第8話:休暇−招待−
 
  
「あの……本当に僕まで一緒でよかったんでしょうか?」
 舗装されていない道路を揺られながら進む車の中で、今更ではあったがユーノは問いかけた。
「何も遠慮することはないぞ」
 運転手であるなのはの父、士郎が事も無げに答えた。しかしそう言われても、抵抗があるのは事実だ。
「でもこのイベントって、家族の行事だったんじゃ?」
 今日は高町、月村、バニングス合同での、恒例らしい小旅行だった。そこに今回はハラオウン家と八神家が加わっている。
 高町一家にフェイト、アルフ(子犬モード)。はやてにザフィーラ(子犬モード)、アリサとすずか。これが今回のメンバーなのだが、明らかに自分は場違いだと思えるのだ。
「なら、問題ないだろう。一時的とはいえ、うちの家族だったわけだし。温泉にも一緒に行ったじゃないか。イタチ――じゃない、フェレットだったが」
 まあ、確かに。あの頃の自分はフェレットで、高町家のペット扱いだった。家族、と言える……いや、言えたのかもしれないが。今はいち個人なのだ。
「お父さん。ユーノくんは人間なんだから、そんな言い方は駄目だよ」
「あー、すまん。ペットだとかそういう意味じゃなくてだなぁ……」
 自分の隣に座っていたなのはが、頬を膨らませて運転席に抗議した。士郎は頭を掻きながらバックミラー越しにこちらを見て、
「でも、気分転換にはいいだろうと思ったんだ。仕事ばっかりで大変なんだって、なのはから聞いてたからなぁ」
「そうよ。仕事場から帰れない日もよくあるだなんて……まだ子供なんだから、あんまり無茶しちゃ駄目よ?」
 そしてなのはの母、桃子までもがこちらを咎めるように言った。はぁ、と曖昧な返事しかできず、考える。
 なのはの友人には違いないが、自分は高町家の視点では短い期間ペット同然で過ごしただけの存在のはずだ。気分転換云々というのは、なのはが自分の現状を家族に話しているようなのでもっともらしく聞こえるが、本当の理由なのだろうか。
 思い当たる節はある。なにせ士郎らとは『あの事故』以来、一度も顔を合わせていなかったのだから。
 高町家の『意図』を予想しながら外に目をやる。緑鮮やかな木々が車窓の外で上下に揺れていた。
 
 
 
