「………」

アースラ医務室。
静寂のなかで唯一聞こえる規則正しい息遣い。ベッドにはその息遣いの主、アルトが健やかな寝顔で眠っていた。

同艦、ブリーフィングルーム。

『…………』

部屋は緊張に支配されていた。
どの者も目線の先の人物を警戒していた。

「………」

目線の先の人物。黒い服を着、黒いコートを羽織った女性。
アルトと同じく燃えるような赤い髪。
凛とした紅い瞳や姿勢からはシグナムのような雰囲気を漂らせている。
彼女は腕を組み、ただ黙っているだけだった。


第5話
ガイア戦神一族


今から1時間前。
模擬戦闘終盤。

「あぁぁぁぁぁ!!!」

苦痛の咆哮。それとともにアルトは変わっていく。
獣の尖耳、血に飢えた銀色の目、鋭い牙、ヒトからケモノへと。
アルトから膨大な魔力が漏れ出す。
少しずつではあるが彼を中心に影響が出始めている。

「まずい、このままだと次元震がっ!!」
「……大丈夫よ」

振り返るとそこには見知らぬ黒衣の女性。
辺りは訓練室の風景ではなく赤茶けた剣の乱立した砂漠へと変わる。

「君は誰だ?」
「そんなことは後回しだ」

彼女の手にはビリーセスト、それと共に纏われる黒い甲冑。

「こういう事態になるとわかって戦わせたのは私だ。アルトの相手は私がしよう。
お前達はみんなを守れ」
「一人で大丈夫ですか?」
「心配無用だ、なのは。お前達は仲間と自分を守ることに専念しろ」
「はっ、はい」
「さて、始めましょうか」
「ぐぅぅぅ!!」

アルトは胸に手を当てた。

ズブズブ

そんな不気味な音と共に指が胸に埋もれていく。
血など出ない、だが本当に埋もれていく。

「あぁぁぁぁ!!」

手首まで埋もれたところで、叫びと共に一気に引き抜く。

「チッ!、未完成でマテリアルファクトを引き抜くとは」

アルトの手には光剣。剣の形をした揺らめく光だった。

「うぉぉっ!!」

雄叫びと共に俊敏な瞬発力を使い、女に突っ込む。

ガシャン!!

噛み合う光と鋼。女はシグナムさえ受けるのに精一杯なアルトの一合を真っ向から受け止めている。

「Ego Quero ―我は求む―」

紡がれる言葉。
その言葉に答えるように無数の剣達が答え複製される。

「!!」

危機感でアルトは離れた。
だが遅い、光矢と化した剣郡はもうアルトを射程に捕らえた。

「ウォーーーッ!!」

雄叫びと共に剣が振るわれる。
生じた風圧で剣がばらばらになる。

「はっ!!」

次なる攻撃者、女は突撃し剣戟が始まる。
一合、二合、三合……。
剣戟のたび、女が羽織る黒銀の巻きスカートがヒラヒラと舞う。
周りから見れはそれは芸術的な剣舞――――。
一瞬、二人が離れる。

「flamma telum!! ―ファイアアロー!!―」

放たれる数条の炎の矢。
だがアルトの動きが速く当たらない。
近づけば剣戟、離れれば砲撃魔法。
最高の火力とスピードを用いて繰り返される超高速戦闘。

『…………』

皆はそれを固唾を呑みながら見ていた。
そして完膚なきまでに思い知らされた。
魔力、火力、スピード。すべてにおいて規格外の戦闘能力。
戦闘に特化したヴォルケンリッターさえも自分達の力量はまるで子供の遊びと思わざる負えなかった。

