注意 今回と次回は多少グロテスクな表現が含まれています。


「……………」

シティの近くにある鬱蒼とした森の中、はやては進んでいた。
迷彩服を着込み顔にもドーランを塗り森に溶け込みながらゆっくり進んでゆく。
今日は目的施設へのスニーキング訓練。各分隊、攻守に分かれての攻防戦。
装備は必要最小限、武器も現地調達という念の入用だ。
ステルス迷彩というハイテク機器があるというのになぜこんな原始的な潜入訓練をするのかと疑問に思う子達もいたが、
所詮は機械、故障して使い物にならなければ頼れるのはこの身ひとつだ。


第9話
いのちを奪う


ところ変わってラーナ訓練シティ。
いつもの訓練風景、兵士達の笑い声、何もかもいつもと変わらない風景。しかし、今日は何かが違っていた。

ウィ――――――――――――――――ン!!!!!!!!!。

「”フォーレ宙域に小艦隊規模の未登録ゲートアウトを確認。総員デフコン2。繰り返す、総員デフコン2!”」

けたたましいアラートと共にアナウンスがあり兵士達が慌しく動き回る。

「迷子ってわけでもないよなぁ」
「んなわけあるか」
「チッ、ここ数ヶ月攻めて来ないと思ってたら、ハァ……」
「仕方ねぇよ、ここは本土防衛の中枢、まっ、がんばれ総司令官」

中央発令所クルーが情報収集・各部署への指示と慌ただしい中、衛星からの映像が
謎の艦隊の攻撃によって途切れる様を見ながら、ユイリィが頭を?きため息を吐き、ホウは呑気に言っている。

「艦隊より大型降下艇を確認、数10。降下予測地点、南方2万!」
「戦場は第3訓練場付近か、やっぱ責めるとしたらそこだよなぁ」
「警戒対象を敵と認識、デフコン1へ移行!。地上部隊を東西南北第3防衛ラインに配置、南側即時戦闘態勢、
その他三方も戦闘待機。遠征演習中の部隊も全て呼び戻せ」
「それと艦隊発進、敵機動艦隊の殲滅・状況観測に当たれ。すべての衛星(め)を潰される前にな」
「それ俺のセリフだ」


「はい……わかりました。すぐに戻ります」

遠くで演習中の部隊に命令が入る。それは訓練部隊も例外ではなかった。

「なんだなんだ?」
「どうしたの?」
通信が終わり、神妙な顔をするはやてが気になりみんな集まってきた。

「少し前に正体不明の艦隊が現れ降下部隊が上陸、今地上部隊が対応している」
「ウソ、それって……」
「戦闘や。みんな訓練は一時中止、私達にも召集がかかった。急いで戻るよ!」
『了解!!』

みんな急いで装備を整え、サイドカータイプやカーゴ付のライドチェイサーに乗り込み数千キロ離れた戦場へと向かう。
初めての戦闘。皆不安を隠しきれず誰もが口を噤んでいた。


「状況報告」
「艦隊損傷軽微、敵艦隊損耗率38%、新たに降下艇5機確認」
「地上各部隊、消耗率10%、第3防衛ラインなおも継続中、ですが敵も勢いが落ちる気配がありません」
「ふぅ、訓練部隊が到着する前にカタがつくかと思ったけど駄目だったか」
「実戦を経験してない兵士なんてただのお飾りだ。ここにいる限りいつかは経験することだ」
「わかっている。だが今回は――――――」


「おかしいなぁ、通信やOCSがうまく繋がらへん」

出発から1時間、はやては戦況を把握しようとするが、Gアーマーのバイザーは砂嵐を流すばかり。

「きっと中継衛星もやられているのよ。中継を艦隊に切り替えてみたら?」
「はやて………」

会話する二人のチェイサーに刹那とレアが乗るチェイサーが近づく。

「どうしたんや刹那くん、そんな怖い顔して?」
「はっきり言う、この戦闘には参加しないでくれ」
「そんなわけにはいかへんやろ、まかりなりにも私は部隊長やし。でもなんで?」
「それは――――――」
「戦場が見えたぞ!!」

