第2話:見舞い
 
 
 
「思ったより元気そうだったねぇ」
 廊下を歩く中、嬉しそうなアルフの声が響く。
 集中治療室に入って3日後、なのはは目を覚ました。それから2日に渡って各種の検査が行われ、身体機能は完全に回復していなかったが命の危険はないとの判断が下され、なのはは一般病棟の個室に移された。
 それに伴い面会許可が下りたことで、フェイトははやて、ヴィータ、アルフと共になのはの見舞いへ訪れ、今はその帰りだ。リインはメンテナンスのため、ここにはいない。
「うん。なのはが無事でよかった」
 一時はどうなることかと思った。運び込まれた時はただひたすら絶望しかなかったが、直接会って話ができたことで、すっかりそんなものは吹き飛んでしまっていた。目を覚まし、話もできる。こんなに嬉しいことはなかった。が、それはそれとして、だ。
「ユーノくん、来ぃへんかったね。どうしたんかなぁ」
 はやての漏らした呟きが、意識の隅に追いやっていた事実を呼び起こした。
「うん。来ると思ったんだけど……」
 どうにも、あの時から彼の様子がおかしい。無限書庫が忙しいのは分かるが、あれからただの一度も連絡はなかった。ユーノとなのはの仲の良さを知っているからこそ、容態の確認すらないというのは、いくら何でも異常だった。
「なんだいフェイト。知らなかったのかい?」
「はやても知らなかったの?」
 先を行くアルフが振り返って、不思議そうに言った。後ろからも、同様のヴィータの声。何のことだろう、とはやてと顔を見合わせ、問う。
「何が?」
「ユーノさ、今は書庫に缶詰なんだよ」
「そりゃ仕事は大切や。でも、大切な友人――恐らくそれ以上の想いを持ってるコが、生死の境を彷徨ったんやで? そこをどうにかして少しでも時間を作るんが、男ってもんやろ?」
 どうやら自分と同じ想いを持っていたらしいはやてが、不満げに言った。しかしアルフが違う違うと手を振って、
「仕事で来られないんじゃなくて、書庫から出してもらえないんだよ」
 と、理解しかねることを言った。それにヴィータが続く。
「あいつ、あの日から書庫で謹慎中なんだ。向こうからはもちろん、こっちからの通信もメールも緊急の用件以外は取り次げねーってさ」
「え?」
 思わず、はやてと揃って声を上げてしまった。アルフとヴィータの言葉が指す意味は、つまり、来たくても来ることができない、ということ。
「な、なんでそんなことになってるの!?」
「仕事サボったからだよ」
 叫ぶように問うと、しかしアルフの方はさも当然のように言う。
「この間、なのはが担ぎ込まれた日にさ、ちょうど急ぎの案件があったらしいんだよ。それをユーノが担当してたんだけど、連絡入れた直後に何の断りも入れずに仕事ほっぽり出して駆けつけたもんだから。そりゃあ罰を受けるのも当たり前さね」
 それを聞いて、そこまですることかと思いかけて。あの時を思い出した。あの場にいたメンバーを。
 なのはと一緒にいたヴィータは当然として、待機状態だったはやてとヴォルケンリッター。任務終了後に連絡を受けて急ぎ駆けつけた自分達、アースラメンバー。つまりは、手の空いている者、空いた者だけだった。
 しかしユーノは違う。先のアルフの話どおりなら、連絡をした時には緊急性の高い業務に就いていたらしい。それを放棄して彼は駆けつけた。だから罰を受けた。
 考えてみれば当然のことだ。仕事に就くということは、そこに責任が生じるということなのだから。だからあの時、リンディ以下、アースラのトップ陣は任務の事後処理のために艦に戻り、任務を控えていたシグナムらも去ったのだ。
 本当ならばあの時、自分にもやるべきことはあった。駆けつける直前に終了した事件の、報告書の作成などだ。しかし艦に戻るとそれらは全て終わっていた。クロノ達が代わってくれていたのだ。本来なら自分が『しなくてはいけないこと』だったのに。
 ユーノと同じ年齢で働いているというのに、自分はそこまで考えられなかった。ただただ親友のことが心配で、意図せぬうちに家族に甘える形になってしまっていた。ユーノが取った行動は、社会人としては間違っていなかったというのに、感情だけが先走って彼を非難してしまった。ユーノだって本当は、なのはの傍にいたかったはずなのに。
 はやてがこちらを見ているのに気付く。何ともばつの悪そうな表情だった。自分も同じようなものだろう。気まずい沈黙が流れる。
「まあ、フェイト達が気にする事じゃないよ。ユーノだって、一言声かけて出てくればよかったんだからさ」
 と茶化すようにアルフが笑い、要領が悪いんだよあいつは、とヴィータが相槌を打つ。若干、雰囲気が和らいだが、ここで疑問が1つ。
「でもアルフ、それ誰から聞いたの? 通信できないって……」
「いやぁ、あたしもちょいと、ユーノのあの時の態度が腑に落ちなかったからさぁ。問いつめてやろうと思って連絡したんだ。そしたら顔見知りの司書が教えてくれたのさ」
「あたしはちょっと話があったから連絡取ったんだけど、その時に出た司書の人から教えてもらった」
 アルフがそれなりに無限書庫へ足を運んでいたのを思い出した。もちろんこちらの任務優先だが、それ以外の時は書庫の手伝いをしたり、同じサポート役ということでユーノと情報交換をしたりしていたのは知っている。
 ヴィータは恐らく先の事案のことだろう。ユーノが詳細を知りたがっていたから。
「でも書庫で謹慎って……ご飯とかお風呂とかどうするん? そういう時は外に出られるんやろか?」
「ああ、あそこってさ、風呂、トイレ、仮眠室と一通りは揃ってるから、食材さえあれば外に出なくても生活できるんだよ。昔はほら、捜索隊を編成して長いこと探さないと情報を見つけられなかったって場所だろう? 長期滞在用の設備を整えてて、それが残ってるのさ」
