でも現状のままだ。何か事件が起こっても声が掛かることはないだろう。
 こうする、と正直に言ってしまえばいいのだが、それでもこの事を皆には知られたくなかった。あまりにもタイミングが悪い。無茶は止めろ、思い詰めるな、という意見が出るのは想像に難くないし、何よりなのはが勘違いして落ち込むかもしれない。自分がしっかりしていないからユーノを戦いの場に引き出してしまう、と。
 こんなことなら、もっと早く訓練することを話題に挙げておけば良かったな、と思う。そうすれば、ばれたところで何を言われることもなかっただろう。まあ、今更なことであるが。
「今は今できることをするしかないわけだけど……やれやれ……」
 前途多難だなぁ、と呟いて。ユーノは翡翠色の魔法陣を展開した。
 
 
 
 
 
 KANです。新年明けました。ということで、新年第1弾。外伝でございます。強くなろうとしても独りでは限度がある、ということで協力要請。
 この話のユーノとクロノは割と仲がいいです。検索依頼に関してや、皆がいる前ではその限りではありませんが。正直、本気でいがみ合うほど仲が悪いとは思えませんし、二期のラストでも普通に接してましたしね。
 それではまた、次の作品で。今年もよろしくお願いします。





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