刹那の言葉は先頭を疾走する男子の声に遮られた。全員その声に注目する。
遥か前方、煌めく数万の閃光、激しく鳴り響く砲撃と爆音。辺り一面死体だらけ、
しかし第3訓練場の砲塔群や防衛ラインからの砲撃にも屈指せずに爆発の中、数百の軍勢と自走砲群は攻め寄ってくる。
光学望遠で映し出されたそんな光景にみんなは息を飲んだ。

「刹那、わかっていると思うが……」
「ああ、避けては通れない道だとわかっている。だがショックはなるべく軽くしてやりたい」

何かを論そうとするレアを刹那が阻み悔しそうに顔を歪めた。

「”こちらRTC‐GHQ。第1、第2訓練分隊聞こえるか?”」

通信とOCSが回復し、空間モニターにホウが映る。

「ホウさん……こちら第1訓練分隊八神です、RTC‐GHQどうぞ」
「”お前らは第3防衛ライン後方で支援砲火をやってもらう。突然の初陣と思うが今回は戦場の空気を感じるだけでいい。
いいか絶対無理をしたりヒーローになろうとするなよ”」

通信が切れ

「いいみんな、今放散が言った通りや。無理はあかんよ。私達はこのまま河を渡り地上部隊と合流する。アル君もいい?」
「”異議なし!”」
「みんな行くよ!!」
『”了解!!”』

スピードを一気に上げ水飛沫を上げながら河を渡り第3防衛ラインに滑り込む。

「訓練部隊第1分隊長八神です。第1分隊到着しました」
「同じく第2分隊アルバート、こっちも到着したぜ」
「遅かったじゃねぇかルーキーズ」
「しっかり働いてくれよ」
「”敵の勢いが落ちてきた。ちょうど増援も来たことだし。奇数小隊は近接戦闘用意、一気にたたみかけるぞ”」
「えっ、ちょっと中隊長、俺達は留守番かよ」
「”偶数小隊は支援砲火だ。ルーキーズのお守りもあるしな”」
『”え〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ”』

