・第一章 Contact a lefacy 【遺産】 どずん、とブラッドバレットが飛び交う巨大な機械蝙蝠の胴を撃った。蝙蝠はノイズのような悲鳴を上げると爆発、空中に部品をばらまきながら四散して消滅した。 と、その爆発を掻い潜ってもう一体の機械蝙蝠が姿を見せる。だがそれを予想していたすずかは慌てる事なく機械蝙蝠に向けて右手に握る銃型デバイスを振るった。 その先端から蒼い刃が伸び、機械蝙蝠を両断する。悲鳴を上げて墜落し、炎上する機械蝙蝠。 すずかはそれを見送ると、油断無く銃型デバイスを構える。見える範囲に、敵影はない。 「………ヘルマフロディトス、周囲に魔力反応は?」 『……少なくとも半径200kmには存在しません。おそらく、今ので流石に出し物も尽きたのでしょう』 「そう……。じゃ、しばらく休もう。ちょっとへとへと……」 『了解しました。私は索敵を続行します』 信頼する相棒の言葉に頷いて、すずかは張り詰めていた神経をほぐす事に専念した。何度か深呼吸を繰り返すと、ぎちぎちに過敏になっていた精神が落ち着いていくのを感じる。 そうしてから、ゆっくりと地表に降下する。着地する直前でばさり、と魔力の翼が羽ばたいて、消えた。 彼女は今、見渡す限りの荒野に立っていた。しかもただの荒野ではなく、大地は錆びた鉄のように赤黒く、空は濃い紫にそまってどよどよと淀んでいる。まるで地獄のようだ。 そんな風景を陰鬱に眺めてから、すずかは声を張り上げた。 「……ふぅ。アリサちゃーん?もう大丈夫だよー」 「わかったー」 声がして、しばらく離れた場所の地面がぼこり、と持ち上がった。 否、正確には半分埋めるようにしてあった岩がどけられて、その下から人が姿を見せたのだ。 金髪の探検服の少女……アリサである。 「もー……非常時だからあんまし言わないけどさ……いくらなんでも人を穴に放り込んだ挙句上から岩で蓋するなんて酷くない?」 「ご、ごめん……でも、それ以外に思いつかなくて……」 「ま、いいわ。仕方ないのは分かってるもの」 アリサは溜息をついて、ぱさぱさと服の埃を手で払った。今日という日の為に用意した頑丈な服だけあって破れはしてないが、埃まみれなのは精神衛生上良くない。 すずかは苦笑しながら、自らもバリアジャケットを解除した。ドレスのようなジャケットが解除されると、元に来ていた茶色い探検服がその身を覆う。 と、アリサはすずかが困ったような顔をしているのに気がついた。不審に思ってすずかの体に目を走らせたアリサはあることに気がつき、彼女の手を取った。 ヘルマフロディトスを握る、右手。すずかの細い指は、白くなるほどグリップを握り締めたままだった。アリサは一本一本、すずかの指をグリップから引き剥がしてやる。 「ごめんね、アリサちゃん……自分じゃ取れなくて」 「言わないで。……これぐらいしか、アタシには出来ないんだから」 「……うん」 「……すずか?」 「やっぱりね、怖いよ。これは訓練じゃないんだよね……」 「……いいから。すずかは少しでも力を抜いて休んでなさい。それじゃ、もたないわよ」 アリサはもぐようにしてすずかの手からヘルマフロディトスを引き剥がすと、それを自分のポケットに押し込んだ。あっ、と声を上げるすずかにかまわず、彼女の手を取って座り込むと強引に自分の膝に頭を乗せた。所謂膝枕だ。 「……あたしとヘルマで見張ってるから、少しあんたは休みなさい。いいわね」 「うん……有難う、すずかちゃん」 すずかはそう最後に残して、ゆっくりと目を閉じた。すぐに、すぅすぅという寝息が聞こえてくるようになる。 相変わらず寝つきはいいんだから、と思いながら、アリサはポケットのヘルマフロディトスに手を 伸ばした。 「ヘルマ」 『大丈夫、本当に眠っています。……心配なさらず』 「そう………。ヘルマ……すずかはあとどれぐらい耐えられる?」 『………先ほど、血液は補給しましたし、極力ブラッドカートリッジの使用は抑えていますので、もうしばらく戦闘行為に問題は無いと思います。戦闘をブラッドバレットに限定すれば、後24056発まではマスターのフィジカルに影響を及ぼす危険もありません』 「そうじゃない。すずかの心があとどれぐらい持つか聞いてるの」 『……私に言わせれば、とっくに限界です』 「………そう」 アリサはそれだけ呟いて、空を見上げる。 相変わらず、空はどよどよと淀んでいて、太陽の光も月の光も見当たらない。 