・第三章 Fox THREE【引き金を引く意思】



「おのれ……」

 ジミーは数発目になる大出力砲撃魔法でも、蒼の結界が破れないのを見て杖をおろした。

 ガコン、と音を立てて排出されたカートリッジが地面に落ちる。

「……ちっ、無理してカートリッジ対応に改造したデバイスでも破れないか……化け物め」

 カートリッジを詰めなおして、再び杖を構えるジミー。

 同志が今時間稼ぎをしてくれているとはいえ、あまり時間はない。何しろあの金と白の悪魔ときたら、愛用のデバイスをウィルスによって封じられているにも関わらず50名にも上る陽動部隊の半分をこの数分で蹴散らしてしまった。

 完全に、ジミー達はあの二人の実力を見誤っていたのだ。

「く……外れ者に紛い物の人間めが………」

 口汚く悪態をついて、ジミーは再び砲撃魔法を結界に向けて放とうとした。

 だが、その手がふと止まる。

「結界が……?」

 彼の眼前で、蒼い結界がゆっくりとほどけていく。無数の魔法文字になって拡散し、消えていくその結界の中で立ち上がる影が一つ。

 その影は、紫の髪を風になびかせて、ぐったりと気を失う金髪の少女を両手で抱きかかえていた。
 
 身にまとうのは、紫のドレス。額には第三の目のように輝く蒼い宝玉を飾りつけ、しなやかな両手にはレースの手袋。その背からは複雑な形状によって成り立つ一対の翼を広げ、腰には一挺の大型拳銃らしきものを下げている。

 少女の”深紅”の瞳が、ジミーの瞳を捉えた。

 瞬間、ジミーは背骨が氷に置き換えられたような寒気と、まるで空が落ちてくるような威圧感を感じて数歩たたらを踏んだ。

「き、貴様………月村すずかか……っ!だが、何故だ!?何故、それほどの魔力を……っ!?」

「……………」

 すずかは答えない。喚くジミーを無視して、ゆっくりと抱きかかえたアリサをファリンの隣に横たえる。そのアリサの胸元に傷があるのに気がつき、ジミーは下卑た笑みを浮かべた。

「……はは、なるほどな。魔力のために友の血をすすったか。所詮、お前らは人の姿をしていても化け物にすぎないという事か!所詮、貴様らは己のためなら友と呼んだものの血さえ食らう外道よ!その小娘も愚かなものよ!」

「………かつて、この星に吸血鬼と呼ばれた男がいました。彼の名は、ドラキュラ伯爵といいました」

「………なに?」

 ゆっくりとジミーへと向き直ったすずかは、目を閉じたまま語り始めた。

「……ドラキュラ伯爵と呼ばれた貴族は、愛する我が国を守るために権謀の限りを尽くしました。その行いは確かに非道だったかも知れないけど、でもそれで伯爵の愛した国が守られたのも事実。……だからね、悪魔とか吸血鬼とか呼ばれてもかまわない。私は、私の大事な人を守るために全てを尽くすだけ……」

 ごぅ、とすずかの体から膨大な魔力が解き放たれる。

「………私を侮辱するのはどうでもいい。私の為に肌を裂いてくれたアリサちゃんを馬鹿にするのは……絶対に、許さないからっ!!!」

 かっ、と目を見開き、すずかは腰から銃を抜き放った。抜き放たれた銃は目に鮮やかな白と黒のカラーリングを煌かせ、蒼き魔力の輝きを解き放つ。

「ジミー・スカファー!私の血と名にかけて、貴方を撃つ!煌け、ヘルマフロディトス!!!」

『Blood Bullet』

 銃声と共に、紅き魔弾が放たれる。とっさにジミーはラウンドシールドを展開してそれを迎え撃つが、あっさりと魔弾はジミーの展開した白い防御壁を撃ち崩して消滅させる。

「な、馬鹿な!?」

 驚愕の声をもらしながらも、流石は実戦部隊所属というべきか。ジミーは姿勢を低くして追撃の魔弾をやりすごすと、すずかに向けて砲撃魔法を放った。がしゅん、と杖からカートリッジが排出される。

「ブレイズキャノン・イミテーション!!」

 迸る、白亜の極大魔力弾。迫り来るその一撃を前に、しかしすずかは防御する構えも見せない。

「馬鹿が、諦めたか……何っ!?」

『Fatal Virous』

 響き渡る音声と共に、放たれたブレイズキャノンがぴたりと動きを止めた。そしてその反対側では、ブレイズキャノンに向けた銃口から煙をなびかせるすずかの姿。

「………リバース!」

 叫んで、ばちんと指を鳴らす。それと同時に白かった魔力弾は蒼くそまると、撃ち出された勢いでジミーの元に向かって”逆送”された。

「う、うわぁぁああっ!?」

 悲鳴を上げてその場を逃げ出すジミー。その直後、戻ってきたブレイズキャノン・イミテーションの大爆発が彼の立っていた場所を吹き飛ばした。

 爆風と共に音楽教室の一角に大穴が開く。

「ば、馬鹿な……。あれは部隊で運用されてる、有用呪文をプログラム化して汎用化されたコピー呪文だぞ!?いくら原型より威力が下がっているとはいえ、そう簡単に跳ね返せる訳が……?!」

