リリカルロジカル



 時空管理局第666技術研究室。
 そこで、一人の女性がマシンカプセルを前に一人笑みを浮かべていた。
 だが、その笑みは邪悪に歪み、かけた眼鏡はいかなる作用によってか白く輝き瞳を移さない。
「うふふふふ………ついに、ついに完成したわ……」
 くくくく、と引きつったような笑みを浮かべながら、彼女はカプセルの中を覗き込んだ。
 半透明に濁った輝きを持つ強化アクリルの保護シャッターの向こう、羊水にもにた液体の中でゆったりとまどろむ影が透けて見える。
 一見、華奢な少女のようにも見えるその存在が。
「苦節一年と三ヶ月……ようやくここまで漕ぎ着けた。ああ……長かった、長かったわ……」
 ぎらり、と閃光のような光を眼鏡から反射しながら、天井を仰ぎみる女性。
 彼女の脳裏には、今日に至るまでの日々が思い返されているのだろう。
「だがそれも今日まで……さあ、起動するのよ!」
 びしり、と監視カメラにポーズを決めると、女性はマシンカプセルの開閉スイッチに手を伸ばした。
 ぱしんと保護カバーを指先で跳ね上げ、黄色と黒の縞々模様が描かれたボタンへと指をかける。
「新しい時代へ、れっつごー!……ぽちっとな」
 ゆっくりと、保護シャッターが引き上げられる。その向こうから、液体がざばざばと流れ出る中からその”少女”はゆっくりと身を起こした。
 真っ白とも違う、やや色味のついた健康的な肌色。全身を包む黒いボディースーツは起伏に欠けているが、均整の取れたボディバランスは健康な少女のそれ。茶色い髪は頭部の両脇でくくられ、ツインテールに纏められている。
 それは、まさしく完全無欠に人間の少女に相違なかった。もし、その腕に刻まれたラインさえなければ誰が見ても人間にしか見えない、完璧な人体の模写。
 そしてその瞳が、ゆっくりと開かれて……。
「おお……」
 女性は、自らの視界が光に染まっていくかのような幻覚に、神を前にした信託者のごとき恭しい声を上げた。

「うぉっ!?なんだっ!?」
「爆発っ!?どこだ……って、あれ、マリーさんの研究室じゃんか」
「なんだいつもの事じゃない……驚かせないでよ」
「とりあえず、医療班に連絡しとくか」
「そうですね」


