・第二章 Fall down 【デッドエンド】




 すずかと共に隔離結界に閉じ込められて、一時間が経過しようとしていた。

 数度に渡る機械蝙蝠の襲撃をやり過ごして疲労の極みに達したすずかを寝かしつけて、アリサはずっと本隊との連絡手段を模索していた。

「………相変わらず、通信は繋がらない、か。ヘルマフロディトス、そっちはどう?」

 手の中で強化型通信装置をもてあそびながら、ポケットの銃型デバイスに問う。そちらの答えも、同じようなものだった。

『駄目ですね。やはり、通じません』

「……これじゃ、当初の予定の救助待ちも困難、か……」

 アリサは改めて自分達が本当に危ないという事を把握して、一つ欝な溜息を吐いた。

「……いけないいけない。なのは達はずっと前からこんな状況に出くわしてきたんだから、私がこんな所で諦めてちゃ示しがつかないもの」

 アリサ・バニングスとはそういう少女だった。良い意味で、人より常に上にあろうとする彼女の性格はこういう場合には、なのはやフェイト達のどこか自己犠牲にもにた突撃精神よりも必要とされる者である。

 元々からアリサという少女はこのような考えをする少女であったが、ここ最近その考えはより研ぎ澄まされてきていた。

 その理由にはなのはやフェイト、はやてといった親友達が己のあずかり知らぬ所で戦い、傷ついてしまっているかも知れないという恐怖。そして、自分がそれの助けになる事が出来ないという焦り。それら焦燥にもにた感情があったからだ。

 一時期は、それに押しつぶされそうになっていたアリサ。だが、時間が立ち、自分の中で整理が進むにつれアリサの考えは変わった。

 自分に出来ない事を彼女の親友達はしている。なら、自分は自分にしか出来ない事で親友達の助けになろう、と。

 そう思うことで、焦りに歯止めをかけてきたのだ。

 親友が、自分の手の届かない場所に行ってしまった、その時も。

 そして、その親友が戦い傷ついていく、今この時も。

「………ねえ、すずか。どうして、すずかだったのかな。どうして、戦うのが、傷つくのが、私じゃなかったのかな」

 答えが返ってこないのを分かっていて、アリサは呟いた。自分の言い分が我がままであるのも分かっていて。

 すずかが強い少女なのはアリサは知っている。精神的にも、肉体的にも。

 けど、だからこそ、不安は募るのだ。

 すずかの強さは、鍛え上げられた硬い鉄だ。そう簡単に、曲がったり溶けたりはしない。

 けど、砕けてしまったら直せない。

 例え形だけ元どおりに戻しても、傷は残り、また何度でも同じ事を繰り返す。

 そしていつかは磨耗して、もとの形すら取れなくなっていってしまうのだ。

 それが、アリサは恐ろしくてたまらなかった。

「すずか………」

『………アリサ様』

 静かな時が流れていく。

 アリサはすずかの髪をすいてやりながら、このまま何事も無く、全てが終わって欲しいと思った。

 すずかがこれ以上戦う事もなく、なのは達が助けに来て、そして日常に戻れればいいと。

 無理を承知で、本気でそう思った。

 そうすれば、すずかが戦う必要なんてないって、きっとそういう事だから。

 そうして、一緒にすずかが戦う以外の方法を探していけばいいと。すずかがもっと巧く羽ばたく方法が他にあると。

 だが。

「……何の音?」

 アリサは、バタバタバタ、という音を耳にして顔を上げた。

 見渡す限りの地平線に目立つ影はない。だが、遠くから、低く空気を叩くような音が聞こえてくる。

 そしてその音には、彼女は馴染みがあった。魔法という非日常ではなく、友人達と過ごす日常の中で。

「ヘルマフロディトス!!」

『……魔力反応は依然としてありませんが』

「違う!熱源反応を探知して!」

『熱源……?!な、何ですかこれは!?低高度で、何かがこちらに接近中、その数6!』

「すずか、起きて、すずか!!」

「………ん、ん……っ。あ、アリサちゃん、敵っ!?」

「ええ。それも、かなりたちの悪いがね……」

 そして、アリサの呟きに応えるようにそれは地平線に姿を見せた。

 漆黒のボディ。機体左右に張り出した翼にぶら下げた無数のミサイル。機体左右に突き出す大型のターボエンジン。そして、機体を浮かび上がらせる揚力を生む、巨大なローター。