 恐怖の表情で、すずかを見つめるジミー。すずかは混乱しているジミーに答えず、ゆっくりと銃を構えなおした。

 だが実際の所、この場で一番緊張しているのはすずかだった。何せ初めての魔法、そして初めての魔法戦闘なのだ。緊張しないほうがおかしい。

 必死に内心の動揺が表情に出ないよう取り繕いながら、すずかは相棒に小声で話しかけた。

「……え、えと、ヘルマフロディトス、上手くいったのかな、あれ?」

『上出来です、マスター。それと出来れば、念話を使ってください。相手に聞かれるとまずいです』

「ね、念話……?えと……『……こう?』

『ナイスです、マスター。流石です』

『う、うん。それで今のは何が起きたの?私、ヘルマフロディトスの言うとおりにしただけだけど……』

『私特性のウィルスを相手の魔力弾に撃ち込んで支配しました。私の処理能力ならたやすい事です』

『し、支配?でもあれ、魔法で撃ちだした弾丸でしょう?そんな事できるの?』

『ああいった魔力弾は大抵、必要以外に破壊を齎さぬ様一定距離を移動後自壊するようにプログラムされており、ただの魔力塊ではありません。そこをついて、プログラムを書き換えて支配したのです』

 最も私だから出来る芸当ですが、と誇らしげに続けるヘルマフロディトス。すずかはひたすら感心するしかない。

『す、凄いね……』

『それほどでもありません。それより、注意してください。今ので相手は遠距離攻撃が通じない事が分かったはず。次は近接戦闘できますよ!』

「え……わっ!?」

 ヘルマフロディトスの警告と同時に、ジミーはデバイスの先端に魔力の刃を生成すると、すずかに向かって襲い掛かってきた。とっさにその一撃を受け止めるすずか。

「ふっ、いくら化け物でも体は子供……大人の俺が負ける、はず、が……?!」

「子供だからって……馬鹿にしないでっ!!」

 ガキン、と体重を乗せたジミーの突きこみを押し返すすずか。小柄な体躯からは信じられない怪力だ。

「ヘルマフロディトス!!」

『Silver Nail』

 ヴオン、と銃口の下の宝玉から魔力光が伸び、剣状になって固定される。それをすずかは、体制を崩しているジミー目掛けて袈裟懸けに振るった。

「くっ……ぐほっ!?」

 ジミーはとっさにそれをデバイスの柄で受け止めるが、さらに追撃の蹴りが入り軽々とその体が宙にまう。そのまま数メートル吹き飛ばされた彼はしたたかに教室の壁に叩きつけられると、ずりずりとずりおちた。

 蹴りを叩き込んだ体制のまま、目をまんまるに見開いて固まるすずか。

「……はわ……」

『ちなみに、月の一族の血の活性化によりマスターの身体能力は大幅に強化されてますので、問題はないでしょうけども』

「……先に言ってよ……。し、死んでないよね……?」

『あの手の人間はしぶといのが通説です』

「……そ、それ答えになってないよ……」

 実際の所、ジミーは強烈な衝撃に意識を飛ばしかけたものの、しんでもいないし気絶してもいなかった。あの一撃でも取り落とさなかったデバイスにすがるようにして、よろよろと身を起こす。

「げほっ、ごほ……正真正銘の、化け物め……」

 もはや悪態にも勢いがない。遠距離攻撃は全て封じられ、近距離戦では圧倒的な膂力で叩き潰される。まるで歯が立たないのだ。

 仮に、なのはのような超絶出力攻撃や、フェイトのような超高速戦闘を彼が可能ならば話はまた別であろうが、しかしそれを持ち合わせない以上ジミーが普通にすずかに勝つのは不可能といえる。

 そう、普通なら。

「おのれ……ここは止むをえん……あれを……うん?」

 何かを取り出そうと懐に手を入れながら油断なくすずかを警戒していたジミーは、とある事に気がついた。そしてそれに思い当たった瞬間、ジミーはにやりと勝利を確信した笑みを浮かべる。

