・第二章 Fox TWO【滅びる者達】



「おはよう、すずか、はやて、なのは、フェイト」

「おはよう、アリサちゃん」

「うん、おはようアリサちゃん」

「おはよう、アリサ……」

 翌日の朝。集合場所で一足先にまっていたアリサとすずか達は、数時間ぶりの再開を果たしていた。

 アリサは自分だけ仲間はずれにされたのが気になっているのか、しきりに昨日の結果を聞いてくる。

「じゃあ、昨晩はなにもなかったんだ?」

「うん、気を張ってたのが嘘みたい」

「フェイトちゃんったらコーヒーの瓶もってうつらうつらしてたなー」

「は、はやてっ!?」

「うふふふ、でもシャマルさん、コーヒー入れるの上手だったね」

「……何よソレー。ほとんどお泊り会じゃないの。私も呼んでくれればよかったの、ちぇっ」

「ご、ゴメンね。あ、でもだから今日はリンディさんが、アリサも呼んでいいって」

「え、ほんと!?」

「うん。今日はレイジングハートも帰ってきたしね」

「バルディッシュも。結局異常はなかったみたい」

 心配して疲れちゃった、というなのはの手には、桃色に光る小さな宝石。

『Yes,my master.I'm all right』

「ほらね」

「良かったわね……でもそれだと、なんで魔法がおかしくなっちゃったのかな?」

「うーん。ユーノ君の話だと、銃撃の時に何かされたんじゃないかって、魔法に」

「銃撃?! ちょっと、あんたどんなのと戦ったのよ!?」

「あ、えーと……銃っていっても比喩だよ比喩。銃型のデバイス」

「……銃型?」

 なのはの言葉にぎょっとしてアリサはすずかを振り返る。すずかもアリサの思い当たった事に覚えがあるのか、苦笑しながら例の白い銃型デバイスを懐から取り出した。

「アリサちゃんの言いたいのはコレでしょう?でも大丈夫、違うから」

「うん。犯人の持っていたのは黒い銃だし、すずかのはそもそも壊れてるから。一応、持ち歩いてもらう事にしてるけど」

「そう……でも壊れてるの持ち歩いてどうするの?それに先生に見つかったらどう言うつもりよ」

「だってヘルマフロディトスはパートナーだもの。一応、なのはちゃんに縮小の魔法はかけてもらってるから大丈夫よ。ほら」

 言って、すずかは小さく言葉を呟いた。と、白い銃はぶん、と震えたかと思うと、しゅるしゅるとすずかの掌で小さくなっていく。一瞬後には、あの罅割れた蒼い宝珠になってすずかの手で転がっていた。

