注意:後半にグロテスクな表現が含まれています、お気をつけください。


「逢いたかったよホウ!!」

おんぶ紐で赤ん坊をおんぶした緑髪の女の子が、シティの通路で人目もはばからずホウに抱きつく。

「我慢できなくて来ちゃいました」

その顔は確か入隊時のレクリエーションで見た顔、確かロストと言ったか。

「彩〜、久しぶり〜」

クレナイはおんぶされている我が子を抱き上げた。

「ロストも久しぶり」
「うん、クレナイも元気そうで何よりだよ」

ロスト=ヴァン=ハウインフィード大艦将。
U・F旗艦、合体戦艦エクセリオンのコア・シップ、ハイウインドのヴァルキリー。
同時に今はホウのもう一人の妻である。

「あら、ロストそれは?」

ロストの首元、クレナイと同じ革の首輪には少し大きなカウベルが取り付けられていた。

「いいでしょ?、この前見つけたんだ」
「へぇ〜いいなぁ〜」
「ということでクレナイの分も」

カランカランと鳴らしながらもう一つカウベルを見せる。

「えっ、いいの?」
「うん、これでお揃い」
「わ〜い。お揃いお揃い♪」


第6話
壊赤狂蒼


「う〜ん、いい気持ち〜」
「やっぱ風呂上りはここだわ」

はやてとケーニッヒは風呂上りのあと、寮には帰らず第3訓練場の草原のド真ん中にいた。
ゆったりと流れる風と鈴虫のように鳴く虫達が涼を演出してくれる。
消灯時間は当に過ぎており、訓練生は外出禁止だが、時々こうして涼みに抜け出す者がいる。

「私達がここに来てもう3ヶ月か、早いものね」
「私は最初の1ヶ月がきつかったよ。操船関係の授業は面白かったな。
明日からは第2次訓練、男子も混ざって分隊規模での訓練になるそうだけど」
「200人から2人の分隊長を選出して2個分隊を構成。誰がなるのかなぁ?」
「さぁねぇ?。さて、バレないうちにもうそろそろ帰りましょうか、って……なんだろうこの歌?」

今日はいつもと違う。
虫の演奏の中に、微かに歌が聞こえてきた。
歌は近くの森から聞こえる。

「面白そう、行ってみようよ」
「ちょっと、ケーちゃん」

2人は興味津々で森に分け入ってゆく、だがしばらく進むと歌がピタッと止まってしまった。

「あれ?」
「ケーちゃん、湖や」

進むと森が開け湖の辺に出る。
周りが森に囲まれた小さな湖で上から射す月光に湖がキラキラと輝き幻想的な雰囲気だ。

「何や綺麗なところやね」

不気味なほどの静寂、そこにバシャン!!と水音が走る。
2人はとっさに草むらに身を隠し様子を伺う。
見ると湖の真ん中、弓のように身体を反らす影。
水しぶきが月光によりキラキラと反射するが、微かなシルエットで女性だと分かる。
その影は2人の隠れている傍の岸に上がり月明かりに照らされる。

「クレナイさん!?」
「うわっ!、めっちゃボインボインのナイスボディやわ!!」

影の正体はクレナイ。
その肢体は同姓である2人が見惚れるほどの豊満なボディ。
身体に付く水滴が月明かりで煌き、まるで女神が舞い降りたようだ。

「うわっ!」
「なにあれ?」

しかしそれは表だけ。長い青髪を纏め上げた背中を見て二人は気持ち悪いものを見るかのように顔を歪めた。
その背中全体に刻まれているものは傷。ムチで叩かれたのか焼き鏝で焼かれたのか、
いったいどんな拷問を施されたらこんな傷になるのか疑問に思うぐらい、
皮膚は醜く爛れ黒ずみ滑らかな背中としての原型をほとんど留めていなかった。