「俺とした事が……こんな事を忘れていたとはな」

 ジミーは懐につっこんでいた手を抜くと、再びデバイスを構えた。その先端に白い魔力が収束していく。

 それを見たすずかも、あわててヘルマフロディトスを構えた。

『……こりないですね。遠距離攻撃は通じないと悟ったばかりでしょうに』

「う、うん………。あれ、でも変だな?何か……おかしいよ?」

 ジミーの魔力の集中具合を見て、すずかが首をかしげた。

 だが考える暇も無くブレイズキャノン・イミテーションが再び放たれようとするのを見てすずかも銃を構えた。

「いくよ……ヘルマフロティト……っ!?」

 だが、すずかが迎撃する直前、ジミーはいきなりその発射角度を変えた。とっさにその先を確認して、すずかは音を立てて血が下がっていくような錯覚を覚えた。

 進路変更したブレイズキャノン・イミテーションの先。そこには、気を失っているはやての姿が。

「っ!だ、駄目ーーーーっ!!」

 咄嗟に魔力を爆発的な勢いで放出してブレイズキャノン・イミテーションを追い抜くすずか。間一髪、はやてと魔力弾の間に割って入ったすずかは、最大出力で防御障壁を展開した。

 雪の結晶を思わせる魔方陣が展開され、そこに白亜の魔力弾が衝突する。一瞬の均衡、そして爆発。

 爆煙がはれた後、そこには仁王立ちするすずかと、傷一つないはやての姿。

「良かった……間に、あっ、た……げほっ」

 ぐらり、とすずかの体が傾いだ。

『ま、マスターーーーーッ!?』

 ごふり、とすずかが血を吐いて倒れる。そしてその背後にはいつ回りこんだのか、彼女の背に己のデバイスをつきたてたジミーの姿があった。

「………ふん。化け物でも耐久力は人並みか」

 ジミーはすずかの背中から乱暴にデバイスを引き抜いた。びくり、とすずかの体が一瞬震える。

「だがこれでお仕舞いだ。いくらお前でも……この距離で頭を吹き飛ばされれば死ぬだろうよ」

 ぐい、とストレージデバイスの先端がすずかの後頭部に押し付けられる。ゆっくりと収束していく白い魔力光。

「さようなら、さようなら、だ。次はせいぜいまともな人間に生まれ変わる事だな」

「……………ヘ……フロ、……トリッジ……イグ……」

「……ん?」

「………………ヘルマ、フロティト、ス……っ!」

「っ!?貴様、この後に及んで何を!?」

 慌てて魔法を発動させようとするジミー。だがそれよりも早く、すずかは残った力を総動員して叫んでいた。

「ヘルマフロディトス!カートリッジィィイ……、イグニッションッ!!!」


ガコォオンン………





 同時刻、屋上にて。

「なんとか片付いたね、なのは……」

「うん、急いではやてちゃん達を助けにいかないと……っ」

 ようやく、最後まで戦闘を続けていた黒服の男を簡易版ディバインバスターと簡易版プラズマスマッシャーでぐうの音も出ないぐらい完璧に沈めた二人は、荒れた息を整えていた。

「さ、急ごう。場所は二階の音楽室のはず」

「うん。…でもさっきから、何だろう。突然、大きな魔力反応が……」

「とにかく、いくよ!」

 そうして、二人が屋上から飛び降りようとした瞬間、ソレは響いた。

「な、何?!」

「これって……雄叫び?」




 同時刻、アパートの一室にて。

「それは確かなの、アルフさん!?」

『あ、ああ、ザフィーラが、ザフィーラが……っ。しっかりしろ、ザフィーラ、一体、何が、何があった……!?』

『あ、アルフ……』

 宙に浮かぶディスプレイには、焦燥を浮かべるアルフと、血だらけで抱きかかえられているザフィーラの姿があった。エイミィが息を呑み、リンディが思わず腰を浮かせる。

「ザフィーラさん、一体なにが!?」

『……ジミーだ……。奴が、突然……。不覚をとった……』

「なんですって?!」

「リンディ艦長、学校周辺に結界を確認!……どうやら私達は、事前にとっておいた映像データを見せられてたみたいです!!」

「なんですって!?く、すぐに管理局とシャマルさんに連絡を……」

「あ、待ってください艦長!!結界内から、未知の魔力反応……な、何コレ!?」



 同時刻、無限書庫にて。

「あ、あれ?……なんだこれ、書き足し?」

 無限書庫内で本を漁っていたユーノは、ふと持っていた本からぺらりと一枚の紙が落ちるのを目にした。おっとっと、と声を上げて追いかけ、掴み上げるとそれにはなにやらインクで殴り書きのように文字が並べられている。

 不思議に思いながらも、ユーノはその文章を読んでみた。


『月の一族、その滅亡に当たって月の満ち欠けになぞられ30の武具を残す。そしてその上に立つ神具として二つの鍵を作り、それぞれ姫と王子に譲り与えた。神具は武具であって武具にあらず。すなわちそれ、月の守護神を呼び出す門を開くモノなり』


「……どういう事なんだろう?………門?鍵?……呼び出す、って……つまり召還術?」

 無限書庫の奥、誰よりも真相に近い少年は一人、首を傾げた。



 そして、舞台は戻る。

 ォォォオオオオオオオオオオオオォォオォオォ………!!

