第3話:訓練開始
 
 
【ユーノ、連絡が取れた。OKだそうだ】
「思ったより早かったね」
 仕事の合間、直接通信を送ってきたクロノの言葉に、ユーノは正直な感想を漏らした。手配を頼んだものの、受けてくれるかどうかは疑問だったからだ。
【向こうは向こうで暇を持て余していたらしい。主自身は穏やかに日々を過ごすことに不満はないようだが、自分達は退屈してきたところだったからちょうど良い、と】
 いかにも「らしい」言葉に、笑みが零れた。説得力がありすぎる。
「助かるよ。それで、いつから?」
【問題ないなら今日にでも。都合はどうだ?】
「今日は……うん、問題なし」
 スケジュールを確認し、答える。今のままなら、珍しく定時より少し遅いくらいの時間で上がることができそうだった。
【あちらはあちらで用事があって、本局へ来るそうだ。終わったら連絡を。訓練施設の予約は、彼女らの名義で取っておく】
「分かった。それじゃあ、また後で」
 通信を切り、ゆっくりと息を吐く。
「これで……ようやく……」
《スタートラインだな、ユーノ》
 胸元――服の下から声がした。それは相棒の声だ。
「うん。これからが本番だよ。君にも苦労を掛けると思うけど――」
《気にするな。そんなの些細なことだ。色々サポートは任せとけ。お前はお前の信じた道を進めばいい》
「うん、ありがとう。さて、それじゃ、仕事に戻ろうか」
《了解だマスター》
 今は、目の前の仕事に集中する時間だ。ユーノは検索魔法を立ち上げた。
 
 
 
 管理局本局――訓練施設。
 中に入ると、そこにはバリアジャケット姿のクロノが待っていた。そして――
「やっほーネズミっこ〜」
「お久しぶり、ユーノ。元気にしてた?」
 自分がクロノに依頼した人物達が待っていた。
 猫耳と尻尾を生やした2人の女性。1人はショートヘアで活発な、1人はロングヘアで物静かな雰囲気を持つ、ギル・グレアム元提督の、双子の使い魔。
「お久しぶりです」
 リーゼロッテにリーゼアリア。闇の書事件の時に知り合った2人に、ユーノは頭を下げた。
「今回は無理を聞き届けてくれて、ありがとうございました」
「なーに、そう畏まる必要はないって」
 パタパタと手を振りながら、リーゼロッテが笑う。
「退屈してたのは事実だしね。お父様が引退してから、身体がなまっちゃってさー」
「それに、まあ。私達のことを覚えていてくれたのも嬉しかったし」
 続いてリーゼアリアが微笑んだ。
「あんな事をした私達に、まさか声が掛かるなんて思わなかったから」
 微笑が、苦笑に変わる。その理由はユーノ自身も良く分かっていた。
 闇の書事件――はやてが魔法に関わる切っ掛けとなったあの事件で、リーゼ達はグレアムの指示で暗躍していた。ヴォルケンリッターの窮地を救い、こちらの捜査を妨害し、フェイトのリンカーコアを奪い、闇の書を暴走まで追い込んだ。全ては闇の書を永久封印するために。
 幾つもの譲れない想いが交錯した事件だった。結果として上手く解決した、とは言えるのだろうが、消せない事実は幾つか残った。結果、グレアムは管理局を辞めたのだ。
 犯罪云々はともかく、ユーノ自身はグレアムに恨みなど持っていないし、リーゼ姉妹に思うところがあるわけでもない。あくまで結果として、ではあるが。
 だから気にすることはない、と言おうとしたのだが、
「じゃあ、そろそろ始めるか。時間は有限だ」
 クロノが先を促した。そんな態度にリーゼ姉妹はお互い顔を見合わせ、肩をすくめる。そして、こちらを見た。
「一応、クロノから簡単に話は聞いてるわ。だから、魔法関係は私が、近接はロッテが教えることになる。まあ、クロノの時と同じね」
「基本的にはあたしの方がメインで、魔法関係はサブってことで。で、近接戦の方は実践あるのみって感じでビシビシいくつもりなんだけど、魔法の方はどうすんの? 色々考えてるって話だけど」
 クロノと以前話したとおり、ユーノ自身で考えていたことは幾つかある。ある程度は形にもなっている。ただ、やはり第三者の意見は欲しいのだ。
「ええ。それが実現可能なのかどうかの検証と、術式の構築に力を貸してもらえれば」
「それじゃあ、そこから始めようか。まずは、ユーノの考えを聞かせて」
 リーゼアリアの言葉に頷いて、ユーノは自分の案を口にした。
 