 戦闘ヘリ、正式名称AH−64D アパッチ・ロングボウ。

 魔法ではなく、純然たる科学の申し子が、今すずか達に牙を向こうとしていた。






「……何か分かったのかね、ユーノ・スクライア無限図書司書」

「はい、ある程度は」

 すずか達が消えた後。

 遺跡周辺では、全力でその行方を追って探索が行われていた。

 もちろん物理的に探すのはアースラにまかせ、局員達は術式を探し出しその転送先を割り出そうとしたのだが、発動したトラップが一種の隔離結界であるという事まで分かった所でその探索は難航していた。

 なぜなら、その結界を構成している筈の術式の基部が分からないのである。

 元々、その構造さえ把握していない古代都市。その中に巧妙に張り巡らされた術式を追うという事はとんでもない労力を有する。

 むしろ、僅か一時間もかけずトラップの正体を見抜いた管理局員は優秀な方であろう。

 だが、事態発生から一時間が経過しようとした時、ユーノがある事に気がついたのだ。

「それで、何が分かったのかね?」

「この術式の、魔力供給源です」

「……なんだと?」

「隔離型結界魔法は、それなりに魔力を食います。ましてや、取り込まれたすずかさんは条件次第とはいえ極めて強大な魔力を有する術者です。その彼女が内側から食い破れないとなると、その術式は相当強大なものであるはず。そんなものを、何の設備無しに維持できるはずが無いんです。逆に言えば、その元さえ断てば……」

「結界は力を失い、消滅するという事か。だが、それまで分かっていながら何故私にだけ報告を?」

 不思議そうに首を傾げる隊長。何故ならユーノは、判明したこの事実を人を伝えず、直接隊長に申し出ていたのだ。

「……はい。その供給源というのが、問題なんです」

 そこで一息切って、ユーノはその事実を口にした。



「………供給源は、この都市の動力部です」



「何だと?……いや、それも道理か」

 隊長もすぐにそれを理解した。この都市全体を構成する無機物魔法細胞、その全てをカバーする程の大出力を誇る魔力炉心。それを持ってすれば、たかが一人や二人を隔離する結界の一つや二つ簡単に維持できるだろう。

 そして、この事実をユーノがひた隠しにしていた理由も分かった。

「……魔力炉心を破壊すればこの街は死に絶える。そうなれば、大量の貴重な遺産が失われる、という事か」

「………はい。月の一族の里発掘は管理局の一大プロジェクト。……後の事も考えれば、責任を明白にしておかなければなりません」

「……ユーノ司書。君はまさか」

「………上には僕が通達します。僕が不用意にトラップを発動させ、部隊の皆はただそれを解除しようとしただけだと」

 決意の篭った瞳で隊長を見上げるユーノ。彼は、この街全体を死に絶えさせる責任を、自分一人で背負おうと言っているのだ。

 それに対し、隊長は……。

「………小僧。私を馬鹿にしているのか?」

「え……?」

「いいか、小僧。隊長とは、何の為にあると思う?部下を的確に指導する?上からの命令を伝える?先頭にたって戦う?どれもあっているが真実ではない。いいか。隊長とは、隊員全てに責任を持ち、そしてその力を最大限に引き出す者の事を言うのだ」

 鋭い鷹の目を思わせる眼光がユーノを貫いた。

「そして、月村すずかとアリサ・バニングスは私の部下だ。その部下を救う為なら、私は何だって受け入れよう。それこそが隊長の責任であり、任務なのだ。貴様の如き小童に横取りはさせん!私は、この仕事を愛している!!!」