「……な………」

 うめくような声をもらすジミーを眼下に見下ろして、ソレは雄たけびを上げた。

 少しでも身震いするたびに圧倒的な魔力の本流が衝撃波となって校舎をゆるがし、音楽教室の天井を突き破ってそびえたつその巨体が軋みを上げて瓦礫を振り払った。

 それは、巨人だった。

 純白の白い体躯。まるで骸骨に鎧をかぶせたかのようなその細い体躯に、右手には巨大な大鎌を握り、左手には雌雄同体の神像のレリーフが刻まれた円形の盾を持ち、なびく銀の長髪を持つ頭部は表情の無いのっぺりとした仮面で覆われている。

 その仮面の覗き穴の奥で、ぎょろりと縦に避けた瞳孔がジミーを、そして倒れるすずか達を見下ろ
した。

「ひっ………」

 ぐい、と巨人が腰をおろしたのを見て取り、ジミーが情けない声を上げて逃げ出す。だがそれにかまう事なく巨人は優しくすずか達を左手に抱きかかえると、歌うような声を上げた。

 ルルルルルルゥゥウウウルル……

 その声にあわせて、いくつもの蒼い魔力光が粉雪のように舞う。それらは渦を巻いて集い、すずか達に降り注いだ。そしてそれが止んだ時、あれ程酷かったすずかの背中の傷は綺麗さっぱり消えてなくなっていた。

 ルゥオ……

 その様子を確認した巨人は安堵するような声を漏らし、優しい瞳ですずか達を見つめていた。だが、やがてその体が淡い光につつまれ、ゆっくりと透明になっていく。

 体が、消えていく。

 それを悟った巨人はすずか達を教室の床におろし、そのまま消滅していった。

「………あれが、話に聞く邪神か……」

 ジミーはその一部始終を見つめながら、にたりと笑った。歪んだ笑みを浮かべながらよろよろと起き上がるすずかを凝視する。

「やはり我々の考えは間違っていなかった!あのような怪物を化け物どもが手にしたらどんな被害が生まれるか……!ここであの小娘、殺しておかねばな」

「そうは……させないっ!!」

「っ!?」

 突如飛来する、桃色の閃光。とっさにジミ−は回避するが、あまりの出力に距離をおいてさえバリアジャケットが引き裂かれる。

「ぐはっ!?」

 苦悶の声を漏らして墜落するジミー。そして、すずかはその魔法を放った人物を目にして声を上げた。

「なのはちゃん!!」

「すずかちゃん、大丈夫!?」

 小さな魔方陣を足元に展開しながら降りてくるなのは。その後ろでは、金色の魔方陣の上に立つフェイトが小さな魔力刃を手にジミーを牽制している。

「良かった、間に合った……。事情はよく分からないけど、はやてちゃん達は大丈夫なの?」

「う、うん。みんな気を失ってるだけだから」

「そう……って、すずかちゃん、血、血!!?」

「あ、大丈夫だよなのはちゃん。傷は塞がってるから」

「そ、そういう問題じゃないよ……。すずかちゃんにこんな事して……許さないんだからっ」

 ごぅ、と怒りの炎を瞳に宿して、なのははジミーを睨みつけた。同じように、フェイトもまた怒りの篭った冷たい視線でジミーをねめつける。

 少女二人の眼力に押され、一歩、二歩と後退するジミー。

「お、おのれ……何故だ、何故貴様らはそいつを守ろうとする!?」

「友達だからだよ!!」

「馬鹿が!友達だと!そいつの正体が何なのか知っての言葉か!?」

 いらただしげにジミーはガン、と地面をブーツで踏み鳴らす。

「そいつは……月村すずかは、人間ではない!!血を吸って生きる、化け物だぞ!!化け物と友情等、育めると思っているのか!?」

「………………」

「そんな事はありえない!そう思っていてもそれは単なる妄想だ!化け物と人間は一緒に歩く事等できない………あったとしてもそれは体よく利用されているにすぎん!仮にその小娘が人間として生きて来たのだとしても、そいつは力を手に入れた!力は……たやすく心を捻じ曲げる!じきにそいつも人を襲うようになるだろう!その前に殺さねばならぬ事が何故分からんんんんんっ!!」

