※この作品は、前作「家族会議」の続きです。単独でも読めますが、前作を読んだ後の方が少しだけ分かりやすいです。 友人裁判 喫茶翠屋の店内、その一角のテーブル席。なのははユーノと共にそこへ座り、来訪者を待っていた。 「はぁ……」 もう何度目になるか分からない溜息を、ユーノが吐き出す。そわそわとして落ち着きがなかった。 「もう、ユーノくん。そんなに不安にならなくても」 「そう言われても、ね」 その態度に苦笑してしまう。先日の堂々とした彼はどこに行ってしまったのだろうか、と。することはあの時と同じだというのに。 「大丈夫だってば。2人とも、きちんと話せば分かってくれるよ。お父さん達だってそうだったじゃない」 「士郎さん達とは違うよ、なのは。あの2人は……いや、1人は確実に、実力行使に出る。そう確信できる」 「にゃはは……それはー……」 否定できなかった。あの行動的な友人は、確かに肉体言語に訴えることが多いからだ。 「それに、あの2人は実質的な被害者だからね。年上の人は気にしなくても、同年代だと、そうはいかないよ」 「わたしは……許したよ? というより、びっくりはしたけど、怒ったりはしなかったもん」 ユーノが言いたいことを分かった上で、なのはは言った。思い出すのも恥ずかしいが、決して悪意あってのことではなかったからだ。あの件は、仕方のないことだと既に割り切っている。 「それはきっと、なのはが優しいからだよ」 「え、えと……そ、そんなことはー……」 いきなりそんな事を言われ、なのはは顔が熱くなるのを自覚した。何だかまともにユーノの顔を見ることができなくなり、助けを求めるように周囲を見ると、両親と目が合った。カウンターの向こうでニコニコ笑いながらこちらを見ている母と、グラスを磨く視線はそのままに、微笑を浮かべて何やら頷いている父。 (あうぅ……) 助けはどこにもなさそうだった。 カランカラン その時、ベルの音と共に店に入ってくる影が2つ。 「アリサちゃん、すずかちゃん。こっちだよ」 なのはは手を振った。待ち人である友人2人に声を掛ける。 「お待たせ、なのはちゃん」 「来たわよー」 2人はすぐにこちらに気付いて、向かいの席に座った。 「で、あたし達は話があるから、ってんで来たんだけど。魔法絡みの話だ、って」 桃子に飲み物を注文して、アリサがこちらを見て、それからユーノに視線を向ける。 「そこにいる男の子も、その関係?」 「うん。というより、今日の話はそのこと、かな」 横目でユーノを見ながら、答える。隣のユーノは緊張した様子だったが、一度大きく深呼吸をすると口を開いた。 「こんにちは。アリサ、すずか」 「初対面のはずだけど……あたし達を知ってるの?」 「なのはちゃんのお友達、だよね?」 首を傾げる親友2人。当然だろう。この姿のユーノとは初対面なのだから。 「自己紹介するね。僕の名前は、ユーノ。ユーノ・スクライア」 「「ユーノ、って……」」 「うん。君達がよく知ってるフェレットは僕なんだ。こっちが本当の姿」 案の定、2人の目は点になった。 沈黙が流れる。 前回の高町家の時と同じように、ユーノは全てを話した。そして今は、2人の反応を待っている。困惑したすずかと、俯いているアリサ。 とはいえ、次にどうなるかは容易に想像できていた。 「納得できるわけないでしょーっ!?」 肩を震わせていたアリサはそう叫び、テーブル越しにこちらの胸ぐらを掴んだ。 「見たのね!? 見たのねーっ!?」 「ち、ちょっと、アリサちゃん、落ち着いて――」 「落ち着いていられるかーっ!」 「そうだよアリサちゃん! それにも事情が――!」 すずかがなだめ、なのはが前と同じようにその辺りの事情を説明しようとするが、アリサの暴走は止まらない。まあ、予想どおりだが。 「どう言い繕ったところで、ユーノがあたし達の風呂にもぐり込んだのは事実でしょーがっ! すずかもよく見なさいっ! 男の子なのよっ!?」 こちらをがっくんがっくん揺さぶりながら、羞恥と怒りで赤くなった顔をアリサはすずかに向けた。それは、とすずかも顔を赤らめ、言葉を濁す。 「外見なんて関係ないわっ! 本質を見なさいっ! たとえフェレットの姿をしていても、中身は男の子っ! その事実は揺るぎようがないわっ!」 そう言うだろう、とは思っていた。確かに事実は変わらない。