・エピローグ あるいは彼女の受難の日々の始まり



「……入りなさい、月村すずかさん」

「は、はいぃ……」

 リンディの呼びかけにこたえて艦長室に入ってきたすずかは、端から見て丸分かりなまでにガチガチに緊張していた。

 何せ右手と右足が一緒に出ている。

 それを見てリンディはくすりと笑ったが、しかしそれどころではないと顔を引き締めた。

 そう。

 今から行われるのは、月村すずかとそのデバイス、ヘルマフロディトスへの罪状の告知なのだから。

「………まず、確認します。インテリジェントデバイス、ヘルマフロディトスは己の目的の為に無関係の一般市民から血を魔力を蒐集した。これを認めますね」

「……はい」

 しょぼん、と頷くすずか。

 二人に対する罪状とはこれだった。いくら主を守るためとはいえ、ヘルマフロディトスは管理局の管轄外の世界において一般市民に対して傷害行為を行った。これは管理局の法においては重罪である。

「………管理局の法に合わせると、これは極めて重罪な行為です。理由をとわず、犯人は数年間の禁固刑に処せられるのが通例です。ましてや、行為を行ったのがデバイス単体の意思である場合、それは解体処分にされるのが通常ですが……」

『…………』

「艦長っ!?」

 悲痛な声を上げたのはエイミィだ。すずかもまた、蒼白な顔でリンディを見上げる。だが。

「ですがっ!!………今回の事件においては、彼ら過激派の危険さは管理局も熟知している所であり、ヘルマフロディトスの行動には情状酌量の余地があると考えられますし、そもそもその行動の責任は、マスターとなった貴方が請け負うと宣言しています。そうですよね、すずかさん」

「は、はい……」

『マスター!?私は、そんな話は聞いて……』

「ヘルマフロディトスは黙ってて。……それで、私はどうなるんですか?」

「そうね……」

 そこでリンディは言葉を切って、ずずず、と抹茶を口にした。コップを置いて、ほぅと息をついてからすずかに向き直る。その顔には、笑顔。

「……月村すずかに、24時間の無限書庫への出頭を命じます。それで、今回の件は不問にしましょう」

「え?」

「ええ?」

『……えええ?』

 上からすずか、エイミィ、ヘルマフロディトス。唖然とする三者を前に、リンディは悪戯が成功した子供みたいな笑顔でくすくすと笑いながら真相を告げた。

「だって、ねえ。すずかさんは未成年だし、あきらかに悪いのは過激派だし。仮にヘルマフロディトスの行為を責めようにもね、犯罪には加害者と被害者が必要なの。けど、被害者といってその銃型デバイスがやったっていっても信じられないだろうし管理局が出向く訳にもいかないでしょう?そうなるとすずかさんの世界の法律だと、そもそも犯罪にすらならないのよ。この場合」

「……それ、思い切り言い訳だと思います」

「そうね。でもね、主を守ろうとしたヘルマフロディトスの気持ちと、そのマスターとして責任を背負おうとしたすずかさんをよってたかって糾弾するほど、管理局も大人気ない人間の集まりじゃないのよ。そういう事で、納得してくれる?」

「………そういう言い方、ずるいです」

 困ったようにわらって、すずかは頭を下げた。

「わかりました。月村すずか、これより無限書庫に出頭します」

「はい、それでよし。頑張ってね」

 はい、と答えて退出しようとするすずか……が、途中で脚を止める。そのままリンディに向き直ったすずかは、気になっていた事を切り出した。

「あの……ジミーさんはどうなりました?」

「ジミー・スカファー武装局員なら、現在ICUで集中治療中よ。もっとも、治療が終わっても数年の封印刑は免れられないでしょう。……流石に、事前に計画した上での一般市民に対する殺傷行為は弁護が難しいわね。……それに彼自身に、今回の事に対して自己弁護する意志は無いわ。……罪は罪だから、だそうよ」

「そうですか………」

 すずかは少しうつむいて、続いてリンディの目を強く見つめた。

「あの、ジミーさんに伝えてくれませんか」

「ええ、いいわよ。なんて?」



「……ごめんなさい。それと、ありがとう、って」



「………分かったわ。必ず、伝えます」

「……はい、お願いします」

 ぺこり、と礼をして……今度こそ、すずかは艦長室から立ち去っていった。







「良かったんですか、艦長?」

「何が?私は上にありのままを伝えただけよ?」

 すずかが去った艦長室。エイミィは、苦笑してお茶の代わりを用意しながらリンディに語りかけた。

「何がありのままー、ですか。報告書みましたよ?月村家と月の一族の遺産としての重要性ばっかり強調されてたじゃないですか。流石にあれだけメリットとデメリットを提示されたら、そう罰する訳にもいかないですよ」

「あれが一番良かったのよ。過激派とまではいかなくても、あの一族に対して否定的な人間は管理局にかなりいるし、前の闇の書事件でコネは大分つかっちゃったしね。それともなに、エイミィは私の判断に反対?」