「……ジミーさん」

 ジミーのその糾弾には、先ほどまでの狂信者じみたような、押し付けられた狂気は無かった。その言葉には熱意と決意があり、真実味があった。

 ジミーの真意は分からない。けど、彼がその言葉に近い体験をし、誰かに裏切られたのは事実なのだろう。

 彼は、本当に……悲劇を避ける為に戦っているのだ。

 だけど。

 その言葉に反論する者がいた。

「……ふざけんじゃないわよ……」

 ゆっくりと、力なく身を起こす金の髪の少女。その瞳には、吹き上がるマグマのような激情。

「何が殺さなくちゃならないよ……偽善者面も大概にしなさい……っ」

「ア、アリサちゃん……」

「まず言っておくわ……確かにアンタの言うとおり私は小娘だし世間ってものを良く知らないのかもしれない。アンタのいう化け物との共存がひょっとしたら無理なのかもしれない。けどね……」

 きっ、とアリサはジミーを見上げてはっきりと告げた。

「私にとって……あんたも十分化け物よ!!」

「なん……だと!?」

「ある日いきなり襲い掛かってきて!訳の分からない事を言いながら説明もせずに殺そうとして!!あたし達から見れば、あんたも十分力に酔った化け物よ!なんだってすぐ力づくで解決しようとするなんて、ただの暴力じゃない!!だいたいこっちはねえ、んな事あんたに頼んだ覚えなんてないんだから!ありがた迷惑もここに極まりよ、この御馬鹿!!」

「何ぃ…」

「それにね……一つ言わせて貰うわよ」

 アリサは笑顔を浮かべた。太陽のような、明るい笑みを。

「私とすずかは親友なんだから。親友ってのは……例え裏切られてもお互いを信じられるから親友なのよ。あんたに何があったか知らないけどね、それと一緒にしないでよ」

「何を……そんなもの、唯の言葉遊びだ!!」

「言葉遊び結構。けどね、私はもしもすずかが心変わりしたって………ずっと、信じてるから」

 そんな事ありえないけどね、と小さく続けるアリサ。そんな彼女を、ジミーは信じられないものを見るような顔でぽかんと眺めていた。

「アリサ、ちゃん……」

 すずかは、呆然と銃を下げたまま、アリサの言葉に聞き入っていた。そしてその言葉が終わった途端、その瞳から涙が毀れた。

 それをぬぐいながら、すずかは思った。

 大丈夫。この涙がある限り、自分は自分でいられる。何も心配する事なんかない、自分はきっと…………大切な人を、悲しませないですむ。

「あ、こら、すずか泣かないの……まったくもぅ」

「ご、ごめん、ごめんね、アリサちゃあん……」

 いつの間にか近づいて自分を抱きしめるアリサの腕の中で、すずかは泣き崩れた。そんな彼女を、アリサはあやす様に背を撫でてやる。

 そんな二人を静かに見守っていたなのはとフェイトは、呆然と佇むジミーに向き直った。

「………分かったでしょう?あの二人は、心配要らないよ」

「…………」

「ジミー・スカファー武装局員。これ以上罪を重ねる前に……投降してください」

 フェイトが鎮痛な表情で投降を促す。だがジミーは、うめく様な声を上げるだけで答えない。

「嘘、だ………」

「…………ジミー、さん」

「嘘だ……嘘だ……嘘だ……!認めない、こんなものは認めない……認めないぞ……!」

 ジミーははき捨てると、懐に手を差し入れた。そして取り出されたのは、ラベルも何もないアンプルと注射器が一つ。それを彼は震える手で注射器にアンプルをセットし、自らの左腕に突き立てた。

「ジミー・スカファー武装局員、何を!?」

「認めない……認めないぞぉぉおおおぉおぉおっ!!」

 途端、爆発的に増大するジミーの魔力反応。その魔力の大きさとまがまがしさに、なのはとフェイトは慌てて距離をとった。すずかとアリサも、ぎょっとしたようにジミーに目を向ける。