「隊長………」

「さあ、ぼけっとするな!!すぐにメンバーを選出し、遺跡中枢に殴りこんで炉心を破壊する!高町達にも声をかけておけ!!」

「分かりました!」

 駆け出すユーノをふ、と笑みを浮かべながら見送り、隊長は街に響き渡るほどの大音声で声を上げた。

「者共、仕事の時間だ!!派手に暴れるぞ、これほど年季の入った骨董品を壊せるのは後にも先にも今だけだ!我こそは、と思う不届き者は声をあげろぉお!!」


 その刺客は、成程月村すずかにとって天敵以外の何者でもなかった。

 すずかは本来、巨人召還による圧倒的な力により短期決戦を挑むのが基本的な戦闘スタイルである。

 だがそれが使えなければ、防御・攻撃共に中途半端な魔法しか持ち合わせない平凡な魔導師にすぎない。機動力に関しては劣悪で、しばしばノロマと称される事があるなのはにさえ劣るだろう。

 それに対し、刺客は重厚な装甲と、強烈無比な火力、そしてすずかを上回る程度の機動力。まして対魔法技術に特化したヘルマフロディトスにとっては全く未知の相手であり、本来のインテリジェントデバイスの役目である戦闘の補助もままならない。

 隔離結界は、的確にすずかの弱点を突いてきていた。

「くっ、この………」

 ヘルマフロディトスが吠え立てる。無数の紅い魔弾が吐き出され、しかしそれは眼前に迫った戦闘ヘリのキャノピーに罅を入れるだけに終わった。魔法障壁に関しては爆発的な破壊力を持つ炸裂弾頭も、未知の相手には的確な破壊プログラムを組む事が出来ないのだ。

 お返しといわんばかりに放たれるチェーンガンの掃射が、すずかの張った防御壁を嘗める。対物理防御を重視した防壁は破られる事はなかったものの、防壁ごしに叩きつけられた壮絶な衝撃がすずかの小さな体を容赦なく打ちのめす。

 いくら防御障壁といえど、その反動全てを殺しきれるわけではない。なのはやフェイトといった熟練者なら足元に浮遊結界等の足場を構成してそれを受け流す事が出来るが、すずかにはそれが出来ない。月の一族としての驚異的な身体能力でなんとか受け流しているが、それはすなわち牙が刺さらないだけで死のアギトの膂力をその身で受けている事なのだ。

「うぁ……ぁああ……ああああっ!!」

 叫び声を上げて、すずかは防御壁ごと戦闘ヘリに突撃した。唸りを上げるチェインガンに防壁ごと体当たりをかまし、黙らせる。そのままキャノピーに駆け上がり、零距離でありったけの魔弾を叩き込んだ。