憎憎しげに空を睨みながら、アリサはほんの数時間前の事を思い出していた。 「わぁ…………」 アースラから転送された一向の目の前には、青々とした荒野と、崩れながらも白い壁面をさらす無数の建築物が聳え立っていた。 後続のメンバーも転送されてその風景を目にするや、言葉にならない感嘆をもらして立ち尽くす。 「これが……月の一族の里……」 その中で、先発メンバーとして一足早くたどり着いていたすずかは、どこか懐かしい気持ちになる自分を不思議に思いながらも町並みに一歩、踏み出していた。 隠れ里と聞いて寂れた田舎をイメージしていたすずかの想像と違い、右に左に聳え立つ建築物は最低でも二階建てほどの高さもあり、中には高層ビルのようなものもが立ち並ぶ大都市の如き有様であった。 が、不思議と閉鎖感は感じない。それどころか、草原の真ん中にたっているかのように風通しが良い。 変なたとえかもしれないが、この町は朽ちてもなお”生きている”という事をすずかに実感させるには十分だった。 さらにすずかを困惑させたのは、町の境界線。境界線といってもそこで道や建物が途切れているだけにすぎないのだが、そちらを見上げたすずかは逆に柄もいえない閉塞感を感じた。まるで、何か無理やり押し込められていたような異様な感覚が、視界から語りかけてくる。 それは魔法的センスをもたないこの場において唯一の人間であるアリサにも同じらしく、彼女は不思議そうに街を眺めているユーノに声をかけた。 「ね、ねえユーノ。何か妙に街の外が狭く感じるんだけど……」 「うん。今アースラが上空から検索したデータをよこしてくれたんだけど、どうもこの空間はもともと小さな範囲を無理やり拡大した空間らしいんだ。外から見れば何も内容に見えるけど、特定の範囲に踏み込めばこの通り、街の中に入ることが出来る。まさに隠れ里だ」 「な、何ソレ。そんな事できるの!?」 「現在の魔法でもディストーションフィールド等がそれに似た事が出来るけど、ここまでの拡大率を維持しながら空間に破綻をきたさず、しかも半永久的になんて離れ技はちょっと無理かも。流石は月の一族って所かな。……あの文献に詳細な座標がメモされていなければ、何年かかってもここには辿りつけなかっただろうね。あれを書き記した生き残りの人には感謝しなきゃ。それにしても記載されていた記録から更地になっているのさえ覚悟していたんだけど、これだけ街の痕跡が残ってるなんて……。ひょっとしたら、何か物凄い頑丈な素材なのかもしれない、ああ、どきどきするなあ!!!」 「へ、へえ……。すっごいのね、月の一族って……」 呟いて、アリサは一人街の街道に繰り出しながら空を見上げているすずかに目を向けた。 がやがやと喧騒を取り戻す街並み。崩れていた壁面は磨かれたように白く輝き、街そのものが光り輝いているよう。その下で、不思議な衣服を身に纏った老若男女が皆一様に笑みを浮かべながら日々を暮らしている。 そんな中、一際目立つ人影。彼女は紫のドレスを身に纏い、紫の髪を靡かせて人の流れの中を歩いていた。隣には、優しい表情の金髪の青年がひっそりと寄り合うように連れ添っている。 そして、彼女の向かう先。 そこには、明るく輝く満月を抱くように、天に向かってそびえる銀の塔が佇んでいた。 「あ、あれ……?」 うめいてアリサはごしごしと自分の目をこすった。そして再び目を開いたとき、そこにはあの美しい白い街並みはどこにもなく、崩れた廃墟とそこを行くすずかの姿があるだけだった。 「……白昼夢?」 きょとんとするアリサ。その横で、今回の探索部隊隊長がようやく全員そろった部下に声をかけた。 ちなみに、部隊長は白髪が大分目立つような年頃の、筋肉マッチョの中年男性だ。とてつもなく鍛えているのが、バリアジャケットを下からムキムキと押し上げる筋肉で見て取れる、そんな人物である。 「よーし、探索を開始するぞ!!A班からD班は予定通り街に散会!E班からG班は後方支援、よろしく!」 「「おぉーー!」」 戸惑うアリサを一人残して、ついに月の一族の里発掘が始まった。 「……ちょっとすずか、待ちなさいよー」 「あ、ご、ごめんアリサちゃん」 探索開始から一時間が経過した。空間操作の影響か街全体の大きさはアースラからは正確な範囲が分からず、人手を使っての地道な探索作業が続いている。 