発端は、何気ないスバルの一言だった。
「ねぇ、ちょっと思ったんだけど」
「何よ?」
「ユーノさんって、女装が似合いそうだよね」
 かこん
 機動六課隊舎。男子禁制の園――女性用浴場。
 事件は、そこから始まったのだ。
 
 
 おぺれーしょんPB
 
 
「いきなり何を言うのよあんたわ」
 スバルの隣にいたティアナが、その頭を小突いた。
 まあ、あまりにも唐突な一言である。前振りの話題があったわけでもない。しかもそれを発したのが、ユーノとの面識なんてほとんど無いはずのスバルからなのだ。
「えー、だってティアはそう思わない?」
「決まってんでしょ? そんなの似合うわけ――似合う、わけ……」
 口をとがらせるスバルに、ティアナは呆れたように口を開いて、しかし途中で言葉を濁した。
「ほーら、ティアだって、そう思ってんじゃん」
「うっさいっ!」
 叫びつつ、ティアナが手にした桶を勝ち誇ったスバルの頭に叩きつけた。クリティカルヒット。しかも角。桶は割れ、スバルは仰け反り、ひっくり返る。
 全く何をやっているのだろうか。風呂場は暴れる場所ではない。それに話題が話題だ。人の恋人をダシにするなんて、少し頭を冷やしてやろうかと口を開きかけて――
「あかん! それだけはあかんよ!」
「八神部隊長?」
 叫んだのははやてだった。ティアナが怪訝な表情を彼女に向ける。 
「ユーノ君は男や! 決して女装なんてせぇへんっ!」
「そうだよっ! ユーノは男なの! 間違っても女物の服を着たり、化粧したりなんてしないんだっ!」
 続けてフェイトも叫ぶ。2人の顔は真剣そのもの。いや、必死だった。馬鹿なことを言うな、とその目が訴えている。
「にゃはは……」
 その理由がよく分かった。だから、自然と苦笑いが漏れてしまう。そんな自分に気付いたのか、ティアナが首を傾げながらこちらを見る。
「なのはさんは何も言わないんですか?」
 隊長陣のうち、自分を除く2人が反対したものだから、同じ反応をすると思ったのだろうか。
 ふむ、とフェイト達の反応を思い返し、それから恋人の顔を思い浮かべ、ユーノの女装について考える。否、思い出す。
「まぁ……お願いすればしてくれると思うよ」
 出てきたのはそんな結論。うん、頼めばしてくれるだろう。ただし、徹底的に慈悲も容赦もなく。
「って……なのはさん、自分の恋人の性癖について何か言うことは?」
 顔を引きつらせながら、ティアナが身を引いた。まあ、こんな言い方をすれば誤解を招くのは当然だが、別にユーノに女装趣味があるわけではない。例え外見が中性的であろうと、彼は立派な男子だ。それは自分だけがよく知っている。色々な意味で。
「言い方が悪かったかな。別に女装が趣味ってわけじゃなくて、頼めば多分してくれるってだけだよ。ただ、止めといた方がいいと思うけど。きっと後悔するから」
 ティアナはともかく、スバルはノリの赴くままに頼んでしまいそうだ。そして、思い知ることになるだろう。
 うんうん、と力強く首を縦に振る親友2人の姿が見える。眉をひそめてティアナが首を傾げる。スバルはまだ、あられもない姿で転がっている。
「うん、止めといた方がいいよ」
 もう一度、なのはは念を押した。
 
 
 
「と、いうわけなんだけど」
 六課の宿舎、そのロビーに集まる乙女達。スターズ分隊の少女2人とロングアーチのオペレータ3人娘だ。本来ならここへキャロとエリオも加わっているはずなのだが、良い子の2人は既に就寝しているので不参加である。
「止めといた方がいい、ってどういう意味だろ?」
 ジュースを傾けながら、アルトが天井を仰いだ。
「理由は訊いたの?」
「うん。でもさ、それは教えられないことになってる、って」
 だから分かんない、とスバルは肩をすくめる。
「でも、してくれるって? だったら、お願いしてみようか」
「興味はあるかなぁ……」
 シャリオ、ルキノは乗り気のようだ。でしょ? とスバルは笑い、さんせーい、とアルトが手を上げる。
 そんな中、1人難しい顔をしているのはティアナだ。
「いいのかしら?」
「何が?」
「だって、なのはさんが止めておいた方がいい、とまで言ってるのよ? 後悔する、とも。部隊長達も同意見のようだし、理由は分からないけど、ろくな事にならないからだと思うんだけど」
 うーん、と考え込むティアナを除く4人。
「じゃあ、ティアは不参加ってことでいい?」
「う……」
 しかしスバルの問いかけに、ティアナの顔には迷いが浮かんだ。それを見て、スバルはニヤリと笑う。
「ほらほらティア〜。自分に素直になろうよ〜」
「そうだよ〜? 興味はあるんでしょ〜?」
 続いてアルトが、同じように笑いながらティアナににじり寄る。
「大丈夫だって」
「みんなで頼めば恐くないって」
「う、うう……」
 2人に挟まれ、耳元で囁かれて――結局、ティアナも堕ちた。
 
