・第一章 Fox ONE【ターゲット・イン・サイト】


「………吸血鬼事件?」

「うん。まあ吸血鬼といっても、実際に血を吸われたかどうか分からないんだけどね」

 翌朝の聖祥小学校。

 朝のHRを前にしてがやがやと騒ぐクラスメイトにまじって、アリサとなのはにはやて、フェイトはひそひそと内緒話に話を咲かせていた。

 それはいつもなら、フェイトとクロノの事だったり、なのはが任務先で何々を吹き飛ばしたとか、ユーノの苦労話だったり、騎士達のすったもんだの話だったりするのだが今回、彼女達が話題に花を咲かせているのは最近町で噂になっている、吸血鬼の話だ。

 話の内容はこうだ。ある朝、とある女の人が目を覚ますと、異様な脱力感を感じてベッドから倒れてしまう。不思議に思って鏡を見ると、自分の首筋に小さな、何かに噛まれたような後があるという。

 あるいは、ある子供が夜中、トイレに目をさまして廊下を歩いていると、両親の寝室から奇妙な音がする。不思議に思って覗き込んだ瞬間、開かれた窓から得体の知れない影が飛び出していったという。

 こんな感じの出来事が、藤見町全体で起きているというのだ。

 政府は外国産の吸血蝙蝠が市内に紛れ込んでいる可能性があると発表しているのだが、そこはそれ、噂好きの日本人の事。瞬く間にこの出来事は吸血鬼の仕業だと、学生を中心に爆発的に広がっているのだ。