他の小隊からも不満の声が上がった。

「”ぐずぐずしてると敵が態勢を整える!、行くぞ!!”」
『”おう!!”』

陣地から何百という兵士が飛び出していく。手にはセイバー、敵の火線を弾き飛ばしながら戦場を駆ける。
敵と味方がぶつかり合う白兵戦、ビームの刃が交わる剣戟。

「おりゃぁぁぁぁっ!!」

乱戦になりながらも味方は次々と敵を倒してゆく。
しかしそこに数発のミサイルが撃ち込まれ、敵味方関係なく全てを吹き飛ばす。

「ッ!…………」

耳を劈く様な爆発音、漂う殺気と緊張感。管理局でも経験したことのない戦場独特の雰囲気と感覚にはやては息を飲む。

「何やってんだっ!!、的になるぞ!!」

先輩兵士の怒鳴り声にふと我に返りバリケードに隠れる。

「味方がだいぶやられてるな。支援砲火!、味方に当てるんじゃねぇぞ!!」

陣地に残る兵士達がライフルを斉射、はやても迫りくる敵に火線を浴びせかける。

「右、弾幕薄いぞ!」「ケーちゃん頼んだ!」
「あいよ!」

なおも激しくなる砲火、辺りを包む爆音に聴覚が満たされてゆく。

「はぁっ!、はぁっ!…………」

息が苦しい。
外界の感覚がだんだんと無くなり内界…自分の呼吸、心音、筋肉の軋む音が大きく聞こえてくる。
意識が研ぎ澄まされ、いや感覚が麻痺し衰退していくようだ。

「……………」

はやてはトリガーを引く。
何も考えずにただ標準を合わせトリガーを引く、何度も何度も、敵をその閃光で貫く。

「デカいのがきたぞ!!」

誰かが叫ぶ。自走砲から放たれた数発の小型ミサイルがはやて達のいる陣地に向かって放たれた。
一斉斉射により撃ち落としていくが、全て撃ち落とすことはできなかった。

「一時退避!」
「はやて、なにやってるの!!」

みんな後退する中、はやてだけは未だ撃ち続けている。

「ヤバイ!トランスしてるぞ!」
「はやて!!」
ケーニッヒは急いで引き返すが、時すでに遅し

「うわっ!」

ミサイルは陣地のバリケードに着弾し爆風が二人を襲う。

「二人とも!!」
「大丈夫だ。Gアーマーがある」


「つててて」

レアの言うとおり至近距離で爆発したにもかかわらず、二人はGアーマーのガードシステムのおかげで生きている。
しかしダメージのすべてを遮断することはできなかったらしく全身に軽い痛みが走り、頭がクラクラする。

「ヘッ、一番乗りだぜ、くたばれクソがぁぁぁ!!」

崩れたバリケードから男が侵入してくる。

「くっ!」

敵がケーニッヒ達に襲い掛かるが

「ぐえっ!」

しかし、苦痛の呻き声を漏らしたのはケーニッヒではなく男のほうだった。

「……は…やて…」
「………………」
「ぐがががぁっ!」

男の両腕を抑え、その首にはやての手が掛かる。
アーマーで強化された握力は容易くその太い首を締め上げる。
見るとはやてはまだトランス状態。これは、はやての内にある何かの衝動か、
それとも純粋な防衛本能か、どちらかはわからない。

「ぐぇぇぇえええ!!」

男は断末魔の声を発し、やがて動かなくなった。
だが、はやては離すこともなくなおも首を締め付け、やがて首が潰れ涙腺や鼻の孔、口や裂けた肉から血が噴き出す。

「はやてもうやめなさい!、こいつはもう死んだわ!」
「はっ!……ケーちゃん……」

ケーニッヒが急いで止めに入り、やがてはやては正気に戻った。しかしその瞳に映ったものは………

「ああっ……、ああっ……」

自分の手の先には無残に息絶えた残骸、思い浮かぶのはトランス下で敵を黙々と撃ち殺していった自分自身。

「ああっ……」

そしてはやては理解する――――。
自分ハ人ヲ殺シ命ヲ奪ッタ――――。

死骸の眼がギロリと動き眼が合う。

―――人殺シメ―――。

その眼はそう語っているようだった。

「うわわわわわあああああああああああああ!!!」
「はやて!」

悲鳴は戦場の合間に空しく沈む。死骸を払いその場にうずくまる。

「はやて!、はやて!」
「ああっ……ああっ……」

これ以上ここに留まっていては敵の的になる。
ケーニッヒははやてを連れここから去ろうとするが、はやては動かずただ震えるばかり。
そんなことをしている間にも敵が次々と迫ってきている。

「二人を援護!、撃ちまくれ!!」

仲間達が駆け寄り砲撃し二人を護りながら陣営を再構築してゆく。

「はやてはどうだ?」
「心が自閉して完全にダメね。ここの指揮は私が引き継ぐ。
レア、私の補佐を、刹那はこの子を医務室へ、これ以上ここの空気に触れると危ないかもしれない」
「わかった」
「おう!」

3人で話している間もはやてはガタガタと身を震わし恐怖に駆られていた。
刹那は戦場からはやてを連れだそうとするが、立つこともままらなず仕方ないので負ぶって戦場を離脱する。


その後の戦況はいたってそっけないものだった。
敵艦隊を駆逐した味方艦隊の衛星軌道からの精密艦砲射撃、雨あられのように降り注ぐ閃光に敵地上部隊はあっけなく全滅。
よくあるシティの出来事として処理された。
一人を除外して――――――。