「あれが噂の戦時中に負った拷問傷か」
「そんなことはいい!、あの巨乳、Gは確定や!、揉みたい!」
「あっこらっ!、バレるわよ!」

2人は気づかなかった。
すぐ近くに忍び寄るヴァレシティのはさき矛先があることを。

『きゃっ!!』

刃先は狙いを定めると蛇のように素早く動き、光の鎖で2人を拘束、クレナイの目の前に連れてこられた。

「変な気配がすると思ったらあんた達だったのね」
「ははは、どうも」
「消灯時間はとっくに過ぎているのよ。それでどの辺まで見ていたの?」
「そりゃもう隅から隅まで、クレナイさんいい乳持っていますねぇ、少し触らせてくださいよ」
「あっ、バカッ!」
「そう……」

クレナイは拳を握り

『うっ!!』

2人の腹に強烈なパンチを食らわす。
拳は腹をなおも抉り未消化物が今にでも口から飛び出しそうだ。

「ゲホッ!、ゲホッ!、いきなり何するんですか!!」
「ゼェゼェ、ドアホ、これぐらいで済んだのがラッキーなぐらいや!」
「覗き見の罰。男だったらその場で殺してるわ。まぁこれくらいで許してあげる。
せっかく来たんだからちょっと付き合いなさい」

クレナイは服を着、2人も下ろされ3人で辺に座る。

「それでクレナイさんは何してたんですか?」
「何って、水浴び。ホウとロストは久々のラブラブ中だから邪魔しちゃ悪いと思ってね。
私は彩を授かったから次はロストの番」
「そんな露骨に、あれ、でもロストさんヴァルキリーだから子供は………」
「それがね、奇跡って言うのかな、あの子はホウと添い遂げることを強く願っていた。
それが叶い、もう80%以上人間に近い存在になってるわ」
「願い続けて人間になるか、何やロマンチックですね」
「科学的検知からすると学習用のフィードバックシステムが何らかの作用を起こしたそうだけど
よく分からない、だから奇跡って事にしてるの」
「わたしはクレナイさんのその胸が奇跡ですよぉ」

はやてが懲りずにクレナイの胸を触ろうとする。
だが手を抓られた。

「この身はホウだけのもの、勝手に触っちゃダメ」
「本当に奴隷気質なんですね、でも子供達とよく一緒にお風呂入るって聞きましたけどそれはいいんですか?、
乳揉まれたりとかするでしょ?」
「子供達はあんた等と違って邪な心を持っていないからいいの」
『邪な心って……』

はやては心当たりが沢山あるのか何も言い返せない。

「でも何でそうなっちゃったんですか?。生まれつきそうだったはずじゃないはずや」
「………戦争がそうさせたの……」

場の空気が一気に重くなる。

「地球大戦って知ってるでしょ?」
「はい、授業で習いました。AS暦3年に魔族の残党が地球に進行し戦争初期の核攻撃で人口の半数が死に絶え、
その後地軸変動で十数億人が死んだというひどい戦争だったって聞きます」
「総数で当時の人口70億人の約3分の2が死に絶えた。開戦は私が2才の時、私達は地獄の中で育った」
『……………』
「人骨の平原を駆け、ドロイドと戦い続ける。形勢は私達が圧倒的に不利。
目の前で沢山の兵士、子供達が殺されていった。中には爆弾を抱えて敵に突っ込んだ子もいたのよ!。
自分が囮になるって、あとの事はお願いって最後に笑顔で、お姉ちゃんだって……。
仲良しだった子が次の瞬間には肉の塊になるのよ。
明日は我が身、そんな恐怖、小さな子達が耐えられるわけ無いじゃない!!」
「その背中の傷はその時に?」
「ええ。私の分隊が全滅し、敵の捕虜になったときに」

クレナイの声が震え、手が震える。
確かにそんな状況下に置かれれば誰でも狂ってしまうのは明白だ。

「だけどあの地獄の中でホウは私達を護ってくれた。私達はそれに頼るほか無かった!。
私達のためにホウは全てを捧げた。だから今度は私達がホウに全てを捧げるの、ううん、それは義務なの、
ホウのためだったらどんな痛みも屈辱も羞恥も耐えられる。いいえ、快楽に変わるわ」