「しっかし、怖いわねー……」

「そやなー……」

「うん。なんでもちゃんと窓を閉めてたのに入ってくるらしいよ」

「嫌だな……私、襲われたらどうしよう」

「それなら好都合じゃない。フェイトならさっくりとっちめられるじゃないの」

「ね、寝てる所を襲われたらそうもいかないよー(汗」

「まあねー……。あ、寝てる、といえばすずかちゃん、今日は寝坊かな?」

「案外、すずかもその吸血鬼とやらにやられてたりしてねー……あ、すずかだとやられた事に気がつかないじゃないかしら?あの娘、寝たらてこでも起きないんだから」

「それはないと思う……あ、すずか来たよ?」

「え?どれどれ?」

 フェイトの言葉にアリサが校庭を見下ろすと、ちょうど校門の前に一台の車が止まっているのが見えた。そして、車から転がるように飛び出してくる紫の髪の少女。

「すずかー、急ぎなさいよー」

「すずかちゃーん」

 大声を上げてすずかを呼ぶなのは達。それに答えて、校庭のすずかも手を振った。

 だがしかし無情にも、始業のチャイムが鳴り響いたのはその直後の事だった。



「うう………」

「すずかちゃん、あんまり気にしない方がいいよ」

「そうそう、いつまでもクヨクヨしないの」

「すずか、元気出して……」

「ほらほら、いつまでも落ち込まんと……」

「……うん、ありがとう……」

 昼休憩。屋上のベランダにいつものように陣取ってお弁当を囲むなのは達は、朝から元気のないすずかをそれぞれ励ましていた。

 だが、元々生真面目な性格のすずかだけに遅刻してしまったという事にかなりショックを受けている様子だ。なのは達に答える声にも覇気がない。

「……それにしても、すずかが遅刻なんて珍しいわね。どうしたの?」

「えと……最近ずっと取り組んできたものが、ようやく完成しそうなの。それで、ちょっとハメを外しちゃって……」

 てへ、と力なく笑うすずか。アリサは深く溜息をついて、

「夢中になって夜更かししちゃった、という事ね。それで、何をやってたの?」

「えと、ちょっとした機械の組み立て。ほら、この間管理局の……」

「ああ、あれ?あ、でもあれって壊れてて直せないって、エイミィさんが……」

「そういや、そうやな。確か、中身がすっからかんやって……」

「うん。だから中身は無理でも、外見だけでもなおそうとおもって。で、どうせだから思い切って色々アレンジしてみたの」

「そっか……でも凄いね、すずか。形だけでもデバイス、直しちゃうなんて」

 感心したように、フェイト。実際問題、材料と設備があっても小学生が一つの機械を丸ごとなおしてしまうなんて相当なものだ。

 みんなの賞賛に照れたように笑うすずか。

 それをみて、アリサは小さく、誰にも気が疲れないように肩を落とした。

「……全く、世話が焼けるんだから」

「? アリサちゃん、何かいった?」

「いや、なんでもない。それより、今度完成したの見せてよ。どんな風になったのか興味あるし」

「あ、それ賛成ー」

「え、でもそんな大したものじゃないし……」

「私も見たいな。すずかのデザインしたの、興味あるし」

「そやな。私もすずかちゃんのアレンジ見てみたいし」

「そ、そんな……。う、うん、分かった。じゃあ、今日の放課後ね。それぐらいには、完成してると思うから」

「うん、楽しみにしてるね!」

「でもだからって精魂詰めてまた遅刻しないようにね」

「あぅ……」




「そんな訳で、すずかちゃんったらあのデバイス、復元しちゃったみたいなの」

『へぇ……そりゃ凄い。なのはの周りには凄い子ばっかりいるなあ……』

 その日の夜。なのはは念話でユーノと話をしていた。内容はもちろん、すずかが修復しているという破損デバイスの話題だ。

『いやしかし、外見だけでも治しちゃうなんてな……そもそもいくら機能が完全に停止して展開状態のまま固定されてたとはいえ、高度な技術の集合体であるデバイスを修理するなんて……』

「うん。あ、でもすずかちゃんの話だと、昨日のほとんどは宝石の部分に集約されてるみたいで、デバイスのパーツは殆どこっちの世界の銃と変わらなかったんだって」

『それでも十分凄いって。彼女、将来自動人形とか作れちゃうんじゃないの?』

「すずかちゃんは将来の夢なんだって、アンドロイド作るの」

『………そ、そう』

 どこかおびえたようなユーノの念に、なのはは軽く小首をかしげた。

「あ、それとね、ユーノ君。あのね…………?」

 ふと、なのはは気配を感じて念話と止めた。

 何か、いる。ぼんやりとして、つかみどころのない気配。だが、確実に。

 近くじゃない。けど、少し離れた所……この家の近くで、覚えのない魔力反応を感じる。

『? どうしたのなのは?』

 念話が途切れたのを不審に思ってか、ユーノが念話をつないできた。だが、なのははゴメン、と告げて机の上にあるレイジングハートを掴むと、窓から飛び出した。

 なのはの様子を念から悟ったのか、ユーノの口調もあわただしくなる。

『なのは!?どうしたの!?』

「覚えのない魔力反応がある!それにこの感じ……ジャミングかけてる!」

『なんだって!?』

「ユーノ君は管理局の人達やみんなに連絡して!私は一人で急行してみる!」

『分かった!なのははターゲットに集中して!フェイトやはやてはすぐ来るって!』

 どうやら、今の一瞬ではやて達やフェイトに連絡を飛ばしたらしい。相変わらずの機転の良さに「さすがユーノ君!」と賞賛の声を上げながら、なのはは感知した魔力反応の元に一直線に向かう。

 場所は、海鳴市郊外の住宅団地。なのはの最高飛行速度なら五分とかからない場所だ。

 さらに、なのはは同じように空を高速で飛来する魔力反応を感じた。

 フェイトにはやて、ザフィーラにシャマルだ。皆、あわてて飛び出してきたらしい。シグナム達は管理局に詰めているのでいないのが、痛手かもしれない。

 だが、少々なのはに比べれば出遅れている。それに、魔力反応はすでに移動を開始しており、その反応も小さくなっている。

 このままでは逃げられると、なのはは合流を待たずに反応へと突撃をかけた。

 夜闇に、浮かび上がる大きな蝙蝠のような影。

 月に雲がかかっていて暗く、良く見えないが間違いない。あれが、ターゲットだ。

「まちなさーい!!」

 静止の声をかけると同時に、一定の距離を置いてレイジングハートを構える。やや距離の開いた中距離、なのはの能力を考えると相手を確認しつつ必要時に攻撃に移るのには最も適した距離だ。

