第9話:休暇−調達− 「どうしようかしら……食べ物、ほとんど食べられちゃったわ」 溜息をつきながら、桃子が『生き残り』を眺めている。 結局、バーベキュー用の生肉は全滅。ソーセージやハムも同じく。残ったのは缶詰と乾物、比較的固めの野菜ばかりで、トマト等の野菜や卵は無残に踏み潰されていた。 「川があるから魚とかは捕れると思うけど」 言いながらフェイトが近くの川の方へと視線を動かした。先程見て回った時には確かに魚はいた。それを食料にすることは可能だろう。 「せっかくの旅行をこんなことで終わらせるのは納得いかないわ! 何とかするわよ!」 「どっかのテレビ番組みたいになってきたなぁ。でも、どうやって? 残った食材とお魚さんだけやとかなり厳しくない?」 ぐっと拳を突き上げて、アリサが宣言する。何とも頼もしい言葉だが、はやてが問題を投げかけた。あの川に魚がどれだけいるかは分からないが、全員分の、それも滞在中の食料を確保するのは、それだけでは厳しいだろう。 「おやつは中だから無事だけど。とても足りないよね」 ログハウスの方を見ながらすずかが言い、うーん、となのは達は顔を見合わせながら悩み始める。 このようなことになったのならば、するべきことは多くない。つまり、食料の確保だ。そのために動けばいいだけである。 魚についてはフェイトが案を出したのだから、そちらで何とかするだろう。となると、こちらはこちらで動いた方が効率的だ。 『アルフ、ザフィーラ。少し協力してくれる?』 心当たりがあったので、ユーノは念話を送った。2匹の狼がこちらを見る。 『アテがあるのか?』 『何かまでは分からないけど、獣の足跡があったんだ。そいつを狩れば食料確保はできると思うんだけど』 実は野犬以外にも見つけていた足跡があったのだ。形状から見るに肉食獣ではないようだった。食用にすることは可能だろうと思う。もちろん、発見と捕獲ができれば、なのだが。 いいけどさぁ、とアルフはザフィーラを一度見て、でもさ、と続ける。 『そいつを狩れたとして、肉だけでいいのかい? あたしらはそれで問題ないけどさ』 『被害のほとんどは肉みたいだし、いいと思うけど。足りないようなら後は山菜とか採って……川で魚も捕れるだろうし』 『ユーノ、お前はこちらの世界の植物に詳しいのか?』 実は、まったく詳しくない。自分が行ったことのある世界、行ったことのある地域で、更に教わったものに限られる。当たり前のことだが。 スプリガンにこの世界の食用植物のデータを落とすことができればよかったのだろうが、管理外世界の情報は、例え無限書庫といえどもほとんどない。ましてや地域限定の食用植物のデータなど、管理局が調査しなければならない事項でもないわけで。 『とりあえず自分の知ってるのと似たようなのを探してみる。いざとなれば士郎さん達に確認してもらえばいけそうな気もするし』 だから、この程度の案しかザフィーラに返せなかった。根拠には乏しいが、山籠もりをすることもあるらしい人達だ。そういった知識は持っていても不思議ではない。 『よし。んじゃ、使い魔以前の感覚を、久々に呼び起こしてみようかねぇ。いくぞザフィーラ』 妙に張り切った様子でアルフが頷き、歩いて行こうとする。ザフィーラはそれに続きかけたが、 『それで野犬はどうする? あれだけやれば戻ってくるとも思えないが、かなり飢えていた』 と、野犬達が去って行った方へと首を向けた。 『万が一を考えるならば――始末しておいた方が良いかもしれん』 もしも野犬達が戻ってきて皆に危害を加えることにでもなれば問題ではある。が、無益な殺生もどうかと思われる。それに、この辺りがあの犬達にとって、元からの縄張りであるならば、踏み込んだのはこちらだ。それを一方的に狩ってしまうのはどうなのだろう。 『獣除けを僕の方で設置するよ』 結論は、この世界のルールに任せる、だ。 もしも野犬の存在がこの世界で問題であるというのなら、行政あるいはこの土地の管理者がどうにかすることだ。自分達が手を下す問題ではあるまい。襲われたならその限りではないが。 その辺りは後で桃子にでも聞いてみよう。とりあえずは、キャンプの間の安全を確保できればいいのだから。 『2人にはちょっと負担になるかもしれないけど――』 『なに、主達の身の安全こそ第一。