 コクピットに、ぶちまけた様な紅い花が咲いた。

 甲高い音を立てて割れたキャノピーが割れる。残骸を蹴り破ってコクピットに潜り込んだ彼女は、一瞬の躊躇いもなくその座席へと銃を突きつけた。

『Silver Nail』

 展開された魔力刃が、後部座席を貫いてエンジン部分を目茶目茶に引き裂く。

 がくん、とエンジンが停止し、その戦闘ヘリは息絶えた。

 しかし、脳裏に引っ切り無しに鳴り響く警告は止まない。すずかはヘリの絶命を確認する間も無く、コクピットハッチを内側から蹴り飛ばした。

 一瞬もおかずすずかはコクピットから飛び降り、直後他のヘリから放たれたミサイルがさっきまですずかが乗り移っていたヘリを粉々に爆砕した。

 破片と炎の雨を掻い潜り、紫の少女が暗雲の空に舞う。そのドレスの上を、ぱらぱらと小さな鉄の破片が打った。

「これで……三機……っ!」

『マスター、後方から高速熱源!』

「っ!」

 振り返り様、狙いもつけずに乱射。間一髪で、ヘルマフロディトスの弾幕は彼女を追尾していたヘルファイアミサイルの弾頭に突き刺さった。

 食い込んだ魔弾が殺傷設定で自爆し、血液の鉄分を元に燃焼系の魔力爆発を巻き起こして内部の火薬を誘爆する。自壊するミサイル。

 だが、高速で飛来するそのベクトルまでは殺しきれるものではない。爆発したミサイルの、超高熱にして超高速の致死的な暴風が、無数の鉄礫をまとってすずかに襲い掛かった。

 バリアジャケットでも防ぎきれない熱量が彼女を襲い、すずかはあちこちに焼けどを多いながら投げ出された。

 彼女にトドメを刺すべく、三機のヘリがミサイルの照準を無防備な少女に定める。

 一斉に放たれる、無数のミサイル。

 逃げ切れない。すずかは、自身に迫る死を前に確信した。

「……ぁあああっ!!!」

 その視界に、先ほど撃墜されたヘリのテール部分が入った。

 ほとんど条件反射の勢いで、すずかはその破片に手を伸ばすと鷲掴みにする。レースの手袋に包まれた華奢な指が、ありえない膂力で鉄板に食い込む。

 そのまますずかは思い切り体を捻りきって、テールを迫るミサイル目掛けて投擲した。

 高速で飛来する鉄塊に紛れて、ミサイルが数発撃破される。それによってうまれた死角を潜り抜けて、すずかは体勢を立て直した。

 だが無茶な体勢で無茶な事をしたために、すずかの体は悲鳴を上げていた。もう、先ほどのような強引な真似は不可能だ。

 唇を噛むすずか。そんな彼女に、ヘルマフロディトスが小さくつげた。同時に、無数の魔法陣が銃身を一瞬光らせる。

『マスター。準備完了です』

「……わかった!」

 噴煙を突き破って、迫る三機の戦闘ヘリ。再びミサイルを放とうと、無人のコクピットでシーカーの音が小さく響く。

 モニターに移る小さな影を、数種類のサークルが捕捉した。

 ヘリは再びミサイルを……。

『……調子に乗るのも、そこまでです』

「………ブレイク!」

 その途端、抱えていたミサイルがいっせいに自爆した。

 空中に派手な炎の華を咲き乱らせて、残る戦闘ヘリは自らの牙で空に散った。おそらく彼らに意識があったとしても、己が死んだ理由には気がつかなかっただろう。ブラッドバレッドの弾丸が、ミサイルの発射装置に打ち込まれていた事には。

「やった………?」

『胴体反応無し、敵は完全に沈黙しました。……すいません、対抗プログラムの構成が遅れました』

「気にしないで。私が未熟だったから……」

 彼女は全身ボロボロだった。ドレスのようだったバリアジャケットは裾がビリビリに裂けて、紫の髪はところどころ焦げて縮れている。さらに今の戦闘で補充した魔力をかなり使ってしまった為に、背中の魔力翼は今にも消えそうだ。

 よろよろと地表に緩やかに落下する彼女を、駆け寄ったアリサは寸前で抱きとめた。そして、そのぼろぼろの様子を目の当たりにして息を呑む。

「すずか、すずか!?生きてるよね、ねえ、生きてるよねっ!?」

「………うん、なんとか……」

「ああもう、この御馬鹿っ!本当に危ないって思ったら、逃げるっていったじゃない……っ!」

「だって、逃げたらアリサちゃんが危ないよ……」

「少しは自分の身を案じなさいよ、この馬鹿……馬鹿……ばかぁ……」

 アリサは涙を隠そうともせず、ぼろぼろのすずかを強く抱きしめた。

 すずかはアリサに抱きしめられるまま、相棒に声をかけた。

「……ヘルマフロディトス?」

『……大丈夫です。あらゆるセンサーで周囲を探索しましたが、後続はありません』

「そっか……」

「……ねぇ、ヘルマフロディトス?なんで、私達の世界の兵器が……?」

 燃え上がる戦闘ヘリの残骸を目にしながら、呟くアリサ。

 ヘルマフロディトスはしばらく黙り込んだ後に、自分の憶測を述べた。

『おそらく、地上の設備を利用して生産した戦闘兵器を送り込んできたのでしょう。襲撃に間があったのは、マスターの弱点を調べると同時に、あの兵器を作るためだったと思われます』