「あのー、それでマリーさん。お願いって、なんですか?」
 バリアジャケットを展開した高町なのはは、何故かボロボロの包帯姿で佇んでいる眼鏡の女性を前に首をかしげた。
 心底不思議そうななのはに、マリー技術仕官は不敵な笑みを返すだけで答えない。ただ、ミイラ男を思わせるほどに全身を包帯でぐるぐる巻きにして、片手を吊っているその有様はかなり不気味ではある。
 二人が立っているのは、管理局の訓練室。
 武装局員を目指して訓練中のなのはならともかく、技術仕官であるマリーにはとんと縁のない場所であるはずであり、その事がいっそうなのはの疑問に拍車をかけていた。
「ふふふ……なのはちゃんの疑問は手にとるようにわかりますよー?なんで私がボロボロなのかとか、なんで訓練室に来ないといけないのかとか、その他もろもろですよねー?」
「え、あ、はい……」
「ふふふふふふ、それももっとも、もっともなのですよ。なのはちゃんの疑問はいたって当然そのものなのですよー」
「………(汗」
 ちょっと、怖い。
 内心で盛大にドン引きしながらも、なのはは逃げ出したい脚を抑えてその場にとどまった。高町さんのなのはちゃんは思いやりのある良い子なのである。
 ですが、こうも怪しいと流石にかかわりを持ちたくないというのが本音であり……。
「ですがそれもすぐに氷解するでしょう、私の作り上げた新発明を眼にすればっ!!」
「……新発明?」
 あ、ちょっと興味を引かれた。
「そう!まさに新発明!さあ、カモォンッ!私の愛しいマイシスター!」
「?……っ!?」
 マリーがパチンと指を鳴らすと同時、マリーの二歩手前程の位置に転送魔法陣が突如発生した。
 魔法の使えないはずのマリーが転送魔法を発動したように見えた事に首をかしげるなのはだったが、転送されてきたものを眼にしてその表情は驚愕に染められた。
 転送されてきたもの、それは。
 真っ白な、学園の制服を思わせるバリアジャケット。脇でそろえられた茶色いツインテイル。およそ十歳前後の体躯の、小柄な少女。
 右手に握った大砲のようなデバイスと、銀色の瞳、そして耳が卵みたいな形の金属部品に置き換わっている事を覗けば、それは殆ど、”高町なのは”にしか見えなかった。
「え?あぅ?にゃー?」
 言葉もないなのは。そんな彼女に、マリーはチッチッチッチッと指を振って説明する。
「ふふふふふ。吃驚したでしょうなのはちゃん?そう、これこそが私が長年の研究の結果開発した、新型機械魔導師、そのプロトタイプ!従来の魔導兵と違い、小型化された魔力炉と多数のカートリッジシステムを組み込む事により、動力供給がなくても一定時間の自立行動が可能!さらには、インテリジェントデバイスと同等のAIを組み込む事により、学習能力と自己診断能力まで搭載!まさに、管理局の技術が生み出した奇跡!その名も……はいほら、自己紹介しなさい!」
「イエス、オ姉サン。始メマシテ、高町ナノハ武装局員候補生。私、ゴ紹介ニ預カリマシタ、機械魔導師N-N-Hト申シマス。以後、宜シクオ願イ致シマス」
 ぺこり、と頭を下げるN-N-H。
「あ、これはご丁寧にどうも……。私、高町なのはと申します」
 ぺこり、とお辞儀を返すなのは。高町家の子供は礼儀正しいのである。
 しばらくの沈黙が流れる。
「……って、そうじゃなくってっ!」
「あら、どうかしたの?」
「どうかしたの、じゃなくて………どうしてこのN-N-Hちゃんが、私の姿してるんですかっ!?」
 にゃーーっと両手を広げてマリーに問い詰めるなのは。N-N-Hをコレ呼ばわりしなかったり、指を刺したりしないあたり、本当に教育が行き届いている子である。
 閑話休題。
 憤るなのはに対し、マリーはあれ、と首をかしげた。
「ひょっとして……怒ってる?」
「怒るもなにもありません!どうして私の姿を無断で真似たりするんですかーー!」
「でも怒るようなことじゃないでしょう?それとも、そんなに似てない?可能な限りまねたつもりだったんだけど」
「いや、一瞬鏡かと思うぐらいそっくりですけど……」
「有難ウ御座イマス」
「あ、どうも……ってそうじゃなくて!」
「うーん。機械魔導師、ってのが可愛くなかった?じゃあ自立魔導人形とかどう?」
「確かにそっちの方がいいといえばそうですけど……だからそうでもないんですってば」
「うーん?」
 本当に分からない、といった様子で首を傾げるマリーを前に、なのはは内心で深い溜息をついた。
 人権とか肖像権とか、この人の頭にはないのだろうか。……きっと、ないだろう。
 失礼な事を思いながら、なのはは改めてN-N-Hに視線を向けた。
 成程、見れば見るほどN-N-Hはなのはそっくりだった。メカむき出しの耳さえなければ、ぱっと身区別が付かないといって良いほどだ。
 だが、それでもじっと見ていれば、銀色の瞳の向こうで小さな音を立ててレンズが焦点を合わせる音が聞こえてくる。
「……ま、いいや。それよりもマリーさん、なんで私なんです?」
「え?」
「だって、優秀な魔導師なら他にも一杯いるじゃないですか。クロノ君とかフェイトちゃんとか。なのになんで私なんですか?」
「うーん。なのはちゃんの言う事も一理あるね」
 その質問をまってました、といわんばかりに腕を組んで頷くマリー。
「確かに、実力だけならなのはちゃんより上の魔導師は一杯いるね」
「だったら……」
「でも、魔導人形に反映するならなのはちゃんが一番よかったんだよ」
「え?」
 きょとんとするなのはににやり、とマリーが笑みを浮かべる。
「ほら、考えてごらん?クロノ君の戦闘プログラムを魔導人形に組み込んだところで、それを有機的に運用できる?フェイトちゃんの高速戦闘を覚えさせたとして、上手く扱えるかな?」
「えと……無理なんじゃないかなあ。学習していったならともかく、基本がAIだったら、複雑で有機的な処理を行いながら、状況に合わせて融通の利いた戦闘を行うのは厳しいかも。確か、今ある魔導人形が単体では実践レベルではないのは、魔法とかの発動で処理用のリソースを使っちゃうからでしたよね?」
「ピンポンパンポーン!その通り!だから、技術に裏打ちされた戦闘は魔導人形には無理な訳。でも、なのはちゃんの得意とする砲撃戦は、出力を別にすれば極めて基本的なミッドチルダ式魔法の戦闘だし、アクセルシューターとかの誘導魔力弾も、なのはちゃんほどじゃないけど使えるはずだからね。あ、でもなのはちゃんが未熟って訳じゃないよ?なのはちゃんのは、いわば基本を極める所まで極めたようなものだから、魔導人形で再現できるのとは次元が違うんだよねー」
 やっぱり、熟練した人間に機械は勝てないのよね、とぼやくマリーに、なのはは頷きながらN-N-Hに眼を向けた。相変わらず無表情なままの彼女は、マリーをじっと見つめているだけで今の発言に肯定も否定もしない。
「ふーん……でも、それなら見た目までまねる必要はないんじゃないですか?」
「そんな事はないわよ?なのはちゃんが思ってるより、きっと貴女の事は有名だよ?」
「……そうなの?」
 半分不審げにたずねるなのはにマリーは力強く頷いて、
「”管理局の白い悪魔”といったら、管理世界の隅から隅まで響き渡ってるんだから」
「……………」
 雰囲気が急に変わったなのはに気が付かず、マリーはまるで自分の事のように自慢げに続ける。
「なんてったって、PT事件と闇の書事件の解決に貢献したAAA級魔導師にして、その正体は魔法の魔の字も存在しない世界出身の少女。しかもその砲撃は巡航艦のバリアにさえ罅を入れ、そのバリアは武装局員の同時砲撃さえ凌ぎきる。さらには、戦場に出かければ絶対無敵。これで有名にならない筈がないよー。今じゃ、なのはちゃんを見た途端抵抗を諦めて投降する人達もいるし」
「………ない」
「ま、そんな訳だから、なのはちゃんの姿を真似たのはそこらへんの事情もある訳。白い悪魔って呼ばれてるなのはちゃんの姿をしてれば一種の警告になるのね。なーんて、そんなのは唯のタ・テ・マ・エ。ほら、本物そっくりなアンドロイドって科学者の憧れじゃない?」
「………ま、じゃない」
「……って、どうしたのなのはちゃん?さっきから黙りこくって……」
 不審に思ったマリーが、なのはの顔を覗き込むようにした、その時だ。
「私は……悪魔なんかじゃないもんっ!!」
 閃光。
 爆発。
 衝撃。
「マリーさんの馬鹿ぁあああああっ!!」
 ずだだだだ、と訓練室から駆け出していくなのは。
 うぃーんと自動ドアが閉じた後には、うつ伏せに倒れてぷすぷすと煙を上げるN-N-Hと、マリーがぽつんと残されていた。