 
「なあ、はやて……いいのかよあいつら放っておいて?」
 ウィンドウを消し、ヴィータが主に問いかけた。あまり気持ちのよいことではないが、はやての指示でスバル達の動向を監視していたのだ。
「私は何も聞いとらんよ?」
 しかしはやては顔を背ける。そんな主を見ながら今度はシグナムがフェイトに声を掛ける。
「テスタロッサ」
「シグナム、何か聞こえたなら、それは幻聴だよ。間違いない」
 結果ははやてと同じだった。耳を塞いで余所を向く。
 がしがし頭を掻きながら、ヴィータが今度はなのはを見て、言った。
「なのは、おめーが余計なこと言うからだぞ?」
「ユーノ君に女装が似合うだなんて言うの聞いたらついカッと……でも、一応釘は刺したんだよ? それでもするなら、個人の責任だよ」
「つっても、何が起こるのか具体的に言えねーんだろ? 陥れたも同然じゃんかよ」
「人聞きの悪いこと言わないでよ……まあ、失言だったかもだけど……」
「知らねーぞ。あいつらが使い物にならなくなっても」
 何やらよく分からないやり取りを交わしている。言葉の端々からどうにも物騒に聞こえるのだが、その割に本気でどうにかしようという意志のようなものは感じられない。それは、聞こえないふりをしているはやてやフェイトを見ていれば分かるし、強く諫めようとしないシグナムとヴィータを見ても分かる。
「ねぇシャマル。はやてちゃん達、どうしたですか?」
 独りで考えても答えが出るものではないようだ。近くにいたシャマルに問う。
「うふふ……リインちゃんは知らない方がいいわよ……」
 しかしシャマルは虚ろな目をしたままそう呟くだけで。
 結局何がどう問題なのか、教えてはくれなかった。
 
 
 
「てことで、お願いしますっ!」
 久々に顔を出してみようと思い立って機動六課へ足を運んだ途端、なのは達に会う前にその部下達に止められた。しかもいきなり「女装を見せてくれ」ときた。
「えーと……」
 最後にしたのはいつだったっけ、と記憶を探りながらも考える。一応、思い直す機会を与えてやろうと、
「ただ、本当にいいんだね?」
 そう、問いかける。
「え?」
「僕が女装して、本当にいいんだね?」
 ティアナとスバルが顔を見合わせる。ティアナの顔には困惑が浮かんでいたが、スバルに肘でつつかれると、意を決したように言った。
「ええ、是非」
 どうやら決心は変わらないようだ。ならば、やってやろう。彼女らが望むとおりに。ただし、これだけは呑んでもらわなくてはならない。
「条件が2つだけあるけど、いい?」
「「な、何でしょう?」」
「必ず、僕の質問に正直に答えること。そして、その後この件について誰に問われても、一切の嘘をつかないこと」
「それだけですか?」
「それだけ。それを約束できるなら、やってあげる。もしも約束を破ったら……ひどいよ?」
 さ、とティアナの顔が蒼白になった。そして何やら口を開きかけたが、
「はい、必ず!」
 その口を塞ぎ、スバルが答えた。目を見開き、むーむーと抗議の声らしきものをティアナが上げているがスバルはよろしくお願いしますねと言って相棒を引きずって行ってしまった。
「ま、いいか……」
 ティアナは危険を察知したようだが、相方がああいう態度に出たのであれば、一纏めに考えてもいいだろう。うん、彼女も有罪確定。
 となると準備をしなくてはいけない。
「あ、もしもし」
【あら、ユーノ君。今日はなのはちゃんに会いに行くって言ってなかった?】
 無限書庫へ通信を繋ぐと顔を出したのはベッキーだった。無限書庫再立ち上げの頃からいる古参の女性司書だ。彼女なら話が早い。
「すみませんベッキーさん、ちょっと面倒を頼まれてくれませんか? 第7保管庫にあるトランクを、機動六課へ送ってほしいんです」
 ベッキーの表情が、凍りついた。
【だ、第7保管庫のトランクって……もしかしてアレのことっ!?】
 たっぷり時間を掛けて再起動。ウィンドウにかじりつくようにして、問うてくる。彼女の背後から流れてくるのは警報音と警告メッセージ。他の女性司書達が慌てふためく姿が、背後に見えた。この件、いまだに非常事態指定をされてたんだなぁ、と半ば呆れながら、話を続ける。
「アレっていうのが、PBと記されたトランクのことを言ってるのなら、そのとおりです。転送許可は取っておきますからお願いします」
【……いいけど……ひょっとして『最後まで』するの?】
「します」
 きっぱりと、即答する。
【わ、分かったわ……それじゃあ、送るから少しだけ時間をちょうだいね】
 頭を抱えたまま、ベッキーはウィンドウと共に消えた。
「さて、と」
 準備はまだ必要だ。先程言い忘れたこともある。まずは、スバル達に通信を繋ぐことにした。
 