「そうじゃなくて……!なんで何百年も昔の連中が、現代の、それも私達の世界の兵器を知ってるのよ!?それも戦闘ヘリなんて、物騒な物をっ!!」

『………分かりません。考えられるのは……あの結界が定期的に更新されていた、という可能性しか』

「更新……?」

『……何者かが、今もなおあの罠を管理していたという事です』

「っ!?そんな……っ!」

 愕然とするアリサ。

「………どうしよう、アリサちゃん……?」

「そんなの、とっととこの結界を抜けるに決まってるでしょう?!」

「でも、どうやって?」

「…………っ」

 歯噛みするアリサ。すずかの言うとおりだ。そもそも、脱出手段が分からないからこそ、こうして立ち尽くして……そこをヘリに襲われたのだ。

 逃げ場は、無い。

「くっ………っ」

 奥歯をかみ締める、アリサ。

 今の自分には何も出来ない。それどころか、すずかのお荷物にすらなっている。

 その思いが、アリサを苛む。

 と、ヘルマフロディトスが声を上げた。その声には、どこか、呆れたような、寂しがっているかのような、微妙な雰囲気があった。

『……あの、マスターにアリサ様。……ひょっとして、私が何もせずに襲撃されるまま、だとでもお思いで?』

「………違うの?」

『違いますっ。さっき言ったでしょう、あの戦闘兵器は結界外で作られたものだろうって!』

「それがどうしたの……って、まさか」

「……ひょっとして」

『ええ。あの戦闘ヘリとの戦闘中に、結界の裂け目を観測しました。あそこからなら、外に出れるかあるいはコンタクトが取れる筈です』

 えっへん、とばかりに告げるヘルマフロディトス。しかし、アリサはぷるぷると拳を震わせると、

「そういう事はさっさと言えこのポンコツデバイスッ!!??」

『ちょ、ま、振り回さないでくださいぃ〜〜〜っ!?』




 そして月の一族里、遺跡周辺。

 今まさに、そこでは最後の調整を終え突入部隊がいまかいまかと息を荒くして突撃の時を待っていた。

「ええい、静まらんか」

 隊長が血の上っている隊員に激を飛ばし、担いだ棍棒のようなデバイスをどがん、と地面に突き立てた。

 どういう訳か、遺跡周辺の物理防御A+の建材がその一突きで粉々になっていた。

「静まらん奴はド突き倒すぞ!」

 沈黙。

 葬式のように静まり返ったメンバーを見回して、うんうん、と隊長は頷いた。

 と、そんな隊長に声をかける者がいた。

「……ゲイル教導官。もうちょっと穏やかに出来ないか……?」

「おおぅ、クロノか。出てきて大丈夫なのか?」

「指示は元々リンディ提督が行っている。何より、緊急時だ」

「そうか、まあお前がいると心強い。何せ、あつまった連中は実力はあるんだがちょっと加減を知りそうにないんでな」

「……それは僕が身をもって知っている。ま、生存能力が高いのは保障するよ」

 クロノ・ハラオウンは愛用のS2Uと黒の法衣を展開した戦闘態勢で、肩をすくめて見せた。

 集まったメンバーは十人。高町なのは、フェイト・テスタロッサ、八神はやて、ユーノ・スクライア、アルフに加え、ヴィータ・シグナム・ザフィーラの姿もある。

 さらにこれにゲイル・ゼファード教導官とクロノ・ハラオウン執務官を加えた全員が、遺跡突入部隊だ。

 本来ならいくつかの小隊を作って突入するがセオリーなのだが、遺跡内部ではどうも転送魔法がキャンセルされる事が分かったので、自然とバリア出力と単体戦闘能力が優れた者に限定する事となった結果、このようなメンバー構成になってしまった。