 ジミーの様子は、アンプルを打った直後から一変していた。

 全身の肌が浅黒くそまり、太く血管が肌に浮かび上がるほど膨張する。白だった筈の魔力光は黒く染まり、制御できずに荒れ狂いまるで嵐のよう。

 どう見ても尋常ではない。

「な、何あれ……?!」

『……魔力凶化剤。かつて里を襲撃した者達が服用した、一種のドーピング剤です』

「ヘルマフロディトス!?大丈夫なの!?」

『ええ。過剰な負荷で一時機能を停止しておりました……面目ありません』

「ううん、気にしないで。それより……ジミーさん、一体どうなってるの?」

『薬によって現在、彼はリンカーコアを異常活性化させる事によって魔力が爆発的に増大した状態にあります。おそらく、その力を持って私達を殲滅するつもりなのでしょう』

「そ、そんな……」

「……ちょっと待って。リンカーコアの異常活性?」

 話に割り込んできたのはフェイトだ。彼女はすずかの近くに降り立つと、彼女の持つ銃型デバイスに語りかけた。

『はい。暴走、といった方がよいかもしれませんが』

「………おかしい。リンカーコアは魔力の源であると同時に、精神をつかさどる心臓のようなもの。それを暴走なんてさせたら……」

『ええ。十中八九自滅するでしょうね』

「そんなものを………早く、止めないと!なのは!」

「うん!すずかちゃんやアリサちゃんは下がってて!後は、私達が!」

「わ、私も戦う!!」

「駄目だよ!すずかちゃん、もう魔力があまりないじゃない!」

「そうだよ、すずか。……それにここにいるのは私達だけじゃない。アリサやはやて、ファリンをお願い」

 フェイトの言葉に、すずかははっとして振り返った。不安そうな趣でこちらを見ているアリサ、気を失っているはやてにファリン。この場で三人を守る者がいたとしたら……それはすずか以外にはいない。

『マスター。お気持ちは分かりますが……ここは彼女達の言うとおりにしましょう。それに、張られている結界も限界に近いようです。もし結界が破られれば、ジミーの攻撃に一般市民が巻き込まれる恐れが……』

「……分かったよ、ヘルマフロディトス。……私達は結界の補修とアリサちゃん達の護衛に回るから………お願い、なのはちゃん、フェイトちゃん。ジミーさんを……救ってあげて」

「………分かったよ、すずか」

「まかせて、すずかちゃん」

 二人はガッツポーズをすると、ジミーの方へ飛び去っていった。

 それを見送ったすずかは、不安そうなアリサに微笑み返して、静かに目を閉じた。

 額の宝石が輝き、足元に雪の結晶を模した魔方陣が浮かび上がる。

「………なのはちゃん、すずかちゃん……頑張って。私も、頑張るから」




「………って、すずかちゃんには言ったけど……」

「なかなか、ヤバいね、なのは……これはちょっと」

 だが、戦闘に戻ったなのはとフェイトは防戦一方だった。

 連戦でそれなりに魔力を消耗している上に、何より彼女達は相棒のデバイスが機能不全を起こしており本来の実力の半分も発揮できていない。元々デバイス無しの訓練からはじめたフェイトはともかく、なのははその魔力量に物を言わせてここまで戦ってきただけに消耗が大きすぎる。

 挙句、相手は薬によって魔力を跳ね上げた武装局員、さらには違法改造のカートリッジシステム搭載のストレージデバイスつきだ。しかも正気を失っていても培った戦闘経験は生きているらしく、隙がなかなか見当たらない。

「てやっ!」

 ジミーがなのはに踊りかかった背後をついて、回り込んだフェイトがプラズマランサーを二発、放つ。しかしそれをジミーは振り返りもせず、強引に発動させた魔力弾で迎撃する。術式も稚拙な単純な一撃だったが、込められている魔力の差であっさりと撃墜されるプラズマランサ−。直後、バリアを張って耐えていたなのはも至近距離で炸裂したブレイズキャノン・イミテーションで吹き飛ばされた。

「あうぅっ!?」

「な、なのはっ!」

「だ、大丈夫だよ……本物に比べれば、大したことは……」

「良かった……け、けど……これじゃ……」

「うん。それにこのままだとジミーさんが倒れるより、私達がやられちゃう……っ」

 直後、放たれた魔力弾を二手に分かれて回避する二人。それを追撃するように、魔力に物を言わせて大量生成した魔力弾が二人を追撃する。逃げる一方のなのは達。

 この戦いにおいて、初めて二人は追い詰められていた。




「あ、あ……ちょ、危ないなのはっ!あ、そこ、駄目よフェイトーーッ!!」

「……………っ」

 ほとんど吹きさらしになっている音楽室。そこで、アリサとすずかは戦況を見守っていた。

 アリサが二人が追い詰められているのを見て声をあげ、すずかは結界補強に当たりながらその叫びを聞きながら必死に耐えていた。

「く………」

『耐えてくださいマスター。あと少しで結界の補強が終わります……せめてそれまでは』

「分かってる……分かってるけど……っ」

 すずかの目の前で、ついに連続攻撃をさばききれなくなったフェイトが吹き飛ばされる。追撃を仕掛けようとするジミーとの間になのはが割って入ってバリアを張る。

 苦悶の声を上げて攻撃を受け止めるなのは。

 ぎり、と音を立ててすずかは歯を食いしばった。

「…………なのはちゃん、フェイトちゃん………っ」

『マスター。何者かが結界に侵入しようとしています』

「え?!」

 ヘルマフロディトスの警告に、すずかは慌てて補強しようとしていた結界の構成を確認した。現在、この場を覆う結界は最初に張られた黒服達の手によるものと、それを補う形ですずかがその内側に構成したものでなりたっている。そのうち黒服達の張った結界に発生している穴にねじ込むようにして一つの魔力反応が結界に侵入しようとしていた。