 
 
「始まったなぁ……」
「そーだね……」
 キーボードを叩きながら、はやてが気のない声で言い、フェイトもまた書類をめくりながら気のない返事をする。そんな2人に、鉄槌の騎士が欠伸をかみ殺しながら問いかけた。
「ホントにいーのかー?」
「いいじゃない……フフフ……みんな思い知ればいいのよ……」
 ブツブツ言いながら、湖の騎士がコーヒーカップの中身をかき回している。目は虚ろで、端から見ると精神崩壊寸前だ。過去の記憶が揺り戻されたのだろう。
「なのはさん、本当にみんなどうしたですか? 絶対おかしいです!」
 そんな様子を見ながら、祝福の風が困ったような顔でこちらを見た。それに対する答えは、決まっている。
「うん、おかしいんだよ……」
 ぶっちゃけ、『あの時』の被害者である3人が、トラウマを呼び起こされようとしているのが原因だ。はやてとフェイトは仕事をしている風に見えるが、既に平静を失っている。はやてのキーを叩く音は、先程から一定のリズムを変えていない。つまり、同じキータッチを繰り返しているのだ。それにフェイトも、書類をめくる速さはまともに読むことができる域を超えているし、やはり同じ書類を延々と眺め続けていたりする。
「なのははまだいーんじゃね? 結局、直接は見てねーんだろ?」
「幸いなことに、ね」
 自分と同じく『被害』を免れているヴィータに、肩をすくめてみせた。実際には写真でその破壊力を知っているのだが、写真と現物では破壊力の桁が違う。
 ただ言えることは、あの時の判断は正しかったということであり、教え子達は間違いなく『後悔する』ということだ。
「ユーノさんの女装、そんなにひどいですか?」
 理由は分からずとも『見たくない』という思いは伝わっていたのだろう。リインが嫌な物を想像したのか眉根を寄せるが、
「ううん、そうじゃないの」
「あぁ。むしろ――」
 それを否定し、ヴィータが言葉を継いだ。
 
 
 
 機動六課隊舎――会議室。
 隊舎内で一番大人数を収容できるこの部屋に集められた人、人、人。
 その内訳は大きく偏っていた。依頼後、ユーノから新たにあった指示によるものだ。
 1つ、大勢が集まれる部屋に、なるべく多くの職員を呼ぶこと。ただし、女性陣は今回の件を知っている者に限り、他の女性には一切声を掛けないこと。
 1つ、ユーノが女装するという事実を、ユーノ自身がネタばらしするまで誰にも言わないこと。
 女性率が高い職場でありながら、この場にいるのはほとんどが男性職員だ。女性陣はスバル、ティアナ、シャリオ、アルト、ルキノ、キャロの6人のみであった。
 元々、イベント大好きな六課の職員である。勤務上、持ち場を離れられない者と、オフシフトで隊舎周辺にいない者以外は全てが集まっていた。
 一体何が始まるのかと男性職員達が楽しみに、とある女性が底知れぬ不安を胸に抱いて、待つことしばし。扉が開き――会議室を沈黙が支配した。
 コツコツと軽い音を響かせながら入ってきたのは一人の女性――そうとしか見えない人物だった。
 その場にいた全ての者の目が、一点に集中する。その視線を浴びながらも女性は何ら反応を見せずに正面中央まで来ると、身体を90度回し、こちらに向いた。

(((((な、なにこの美人っ!?)))))