そんでもって、プロが苦戦するような瓦礫の山の探索作業にゲストにすぎないすずかとアリサが協力するような事もないため、二人は危険が無いと判断された範囲でこそこそと家々を調べて回っていた。 ちなみに、なのはとはやては上空から監視を行いつつ防衛設備の類が残っていないか探索、フェイトは後方に残ってアースラと連絡を取っていた。なのはとはやては高い防御力から万が一にも対処できるであろうという事と、フェイトはその高速性から全ての部隊にいつでも駆けつけられる用意をしておく必要から、というのが隊長の判断である。 そして、通信担当にシャマルも残り、残りのベルカ騎士は探索作業には向かないとしてアースラに待機、今回の遺跡発見を知って襲撃してくるかもしれない盗賊の類に備えている。 したがって、すずかとアリサはいわゆる本当の意味のゲストとして、ちょこちょこと家を回ってかわったものがあれば報告をするだけにとどめていた。 無論、すずかには何か封印等があった場合にそれを解除する、という役割もあるのだが、現在その必要があるような施設は見つかっていない。 「それにしても、よく分からない建物ばかりね、ここって」 「うん、そうだね……」 アリサのぼやきに頷いて、すずかが机の上にすっと指を走らせた。 いくら崩壊しているとはいえここは室内、何百年以上も放置されていれば埃もそれなりに積もる筈だが、それらしきものがすずかの指についている様子は無い。 「ねね、これってどういう事なの、ヘルマフロディトス?」 『月の一族の建築物には、総じて無機的魔法細胞が使われています。言ってみれば、生きている家ですね。故に、埃等のいわゆる”老廃物”はそれぞれの細胞が分解処理する為、積もる心配は無いのです。さらに、設定された規模を超えない限りは傷も自己修復しますので、手入れも最低限で済みます』 「うわー……凄い、どういう技術なんだろう?」 「ようは掃除いらずって事?便利ねぇ。あ、じゃあここの壁とか持って帰ったら使えるの?」 『それは難しいですね。無機的魔法細胞は街の中央にあるジェネレーターから供給を受けて活動しています。そのジェネレーターは街の中央に備え付けてあるので動かせませんし、現状の管理局では解析できても製作には数十年かかるでしょうね。今の基準で言えば、これらも立派なロストロギアです』 「……日常用品までロストロギアねぇ。本当、大したものだわ」 「でもそれが、本来の技術のあり方だと思うよ。人の暮らしに役立ってこその、テクノロジーだもの」 『その通りです、マスター。……故に、一族は身を隠したのです。自分達の高すぎる技術が、火種とならぬように』 「……納得できる話だわ。ちょっと思いついただけでも、例えばこの家の素材で自己修復できる戦艦とか作れそうだもの。ぞっとしないわ」 アリサはやれやれ、と呟いて手近な壁に持たれかかった。 「……でもさっきから瓦礫を乗り越えたり歩き回ったりでちょっと疲れたわ……一体どれぐらい広いのよこの街ー……」 『お疲れですか、アリサ・バニングス?』 「……反論したいけど頷いておくわ……。もう、なんで家なのに椅子の一つもないのよー」 アリサの言葉通り、これまで回ってきた家には椅子らしいものが一つも無かった。それどころか、テーブルも大きなモノがぽつぽつとあっただけで、基本的に家具というものに欠けた構造ばかり。 どうやら本棚等は壁に埋め込まれているらしかったが、それでも休む場所が無いというので流石にすずか達には疲労がたまっていた。 『……成程。少々お待ちを』 ヘルマフロディトスが告げて数秒後、いきなりにょっと壁の一部が盛り上がった。それもアリサのもたれている壁が。ぎゃあ、とうめいてひっくり返るアリサだったが、次の瞬間には彼女は何か柔らかいものに受け止められていた。 「な、ななな????!!」 「わあ、凄い!」 アリサが寝転がっているものを見て、すずかが歓声を上げた。なんと、壁の一部がせり出して変形して一つのベッドになっていたのである。アリサも自分が何の上に転がっていたのか理解すると、不思議そうにぽんぽんとベッドのシーツを叩いた。 その手に帰ってくるのは確かな木綿の感触であり、さっきまで冷たくて硬い壁だったとは思えない。 「な、何コレ……」 『無機物魔法細胞の応用手段です。月の一族は皆がデバイスを持っており、こうやって建材そのものを変形させて机や椅子を作っていました』 「そういう事は先にいいなさいよね!?」 『す、すいません。