 かつての無限書庫の使い勝手の悪さは聞いたことがある。そのための施設なのだろうが、それがあるということと今までの話を総合するに、本当に文字どおり、書庫に缶詰なのだろう。
 書庫から一歩も出られず、通信を繋ぐことすらできない。今のユーノはどんな気持ちで仕事をしているのだろうか。
「まあ、なのはの現状については、伝えてもらえるように頼んどいたから、知ってるはずだよ。罰則の作業が終われば、晴れて解放されるらしいけど」
 そこで一旦言葉を切り、アルフは眉間に皺を寄せた。そして、言う。
「あの業務量じゃ、あと5日はかかるねぇ……」
 自分を含め、い、という音が3つ重なった。
 ユーノが謹慎処分を受けたのが5日前だ。最初に業務量を決められていて追加や削減がなかったとしても、10日分の量を与えられていたことになる。なんてデタラメな罰則なのだろうか、とフェイトはそれを命じた人物の正気を疑いたくなった。ユーノで10日かかる業務量なんて、通常の司書だとその何倍かかるか見当もつかない。というか、完遂前に倒れるのではないだろうか。
「……はやて」
 意を決し、隣のはやてを見た。はやてもこちらを見ている。
「うん、わたしも多分、同じこと考えてる」
「ユーノを」
「手伝いに行こか」
 見舞いに行った時のことを思い出す。自分達が来たことをなのはは喜んでくれたが、ユーノがいないことに気付くとその表情は確かに曇った。せっかくなのはが無事だったというのに、その彼女が沈んでいては意味がないのだ。今のなのはには、ユーノが必要だ。会ってほんの少し話をするだけでもなのはを元気づけることができる。そう思えたから、そうできるように行動しようとしたのに、
「あー、無駄だよ、それ。今の書庫、司書以外は基本的に立入禁止だし」
 使い魔の言葉によって、その意気は空回りした。
「な、何やそれ!?」
 目を剥いてはやてが驚く。自分も叫びたかった。久しく無限書庫には行ってなかったが、そんなことになっているとは思っていなかったのだ。
「ほら、今まで責任者がいなかったろ? で、今はさ、書庫長ってのが赴任してきてんだけど、そいつの方針でさ。書庫の知識には危険な記述も多く、そういうものを局員とはいえ無条件に閲覧させるわけにはいかん、だって」
 えっらそーにあのヒキガエル、とアルフが悪態を吐く。まあ、その書庫長とやらが言いたいことは分からなくもない。無限書庫には多くの知識が眠っていて、その中に危険な物が含まれているのは事実だ。
 だが元々、無限書庫には強固なセキュリティはなかった。それにあそこから必要な情報を引き出せる人間がどれだけいることか。本職である司書達でさえ悪戦苦闘する空間で、素人に何ができると思っているのだろう、その書庫長とやらは。
「ちゃんとした体制作れば問題ないんちゃう、それ? 出入りや貸出のチェックとか厳重にして、閲覧図書の履歴を残したりとか。やりようはいくらでもあるやん。それに、散々放置しておいて、今更やろ」
 そう、はやてが言うように、使い勝手が悪いなら改善していけばいいのだ。いくら完全稼働できていないとはいえ、それを多くの人に有効に活用してもらえないで何がデータベースか。
「でもさ、無限書庫の責任者ってユーノじゃなかったんだな。あんだけ仕事できんだから、ユーノしかいねぇと思ってた」
 意外そうなヴィータにアルフがをすくめる。
「あくまでいち司書だよ、ユーノは。まあ、無限書庫復活の立役者には違いないんだけどさ。それを知ってる人、思ってるより少ないからねぇ」
 管理局は実力主義だ。幼くても能力があり、その意思があれば働ける場所だ。無限書庫を建て直したのは間違いなくユーノなのだから、彼が責任者でもおかしくない、というか当然そうなっていそうなものなのだが、何か理由があるのだろうか?
「おりょ? あれ、ユーノじゃん」
 アルフの声に先を見れば、花束を持ったユーノが息を切らせながら走ってくる。彼もこちらに気付いたか、空いてる方の手を軽く挙げると、そのまま脇を通り抜け、なのはの病室の方へと走っていってしまった。
「アルフ、あと5日はかかるって言わなかった?」
「そのくらいかかると思ったんだけど……我慢できなくて、脱走したかねぇ?」
「いやぁ、ユーノ君の性格やと同じことはせんやろ。寝る間も惜しんで作業片付けたんとちゃうかな。今までも徹夜の1日や2日、平気でしとったし」
 そういえば目の下に隈ができかけていたような気がする。顔色もあまりいいようには見えなかった。体調の方は大丈夫なのだろうか。
 しかし別の意味では安心した。やはりユーノはなのはをないがしろにしていたわけではなかった。徹夜をしてまでなのはの見舞いに行く時間を作っていた。それが嬉しかった。
 だから、踵を返したはやての襟首を引っ掴んだ。くぇ、とはやてが奇妙な声を上げる。
「わたし達は、もうお見舞い済ませたよ?」
「い、いやぁ、友達としてはこの先の展開に興味げふんげふん、心配やないかー」
「2人の邪魔をしちゃ駄目だよ。さ、行こう」
 頑張れユーノ、なのはをよろしく、と心の中でエールを送り、フェイトは抵抗するはやてを引きずって行こうとして、足を止めた。ユーノを見送っているヴィータに声をかける。
「ヴィータ?」
「んー?」
「何か、気になることがあるの?」
 確かに体調は万全とは言い難いように見えたが、別段問題はなさそうだった。ヴィータは何かに気付いたのだろうか?
「ちょっと……いや、何でもねーよ。行こうぜ」
 ヴィータは答えようとせず、歩きだす。ただ、その顔に一瞬だけ浮かんでいたのは、あの日に見せたのと同じ面だった。
 