「久しぶりだなぁ……土と緑の匂いだ」
 土と落ち葉を踏みしめながら、ユーノは急な斜面を登っていた。
 キャンプと聞いていたのだが、自分が想像していたものとはかなり違い、特にしなくてはいけないことはなかった。ログハウスがあるのでテントの設営の必要はなく。水道もきているので水場の確保と水汲みの必要もなく。ガスもあるので薪の調達やかまどを組むことすらしなくていい。バーベキュー用の炭は既に用意してあった。食料も最初から用意してあるし、滞在も短期、いざとなればいつでも帰ることが可能であるため、不測の事態に備えての採集などに出掛ける必要もない。
 のんびりしていればいいのよ、と桃子が言ってくれたのだが、せっかくの自然だ。最初はログハウス周辺をブラブラしていたのだが、少し散策してきますと断って、なのは達とは別行動を取っていた。
《本局からろくに出てねぇからな。まぁ士郎氏の言うとおり、いい気分転換になるだろ》
 服の下からスプリガンが言った。気分転換にはなっているが、しかし気になることもあった。
 実は休みが取れるほど仕事が暇だったわけではないのだ。今も無限書庫は変わらぬまま、各部署からの雑用を押しつけられて激務が続いている。
《ユーノは働き過ぎなんだよ。ここらで休んでねぇと絶対に倒れるぞ? 過剰な自主練を止めて確保できた余力も、結局業務に吸い取られてるんだからよ》
 耳が痛かった。その話には触れないでほしい。今までの短い人生の中で、間違いなく5本の指に入る恥ずかしい失敗だ。それも恐らく、何十年か先にもその位置を保ったままの。
 こちらが何も言えずにいると、気遣うようにスプリガンが続けた。
《そしたら結局司書の連中に迷惑掛けるだろが。だから今の内にリフレッシュしとくのが正解だ。誘ってくれたなのは嬢ちゃんに感謝しろよ》
 そう。今回の件を直接誘ってくれたのはなのはで、それを支持してくれたのは古参の司書達だった。休んでなどいられない状況だというのに、アラン達は何やら結託して書庫長室に入り、どう説き伏せたのかは分からないが自分の休暇をもぎ取ってきた。
 しかし自分が書庫を離れると、業務に手慣れた司書が確実に減る。ほんの4日、といってもその間にどれだけの負担を皆にかけることになるか。
(こんなことしてていいのかなぁ……)
《そんなことは後で考えろ》
 文字通話をしていたわけでもないのに、こちらの思考を読んだように相棒が言う。
《ここで仕事のことばかり考えて暗い顔してちゃ、なのは嬢ちゃんが余計な事したって勘違いして、落ち込むぞ?》
「う……」
 仕事のことをひとまず置いておけば、誘ってくれたこと自体は嬉しかったのは確かで。それを誤解されるのは避けたかった。自分のせいでなのはの顔が曇るのは、嫌だ。
 ぱん、と両頬を叩いて気持ちを切り替える。こうなったからには仕事のことは割り切ろう、と上を目指して更に足を踏み出そうとして、
「あれ……音……?」
 明らかに自然ではない音に気付いた。それは自分が向かう先から聞こえてくる。固い物が連続してぶつかり合う音だ。この音はどこかで聞いた覚えがある。
《生命反応3体確認。魔力反応なし。人間――士郎氏達だろうな》
 そう言われて音の正体を思い出した。高町家の道場から時折聞こえた、木刀という武器がぶつかり合う音だ。ということは、この先で士郎らが鍛練をしているのだろう。
「こんな所まで登ってきてたんだ……スプリガン、悪いけどしばらく黙っててね」