言動がだんだん怪しくなってきている。
恐怖から逃れるためには、生き残るためには彼の判断に頼るほか無かった。
クレナイはその頼る心が依存に発展し愛情が重って膨れ上がり、
最終的に彼の命令は絶対、彼を愛し身も心も捧げる“奴隷”という依存者になったのだろう。
クレナイは言った、部隊の中には自分と同じくホウのためだったら命も惜しくないという者達が沢山いると。

「神族の力は使わなかったんですか?」
「封印されていたロストと出会ったのは終戦1年前、フィフスの力を使えるようになったのは戦後。
当時は人相応の力しかなかった。だけど今は違う!、今度は私がホウを護るの!。
あの人を傷つける者、私から奪おうとする者は仲間であろうが誰であろうが世界であろうが私の敵、
害虫よ!、ゴミよ!。生きる価値も無い!、だから殺すの、ジワジワと楽しく殺すの。
フフッ、ウフフフフ、アハハハハ……………」

狂気に満ちたその言動、殺気を漂わせながら不気味に笑う。

「おっ、落ち着いてください!」
「でも私から奪おうとする者って、ロストさんも含まれていますよね?」
「あの子はホウに一目惚れしたの、そして私の考えも理解してくれたうえで、自分もホウのものになることを望んだから」

そこに微かだが風に乗ってカランカランとベルの音がする。

「これは、確かロストが付けていたカウベル?」
「逃がすなよ!」
「こっちだっ、急げっ!」

数人かの怒号と共に乱雑に動く幾つものライトの光が木々の間から漏れる。
そして森を抜け、はやて達の前に現れる十人ほどの異星人、
巨人のような大きい体格から人間サイズの者、ヒョロ長の者、男女も様々である。
そしてその後を追ってきたユウリィをはじめとする兵士達。

「ユウリィさん。いったい何があったんですか!?」
「ん?。お前達、なぜここに!?。ちっ、まあいい。ふてぶてしくもホウの首を狙いに来た奴がいるんだよ。
幸いにもクレナイがどっかに行っちまったからな、事がバレる前に何とかしねぇと俺達の命があぶねぇんだよ!!」

見ると大男が担いているのはインナースーツ姿の気絶したホウとロスト。
その時、近くの叢がガサガサと動き、奴らの仲間だろうか、10人ほどの男女が出てきた。

「ちっ、仲間がいたのか、さっさとやっつけて隠蔽しねぇとな」
「いやぁ……もう手遅れかも………」

一瞬にして湖が凍る。
その場の空気もマイナス何十度の極寒の地になったかのように凍った。
後ろから発せられる殺気と冷気は背中をなぞりゾクゾクと身震いを起こす。
怖い!、こわい!、コワイ!。
この後ろにいるのはきっと極寒の地に住まう恐ろしい怪物、二人の身体は誰の命令なしに横へ歩く。
そして現れたのは……。

「あんた達の処罰はあとだ……」
『げっ!!、クレナイ!!!!!!』
「あんた達、相当命が欲しくないらしいね。それならお望みどおり、苦しんで惨殺してやるよ………」

いつものほんわかした雰囲気とは真逆。
糸目が開き、その美しくも無機質なアイスブルーの瞳を覗かせる。
身体に纏うのは近くにいただけで息苦しくなるほどの殺気と何でも一瞬で凍らせてしまいそうな冷気。
その姿は絶世といえるほど美しく、誰もが魅了されてしまうほどの神秘性を持つ、しかし触れれば死は確実なバケモノ。
はやてはその恐怖心からケーニッヒの腕の中でガタガタと震える。
こんな恐怖は生まれて一度も体験したことはない。
前に死にそうになったときに体験した恐怖ですらこれよりはマシなほうだった。

