いと遠き月への哀歌 ・序章 Rady GUN【分かれ道を行く君】 「こんにちは、エイミィさん」 「あ、いらっしゃい、すずかちゃん。はい、コレ」 「これが、今度発掘された遺跡物ですか?」 「そう。とりあえず発掘された中で原型をとどめてたのはこれだけね」 「……銃、に見えるんだけど」 「そうね……、でもシグナムさん達に確認を取ってもらったから、間違いないわ。これは一応、ベルカ式のデバイスね。壊れてるけど」 「壊れてる?」 「うん。マリーに聞いたんだけど……あ、マリーっていうのは管理局の開発局担当の技師でね。なのはちゃん達のデバイスを強化したのも彼女なんだよ。で、彼女が言うには、デバイスの内部データがまっさらになってて、各部劣化が進んでてただの鉄塊になっちゃってるらしいの」 「そうですか……でも、それがなんで私達の次元に?」 「うーん。よく分からないけど、誰かが捨てていったんじゃないかな。その当たりはもっと証拠になりそうな物件があったから、そっちで調べるつもり」 「捨てた、ですか……」 「うん。それでね、よかったらすずかちゃん、これ引き取らない?」 「ええっ!? ……いいんですか?」 「うん。正真正銘唯のガラクタだし……元々すずかちゃんの家の土地で見つかったものだしね。あ、勿論ちゃんと上の許可は取ってるよ」 「ありがとうございますっ!」 それは、一週間前の出来事だった。 事の始まりは数ヶ月前。 すずかが家の別荘に正月を過ごそうと出かけた先で、急な土砂崩れが起きてしまった。 立ち往生するのにあきたすずか達は、ふと空を飛んでいた真っ白な白鳥を見つけおいかけた先で地図にない洞窟を見つける。 その奥で、すずかは一つの壊れたデバイスと、いくつかの電子部品を見つけてしまう。 急遽それは管理局に通達され、至急ユーノ・スクライアを中心とした探索チームが派遣されたが、さっぱり真相はつかめず、一時洞窟に埋まっている無数の遺品の回収によってその場は幕を下ろした。 それからしばらくたち、なのはからの連絡ですずかがフェイトの住まうアパートに向かうと、そこで彼女はエイミィから”第一発見者”への報酬として遺品の中で一番まともで、一番意味のないガラクタを受け取る事になる。 そして。 単なる好奇心。未知の技術への感心。そして、自分の道をいく友への憧れ。 それらの思いを元に、すずかはそのデバイスの復元に手をかけた。それが、単なるガラクタに過ぎず自分の目指す先には繋がらないと知っていながら。 ……しかし……。 「……やっぱり、全然分からないなぁ……」 深夜、夜も遅く。 普通の小学生ならとっくに眠っているであろうその時間帯に、しかしすずかは蛍光灯で照らされた作業机の上で頭を抱えていた。 彼女の目の前には机一杯に、分解されたあのデバイスの残骸が無数の螺子や配線と混ざり合って広げられていた。 彼女が頭を抱えているのは、デバイスの中心にあった小さな球体。罅割れ色あせているが、元々は鈍い蒼の光を宿していたであろうそれは、今は無数の電極をはんだで接着され、一台の大きなスーパーコンピューターに繋がれている。ちなみに、パソコンは姉の忍のものである。 「流石は異世界の技術……さっぱり意味が分からないよ……」 呟いてへなり、と机にもたれかかるすずか。ネジをまわす音とハンダの音が途絶えた室内に、カリカリというスパコンの稼動音だけが小さく響く。 机の横に置かれたモニターには、無数の文字が縦横無尽に走りまくり、今もなお未知の技術を解析しようとフル稼働している様子が見て取れる。だが悲しいかな、それは全く進んでいないようだった。 「うーん……やっぱり修理しよう、ってのが無理があったのかな……。元々修理できそうにないから、管理局の人だって部外者の私に気前よくくれたんだろうし……」 配線で繋がれた小さな玉を手に取りながら呟く。 「レイジングハートの事を考えると、やっぱりこれが核だよね……。これが完全に沈黙してるんじゃ、修理は出来ないのかな……」 蛍光灯の光にすかすようにして、しげしげと眺める。 暗く蒼い、罅割れた宝珠は蛍光灯の灯りを受けて、鈍く輝く。 しばらくそれを覗き込んでから、すずかはゆっくりとその宝珠を作業机の上に戻した。 「……でもやっぱり、壊れたままじゃ可愛そうだよ……」 すずかにとって、デバイスは単なる機械ではなく一つの人格だった。 それはもちろん、彼女が最も身近に接しているのがインテリジェントデバイスであるレイジングハートやバルディッシュ、自意識を持つユニゾンデバイスであるリインフォースU、例外的に応答機能を与えられた夜天の騎士達のベルカ式だったりするのもあるのだろうけど、やはり一番大きな理由はすずかが幼い頃から、姉と共に機械に囲まれて暮らしてきたからだろう。 だが、彼女の技術では壊れたデバイスを修繕するのは不可能。ここ一週間、彼女はずっとこのデバイスの解析に取り組んでいたが結局分かったのは何も分からないという事だけ。 何度もいうが、管理局でさえガラクタとしか認識しなかった代物だ。直せ、というのが無理な注文なのだろう。 だが、すずかは諦めなかった。 「……うん!やっぱり頑張ろう!」 ぺしぺし、とかわいらしく頬を叩いて気合を入れると、すずかは立ち上がって窓に近づくとがらり、と開け放った。冷たい風が室内に流れ込み、ぼうっとしていた意識が急激に覚醒する。 「あと一時間!それだけ頑張ったら、今日はもう寝よう」 自己宣言し、すずかは再び作業机に戻った。 「………あらあら」 それから30分後。妹の夜更かしを咎めようと作業所にやってきた忍は、机の上で眠りこけているすずかを目にして小さく苦笑した。 やはり、あと一時間も起きていられるほど彼女は元気ではなかったようだ。 忍は偲び足で部屋に入ると、すずかの顔をそっと覗き込んだ。 「うふふ……熟睡しちゃって。でも窓をあけてそんな風に寝てると風邪引くぞー?」 よっこいせ、と眠っているすずかを抱き上げる。だが熟睡しているすずかは、もごもごと寝言をもらしただけで起きる気配は無かった。 忍はそんな妹の様子に優しい笑みを浮かべると、起こさないようにすずかを抱えたゆっくりと部屋を出て行った。 窓は開かれたまま。 降り注ぐ月光が、机の上を小さく照らす。 ……。 ……………。 …………………小さな、異変。 パソコンのモニターに突然、幾何学的な模様が浮かび上がる。それと同時に、小さく低い起動音。 ばちん、と部屋中の灯りが一瞬で落ち、部屋が闇に閉ざされる。 暗闇の中、月光のさす作業机の上で、何か小さなモノがうごめき始めた。 牙をならすような、間接を軋ませる様な、小さな無数の”組み立て音”が小さく響く。 がち。 がちがちがち。 がちがちがちがちがちがち。 がちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがちがち……。 …………かちり。 音が止んだ。 ”組み上げられた”それは机の上でゆっくりと身を起こすと、まるで身震いするように体を震わせた。 そして一瞬の後、”蒼い”光を放って窓から一直線に飛び出し、見えなくなった。 気づくものはいない。 ただ、静かに様子を見守る、月の光以外には。 |