私にとってはこれが普通でしたので、うっかり忘れていました』 「高性能なAIがうっかりするなっ!!?」 「ぷっ……うふふ、うふふふふふふ」 「すずかも笑わないっ!!」 「あら、これは何の建物かしら?」 続いてアリサが見つけたのは、大通りにぽつんと一軒だけ一階立てで建つ小さな店のようなものだった。店先には妙な文字が描かれた看板が道を塞いでおり、残念ながら中に入れなくなっている。 『ああ、これは献血所ですね。ブラッドカートリッジの事は前にお話しましたよね?その為の血液を集めている場所でした。……最も、あまり使われる事はありませんでしたが』 「え?なんで?」 不思議そうなアリサの疑問。だが、すずかはすぐにその理由に思い当たった。 「あ、それなら分かるよ。確か月の一族が直接血を口にして魔力回復するには、一族と関係ない他人の血が必要だけど、ブラッドカートリッジは血液ならなんでも良くて……確か術者本人の血でも良いからだよね?」 『ご名答です。考察力の高いマスターを持って私も誇らしいです。……話を戻しますね。マスターの言った理由から、ここはほとんど使われておりません。一部、血液採取が困難であったり拒絶される場合……すなわち小さな子供やご年配の老人の為に存在するのがこの施設でした』 「ふーん……そうなんだ。だから小さいの?」 『それもありますが、それ以上に都市内では魔力炉心から魔力供給を受ける事が出来ましたので、ブラッドカートリッジを行使する必要が無かったのですよ。それでも、街の外に出た時や、炉心の整備時は使えなくなりますので必要ではありましたが』 「それもそうだね」 「あれ?それ、おかしくない?魔力を回復できないから、態々ブラッドカートリッジなんて積んだんじゃないの?魔力炉心なんてあるならいらないじゃない」 「あ、それはね、魔力炉心はコストとサイズの問題で月の一族でもデバイスに内臓する事は不可能だったの。一応、通常のカートリッジシステムでも魔力は回復出来ない事もないんだけど、あっちは圧力が足りなくて月の一族に魔力を充填するには不足みたいだし」 「………なんかややこしい話ね」 納得したのかしないのか、やはり不思議そうに店先を見つめるアリサ。 「さ、次にいこう、アリサちゃん」 「あ、ちょっとまちなさいよ、すずか」 「ここは……まあ見て分かるわ。食堂ね」 『ご名答です』 「あは……これだけ大きなテーブルがあればね」 次に二人と一機が訪れたのは、広大な面積を誇る体育館のような場所だった。だが、体育館と違うのは横長の机が無数に立ち並んでいる事であり、さらに奥には何かを作る設備のようなものも見える。 人の匂いこそしないものの、一目で食堂と分かる光景だ。 「ふーん。異次元の人でも食堂とか、食べ物関係は一致してるのね」 「ちょっと不思議だね。でも、私のご先祖様が普通に人間の世界になじめた事を考えると、普通なのかもね。いくらなんでも石とか食べてたら大変だもの」 「そーねぇ……。あれ?でも冷蔵庫が見当たらないわね?…それになにこれ、台所というより作業場じゃないの」 アリサの言うとおり、台所と思われる場所には冷蔵庫とか流しといったものが一切無く、代わりになにやらプレス機のようなものや無数のライトが設置されたベース等設置され、どちらかというと最新技術の作業場といった有様であった。 『ああ……成程。マスターの世界では直接素材を加工していたのでしたね』 「……直接?」 『まあ、見ててください。……ふむ、まだここのは動くようですね。では』 突然、ブゥンと設置された機械が動き始めた。ぎょっとして台所から引くアリサとすずかを他所に電源の入った機械はガコンガコンと作業を始めた。まず、ライトの無数に設置されたベースに灯りがついた。照射されたライトの光が重なり合い、空中になにやら3Dポリゴンめいた虚像を描き出す。 『マスター、まずは何をお召しになられますか?』 「え?……じゃ、じゃあ紅茶とクッキーで……」 『アリサ様は?』 「え?じゃ、じゃあ私はスコーンと紅茶……」 『スコーン……えっと……ああ、あれですね。了解しました。ではでは』 ヘルマフロディトスの呟きと共に、ベースの上でスパークが走った。ぎょっとしてお互いに抱き合ってすくみあがった二人が恐る恐る覗き込んでみると、それは果たしていかなる技術によって成り立ったものか。 ベースの上に、二人分のティーセットと、焼きたてさくさくのクッキーとスコーンが皿に乗って鎮座していた。 