「DeusConcido!! ―ラグナ・ブレード!!―」

光の剣が黒く変わった。

「くっ!」

女は剣で受け止めるが、黒剣から漏れ出す黒い雷撃が大地を削った。

「きゃぁぁぁっ!!」

同時、女が苦しみ絶叫した。

「あぁぁぁぁ!!」
「うっ!!」

次、黒剣は女の右腕を二の腕から絶ち、腹に強烈な蹴りを食らわした。

ガシャガシャガシャ!!。

剣草をなぎ払い辺りに砂煙が上がる。

「………」

あの女の人は大丈夫だろうか、腕を切られたように見えたけど…。
なのははそんな心配で頭がいっぱいだった。

「………」

まだ晴れぬ砂煙から人型のシルエット。間違えなくあの女性のもの。

「…っはぁ…っはぁ……」

だが様子がおかしい。
息は激しく荒れ、瞳はアルトと同じ銀色。まるで獣のようだ。

「調子に乗るなよアルト!!。殺してやる!!」

斬られ血が大量に流れる右腕も気にせず睨む。

「剣よ!!、敵を貫けっ!!」

号令と共に剣が沸き立つ。
複製された剣が光の波となってアルトに襲い掛かる。

「あぁぁぁぁ!!!!」

光剣を振り剣圧で吹き飛ばすが、数多の剣に飲まれた。

「ふふっ、ざまぁないわね」

波が晴れた。

「ぐっあぁぁぁぁ!!」

四肢と胴に剣が生える。
頭以外の箇所に剣が何本も突き刺さり苦痛の叫びを上げていた。

「ふっ……」

いつの間にか目の前にはあの女。

…グサリ…。

女が持つ剣、ビリーセスト・キャリバーがアルトの体の中央、そう心臓の部分を貫いていた。
そのまま落下する。

「フフフ……」

砂煙のヴェール。その中でびちゃびちゃという水音と共に女のすすり笑う声が聞こえる。

『!!!!』

煙が晴れるとそこには惨劇。
女は狂気に満ちた笑いと共にアルトの胸を何度も何度も突き刺していた。

「ひどい…」
「はやて。怖いよ」
「こわいです」

みんなは声を発することができず、ヴィータとリィンフォースは恐怖に駆られていた。

「………!!」

正気に戻ったのか、狂気の行動はおさまり剣を放り投げ、空を仰いだ。

「………よ………さりし……の傷を……」

女の言葉が片言に聞こえ。

「わっ!!」

背中から光翼が伸び一瞬にして辺りを包んだ。

あれから1時間。
謎の女も含め皆はブリーフィングルームに集まっていた。
死んだかと思ったアルトの傷は跡形も無くなりちゃんと息もし、女の切られた腕も何事もなかったようにくっ付いている。
しかし先のこともあり皆は警戒していた。

「いつまで黙っているつもりだ?」

初めに口を開いたのは女性のほうだった。

「……単刀直入に言う。君は誰だ?」
「君は誰って……ああ、この姿で会うのは初めてか。改めて自己紹介をしよう。私は準聖大剣ビリーセスト・キャリバーだ」
「ちょっ……、ビリーセストって剣で…えっ?、えっ?」
『ええーーーーーーーーっ!!!!!!』

みんなの声は艦内中どころか、ほかの次元世界にも轟くほどだった。

「ビリーさんって女の方だったんですか?」
「信じられねぇ」

一気に緊張が解けた。

「何気に失礼なことを言うな。ともあれ、剣のほうが本来の姿なのだけど、戦闘に好都合ということでマスターがこの体を創造してくださったのだ」
「ねぇねぇ、わけわかんないんだけど訓練室で何あったの?」
「どういうことだエイミィ?」
「いやね、アルトくんがおかしくなったとたん、訓練室がモニターできなくなっちゃったの」
「そういえばあの剣と荒野の世界はなんだったんだろう?」
「間違いあらへん、あれは異世界や」
「あのままでは世界が崩壊ということにもなっていたのでな、固有結界を張らせてもらった。すまないなエイミィ、完全な戦闘データを提供できなくて」
「いえいえ、もう少しで次元震起こりそうだったし、世界の危機と比べたら……」
「固有結界?」
「結界という割には随分変わりすぎているのだが」
「固有結界とは術者の深層心理を具現化して世界を書き換える最も魔法に近い魔術だ」
「深層心理の具現化?」
「固有結界"フェイグラスパ・ブレイド・ワークス"。運命を切り開きその手に掴む無限の剣を内包した、我が主の心を具現化した世界だ。
私はそれを間借りして展開したに過ぎないのだがな」
「なぁ、アルトはどうなっちまったんだ?」
「……大したことは無い、ただ無意識下にトラウマを思い出して力が暴走してしまったんだ」
「それで、君は彼を殺したのか?」

クロノの一言で和らいでいた緊張が舞い戻ってきた。

「確かに体はめちゃくちゃに切り裂いたが殺してはいない。現に今医務室ですやすやと眠っているだろ?」
「馬鹿な!!。心臓をめちゃくちゃにしたんだぞ!!」
「………」

ビリーセストは手を胸に当てた。胸に光子が集まり手を離し翳すと光子は掌で形を成った。

「これが私の命の結晶だ」

それはダイヤモンド型のクリスタル。
その中心には淡く燃える炎が閉じ込められていた。
そして手には短剣。

「キャッ!!」

誰かの悲鳴が上がった。
ビリーセストの胸にその短剣が突き刺さっていたからだ。
通常なら苦しみに悶えやがて事切れる。しかし彼女は平然と立っている。

「傷みはあるが見てのとおり私は心臓を一突きされても死なない、この命の結晶が無事ならばな。決して老いることはなく永遠に生き続ける」
「何が言いたい?」
「私はアルト達の一族を模して創られた。つまりアルト達もこの命の結晶を持っている。あれぐらいでは死ねないのよ」
「死ねない?」
「そう、肉体が死に魂が離れることもあるけどそれは死ではない。私達にとって死とは消滅を意味するのよ」
「お前達は…何者だ?」