「うぅ……なのはちゃんがあそこまで怒るとは計算外だったわ……」
「スイマセン……。私ノ防御出力デハ気休メニモナリマセンデシタ……」
「あー、気にしないの。相手が悪かったわ……」
 研究室。前よりも包帯の増えたマリーと、マシンカプセルにつながれたN-N-Hはそこで、反省会を開いていた。
 議題は、先ほどの出来事。いくら不意打ちに近かったとはいえ、なのはの一撃にあっさりと機能停止させられてしまった事についてだ。
「うーん、困ったわねー。上には高性能の自立戦闘端末、リンディ提督にはなのはちゃんの影武者が必要だからって引き受けたのに、これじゃしぼられちゃうわ……」
「オ姉サマ。私ノ出力ヲ上ゲル訳ニハ行カナイノデスカ?」
 N-N-Hの言葉に、マリーは片手でキーボードに指を走らせると、モニターに表示された数値に眉を潜めた。
「うーん、厳しいわね……。今でさえ、魔導人形としては破格の出力を有してるのよ。ランクでいえばAAに近いわ。それをさらに跳ね上げるとなると、構造体が持たないし、それでもきっと届かないわ」
「ソウデスカ……」
「あ、こら。そんなに落ち込まないの。大丈夫、こうなったらちょっと手を借りる事にするわ」
「手ヲ借リル?」
 そうよ、と頷きながら、マリーは白衣を羽織りなおすと、内線の受話器に手を伸ばした。
「ちょっとね、なのはちゃん経由で知り合った人がいるの。あの子なら、きっと良いアイディアを出してくれるわ」
「?」