我もアルフも守護の獣。ただの犬と一緒にされては困る』 『おうさ。フェイト達を最優先に考えておくれよ』 狼達は快く承諾してくれた。 『じゃ、ユーノ、あんたは山菜の方を頼むよ。あたしらはあんたが見たっていう足跡を追ってみる』 『役割を分担し、効率よく動くとしよう』 『よろしく。大体の場所は――』 しゃがんで木の枝を拾い、ユーノは2人に場所を教えるべく、地面に周囲の地形を描き込んでいった。 さて。張り切ったはいいものの、だ。川縁に座ってなのははフェイト達と共に、食料にしようと思っていた川魚が悠々と泳いでいるのを眺めていた。 何故、眺めているだけなのか。それは、眺めていることしかできないからだ。 魚を捕まえるのはいいが、その方法がさっぱりなのだった。 手段がないわけではない。例えばフェイトが、ほんの1発のフォトンランサーを川に叩き込めば、魚は浮いてくるはずだ。 しかしそれをするわけにもいかない。手掴みでは捕まえられないだろう。釣り竿はないし、網もない。はっきり言ってお手上げだった。 故に、こうして眺めながら方法を考えるしかないのだが、 「まったく……ユーノの奴どこほっつき歩いてんのよっ!? こういう時こそ男の出番でしょーがっ!」 ついにアリサの忍耐が切れた。 勿論、みんなで考えて動かねばならない事態ではあるのだろうが、何とも理不尽な言葉であった。別に、ユーノにそれをする義務はない。それに男だからと言うなら、父や兄だって同じはずだ。まあ、士郎達は鍛練に出たまま戻ってきていないので、こちらの事情を把握しているわけではない。だからこそ、騒ぎの前にいつの間にかいなくなっていた事も含め、逆に事情を知っていながら今もまたいなくなっているユーノだけに感情をぶつけているのかもしれない。 義務云々は別にして、父達がいればいい案が出てきそうな気がするのは確かだが。あれで父達は山籠もりをすることもあるし。それにユーノは放浪の部族の出で、野外での採集等をすることもあったと話で聞いたことがある。 (ユーノくん、どこに行ったんだろう……) 「なのは、あいつ呼び出せないの!? 何かテレパシーみたいなのが使えるんでしょ!?」 苛立ちを隠そうともしないアリサの言葉を聞いて、ふと念話の存在を思い出した。これを使えば少なくとも、どこで何をしているのかの確認はできる。それに、今のこの状況を打開する方法があるかどうかも聞けるだろう。こんな簡単な方法があるのに、すっかり忘れていた。 ただ、 「できるけど……ユーノくんは休暇でここへ来てるんだし」 正直、ユーノにあまり負担を掛けたくなかった。だから、そんな言葉が口から出る。 そして、それを聞いたアリサは怪訝な表情を浮かべた。 「あたし達だって同じじゃないの」 こちらの事情を知らないアリサがそう言うのは当然だった。さて、どう説明したものかと考えていると、 「違うよアリサ。わたし達は休暇といっても遊びの延長。ユーノはどちらかというと、なのはと同じで療養の方だから」 代わりに答えてくれたのはフェイトだった。え、とアリサとすずかが驚く。 「療養、って……ユーノくん、身体の調子が悪いの?」 「働き過ぎ、ってやつやな。替えがないからってユーノくんに掛かる負担は並やないんよ。こんな機会にでも無理に連れ出さんと、また倒れてまうわ」 問うてくるすずかに、はやてが肩をすくめながら答えた。また? と驚きを深める親友2人へとはやてが続ける。 「ユーノくんの職場は激務やからな。まあ、すずかちゃん達に分かりやすいイメージにするなら……そうやね、休憩時間なしで朝から晩まで勉強漬け。食事は仕事の合間にかじるパンとか携帯食だけ。1ヶ月の半分は完徹あり。休日は、倒れて強制入院以外で1日取れれば神様に泣いて感謝、てとこやろか」 極端な例えだが、こちらの世界の小学生に分かるように説明するには、まあ妥当な解釈だろう。実際はもっときついのだが。それでもイメージは伝わったようで、案の定、アリサとすずかの顔が歪んでいった。 「ユーノくん、今まで何度も仕事中に倒れて、医療局――病院に運び込まれてるの。しかも目を覚ましたら、それ以上は休めずに、すぐに呼び戻されちゃって」 そんな状態だというのに、自分が入院していた時はほぼ毎日見舞いに来てくれていたのだ。ユーノはそんな素振りをまったく見せなかった。