 身を捻ったと同時、長い金糸が軽やかに揺れ、靡く。光の加減か、それは夜空の星のように輝いて見えた。
 化粧気はほとんどなく、形のよい唇に桜色が引いてあるだけだが、たったそれだけで十分だった。余計な化粧など必要ない。むしろ素の方が全てを引き出せる、そんな美貌がそこにある。
 身に纏うのは深緑色のパーティードレス。やや胸元が開いた大胆なデザインだ。そこからのぞく肌は白く、染み1つない。
 胸は、ある。普通は女装するなら服の下に詰め物でもするのだろうが、このデザインではそれは無理だ。無理のはずだ。だというのに、確かにそこには自然に見える双丘があった。しかもボリューム、形、その存在感。全てが申し分ない。
 腰はどうだ。どんな矯正器具を使ったのか分からないが、細い。そして腰からヒップへと流れる曲線――
 ぼんっ、きゅっ、ぼんっ、を正しく体現した姿がそこにはあった。線の細さ、肌の白さ、そして身体のバランス。どこをどう見ても、1級の、否、特級の美女だった。
 
 
 
「とまあ、そんなことがあったの」
 過去の出来事を端的にリインに教えてやった。おもしろ半分ではやて達がユーノに女装させようとしたことがあったのだ、と。
「それで、喜々としてはやてちゃんとアリサちゃん、シャマルさんが実行しようとしたんだけど、自分でやるからいい、なんて言って」
 本人達にしてみれば、着せ替えをやりたかったのだろうが、ユーノが素直に了承したため、それじゃあ見せてもらおうということになり、ユーノが女装してくるのを待ったのだ。
 その当時、なのはは既にユーノと付き合っていた。恋人の女装姿は少しだけ興味があったが、自分が見るのはあまりにも気の毒だと思い、席を外したのだ。それが結果として、自身を救った。
「で、結局さ。はやて、シャマル、アリサさん、それからフェイトとすずかさんにだけお披露目したらしいんだ」
「あれ、シグナムとヴィータちゃんはどうしたですか?」
「任務で出てたんだ。まあ、そのお陰で助かったわけだけどな」
 はあ、と重い、しかし安堵の息を吐く鉄槌の騎士。確かにあの場にいれば、シグナムはともかくヴィータは面白がって同席していただろう。
「そ、それで、どうなったですか……?」
「はやて達の態度で察してやれよ」
 言わせんな、とヴィータは首を振った。結果はまあ、酷いものだった。はやて達にとって。
 シャマル以外は素直にその場で負けを認めたらしいが、更に彼女らには間の悪いことに、その場にクロノが現れたそうで。ネタバラしするまでその正体に気付かなかったらしいクロノの評価は、はやて達の心に深々と突き刺さったという。
「じゃあ、はやてちゃんもシャマルもフェイトさんも、女装したユーノさんに女として負けちゃったですかっ!?」
 ぐしゃ、とキーボードが潰れる音がした。ごん、と机に何か固い物が激突する音がした。ぶーっと何かを噴き、むせる音がした。とりあえず、今は触れない方がいいだろうと判断し、話を続ける。
「で、その後ね。アングラに情報が流れたの」
 そう、ユーノの反撃は、はやて達に一泡吹かせるだけでは済まなかったのだ。
 管理局アンダーグラウンド。通称アングラ。管理局員、それも希望者のみに配信される、非公式メールマガジンだ。購読者は意外と多い。なのは自身も購読者だったりする。
「ああ。ユーノの女装を希望したはやて達と、止めようとしなかったフェイトとすずかさんの写真が女装写真と一緒にアップされてな。んで、アンケートとったんだ。まあ、ミスコンみたいなもんでさ」
 はやて達の様子を窺うと、3人ともデスクに突っ伏していた。耳を澄ますと「やめてぇ、それ以上は言わんといてぇ……」とか「ごめんなさいごめんなさい面白がって止めなくてごめんなさい……」とか「あは、あはは……男に……男の子に……ふふふ……」などと呟くのが聞こえる。
 そんな3人に、烈火の将が生温かい視線を向けているのも見えた。
「で、結果は――まあ、これ以上は言わなくても分かるな?」
 同情の視線をヴィータがはやて達に向ける。リインは何か言いたげだったが、口にしないのが優しさだと察したのか、頷いた。しくしくとすすり泣く声が聞こえ始める。
「結果の数字をアリサさん達に通知する徹底ぶりでな。それ以来、あたしらの間でこの件は禁忌になったんだ。女としてのプライドを粉微塵にされたくなければ、ユーノ・スクライアに女装をさせるな、ってな」
「なるほどです――って、それじゃあスバル達は!?」
「ああ……そろそろ死んでるんじゃね? まあ、医務室のベッドは空きがあるから大丈夫だろ」
 ごしゅーしょーさまだ、とデスクに置いてあったクッキーを口に放り込むヴィータ。
 もう少し強く押し止めるべきだったかな、と今更ながらになのはは後悔した。
 