 それはあっという間にすずかの結界すら潜り抜けて、まっすぐに学校へと落ちてくる。その様子をすずかは肉眼で確認していた。

 そう、”翠色”の魔力光が空から降りてくるその様を。

『マスター、警戒を!』

「大丈夫!彼は敵じゃない!」

 そのすずかの言葉に答えるようにして、彼は立ち上がる蒸気の中から立ち上がった。

 ショートカットにした金髪、ちょっとボロボロの茶色いマント、白と翠を基調とした民族衣装に、線の細い顔立ち。だけど、本当はとても頼りになる所がある、ちょっと控えめな少年。

 彼の名を、すずかは叫んだ。

「……ユーノ君!」

「……やぁ、お待たせ、すずかちゃん」

 時空管理局司書、ユーノ・スクライアはにっこりと笑みを浮かべていた。

「ど、どうしてユーノ君が?」

「うん。結界を突破してきたのは新呪文のおかげ、といっておくよ。……なるほど、すずかちゃんはやっぱりそうだったんだね」

「え……?ま、まさか月の一族の事……?」

「知ったのはついさっきだけど、大体の事情は理解してる。ここは僕が結界を補強するから、すずかちゃん達はなのは達の援護に。それ、これを彼女達に渡して」

 そういってユーノが取り出したのは、二つの銀色のカード。大きさ的にはS2Uの待機状態とほぼ同じ……というかそのものだ。

 すずかはそれを受け取って、不思議そうに眺めた。同じくアリサも、なんだか不安そうに二人のやりとりを見つめている。

「な、なに……これ?」

「管理局から預かってきた、レイジングハートやバルディッシュの修正プログラムが入ってる。マリーさんが後からデバイスに細工されてた痕跡を見つけてね、大慌てで作ってくれたんだ」

「……おかしくしたのも管理局の人間でしょ。信用できるの?」

 半眼でねめつけてくるアリサに、ユーノは苦笑を浮かべて、

「同じ管理局でもピンからキリまで部署があるんだよ。……ちなみに、今回レイジングハート達の修理を担当……まあ実際は壊しただけなんだけど、を担当してた連中がマリーさんに”制圧”された、っていったら信じてくれる?」

「……………………ま、そこまで言うなら。現状それしか手段が無いのも事実だし」

 しぶしぶ食い下がるアリサ。すずかはと言うと、カードを受け取りすぐにでも飛び出す気まんまんだ。

「じゃあ、ユーノ君……後は」

「ちょっと待って、これも君に」

「え?」

 ユーノはすずかに手を差し出すと、何か小さなものを彼女の手に直接握らせた。

 一つの、黒色の弾丸のようなケースだ。それを目にしたすずかはおどろいてユーノの顔を見つめた。

「こ、これ……」

「君のデバイス専用のブラッドカートリッジ。無限書庫で見つけた文献を参考に、無理いってマリーさんに急遽作成してもらったんだ。通常のカートリッジを元にしてるし僕の血液が使われてるけど、こっちの世界で作ったあり合わせよりは大きな出力を得られるはずだよ」

「え……、ヘルマフロディトス、どうなの?」

『問題ありません。いえ、実際の所これはかなり原型に近い構造です。これなら、先ほどのように最大稼動しても私が過負荷を生じる事はないでしょう。……流石です、ユーノ……えと』

「ユーノ・スクライア、だよ。じゃ、頑張って、すずか」

「……有難う、ユーノ君。行って、来るね」

「……なのは達を、頼む」

「うん!」

 心強い応援を背に、すずかはなのは達の下へと飛び出していった。



「なのはちゃん!フェイトちゃーーんっ!!」

「すずか!?」

「すずかちゃん!」

「二人とも、これを!!」

 黒い翼を広げて飛んで来たすずかに、交戦状態にあった二人は驚きに声を上げた。ジミーもそれに気がつき迎撃するが、迸る魔弾をヘルマフロディトスで片っ端から”干渉”して撃ち帰しつつ、すずかは二人にむかって二枚のカードを投げた。そのカードは狙いたがわず宙を駆け、二人の手元に納まる。