自分も人に教えてもらわなかったら知らないままだったろう。 ユーノには色々と世話になりっぱなしなのだ。彼自身は何も言わないが、見舞いの件もリハビリの付き添いも、彼にかなりの負担を掛けていたのではないかと思う。 だから今回、士郎にお願いしたのだ。ユーノも誘いたいと。外に出る機会もなく、本局内で缶詰なユーノに、少しでも休んでもらいたかったから。見舞い等の件もそうだが、何より自分を立ち直らせてくれた恩人だ。こんな事くらいじゃ足りないかもしれないが、それでも何かしてあげたかった。 「……大丈夫! ユーノくんの分はわたしが頑張るから!」 立ち上がって、握り拳を作る。今はユーノに頼らず、もっと自分達で何かできないか考えよう。少しは恩返しをしなければ。 「だからなのはも療養でしょうが……まぁ、そういうことなら仕方ないわね」 呆れた顔でアリサがこちらを見上げ、溜息をついた。その時、 「あ……」 フェイトが声を上げ、中空を見上げた。 「どうしたん、フェイトちゃん?」 「アルフから念話。大物を捕まえたから、期待してて、って。大物って……何だろう?」 そして首を傾げる。そういえばアルフとザフィーラの姿もあれから見ていなかった。 「まぁ、来たら分かるんやないかな」 はやての言葉に従い、待つことしばし。 「やっほー、フェイトぉ〜!」 「ただいま戻りました、主」 姿を見せたのは人間形態のアルフ。そして同じく人間形態のザフィーラだった。そして、 「こ、これどうしたの?」 ザフィーラが地面に降ろしたものを指し、すずかが問う。 それは一頭の猪だった。全長は自分達の背よりも大きい。それが脚を縛られて転がっている。一体どのくらいの重さがあるのだろうか。 「あたしとザフィーラで獲ってきた」 答えてえっへんと大ぶりの胸を揺らすアルフ。ザフィーラはただ、無言で頷く。 「ふわぁ……すごいなぁ、ザフィーラ」 興味深げに猪を見ながらはやてが賞賛を送った。すると、 「いえ、見つけたのはユーノですから」 と、ここにいない者の名前が出た。 「ユーノくんも一緒やったん?」 「いえ、行動は別ですが。ここへ来た時に足跡を見つけていたのは彼です。我らはそこから匂いを見つけ、それらを手掛かりに追い――」 「見事仕留めた、ってわけだ。いや、まだ生きてるから仕留めたってのは語弊があるけどさ」 どうやらユーノが関わっていたようだ。しかし、そうなると、 「で、そのユーノはどうしたのよ?」 となるわけで。アリサの問いに、さぁ、とアルフは肩をすくめた。 「一応、山菜の類を探してみるとは言ってたけど、どこにいるのかまではねぇ」 「え、それじゃあ……ユーノくんも食料の調達に出てたの?」 何も言わずにいなくなっていたからどうしたのかと思っていたら、まさか独自に動いているとは思わなかった。そういうことなら、こっちにも声を掛けてくれればよかったのに。何ができるかは分からないが、何かしら手伝えることはあるはずだ。何というか、頼ってくれなかったのは少し寂しい。 「まあ、今のなのは達には山の中を駆け回るのって難しいだろうしねぇ。そう気にすることはないさね。こういうのは、できる奴がやればいいのさ」 こっちの頭に手を置いて、少々強めにかき回してくるアルフ。しかしそれはそれで、戦力としてアテにされてないという意味になる。確かに山野の知識は持ち合わせていない。それに足もまだ完治しているわけではない。それでも、言われた物を探すくらいは―― 「ああ、2人とも戻ってたんだ。お疲れ様」 と、そこまで考えたところで当人の声が聞こえた。布袋を肩に担いだユーノがこちらへやって来る。 「いや。お前こそうまくやったようだな」 布袋を見ながらザフィーラがユーノを労う。何とかだけど、とユーノは答え、袋を地面に置いた。紐を解いて取り出された中身は、キノコ、何かの木の実、根っこのような物。そして―― 「巣穴を見つけてね。うまい具合に捕まえることができたよ」 最後に取り出したのは、2羽の兎だった。こちらも動いてはいないが、どうやら片方は生きているらしく、脚を縛ってあった。ひっ、と小さな悲鳴が背後から聞こえたが、それに気付いた様子はなく、アルフとユーノの会話が続く。 「そいつら結構すばしっこいだろうに。どうやったんだい?」 「出口に罠を仕掛けて、後は変身して巣穴に飛び込んで追い立てた。