 ちなみに、残される事になった局員は戻ってきたらゲイル教導官曰く「一から鍛えなおしてやる」との事。………局員全員が真っ青になったのは言うまでもない。

「よし!では再度作戦を確認する!」

 ゲイルの声に、全員が頷く。

「我々の目的は、遺跡地下最深部にあると思われる魔力炉心の破壊、そして月村すずか候補生とアリサ・バニングス特別隊員の救助だ!間違っても遺跡の探索や破壊ではない!可能な限り戦闘は避け、一刻も早く炉心を破壊する事に専念せよ!」

 まるで戦に出る直前の武士のような気迫で、ゲイルはどずん、とデバイスを地面に再度突き立てた。

「A隊は私とユーノ・スクライア無限図書司書、高町なのは教導官候補生、フェイト・テスタロッサ執務官候補生、アルフ、B隊はクロノ執務間と八神はやて特別捜査官及びその守護騎士とする!」

「A隊は東ルートを、B隊は西ルートをたどって遺跡中枢に向かう。たとえどちらかが途中で止まっても助けに行く事は許可しない。いいか、どちらかでいい、一刻も早く炉心にたどり着くんだ」

ゲイルに続いてクロノの指示が飛ぶ。なのは達はそろって、管理局風の敬礼を返してそれに答えた。

「よし、では突入する。全員、無事に任務を達成するぞ!」

『了解!!』

 ゲイルとクロノを戦闘に、なのは達は一斉に遺跡内部へと突入していった。



「ねえ、クロノ君」

「なんだ、はやて」

 遺跡内部の階段を駆け下りる最中、はやてはさっきからずっと気になっていた事を切り出した。ちらり、と背後に続く騎士達に視線を向けてから、続ける。

「なんで、私がこっちなん?そりゃ、大分シュベルトクロイツはマシになってきたとはいえ、未完成のままや。シグナム達をつけるのもわかるけど、今回の任務は遺跡突入と炉心破壊や。片方に近接を得意とするメンバーが偏りすぎてないか?2チームに分けたのは、お互いがお互いを囮にする為やろ?」

 はやては自分の握る杖状デバイスに目を落とした。

 はやては、ユニゾンデバイスを駆る魔導騎士である。

 ユニゾンデバイスであるリインフォースUは極めて高性能ではあるが、いまだ不安定。さらに魔導騎士としてのはやての未熟もあり、彼女は己の魔力を完全に制御できない。その問題を解決するべく開発されたストレージ・デバイス、シュベルトクロイツではあったが、それもまたはやての魔力にマッチするまでに多大な苦労を現在進行形で重ねているものだった。

 一月前の事件以降、月の一族の遺産として膨大な知識を蓄えるヘルマフロディトスとメカニックの才能のあるすずかの協力により急激にその完成度を高めたものの(すずかに言わせると、今までのマリー作のシュベルトクロイツは先鋭化しすぎとの事)、いまだ完全とはいえない。

 はやての最もな疑問に、クロノは階段を駆け下りる脚を止めないまま手早く応えた。

「主はやてのいう事も最もだな。何故なのだ、ハラオウン執務官?」

「君達の疑問はもっともだが、はやて、君のレアスキル”蒐集”はこのような非常時にこそ需要が求められるものだ。何がおきるか分からないからな。それで、ベルカ騎士を護衛としてつけた、というのも間違ってはいない。元々彼らは君の為の騎士だ、お互いがお互いを気にするよりも、こうやって一まとめにして不安を省いてやった方が総合的に戦力は高くなる」

「や、それもそうなんやけど。ほら、あっち……フェイトちゃんはともかく、なのはちゃんは接近戦にはむかないやろ?それにユーノ君も、遺跡には詳しいかも知れへんけど攻撃能力は皆無やし」

「………そうか。君は、ゲイル教導官の事を知らないんだったな」

「? 資料には、教導隊員最古株のエリートとしか。あと来年定年退職とかも書いてあったなぁ」

「単なる筋肉馬鹿のおっさんじゃねえの?」

「ヴィ−タ!?口を慎め!」

「………最近の情報部はたるんでるな」

 きょとんとするはやてに、クロノは達観した……どこか悪夢でも思い出すかのような表情で告げた。

「ゲイル教導官は、かれこれ40年もの間戦技教導官を勤めてきた歴戦の勇士であり、教導隊の中でも特に接近戦に特化した人物だ。教導隊は、武装局員に戦闘術を教える部隊。その中で、特化した人物がやっていけるという事がどういう意味か分かるか、はやて?」