「ね?」

「なんか論点ずれてる気がするけど……しかし便利ね、それ。なのは、その魔法、鞄とかにもかけられる?」

「ごめん、魔法回路が走ってるものにしか意味ないの」

「ちぇっ」




「………なんか拍子抜けねー……」

「ですねー……」

 フェイトのアパート。

 臨時対策本部となったその一室で、エイミィとリンディは二人でスクリーンの映像を監視していた。が、特に変わった事などなく、本当に平和そのものの光景だ。

 映像の中では、なのは達が学友と暢気にお喋りをしながら昼食を取る風景が写っている。

 ちなみに、ジミーは遠距離から監視に出ており、シャマルはこちらで待機、ザフィーラはやや距離をおいての護衛に精を出している。

「でも油断は禁物よ、次の瞬間には事態が一転するかもしれないんだから」

「分かってますって艦長ー。それに今回、異様にはりきってる人がいますしー」

「おうさっ!今回は絶対駆けつけるんだから!!」

 いっちにっと準備体操に余念がないアルフを指差して、エイミィ。リンディもその様子を苦笑しながら見つめて、

「まぁ、ほどほどにしておきなさい」

「今日はザフィーラもいるし、みせどころだねアルフ〜?」

「ザ、ザフィーラは関係ないだろう!?」

「さあ、どうだか〜?」

 エイミィは笑って答えるとぽり、とポッキーをかじりながら監視に戻った。


 だが。




 学校から少しはなれたビルの路地裏。

「ぐ、ぅ……」

 ザフィーラは苦悶を堪えるような声をもらして、どしゃりと膝をついた。

 強く左手で押さえられた腹からはじくじくと血が滲み出し、残った右手は取り落としてしまった強化型通信機に伸びる。

 だが、手がとどくかというあと一瞬の所で、ブーツがその通信機を踏みつぶした。

「危ない危ない……いくら隔離結界といえど、こんなものを使われたら意味がない」

「ぐっ……き、貴様……!?」

「悪いですね……ザフィーラさん。でも、これも使命なので。あ、ちなみに監視映像はいじっておいたので、助けはきませんよ。では」

 ブーツの主はそう告げると、じゃき、と右手に握った杖を振り上げた。

 路地裏にザフィーラの苦悶の声が小さく響き、それきり静かになる。

「……ま、流石にこれで死んだりはしないでしょうが……しばらくのびていてもらいますよ」

 男はそういい残して、姿を消した。

 ただ、後には……血まみれで気を失ったザフィーラ一人を残して。




「……粛清の、はじまりだ」




 なのは達がその異変に気がついたのは、結界が張り終えてからだった。

 周囲にいた学生はおそらく結界から弾かれたのだろう。学園の屋上に、なのは、フェイト、すずか、アリサ、はやてだけが残される。

「……フェイトちゃん……」

「……強装結界だ。いつの間に……」

 二人はおのおののデバイスを手に立ち上がる。

 と、それを合図にしたかのように、そこらの物陰から一斉に黒服の男達が姿を現すとなのは達目掛けて攻撃魔法を放った。

「なのは!」

「はやてちゃん達は校内に!ここは私が!」

 とっさのラウンドシールドですずか達を庇うフェイト。なのはも射線に立ち塞がるようにしながら、車椅子のはやてとそれを押すすずかやアリサ達をカバーする。

「なのはちゃん、フェイトちゃん、頑張って!」

「負けるんじゃないわよ!」

「はやく、こっちにくるんや!」

 三者三様の応援を残して三人が校内に避難したのを確認して、なのは達も校内に戻ろうとする。

 だが、その途端屋上の入り口に封印結界が施されてしまった。

「え、うそっ!?」

「しまった……私達を隔離するのが狙いかっ!」

 そうこうする間にも、黒服達はじわじわとなのは達に迫ってくる。

 こうなっては一刻を争う。なのは達はバリアジャケットを生成しようと……。

「………え?」

 レイジングハートは、バルディッシュは答えない。

 ただ狂ったように、『I'm all right』と繰り返すだけだ。

「………レイジングハートが………動かない?」

 呆然と呟いたなのはに一斉射撃が襲いかかった。




「だ、大丈夫かななのはちゃん達……」

「大丈夫よ、すずか。あんただってあの冬、二人の化け物みたいな強さは目にしたでしょう?相手の黒服がどんなもんか知らないけどちょちょいのちょいよ。それより」

「……問題はわたしらの方だと思うけどな〜」

 あははは、と笑うはやて。だが、彼女らを包囲する黒服はにこりともしない。

 校内に逃げ込んだ三人だったが、しかしなのは達が追ってこないのに気がつくのもそこそこに突如現れた黒服に追い掛け回される事になってしまった。しかも、彼女らは逃げるのに必死なあまり黒服に誘導されている事に気がつかず、気がつけば校舎二階の奥、逃げ場のない音楽室に追い込まれてしまった。無論そこにも黒服が待ち伏せており、周囲を囲まれて絶体絶命。