 
 
 病室の前であらためて実感した。やっぱり体力が落ちている、と。
 無限書庫からここまでは、それなりに距離がある。歩く分には問題ないが、走るとなると話は別だ。先日全力疾走した影響で生じた筋肉痛が、再発しそうな気配があった。
(早いとこ、基礎体力の向上を図らないとなぁ)
 昔ならここまでは荒れなかったであろう呼吸を整えながら、簡単に身なりのチェックをする。
 与えられたノルマをほぼ不眠不休で達成し、ようやく解放された今日、一部同僚達の助力もあって得ることができた半日の休暇。今日中に片付けたいことは幾つかあるが、最優先はなのはの見舞いだった。できることなら時間ギリギリまでいたいが、先のことを考えるとそういうわけにもいかない。今後の面会時間を確保するためにも。
 ようやく落ち着き、大きく深呼吸。ドアの横のインターホンを押す。待つこと数秒、モニターが起きた。その中に映った少女は、きょとんとした表情でこちらを見ている。
【ユーノ、くん……?】
「うん。入ってもいいかな?」
【どっ、どうぞっ!】
 問うと、なのはは何度も頷いた。了解を得てドアに触れ、中へと入る。なのはの病室は、個室にしてはそれなりの広さを持っていた。
「ユーノくん、来てくれたんだ……」
「あ、無理しないで。そのままでいいから」
 ベッドの上で身を起こそうとするなのはを制し、近付いた。見る限りの外傷は今はないが、弱っているのは明らかだ。身体を起こす、それすらも困難なようだった。
 持ってきた花を側のテーブルに置く。花瓶はあるが、恐らくフェイト達が持ってきたであろう花が既に生けてあった。予備の花瓶は見当たらない。後で看護士にでも頼むことにして、来客用の椅子を引き寄せて、なのはのすぐ傍に座った。
「具合の方はどう? って、目を覚ましたばかりなんだっけ」
「うん。まだ、身体のあちこちがうまく動かないんだ。この2日間で精密検査をしたから、その結果待ちかな」
 なのはの口から現状を聞いて、呼吸が一瞬止まったのを自覚する。
 あの件の顛末は既に知っていたし、負傷の詳細も確認していた。目が覚めて2日経っても身体機能が回復していないというのは、かなり深刻なのではないかと思ってしまう。
 が、それを判断するのは自分ではなく、医者の役目だ。何事もなければいいが。
「なのはが無事で、本当によかった」
 疑問を頭の隅に追いやり、心からの言葉を口にした。
 うん、となのははこちらを見たまま軽く頷く。が、その表情が変わった。悲しそうな、申し訳なさそうな顔になったなのはは、視線を逸らす。
「なのは?」
「怒って、ない……?」
 こちらを見ぬまま、なのはが問うた。
「怒るって、何を?」
「わたしが、無茶したこと」
「何人かには、怒られた?」
 問い返すとなのはは無言で頷く。
 武装隊の勤務がハードなのは知っていたつもりだが、確認してみるとここ最近のなのはの働きぶりは、スケジュール的にも内容的にもかなりきついものだった。そんな中での事故だ。周りが怒るのも、おかしな話ではない。
 何事にも真剣に、全力で取り組む。それはなのはの長所であるが、短所でもある。自分のことを後回しにしてしまうのだ。そんな性格も、今回の事故の一因だろう。
「怒ってはないよ」
 正直に、答えた。
「ただ、すごく心配した。悲しかったし、辛かった。目の前が、真っ暗になるくらい……」
 あの時のことを思い出してしまい、しかしその時の感情は表に出さないようにして、苦笑いを作る。
「ごめんなさい……」
「ちょっと、大袈裟に言い過ぎたかな。気にしなくていいよ」
 しかし再びこちらへと向いたなのはの表情は、先程に輪を掛けて暗かった。
「気にするよ……ユーノくん、そういう冗談は、絶対言わないもん」
 そんななのはを見ながら、余計なこと言っちゃったなぁと思うと同時に、これだけは言っておこうと決めていたことを思い出す。もう少し時間を空けてからの方がいいのかもしれないが、今言おうと決心した。
「なのは」
「なに?」
「なのはの仕事は武装隊だから。いつも危険と隣り合わせだと思うんだ。でも、無理は仕方ないことがあるかもしれないけど、無茶はやめてね。今回のことだって、今までの無理や無茶が溜まったからだ、とも言えるんだから」
「べ、別にそんなことは――」
「なのはの最近のスケジュールの内容を、僕が知らずに言ってるとでも思った?」
 そう言うと、なのはは顔を背けた。自覚はあったのだろう。