「これは!?」

「ユーノ君から預かってきた!それをレイジングハートとバルディッシュに!!」

「ユーノ君が!?」

 すずかの言葉になのはは慌てて学校に目を向けた。すると確かに、音楽室で結界を張るユーノの姿が。

「……来て、くれたんだ」

 なのはは呟いて、待機状態のレイジングハートにこすらせるようにカードを滑らせた。同じようにフェイトもカードをバルディッシュに滑らせる。

 途端、カードは白い光になって分解し、代わってレイジングハートとバルディッシュが光を放った。

『stand by ready charge set』

「レイジングハート!」

「バルディッシュ!!」

『『Yes,my master!!』』

 なのはの手に桜の光を纏って金の戦槍が、フェイトの手に黄金と紫電の煌きと共に閃光の戦斧が再び光臨する。

 ようやく戻ってきた相棒を手に、なのはとフェイトは同時に叫んだ。

「「カートリッジ・リロード!!」

 がこん、と同時にカートリッジが排出される。それと同時に、それぞれの変形を行う二つのデバイス。

 レイジングハートは、エクセリオンモードに。バルディッシュはザンバーフォームに。それと同時になのはとフェイトの魔力も爆発的に増大する。二人のデバイスは唯の出力装置にとどまらず、その使用者の魔力まで増大する働きも持つ。なのはとフェイトはデバイスが共にあってこそ、真の実力を発揮するのだ。

「うわ……」

 自分自身が魔導士になって初めて理解できるなのは達の圧倒的な威圧感に思わず首をすくめるすずか。それだけでなく、ジミーでさえも正気を失っているにもかかわらずおびえた様にたたらを踏んだ。

「いくよ、すずかちゃん!!」

「非殺傷設定の最大の一撃で、ジミーの暴走した魔力を相殺する!いける!?」

「う、うん!その為に、戻ってきたんだもの!いけるよね、ヘルマフロディトス!!」

『OKです、マスター。月の一族の誇る私の力、存分に見せ付けてやりますとも』

「じゃあ、いっくよーーーっ!!」

 ばっ、と散会してジミーを中心に三角陣形を取る三人。ジミーも三人を打ち倒そうと我武者羅に攻撃を仕掛けてくるが、デバイスとモチベーションの戻ったなのは達に通じるはずも無い。

 なのはは強固なバリアで魔力弾をかたっぱしから防ぎきり、フェイトは高速機動で回避、あるいはバルディッシュの鎌で弾き返す。すずかも飛んで来た数発に干渉し自爆させ、その余波で残りを相殺する。

 そして、ジミーが魔力弾を撃ち尽くすその瞬間。最大のチャンスを、逃す三人ではない。

「レイジングハートッ!」

 なのはの叫びにあわせ、レイジングハートが怒涛の勢いで四発ものカートリッジを排出。それにあわせて発生した膨大極まりない魔力が、レイジングハートの先端で四つの光球となる。

「バルディッシュ!!」

 フェイトの叫びに雷光が纏う。晴天に暗雲が立ち込め、迸る稲妻がまるで意思を持つようにフェイトの周囲に集まり、収束していく。

 だが、そんな大技の発動の瞬間を、正気を失っていたとはいえジミーは見逃さなかった。先ほどまでとはちがい、小出しの魔力弾でそれを阻止しようとする。しかし、それに割ってはいる紫の影。

「邪魔は……させないっ!カートリッジ・イグニッション!!」

 すずかが引き金を引くと同時に、ヘルマフロディトスの内部でカートリッジ内部の血液が沸騰。瞬間的に魔力に変換され、さらに魔力が詰め込まれたカートリッジを撃鉄が打ち砕く。それにより、圧縮により超加圧された魔力が爆発的にヘルマフロディトスの隅々までをそれこそ血液のように駆け巡り、すずかへと迸った。

 瞬間、快感すら伴うほどの魔力がすずかの体内を駆け巡る。本来ならば制御等不可能な程のその魔力を、すずかは本能とそれをなすべき肉体によって完全に制御する。

 そう。月の一族は驚異的な魔力資質をもった存在。魔力さえあれば……それが実現可能である限り、どのような奇跡さえも成し遂げる。

「A Red Moon on the Blue Blue Air....、来たれ!月の守り手よ!!」

 天に咲く、蒼き六華。

 たった一瞬で、全ての術式が完全に稼動した。飛来する魔力弾を、”巨大な手”が全て受け止め、握りつぶす。

 そしてすずかの背後で手を伸ばしたまま、ゆっくりと丸めていた体を伸ばす巨人の姿。先ほどと違って上半身だけだったが、しかし今度こそすずかは完全にその巨人を制御していた。

「すずかちゃん、行くよ!全力全開!!」

「疾風迅雷!!」

「うん!!なのはちゃん!煌け月光!!」

 三者三様、おのおののデバイスを振りかざす。

「エクセリオンバスター・フォースバーストッ!!!」

「プラズマザンバー・ブレイカァアアアアッ!!」

「ムーン・イクリプスッ!!!」

 迸る桜色の怒涛、大気振るわせる稲妻の雄叫び、巨人の放つ蒼の爆発が、ジミーを包み込んだ。





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