「あ、あかん……シャマル達とも連絡つかへん……」

「ど、どうにかならないの?!ほら、あんただって魔法使えたじゃないの、それでドッカーーンってやっちゃいなさいよっ!?」

「は、はやてちゃ〜〜ん……」

「む、無理やねん。シュベルトクロイツは調整中で、使ったら一体何が起きるか……」

 三人がオロオロしてる間にも、じりじりと黒服は間合いを詰めてくる。それを見て、アリサが悲鳴
のような声ではやてに命令した。

「やらないよりはマシよ、いいからとにかくやりなさいいいいいっ!!」

「え、ええい、後で文句言わんといてやーーっ!?」

 ヤケクソに叫んで、はやては懐から金の剣十字状のペンダントを取り出した。それを頭上に掲げて、契約の言葉を述べる。

「えっと……今回のやつは……そうそう、夜に闇を、天に月を!我、夜天の主の名の下に!リインフォース、セットアッ……」



 ビカッ



 閃光。

 そして大爆発。

 どうやら今回のバージョンは、根本的になにを間違えていたらしかった。





「げ、げほっ、ごほっ、ぜ、全然ダメじゃん……」

「だ、だからはやてちゃんそういってたじゃない……ってはやてちゃん?」

「きゅぅ〜〜〜……」

 綺麗に吹き飛んだ音楽教室。その爆心地の真っ只中で、ケホケホいいながらアリサとすずかは埃をはらいながらなんとか立ち上がった。ちなみにすぐ隣には目を回しているはやて。

 どうやら発生した爆発は爆風だけ強いものだったらしく、その中心にいたすずか達には傷一つない。代わりに、思いきりその影響を受けた黒服達はみな壁際ではりつけになってたりめりこんでたり逆さになって伸びていたりするが。

「……と、とにかく結果オーライね」

「…そ、そうかもね。それよりはやてちゃんを……」

「………無事でしたか」

「え?」

 振って沸いた声に、すずかが振り返る。

「……ジミーさん!?」

 背後にたっていたのは、管理局から応援にきていたジミーその人だった。

 思わぬ救援に、アリサとすずかの顔が明るくなる。

「じ、ジミーさん、助けに来てくれたんですね!」

「………」

「何ぼぉっとしてるのよ!今、上でなのは達が戦ってるの!それと、管理局の人達の連絡は!?」

「………」

「じ、ジミーさん?」

 ジミーは答えない。そして答える代わりに、右手に握った汎用ストレージデバイスを大きく振り上
げた。

「…………え?」

「アリサッ!逃げてっ!!」

 気がついたアリサが叫ぶが、間に合わない。先端に魔法の刃を宿した杖は、一直線に振り下ろされ……そして。

「がふっ!!?」

「……あ」

 ………寸前で割って入った、あの黒い少女を切り裂いた。



 仰向けに、ゆっくりと少女が倒れる。衝撃でバイザーが弾けとび、血がぱっと散るその様を、すずかはスローモーションの映像を見ているような気分で見ていた。


 その瞬間にすずかは見た。紅いバイザーの下に隠されていた、見慣れた少女の顔を。いつも自分を見守ってくれていた、その華やかな笑顔を。




「ファリン?」




 ゆっくりと……ゆっくりと少女の体が床に叩きつけられた。

 ドザッ


「い、いやぁあああああああああああああっ!!!!」




「…………なのは」

「……うん、知ってる。今の爆発……たぶんはやてちゃん」

「……急ごう。嫌な予感がする」

 屋上。

 黒服達と戦っていたなのはとフェイトは、階下から聞こえてきた爆発音に顔色を変えた。

 発生した魔力反応は、はやてのものだ。おそらく追い詰められてシュベルトクロイツを使ったのだろう。

 ……まあ爆発については、おおかたそろそろあるんじゃないかと予想していたので驚きはない。爆風自体でアリサ達が怪我をするというのも、いつものシュベルトクロイツの器用な壊れっぷりからするとあんまり心配しなくていいだろう。

 だがSクラス判定のはやての魔力の爆発だ、爆風の種類はどうあれ尋常な破壊力ではない筈である。

 にもかかわらず、なのは達を襲う黒服は引く様子が見えない。彼らの目的は明らかに時間稼ぎ……その彼らが引かないとなると、まだ目的は達成されていない。……つまりはやてやすずか、アリサの身が危ない。

