第1話:無限書庫
 
 
 
 時空管理局本局に、とあるデータベースがあった。
 しかしそこは知識の墓場だった。情報量は確かだが、あるだけの場所。情報がただ増え続けていくだけの、書庫と呼ぶのも無理がある混沌とした空間だった。そもそも、探索チームを編成して年単位の調査をしないと情報が見つけられないのでは、データベースと呼ぶのに無理がある。
 宝の持ち腐れ。そんな状況だったのだ。かつては。
 しかし、その場所にも変化が訪れた。
 闇の書事件、そう呼ばれるようになった事件が起きていた当時。闇の書についての情報を集めるため、書庫に入った者がいた。1人の少年魔導師と、2匹の使い魔。少年にとって、情報の検索というのは出身の関係もあってか相性が良かったらしく、ほぼ単身で必要な情報を集めていった。
 集めた情報がどれ程役立ったのかはともかく、その能力に注目する者が現れるのは当然のことで。事件終了後、少年は要請を受けて、書庫の司書として働くことになる。
 
 
 
 時は経ち――無限書庫。
 整理が進んでいると言っても『無限』の名を冠する場所だ。全ての情報を整理しきるにはどれ程の時間がかかるか見当もつかない。
 それに情報は日々増えていく。管理局が管理している次元世界の追加情報がそれだが、新たに次元世界が発見された場合、更にそこが管理世界に認定されると一気に情報が押し寄せる。その世界に人間がいて、管理局に関わるようになれば尚更だ。理屈上、一度に入ってくるよりも多くの蔵書を整理しなければ、し続けなければならないのだが、長年の無整理のツケがある以上、現状のままでは完全整理は不可能だというのがここで働く「まともな」司書達の共通認識だった。
 
 これは、そんな場所で働く少年司書の物語。
 
 
 
「ユーノ君。書庫長がお呼びだ」
 同僚の声で、ユーノは検索の手を止めた。視線を向ければそこにいたのは20歳ほどの男性司書。ここでは中堅に位置する職員だった。
「今度は何ですか?」
 内容に予想はついていたが、聞かずにはいられなかった。うんざりした声で問うと、同じくうんざりした声が返ってくる。
「多分、検索依頼の追加だろう……」
「また、ですか……」
 溜息をつく。まだ片付いていない仕事があるというのに、次から次へと追加が来るのは正直言ってきつかった。
 が、呼ばれた以上は出頭しなくてはならない。周囲の書籍を一度本棚へと移動させると、ユーノは飛行魔法を使ってその場を動いた。
 
 
 書庫長室。
「スクライア司書。検索の追加だ。この依頼を処理するように」
 年齢は確か40代後半だったと記憶している。恰幅のいい、と言えば聞こえはいいが、ぶっちゃければ肥満の小男は、ユーノが入室するなり目の前にリストを展開した。
 事務仕事をするだけにしては無駄に広い書庫長室の、これまた作業するには広すぎるんじゃないかと思わせる、無駄に豪奢な事務机の向こう側で、第97管理外世界に棲む両生類に似た顔の上司はふんぞり返っているだけで、それ以上の言葉はなかった。
 とりあえず、リストに目を通す。そこには検索内容と期限が記されていた。頭の中で今自分が抱えている案件を思い浮かべ、予定を組み直してみる。
「……今預かっている依頼にこれを加えると、期限までに終わりませんけど」
 現実を告げてやった。本当ならこちらが指摘するまでもなく、把握していて当然のことだ。なにせ書庫長――責任者なのだから。
「こちらを優先しろ。後のは遅れても構わん」
 しかし書庫長の口から出たのは意外な言葉だった。
「構わん、って……先に来た依頼を後回しにするんですか? 中には1週間前から受け取っていて締切間際の依頼だってあるのに」
「重要度の問題だ。つべこべ言わずに処理しろ。できないなら他の者に回すが?」
 無理だ、とユーノは断言できる。今の司書達のスケジュールはごく一部を除いて過密の一言に尽きる。他の司書に回せば、そちらの業務が滞るのが目に見えていた。
 だったら、自分がやるしかない。ここで一番処理能力が高いのはユーノなのだ。
「……分かりました」
 それだけ答えて、ユーノはそれ以上は何も言わずに退出した。
 