《ああ。ユーノはデバイスなんて持ってないからな》
 現時点では相棒の存在は誰にも知られるわけにはいかない。念を押してから、歩を進める。
 やがて斜面を登り切ると、開けた場所へ出た。比較的平坦で木々もない、広場のような場所だ。そこで士郎の指導の下、恭也と美由希が剣を交えていた。
 それぞれ両手にやや短めの武器――木製の小太刀を持ち、相手に向けてそれを振るっている。
(速いなぁ)
 剣速を見ながら、そう思う。今のところは何とか目で追えるが、きっと身体はついて行かないだろうなと感じた。見えることと反応できることは別問題なのだ。
[どう思う?]
[ユーノの今の反応速度じゃ対応できねぇな。それに、あれもどうやら全力じゃなさそうだ]
 スプリガンに問うと、そんな分析が返ってきた。あれ以上速くなるのなら自分じゃ絶対に歯が立たない。まあ、あの2人と戦わなくてはならない事態など起きるはずも――いや、ゼロではないのだが。
[……データを取らせてもらっとこうか。何かしら活用できるかもしれないし]
[もうやってる。訓練プログラムにでも取り入れてみるか]
 そんなやり取りをしていると、
「随分と熱心に見るんだねー」
 不意に美由希の声が届いた。同時に目の前の攻防が止まる。稽古に集中しているものとばかり思っていたが、2人ともこちらの存在に気付いていたようだ。
「興味ある?」
「いえ、別にそういうわけでは……」
 片方の木小太刀をこちらへと差し出し、問うてくる美由希に、そう答える。
 自分でも無理だと思っていたし、それが剣術ならば尚更だ。そこへスプリガンの分析が加われば、勝てる道理は微塵もない。彼の解析結果は『事実』であり、基本的にそこに期待値は存在しない。彼が無理だと結論を出したならば、絶対に無理なのだ。
 が、考えてみれば『勝つ』必要はないわけで。そもそも勝ってもいけない気が――
[ユーノ動くなよ!]
「うわっ!?」
 突然脳裏にスプリガンからの警告。そして、迫ってきた『何か』を咄嗟に掴み取った。
[……あの軌道じゃ当たらねぇってのに]
[う、ごめん、つい……]
 それは一振りの木小太刀だった。スプリガンからの警告は、何もしなくていいということを示していたのだ。それなのに反射的に動いてしまった。実戦で言うならば、これは無駄な動きだ。隙を作る動作だ。サポートを受けていながらそれをしてしまい、少し気が重くなる。
 が、その一連の行動を見ていた高町家の剣士達には、興味を引くものだったらしい。
「まさか、掴み取るとは思わなかったな」
 両手に持っていたはずの木小太刀が片方だけになっている――つまり、この凶器を投擲した恭也が意外そうに言い、
「へぇぇ」
 美由希が興味深げにこちらを見て、
「運動不足そうに見えて、そこそこ鍛えているようだな」
 士郎が感心したように言った。
 まずい。何というか目を付けられてしまった。武闘派の前ではあまりにも迂闊な行動だった。
「僕の職場は無重力スペースでの業務がメインなんです。身体を動かさないとなまる一方ですから、それなりに運動はしているんですよ」
 自分を呪いつつ、何とか言い訳を試みる。
「宇宙飛行士みたいな職場環境なんだなぁ。ふむ……どうだユーノ君。軽くやってみないか?」
 が、彼らの興味を逸らすには至らなかったようだ。士郎が事も無げに提案してくる。
 ついにこの時が来たか、とユーノは腹をくくった。
 