 二人は顔を見合わせて頷くと、それぞれ己の手の中に新たな武装を顕現させた。

フェイトはその右手に雷光の短剣を。

「………さっさと!」

 なのはは広げた手の上にまるでお手玉のごとく無数の光弾を。

「どいてちょうだいっ!」


 そして二人はデバイスを失ったまま、”残り半分になった”黒服達に向かっていった。





「あ………あ……」

「すずか、しっかりして、すずか!!」

 アリサの呼び声にもすずかは反応をしめさない。ただ、血まみれで倒れ付した、大切な従者を呆然と見つめているだけだ。

 舌打ちをしてアリサは、こちらに冷徹な視線を向けたままのジミーとすずかの間に割って入った。

「な、何よアンタ……管理局の人間がなんですずかを襲うの!?」

「…………」

「………答えなさい!!」

「………簡単なことだ。我らは呪われた血を狩る……それだけだ」

「……!?すずかが呪われた血だとでもいうの!?ふざけないでっ!」

「……。……そしてその呪われた血を庇い立てする者もまた、狩らねばならぬ。死ね」

「っ!?」

 短くつげて、ジミーは情け容赦なく杖を振り下ろされた。

 だがアリサは引かなかった。すずかを守るために、ここは絶対に引けなかった。

 やってくる痛みを堪えようと、ぎゅっと目を閉じる。

「……『完全なる月の守り』よ!!」

 だが、ジミーの放った一撃がすずか達を貫く事はなかった。

 寸前で、ファリンが放った防御障壁が間に合い、ジミーの一撃を弾き返す。

 またそればかりか、外界の音も景色も途絶えた所をみると、これはどうやら魔法・物理両用の超高密度隔離型魔法障壁のようだ。

「……ま、魔法?」

「………す、すずかお嬢様……アリサ様も……無事、ですか?」

「……ふぁ、ファリン?」

「……大丈夫です……。そう長くは持ちませんが、少なくとも継続中は破られる恐れはありません」

 蒼い障壁に必死に攻撃をしかけているジミーの様子を感じながら、ファリンが呟く。

 しかしすずかはそれどころではない。血まみれのファリンに抱きついて、震える手で傷口を拭う。

「それよりもすずか様にお話しなければならない事が……」

「それより、早く手当てを!血が、血がこんなに!?」

「大丈夫……それは私が離れれば自動的に治癒します……」

「え?」

「……な、何を言ってるのよファリン?」

 きょとんとするすずかとアリサに、ファリン……いや、彼女ではない彼女はにっこりと微笑みかけた。

「もうそろそろお気づきでしょうが……私は、現在ファリン様の体をお借りしています」

「……え?」

「私の本体は……この、デバイスですよ。すずか様……」

 ファリンが力なくデバイスを握ったままの右手をすずかに差し出すと、握られていたデバイスが光に包まれた。そして光が霧散すると、そこにはあの白いデバイス…ヘルマフロディトスの姿があった。

「………え?な、なんで?」

「ちょ、壊れてたんじゃないの!?」

「……あれはダミーですよ。失礼ながら、すずか様のお部屋の材料を少々拝借させていただきました」

「じゃ、本当は壊れてなんかなったの……?」

「そ、それよりあんた一体何なの!?」

「……それらについてはまず、私をおつくりになった人と……すずか様、貴方のご先祖についてお話せねばありません」

 すずかの目を静かに見つめながら、ファリン……否、その姿を借りたヘルマフロディトスは告げた。



 そして、時は同じくして、無限書庫にて。

「……やっと、見つけた……これがそうか」

 薄暗い無限書庫内で、ユーノは古ぼけた一冊の本を手に汗をぬぐった。

 彼の手にしている本には古い魔法言語で、”月の一族の興亡”と刻まれている。

「それにしても、あの残骸が伝説の月の一族の遺品だったなんて……これは大発見だぞ」

 呟きながら、ユーノは手にした本のページをさらさらと捲った。

「どれどれ……って、なんだこりゃ。虫食いばかり!?もー、なんで無限書庫内に蟲が……人手だけじゃなくて書籍管理についても上に打診しないと……っと、ここは無事か。何々……?!」

