第4話:発覚 振り下ろすような一撃を、ユーノは後ろに跳んで躱した。回避には成功したが、行動自体は間違っていたかも、とすぐ思う。相手の次の一撃は間を置かずに迫っていたから。 「はい減点〜♪」 にこやかに言いながらリーゼロッテが繰り出してきたのは直蹴り。真っ直ぐ向かってくるそれを見て考える。 (次撃を出しにくくさせるなら――こうかっ!?) 思考は一瞬。身体を横にして腕を内から外へと振り抜く。受け流した蹴り足が外へと流れ、リーゼロッテの体勢が僅かに崩れた。 「おお……今のはイイ感じだね〜」 しかしそれも一瞬のこと。くるりと身を捻って猫の師匠は体勢を立て直す。 「今は回避だけに専念させてるけど、いずれはそこから攻撃に転じなきゃいけないからね。今みたいに相手を崩して、そこから攻め込むってのは基本みたいなもんだから、覚えておくよーに」 「は、はい……」 息を整えながら、答える。手加減してもらっているとは言え、これでもかなりキツイのだ。というより、今の限界ギリギリを引き出されているような気もする。 「じゃあ、次を行くぞー」 リーゼロッテが無造作に近付いてくる。ユーノは身構えて攻撃に備える。 (おーいユーノ、ちょいと話があるんだけどよ) 不意に、頭の中に文字が走った。 (何さ? 今、取り込み中だよっ!?) その瞬間を狙ったように来たリーゼロッテの攻撃を必死で捌きながら、ユーノは相棒に文字を返した。 (いや、それは分かってるんだがな、1つ提案があ――) 「ごふっ!?」 が、会話に一瞬だけ意識を逸らした結果、腹に強烈なのをもらってしまった。呼吸が止まり、ユーノの意識は闇に沈む。 (……) (わ、悪かったって……だから機嫌直せ、な?) (……) 三点リーダーで無言の圧力を掛けてやる。焦った様子でスプリガンが謝ってくるが、正直、さっきのはきつかった。どれくらいきつかったかと言うと、気がついたらどこかの川の前に立っていて、その向こうにどこか気怠げな顔をした、見覚えのある黒ずくめの女魔導師が見えたくらいに。 (おーい、ユーノー……(汗)) (で、何の用?) が、拗ねていても始まらない。いくら何でもこんな時に下らない用件を言う相棒ではないからだ。気を取り直して問う。 (いや……お前が頑張ってんのに何もしないのはアレだからな。俺も力になろうと思ってよ) (それは嬉しいけど……格闘戦で君が協力できる事ってあるの?) (ロッテ姐さんの攻撃パタン、前回のと合わせて収集してる) (で?) (シミュレータに転用するつもりではあるが、それだけじゃつまらねぇからな。お前が指示どおりに動ければ、痛い目を見なくて済むぞ) (言うだけなら簡単だけどね) 申し出自体は有り難いが、有効かと考えると疑問が残る。 要するに、情報があっても身体がついていかないのだ。例えどのような攻撃が来るか分かっていても反応できない。 それはスプリガンも分かっているようだった。 (まあな。肉体の鍛錬は始めたばかりだし、ロッテの姐さん程の近接戦闘の熟練者相手に、身体が反応できるかってと無理だ。だが、手加減してくれてる今なら、ギリギリだがいける。今後もし、お前が戦場に立つってんなら、俺が集めた情報、有効に活用してみろ) どこまでやれるかは分からないが、今後のことを考えるなら、今の内に試しておいてもいいかもしれない。 (よし、やってみようか。でも、どうやってナビゲートを?) (お前の目にロッテ姐さんの攻撃軌道を投影する。今のところ、攻撃パタンは6程度だしな) (え、そんなに少なかった?) 今までの訓練では、そんな感じではなかったが。というより、パタンどおりの攻撃を出していることにもユーノは気付けなかった。 (途中でいくらか派生してるけどな、基本パタンはそんなもんだ。