1匹は直接仕留めたけど」 「直接、ってフェレットのままで噛み倒したのかい? あんたも本性が戻ってきたみたいだねぇ」 「だから……僕はこっちが本当の姿だってば」 こちらの世界では愛玩用であるフェレットだが、もともとは狩猟用の改良種らしいというのは、PT事件終了後、何げにネットの某事典で調べてみて知った。だとするならばなおのこと、獣としての活動ができるというのは希有なことだと思ったが、口には出さずにおく。 その代わり、頭の中でイメージしてみる。普段は自分の肩に乗っていた愛らしいフェレットが、獣の本能を表に出して逃げる兎を追い立て、見事に仕留める――普段とは違う野性味を持ったフェレットは、何だか格好良く思えた。 (ワイルドなフェレットさんも、いいかも……) 「ちょっ! ウサギなんてどうするつもりよっ!?」 そんな妄想が、アリサの悲鳴にも似た声で掻き消された。 不思議なことを聞くものだ、というのが正直な感想だった。 「どうって……食べるに決まってるじゃないか。そのために捕まえてきたんだから」 動物を狩る理由など2つしかない。捕食か、駆除だ。今の状況が食料不足なのだから、そうなると答えは決まっている。 「た、食べるって……」 若干、アリサの顔色が悪くなった。何やら様子がおかしいが、どうかしたのだろうか。 せっかく狩ってきた獲物を食べることに躊躇する理由を考える。これも選択肢はそう多くない。 「ひょっとして毒があるとか? それとも狩猟禁止指定の動物だった?」 これくらいだろう。毒があるなら食べるわけにはいかない。そんな物を食べると言った自分を奇異の目で見るのは当然だ。そして、保護されている動物であるのなら、やはり狩ってしまったことは問題となる。兎もそうだが、猪もそういう動物であるのなら―― 「あー、それは――」 「まずいことをした、か?」 アルフとザフィーラが顔を見合わせる。よかれと思ってしたことが裏目に出てしまった可能性があるのだ。いずれにせよ、前者の理由ならともかく後者だと処罰対象となる。この世界だとこういう場合、アルフとザフィーラは、主であるフェイトやはやてに責任がいくのだろうか。 などと考えていると、 「いや、大丈夫やよ。別に毒もないし保護されてる動物でもないから」 と、はやての言葉。それを聞き、ホッと胸を撫で下ろす。守護の獣2人からも緊張感が薄らいだ。 「みんなー。質素だけどそろそろお昼に――あら」 そこへ桃子がやってきた。縛られた猪を見て、兎を、そしてキノコ類を見る。 「立派な猪。それに兎も。ユーノ君、よく獲ってきたわね」 「いえ、兎は僕ですけど、猪はアルフとザフィーラが」 感心してこちらを褒めてくる桃子に事実を告げ足すと、不思議そうに人間形態のアルフとザフィーラを見る。そして、しばらくすると納得したようだった。 「そう。これだけあればおつりが出るわね。ありがとうね3人とも」 「でも、こんなのどうやって食べるのよ……?」 「どう、って解体するんだよ」 どうしてアリサはそんな当たり前のことを聞くのだろうか。とりあえずは作業を始めようかと、腰の後ろに提げてある大型ナイフを抜いた。スクライアにいた頃からずっと使い続けている物だ。 「ちょ、ちょっとそれでどうするつもりっ!?」 悲鳴と言ってもいいアリサの声。そこで気付いた。アリサとすずかがまるで信じられない物を見るような目をこちらへ向けていることに。はやてと桃子は興味深そうにこちらを見ている。なのはとフェイトは苦笑い。 何かおかしな事をしているだろうか、と考えてみる。そして、これが普通でない事に気付いた。少なくとも、この世界の、この国の、この年代の子供にとっては。 「ザフィーラ、悪いけど川辺まで運んでもらえる? 具体的には人目に触れない所まで」 「どうした? 別に――」 何か言いかけて、ザフィーラは女性陣を一瞥。意図を察してくれたのか承知した、と答えて猪を担ぎ上げた。 「あ、それとフェイト」 「え、なに?」 「よかったら、バルディッシュを貸してくれないかな」 あれがあると助かる。フェイトはこちらの要請に首を傾げ、 「バルディッシュを? いったい何に――」 「こんの馬鹿っ!」 その問いが形になる前に、アルフの声とげんこつが自分の頭に落ちてきた。 「なっ、何をするんだよアルフ!?」 