 
 一通り話し終えた後に待っていたのは沈黙だった。3人とも例外なく目を見開き、口を開けた状態で固まっている。
 話し始めた頃はこうではなかったのだ。時折相槌を打ち、時折首を傾げる。ごくありふれた、初見の反応だった。それが途中から驚愕の表情に変わり、今はこの有様だ。
 このままというわけにはいかないが、どうしたものかと考えていると、3人が再起動した。
「おっどろいたー……」
 リーゼロッテが耳をパタパタと動かし、
「え、ええ。まさかここまで考えが及ぶなんて。普通の魔導師だとどうしても攻撃魔法に意識が行くから、こんな発想は多分しないし、できない」
 リーゼアリアが複雑な表情で尻尾を揺らし、
「……よくもまあ、補助系をここまで活用しようなんて考えられたな……」
 クロノは深々と息を吐いた。やはり何か不備があったのだろうかと不安になり、問う。
「そ、そんなにおかしい?」
「いや、正直に言うと、呆れ半分尊敬半分ってところだ。これが全部実現できるなら、支援役としては十分……いや、十分すぎる」
 しかし返ってきたのは賞賛の言葉だった。リーゼ姉妹もうんうんと頷いている。
「何だかクロノに褒められると背中がかゆくなってくるんだけど……」
「僕もだ。まさか君を正面から褒める日が来ようとは思ってもいなかったよ」
 同時に苦笑いを浮かべる。が、それはそれとしてだ。
「でも、あくまで机上の空論です。実現できなければ意味がない」
 考えるだけなら簡単だ。問題は、それが実践できるかどうか。いくら多くの考えが浮かんでも、それが使えないのでは意味がないのだ。
 そうね、とリーゼアリアが口を開く。
「補助系の魔法は、タイミングを掴めるようになれば即使用可能よ。魔法の改良の方は、ある程度は術式も考えてるみたいだから、こっちで検証してみるわ」
「はい、よろしくお願いします」
「しかしこれだけのアイデア、よくも出せたものだな。何か参考にしたものでもあると見たが」
 無限書庫か? とクロノが問うてくる。
 確かにあそこは知識の宝庫。探せば遺失魔法やらも出てくるだろう。が、遺失魔法というのは失われるに足る理由が存在するものだ。そしてその理由は、使用に制約があるものが多い――魔力であるとか条件であるとか。となると、ヒントにはなってもそれを使えるようになることは多分ない。
 故にユーノは既存の魔法を応用することから始めた。もちろん、発想のヒントは別にあるのだが。それは――
「いくつかは、海鳴にいた頃に見たアニメとか、マンガとか」
 なのはが学校へ行っている間に見たTVアニメであるとか、図書館や本屋で見たマンガ。それからインターネットと呼ばれる情報通信網から検索した知識。それらがタネだ。
「は……!?」
「いやいや、これがなかなか侮れないんだよ。魔法が存在しない世界なのに、そっち方面や現状以上の科学力とかの想像力はすごいんだから。再現は無理でも、発想は使えたんでね」
「あー、確かに日本のアニメとかマンガはすごいって言うからねぇ」
「国外にも輸出されてるって聞いてる。なるほど、そういうアプローチもあるのね」
 クロノは呆れたが、リーゼ姉妹は何故か感心していた。まあ、今は地球に住んでいる2人だし、主は地球の出身だ。同じ世界の日本という国について、色々知っていても不思議ではない。
 まあ、ユーノとてそれ程詳しいわけではないが。海鳴にいた時期も短かったし、その頃は今のような決意もなかった。あの頃、今と同じ気持ちを持っていれば、もっと貪欲にネタを漁っていただろう。
「じゃ、話はこれくらいにして、そろそろ始めよっかー」
 パン、とリーゼロッテが手を叩いた。
 
 
「とりあえず、組み手ね」
 近接戦闘の師匠は、準備運動が終わるとそう宣言した。
 リーゼアリアとクロノは下がり、先程ユーノが渡した術式構成の検証に入っている。
「え、と……いきなりですか?」
 こういうのはある程度、型から入ったりするんじゃないだろうかと思っていただけに、意外な一言だ。しかし師匠はちちちと指を振る。
「ユーノが欲しいのは、まずは自分の身を護るための技術でしょ? だったら、型云々とか基本云々より、実践でやった方が早いって。もちろん基本は大事だし、格闘技を修めるのが悪いとは言わない。それを独学で学ぶってのを止める気はないけど、まずは身体が動かないとね」
 そういうものなのだろうか、と思うが、それでもクロノを鍛えた魔導師の言うことだ。何の根拠もない、ということはないだろう。
「じゃ、そゆことで。一応プランとしては、防御をある程度できるようになってから攻撃に移行するつもりだから。組み手って言っても、こっちが攻撃を仕掛けるから、ユーノは対処に専念すること。最初はゆっくりと出すから、自分で考えて動いてみて。スピードは段々上げていくから」
「い、いきなりで本当に大丈夫なんですか? 僕、格闘に関してはまるっきりの素人なんですけど……」
 ただ、不安は拭いきれない。ついつい確認の意味で訊いてしまったのだが、
「あたしだって、特定の格闘技なんて修めてないもの。だーいじょーぶ。優しくしてア・ゲ・ル♪」
 返ってきたのは上機嫌な声と、獲物を見つめるような瞳だった。
 