 
 
「はぁ……」
 上昇した体温を地面で冷やしながら呼吸を整える。
 高町の剣士達の『軽く』のレベルは、自分の予想を超えていた。ただでさえこちらは素人の一刀なのに、向こうは熟練の二刀。勝負になるはずがない。こちらは一太刀も届かなかった。まあ、負けるのはねこ師匠達のおかげで慣れている。勘違いも解けて認識を改めた今、それで落ち込んだりすることもないが。
 とりあえずは白兵用武器を持った相手の攻撃パタンデータが入手できたのは幸運と言えばいいのか。今後の訓練と実戦時の回避パタン構築に活用させてもらうことにする。
「お疲れ、ユーノ」
 やって来た美由希がこちらへペットボトルを差し出す。上体を起こしてそれを受け取った。
 キャップを開け、1口。冷たくはなかったが、スポーツドリンクが身体中に染み渡るような感じがした。
「いやー、しかし頑張ったねー。お姉さん、びっくりしちゃった」
「ああ。剣術の適性、というのとは別の話だが、戦うということに関しては、なかなかだったな」
 美由希と恭也の賞賛を苦笑いで受け止める。訓練中、木小太刀1本では追いつかず、何度か徒手空拳を使ってしまったのだ。
「確かに。ユーノ君、実は戦闘訓練を受けたりしているんじゃないか?」
「く、訓練という程のものは……ただ、護身程度はたしなんでますし、実戦経験もありますから。純粋に戦闘技術を磨く、ってことは、とても……」
 士郎の追及に、適度に真実を織り交ぜた嘘で答える。
 だが何なのだろうかこの空気は。ただ普通に剣の稽古をして。なかなかだと褒められて。
 自分が想像していた展開と、まったくかけ離れている。散々に打ちのめされてしまったはずなのに、意外なことに身体のダメージがほとんどない。
 考えてみれば今回の旅行は始まったばかりだ。本番はもっと後なのかもしれないが。
「どうしたユーノ君?」
 そんな事を考えていると、士郎が声を掛けてきた。
「あ、いえ、別に……」
「そんな顔で何もないなんて言っても説得力がないな。悩み事があるなら受け付けるぞ?」
 言葉を濁すと、爽やかな笑顔で、まるでこちらを気遣うように続ける高町家家長。どう答えたものかと少し考える。いっそのこと、真意を直接問うべきだろうかと。
「この山、安全なんですか?」
 しかし出たのは話題を逸らす言葉だった。
「んー? 何が?」
「いえ……狼、でいいんですか? らしき足跡がかなりありました。大きな群がいるようなんですけど」
 食いついてきた美由希に、説明する。
 ここへ来る途中で見つけた幾つかの足跡。こちらの世界の獣の知識はほとんど無いが、似たような生物は他の次元世界にもいる。犬猫などはその最たる例だ。
 それに、ある程度の特徴は似通っているものである。アルフやザフィーラなど、この世界の人間から見ても犬や狼と言われるのだから、まず間違いはあるまい。
 一応これも気になっていたことだったので訊ねてみたのだが、美由希がパタパタと手を振った。
「大丈夫だって。日本じゃ狼はとうに絶滅してるし。いるとしてもそれは狼じゃなくて野良犬の類ね」
 そして、一転して深刻な表情になると、言う。
「って、それはそれでまずいね。私達はともかく、なのは達は」
 野犬の群と対峙するニアSランク魔導師。その魔導師の方を心配する。魔導師としてのなのはを知っていれば無用な心配と思えるが、なのはは高町家にとっては大事な末っ子のままなのだ。
「私達はともかく、ってのは油断だぞ美由希。野犬、それも群となると侮れない」
「実感篭もってるね?」
「言うな……忘れたい……」
 恭也は何やらトラウマでもあるのだろうか。げんなりとした表情を美由希に向けていた。
「ふむ……警戒はしておいた方がいいか。ちょっと周囲を回ってみよう。すまないな、ユーノ君」
 地面に置いてあった木小太刀を士郎は手に取る。やれやれと恭也が、りょーかい、と美由希がそれに続いた。それを見ながら相棒に指示を出す。
[スプリガン、エリアサーチ。対象は――]
[任せろ]