 おそらくターゲットもなのはには気がついていたのだろう。あわてる様子もなく、そのまま空中に停止する。肝が据わっているのか状況を理解してないのか。なのはは前者だと判断した。

 そのままスコープで対象を拡大して正体を見極めようとしたなのはは、映し出されたモノに息を呑んだ。

 同時に、雲が途切れて月光がさし、少女の姿を照らし上げる。


 なのはが追っていたのは、一人の少女だった。真っ黒な燕尾服を思わせるバリアジャケットと、黒い蝙蝠のような形のマジックフィン、それに紫の髪と真っ黒尽くめの外見に、右手に無骨な銃のようなものを握っている。だが、表情は紅いバイザーで覆われているため、良く見えない。

 だが、なのはが驚いたのはそちらではない。彼女が脇に抱えている小さな影を目にしたからだ。

 左手で抱えられて、ぐったりとしている紫の髪の少女。彼女は……

「すずかちゃんっ!?」

 じゃき、とレイジングハートを黒い少女に突きつけるなのは。

「そこの人!その人を放しなさい!!」

 なのはの言葉に、黒い少女は答えない。代わりに、右手に握った銃をなのはに向けて構えた。

「っ!?」

 容赦なく放たれる紅い魔弾。それを、なのははとっさに展開したラウンドシールド+で防いだ。

 呆気なく、桃色の壁の前に弾かれ霧散する魔弾。これには、黒い少女の方が顔色を変えた。

「そっちがその気なら……」

 呟いて、なのははカートリッジをリロードした。それと同時に、なのはの周囲に20もの光球が浮かぶ。それぞれ独自にゆるやかに回転していたその全てが、ぎんっと狙いを黒い少女に定める。

 もし、黒い少女の立場を例えるならこう言うべきだろうか。

 ”藪をつついてドラゴン出した”……と。

「……アクセルシューター、いっけえええっ!!」

 なのはの指示に従い、20もの魔力弾が黒い少女めがけて飛来する。黒い少女もすずかを抱えたまま器用に右手の銃で迎撃し、右手の魔銃がマシンガンのようなけたたましい音を立てて真紅の魔弾を狂ったように乱射する。が、どういう魔力がこめられているのか、たった一発の魔力弾に10近い弾丸を叩き込んでもびくともしない。おまけに、20発全てが複雑な機動を描き、黒い少女の弾幕を潜り抜ける。

 少女を完全包囲するように、20の光弾が迫る。

 流石にこれは回避しきれないと判断したのか、黒い少女は迎撃するのを諦めて銃を頭上に翳した。銃を中心に、蒼い光が宙を奔る。全方位防御障壁の発動準備だ。

 だが、それが完成するよりも早く、足元から競りあがってきた”21発目”の光弾が黒い少女の左手をうった。あっ、と声をあげて少女がすずかを取り落とす。

 そのまま、すずかは下の街へとまっさかさまに……。

「ナイス、フェイトちゃん」

「グッジョブ、なのは」

 ……まっさかさまになる前に、とてつもない速さで駆け抜けてきたソニックフォームのフェイトが彼女を抱え上げた。すずかを抱えたフェイトとなのはが、お互いに視線をかわす。