 
 最初は本当にゆっくりだった。素人であるユーノが手を抜いても捌けるくらいの。それが普通の速度になり、やや速いと思える速度になり――捌くのが精一杯、というのが今の状況だ。

「ほら、目を閉じない! 回避に必要な情報を自分から拒否してどうするの!?」
「そ、そんな事言われても咄嗟だとつい――」
「恐いのは攻撃じゃない! 攻撃が見えないことを恐いと思いなさい!」

「1つを避けることだけに集中しない! 常に次を考えて、自分がより避けやすいように、相手がより攻撃しにくいように、位置を考えて動くの!」
「そんな余裕は――!」
「ないなら作れるようになれ! 人間の四肢の可動範囲なんて限られてるんだから!」

「体格差や能力差も考慮に入れて! 真っ向から相手に立ち向かえるなんて考えちゃ駄目! 受け止めるんじゃなくて、受け流す!」

 その都度の指導を噛みしめつつ、必死に身体を動かす。しかし運動不足――本格的な格闘の経験など皆無なユーノに、この指導はきつすぎた。
「よーし、少し休憩〜」
 その言葉と同時に、ユーノは床に倒れ伏した。打撃と身体の酷使で、あちこちが悲鳴を上げているのが分かる。しかしここで弱音を吐くわけにはいかない。覚悟をした上で、ユーノは頼んだのだ。だったら、乗り越えるしかない。
「どう、ネズミっこ。きっついだろ?」
「こっ……これくら、い……そ、それに、ネズミじゃありません……」
 やせ我慢でしかない自身の言葉に力は込められなかった。しかしリーゼロッテは嬉しそうに笑う。
「おお、口がそれだけ動くならまだ大丈夫だぁねぇ」
「ロッテ、最初から飛ばしすぎ」
 見学に回っていたリーゼアリアとクロノがこちらへとやって来るのが見えた。リーゼアリアの言葉に、しかしリーゼロッテはこちらを見ながら、
「いやー、必死にこっちの攻撃を躱そうとするユーノを見てると、つい、こう、ムラムラと本能の部分から――」
「まあ、確かに……いぢめたくなってくるのは分かるけど、自重しなさい。それに、フェレットはイタチの類だから、むしろ私達と同類よ?」
 そう言うリーゼアリアもこちらに流し目を送ってくる。
(ああ、あの目はロッテさんと同じ目だ……口では同類と言いつつ、こちらをネズミと捉えている目だ……)
 性格は違うはずだが、やはり双子の本質は同じらしい。きっと魔法戦に入ったら同じように嬲られるのだ……
「ぼ、僕は人間です……フェレット型の使い魔じゃありません……」
 未だに自分を使い魔か何かだと思っている様子の2人に、精一杯の抵抗を試みる。しかしそれを叩き落としたのは黒い執務官だった。
「何を言う。同じようなものだ。特に、今のお前がしていることを考えればな」
「うるさいよ、クロノ……」
 口では否定するが、そんなものかもしれない、と頭のどこかがそう思う。今の自分の行動の全ては1人の少女へ繋がるのだから。その使い魔、と揶揄されても当然と言えた。
 いつまでも寝ていられないので、何とか身体を起こした。それでも立ち上がれず、その場に座り込む。呼吸を整えていると、リーゼアリアがウィンドウを開きながら言った。
「ユーノ、魔法の方はひととおり術式のチェックをしてみたわ」
「ど、どうでしょう?」
「ええ、十分実現可能よ。付加効果を付けた分は、どうしても本来の強度が保てなくなるけど、それは承知の上でしょう?」
「現実から目を背けるつもりはありませんよ」
 理想は勿論、強度を保てたまま付加効果を付けることだが、世の中そう甘くはない。既に完成している術式に手を加えるのだから、当然ほころびは生じるのだ。
「そう。それじゃ、もう1つ。考えたって事は、使うって事。でも、本当に使えるの? いえ、使う覚悟があるの? 特に非殺傷設定ができない魔法について」
 考えた術式の中には、幾つかそういう魔法がある。発生効果上、非殺傷設定が不可能な魔法だ。考えていた時にはそれ程気にも留めなかったが、いざ口に出して問われると、言葉に詰まった。だが、
「……使わなくちゃいけない場面があるなら……使います。いえ、使えなきゃいけませんし、使えるようにならないといけません」
 なのはに偉そうなことを言った手前、自分も覚悟を決めなくてはいけない。いや、もう決まっていた。後は、その時にどれだけ躊躇せずにそれを実行できるかだ。
 リーゼアリアは苦笑いを浮かべただけで、それ以上は言及しなかった。ウィンドウを操作しながら続ける。
「後は……君の場合、魔力量がネックになる。だから、魔力の効率的な運用を重点に磨いていこうか。まあ、今でもかなりのものだから、こっちはすぐに卒業ね。そうしたら魔法戦闘の方へ移るから、そのつもりで」
「はい、よろしくお願いします」
「さーって、それじゃあ続きと行こうかー。やるよ、ユノスケー」
「はい、って……何ですかそのユノスケってのは?」
 奇妙な呼び名に眉をひそめるが、リーゼロッテはニッコリと笑うだけだ。
「クロノがクロスケだから、ユーノがユノスケ。ユーユーでもユノユノでもいいけど?」
「……普通にユーノって呼んでくださいよ……」
 再開前から、別の意味でユーノは疲れた。
 