 ユーノの表情が変わる。彼は血相を変えて腰を上げると、慌てて書庫備え付けの通信機に手を伸ばした。

『……はい、こちら管理局海鳴町支部。あ、ユーノ君?ごめん、こっちも今……』

「リンディ提督、リンディ提督!!大変なんです……実はとんでもない事が分かってしまったんです!」

『とんでも無い事?』

「はい。例の残骸の件を調べていて分かったんですが……」

『……続けて』

「すずかさんのご先祖は…………この次元の人間ではありません」

『………この世界の人間じゃ、ない?』

「はい。その一族は遥か昔、”月の一族”と呼ばれていました。彼らは数が少ない種族であったものの、極めて強大極まりない魔力資質を持ち周囲の次元から畏敬を集めていました。ただ一つの、欠点をのぞいては」

『欠点?』

「はい。彼らは自分で魔力を新たに生成する事が出来ず……魔力を補給する為にはある事をしなければなりませんでした。………すなわち、他者の血を吸い、己に取り込む事を」

『……血?……それってまさか』

「はい……。彼ら月の一族はまさに、なのは達の世界に伝わる吸血鬼そのものでした。ですが彼らはそんな自らの体質を恨めしく思い、他者から血を搾取しなくてもよいようベルカからカートリッジシステムを学び、それを応用して自分達の為のデバイスを創りました」

『自分達の為のデバイス?きいた事ないわ……。それで?』

「はい。それは、術者から魔力ではなく血を吸い上げ、それを魔力にしてカートリッジに詰め込むというものでしたが。そしてこれのおかげで、月の一族は他者の血を吸わずともカートリッジの魔力を使う事で魔法を発動できるようになったのです。最も、血があってもそれから変換した魔力をつめこむカートリッジがないとデバイス単体での魔力発動が出来ない為、弾数制限ができてしまいましたが」

 ユーノは、手元の本に視線を落とした。

 そこには、そのデバイスの例として一つの設計図が描かれており、確かにその図面の上からは、カートリッジシステムの存在が見て取れた。

「そして魔法行使の問題を限定的ながら解決した彼らは、密かに次元の狭間へと姿を消しました。自分達の存在が、災いの火種にならぬよう」

『………だけど、それを追ってきた連中がいた』

 リンディが呟き、ユーノはそれに頷いた。

「はい。例え表舞台から消えても、彼らの持つ潜在的な力は脅威である……そういう思想をもった過激派が、月の一族の隠れ里を襲ったのです。いくらデバイスにより魔法が使えるようになったとはいえ、多勢に無勢。瞬く間に月の一族は滅ぼされてしまいました。僅かに逃げ延びた者を残して…」





「しっかりして!いいから、もう喋らないで!ファリンの体もそうだけど、貴方自身も壊れちゃう!」

 ごほっ、とヘルマフロディトスが咳き込む。そしてすずかの言葉の通り、手に握られたヘルマフロディトス本体にびしり、と罅が入る。

 それでも彼女は話し続ける。

「……そう、その逃げ延びた一人が、私のマスターであり……あなたのご先祖なのです、すずか様。そしてマスターは、この次元にまで追っ手が来たとき、子孫が対抗できるよう私を仮死状態にしてあの洞窟に封印した、のです」





『仮死状態……』

「ええ。……月の一族の技術は他の次元の数段上をいっていました。いくら管理局といえど、あのデバイスがまだ生きている事には気がつけなかったんです。そして、目を覚ましたあのデバイスは、主を守るために行動を開始した」