「何をじゃないだろっ! あんた、バルディッシュを肉切り包丁代わりにしようとしたろっ!?」 「ええ……っ!?」 殴られた頭を押さえて抗議すると、アルフは自分がしようとしていたことをズバリ言い当てた。顔を引きつらせ、待機状態のバルディッシュを手で包むように護りながら、フェイトが後ずさる。 あのサイズの猪を解体するなら、きっと大きな刃物が役に立つ。自分のナイフだけでは少し不安なのだ。あの斧形態ならば、そう思っての要請だったのだが、態度から察するに貸してくれそうにない。 『ユーノ。首を落とすだけなら私の力を貸すが』 念話でザフィーラが提案してきた。まあ方法はどうあれ、手段が確保できるなら構わないのだが。 『ありがとう』 礼を言って、自分が狩ってきた兎を拾い上げる。そして川へと向かった。 「さて……どうしようか……」 ザフィーラによって木に吊された猪を見ながら考える。 猪はまだ生きている。これからとどめを刺して、作業開始なわけだが。 「とっとと取りかかればいいじゃないのさ。何をそんなに考えてるんだい?」 簡単にアルフが言ってくれた。正論ではある。そこに間違いはないのだ。問題があるとすれば、それは自分自身にある。 「実は……自分主導で解体した経験がないんだ」 正直に答えると、はぁ? とアルフは間の抜けた声を出し、ザフィーラは眉をひそめる。 「経験があるから、買って出たのではないのか?」 経験はゼロではない。ただ、いくら放浪の部族とは言え、狩猟で生計を立てているわけではない以上、狩猟や採集の知識はあくまでおまけだ。しかも、それをするのは遺跡発掘に関わらない者の役目。おまけに自分は魔法学校へ入っていた時期もあるし、発掘の方へ割と参加していたので、同年代の一族の者と比べて、そっちの経験が薄いのだ。 「いや……自分が言い出したことだから、自分がやらなきゃな、と」 「なんだい、見栄っ張りだねぇ」 ザフィーラに弁解すると、呆れたように、しかし楽しそうにアルフが笑った。 「まぁ、なのはにいいとこ見せたいよねぇ」 「成る程、そういう理由か」 アルフのからかいを含んだ口調に、何故かザフィーラが納得して頷いていた。別にそういう理由ではない……つもりなのだが……無意識でそういう考えが働いてしまっているのだろうか。どんな形でもいいから、役に立ちたいと。 「まあ、それは置いておくとして。どうするのだ?」 置いておかれても困るのだが、とりあえず意識を現実に戻すことにした。今は動く時だ。 「手順を全く知らない、というわけではないのだろう?」 「うん。やることは覚えてる。ただ、順番とかタイミングとか、そういうのはうろ覚えで」 血抜きをして、内臓を取り出して、皮を剥ぐ。あと、身体に付着した蟲の処置も必要だった気がする。 「まずは血抜きからでよかろう」 「そうだね」 ナイフを握り直して猪に近付く。気絶しているだけで、まだ生きている獣。 考えてみれば、とどめを刺すのも初めてだった。狩る時はそうでもないが、無抵抗の状態である動物を手に掛けるのは正直、気が退ける。それでも必要なことだ。だから、 「ありがとう、いただきます」 感謝を込めて、刃を首に突き立てた。 残った食材で桃子が作ってくれた簡単な食事を済ませた後、一仕事終えて戻ってくると、川辺になのは達が座っていた。 「どうしたのみんな?」 「あ、ユーノくん。え、と……お魚さんを捕ろうと……した、んだけど……」 近付いて声を掛けると、言葉を詰まらせながらなのはが答えた。なるほど、こちらはこちらで食料調達に乗り出したらしい。一応、あの猪で十分足りるとは思うが、備えはしておいた方がいいだろう。 どれ、と川を覗いてみると、澄んだ水の中を魚が悠々と泳いでいた。ざっと見ただけでもそこそこの数がいる。範囲を広げれば人数分の魚は確保できそうだ。 「これだけいるなら獲物には困らないね」 そう言うと、場の空気が変わった。明らかに気落ちしてしまったなのはと、おろおろしているすずかとフェイト。アリサは苛立っているようだ。はやては表面上は平静で、何を考えているのか分からない。 「ユーノくん!」 不意になのはが立ち上がった。足はだいぶ良くなってきているはずだが、急な動きはまだ無理なのかその身体が揺らぐ。支えるべく動こうとしたが、それでもなのはは自力で体勢を立て直し、こちらを真っ直ぐに見た。 