「……え?」

「一言で言うと、だ」

 クロノははっきりとある種の畏怖を浮かべて言った。

「あの人は、なのはの進化系みたいなものだ」

 どこかからか、壁が数十枚まとめて粉砕されたような壮絶な音が聞こえてきた。



「はっはっはっはーーっ!!愉快痛快!!」

 叫びながらゲイルは、再度愛用のデバイスを振り上げた。それでもって、進路を阻む扉を一撃の下で粉砕する。無論、魔法等一切使っていない。人間離れした怪力だ。

 その一方で、ゲイルが壁を粉砕するたびに、ユーノはいっそ哀れになるような悲鳴を上げていた。

「ああっ!!古代の英知と技術の結晶がぁあああ……う、うう、が、我慢だ……これもすずかちゃんとアリサちゃんを助けるためぇ……ってあ、ちょ、隊長ちょっと手加減をぉぉおお……」

「……ユ、ユーノ君、気をしっかりっ!?」

「………ねえ、アルフ。隊長、確か破壊は最低限にって言ってなかった?」

「あれがあの隊長の最低限なんじゃない?」

「それにしても凄いね。資料にはAAAランクってあったけど」

「ま、管理局の一大プロジェクトだしね。それぐらいの人物じゃないと隊長は務まんないんじゃない?」

「………遺跡発掘には向いてない人だと思うけど」

「いなかったんじゃない、人材が?」

「フェイトちゃん、アルフさん、現実逃避はやめよーよ……」

 げんなりした表情で、ユーノを支えながら続く一同。

 がんがん遺跡が粉砕される音とユーノの悲鳴を聞きながら、なのはは消息の知れない友人達に思いを馳せた。

「アリサちゃん、すずかちゃん……どうか、無事でいて」

 なおも続く破壊音を聞いて、なのははげんなりしながらついでにこう付け加えた。

「……出来れば、自力で脱出してて……。隊長さんが辿り着く前に……」




「………あれ?」

「どうかした、すずか?」

「あ、うん……。やっぱり何でもないよ?」

「?や、やっぱまだ大丈夫じゃないんじゃないの……主に頭」

「アリサちゃん、いくらなんでも怒るよ」

「冗談よ」

 などと会話しながら、すずかは少しだけ飛行速度を上げた。

 現在少女二人と一機は、ヘルマフロディトスが観測した結界の裂け目に向かっていた。

 魔力の節約を考えると歩くのが一番なのだが、次の襲撃がいつ起こるかわからない以上急ぐに越した事はなく、すずかはアリサを背中に抱えて魔力消費度外視で高速飛行を行っていた。

「しかし遅い遅い言ってたけどそれなりに早いじゃないの」

「それはそうだけど、自転車だって、長い長い坂を駆け下りれば速度出るよね?私の場合、加速能力と旋回速度が壊滅的に遅いの」

「…最高速度は低くないって事ね」

「うん、そうなんだけど……ねえ、ヘルマフロディトス。敵の反応は無いの?」

『依然としてありません。ですが、魔法を用いたガーディアン程度ならハッキングして無力化できますし、アリサ様の話を聞く限り結界の消去プログラムが取る手段はあの戦闘ヘリとやらの大量生産ぐらいでしょう。そうなったらなったで、私も先ほどの戦闘で対処プログラムを編みましたから大丈夫です。戦車とやらは飛べないようですし、戦闘機とやらも広さのはっきりしない隔離結界で運用したりは出来ないでしょう』