「……それじゃ、おとなしくしてもらうね?」

「…………」

 なのはの言葉に、黒い少女は沈黙を保ったまま動かない。否、動けない。

 今、彼女の体スレスレの場所で、20ものアクセルシューターが停滞していた。もし下手な事をすれば、結果は火を見るよりも明らかである。

 そこに、すずかを手近なアパートの屋上に降ろしてきたフェイトが戻ってきた。

「なのは、アルフやはやて達もあと少しでたどり着くよ」

「うん、分かった。……じゃあそれまでの間、なんでこんな事をしたのか白状してもらおうかな?」

 なのはとフェイトが、おのおののデバイスを油断なく黒い少女に向ける。

 だが、黒い少女は答えない。

 沈黙を保つ少女にじれたのか、フェイトが、

「もし、理由を話すのならこちらも悪いようにはしない。貴方には、弁護士を呼ぶ権利も、無罪を主張する権利もある。話すのなら早い方がいい」

 フェイトの警告にも、黒い少女は答えない。

 代わりに。

「………甘く見ないでくださいませ」

 にやりと引きつったような笑みを残して、黒い少女の姿が掻き消えた。

 否。

 少女のシルエットが蒼い光と共に一瞬でバラけたと同時に、無数の蝙蝠が飛び立った。黒い霧のように膨れ上がったそれはアクセルシューターを潜り抜けて、夜の空にちりぢりになって逃げていく。

 その様は、まるで本物の……吸血鬼。

「逃さないっ!」

 蝙蝠を払いながら、なのはがアクセルシューター全弾に自爆命令を送った。全てのシューターには、自爆時に強烈なジャミングをばら撒くようプログラムされている。それが炸裂すれば、これがいかなる魔法であれ強制中断させる事ができるはずだ。

 だが。

「きゃっ!?」

「なのはっ!?」

 自爆命令を送った途端、どういう訳か滞空していたアクセルシューターが全てなのは目掛けて飛んできたのだ。とっさにフェイトがなのはとの間に割って入り、バルディッシュの鎌で全て叩き落す。

 全弾迎撃したフェイトは、なのはに振り返った。視線を合わせたなのはが、力なく項垂れる。

「………ごめん。逃げられた」

 悔しそうな顔のなのは。フェイトはそう、とだけ呟くと、バルデッシュの鎌に視線を落とした。

「……なのは。あのアクセルシューター、本気で撃ったものだった?」

「え?う、うん。全力で撃ったよ。……それがなんで、私に……」

「………そう」

「……フェイトちゃん?」

「……あのアクセルシューター、なのはに向かったのもおかしかったけど……なんか、妙に軽かった」

「……軽い?」

「なのはのシューターの威力は、身をもってしってる。少なくとも、20発なんて裁ききれる自身ははっきりいってない。けど、今のはあっさり防げた」

「それって……アクセルシューターが弱められてたって事?」

「……たぶん、そうだと思う」

 答えて、フェイトは夜の空を見上げた。満点の星空が一杯に輝き、まるで空が落ちてきそうにさえ見える。

 その中でも一際明るい、黄色く輝く月を見上げて小さく呟く。

「………散り際の魔力反応は………蒼かった」





「とりあえず調べてみたけど……やっぱりね。あのアパートの住人に、例の噛み傷みたいなのがある人がいたよ」

 フェイトのアパート内。あの後、なのは達はかけつけたはやて達やアルフと一緒にフェイトのアパートに集まっていた。

 ここは管理局と繋がっている唯一の場所であり、先ほどの戦闘で得た情報を一番よく分析できるからだ。

 そして、空中に映し出されたディスプレイを前に、エイミィが集めた情報を次々と読み上げていく。

「つまり、あの少女がここ最近このあたりで起きてる吸血鬼事件の犯人、って事になるね」

「そっか……」

「確かに、それっぽかったしね……」

 なのはが納得したように頷き、それにフェイトが相槌をうつ。ちなみに、アルフはフェイトの腕の中で子犬モードですねている。ソニックフォームで置いてかれたのを根にもっているらしい。

「でも、なんでそのコがすずかちゃんを連れてたんや?」

「それに、一般人を襲ってその少女は何がしたかったのかしら?」

 一方で、疑問の声をあげるのははやてとシャマルだ。ザフィーラは、壁際でむっつりとディスプレイを睨んでいる。

「んー、それについては調査中。あ、でもどうもあの少女、傷を通して一般人から魔力を吸い上げてたみたいね。それも微々たる量だけど。あと、ちょっとだけ血も取ってたみたい」

「……目的は、かつての私達と同じ魔力蒐集?」

「………効率が悪いな。リンカーコアごと蒐集した方が早いだろうに」

「でも、あっちこっちで大騒ぎ起こしたりしないし、実際に都市伝説程度の噂で住んでたわ。時間はかかるけど、隠密性でいったらよい手段ね。問題はどれぐらいの魔力が必要かによるけど、ね」