「お願い! もしお魚さんの捕まえ方を知ってたら、教えて!」 「捕まえ、方?」 「うん! えと、その、ユーノくんなら知ってるかな、と思って……」 段々と声が小さくなっていく。そして何故か俯いてしまった。 「えー、と……?」 何が何やらさっぱりだった。なのは達が魚を捕ろうとして、上手く行かなかったのは分かる。だが、なのはのこの落ち込みぶりはどういうことだろう。 とりあえず魚を捕えてあげればいいだろうと思い、 「それなら僕が――」 「だめっ!」 提案しかけたところで顔を上げたなのはに即座に断られてしまった。今にも泣き出しそうな顔で、しかしその目には強い決意の色が見てとれる。 [何なんだろうね……?] [あー……何かあったんだろうが……理由となるとさっぱりだな] さすがに相棒も、こういう時の対処法は心得ていないらしい。 聞いた方が早いと判断し、しかし直接なのはに訊くのは抵抗があったので、残った4人の中から、 『はやて。なのは、どうしたの?』 現状で一番冷静そうに見えたはやてにだけ念話で問いを投げた。表面上は何の変化も見せずに、はやては少し間を置いて、 『何て言えばええのかな……簡単に言うと、自分も働きたい、いうことやと思うんよ』 と返してきた。 『働く?』 『うん。わたしらは遊びやけど、ユーノくんには今回の旅行って療養みたいなもんやない?』 そうなのだろうか。そのような認識はなかった。なのはが誘ってくれたから来たのであって、自分も休暇だと考えていたからだ。 『ずっと無限書庫で激務やったし。だからなのはちゃん、今回の旅行でユーノくんにはゆっくり休んで欲しかったみたいなんよ』 『なのはが……?』 『だから、なるべくユーノくんの手を煩わせたくなかったみたい。ザフィーラ達が猪を獲ってきた時も、黙って動いてたのがショックやったみたいやし』 まさかそこまでなのはが考えてくれているとは思わなかった。いや、もちろんはやての言うことが絶対に正しいとは言いきれないのだが……少なくともなのはの態度の理由としては説得力があった。 となると、自分が引き受けるのは逆効果ということになる。 はやてに礼を言い、なのはを見る。表情は変わっていない。自分のことを心配してくれるのは嬉しいが……その事でなのはがこんな顔をするのは辛かった。だから、言った。 「それじゃあ、なのはに頑張ってもらおうかな」 「あ……ありがとうユーノくんっ!」 さっきまでの沈みっぷりはどこへやら。ぱぁっ、となのはの表情が晴れ上がった。こっちの手を握り、ブンブンと上下に振ってくる。なのはが笑ってくれるならそれでいいのだが、ここまで元気になるとは思わなかった。 「ちょ、ちょっと落ち着いてなのは」 「あっ、ご、ごめんなさいっ」 恥ずかしくなってきたので落ち着くように促すと、慌ててなのはが手を離す。ようやく一息ついて周囲を見ると、憮然とした顔のアリサとホッとしたようなフェイトとすずか、ニヤニヤ笑っているはやてがいた。 何というか、非常に気まずい。 「ユーノくん……?」 「あ、ああ、何でもないよ」 恥ずかしそうに頬を染めたなのはにそれだけを答え、意識を最初の問題、つまり魚捕りへと切り替えることにした。 捕まえる方法はいくつかある。魔導師ならではの方法もある。バインドでの捕獲がそれだ。移動する対象を捕縛するためのいい練習になったものだが、今回はそれは却下だ。魔法を使わず、しかも今のなのはにできる方法を使わなくてはならない。 川を見る。水深はそれ程でもない。深い場所もあるが、踏み入ることには問題なさそうだ。 河原を見る。適当な大きさの石はそれなりにある。 川の向こうを見る。木の大きさ、数は十分だ。 頭の中でそれらを組み合わせる。全てをなのはにさせるわけにはいかないが、自分が手伝えば何とか―― 「何黙り込んでんのよ。とっとと何をすればいいか教えなさい」 そんな声が聞こえた。見ると、相変わらずな顔のアリサがいる。 「アリサ……どうかした?」 「どうかした、ですって?」 アリサの表情が更に厳しくなる。眉を吊り上げ、こちらを睨みつけるようにして、 「まさかあんた、なのはだけに任せるつもりじゃないでしょうね?」 「そんなわけないじゃないか。勿論僕が手伝うよ」 「そーじゃなくてっ!」 立ち上がると指を突きつけてきた。 