見たのか、と問われれば、見たとしか答えようがないのだから。望んだ結果かどうかは別として。 が、このままでは話は進まない。殴られたりする覚悟は既にあるが、これを続けられると意識が飛ぶ。 「アリサ」 とりあえず話をするべくアリサの腕を掴んで動きを止め、注意をこちらに引き戻す。アリサは怒りの表情を浮かべたまま、こちらを睨みつけてきた。なかなかのプレッシャーを感じるが、ここで退くわけにはいかない。 「つまり、アリサは僕を人間と見なす、ってことだよね? たとえ姿がフェレットでも、人間として見る、と」 「そうよっ!」 「今までのことも、フェレットじゃなくて、僕という人間の男の子にされたことだ、と。そう認識するんだね?」 「当たり前じゃないっ!」 襟首を掴む手に更なる力が加わったのを感じる。彼女の怒りゲージもそろそろ振り切れそうだ。 「だったら、僕もそう認識すればいいんだよね?」 手を離して、アリサに問う。 「……何がよ?」 「僕はあくまで人間だ、ってこと。フェレットの時にされたことは、人間の僕がされたことだ、って思えばいいんだよね?」 意味を量りかねたのか。アリサは眉をひそめた。 別に難しいことを言ってはいない。アリサがそう思うなら、こちらもそう思うことにしよう。それだけのことだ。 「順を追って行こうか。初めて翠屋の前で会った時、アリサは僕に何をしたか覚えてる?」 「……覚えてるわよ。まずはそこの罰から始めさせてもらいましょうか……」 身体が前に引き寄せられた。アリサの片手が離れ、大きく振りかぶられる。平手――あれ、ぐーじゃないんだなぁ、と意外に思いながら、ユーノはアリサを見据える。 「でもね、フェレット時も人間として見るって言うなら、僕も言いたいことがあるんだ」 アリサはフェレットとして可愛がったつもりだったろう。そして、今はユーノを人間として認識しているが故に、動物の姿なのをいいことに邪なことをした、と思っているに違いない。 しかし違うのだ。少なくとも、実際にされた身としては。 「何よ? 遺言なら聞いてあげるわ」 「人間の立場で言わせてもらえばね、あれって首を絞められたまま頭を揺すられたとしか受け取れないんだ」 「は……!?」 これまた予想どおりの反応をアリサは示した。 「フェレットとしてそうされたなら、スキンシップとして受け止めるしかないんだけど、人間として、となると、そういう風にしか意識できないよ。ひどいよね?」 実際、あれは辛かった。抱きしめられたと言うよりは締め付けられた、の方が正しい。おまけにブンブン振り回された。意識を失うところまで。 アリサの勢いが、確実に止まった。時間を与えず、ユーノは2撃目を放つ。 「それに……アリサ達も見たよね?」 「な、何をよ?」 「覚えてないの? 『そーいえば、名前はユーノくんだけど、あんたオスなの? メスなの?』って確認したじゃないか……つまり、見たんだよね? その識別ができる部分を」 アリサの反応は、劇的だった。 「そっ、だってあんたはフェレットで――!」 「でも、僕を人間として見るんでしょ? つまり人間の僕にそういうことした、って今は認識してるんだよね?」 こちらから手を離し、真っ赤になって抗弁するアリサ。しかしユーノは言った。アリサが望んだとおり、フェレットとしてはなく、男の子としての意見を。そして、黙っているすずかに話を振る。 「すずか? たとえばさ、クラスの男の子でも女の子でもいいけど、すずかがホントに女の子かどうか確かめさせてもらう、とか言われて、その、見られたら、どう思う?」 ほんの少しだけ思考して、すずかは目を見開いた。頬を染め、隣の親友を見て一言。 「ひ、ひどいよアリサちゃん……」 「ってちょっとすずかっ!? それは例えでしょーがっ! それにあんたも見たでしょっ!?」 「でも……おんなじ事をした、ってことだよね? フェレットじゃなくてユーノくんに。わ、私、なんてことを……」 「ぐぁぁぁっ……」 頬を押さえて首を振るすずか。アリサはアリサで呻き声をあげ、テーブルに突っ伏した。 しかしここで終わらせるつもりはない。まだこちらのターンは終わっていないのだ。 「それに、温泉の時も」 「こ、今度は何よっ!?」 「アリサ、嫌がる僕を捕まえて、身体を洗ったよね?」 跳ねるように起き上がったアリサに、なるべく無表情を装って、告げる。 