「チッ、こいつ等が蜂の巣になりたくなかったら道をあけろっ」

リーダー格の男が巨人の背に乗り、担いているホウの頭に銃を当てる。
誰もそれに従うはずもない。彼等の運命はもう決定しているのだから。
一人歩み寄るクレナイ。

「ちっ、近寄るなっ!、これ以上近寄ったらほんとにっ!――――」
「黙れ。クズの分際で私に命令するな」

クレナイがスッと手を下げる。
瞬間、獣の雄叫びと共に巨人の腕が引き裂かれ二人が転げ落ちた。
クレナイは目配りをし、気づいた兵士数人が即座に二人を保護する。
この合図が理解できなかったのならばその兵士達も命はなかっただろう。
この場は残虐な氷の女王が支配する聖域、女王の意に反する者は例え仲間であっても命はない。
兵士達は恐怖を感じながらも必死になってクレナイの行動に目を凝らす。

「ホウ、ロスト………」

先ほどの刺々しい雰囲気は消え、二人の頬を優しくなぞる。
ふとロストが気絶してなお大事そうに何かを抱えていることに気づく。
それは肌色の卵型の何か、ちょうど赤ん坊が入りそうな大きさだ。
そして、抱えているロストの腕や頬の皮膚は剥がれ肉だけになっている。

「………馬鹿な子ね、表皮ナノマシンも半分変化してるのに無理やり引き裂いて殻を作るなんて……。
でもありがとう、中の彩は無事よ。今はゆっくり休んで」

頭を一撫で、立ち上がり再び凍てついた殺気を男達に放つ。

『うっ……』
「ひゃぁ〜〜〜!」

一人が錯乱状態になりブラスターを乱射し始めた。
クレナイは閃光の中を縫うように進み

「何してくれてんの!、二人に当たったらどうするのよ!!」
「ひっ!」

目も留まらぬ移動。
突然目の前に現れたクレナイに驚くのも束の間、顔を捕まれ地面が割れるほど強く叩きつけられ粉塵が上がる。

「うっ……」

男達はうろたえるがもう遅い。
粉塵からクレナイが飛び出し近くにいた男の首を掴みそのまま捻じ切る。

「私はホウがいないと生きていけないのよ狂っちゃうのよ、それなのになんで引き離そうとするの?。
私からホウを奪う害虫が!、害虫は駆除しなくちゃ」
「ぐえっ」

足元に倒れる女を踏み潰し、女は蛙が潰されたような呻き声を上げた。
その目は相手を同等としては見ず、どこまでも蔑んでいた。

「女……、ホウをさらおうといた奴らの中に女がいる。ムカツク!、私達以外の女がホウに触れようとしている、
ユルサナイ!、お前達のような下種は、路地で男共に愛想振りまいてればいいのよ!、
汚いフ男でも相手して満足してればいいのよ」

性差別的な言葉を呟きながら女の腕を掴む。

「うぎゃぁぁぁぁぁあああ!!」

バキバキと音がし、女の腕がぶらりと垂れ下がる。

「ほらほらどうしたの?。ただ腕の骨を折っただけじゃない?。足掻かないとただのたれ死ぬわよ。
もっと私を楽しませてよ。無抵抗の虫を潰してもつまらないじゃない!」

不敵な笑いを上げ、武器を使わずその腕だけで、男も女も関係なくその体を折り引き裂いてゆく。

「たっ、タスケテ……」
「ひぃっ!!」

はやて達の所まで投げ飛ばされた瀕死の女が血だらけの手を伸ばしはやてに助けを求める。
死にたくないと生に執着する涙で潤う瞳、何かを必死に掴もうとする自らの血で塗られた腕。
常時つけている翻訳機が彼女の言語を翻訳し日本語としてはやてに伝える。
その声は地獄から助けを求める死者のようで、はやては恐怖を覚えた。

「!!」
「逃げるんじゃないわよ、クズが……」

ヴァレシティが鎖を伸ばし、蛇のように素早く動き、瀕死の女に巻き付きその矛先で女の胸を貫いた。

「がぁぁぁああっ!!」
「!!」

断末魔の叫びと共に吐血した血が二人の顔にかかる。
女はそのままクレナイの所まで戻され

「一人だけ助かろうなんて、薄情な人ねぇ、もう仲間に顔向けも出来ないでしょう?」
「ひぃぃぃっ!」

自分の結末が分かったのか、肺を貫かれ苦しみながらも、悲鳴にならない悲鳴を上げる女。

「でも安心して。もう二度と会わないように殺してあげるから」

クレナイは女の頭を掴み、まるでトマトを潰すように女の頭を潰した。
手にベッタリと付いた脳髄と血。いや手どころか全身返り血で赤く染まる。
彼女は笑う、狂気に彩られた瞳で楽しそうに。
もうどちらが悪が分からないぐらいの目の前で行われる殺戮行為、
戦争で見慣れてるはずの兵士でも見ていられず顔を背ける者もいた。