「PTSD?」
「う〜ん、もっと詳しく言うなれば戦闘ストレス障害かな」

いつもの早朝会議。教官陣は医務官からはやての診断結果を聞かされていた。

「うそだろ、単なる防衛戦だぜ」
「彼女はこの世界の人間じゃないことを考えろよ」
「普段訓練で鍛えるとはいっても実戦は違う、殺人に心が耐えられなかったのね」
「ハァ……嫌な予感はしてたんだがな」
「ホウさんはこのこと知ってたんですか?」

第1分隊ははやての代わりにケーニッヒが出席し

「はっきりとじゃねぇけど、あいつに何か良くないことが起きる程度にな。その他にも感づいてた奴はいるみたいだけど……」
「どうするの?。このままリタイアさせて療養の後、元の世界に返す?」

連絡を受けアニスも出席していた。

「医師から見ればそれは賛成ですが……」
「それはやめたほうがいいわね、立ち直れたとしてもその後の人生は悲惨なものになりかねないわね。
………ねぇ、あの子のことはしばらく私に任せてくれない?」
「クレナイさん?」
「クレナイ……お前……」
「まぁね、昔の自分と重なっちゃってね、どうしても立ち直らせたいのよ」
「……わかった。分隊のことは俺達に任せておけ。はやてのケア、頼んだぞ」

ホウはそう言いクレナイの頭をポンポンと軽く叩く。

「うん。というわけでケーニッヒ、あなたを臨時で第一分隊長に任命しするわ」
「了解しました。あっ、あの、はやてのことよろしくお願いします」
「心配しないで、ちょっと荒療治になるかもしれないけど絶対立ち直らせてみせるわ」


その後のはやての生活は傍から見ていてもとても耐えられない酷い状態だった。
戦後直後から続くの発作や錯乱状態からは脱したものの、日常ほとんどの時間をベットの中で震え、
何かのきっかけで発作や錯乱が起き、食事もロクに摂れずやつれていった。

「ねぇ、はやてってまだ……」
「ええ、まだ立ち直れないみたい」
「まったく、人を数人殺したぐらいで……」
「ちょっとあんたたち!」
「!!、ケーニッヒ!」

本人達は悪気なく話していただろう。しかしそれすらはやてを攻めたててしまうのでケーニッヒが注意してゆく。


「”お久しぶりです。主はやて”」
「やぁ……シグナム、元気やったか?………」

シティの中で自分の居場所がなくなってしまうのを感じ、はやては我が家への通信回線を開く。
時は午前10時を回ったところ、普段なら皆管理局の仕事で家を留守にして誰もいない。
しかし今のはやてには関係なかった。誰かに寄り添いたくて仕方がなかった。
幸い、シグナムが非番だったようで通信に出た。

「こんな時間に掛けてくるとは、今日は休日で……何かあったのですか、主はやて?。少しやつれているように見えますが」

さすがというべきか、シグナムははやての微かな変化に気付いた。

「……この前な、海賊が襲ってきてな私達も応戦したんや………そこで私は……たくさん人を殺したんや」
「”ッ!!――――――”」

はやての言葉はシグナムが思っていたよりも重いものだった。

「最初は牽制だけで当てる気は全然なかったんよ、だけどだんだん意識が遠のいてぼやけた中でただ撃ち殺していった……。
最後に殺した人はな血が噴き出すまで首を絞めつけたんや、苦しそうにあがいてたのにそれでも私は――――――」
「”ッ!。それ以上考えてはなりません!!”」

はやてはモニター越しでもわかるほど顔色が悪い、目の焦点も定まらなくなりハァハァと呼吸も荒いくなってゆく。
シグナムが叫ぶが、すでにフラッシュバックが起き今にも発作が起きそうだ。

「だっ、大丈夫や!。ちょっと気分が悪くなっただけや、それじゃ――」
「”主はや――――”」

通信を一方的に切りベットに潜り込む。誰もいない部屋にただ嗚咽だけが空しく響く。


「どういうことだよ!!」

はやてからの通信があった夜、シグナムはヴォルケンリッタ―をはじめクロノやなのは、フェイト、
ごく親しい者達を呼び、朝あったことを話した。
声を荒げるのはヴィータ、一番はやて思いな彼女は信じられないという表情だ。