唖然とした様子の二人。 「………な、なにあれ。スペーストレックの料理マシン?」 『似たようなものですね。こちらもあちらも分子配列を組み替えて作り出していますし』 「…………夢、みたい……」 『ではお二人とも、どうぞ机にな座ってご賞味くださいませ』 ヘルマフロディトスの言葉に、少女二人は紅茶セットを恐る恐る手にとって食堂の大広間に戻った。 にょっきりと盛り上がった椅子に腰掛けて、ごくり、と息を呑みながら眼前の湯気を立てる紅茶と御菓子に視線をおろす。 「ふ、ふん!どうせ便利なだけで味はきっと保障できないに決まってるわ!」 「そ、そうかな……?で、でもノエルの作ってくれたクッキーの方が美味しいに決まってるもん……」 『ふふふふ……』 意味ありげなヘルマフロディトスの笑いを耳にしながら、二人はさくっ、と御菓子を口に含んだ。 しばらくして、手一杯の御菓子を袋に詰めて食堂を出る少女二人の姿があった。 「こ、これは部隊の皆にあげるものだからいいわよね、すずか!?」 「う、うん。私達だけで食べる訳じゃないからいいよね、アリサちゃん?!」 『毎度あり〜』 「それにしても、不思議な気分……」 てくてくと街並みを眺めながら歩いていたすずかは、ぽつりと呟いた。その手には御菓子の入った袋が抱えられているが、中身は減ってはいない。れっきとしたお嬢様であるだけあって、アリサもすずかも歩き食い等というはしたない真似はしないのである。 「そうね。街はこうしてあるのに、歩いてるのが私達だけなんて。早朝の街みたい」 「うん……。ねえヘルマフロディトス、一族の人達が滅びた時から、街はこうだったの?」 『いえ。少なくとも私の最後の記憶ではもっと酷いものでした。おそらく生き残ったジェネレーターのおかげで、少しずつ建物自身が自己修復していったのでしょう』 「………そっか……。だからこんなに、綺麗な街並みなんだ」 「………すずか」 遠い目で街並みを見るすずかに、アリサは何か言いようのない距離感を感じた。 それは、魔導士とそうでない者の差なのか。人間と月の一族の差なのか。それとも……ただ単に、アリサ・バニングスと月村すずかの距離なのか。 ぶんぶん、と頭を振ってアリサはその考えを振り払った。 いけない、と思う。ここに来てから自分はどうにも後ろ向きな考えになりがちであると、自覚する。 それは、ここに来た時に見たあの白昼夢が、原因なのだろうか。 「………アリサちゃん?」 「……何でもないわ」 気がつけば、先を進んでいた筈のすずかがアリサの顔を覗き込んでいた。内心の動揺を隠してアリサがそっけなく応えると、すずかも食い下がる事はしなかった。 それが内心を見抜かれているようで、どうにも恥ずかしく、むず痒い。 二人の間に、ゆるやかな時間が流れる。まるで、この街が刻んできた時間のように。 だから、アリサは思い切って言い出してみる事にした。 「ねえ、すずか」 「なに、アリサちゃん」 「どうして……すずかは戦おうと思ったの?」 「どうして、って……」 戸惑うように言い淀むすずか。それを躊躇いと見て、アリサは畳み掛けるように言葉を紡いだ。 「なんで、すずかが戦いなんか学ぶ必要があるの?」 「だって、私はヘルマフロディトスのマスターだし……それに、管理局で働こうと思ったら強くならないと」 「嘘!月の一族だか何だか知らないけど、だから戦う理由になるの?管理局は、戦えないといけないの?違う!」 「アリサちゃん……」 「私、知ってる。すずかが、ユーノの所に顔を出してる事。ユーノと本の事について離しているすずかは本当に楽しそうだった。ユーノは、けっしてなのは達みたいに無茶苦茶できる訳じゃないけど、それでも管理局でやっていってる。本当はすずかだってそうしたいんでしょ?!」 「……だけど、私には力があるの。ユーノ君とは、違うよ」 「違わないっ!力があるから何なの?道があるから何なの?すずかは……本当に戦いたいの?答えて……答えてよ……」 「………アリサちゃん」 アリサの言葉は、最後には涙声になっていた。すずかはそんな彼女を見る事が出来ず、空を見上げた。 見上げた空に、一匹の鳥が飛んでいた。おそらく、群れから外れて結界範囲に紛れ込んでしまったのだろう。 「………私にとって、なのはちゃん達は鳥だったの」 ぽつり、と呟く。 「捕まえられると思って手を伸ばしても、すぐに羽ばたいて飛んでいってしまう。どんなに追いかけても、追いつけない存在。