「うるせーぞ!!」

いきなりの怒号、とたんクレナイの動きが止まる。
その隙を好機と思ったのか、一人の女が、小瓶を投げつけ、
中に入った液体を被ってしまったクレナイから急に力が抜け、男が羽交い絞めにした。

「っててて。誰だよ、俺の頭殴りやがったのは」

そんなことも気にせず怒号の原因であるホウは頭をさすりながら起き上がった。

「ん。クレナイ、お前そんな雑魚になんで押さえ込まれてるんだ?」
「わっ、分からない……何かにょ……えきゅたひあびたら、きもちよきゅて、ちからはいらなひ………」

表情が蕩け、体が震えだんだんと呂律も回らなくなってきている。

「こうなるのも当たり前さ、こいつが浴びたのは私特性の皮膚浸透型麻薬さ、1滴垂らしただけで巨大生物も悶絶さ。
解毒薬を打たないとあと数分でこいつ快楽漬で死ぬかもね」
「へっへっへっ」

意気揚々と言う女。
取り押さえている男はいやらしい笑い声でクレナイの胸を鷲掴みしクレナイから熱い吐息が漏れた。
ホウはその光景を見、眉をピクリと動かし大型の銃を取り出す。

「動くな!。大事な女が死ぬよ」
「あっ、そっ」

クレナイに刃物を向ける女の忠告も聞かずにホウは銃を向け、そして撃つ。
ドン!!。と重たい音がし、クレナイごと男の胸を貫く。
二人は血を吐き出し、男は絶命しその場に倒れこんだ。

「なっ!……女を撃ちやがった」
「なっ、何でや!、何で自分の奥さんを平気で撃てるんや!」

驚きは犯人達だけでなく、味方の兵士達の中にも驚く者がいた。
犯人が人質を取り逃走を図った場合、ワザと人質を撃ち、足手まといにさせる方法はあるが、
ホウは本気で殺そうと胸を撃ち抜いた。

「クレナイは俺の女だ。他の男の手にかかる前に俺自身の手で殺してやったほうが幸せだろ?。
とまぁ俺達はこれぐらいで死なないけどな。どうだ。50AEの味は?」

ホウはさも同然に言いその場に倒れるクレナイに呼びかける。

「わははは……ホントにゅハァト(心臓)をいにゅかれた……いたいけど、きもちいい……ふふふふ」

撃たれたのに笑っている。
ホウのためなら痛みも快楽に変わる……先ほどの彼女の言葉を冗談だと思い聞いていたが、
いざそれを目撃してしまうと戦慄が走る。
狂ってる。壊れてる。
異質な二人を見、再び恐怖が走る。
震えるはやてをケーニッヒは何も言わず抱きしめる。

「てめぇら何があっても手を出すな。俺の女達に手を出したんだ。死体で帰れるとは思うなよ……」

鋭い目で睨み、マテリアルファクトの剣を地に突き刺す。

「くっ!!」

生き残った犯人はヤケを起こしたのか、一斉にホウに襲い掛かった。
しかしホウは慌てることなく何かを呟く。

「おいおいウソだろ!!。お前ら目を閉じて気をしっかり持てっ!!!」
「……マハ・ボム・ファイガ……」

ユウリィの顔がだんだん青ざめ、叫んだと同時、ホウの剣を中心に炎のドームが広がる。
それは全てを飲み込み、触れる物全てを焼き尽くす。森は一瞬にして消え、人の肉が焼け骨が爆せる。