 そこで、ユーノは一旦言葉を切った。

「何も知らぬ己の主を守るために、血と魔力と集める事を……!」






「……そして私は目覚めました。すずか様、あなたの血の温もりを感じることによって。あの時………私は、初めて神に感謝しました」

 すぅ、と一筋の涙がこぼれる。

「一族が滅ぼされた時、私は二度と神は信じないと誓いました。それでも……すずか様に、マスターの残された血に今一度触れる事が出来て……。私はそれほど、嬉しかったのですよ」

「でも、じゃあなんで今になって?もっと早く私に、その事を伝えてくれなかったの?」

「……目覚めた私は、勿論そうするつもりでした。ですが、貴方のお姉さまが管理局に渡した他の残骸の事を聞いてしまったのです。……管理局は多次元にわたって存在する機関、月の一族を滅ぼした者の末裔がいる危険性を考え、私は一人で動く事を決意しました。すずか様を巻き込まない為と……そして戦うためには、他者の血を奪うという悪行を重ねばならぬ事から」

「………ヘルマフロディトス……」

 待ち焦がれた者にめぐり合えても、しゃべる事もできず、そして大事な人の為とはいえ、分かっていて悪行を重ねる。たった一人で。誰にも、知られる事なく。

 それは、どんな孤独だろうか。

 どこか泣きそうな子供を思わせるヘルマフロディトスの横顔を、激しい衝撃と閃光が照らす。魔力弾を弾くバリアの不気味な悲鳴に、彼女は大量の汗を浮かべながら言葉を続ける。

「……ですが、私は甘かった……。連中は予想より早く動き始めたばかりか、私の不在をついてただ発見者だからという理由でお休みになっていたすずか様をかどわかしたのです。それどころか、近くにいたファリン様に重症を負わせていきました。どうにか、ファリン様のお体を治療し、ご本人に許可を頂いてその体をお借りする事でその場は脱したのですが……その帰り、すずか様のご友人との戦闘になり力を……使い果たしてしまったのです。情けない事に、なのは様達の魔力の大きさに怯えをなしてしまって……ふふ、無様ですね」

「……そんな事って……」

 非情な現実にすずかとアリサは息をのんだ。ヘルマフロディトスも、なのはも悪気があったのではない。あの時、ヘルマフロディトスから見れば後から出現したなのは達が敵の増援に見えても仕方なかったのだろう。

「………これで、告げるべき事は告げる事が出来ました……」

 ファリンの体でそう呟いたヘルマフロディトスは、蒼い光を放った。結界を満たすようなその光が消え去った後には、傷一つなく気絶しているファリンと、いっそうボロボロになった白いデバイスの姿が。

 そしてデバイスはその本体から黒い魔力の翼を広げると、ゆっくりと浮かび上がった。

 着弾の衝撃の中、よろつきながらも宙に羽ばたく。

「ヘルマフロディトス!?何をするの!?」

『……これ以上ファリン様も、すずか様もアリサ様も巻き込む事は出来ません。……私は、あの男に特攻をかけます。その隙におふた方はファリン様を連れて包囲結界から脱出を!』