まあ、やってみろ) 「ユーノ、大丈夫?」 こちらに回復魔法をかけながら、リーゼアリアが声を掛けてきた。ああ、自分はダウンしたままだったなと今更ながらに思い出す。 「だ、大丈夫です……」 「無理は駄目よ? まだ先は長いんだから。こんな所で潰れるわけにはいかないでしょ?」 「ええ……だから、次をお願いします……」 立ち上がって、ユーノはリーゼロッテと対峙する。向こうは少し困ったような表情で、頬を掻いていた。 「ユノスケ、やっぱり少し休んだ方がいいんじゃない? そろそろ休憩入れようかと思ってたところだしさ」 「じゃあ、あと少しだけ……お願いします」 ここで休憩を挟んだら、恐らく反応がいくらか鈍る。リーゼロッテの攻撃に目が慣れているうちに、試してみたいのだ。 「ん……じゃあ、続けるよ」 「ユノスケ〜?」 「は、はひ……」 とってもイイ笑顔を浮かべているリーゼロッテは、恐かった。 「面白い動きするねー。攻撃パタンが全部分かってるみたいにさー」 ダラダラと流れ落ちる冷や汗を、ユーノは止められなかった。 結局、目論見は成功した。先程よりも若干速度が落ちていた攻撃は、スプリガンから与えられた攻撃予測情報と完全に合致、見事に全弾回避することができた。2度目は途中で予測情報が変更されて慌てたが、ギリギリ回避。 しかし3度目。ここでユーノはミスをしてしまった。ユーノは予測情報に従って身体を動かした、そこまでは一緒だったのだ。しかしリーゼロッテは途中で攻撃を止めたのである。どうやらあまりに見事な回避行動を不審に思ったらしい。 そう来るとは想像もできず、しかしユーノの身体は次撃が来ることを前提に動いてしまった。何もしていないロッテの前で、回避行動を取ってしまったのだ。 「どうして、出すのを止めた攻撃、その次に出す『予定だった』攻撃に対する回避行動なんて取れたのかなー?」 一歩、また一歩と猫の使い魔が近付いてくる。逃げたくても逃げられなかった。いつの間にか、バインドで固定されていたから。 「ひょっとして、何か特殊な魔法を常時展開してる?」 こちらは興味深げに、いつの間に背後に回ったのか、腕を回してくるリーゼアリア。 「ユノスケ? 素直に吐いた方が、楽だよー?」 わきわき、と。手に変な動きをさせるリーゼロッテ。とっても嫌な予感が背筋を走っていった。いや、背中は別の意味でピンチというか。肩に顎を乗せているリーゼアリアの、その―― (あ、当たってる当たってる! 顔近いですリーゼアリアさん! リーゼロッテさんも何ですかそのいやらしい手つきはっ!?) (おいしい思いしてるな、ユーノ(笑)) (冗談じゃないよっ!?( ゚д゚))(あーっ! 耳に息を吹きかけないでっ!) 明らかにからかい文体のスプリガンに文字を返す。思考と文字がごっちゃになっているのが自分でも分かるが、どうしようもない。 そして頼みの綱のクロノに視線を向けると―― (……くそっ、シスコン執務官めっ!) 心の中で罵った。クロノはどこか遠い目を、明後日の方へと向けていた。しかしどこか疲れたような顔、というか引きつった口元は、何かに耐えているようにも見える。それで悟った。彼も同じ道を歩んでいたのだと。 だがそれとこれとは別だ。このままでは食われる――! 《いや、俺が口を出した。すまねぇな、リーゼ姐さんよ》 が、救いの手は相棒が差し出してくれた。リーゼロッテの動きが止まり、リーゼアリアの身体が離れる。クロノも視線をこちらに向けてきた。 「ユーノ……君、いつの間にデバイスなんて入手してたんだ?」 そんな疑問の声を聞きながら、そういえば誰にも話してなかったっけと思い出す。 一方のねこ姉妹はスプリガンに興味を持ったようだった。背後にいたリーゼアリアが横手に回ってこちらの胸元を見る。