 エイミィの言葉に、そろって考え込む一同。

「………はいはい、考え込むのもいいけど、ちょっと休憩にしましょう」

 そこにやってきたのは、私服のリンディだった。手には、人数分のコーヒーが注がれたコップをのせたボード。

「あ、母さん。……すずかは?」

「大丈夫。ちょっと眠ってるだけよ」

 リンディはそう笑いかけると、自らも自分の分の砂糖大目の抹茶オレを手にソファーに腰掛けた。

「医者の話だと、特に身体的な異常はないそうよ。疲れて眠ってるだけ。すぐにでも退院できるけど念のためもうしばらく病院にいてもらうわ。まあ、あと一時間もしないうちには家に帰せるわね」

「そうですか……良かった……」

 安心したように息を吐くなのは。フェイトも、にっこりとなのはに微笑みかける。

「良かったね、すずかが無事で」

「うん……でも本当、なんですずかが……?」

「それは分からないわね。ただ、管理局では、この間発掘された遺品がらみじゃないか、という意見が流れているわ」

「遺品……?」

「ええ。けど、まだ解析が十分でないからなんともいえないのが実情ね。それで、管理局から一人、応援を送ってもらう事になったの」

「応援?どうしてですか?」

「ほら、シグナム達が別の用件で出ているでしょう?その分の戦力低下を補う為よ。はやてさんはとてもじゃないけど戦闘なんかできないし、フェイトちゃんとなのはさんには学園とかのすずかさんやその周囲の警戒に当たってもらわないといけないし、とてもじゃないけど人手が足りないのよ」

「クロノ君も別件で出ちゃってるしねー」

 溜息をつくエイミィ。

「………A+判定とはいえ、高町達はまだ学生の身分だ。今回の応援は、歓迎すべきだろう」

「ザフィーラさん……」

「わ、私も賛成です。万が一になったら、私達ははやてちゃんを守るので精一杯でしょうし、人手はおおいにこした事はありませんから」

「じゃ、決まりね」

 ぱん、とリンディが話はおしまいとばかりに手を叩いた。それにあわせて、エイミィがディスプレイを消す。

「今日はここまで。なのはさん達は早く家に帰ってお休みなさい。それと、応援が来るのは明日の昼すぎだから明日は普通に学校にいってくださいね。詳しい事はまた夜に通達します」