 
 
(((((まっ、負けてるっ!? 女装した男の人にっ!?)))))

 目を見開き、かぶりつくように女性――ユーノを見ていた六課女性陣の顔から血の気が引いていく。
 ユーノに目を奪われた男性局員達は無言のまま、微動だにしない。ただ、ひたすらに、目の前の美姫を見つめている。
 す、とユーノが一礼した。流れるような、気品を感じさせる動きで。ごくり、と誰かが喉を鳴らす音がした。
「皆さん、今日はお集まりいただき、ありがとうございます」
 ユーノの口から、しかしユーノのものではない涼やかな声が流れた。
「理由も言えないままお越し頂いて恐縮ですが、今しばらく、私にお時間をくださいますか?」
 異を唱える者など誰もいない。無言でコクコクと頷く男性局員達に微笑を送り、ユーノは進み出て、女性陣の方へと歩いて行く。まるで恐れ敬うように、進路上の男性達が道を開けていった。
「それでは、女性陣に最初の質問をさせていただきますね。まずはスバル・ナカジマさん」
 ユーノが薄い笑みを浮かべる。冷淡なそれは、女性陣の心に氷の楔を打ち込んだ。
「私と貴女、どっちが綺麗かしら?」
 その言葉が、刃となってまずはスバルに突き刺さる。
「正直に答えてね?」
「あ、あぅ……」
 しかしスバルの口からは音が漏れるのみ。そんな彼女を見たユーノは少し困ったような表情をして、
「じゃあ、首だけ動かして答えて。私より自分の方が綺麗だと、自信を持って言える?」
 またもや酷な質問を放った。これは究極の選択だ。誰の目にも答えは明らかなこの状況で、回答を強いている。ここで首を縦に振れば、男性局員からの冷たく痛い眼差しが容赦なく突き刺さるだけでなく、今後の人物像に致命的な評価を与えられることになる。逆に横に振れば――
「質問に正直に答える、それが条件だったはずだけど……約束を破るの? もう一度聞くけど……貴女、私よりも綺麗だっていう自信がある?」
 催促の言葉が艶やかな唇から紡がれた。スバルは目に涙を浮かべながらも、ようやく首を横に振った。それを見て満足げにユーノは頷き、
「はい、よくできました。それじゃあ――次、ティアナ・ランスターさん」
 そして、質問を繰り返した。
 