 最近のなのはは、本来なら関わらなくてもいい事件にまで出動し、その解決に一役買っていた。それにより事件が迅速な解決を見たのは事実であるが、その分なのはには負担が蓄積されていたはずだ。そこで自主的な任務参加をして自ら負担を増やしていたこと自体は、自己管理という意味で勿論なのはに非がある。
 手を伸ばしてなのはの頭に触れ、ゆっくりと撫でてやる。再びこちらを向いたなのはの目が、不思議そうに見つめてきた。
「なのは1人が魔導師じゃない。優秀な魔導師が事に当たるのが一番確実ではあっても、それがどうしてもなのはでなきゃいけない状況なんて、本当はそうそうないんだから。自分の力をみんなのために使いたいっていうなのはの意思は尊重するけど、それと無茶をすることは別だよ」
「で、でも……」
「今回こんな事になって、一番悔やんでるのは、同じ武装隊の人じゃないかな。なのはに頼りすぎた結果がこんな事態を引き起こした、そう考える人もきっといるよ」
 なのはは既に管理局員であり、組織の一員として働いている。つまり仕事を選り好みできる立場ではなく、それが『正式な命令であるなら』従う義務がある。
 そして上司には部下の勤務状況を管理する義務がある。プライベート――目の届かない所で行われた自主練や模擬戦はともかく、正規任務に従事した部下を把握していないなどということがあってはならない。本人の希望とは言え、任務参加を許可するかどうかは上司の権限だ。部下の不調を見抜けずに任務に投入して『無理をさせ続けて』いいはずがない。
 高ランク魔導師の数が少ないのは事実で、それに頼らなくてはいけない状況があるのも分かる。しかし頼りすぎの感があるのも否めない。データを見ただけの自分がそう思ったのだから、現場の者は尚更だろう。
「だから、なのははよく考えないといけない。僕の言ってること、間違ってるかな?」
「ううん……でも……」
 反省の色を見せていたなのはが、何故か恨めしげにこちらを見ている。
「それ、ユーノくんが言う? わたしだって知ってるんだよ? ユーノくん、書庫のお仕事でかなり無理してるって。部屋に帰れない日が何日もあるんだって、この間、アルフさんが言ってたんだから」
 言いたいことは分かる。自分が無茶をしているのは事実で、そんな自分になのはを説教する資格はないかもしれない。が、なのはと自分では事情が違うのも事実だ。最近のなのはの任務が、彼女にしかできないことであったならば、こんな言い方はしなかったし、できなかった。
「代わりがいれば、少しは楽ができるんだけどね。でも残念ながら、それは無理だから」
 今の書庫に自分並の能力を発揮できる司書はいないのだ。それを穴埋めできるだけの質も量も、今の無限書庫には存在しない。ならば自分がやるしかないのだ。
 正直なところ、今の上司にはそのあたりをもっと考えて欲しいのだが……。
「これでも、だいぶ周りの人に頼ってるんだ。それでも現状は厳しくてね。僕だけじゃなく、みんなが頑張ってる。だから今回に関してなら、僕はなのはにえらそうに言えるんだ」
「むぅ……なんか、ずるい」
 不満げななのはの頭を更に撫でる。膨れていた頬が、次第に緩んでいった。それを確認して手を離すと、席を立つ。
「さて、それじゃそろそろ行くね」
「え……もう?」
 目を瞬かせながら問う少女に、頷く。
「さっきなのはの口からも出たけど、ここのところ仕事続きでね。そのせいでちょっと私用が溜まってて。明日からはまた仕事だから、今日中になるべく片付けておかないといけないんだ」
 今の内に済ませておかないと次がいつになるか分からない。残念ではあるがこれも先を見据えればこそだ。
「仕事の状況によっては、来れないことの方が多いかもしれないけど、なるべく時間を作って来るから」
「無理はしないでね」
「違うよ。無理じゃなくて、来たいんだ。それともゆっくりと療養できる方がいい?」
「そ、そんなことない! ユーノくんが来てくれたら! そ、その……嬉しいよ」
 慌てた様子のなのはは大声を上げた。次第にそれが小さくなり、顔も赤に染まっていく。最後にはシーツを引き寄せ、顔の半分を覆ってしまった。顔の上半分だけ出してこちらを見るなのはは何とも可愛らしい。
「うん。それじゃあ、また来るからね」
「うん……ありがとう、ユーノくん」
 挨拶を交わして病室を出る。ドアが閉まったのを確認して、ゆっくりと息を吐き出した。
「さて、と……次へ行こうか」
 心残りはあるが、時間は有限だ。特に今日の半日は貴重な時間であり、無駄に使うことは許されない。
 頭の中で予定を再確認しながら、ユーノは次に向かうべき場所へと歩きだした。
 