「え?でも、それだったら学校が終わってすぐにでも……」

「気にしないの。明日はすずかさん所に遊びにいくのでしょう?緊急を要する事は念話で授業中でもなんでも伝えてあげますから、護衛もかねてしっかり言ってらっしゃいな」

 そういってリンディは手を口に当てて小さく微笑んだ。





 翌日。

「いらっしゃい、なのはちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん、アリサちゃん」

『お邪魔しまーす』

 なのは達は約束どおり、月村邸を訪れていた。応答にでたノエルとファリンに連れられて、すずかの部屋に皆で向かう。

「あの、でも押しかけておいて言うのもなんですけど、いいんですか?」

「何がですか?」

「ほら、すずかちゃん退院したばかりですし……」

「そこならお気になさらず。お医者様から許可は得てますし、なによりすずかお嬢様も楽しみにされてましたから」

 ノエルはにっこりと微笑んで答えた。



「いらっしゃい、なのはちゃん、アリサちゃん、フェイトちゃん、はやてちゃん」

「うん、お邪魔するね」

「お、お邪魔します……」

「入るわよー」

「え、えと……あ、すんませんファリンさん」

「いえいえ……ってあぅっ」

「ぎゃあっ!?」

「あ、ファリンさんが躓いてはやてちゃんの車椅子を押し出して壁に激突しちゃったっ!?」

「……解説的な台詞ありがとうねなのは」

「あ、あははははは……」

 苦笑いしながら、すずかはとフェイトはひっくり返ったはやてに、なのはとアリサはファリンにかけよった。

「大丈夫?はやてちゃん」

「大丈夫大丈夫、勢いはあったけどもろにぶつけておらへん。それより、ファリンさんは?」

「らいひょーぶでーふ」

「……だそうよ」

 ふらふらしているファリンをささえながら、アリサ。……とても大丈夫には見えない。

「……しっかし本当に大丈夫なんか、ファリンさん?」

「あ、いえいえ。お客様に心配してもらう事はないのですー。いつもの事ですから」

 えへへへへ、とフラフラしながら顔を抑えるファリン。その左手に巻きつけられたバンダナに、ふとすずかが目を留めた。

「あら?ファリン、そのバンダナは?」

「ひゃいっ!?あ、そ、そのさっき台所で怪我をしちゃって絆創膏を張るのもアレなのでその上からバンダナで隠しているのですよ!な、なんでもないのですよっ」

 ばたばたと手を振りながら退室するファリン。が、その脚ががくん、と何かに引っかかった。

「ちょ、ファリン?」

「ぎゃふんっ!?」

「……大丈夫?」

「らいりょーふですー、じゃ、じゃあごゆっくりー」

 今度こそ、ファリンは退室していった。

 去っていくファリンを見送りながら、はやてが感心したように呟いた。

「………き、器用な子やなあ……入り口の段差に脚をひっかけおったで」

「き、器用っていうのかなそれ……?」


 何はともあれ、すずかの手による復元デバイスのお披露目となった。


「………じゃ、じゃあ、これ」

 すずかが一度作業所に入って持ってきたのは、一挺の銃型デバイス。

 だが、それはかつてなのは達が洞窟で朽ち果てていたのを見たのとは違う。

 部品は隅々まですずかの手によって磨き、あるいは鍛えなおされ、新品同様の輝きを持っている。

 また本体は白く塗り替えられ、随所にすずかの手による装飾が施され……あの朽ちたデバイスは、今や稼動しているデバイスにも見て劣らぬ姿へと生まれ変わっていた。

 形状としては、マガジンがグリップの前にもってきている当たり旧型のオートマチックに近いと言えるだろう。その一方で、銃口下のレーザーポインターを思わせる宝珠や、グリップ部分に備わったモニターがどこかSFガンを思わせる。

「うわー」

「綺麗……」

「よくここまで直せたわねー」

「ほんまやわー」

 四人四様の感想をもらすなのは達。すずかは少々恥ずかしそうだが、それでもどこか誇らしそうな様子だった。

 実際、すずかの手腕は大した者で、なのは達は実際にデバイスを手にとって眺め回してみたが本当にあのボロボロのデバイスと同じものとは思えない仕上がりだった。

 だが、銃口の下の部分にはめ込まれている色あせた宝珠を見る限り、間違いなくこれはあのデバイスと同じものに違いない。

「いやあ、本当にすずかちゃんは手先が器用なんやなー」

「え、えと。機械については昔からおねえちゃんに教えてもらってたから……」

「でも実際に見るとよくできてる……ねえ、これにストレージの機構を組み込んだらデバイスにならないかな?」

「え、そんな事できるの?」

「うん。一応すずかちゃんも管理局の関係者っていう扱いになってるから、簡単な事しか出来ない下級ストレージなら許可が下りると思う。せいぜい、ライターもないのに火をつけたりするのが精一杯だと思うけど」

「ふーん……面白そうね。ねえすずか、やってみない?」

「……その。それはちょっと、やりたくないかな」

「なんで?便利そうだし、面白いじゃない?」

「うん。……確かに、それはそうなんだけど」

 すずかは、やさしく白いデバイスに指を這わせた。

「この子だって……今は壊れて……眠ってるけど、昔はきっとご主人様と一緒に、自由に駆け回ってたのだと思うの。だからね、壊れてるからって、その体に別のものを埋め込んで使うなんて……あんまりしたくないかな、って」