 
「あの、こんなことを皆さんにお聞きするのはどうかと思うのですが……男性の皆さんはどうです? よろしければ、お聞かせ願えませんか?」
 ひととおり聞き終えて、ユーノは集まってきていたギャラリーに問いかけた。つまり自分と六課女性陣、どちらが綺麗か、と。
「あー、比べるだけ貴女に失礼ってもんでしょ。こういうの月とスッポンって言うんでしたっけ?」
 ヴァイスが事も無げに言った。途端、ティアナとアルトの頭が何かに殴られたようにがくんと揺れた。
「まあ、一目瞭然ですね……」
 グリフィスが、やや顔を赤くしながら答えた。シャリオとルキノの頭が跳ねた。
「え、と……その……あ、貴女です……」
「お、お姉さんの方が綺麗です」
 呆けた表情でエリオが、羨望の眼差しをたたえたキャロが、答えた。
 そして、他の男性局員から喝采が巻き起こった。うん、こうもノリがいいと効果も大きい。それではとどめを刺すことにしよう。
 ユーノは懐から愛用の翠のリボンを取り出し、髪をいつものポニーテールに結った。それから、眼鏡を掛ける。騒々しさが、一気に鎮まっていった。
 最後の仕上げにバリアジャケット着装の要領で衣装だけを変える。ドレスではなく、いつものスーツ姿だ。
「「「って、ユーノさんっ!?」」」
 ヴァイスが、グリフィスが、エリオが、正体に気付いて、こちらを指差しつつ叫んだ。
「ユーノ先生……?」
 ぽかん、と口を開けてキャロがこちらを見ている。
「ユーノって誰だ?」「ほら、無限書庫の司書長だよ、なのはさんの恋人の」「あれ、スクライア司書長って男じゃね?」「男だよ、間違いなく」「え? じゃあ、これって――」
 ゆっくりと、しかし確実にざわめきが大きくなっていく。さあ、このくらいでいいだろう。
 す、と片手を上げて、制する。ぴたり、とざわめきが止まった。皆の注目が集まっていることを確認して、女性陣に視線を向ける。声を元に戻して、言った。
「さて、と。おもしろ半分で僕に女装させようと思った機動六課の女性の方々? 楽しんでもらえたかな?」
 こちらの声が聞こえているのかいないのか。女性陣の反応はない。
「興味本位で迂闊なことをしない方がいいって、思い知った?」
 1人1人、反応を確かめるように見てみるが、やはり反応はない。ただ、身体がプルプルと小刻みに震えているのは分かった。さて、もう一押し。
「でも、アレだね。まさか女装した男より劣ってるなんて……男に負けた気分はどう? しかもこれだけの男性達、もっと言えば同僚達の目の前で。女性としてどうかと思うんだけど。救いようがないよね。あはは」
 ぐらぐらと、女性陣の揺れが、大きくなっていく。
「あはは。あはははは。あーっはっはっはっはっはっは!」
 胸を反らし、顎を上げ、できる限り大きく、そして勝ち誇ったように、笑ってやる。
 がくり、と女性達は揃ってその場に膝を着き、灰になった。
 
 
 