「落ち着けヴィータ、ここで騒いでいてもどうにもならん」
「しかしよ!、はやてが苦しがってるのに何ももできないなんて!」 「あの後何度も掛け直しているのだが……」
「あっ、あの、クレロス義姉さんに連絡して状況だけでも把握しておいたほうがいいんじゃない?」
「いや、姉貴はいつもラーナにいるわけじゃないからな、教官陣かアニスに連絡したほうが早い」
「そうだな。アルト、向こうへ取り次いでもらえるだろうか?」
「ああ、わかった」
「急いで頼むぜ!」

その後、アルトを通して訓練シティに連絡がとられた。
運が良かったのか、シティに来ていたアニスに回してもらうことができた。

「”そう、はやてはそっちに連絡を”」
「提督、主はやてが言ったことは……」
「”どんなふうに喋ったかはわからないけど、大方正しいと思う。今はやては人を殺した恐怖に怯えているわ”」
「なんでそんなことになったんだよ!」
「落ち着けヴィータ」
「”単なる偶然、いや偶然が必然になる世界にはやては踏み込んだのよ、
覚悟を持ってね。今回はその覚悟より恐怖が勝っただけ”」
「…………」「”こちらの世界に戻してやることはできるんでしょうか?”」
「できるけど、それはしないほうがいいわ」

クロノの質問に答えたのはアニスではなくクロノ達にとっては見知らぬ女性。

「”失礼ですがあなたは?”」
「”クレナイ=フェリア=ブルーリバーよ、今回の登軍訓練のマスターチーフを務めさせてもらっているわ”」
「私の父方の祖母でもあるわ」
「”戻さないほうがいいってどういうことですか?”」

クレナイの言葉になのはが問う。すぐに帰してくれないことが気に食わないのか、その言葉に怒気が混ざっている。

「たとえ訓練をリタイアさせてそっちに帰したとしても、回復してそのあとに残るのは
トラウマと夢を挫折したことによる自分への嫌悪感よ。自分は夢の一つも叶えられない駄目な人間だと思い、
抜け殻のよう意思も無くただ毎日を過ごすだけの悲惨な人生を送ってしまうわ」
『”…………”』

クレナイの発言を是としているのか、誰も反論する者はいなかった。

「悪いけど、ここは私に任せてくれないかしら?」
「”任せろとは?”」
「あの子のことよ」
「……………そうですね、ここからでは何もできない。はやてのこと頼みます」
「ええ、決してあの子の人生を暗いものにしないわ。私の名に懸けてね。
あなたたちも、主が心配なのはわかるけど任せてもらえるかしら?」
「……わかりました。お任せします」
「はやてちゃんのことお願いします」
「はやてが元気になんなかったらギガントだかんな!!」
「はいはい、小さな騎士さん」
「それじゃバイバイ」

画面がブラックアウトし消える。

「と言ってものんびりしてられないのよね」
「どうするの?」
「とりあえず話してみるか」


それから数日、生憎この日は1日中土砂降り

「……………」

夜、兵舎の屋上にはやての姿が、雨に打たれながらただぼーっと、
ライトで照らされたグラウンドで行われている射撃訓練の様子を見ている。

「………人殺しの練習なんかして何が楽しいんや……」
「この前まであんたもあの中にいたのよ」
「!!」

突然の声に驚き振り返るとクレナイの姿が、しかしはやてはすぐに冷静さを取戻し目線をグラウンドに戻す。

「とうとう部屋も居づらくなってこんなところに来ちゃったか」
「こんなところにいると風邪ひきますよ」
「おまけにグレ気味。生憎とね、私は水を司る最高位神なの、この程度の雨、逆に心地いいわよ」