「ふーん……」

「……その気持ち、わかるかも」

「うん……私やって、今も色々やってシュベルツクロイツをあの時握った形で作り出すのに拘ってる訳やしね」

「私も………バルデッィシュが例え壊れても、きっと新しいのに変えたりはしないと思う」

「……そんなもんなのね。……ちょっと私には良く分からないわ」

 アリサは一人その思いいれを理解できないまま、こてんとソファに腰を下ろした。

「それよりさー、せっかく直ったんなら名前つけたんでしょ?教えなさいよ」

「え? 名前?」

「何よ、まさか名前付けてないの?それだけ手をかけておいて」

「う、うん。直すのに夢中ですっかり忘れてた……」

「じゃあ、ここで決めよーや!」

 そうしよう、とばかりにはやてが両手を挙げる。なのはやフェイトも言葉こそないものの随分と乗り気だ。アリサにいたっては目をキラキラさせてすずかを見つめている。

 さすがにこの雰囲気は断れなかったし、なによりすずか自信すぐに名前をつけてあげたかった。ずっと夢中になってたとはいえ、今の今まで名前を挙げられなかった自分を恥じた。

 名前……何がふさわしいか。ちょっと考えただけですぐに思いついた。

「……じゃあ決めるね」

 すずかはやさしく銃を両手で握って、胸に押し当てた。

 まるで大切な誓いのように、すずかはその名を紡いだ。

「この子の名前は………聖鍵ヘルマフロディトス 。私の新しい世界を開く鍵」

 しん、と部屋が静まり返る。

 最初に声を上げたのは、はやてだった。

「いい名前や……ぴったしやん!ヘルマフロディトスといったら、錬金の神様やないか。すずかちゃんにはぴったしや!」

「なんかRPGの武器っぽい名前だけど……すずからしいわね」

「うん!私もいいと思うよ!」

「私はこの世界の神様は良く知らないけど……いい響きだと思う」

「あ、ありがとう……」

 すずかは照れくさそうに笑って、ぎゅっと強くヘルマフロディトスを抱きしめた。




 そしてその夜。

 なのは達はすずかを連れて、フェイトのアパート兼臨時対策本部に集まっていた。

 すずかがいるのは、重要参考人としてだ。アリサも出たがったのだが、アリサの父親にはその立場が大きすぎる事などから管理局の存在はまだ完全には通達していない事や、アリサ自身は今回の件に直接被害を受けたわけではないことから参加できなかった。無論、24時間体制で監視はついているが。

「それじゃ、まず早速応援の人を紹介するね」

 そういってエイミィがつれてきたのは、管理局武装局員の正装をした一人の青年だった。クセのある金髪碧眼の白人だ。彼はなのは達と目をあわせると、照れくさそうに会釈をした。

「彼は、管理局鎮圧部隊第24小隊から特別にやってきてくれた、ジミー・スカファーさんでーす。ちなみにランクはA−。なのはちゃん達に比べると魔力量は低いけど、それなりに場数は踏んでるよ」