 足跡を見つけた時点でサーチはしていたのだが、再度確認してみる。あの時は近くにいる様子はなかったのだが――
[索敵範囲内、対象多数だ。野営地に近いところに群がいるな]
 相棒の報告は事態の変化を告げていた。脳裏に表示された地形図を見る。野犬と思しき反応が10以上、なのは達の方へと近付いているのが分かった。
「どうしたユーノ?」
「先に戻ります!」
「先にって……おいっ!」
 恭也の制止を無視して身を翻し、地を蹴った。
[スプリガン、ルート検索! 最短距離!]
[高低差は?]
[無視で! じゃなくて3メートルまで!]
 この世界の『住人』であるなのは達はともかく、『異邦人』である自分が魔法を使えるのは、基本的に緊急避難時と魔法の使用許可を得ている場合のみだ。
 一応、使用許可は取っているので、その気になれば飛んでだって駆けつけられるのだが、管理外世界での魔法使用は様々な制限がある。特に飛行は万が一にもこちらの世界の住人に目撃されるわけにはいかない。
 それに今回に関しては危険性があるというものでもないので、魔法の使用許可自体を限定的なものにしてあった。「野犬に襲われるかもしれない『ニアSランク魔導師達の救援』のため」と主張したところで、緊急を要する事態であると判断されるとは思えない。
 もちろん黙っていればいい話ではあるのだが、ばれた時の事を考えると軽々しく使うのもどうかと思われる。下手をすると管理外世界への渡航資格を凍結されてしまう恐れだってある。ただでさえ管理外世界への渡航は一般人には認められていない上に、自分は前歴持ちだ。
 更にはなのはに招待されての渡航である以上、自分が問題を起こしたらなのはにも累を及ぼす。
 ならば今現在の身体能力で、ギリギリを駆け抜けるしかない。
[ルート検索完了]
 急な斜面を駆け下りながら、頭の中に示された地形図を照合する。この先は段差だ。
 勢いを殺さぬまま走り、段差の淵で跳んだ。まるで崖を飛び降りるように――
《跳びすぎだユーノっ!》
 スプリガンからの警告。跳んだ先には1本の木があった。そして、その木の根元部分は、どう見ても3メートルどころの高低差ではなかった。このままだと木にぶつかり、そのまま落下する羽目になる。
「まず……っ!」
 やむを得ず――というより反射的に術式を構築。木に着地するように態勢を整え、足底が触れたと同時に魔法を発動。右手に生じた掌大の魔法陣から伸びた1本のバインドを、木の裏側を通して左手まで届かせた。それを掴んで身体を後ろに傾け、足はしっかりと木を踏みつける。
 バインドと足で身体を支え、直立した木を滑るように降り、適当なところで術式を解除、着地した。正直、心臓に悪い展開だった。やろうと思えばできることだが、急にやれと言われると厳しいものがあるのだ。
 まあ、幼少時にこれを教えてくれたスクライアの年長者には感謝だ。が、それはそれとして、
「スプリガン! ああいうのは最初に言ってよっ!」
《お前こそ、段差を降りるんじゃなくて跳ぶつもりだったならそう言ってくれっ!》
 同時に叫んだ。着地したまま、しばしの沈黙。そして、
「ごめん、言葉が足りなかった」
《すまねぇ、最初に確認すべきだった》
 同時に謝った。再び地を蹴ると、脳裏の地形図の経路が訂正される。
《跳躍を条件に入れて、ルートを再設定完了。さっきみたいなやり方ができるなら、再検索するが》
「いや、もう勘弁」
 地図上にある野犬を示す光点は、敷地内、ログハウスの片隅で止まっていた。その傍で、なのは達を示すいくつかの光点が止まっているのが分かる。この位置状況だと、なのは達は既に野犬と接触しているだろう。
《どうする?》
「……前言撤回。ルート上に木があるなら、それを最大限に活用しよう。滑り降りるだけじゃなく、木を支点に跳ぶことも考慮に入れて」
 大丈夫だとは思うが、それでも速く駆けつけるに越したことはない。自分の恐怖心よりもなのは達の安全の方が優先だ。
 ルートが再度、設定される。それに従いユーノは駆けた。
 