 ばさり、と魔力の翼を広げてうかびあがるヘルマフロディトス。

 ………本気だ。

 本気で、ヘルマフロディトスは。

 そう思った時、すずかは我武者羅にヘルマフロディトスの銃身にしがみついていた。

「ダメっ!!」

『すずか様!?離してください、もうこれしか手段がないのです!月の守りも、もはやもちません!』

「いやだっ!!そんなの、絶対ダメっ!」

「すずかのいうとおりよ!そんなの認めないっ!」

 ついには、アリサまで取り押さえにかかる。ヘルマフロディトスも彼女達に手荒な真似をする訳もいかずそれを振りほどけない。

『ですがこのままではおふた方だけでなく、ファリン様や、はやて様まで!!』

 ヘルマフロディトスの言葉が示すように、再度魔力弾がバリアを襲った。頑強な結界が軋み、蒼い光が明滅する。もはやバリアも限界だ。

 その中で、すずかは決意した。たった一つだけ、誰も犠牲にしないで住む方法がある。ヘルマフロディトスも、アリサも、ファリンも、誰一つとして傷つけないですむ可能性が。

「だったら……だったら、私が貴方のマスターになって戦う!!」

『すずか様!?』

「だって貴方は元々……私のご先祖様のものなんでしょう?だったら、私はファリンよりも貴方を上手く動かせるはず!」

『ですがいくら貴方が月の一族の末裔だといっても、魔力が足りません!私本体に残されているカートリッジも、あと一つしかないのですよ!?貴方の魔力は使えない、血を吸っても私は魔力を詰め込むカートリッジがない……どうしようもないのです』

「それは……でもっ……」


「………私に考えがある」


 アリサの言葉に、すずかとヘルマフロディトスも動きを止めた。

 両者の視線を浴びたままアリサは……自分の襟元をはだけて肌を露出した。

 その白い肌をまのあたりにして、訳もわからずにすずかは息を呑んだ。

「あ、アリサちゃん……?」

「言ったわよね、ヘルマ。月の一族は、他者の血を飲んで魔力に変換するって」

『え、ええ、そうですが……』

「アリサちゃん、まさか!?」

 怯えたように一歩下がるすずかを見つめながら、アリサは言い放った。決意を込めた、強い瞳で。

「私の血を飲みなさい、すずか」

「っ!そ、そんな、そんな事出来ないよっ!」

 いやいやと首を振りながら、アリサから距離をとろうとするすずか。そんな彼女を見つめながら、アリサはいたって冷静に言葉を紡いだ。

「でも、これが最善の方法よ」

「だ、だけどっ!ア、アリサちゃんの血を吸うなんて、そんな……っ!それに大体、私血なんかのんだ事なんかないよっ!?」

「別に、映画みたいにぐびぐびのめって言ってる訳じゃないわよ。そうでしょ、ヘルマ?」

『あ、はい。月の一族の変換効率は高いのでそう大量には……し、しかし』

「しかしもヘチマもないわ。私は私なりに、最善の手段を考えただけ。それとも何?すずかは私の血なんて汚くて飲めない?」

「そ、そんな事ないよっ!」

 アリサの揶揄するような言葉に、顔を真っ赤にして反論するすずか。が、すぐに自分の言った事に気がついてより顔を真っ赤にして縮こまる。

「……ほら、なら問題ないじゃない」

「で、でもアリサちゃん……」

 気まずいとか、恥ずかしいとか。すずかがためらっているのはそういう理由ではなかった。だけど、アリサはそれをちゃんと見通していた。

 彼女は小さく微笑むと、ヘルマフロディトスごとすずかを抱きしめた。そして耳元で告げる。

 ゆっくり、しかしはっきりと。

「……大丈夫だから。私はそんな事じゃ、すずかを嫌いになんかならないから」

「っ」

 びくり、とすずかの体が震える。それをさらに強く抱きしめながら、アリサは続ける。

「別次元だとか、人じゃないとか、そんな事あたしには、ううん、あたし達には関係ない。そうだよね?」

「……う……うん、だって、私達は……」

「「友達、だから」」

 すっとアリサがすずかから離れる。もうすずかの顔におびえはなかった。それを確認して、アリサは手近な所に転がっていた建材の破片を手に取った。鋭くとがったそれを肌にあてて、すずかに目配りする。

「……うん、大丈夫」

「……じゃ、行くわよ」

 ごくり、と息を呑んで、アリサは思い切って建材で肌を裂いた。

 うっ、と眉をしかめるのと同時に、ぷつぷつと白い肌に紅い玉が浮かび、それは瞬く間に大きくなって溶け合い、一筋の流れになる。

 その命そのものの赤に目を奪われながら、すずかはアリサにいざなわれるようにその胸元に口をつけた。

「んっ……あ、ぁ……すずかぁ……」

「アリサ、ちゃん……」

 どくりと、すずかの奥で何かが蠢いた。





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