「あたし達はのけものにするのか、ってことよっ!」 「アリサ達……?」 アリサを見て、フェイトを見て、すずかを見て、はやてを見る。皆、仲間外れにされるのは心外だとばかりに不満げな顔をしていた。 どうやら全員やる気のようだ。となると、少し手順を変える必要がありそうだった。 必要な物を頭の中で練り直す。そして、 「アリサ」 「何よ?」 「使い潰してもいいシートか何か、ある? あと、金属製の串とか」 仏頂面のアリサに、問いを投げた。 「今っ!」 合図を出すと同時、なのは達が網を持ち上げた。青い網の中には元気よく飛び跳ねる川魚が2匹。 「アリサちゃん、早く早くっ!」 「任せなさいっ! このっ!」 網を保持しているすずかの声に応え、1人自由だったアリサが魚を掴み取ろうと手を伸ばす。何度かの失敗の後、 「しゃあっ! ゲットーっ!」 掴んだ魚の1匹を、勝利の証とばかりに持ち上げた。わっ、となのは達が歓声を上げる。 アリサに用意してもらったビニールシートを、ユーノはまず手頃な大きさに切った。それに鉄串とナイフで無数の穴を開け、即席の網を作ったのだ。 それの四隅をなのは達に保持してもらって川に沈め、自分が川上から石や木の枝で魚を追いやり、網に入ったところで持ち上げ、残った1人が魚を確保。 何度も失敗はあったが、こうしてなのは達は既に何匹かの魚を捕まえていた。 「しっかし、よくもまあこんなこと知ってるわよね」 残った魚も取り上げて、川岸に置いてある箱へ収め、感心したようにアリサが言った。 「別に狩りとか漁で生活してたわけじゃないんでしょ?」 「食料調達の為の手段ってだけで、知ってればそう難しいことじゃないよ」 自分達にとっては遊びと実益を兼ねたようなものだったのだが、やはりこの世界、この国の女の子には馴染みのあることではないらしい。追い込み用の石を拾いながら言うと、 「普通は知らないわよこんなこと。まあ、最初から網とかあれば考えもするんだろうけどさ」 「ビニールシートを網にしちゃうなんて、考えもしなかったよ」 半ば呆れたような口調でアリサとすずかに返された。やっぱり自分はずれてるのかなぁ、と思う。 しかしそれでも今が楽しかった。管理局に入ってからは無限書庫で整理と検索の日々。自らの意志で就いた仕事であり、そこに後悔はないが、それでも多少の息苦しさを感じることがあったのは確かで。 久しぶりに自然に触れて、それを和らげることができた気がする。来てよかった、と心から思う。そして、あらためて自分を招いてくれたなのはに心の中で感謝した。 「ねぇねぇユーノくん! 今度はわたしが追い込む役をやる!」 そうしていると、魚を捕まえるという目的を達成できたからか、すっかり笑顔になったなのはがこちらへと近付いてきて言った。 「いや、でも……」 なのはの足はまだ完治しているわけではない。ただでさえ川の中は足場が悪いのだ。転倒の可能性は高い。 「大丈夫! これでもコントロールには自信があるんだから!」 そんな心配は無用とばかりに、なのはが自信ありげに答える――その返事は若干ずれていたが。なのはが得意なコントロールは投擲ではなくて魔力スフィアの誘導操作の方ではなかったか…… 不安は拭い切れないが、なのはが自分で『できる』と判断したのなら、 「分かった。それじゃあお願いしようかな」 その意志に任せようと思った。石の入ったバケツと葉が付いたままの木の枝を渡してやる。そして自分はなのはが網を保持していた位置へと入った。 ゆっくりと、しかしご機嫌でなのはは川から上がって上流へと歩いて行く。 「ユーノ……なのは、大丈夫かな?」 「まあ、川の中なら倒れても怪我をすることはなさそうだから」 フェイトが小声で漏らした不安に答えたその時だった。 「きゃっ!?」 川へと入って間もなく、小さな悲鳴と共に派手バランスを崩したなのはが早速転び、に飛沫を上げたのが見えた。 その瞬間、手が網を放り投げ、足は即、なのはの方へと動いていた。魚を追い込むための枝が流れてくるのを避けて、なのはの傍へと駆けつける。 「ふえぇぇ……」 水深はそれ程でもないとはいえ、膝の上くらいまではある。尻餅をついたままのなのははすっかり川に浸かってしまっていた。 「なのは、大丈――ぶ……?」 