 
 
 
 
 後書き
 
 お久しぶりのKANです。
 今回はユーノの現状と、お見舞いの話。
 実際、なのはのあの事故で1番辛かったのは誰だろう、と思うんですが。もちろん本人でしょうけど、それ以外の人達。悲しんだのは身内組でしょうけど、苦しんだのは、憤ったのは武装隊の面々じゃないかな、と思います。StSでも無理がたたって、と原因がはっきりしている以上、無理をさせたのは管理局で、そうさせてしまったのは事件そのもの。それだけなのはに重荷を背負わせたって事で、そうなったのは、他の局員じゃ手に負えないから――って、いくら何でも高ランク魔導師に頼り切るってのは問題あると思うのですけどね。この作品ではなのはの自主的な作戦参加による疲労・負担の蓄積及び武装隊上司の管理責任と位置づけましたけど。そりゃ、自分達が不甲斐ないせいで、いくら高ランクとは言え、幼い仲間が落ちてしまった、なんてことになれば、ねぇ。中にはなのはくらいの子供がいる局員がいたって不思議じゃないですし。
 
 とりあえず、現時点での構想としては、本編――この場合、ユーノとなのは達のお話。それから皆に隠れて色々やってるユーノのお話――まあ、外伝のようなもの。それから無限書庫絡みのお話、と合計3つの話を構想中。もちろんそれぞれリンクしてます。あとはその後――StS時間軸の話とか。まあこれは当分後、というか出せるネタを出してからならフライング可能ですが。
 
 次のお話は外伝になると思います。それではまた。
 
  H22.8.8 加筆修正





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