「逃げようとしたのに無理矢理抑えつけて、全身を……頭のてっぺんから尻尾の先まで……触れてない場所なんてない、ってくらい徹底的に、その手で僕の身体を隅々まで……」 そして俯いて、手で口元を覆って、声を作って。とどめの一言を放ってやった。 「うう……もうお婿に行けない……」 「な、な、な、な――っ!?」 アリサの顔は熟したトマトですら敵わないほどに赤くなっていった。 「あ、あんたあの時はフェレットだったでしょーがっ!」 「でも、フェレットの姿でも人間とみなすんだよね? さっきはっきりと、アリサは言ったよ? 都合の悪い時だけフェレット扱いするのはずるいよ」 つまり、そういうことだ。向こうがこちらをあくまで人間としてみるなら、こちらも人間として答える。当たり前のことだった。 テーブルの向こうで頭を抱え、アリサが苦悩している。自分のしたことを省みて、どう折り合いを付け、心の均衡を保とうかと苦労しているようだった。 まあ、この場合。簡単な解決方法はある。つまり、認識を改めればいいのだ。だが、 「……そ、そこまで言うなら、フェ、フェレット時のことは、水に流してやってもいいわよ……」 「流してくれなくていいよ」 ここで丸く収めるつもりはなかった。正確には「譲歩してもらう」つもりはなかった。 「な、何でよっ!?」 バンとテーブルに手をついて、アリサが立ち上がる。幸い他の客は珍しくいなかったので、迷惑になることはないが。 「だって、フェレット時だろうと何だろうと、僕を人間の男の子として扱うって言ったじゃないか。だったら僕は自分の罪を認めて罰を受ける。フェレットの姿で僕はアリサ達の裸を見た。だからアリサも、自分のしたことを事実として受け入れてよ。僕の首を絞めて振り回したことを。大事なところを見たことを。僕の身体に隅々まで触れたことを」 自分で言っておいて、随分な発言だなーとは思うが、止めない。 「僕の方からは何も言わないから。ただ、アリサが僕に罰を科すだけでいいからさ。水に流してやってもいい、なんて恩着せがましく、嫌々自分の考えを曲げる必要なんてないよ」 「わ、わ、わ……」 口を、金魚とかいうこの世界の魚のようにパクパクさせて、対面の少女は混乱の極みにある。今の彼女はきっと、とにかくこの状況から抜け出したいと思っているだろう。終わらせる方法は2つ、だ。 「し、仕方ないわね! 今回のことは不問にするわ!」 「だから仕方なく、なんて駄目だってば。あくまで僕は――」 「フェレットよっ!」 こちらをびし、と指さし、アリサは宣言した。 「今のあんたは人間でも、あの時のあんたはフェレット! それ以上でも以下でもなくて、フェレットよっ! だ、だから何も気にしなくていいわっ! どーぶつに裸を見られたくらいで何だってんのよ! そんなことで怒るほど、あたしは狭量じゃないんだからっ! いいわねっ!? だから、この話はここで終わりっ!」 一気に捲し立てると、アリサは注文していた紅茶ではなく、水を一気飲みして席を外れる。そして、 「す、すずかっ! 今日はお稽古があるんだからっ! もう行くわよっ!」 逃げるように店を出ていってしまった。支払いを忘れなかったのはさすがだ。 「そういえば、すずかからの罰は……何にする?」 取り残される形になった、ほとんど発言のない少女に問いかける。すずかはゆっくりとカップの中身を口に含んで、 「なのはちゃんの言ったとおり、事情があったんだから仕方がないし。でも……今後、同じことがあったら、怒るよ?」 ニッコリと微笑んだ。何やらプレッシャーを感じるのは、気のせいだと思いたい。 まあ、釘を刺されなくても承知している。今後、こんなことは2度とあり得ない。 「故意に覗いたりはしないよ。誓ってもいい」 「だったら、私からは何もないかな。それじゃあ、アリサちゃんが暴走気味だから、行くね」 正直に話してくれてありがとう、と言い残し、すずかも勘定を済ませると店を出て行った。 「はぁ……助かりましたよ、士郎さん」 ようやくユーノは力を抜くことができた。 「いやいや、俺はヒントしか与えてないからな。しかしユーノ君も容赦ないな」 「あはは……中途半端だと後を引きますから……」 この一連のやり取り、実は士郎の入れ知恵だった。 先日、アリサ達にも事情を説明しないといけない、と悩んでいたところで助言してくれたのだ。 「そうだなぁ。