濡れ鼠になってしまったなのはを引き起こそうと手を出しかけて、 「ゆ、ゆーのくん……?」 涙目のなのはが、不思議そうにこちらを見上げた。 出そうとした手は途中で止めてしまった。目の前に今ある光景が信じられなくて。こんな事があり得るのだろうか。 いけない。早くなのはを助け起こしてやるべきなのに、それができない。何とか我慢しようとするが、 「ぷっ……」 その努力の甲斐無く、噴き出してしまった。 頭の上に緑色をした四つ足の生き物――蛙を乗せたなのはを見て。 「ひ、ひどいよユーノくん!? 笑うなんて!」 「ち、違うよなのは……笑ったのは転んだ事じゃなくて……っ」 頬を膨らませてなのはが抗議の声を上げるが全くの誤解だ。それがまたおかしくて、笑いが込み上げてくる。 「ご、ごめんなのは……頭……頭……っ!」 両手をばたつかせているなのはには悪いが、蛙の存在1つのせいで笑いを誘う姿でしかなかった。なるべく直視しないようにして頭上を指し示すと、さすがになのはもおかしい事に気付いたのか、ゆっくりと頭に手をやり、その原因を掴む。 「きゃっ!?」 そして、その正体を確認した途端に悲鳴をあげてそれを放り投げた。拘束から逃れた蛙は悠々と川を泳いでいく。 「あはははははっ!」 その反応で、完全にこらえきれなくなってしまった。声を上げて笑ってしまう。大したことではないはずなのに、それが無性におかしくてたまらない。駄目だと思っていても止める事ができなかった。 「も、もうユーノくんっ!?」 「だ、だって……ご、ごめん……僕、限界……っ! あははははっ!」 「何やってんのよあの2人……」 アリサの口調が、ここに残された4人の想いを代弁していた。 なのはが転んで、ユーノが駆けつけたところまではいい。ところがどういうわけかユーノが急に笑い出し、なのはが川の水をすくってユーノに振りまいた。 最初は大笑いするユーノへの抗議的なものに見えたなのはの行為も、今ではすっかり水遊びだ。お互い笑いながら川の水を浴びせ合っている。 アリサが呆れるのも無理はないのだが。 「でも、楽しそうだね」 と、正直な感想が口から漏れた。うん、とはやても同意する。 「あんなに楽しそうななのはちゃん、久々に見た気がするわ。飛行魔法を試した時以来かなぁ」 撃墜事故から今日まで。色々とあったなのはが取り戻していった笑顔がそこにはあって。 「それに、ユーノも。あんなに笑ってるところ、初めて見たかも」 普段は控えめで、クロノと言い争っている時くらいしか感情を剥き出しにしないユーノが、こうやってはしゃいでいる光景も珍しい。 いずれにせよ、今回の旅行でユーノにゆっくりして欲しいと言っていたなのはの望みは、叶っているのではないかと思う。無限書庫で過酷な勤務を続けている彼には、いい気分転換になっているに違いない。 「……なんか、むかついてきたわ」 しかし、そんな言葉をアリサが吐いた。見るとどうにも不機嫌そうな顔。 「ちょっと……仲間外れにされてる気分になるね」 続いてすずか。顔は笑っているが声は平坦だ。それが恐い。 「そうやなぁ。これは思い知らせてやらなあかんかなー」 さらにはやて。こちらはニヤニヤと笑っていて、何やら楽しそうな口調。 その3人が、揃ってこちらを見た。ああ、つまりはそういうことか。 無言で頷いて網を受け取り、河原へと放り投げる。そしてなのは達の方へと向かった。はやての足がまだ完全ではないので、それに合わせるようにゆっくりと進む。 直近まで近付いたというのに、2人はまだ水を掛け合っていた。こちらに気付いた様子がない。うん、これは少し悔しいというか楽しくない。 アリサ達と再度視線を交わし、頷き合う。そして―― 4人揃って一斉に、2人へ川の水をぶっかけた。 後書き KANです。 休暇第2弾。ユーノくん、スキル発動。 といっても、ユーノに野外生存技術があるってのは完全に拡大解釈ですが。放浪の遺跡発掘部族とはいえ、ここまでのことが子供の頃からできるとは……まあ、狩猟は魔法を使えれば問題ないんでしょうけど、獲物の解体、それも猪はどうなんでしょうか……某スレにウサギを捌くヴィヴィオを落とした自分が言うのも何ですがw ちなみになのはさんの脚は、ゆっくりと歩けるくらいには回復してます。 ではまた、次の作品で。 H22.10.18 加筆修正&文書量バランス変更 |