ユーノは服の下からスプリガンを引っ張り出した。購入当時、ただのプレートだったスプリガンは、紐を付けて首から提げて持ち歩いている。 「ユーノ、それインテリジェントよね? それともブースト?」 《俺はインテリジェントだ。それにブースト機能も持ってねぇよ。まあ情報処理とその提供に特化してるだけだ》 「情報処理特化……直接見たことはないけど、何年か前に技術局が試作してたデバイスに、そういうインテリがあったような気がする」 意外なことにリーゼアリアはスプリガンを――情報連結機能搭載型デバイスを知っているようだった。 「まさかあれか? 話を聞いた時には期待したんだが……魔導師への負荷が大きすぎるってことで廃案になったはずだが」 そしてクロノも。当時は注目されていた機体なのだな、とユーノは相棒を見る。まあ、ここにいる人達には知られてもいいだろう。 「それのことだよ。実は少々事情があって……」 ユーノはスプリガンを入手した経緯を話すことにした。 「まさか、廃棄処分されたはずのデバイスがそんなことに……」 これは横流しじゃないのか? と法の番人は複雑な顔でスプリガンを見ている。が、今更スプリガンを管理局に返す気などユーノにはない。どうせ誰にも使えない機体なのだ。スプリガンの気持ちは分からないが、死蔵されるよりは今を選ぶだろう。 「でも……すごいわね。ここまでのことができるなんて。これでユーノの動きが完全に追いついたら……」 「まーね。実現できれば脅威と言えるけど――」 リーゼ姉妹は先程の手合わせのことを踏まえてスプリガンを評価していたが、 「残念ながら行動予測は使えない」 リーゼロッテはきっぱりと言い切った。 「うん、現状では無理」 リーゼアリアも同意し、クロノもそれを受けて頷く。 「だな。予測が100%でない限り、頼り切るのは危険だ」 まあ、分かっていたことではあるのだ。完全に相手の動きを読むなど、心を読みでもしない限り不可能で、仮にそれができても反応速度が追いつかねば意味がない。 「格闘向きじゃないねー。どっちかってと魔法戦向き?」 「そうね。アクショントリガーの把握で行動予測はできるし、射撃系魔法の弾道予測、誘導弾のパタン解析……でも、格闘でも使えるわよ。こちらからパタンにはめてやれば」 「パタンどおりに動くように相手を誘導すればいいのか。それならカウンターとか結構狙っていけるしー」 しかし全く使えないというわけでもない。やりようはいくらでもあるし、これから模索していけばいいのだ。 「でも訓練中は使わないこと。今鍛えてるのは自身の判断力とかだから」 「でもロッテ、これを止めるのは勿体ないわよ?」 「そうなんだよねぇ」 じ、と2人はスプリガンに視線を注ぐ。デバイスの存在を知ったことで彼女らの予定が変わりつつあるらしい。 「デバイスなしとデバイスありで、別々のメニュー組もっか。デバイス頼みとはいえ、ほとんどレアスキルみたいなもんだしね。普通の魔導師じゃ情報に潰されて終わりだもん。その分、訓練密度が薄くなるけど……いい、ユノスケ?」 「ええ。スプリガンは相棒ですから。連携が強められるのは望むところです。よろしくお願いします」 書庫業務だけでなく、戦闘でのサポートも期待できるのだ。断る理由はない。あらためて、ユーノは頭を下げた。 「無限書庫でも思ったけど、ユーノ、やっぱり君はすごいよ」 「え? 何がですか?」 こちらを見るリーゼアリアの顔には苦笑が浮かんでいた。 「類い希な能力を持っているのにそれを自覚してないところとか」 能力云々は、まあ、情報処理能力のことを言っているのだろう。自覚していないわけではなく、自分の周囲の人達に比べて誇れるほどのものではないと思っているだけだ。 「ところでユーノ」 しばらく黙っていたクロノが、口を開いた。 