だけど、私は翼を手に入れた。魔法の力と、ヘルマフロディトスを。だから、同じ場所に立ってみたい。そして、見てみたいの。なのはちゃん達の見ている、その世界を」 「じゃあ………さ。……私はどうなるの?すずかまで飛んで行っちゃったら……残された私はどうなるの?」 「アリサちゃん………」 「………我侭だって、分かってる。だからせめて私、巣になりたいの。すずかが帰ってくる場所に、なりたいの」 だけど、とアリサは続けた。 「すずか、ねえ、考えて。すずかが今羽ばたかせている翼は、本当にすずかの望んだものなの?本当に、すずかはそれでなのは達と並んで飛べるの?………私には、どうしても……そうは思えない」 「…………アリサちゃん」 すずかに、それに答える術はなかった。 魔法の力を手に入れて。自分の血に流れる業を知って。それに流されないよう、我武者羅に進んできた。 なのはのように強く。フェイトのように早く。はやてのように巧みに。より高く、より遠くへと。 だけど。 「………分からないよ。分からないけど、だったら私、何をすればいいの……?」 『マスター……』 アリサはすぐ前を歩いている。 だけど、その手を伸ばせば届くようなほんのわずかな距離が、今のすずかにはとてつもなく長い距離にも感じられた。 羽ばたいていた筈なのに。 駆け抜けていた筈なのに。 こんなにも………取り残されているように思ってしまうのは、何故だろう。 「アリサち……」 突然の呼び出し音が、すずかの言葉を打ち切った。 アリサも驚いたように、懐に手を入れて支給された通信装置を取り出す。 本部からの通信。 二人は顔を見合わせて、二人一緒に駆け出した。 「で、それがこれですか……」 「ああ」 すずかとアリサは、隊長に呼び出されて街の中央にやってきていた。 町の中央、全ての本街道が交差する広場の真っ只中に存在する一際大きな瓦礫の山。どういう訳か懇切丁寧に徹底的に破壊しつくされていた瓦礫はある程度管理局員達によって取り除かれ、ある物が顔を出していた。 ……すなわち、地下に通じる封印されたゲートを。 「これを見つけたのは本当に偶然でな」 しみじみと隊長が呟く。その言葉にどこか苦渋が混じり、びくりとなのはが体を震わせたのは見まちがいではないだろう、とすずかは苦笑を浮かべながら思った。 なのはが時折やりすぎてしまうのを、すずかは文字通りその身をもって味わっていたからだ。 「高町なのは教導官に巨大な瓦礫を排除する目的で一発ぶち込んでもらったのだが、少々吹き飛ばしすぎてな。予定よりも瓦礫を派手に排除してしまったのだが……その下からこれが出てきたのだ」 「こっちで調べてみたんだけど、相当強固な封印が掛かってる。ただ、どうも術式がヘルマフロディトスに似通っててね。すずかちゃんなら解除できるんじゃないかと思って来て貰ったんだ」 隊長の言葉を引き継いだユーノに頷いて、すずかはそのゲートに歩み寄った。手を触れて、魔力を流し込むと確かに、ヘルメフロディトスと同じ六華をかたどった魔法陣が浮かび上がる。 「……ヘルマフロディトス、解除できる?」 『可能です。しかし何でしょう、これは?たしかのこの地下にはそれなりに重要な物が収められていましたが、こんな結界は無かったはず。月の一族にしては術式も稚拙です』 「うーーん……慌ててかけたものだったんじゃないかなぁ」 『そうでしょうか……。とにかく、解除は可能です。すぐに行いますか?』 「あ、ちょっと待って」 言って、隊長に視線を送ると頷きが帰ってきた。同時に、数名の局員がゲート周辺に待機し、結界を張る準備を始める。同時に、なのはやはやても心配そうにしながらデバイスを構えた。 緊迫した雰囲気に、アリサが不思議そうに声を上げた。 「……なんでみんなそんなに慌ててるの?」 「万が一の為だ。結界内に無害なものが閉じ込められているとは限らない」 「そんな……っ!アリサ!?」 「大丈夫だよ、アリサちゃん。危険そうだったらすぐ逃げるから。ね?」 「う、うん……」 すずかの笑顔にアリサは釈然としないものの縦に頷いてから、自分のポケットに手を入れた。 摘み出したピルケースから、一粒のカプセルを取り出してすずかに手渡す。 管理局が用意した、血液錠剤だ。中には、本人達の強い希望でアリサの血液が一定量ずつ収められてている。無論ピルケースの方に保存魔法がかけており、採血した状態で保てるようになっている。 