「いやぁ……どうも。ジミーです。今回、貴方達と仕事を出来る事を嬉しく思います」

 ジミーはにこにこ笑いながら、なのは達に手を伸ばした。なのは達も笑顔で挨拶をかわす。

「はじめまして、高町なのはです」

「ええ、はじめまして。あなたの噂は以前からお聞きしておりました。実際にあなたの戦いを目にする機会がやってきたのを天に感謝しています」

「そ、そんな……私なんて大したことないですよ」

「いえいえ。もし普通の武装局員では、あの闇の書事件は解決できなかったでしょう。そう自分を卑下する事はありません」

「あ、あの……フェイト・テスタロッサです」

「あたしは使い魔のアルフだよ」

「はい。お話は一通り聞いております。近接戦闘が得意なミッドチルダ魔術師なんてそうそういませんからね、貴方のデータはいつも隊で参考にさせていただいております」

「え、そうなんですか?」

「ええ。我々はその任務の特性上、施設内での近接戦闘に突入する機会が多いので。隊のメンバーはみな貴方に感謝していますよ」

「お、大げさです……」

「そんな事ないよ、フェイトは凄いんだから!」

「ええ、でも今回の任務ではまかせてください。これでも貴方達よりは長く戦ってるんですからね」

 そして最後に、ジミーはすずかに手を伸ばした。おずおずと、しずかも手を伸ばす。

 そうやってお互いの手が触れ合った瞬間……すずかは弾かれたように手を引っ込めた。

「あれ?」

「あ……」

「あ、ジミーさん、ごめんね。すずかちゃん、ちょっと人見知りするから……すずかちゃん、大丈夫?」

「う、うん。ごめんなさい、ジミーさん」

「いえいえ、おきになさらいでください」

 ジミーは苦笑して答えると、すずかから一歩はなれた。

「今回は事件に巻き込まれて災難でしたね。ですが大丈夫、すぐに解決して見せますから」

「あ、はい。お願いします」

「ええ」

 ジミーはすずかを安心させるようににっこりと微笑みかけると、残ったはやてやザフィーラ達とも挨拶をかわしていった。

「…さて、まずは自己紹介も終わったところで、まずなのはちゃんとフェイトちゃんに早速指令ー」

「え、なになに?」

「うむ。早速だけど……レイジングハートとバルディッシュ、回収させてね」

「えええええーーーっ!?」

 作戦開始いきなりのリンディの言葉に、なのはが声を上げる。それに呼応するように、彼女の胸元のレイジングハートもビカビカと抗議するような光を放った。

『No thank you. I'm all right』

「気持ちは分かるけどこれは確定。ほら、なのはちゃん達昨日の戦闘で変な事があったでしょう?」

「……あ。アクセルシューターのコントロールが外れた事?」

「そう。で、あれを見た技術班の人が、なんらかのウィルスを戦闘中に仕込まれた危険性があるっていうんで、一度レイジングハートを整備するって言ってきたのよ。無論、同じようにバルディッシュもね」

「で、でもその間に敵が現れたら……?!」

「だから、その為のジミーよ。それに、ちょっと精密検査するだけだから、何かあったらすぐ戻れるわ。何かあったら戻ってこないけど、でもそんな状態で戦闘するよりはマシでしょう?」

「私とて、実戦部隊にいる誇りがありますよ。そう簡単にやられるつもりはありません。ご安心を」

「それになのはちゃん達だって、デバイス無しの戦闘訓練してるんでしょう?クロノ君にお願いして」

「あ、うん……そうだけど……」

「じゃあ決まりね。はい、お願い」

「う、うん……じゃ、レイジングハート、ちょっとの間お願いね」

『...Sorry,my master』

「バルディッシュ……また後で」

『Yes,ser』

 しぶしぶ、それぞれのデバイスをエイミィに預ける二人。エイミィはそそくさと、それを転送装置にいれて管理局に転送する。

「はい、これでよし」

「あの、でもデバイスがないんじゃ私達は何をすれば……?」

「特にないわ。今までどおり、すずかちゃん達についていて頂戴」

「でもそれだと今夜、別の場所で吸血鬼が出たらどうするんですか?」

「……そんなに私、信用ないのでしょうか」

 あくまで自分達が戦おうとするなのは達の言葉に、しょんぼりとジミーが肩を落とした。慌てて、なのはがフォローする。

「あ、いや、そういうわけじゃないです。はい」

「そうですか?なら何も問題はありません。しっかり、すずかさんの護衛をお願いしますね」

「そやそや。ていうかなのはちゃん、私もいること忘れたらあかんで」

「………壊したシュベルトクロイツ、今何本目でしたっけ、はやてさん?」

「そ、それはいわない約束やー」

 あははは、と乾いた笑いを浮かべるなのはの背後で、ザフィーラとシャマルが誰にも気づかれないよう溜息をかわしていた。

「ねえザフィーラ。確かに私は戦闘向きじゃないけど、それでもあきらかに会話においてけぼりは酷いじゃない?」

「耐えろシャマル。我らの使命は主はやてを守る事。我らは盾であって矢ではないのだ」

「うぅ………」

 しょんぼりとしながらも、もし犯人と戦う事になったら旅の鏡でリンカーコアひっこぬいてやる、と危険な熱意を高ぶらせるシャマルだった。





 結局、その日の晩は何事もおきる事はなかった。





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