 
 
 自室に戻った時には、言葉を発する気力すらなかった。というか、どうやって自室に戻ったのか記憶が曖昧だ。
 時間にすれば2時間程度だが、内容はとても濃い訓練だった。初日ということもあったが、これが続くのかと思うと恐ろしい。
《おい、ユーノ。大丈夫か?》
「……」
 返事を返すのが億劫だった。このままベッドに倒れ込み、泥のように眠りたい――
(おら、ユーノ。そのまま寝るんじゃねぇぞ)
 と、頭の中に文字が走った。スプリガンが持つ情報連結機能の応用で使用する、脳内チャットとでも言うべきものだ。利点は、現時点で盗聴される恐れが全くないことと、こんな状態でも使えることか。
(いや、もう限界……orz)
(いいから寝るな。その前にシャワー浴びて汗を落とせ。そんなんじゃ、明日の朝は時間の余裕が取れねぇだろうからな。身だしなみは大切だぞ)
(別に……いいんじゃないかな……どうせ書庫での勤務だし……)
(阿呆。そんななりで出勤してみろ。古参の連中に勘ぐられたらどうすんだ馬鹿)
 そう言われて、ユーノは意識を現実に引き戻した。
 そう、今の自分を誰かに知られるわけにはいかない。特に知人には絶対に。自分はあくまで無限書庫の司書であり、それ以上ではないのだ。
《ったく……おら、魔力負荷を一旦解除するから、とっとと用事を済ませちまえ》
 ふ、と身体が軽くなった。戦闘訓練時以外は常に纏っている魔力負荷がなくなったのだ。自分で試してみて分かったが、よくもまあなのははこんな状態で日常生活を送れていたものだと感心する。慣れれば少しは違うのだろうが、今の自分にはかなりきつかった。まあ、限界が来る前にスプリガンが負荷を調整してはくれているが。
《とりあえず、リーゼ姐さん達との訓練日程については、メールで調整しとくからな。お前の今の体力じゃ、連日は不可能だ》
「うん……やっぱり体力増強を第一にするべきだと思った……」
《その辺のスケジュールは組んでやる。食事とかもカロリーから栄養から全部調整してやるからその辺は任せとけ》
「頼むよ……」
 服を脱ぎながら浴室へ向かう。服はそのまま放置だ。
《あーあ……脱いだ服ぐらい片付けろ。誰か訪ねてきた時、みっともねぇだろ》
「明日の朝、片付けるよ……」
《あんまり溜め込むなよ。後が大変なんだからな――お前が》
「分かってる……」
《それから今日の訓練のまとめ、今晩中に整理しといてやる。明日、仕事の合間にでも確認して復習だ》
「うん。苦労かけるね……」
 浴室に到着。やや熱めに設定したシャワーを浴びる。朦朧としていた意識が、幾分はっきりしてきた。
「ああ、リーゼアリアさんに見てもらった術式、今の内にチェックしとこうか。疑問点とかあったら次の時に聞きたいし」
《今はさっさとシャワー浴びろ。それから寝ちまえ。後は全部明日だ》
「そうする……」
 また意識が途切れ始める。
 
 
 
 気がついたらベッドの上、次の日の朝だった。

 
 
 
 
 後書き
 ユーノの訓練がようやく始まり。既に予想されていた方もいますが、教師役はリーゼロッテ&リーゼアリアのぬこ姉妹です。ユーノの知り合いで、人にものを教えられて、かつなのは達と接点が薄く、秘密を守ってくれる人材、となると他に思いつきませんでした。それぞれ近接戦闘と魔法戦闘のスペシャリストですしね。
 それではまた、次の作品で。





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