血液を摂取しなければ魔法を行使できないすずかに用意された物だが、すずかの希望によりアリサがこのケースを持ち歩いていた。 受け取ったカプセルをすずかは口に含み、ガリ、と噛み砕き飲み干す。 途端、すずかの全身から魔力が迸った。血液の量が量なのでそう大した出力ではないが、つい一瞬前まで魔力をほとんど持たなかった少女から爆発的に魔力が放出されるその有様は、見慣れていない局員の目を奪うには十分だった。 蒼い光の粒子を身に纏い、放出される魔力に髪をなびかせながらすずかは己の相棒に命じる。 「ヘルマフロディトス」 『了解。全システム、レベル2に以降』 すずかの体を、バリアジャケットが覆う。額に光が集って一つの宝石となり、華奢な背中から魔力の翼が羽開く。 魔導士としての姿を顕現したすずかは、扉に己のデバイスを突きつけた。 「解除します」 再び扉に浮かび上がる六華と、ヘルマフロディトスの銃口に浮かび上がった六華が互いに干渉するかのように火花を散らす。 だがそれも一瞬の事で、やがて扉の魔法陣は掻き消え、扉の封印は解除された。 ガコン、と音を立てて扉のロックが外れる音がする。 思わず腰を上げる一同だったが、予想に反して僅かに開いた扉の奥には闇が広がるばかりで、危惧していた危険らしきものは感じられなかった。 待機していた管理局員達が、はっきりと告げる。 「魔力反応為し。トラップの類も確認できません」 緊張していた空気が和らぐ。 「………ふぅ」 安堵したように息をはいて、銃をおろすすずか。 待機していた局員達も緊張を解いて、各々扉へと集まってくる。アリサも、緊張から開放された勢いそのままに駆け出して、すずかに抱きついた。 「ああもう、心配させないでよーっ」 「あは、ごめんねアリサちゃん」 「でも、ちょっとドキドキしたよ……」 「そやな。でも、何もなくて何よりや」 お互いに笑みをかわす4人の少女。それを頬を緩ませて見守りながら、隊長は部下に手早く指示を出した。 「こらこら、お前達!扉に何もなかったからって、中までそうとは限らんぞ!防御能力AAランクの者を中心に突入部隊を編成する!あ、高町なのは候補生はいらんぞ!遺跡を粉砕されたらたまらんからなぁ!」 「私そんな事しないもんっ!」 どっ、と沸く局員達。ぷぅ、とふてくされるなのはの肩をぽんぽん、と叩くはやて。そしてそれらを苦笑を浮かべながら見守るすずかとアリサ。 その時だった。 『マスターッ!』 「え?」 突然のヘルマフロディトスの悲鳴のような叫び。それにすずかが何事かと応えるより早く、彼女の足元に突如魔法陣が発生した。それも、その構成は月の一族ではなくミッドチルダ。 ごう、とすずかの体が魔力に包まれる。強制転移魔法の予備動作だ。 「すずかぁあああっ!!」 咄嗟に、アリサが消え行くすずかの手を掴み、魔法陣から引きずり出そうとする。 だが、それも間に合わず。 魔法陣は、捕らえたすずかをいずこかへと強制転移させてしまっていた。 ………手をつないだ、アリサもろとも。 「つつつ……何なのよ、もー」 「あ、アリサちゃあ〜〜ん……」 「ああもぅ、しっかりしなさい。すずか、大丈夫?」 「う、うん、大丈夫。それよりも、ここ、どこ〜?」 「………さあ。地獄じゃない事を祈るしかないわね」 一足早くすずかより意識を取り戻していたアリサは、目の前に広がる光景に肩を落とした。続いて、意識をはっきりさせたすずかがえ、とばかりに目を見張った。 二人がいるのは、あの月の一族の里どころか、おそらくはあの次元ですらないであろう見た事も無い場所だった。大地は赤く錆びたように荒れ果て、天はどよどよと雲がよどんでおり太陽の光も見えない。 慌ててすずかは相棒に声をかけた。 「へ、ヘルマフロディトス。何がどうなってるの?」 『……どうやらトラップにかけられたようです。術式が稚拙であった時点で気がつくべきでした』 「どういう事?」 『つまり、あの門の封印は罠だったのですよ。おそらくは過激派は、散り散りになって逃げていった生き残りを追撃するのは不可能であると判断したのでしょう。そこで、あの里跡に罠を仕掛けていったのです。神殿地下に、これ見よがしに封印を施したのは後になって戻ってきた里の者が、生き残りか遺産を求めてそれにたどり着くようにするため。そしてその封印をといた瞬間、時間差で魔法が発動しここに強制転移させる……そういう罠を』 「な、なんて周到な……」 唖然とするアリサ。 