クレナイははやての隣に腰掛ける。

「それで、ちょっとは心の整理はついたかしら?」
「整理なんてつくわけないやろ!。……最初は牽制のはずだったのに……。
あちらこちらで爆発が起きて、だんだん感覚がなくなってきて、何も考えずに人を撃ち殺していった、
気付いたら人を絞め殺していたんや……」
「………」
「毎晩、殺した人達が叫ぶんや、人殺しって……」
「それで、あなたはいつまで逃げてんの?」
「!!」
「あなたは覚悟してここに来たんでしょ?」

だが、どんな覚悟を持ったところで戦場の前ではもろくも崩れ去ってしまう。

「そうや!!。そうやけど崩れてしもうたんや……あの目を見たとたん何もかも崩れたんや。
怖いんよ、寝ても覚めてもあの目が思い浮かんで私を攻め立てるんよ!!」
「死人の目に魅入られたのね。だけどね、あなたはそれを克服しなければいけないのよ、夢を叶えたければね」
「克服なんてできるかっ!」
「なら夢を諦めることねっ!」

はやての胸倉を掴み引き寄せる。

「人が死んだぐらいでいちいち怯えてんじゃないわよ!!」
「死んだぐらいで?、ぐらいとは何や!、人の命や!、私が奪った命や!!」
「ならアンタはうっとおしい蚊を叩き落とすたびに悲しむの、ゴキブリを叩き潰すたび怯えるの?、同じ命でしょ!」
「それは……」
「戦場は殺すか殺されるかの世界なのよ、頭を失った部隊はただ遣られるしかってない。
そうならないために隊を率いる者は敵を殺し、味方が死んでも、その場で我を失わず指揮しなくてはならない。
アンタが目指す道はそんな道よ!」
「ミッドでは……」
「非殺傷指定なんて甘ちゃんがあるから殺人とは皆無ってわけ?。甘いのよ!。
追われるものはね生き残るためにはどんな手段でも、追うものを殺してでも生き残ろうとする。
それが生き物の本能ってものよ。仲間や部下に脅威が迫ったらアンタ自ら手を下さなくちゃ、守らなくちゃいけないのよ!」
「………」

雨の中にクレナイの怒号が響く。最後の言葉を言うと、胸倉を掴む手を離しはやてを放り投げる。

「ッ!」
「それが現実。それが出来なきゃ将来アンタの下に付く人達が迷惑する。
夢は諦めて故郷に帰りなさい。一生悔やみながら生きていくといいわ」
「……………」

言葉を吐き捨て、ただ横たわり雨に打たれるはやてを残しを立ち去った。


「ん?」
『…………』

人の気配を感じ振り向くとそこにはケーニッヒ、刹那、レアの3人がいた。

「あなた達……」
「雨に濡れて体が冷えたでしょ、食堂行きませんか、コーヒーぐらい淹れますよ」
「……………」

クレナイは何も言わず3人の後をついていった。

『…………』

不思議とそこは当直の者も、厨房も居らず、ただ照明と自販機の駆動音が支配する空間となっていた。
数分前から4人は何も喋らずケーニッヒが淹れたコーヒーを飲んでいる。

「……何も言わないのね。見ていたんでしょ?」
「そうすけど、今はあなたに頼るしかありません」
「そう……」
「クレナイさんは何でそこまではやてを助けようとするんですか?。単なる一介の訓練兵に?」
「……一時期でも私の部下ってこともあるんだけどね。昔の私と重なっちゃってね、ほっとけなくなっちゃったのよ」
「昔の自分?」

クレナイはコーヒーを一口飲み

「あんまり公表できるものじゃないんだけどね。あれは私達の時間軸で10年前、私が10歳の時よ。
当時地球は大戦で人類絶滅の一歩手前って状態だった。もちろん私も明日を生きため戦っていた」
「………」
「そんなある日、私に部隊が与えられた10名程度の小さな部隊だったけど大隊長付の私にとっては初めての部下だった。
私は嬉しかった。ホウの後ろを只付いて回る私がみんなに一人前と認められたと思って浮かれていた。
その部隊と何度も戦闘を繰り返すある日、あれは起きた」