「なのは」
「ゆっ、ユーノ君っ!?」
 恋人の背中を認め、声を掛けると、なのはは驚いて跳び上がり、そのまま固まってしまった。
「? どうしてこっち見てくれないの?」
「あ、あの……ユーノ君、今はちゃんと男の子の恰好してる?」
「そりゃ、用事が済んだから、いつもどおりだけど?」
 そう言うと、強ばっていた身体から力が抜けた。ほう、と大きく息を吐き、ようやくなのはは振り返る。
「そんなに僕の女装って見たくなかった?」
「や、なんというか、敗北だけはしたくないといいますか……」
 あはは、と誤魔化すようになのは笑う。
「そんなこと気にしなくていいのに」
「気にするもん」
 自分の女装がどうだろうと、なのはが気にすることではない。だというのに、なのはは頬を膨らませて顔をプイと横に向けた。その拗ねたような仕種が可愛くて、しょうがないなと思いつつ、種明かしをすることにした。
「だって、ズルだし」
「へ?」
「いくら僕が女顔だからって、今の僕も昔の僕も、そのまま女装したくらいで女の子より女の子らしくなるわけないじゃないか」
 そうなのだ。素材が中性的、というだけでどうにかなることではないのだ。だから当然、そうなるような仕組みがある。
「え、じゃ、じゃあ……」
「変身魔法。まあ、僕自身の面影は残しつつ、部分整形みたいな感じでね」
 つまりはそういうことなのだ。女装写真と普段の写真を見比べれば一目瞭然である。顔や身体のライン等々、矯正器具でどうこうできるレベルではない。いくら細身とはいえ骨格は女性のそれではないし、腰の細さだって限界があるのだ。胸などその最たるものだった。
「で、でも、誰もそれに気付かないなんて……」
 上手く考えをまとめられないのか、パタパタと慌ただしく手を振りながらなのはが言う。普通なら別人と気付きそうなものだが、
「先入観があるからだよ」
 結局のところ、それに尽きる。ユーノが女装したら似合うという認識をしているということは「女顔に見えるに違いない」という思い込みがあるからである。
 だからユーノは女性に「なった」のだ。正確には「女装」ではなく「女性への変身」なのだが、女性を装うという意味では女装に違いない。はっきり言えば詐欺である。
「と、ところで、今回の結果は――」
「勿論アングラにリークするよ」
 恐る恐る問いかけてきたなのはに即答した。口元を引きつらせながら、航空教導隊のエースはそれでも、
「あ、あの……情けをかけてあげるわけにはいかないかな……? あの娘達も悪気があったわけじゃないし、まだこれからの未来が――」
「駄目」
 と切願してきたが、一蹴する。ここで情けをかけるつもりはない。最後まで、きっちりとカタを付けてやらねばならないのだ。もう2度とこんな手間を掛けさせることがないように、徹底的に。
「あ、そうだ」
 と、そこでユーノは思い出した。今回の件の発端を。もちろんスバル達が頼んできたからではあるが、
「僕が女装してくれる、って教えたの、なのはらしいね?」
 元凶は、目の前の恋人なのだ。
「え、あ、その……そうだけど……ちゃんと、止めといた方がいいって言ったんだよ?」
「ふぅん……」
「あ、あう……」
 弁解するなのはに対し、眼を細める。う、とたじろいたなのはのサイドポニーが揺れた。
「昔に比べたら、そんな感じもしないと思うんだけど……やっぱり女性的なイメージがあるのかな? うん、これはどうにかしないと」
「ど、どうにか、って?」
 だらだらと、冷や汗がなのはの頬を伝っていく。じり、と後ずさる彼女に対し、同じだけ前に出て、間合いを一定に保った。そして、言う。
「そりゃあ、僕が男だって事を、なのはに十分思い知ってもらおうかと」
「ひ――!?」
 さー、と顔から血の気が失せ、しかし一瞬後には沸騰したように真っ赤になった。
「そ、そんなことしなくていいよっ!? もう今までで十分、胎内からだの奥底まで思い知ってるからっ!」
「いや、まだ足りてない。さ、逝こうか」
「なっ、何かニュアンスが変だよユーノ君っ!? そっ、それに教導が――!」
「生徒達はしばらく正気に戻らないだろうから構わないでしょ?」
 何とか逃げ道を探そうとなのはが足掻くが、これはもう決定事項だ。逃がすつもりはない。
「はっ、はやてちゃんに許可を取らないと――!」
「今度のアップに今のはやての写真も一緒に付けようと思うんだけどって言ったら、涙を流しながら許可してくれたよ」
 そう、親友は快く許してくれた。そして言ってはいないが、なのはにはこの後の休暇まで出してくれている。所属の長に、本人の意志に関係なく勝手に休みを決める権限などないのだが、こちらに都合がいいので黙っていよう。たまにはこういうのもいいだろう。
 少しずつ後ろへ退くなのはを、少しずつ追い詰める。やがて壁に当たり、なのはの退路は断たれた。
「お、落ち着こうよユーノ君! は、話せば! お話すれば、きっと分かるからっ!」
「確かなのはの国ではこう続けるんだよね? 問答無用、って」
「ひっ、ひゃあぁっぁぁぁぁ――んうっ!?」
 悲鳴を上げるなのはの口を、ユーノは自身の口で有無を言わさず塞いだ。
 
 
 
 結局、なのはは翌日、体調不良ということで1日休んだ。
 また、スバル以下5名は3日間寝込み、その後1週間は仕事にならなかったという。
 更にその1週間後、心の傷が癒え始めるかどうかといったあたりで最新版のアングラが届けられ、その結果を見て再びスバル達がしばらく使い物にならなくなるのだが、それは別の話である。
 
 無限書庫の第7保管庫。ここには未だに災厄が眠っている。司書達の間でPB――プライドブレイカーと認定呼称されるそのトランクが再び開かれた時、悲劇は必ず起こるだろう。
 今はただ、好奇心旺盛な被害者が現れぬ事を、祈るばかりである。
 
 
 
 
 
 お久しぶりのKANです。いや、もうちょっと執筆速度上がらないかと思いながらも、なかなか上がりません、ええ。
 なんと本人初のStS時間軸。しかもたまに見かけるユーノ君女装ネタ。でも、素では無理。ので、魔法でズルさせました。
 正直、幼少時ユーノ君はともかく、15辺りまでくると無理だと思うんですけどね、いくら素材がよくても。本人も嫌がりそうですし。じゃあ、どうすればそういう皆からの興味から逃れられるんだろう? と思い立ったのがきっかけです。
 それではまた、次の作品で。





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