 
 
 目の前にあるものを、ただ見ていることしかできないでいた。
 そろそろ昼の準備をしようと母に言われ、食材を取りに来たまではよかったのだが、それを収納してあったボックスがどこからかやって来た野犬にひっくり返されていたのだ。室内に入れておけばよかったのだが、保冷効果はある程度あるし、どうせすぐ昼に使うことになるからと出しっぱなしにしてあったのが裏目に出た。
 現在野犬達は食事中。自分達の存在に気付いていないのか、ただひたすらに食材を食い荒らしている。
「ど、どうしよう……」
 不安げな声で、すずかが漏らした。どうしようも何も、あの犬たちは追い払わないといけない。でないと、自分達が食べる物がなくなってしまうのだ。問題はその手段であるが。
「ここはひとつ、犬語を解するアリサちゃんが説得を試みるってのはどうやろか?」
「任せなさい――って、できるかっ!?」
 本気なのか冗談なのか、そんなことをはやてが言い、ノリかけたアリサが正気に戻ってツッコミを入れる。
 何だか余裕があるなぁ、と他人事のように考えた時だった。
「なのは! みんな!」
「ユーノくん!」
 どこかへ行っていたユーノがこちらへ駆けてくるのが見えた。
「よかった、まだ無事だね?」
「う、うん……わたし達は無事だけど……」
 合流し、呼吸を整えるユーノに対し、そこまで言って野犬達の方へ視線を向ける。それでユーノは察したようだった。
「あれのお陰で無事だったんだね。よかった」
「でも、先は分からない。あるだけ食べて満足して、そのままいなくなるならいいけど」
 フェイトの懸念はもっともだ。野犬達はこちらを見向きもせずに食料を漁っている。それなりに量はあるが、果たしてあれで腹を満たせるかどうか。それに、これだけ人が集まっていても、未だに逃げる素振りを見せない。それだけ腹が減っているのか、それとも人間を恐れていないのか。後者の場合、こちらを襲ってくる可能性もあるのだ。
「ユーノくん、どないしようか? ワンちゃん達、撃退するのは簡単やけど……」
 そう、簡単だ。ここには魔導師が使い魔と守護獣を含めて6人もいる。戦力としては過剰なほどだ。だが、それをしていいものかどうか。
 既に魔法のことを知っているとはいえ、アリサ達は管理外世界の一般人なのだ。彼女らの目の前で魔法を行使するのは、管理局局員としてはどうなのか。知っているからといって無制限に何でも見せていいということでは決してないのだ。
「緊急時の措置としては、認められる、とは思うんやけど……」
「とりあえず、派手なことはせずに追い払えるなら、それでいいんだよね?」
 しかしユーノには策があるようで。アリサ達の方を見ながら言い淀んだはやてにそう言ってから側にあった石を拾うと――
「ちょっ……あんた何やって――!?」
 アリサの制止も無視して群へと放り投げた。それは群の1匹の頭に命中。ギャン、とその犬が悲鳴を上げ、残りの野犬達が食事を止めてこちらへと注意を向けた。低い声で唸りながら、明らかな敵意を放っている。いつ襲いかかってきてもおかしくない。
 それでもそれを全く気にした様子もなくユーノが言った。
「アルフ、ザフィーラ。ちょっと『本気で』脅してやって。腹の底から、思いっきり叫んでやるだけで片は付くだろうから」
「ゆ、ユーノくん? 一体何を――!?」
 何か言いかけたすずかの言葉が途中で止まった。その足元にいた、2匹の子犬に変化があったからだ。
 ざわざわと身体が震え膨らみ、体毛が伸び、顔立ちが変わる。可愛らしい子犬は、そう時間も掛けずに精悍な面構えの2匹の狼――本来の姿となったのだ。
「アルフ……あんた、あの時の犬だったの!?」
「あれ? ザフィーラがあの大きな犬で、あれ……?」
 狼形態のアルフの姿を知っているアリサが驚き、狼形態のザフィーラを知っているのかすずかが戸惑っているが、それに答えることなくアルフとザフィーラが進み出た。
 身体は野犬達よりも大きい。何よりその巨躯から滲み出る威圧感は、野犬達の比ではなかった。人間である自分ですらそう感じるのだから、野犬達は尚更だろう。現にこちらに牙を剥いていた野犬達に、先程までの気勢はない。そして――
「グォアアアアアアァァァァァァッ!」
 折り重なる2つの咆哮が放たれた途端、野犬達は尻尾を股の間に隠し、情けない鳴き声を上げながら我先にと逃げ出してしまった。
「はい、終わり」
 何事もなかったかのようにユーノはアルフとザフィーラにお疲れ様と声を掛けると、野犬達が食い荒らしていた食材の方へと向かう。しゃがみ込み、無事な物とそれ以外を選り分けながら、
「なのは、こっち手伝ってもらっていい?」
「あ、ご、ごめんっ」
 こちらへ声を掛けてきたユーノに慌てて答え、そちらへと急いだ。
 
 
 
 
 
 後書き
 
 お久しぶりのKANです。
 恒例の家族旅行に参加。ちょっとした息抜きの時間です。
 ホントは先に書き上げたい話があったのですが、詰まってしまって時間だけが過ぎていくので、こちらを先に。
 次はもっと速く書けたらいいなぁ……
 ではまた、次の作品で。
 
 H22.10.14 加筆修正&文書量バランス変更





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