ゴクリと3人が生唾を飲む。

「その日の戦闘で私ははやてのように敵指揮官の人間を殺した」
『!!』
「いつものようにドロイドを壊すのとわけが違う。
それはとても酷く不愉快で本当に何もかも考えられないぐらい頭が真っ白になった。
禁忌を犯した罪人みたいに誰からも忌み嫌われ責められる恐怖で身体に悪寒と震えが走り、立ち止まってしまった。
私が止まってしまったから部下の子供達は戦況も次どうしたら良いのかわからないまま撃ち殺され隊は全滅したのよ」
「………」
「その後私や瀕死の重症だった子達が捕虜にされ、秘密基地を吐かせるために日夜問わず拷問に掛けられた。
痛みと恥辱と死の恐怖が支配し、消えそうな意識の中、何もかも吐き出して楽になろうとも考えたわ。でも、でもね……」

クレナイは自身を強く抱きしめる。その身体と声はかすかに震えていた。

「私より小さかったあの子達は……同じ痛みと恥辱と死の恐怖に耐えながら誰一人として基地の事を吐かずに死んでいったわ。
私は恥じた、隊長の私よりあの子達は立派に兵士だったんだなって、そして同時に痛感したわ。
部下の命を預かる者は、どんなことをしても、たとえ人を殺してでもその子達を護らなくちゃいけないんだなって」
『…………』
「……さぁ、私の話はこれで終わり。あとははやて自身の判断に任せて私達は寝ましょう」


「………仲間や部下に脅威が迫ったら自ら手を下さなくちゃ、守らなくちゃいけない…か」

佇み雨に打たれ続けるはやてはクレナイの言葉を思い出す。

「わかっている、わかってるんやそんなこと!」

怒りに任せ近くの壁を思いっきり殴る。

「だけど、だけどな……」

なのは、フェイト、ヴォルケンリッター、将来部下になるであろう大切な仲間達の顔が脳裏に浮かぶ。
みんなを護るためだったらクレナイの言うとおり私はどんなこともしよう。
たとえ他人を傷つけるようなことでも、しかし直後あの恐怖が蝕む。

「くっ!、消えろ!消えろ!」

自身の内で起こる葛藤。壁を殴り続け恐怖を打ち消そうとする。

「消えろ!。消えろ!……消えろーーーっ!!」

両拳が血に塗れるほど殴り、セイバーを抜き宙を斬る。
それはまるで目の前の亡霊を断ち斬るように。

「はぁっ、はぁっ………はぁっ」

大きく深呼吸し荒げる呼吸を鎮めていく。
数分後、呼吸が整いはやては屋上を立ち去る。
その眼は異様に冷静で何かを決心したようだった。


翌日、訓練開始時、みんなの前にはやてが現れた。

「はやて……」

はやての登場にみんながざわめき立つ。はやては深呼吸し

「みんな心配かけてゴメンな。いろいろ迷惑かけたけど昨日クレナイさんに叱られて、
一晩考えて考えて考え抜いてやっと自分の心に決着が付いたわ。どうかまた仲間に入れてくれないかな?」

正直はやては心配だった。自分勝手に仲間から離れ時には蔑んだときもあった。そんな私をまた受け入れてくれるのか。

「……何言ってるの。アンタがいない間に私がめんどくさい分隊長引き受けちゃったんだからさっさと代わってよね、
私はアンタほどうまく指揮できないんだから」
「ケーちゃん……」