 
 仕事の続きをしようと先程の位置に戻ると、20代前半の女性司書がこちらへと流れて来るのが見えた。
「やほ、ユーノ君」
「ああ、ベッキーさん」
 無限書庫再開の頃から在籍しているベテランである女性は、傍で止まると書架エリア――書庫本体の出入口の方を見ながら問うてくる。
「また追加依頼?」
「ええ、今のを後回しにしていいから、って言われました」
「って、そんなことしたら、期日に間に合わないんじゃないの?」
 他の司書達はどうだか知らないが、ユーノ以下古参の司書は、司書達が抱えている仕事量を大まかに把握していた。こちらの仕事量を知っているベッキーは呆れた声を出す。ユーノはそれに頷きつつ肩をすくめた。
「ええ。通常時間内には終わらないでしょうね」
「また徹夜?」
「全てを期日までに済ませようと思ったら、そうするしかないです」
 いつものことですよ、とユーノは検索魔法の準備を始める。ベッキーは少しの間何やら考えていたが、
「……よければ手伝おうか? こっちはもう少ししたら余裕ができるよ?」
 と正直に言えば有り難い申し出を持ち掛けてきてくれた。しかし、その言葉に甘えるわけにもいかない理由がある。
「いえ……そっちも完徹2日目でしょう? これ以上無理したら身体が保たないですよ?」
 古参の司書というだけで、他の司書達よりも業務量が多いのが今の無限書庫だ。ベッキーも決して少なくない案件を抱えている。それが分かっているからこそ、頼るわけにはいかなかった。
「が、そう言うユーノ司書は、4日目だと思ったが?」
 背後から声が掛かる。そこにいたのは検索魔法で仕事を続けている中年司書だった。
「そうなんですよアランさん。それなのにユーノ君ってば遠慮しちゃって……」
「いえ、ちゃんと寝てますから、これでも」
 不満げなベッキーをなだめながらユーノは弁解するのだが、
「検索の合間に空間を漂うことを寝るとは言わん」
 ぴしゃりと言い切られてしまった。
「子供があまり無理をするものではないぞ」
「子供でも大人でも、ここで働く司書に違いはありませんから」
 アランが心配してくれているのは分かるが、現実は厳しい。実際の所、無理をしてでも働かなければ部署が回らないのだから。
「それに、検索だけに追われるわけにもいきませんし」
「それはそうなのだがな……」
 もう1つの問題を指摘すると、アランは溜息を吐いた。
 実のところ、本来の業務である蔵書の整理が全く進んでいなかった。検索依頼を優先され、作業が止まっているのだ。故に、未整理の書籍やデータは増える一方だった。
「時間を見つけて整理もしないといけませんしね」
「そんな時間、どこにあるやら……」
 同じく嘆息するベッキーの言葉は、それが難しいことを示していた。今の無限書庫にそのような余裕はないのだ。
「まあ、できることから片付けていきましょう」
 そしてユーノも、溜息をつくのだった。
 
 
 
 検索は続く。1つの依頼が片付くと、次の依頼が待っている。途切れることのない資料請求にはうんざりするが、片付けなければならない。
 一旦手を止めて、ぐ、と身体を伸ばすと、コキコキと関節の鳴る音がした。何げに時間を見ると昼を過ぎている。一度集中すると、時間などあっという間だ。そういえば少々腹が減ってきた。そろそろ何か食べないといけないか、と考えたその時。
「ユーノ君、パース」
 声と共に、こちらへ流れてくる段ボール箱。それを受け取って、ユーノは声の主を見た。
「すいません、クラウドさん。買い物なんて頼んで」
「なに、ついでさ」
 20代前半の最古参司書は、気にするなと笑いながら、しかし次には眉をひそめた。
「しっかし11歳の買い物じゃないな。たまには食堂とかで食った方がいいぞ」
 クラウドが言うのは箱の中身のことだ。この中に入っているのは、ユーノが頼んだとおりの物ならば、カロリーブロックと、野菜ジュースのパック、眠気覚まし用のハーブ飴だけ。つまりは、ここ最近のユーノの食事類だ。
「時間があればいいんですけどね」
 外に出て、食堂へ移動し、食事をして戻ってくる。それができるのが理想だが、その時間が今は取れない、というか惜しいのだ。
「ま、何かあったら言ってくれ。多少なりとも力になれれば、と思ってるからな。頑張れオトコノコ」
 諦め気味に息をついて、クラウドが手に持っていた別の箱をこちらへ寄越してくる。
「これは?」
「俺からの支援。カロリーだけじゃなくて、各種栄養も摂らなきゃ駄目だぞー育ち盛り」
 そう言って、クラウドは最近の彼の所定位置になっている場所へと身を翻す。
 受け取った箱を開けてみると、中に入っていたのはサプリメントのケース。健康食品マニアを自称する彼らしい支援だった。
「ありがたくいただきます」
 礼を言ってユーノは自分の買い物の中からカロリーブロックを取り出し、遅めの昼食を開始した。
 
 
 
 電子音と共に開く小さなウィンドウ。表示されているのは現時刻。定時終了の合図だった。書庫内は一面が書架で時計がなく、検索に集中していると、こうでもしないと時間の流れが掴めないのだ。
「もう、こんな時間か」
 ユーノは別のウィンドウを開いた。示されたのは無限書庫職員の勤務状況一覧。司書達の名前がずらりと並んでいるが、その中で灯の消えている名がある。退勤を意味するそれは、書庫長と、その取り巻きとも言える司書達の名前だった。
 定時と同時に消えている。というか、今日はその司書達を見ていない。ひょっとしたら来ていないのかもしれない。書庫長とは顔を合わせているが、書庫長室から出て書庫へ来ることは滅多にない。時間前に帰っている可能性は十分にあった。
 まあ、いつものことと言えばそれまでなのだが。
「……さ、頑張ろうか」
 やることは変わらない。今はただ、受けた依頼を片付けるだけだ。
 問題が山積みな無限書庫で、ユーノは検索魔法を再開した。
 
 
 
 
 
 すっかりご無沙汰だったKANです。
 ようやっと筆に勢いがついたというか……いや、勢いはあったんですよ。こっちじゃなくて、某スレの方では、ですが……これ書き上げるまでにいくつ投下したことか……

 まあ、それはともかく。もう1つの外伝、無限書庫日誌です。
 無限書庫の詳しい設定はなく、ユーノの司書長という肩書すら、実際どの程度のものなのかが不明。司書達はどのように仕事をしているのかとか、どんな体制なのかとか。殺人的な検索依頼はあり得るのかとか。
 そういったあたりの疑問や興味を自分なりに考察し、妄想・捏造してみようかなぁ、と。この話の都合上、オリキャラ比率が上がりますが、司書Aとかじゃ締まらないので……とは言え、名前なんかはアルファベット順だったりするお手軽さw
 
 それではまた、次の作品で。





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