「うわあああああああぁぁぁざああああ!!!!!!」

肉の焼ける匂い、イタイ!アツイ!!。
恐怖の中、はやては死を体験し、そして悔やんだ。
こんなところで死ぬのかと………。


「……て……やて……はやて」

ケーニッヒの声が聞こえる。
ゆっくりと目を開ける。
そこは変わらぬ森の風景と、目の前にはケーニッヒ。

「ケーちゃん……なんて……私達炎に包まれて……」

あの時自分は確かに死んだ。痛みもある。肉の焼ける匂いも覚えてる。
だけど自分は生きている。
死んだ。生きた。死んだ。生きた………。

「うっ!!。げぅぇぇぇっぇええええ!!!!。はぁっはぁっ!!」

気持ち悪くなり胃の中の物を戻す。
生と死、死に向かおうとする意識と、生きようとする肉体。
矛盾した感覚、その矛盾に耐えられなくなり拒絶反応を起こす。
視界が回る。呼吸もまともに出来ない。気持ち悪い。身体が言うことをきかない。

「落ち着きなさい、はやて!!。全ては幻よ!!」

ケーニッヒは抱きしめ叫ぶ。

「ゼェッゼェッ……マボロ…ゼェッ…シ……」

まだ焦点の合わぬ視界を見渡す。
周りは自分と同じく苦しむ兵士達がいて無事だった兵士に看病されていた。

「はぁっ、はぁっ、はぁっ……」

深呼吸で息を整える、再び目を向けると気絶したクレナイを看病するホウの姿が目に映った。

「炎の幻を見せる幻炎や、気をしっかり」
「うそ…やろ……あれが幻……」
「ええ、身体は傷つかなくても脳がそう判断してしまう。下手したら心が死ぬ。奴等の様にね」

ホウの近くには犯人達が転がっていた。
ピクリとも動かない、ほんとに死んだようだ。

「味方もいたのに……」
「ああなってしもうたら彼等にはそんなの関係ないんや。邪魔なら味方すら消す。ほんとに怖いお人達や」


「お前!、いったい何考えてるんだ!!」

回復したユウリィがホウに食ってかかったが。

「うるせぇ!、そもそもなんであんな奴らが侵入してんだっ!、
警備はどうなってんだよ、えっ、総司令官様よっ!!」

厳重な警備体制の中、あってはならない侵入を逆に攻められた。

「……3ヶ月だ。俺達が戻る前に侵入を手引きしたバカを探し出して俺の前に連れて来い。
成果がなかったら……わかってるよな?」

侵入した賊は約20人、普通なら誰にも気付かれずに警備を掻い潜って侵入できる人数ではない。
誰か侵入を手助けした者がいる。ホウはこのシティの中に裏切り者がいると言っている。

「くっ!、仲間を疑えって言うのか!!」
「仲間?、違うだろ。直接でも間接でも俺達に牙を向けばそいつはもう敵以外の何者でもないんだよ。
それが何年来のダチでもな」

さも当然のように言い放ち、クレナイとロストを抱え部屋に戻っていった。
息をも詰まる緊張感から開放されたのも束の間。

「司令」
「ああ。さっさと片付けねぇとこっちが全滅だ。情報部を叩き起こせ。それとこれは最重要機密とする」
『了解』
「お前達もいいな?。明日から2次訓練だ。さっさと寝ろよ」
「はっ、はい」
「わかりました」
「よし行くぞ!」

ユウリィ達は内通者を探すべく行動を開始した。


『…‥……』

おぼつかない足取りで部屋へと戻るはやてとケーニッヒ。
顔にベッタリと付いた血を洗い流すためシャワーを浴びる。
その間、二人は一言も喋らなかった。
まだあの恐怖が癒えないのか、はたまた何か思うことがあるのか、
そのままベッドに潜り込み、徐々に意識を落としていった。







あとがき

Krelos:久々の投稿です。
はやて:なんや、ずいぶん暗い話やなぁ。
Krelos:クレナイの行動ってあれって一応ヤンデレの部類に入るのかな?。
はやて:すごかったもんねぇ。
Krelos:本当はあれよりひどい症状ですけどあんまりやるとなんなので控えてみました。
はやて:あれ控えているの?。
Krelos:まぁそういうことにしてください。





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