ケーニッヒが少し嫌味ったらしく言う、どうやら半分本音も含まれているみたいだ。

「そうそう、私はケーニッヒよりあなたのほうが数倍安心する」
「んだとこらぁ!」
「みんな……」

みんなの棘のある、しかしやさしい言葉にはやては目頭が熱くなる。

「おいおい、感動の再会は後回しにしてさっさと始めるぞ」
『…………ホウさん、少しは空気というものを呼んでください』

女性陣の冷たい目がホウに突き刺さる。

「はいはい、だがな、はやてがいない間何をやったか教えなくちゃいけないんだぞ、身振り手振りな、
お前ら数日間のこと1日で伝えきれんのか?」
「えっ?」
「はやてもその手だ、銃も握れんだろ。今日はお前達がはやてに徹底的に叩き込んでやれ。
じゃあな、第2分隊も協力してやれよ〜」

それだけを言い残し教官陣と共に去っていった。

「なっ、何なの?」
「ちょっとはやてあんたその両手どうしたの!?」

はやての両手には分厚く包帯が巻かれていた。

「ん、これはちょっとな。大丈夫や治療はしてもらったから」
「とにかくあんたは見てなさい。私達が説明しながら実演するから」
「うん。よろしくお願いします」

はやての目の前で演習が始まる。受け入れてくれたみんなに感謝しつつ幸せに浸っていた……。


数日後、もうひとつサプライズがあった。

「え〜っと、訓練を始める前に。はやて」
「はい?」
「昨日の夜あなた宛に通信があったわよ。フェイトって子に子供が生まれたって」
「ホントですか!?」
「ええ」
「ちょっと行ってきます!!」
「ちょっとはやて!、って行っちゃった。どうしますクレナイさん?」
「まぁ、少し待ちましょう」

はやては部屋に戻り通信機を手に取りコールする。

「”はい、あっ、主はやて”」

出たのはシグナム

「シグナム!、フェイトちゃんのところにいる!?」
「”はい、おりますが”」

モニターが移動しフェイトと二人の赤ちゃんが映し出された。

「”はやて?”」
「おめでとうフェイトちゃん!」
「”ありがとう、はやて”」
「その子達が二人の赤ちゃん?。かわいいな、無事生まれてよかったわ」
「”その前が大変だったけどな”」
「その前?」

アルトは子供達が生まれる前の一悶着を語る。

「そりゃ大変だったなぁ。それにしても2人の出会いといい出産といいハプニング続きやな"」
「”おいおい、それじゃ何かあるたびにハプニングに見舞われるみたいじゃねぇか”」
「”フフフ……。はやてのほうはどぉ?。元気でやってる?”」
「うん。分隊長になってあんなこともあったけど……教官のおかげで立ち直ったわ。もう大丈夫や」
「”それは良かった”」
「あと一月も経たん内に卒業演習や、その後半年間はアニスちゃんと同行、
それが終わったら帰ってこれるから、みんな遠慮せずに便りちょうだいな」
「”うん”」
「八神分隊長〜、マスターチーフ達が痺れを切らしています〜」

そこに隊の子が呼びにきた。

「"わかった〜。それじゃ、これから訓練なんでまたね"」
「”うん、またね”」
通信を切り、呼んできてくれた子と合流する。

「さぁ、行くで!」
「ちょっと待ってよ〜」

はやては元気に駆け出す。

「………フッ……」

これならもう大丈夫と様子を見に来たクレナイが笑みを零すのであった。







あとがき

Krelos:はい、約4ヶ月ぶりの投稿になります。いやぁ〜長かったぁ。最初考えてたのとちと違うがまぁいいか。
はやて:それはそうと今回も私不幸続きなんやけど……。
Krelos:俺思うのよ。
はやて:何が?。
Krelos:StSのはやてはなぜか大人びすぎていると思うのよ19歳にしては。
単なる指揮官研修じゃああはならん、修羅場の一つや二つは経験してると思うのよ。
はやて:だからといってこれはないやろ!。
Krelos:いいじゃん、もう本編でそうなってるんだし。
はやて:うわぁ開き直った。
Krelos:さて、訓練校編は次回でおしまいでもまた一波乱ありそうです。
はやて:またぁ〜。






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