 そして数時間後。
「じゃ、よろしくねすずかちゃん」
「はい、まかせてください」
「……アノ、オ姉サマ?」
 二人は、地球のとある屋敷を訪れていた。
 屋敷の主らしいウェーブのかかった長い髪の少女と、にこやかに握手をかわすマリーに対し、N-N-Hは事態についていけてないのか無表情ながらもどこか不安そうな面持ちである。
「アノ……オ姉サマ、コノ方ハ?」
「あ、ごめんごめん。この人はね、月村すずかちゃん。こっちの世界の資産家の娘で、なのはちゃんの友達なの」
「よろしくね、N-N-Hさん。うわー、本当にアンドロイドなんだー」
「ド、ドウモ。ヨロシクオ願イシマスデス」
 にっこりと笑って、手を差し出すすずか。N-N-Hはちょっととまどいながらも、素直にその手を握り返した。
「さて、じゃN-N-Hちゃん、しばらくすずかちゃんの所で厄介になってくれるかな?」
「え?!オ姉サマ……ヤッパリ、私入ラナイ子ナンデスカ……?」
「?!ち、違う違う!あのね、N-N-Hちゃん。すずかちゃんのお姉さんはこの世界でもかなりの腕前の技師でね。最近は管理局の技術も学んでらっしゃる方なの。その人だったら、きっと貴女を完璧にしてくれるはずなの。本当は私も付き添いたかったんだけど、貴女を作る為にほっぽりだしてた仕事があってね……そっちにいかないといけないの。ごめんね?」
「ア……ソウナンデスカ……?」
 捨てられたわけではない、とわかってほっとするN-N-H。マリーはそんな彼女の頭を、本当の妹にするように優しく撫でてやる。
「それじゃ、おとなしくしてるのよ?」
「ハイ……行ッテラッシャイ、オ姉サン」
 そうしてN-N-Hがマリーを見送った、その後。
「じゃあ、N-N-Hちゃんはこっちねー」
「ハ、ハイ。スズカサン」
 そうして、すずかはN-N-Hを伴って、屋敷の奥に姿を消した。

 バタン。


「ア、アノ……」
「ん?何かな、N-N-Hちゃん?」
「コノ服ハ一体……?」
 戸惑ったように、自分の体を見下ろすN-N-H。その体は、ファリンやノエルがきているのと同じエプロンドレスに包まれていた。
 にこりと笑って、すずかが説明する。
「あのね。やっぱり、まずはN-N-Hちゃんは人生経験を積む必要があると思うの。せっかくの自己学習能力なんだし、活用しないと」
「ハァ……ソレデ、侍女ノ真似事デスカ?」
「違う違う。真似事じゃなくて、ちゃーんとメイドさんしてもらうんだから。ね、ノエル」
「はい、お嬢様」
 びしり、と背を伸ばしたまま答えるノエル。その腕の中では、もごもごともがくN-N-Hが羽交い絞めにされていた。ちなみに行っておくと、N-N-Hは見た目は少女でも物理出力は大人顔負けの筈である。
「……ナ、ナンデあんどろいどノ私ガ成ス術モ無ク……?」
「メイドですから」
 しれっと言い放つノエル。その問答無用の説得力に飲まれて、ウ、と言葉につまるN-N-H。
「そんな訳で、これからよろしくね、N-N-Hちゃん♪」
 にこにこと笑うすずかの笑顔に、どうやら逃げ場がない事を悟ったN-N-Hは、ぐったりとうなだれながら小さく答えた。
「……宜シクオ願イシマス……」










あとがき

就職活動と某書に投稿するSSと書籍化にむけて亀のようにすずかSSを手直しながらとりあえず書き上げてみた一品。
なんていうか、リリカルなのはにもっとメカ分がほしいので書いてみた。
きっと最終的にはデストロイ化する予定。


あ、石を投げないで〜〜。





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