逆に考えればいいんじゃないか?」 「逆に、ですか?」 「多分、向こうが気にするのは温泉の件だ。フェレットじゃなく、男の子に見られた、と考えるだろう。だったらユーノ君も同じように考えればいいんだ。フェレットがされたんじゃなく、人間がされた、と。色々、されたんだろう?」 つまりはアリサ達に、フェレットの姿をユーノ自身の姿に置き換えさせ、向こうがやったことも再認識させることができればいい、と。 そこで先程のようなことをアリサに言ったのだ。正直、言ってる方が恥ずかしかったりする。脳内で台詞が映像に変換されてしまったが故に。もっともそれは、向こうも同じだったろう。 数発は殴られるだろうな、と覚悟していた身としては、少々姑息な手段とはいえ、無傷で済んだのは幸いだった。とはいえ、フォローは入れねばなるまい。見てしまったことは覆しようがない事実だ。このまま逃げ切りでは後味が悪い。1日だけ言うことを聞く、くらいはするべきだろう。 しかし今日は疲れた。精神的に。できるならこの後は休みたいものだ。とりあえずはなのはの家に戻って、フェレットモードでいいからゆっくりしよう。 「なのは、今日は付き合ってくれて――」 ありがとう、と礼を言おうとしたのだが。 「な、なのは……?」 ユーノのターンが始まって以降、一言も発することがなかったなのはは真っ赤になって固まっていた。 (な、何かあったのかな……って!) そして気付いた。自分が言ったことは、なのはも聞いていたのだ、と。つまりなのはもアリサと同じように―― 「ゆ、ゆーのくん!」 「は、はいっ!?」 突然呼ばれ、ユーノは反射的に立ち上がると背筋を伸ばす。何だかそうしないといけないような気がして。 「わ、わたしはね、ユーノくんのこと、男の子として見てるから! たとえ、フェレットさんモードでも、ユーノくんはユーノくん!」 「う、うん……」 どうやらこちらは、アリサとは違って受け入れる方向で脳内処理されたらしい。だがしかし待て。とするならば……いやいや、でもそれは…… 「だ、だからね! 責任は取るからーっ!」 「責任って何さーっ!?」 なのはは完全に暴走していた。ジリジリと、こちらに迫ってくる。逃げ出したいが、自分の席は窓際だった。逃げ場はない。 「だ、だってわたしもユーノくんをお風呂で洗ったもん! そ、それも何度もっ!」 「いやあれは、アリサを封じ込めるための方便で……士郎さん、桃子さん、何とか言って――!?」 暴走を開始したなのはを止めるべく助けを求める。しかしユーノは見た。ガッツポーズをとり、してやったり、とイイ笑顔を浮かべてこちらを見る高町夫妻を。 「ま、ま、まさか……ここまで狙って!?」 「さあ、なのはの意思も確認できたことだし。桃子、今晩は豪勢にいこうか」 「そうね。お赤飯も炊こうかしら」 「ちょっと待って――っ!」 自分を城に例えてみた。外堀は外部の支援により埋められ、城壁は桃色の魔力光が容赦なく撃ち抜いていく。そんな錯覚にユーノは眩暈を覚える。 ユーノ・スクライア。9歳。 どうやら人生の墓場への前売り切符を強引に売りつけられたようだった。 後書き お久しぶりのKANです。 今回はアリサ達への説明でした。まあ、アリサなら怒り狂うでしょう。しかしSSでは随分あっさりとしてましたので、そう考えるに至る理由をでっち上げてみました。 実際、ユーノくん視点だとどうなんでしょうね? 可愛がられるのも苦痛でしかないと思うんですが。 それに9歳の男の子ですよ。小学3年生つったら、我が母校じゃ水泳の着替えだって男女とも同じ教室でしてましたしねぇ……性的な意味での異性に対する意識は当然まだ芽生えてなかったですよ。つまり、女子の裸を見たい、という意識は生まれないと思うのです。だったらユーノも覗きなんてしないだろうなぁと。 まあ、淫獣なんて不名誉な名前を与えられてる以上、宿命なんでしょうけどね。ミッドの人間は性徴が早いのかもしれませんが。 とりあえず、高町夫妻による「ユーノをなのはの婿にしよう計画」は、高町家会議で承認がおりてます。なのははそんなこと知りませんがwまあ、ユーノ君は今後無限書庫行きですから、高町家との接点は少なくなるんですが……まあ、電波が溜まったら続きを、ということで。 それではこんな作品ですが、少しでも楽しんでいただければ幸いです。 ではまた、次の作品で。 |