「まさか。クロノ君がいたらいい顔はしなかったでしょうけど」

「そうねー。あの子、ちょっと真面目すぎるから」

 お茶を飲み干して、リンディはにこりと笑顔を浮かべた。

「あ、でも行っておくけど、無限書庫の手伝いが楽って訳じゃないわよ。それよりも、数日ぐらい独房に閉じ込められる方が軽かったかもねー」

「………え?」

「うふふふふ」




 すずかが無限書庫に出向いて……そこでどうなったか。

 それはまた、別の話。

 それではひとまず、この辺で物語を終える事にしよう。

 縁があれば、またいつか。


























「……あの、これでおしまい?私の出番は?ねぇねぇ?」<シャマル

 終わりったら、終わり。







デバイス解説
『ヘルマフロディトス』:月の一族が作り出した三十のデバイスの頂点に立つ、月食の名を持つ神具の一つである銃型デバイスにして、月の一族が編み出した戦闘術の最終結論(ハイエンド)。
 現在の最高性能デバイスであるデュランダルすら上回る処理能力を誇り、さらには術者が魔力をもたなくとも内部に搭載したブラッドカートリッジを使用する事により魔法を行使する能力を持つ超高性能デバイスである。
 その一方で、完全なる月の一族専用デバイスであり、フルドライブした場合の強烈なキックバックには月の一族しか耐える事が出来ない(それ以外の者が使えば最低でも気を失う)。
 また、このデバイスは本来ガーディアンを召還する為に作られたこともあり、魔法行使能力はあくまでオマケに近い。それ故に、フォームチェンジやモード変更を持たず、内部プログラムの書き換えによって術者の要求に応える仕様になっている。
 総合性能では間違いなく最高のひとつではあるが、主目的である巨人召還があまりにも効率が悪い事やいくら性能が高いとは言え通常使用可能な魔法の数がごく限られている事から術者の能力に大きく依存する点もあり、現時点でマスターである月村すずかの未熟さもあってその性能は一割も発揮されてはいない。
 ちなみに、六華とは雪の結晶の別称である。



魔法解説
『Blood Bullet』
射程:B
威力:C【着弾時B+】
発射速度:A
魔法ランク:C
・ヘルマフロディトスの通常攻撃魔法。前述の通り、元々ヘルマフロディトスは単体での戦闘行為の為に作られた訳ではないので攻撃のバリエーションが少なく、基本的に攻撃魔法は全てこの魔法を中心に派生している。
 またこの魔法自体も純粋に魔力のみで行われる訳ではなく、使用者の血液を媒体に魔弾を精製、発射するというもの。着弾時に媒体にした血液を魔力変換させる事による爆発を発生、着弾対象に大きなダメージを与える事が出来る。また、このような特性故魔法を封印されている環境でも射撃そのものは可能である。
 「血弾」の意味。

『Fatal Virous』
射程:―
威力:―
操作性能:SS
魔法ランク:A+
・ブラッドバレットから派生する干渉魔法。敵の放った魔法の制御プログラムをハッキングし、その性質を書き換えてしまう恐るべき魔法。超絶的な処理能力を誇るヘルマフロディトスだからこそ出来る芸当であり、現状でこれと同じような事が可能なスペックを持つデバイスはデュランダルのみ(ただしデュランダルは凍結魔法にそのリソースの大半を使用しているため不可能)。
 しかし、あまりにもその魔法を構成する魔力が大きいと術式が焼ききれてしまう事や、プログラムを施していない単純射撃魔法や放射系魔法には効果が薄いという欠点を持つ。
「致命的なウィルス」の意味。

『Silver Nail』
射程:―
威力:C
展開速度:B
魔法ランク:C
・ヘルマフロディトスの銃口下部にある宝石部分から展開する魔力刃。バルディッシュの光鎌と同じものであるが、あちらと違いこちらは飛び道具として使用する事は出来ない。あくまで応急手段的な魔法である。
 「銀の爪痕」の意味。

『巨人召還』
展開速度:C
消費魔力:S+
操作性能:S
魔法ランク:S+
・ヘルマフロディトスというデバイスに本来与えられた機能であり、他の能力は全て自衛の為のオマケに過ぎない。ブラッドカートリッジを爆裂させる事によって発生した高純度・高圧の大魔力を使用する事によって虚数空間へのゲートを作り出し、そこに封印されている月の一族のガーディアンを呼び出す荒業。
 ガーディアンは月の一族がその技術の全てを注ぎ込んで作り出したSSS級ロストロギアであり、虚数空間でも平然と活動している所からもその反則っぷりが見て取れる。
 独自の魔力源を持っている為召還後は自立稼動が可能だが、現実世界では稼動に制限がありさらに帰還時の為にゲートを開きっぱなしにしないといけない。それ故、大抵は術者の魔力がゲートを維持し続ける事が出来ないので数秒も持たず自己保存機構が働いて自分でゲートを生成、帰還してしまう為に扱いは極めて難しい。
 かつて里襲撃の時において一族の王子がこれを用いて襲撃者を撃退したが、王子が命を犠牲にしてまで魔力を注ぎ込んだにも関わらずその活動時間は僅か13秒であった。
 ちなみに、門そのものは虚数空間に繋がっている危険性から、術者の上空に最小範囲で展開され、待機中は数ナノメートルサイズにまで縮小される。作中で門らしきものの描写がないのはその為である。
 ちなみにこう書くと欠点だらけに思えるが、王子が命をかけねばならなかったのは相手があまりにも多勢であった事と一族の逃げ延びる時間を作る必要があった為であり、本来巨人の力をもってすれば戦闘時間など皆無に等しい。一瞬で決着をつけるだけの力が巨人にはあるからだ。

『月喰らい』
射程:A
威力:S+
発射速度:C
魔法ランク:B
・巨人の目から放たれる魔砲。単純な魔法ではあるが巨人の超絶的な魔力によって撃ち出されるためにSランク攻撃魔法並みの破壊力を持つ。





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