「スプリガンのことだが、形状はどうなっているんだ?」 「形状?」 「ああ。デバイスを用いた訓練もしなきゃならないだろう? 今の内にリーゼ達に申告しておけ」 そこまで言われてようやくユーノはクロノの発言の意味を理解した。 「スプリガンは素体だけで、フレームはないよ」 「は? い、いや……済まない、よく聞こえなかった……」 頭を押さえながら、クロノが再度こちらを促す。が、言えることは同じだ。 「スプリガンは素体だけなんだ。フレームを構築していない。だから杖だったり斧だったりの形状はないよ」 《試作時にはそこまでしてなかったしな。それに、フレームがなくても俺の能力には支障ねぇし、ユーノのスタイルを考えりゃ手は空いてる方がいいしな》 一応、スプリガンと協議はしているのだ。そして出た結論が、両手は自由に使える方がいい、というものだった。 「まあ、君らがいいならいいんだが」 「支援専門なら、それ程必要な物でもないしねー。まあ、気が変わったら言って。そっちの方も考慮に入れてメニュー組むから」 パン、とリーゼロッテが手を叩く。 「それじゃあ、訓練再開しようか」 「はい。よろしくお願いします」 今はできることをするだけだ。意識を切り替えて、ユーノはリーゼロッテの前に立った。 ぽふっとユーノがベッドに倒れ込む。 戦闘訓練もまだ2回目。まだまだ訓練による疲労は大きい。 《そんじゃユーノ、ゆっくり休めよ》 「うん……スプリガンも程々にね……」 《ああ。おやすみ、マスター》 1分も経たないうちに寝息が聞こえ始める。 《さーて、と……それじゃ始めますかね》 ベッド横の机の上、スプリガンは端末を立ち上げてネットワークに接続する。気がついたら数年が経過していた身としては、今を知らねばならないのだ。そのあたりは無限書庫でユーノをサポートしながらニュースペーパーのデータを勝手に閲覧しているが、新鮮な情報は常にリアルタイムで収集する必要がある。こればかりは昔も今も変わらない。 (さーて、どうすっかね……) 情報の海を彷徨いながら考えるのは自身のこと。デバイスとしての在り方だ。訓練時に自分で言ったことではあるが、スプリガンはコアのみで運用されている。人間で言うところの身体は存在しない。それでも支障はないし、ユーノのスタイル上、武器としての自分は必要とされていない。その事はお互い話し合って納得した。 しかし、とスプリガンは思う。どうにかして他のことで役立てないものかと。 無限書庫の業務では自分の特性を最大限に発揮できている。イメージトレーニングのサポートや魔力負荷など、訓練面でも役に立てている。 (でもなあ……) 他に何かないか、と思うのだ。ただの物として放置されていた――デバイスとして死んでいた自分に、もう一度生きる機会を与えてくれたマスターに、報いたいと思う。 (武器として、ってのは要らないわけだ……書庫業務、戦闘、それ以外で何とか役に立てないものかねぇ……) そんな事を考えながら世界の流れを確認しつつ、構想を練る。今のユーノのスタイルを維持しつつ、なおかつ物質的な面でユーノをサポートできる形態。 ざっと図面を引いてみる。必要になりそうな物を過去のデータから抽出、検討し、候補をピックアップ。 (まあ、ユーノの相棒としては、こっち方面のサポートもできなきゃな) とりあえずの案はできあがった。後はこれを煮詰めてやるだけだ。 (で、これを完成させるには、先立つものと協力者が必要になるんだよなぁ) 最大の障害と言えるそれをどうにかするべく、スプリガンは1通のメールを作成し、送った。 後書き ユーノの訓練第2弾。そして、スプリガンとの初顔合わせ。裏でスプリガンが何やらやっていますが、まあそのうちに。 それではまた、次の作品で。 |