『問題は、この場所が罠の最終段階として用意されている事からも尋常ではないと考えられる事です。一刻も早く脱出し、アースラと連絡を取らなければ』 淡々としたヘルマフロディトスの説明であったが、状況を理解するには十分であった。すずかが念話を試みるが、範囲内にアースラの仲間達の気配はない。ならば、巨人の大魔力に物を言わせてみる他ない、とすずかがトリガーを引こうとするが、それをヘルマフロディトスが差し止めた。 『危険です、巨人召還は避けるべきかと』 「えっ!?」 『私の予想ですが、ここはおそらく物質世界ではなく何らかの結界内だと思われます。もし、そんな場所で虚数空間へのゲートを開こうものなら結界にどういう作用を及ぼすか分かりません。最悪、結界ごと私達が虚数空間へ落ち込む危険性すらあります』 虚数空間とは、全ての魔法を停止させる空間。月の一族の遺産である巨人はその空間でも活動可能だが、すずか達はそうもいかない。 「あぅ……」 「ちょ、それじゃどうするのよ?」 『……その話はまた後にしましょう。周囲に魔力反応を確認。……来ます!』 「っ!?」 ごぅ、と風を切ってすずか達の頭上を何かが掠めた。とっさにアリサを押し倒して地面に伏せたすずかは、見上げた空に黒い影を見る。 機械仕掛けの蝙蝠。 そうとしか表現できない赤錆びた機械の群れが、いつの間にかすずか達を包囲するように空を舞っていた。 どう見ても、友好的な雰囲気ではない。 「な、何あれ?!」 『……おそらく、これがこの空間の仕掛けなのでしょう。捕らえた者を空間に隔離し、後は個別に抹殺する。………黙ってやられる道理はありません。マスター、迎撃を!』 「う、うん」 ヘルマフロディトスを手に、すずかが立ち上がる。が、そこで戸惑ったように彼女は立ちすくんだ。 何かに困ったように立ち尽くすすずかに、苛立ったアリサが声を上げる。 「ちょっと、何ぼぅっとしてるのよ!」 「……アリサちゃんは?」 「え?」 「アリサちゃんはどうするの!?もしここの機械人形がアリサちゃんまで攻撃対象にしてたら、離れる訳には行かないよっ!」 「っ!」 すずかの懸念はそれだった。この結界は本来、月の一族を捕らえる為のもの。元々異分子の混入など想定していないだろうし、ジミーの一件から経験から考えても過激派はそのあたりに関して非常に大雑把な所がある。もし迎撃の為にすずかがここを離れれば、アリサもまた攻撃対象になる事は明白だった。 「で、でもこのままじゃ……っ!」 『マスター、限界迎撃範囲に敵が踏み込んできましたっ!このままだと、迎撃しきれなくなります!』 状況は刻一刻と悪くなっていく。悲鳴のような相棒の警告と、アリサの身の安全を考えて、すずかは……。 何故か、地面にブラッドバレッドを叩き込んだ。どぉん、と爆発と共に盛大に地面に穴が穿たれたのを確認して、きょとんとしているアリサに振り返る。 「……ごめんね。あとで謝るから」 「へ?」 アリサが疑問の声を上げるも、すずかはがっしとその襟首を掴んで猫のように彼女の体をつまみ上げた。そして、それを何のためらいも無く、穴に落として……その上から、どっかりとそこら辺に転がっていた手頃な岩で蓋をする。 ぎゃーぎゃーと岩の下からアリサが声を上げるのを見て、一言。 「……あんまり騒ぐと酸素が無くなるから、静かにまってて」 沈黙。 何かをやり遂げたような表情で改めて戦闘態勢に戻った己の主に、ヘルマフロディトスは魔法回路の奥で小さく呟いた。 『……最近、姉君に似てきましたね、すずか様……』 「何か言った?ヘルマフロディトス」 『いいえ。では参りましょう、マイマスター!』 「うん!いくよ、アリサちゃんには手を出させないんだからっ!!」 すずかは黒い翼を羽ばたかせ、敵の渦巻く空へと駆け出していった。 「……それで、こうなった訳ね」 安らかに寝息を立てるすずかを見つめながら、過去の回想から戻ったアリサは息を吐いた。 「…………すずかが戦う必要はない、か。………酷い皮肉ね」 『アリサ様……』 心配そうなヘルマフロディトスの声。アリサはそんな親友の相棒に向けて力強い笑みを浮かべた。 「……大丈夫。私は、押しつぶされたりしない。絶対に、ここを出てやる。そしたら……すずかともう一度、話あう」 意思の篭った瞳で、暗雲を見上げる。 「見てなさい……過去の誰だか知らない分からず屋。あんたなんかの思惑に、潰されてたまるもんですか」 |