クロノの警戒心がなおも高まる。

「他種族からはこう呼ばれている。ガイア戦紳一族と。君達の言う神様って言うやつだ」
「神だと?」
「そう。創造神、天帝アーク・フィードを主神とする戦闘一族だ」
『………』

またも沈黙。

「あかん。話大きすぎて眩暈してきてもうた」
「いきなり神様なんてねぇ」
「別に信じろとは言わない。ただ私達の世界ではそう認識されている。それにアルトの暴走を止めるにはああするしかなかったのよ。
暴走を止めるには手段は3つ。魔力を発散させるか、魔力が宿る血を大量に流すか、それとセッ、セッ……」

凛としたビリーセストの顔が急に赤く染め上がり、気恥ずかしい少女のような雰囲気を漂わせ始めた。

「セッ、なんだ?」
「うっ、うるさいクロノ!!。それ以上聞くと耳をそぎ落とすよ!!」
「わっ、わかった」
「ところで、この艦は移動しているようだがどこに向かっているの?」
「時空管理局の本局だ。艦の補給と整備、それと不本意であると思うが今回のロストロギア事件の重要参考人として君達の事も報告させてもらった。
本局についたら事情聴取が行われると思う」
「まぁ別にいいけど。ならそれまで私は休ませてもらう」
「ああ、かまわないが」
「なら私が」

フェイトがビリーセストに寄った。

「あっ、そうそう」

ドアが開き何かを思いビリーが振り返った。

「私のことはこれからナイジャと呼んでくれ」
「ナイジャ…さん?」
「ああ。一般呼称はビリーセスト・キャリバーだが個別呼称はナイジャだ」
「わかった、ナイジャ」
「それではな」

ナイジャはフェイトと一緒に部屋に向かった。

「…………」

目を覚ますとまた白い天井。
ッテテ。体中がイテェ、力が暴走してビリーセストにボコボコにされて……。最近こんな役回りばっかりだな俺。

「お目覚めのようね」

声のする方を見ると黒衣の女性。そうビリーセスト・キャリバーの仮の姿。

「ビリーセスト。いやナイジャ。状況を教えてくれ」
「ラインで伝えたはずだけど」
「いや、まだ混乱しているらしい」
「……そうみたいね。あなたが暴走して私がボコしてから1時間は経つわそしてこの艦は補給と整備のため本拠地に行き、そこで私達も今回の事件の件で事情聴取を受けるらしい」
「そうか」

そこにドアが開く音がした。

「ナイジャ、もうすぐ本局につくよ、アルトの具合はだいじょ…う…」

伝えに来たのはフェイト、だが突然彼女の動作が石のように固まった。







あとがき

Krelos:はい、と言うわけでアルト達の真の正体が分かったわけですが。相変わらず戦闘シーンが薄い……。
ナイジャ:ここで前知識として神族のことを少し話そう。
Krelos:宜しくお願いしまーす。
ナイジャ:ガイア戦神一族は天帝と呼ばれる女神を頂点に5つの部族に分かれるの。簡単に言うと
・ レイ(鳥族)
猛禽の姿を持ち、剣術・ナイフに手がけた一族。炎・風系の魔法が得意。
・ スイ(竜族)
竜の姿を持ち、槍・棒術のに手がけた一族。水・氷系の魔法が得意。
・ ユニ(聖馬族)
天馬、ユニコーンなどの姿を持ち知識や戦斧術に手がけた一族。閃光系の魔法が得意。
・ メイ(闇族)
コウモリの姿を持ち、大鎌、弓術に手がけている。闇・重力系の魔法が得意。
・ ヴォル(獣族)
獅子の姿を持ち、格闘術に手がけている。地盤操作・雷系の魔法が得意。

ナイジャ:まぁ、こんなところだろうな。
Krelos:それぞれの種族は赤・青・黄(金)・黒・茶というイメージカラーで、濃淡の差はあれどその色が髪色や眼色に反映されているわけです。
その人の髪や眼の色を見ればどの種族か一目瞭然。お手軽ですね。
ナイジャ:単なる手抜きじゃん。
Krelos:多種族の混血の場合は髪はメッシュ状、眼はオットアイなどで色分けされますがどちらかの魔力が強いと、
能力は両から受け継いでも、姿はそちら側の色に染まってしまう。
ナイジャ:現にアルトはレイとヴォルの混血だけど、レイの力が強く髪と眼の色は赤くなっている。
Krelos:まぁ、今日はこれくらいにしておきましょう。次回は2話同時公開予定。






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