「はー……流石ねぇ」

「うん。正直、私達がこれまで生き延びてるのはほとんどヘルマフロディトスのおかげだもの」

「……ちょっとボケてるけどね」

『アリサ様!?』

「うふふふ……もう、アリサちゃんったら」

 ドグンッ

「……っ」

 突然、がくんとすずかが体勢を崩す。高度が落ち、アリサを支える手が緩む。

 慌ててその背中につかまりなおすアリサ。と、そこで彼女は、すずかが荒い息を吐いている事に気がついた。

「す、すずか!?まさか私、重かった!?」

「う、ううん、大丈夫だから」

 言葉の通り、すずかはすぐに高度を取り戻した。だが、その顔色はあまり冴えない。そんなに私重いのかしら、とぼんやりしていたアリサは、羽ばたいている魔力翼が心無し小さくなっているのを目にした。

「すずか、ひょっとして……魔力が足りてない?」

「だ、大丈夫だよ…」

 すずかはそう言うが、実際の所すずかの魔力は大分枯渇した状態にあった。アパッチとの戦闘後、アリサから血液カプセルを受け取って補給してはいた。だが、その後の亀裂までの全力飛行は、想像以上に魔力を消耗していたのだ。

 飛行魔法は比較的簡単な部類に入り、消費魔力はあまり多い方ではない。だが、それでも速度を人間の限界以上に出せばその分、風圧や冷気から身を守る為の結界をより強く維持する必要があり、段々と消費魔力は倍増していく。ましてや、自分以外の人間を背負って、その人間に負担をかけないようにしていればなおさらの事だ。

 さらにすずかは、魔力回復が自力で行えない体質。通常なら気にならない程度の微々たる消耗も、長時間に及べば馬鹿にならないものとなる。

「全然大丈夫そうに見えないわよ!?やっぱりカプセル一つじゃ足りなかったの……!?」

 慌てて懐からピルケースを取り出すアリサ。だが、すずかはあくまでそれを押しとめた。

「大丈夫、だから。それは、いいよ」

「え………?」


 ダッテ、欲シイノハ


「……っ!ぅ、ぅあ……あっ!」

「す、すずかっ!?」

 尋常でないすずかの様子に、アリサはようやく気がついた。

 意地を張っているとか、そういう様子ではない。すずかは自分の体を両手で押さえつけるように抱きしめて、荒い息を繰り返していた。

 バリアジャケット着装時はただでさえ紅い瞳が、ぎらぎらと血の色に滾っている。


 熱クテ、甘イ


「……ご、めんね……。ちょっと、無、理した、かも……」

『………マスター!?』

 ヘルマフロディトスが声を上げるが、遅かった。

 ぐらり、と今度こそ致命的にすずかが体勢を崩した。もはや揚力を保てず、すずかとアリサは勢いを失った紙飛行機のように地面に墜落する。

 あの速度で飛んでいたのだから衝撃は大きいと思われたのだが、しかし実際に襲ってきた衝撃の小ささにアリサは目を見張った。

 いつの間にか速度は落ちきっていたのだろう。衝撃はまるで、ベッドに奔って飛び込んだ時より大きい程度しかなかった。

「すずか、すずか、しっかりしなさい!?」

 慌てて、地面にうつ伏せに倒れたままの親友に手を伸ばす。それを、ヘルマフロディトスの甲高い声がさえぎった。

『いけない!!離れて、アリサ様!』

「っ!?」

 言い返す間もなかった。アリサの伸ばした手をすずかが掴んだと思った瞬間、天地が逆転した。

 乱暴に地面に叩きつけられたアリサの上にすずかが素早く馬乗りになった。衝撃で呼吸できずにうめいていたアリサは見上げた瞳に、背筋を凍らせた。

 アリサを覗き込むすずかの瞳。

 そこには、いつもの優しい輝きは無かった。真っ赤に染まった瞳に理性の色はなく、まるで獲物の喉笛を今から噛み裂こうとする獣のような、凶暴なまでの飢えたぎらつき。

 がっ、とすずかがアリサの首元に噛み付いた。

 鋭く尖った犬歯が、柔らかい少女の肌に突き立つ。ぷつり、と血管の裂ける音が小さくして、どくどくと紅い血が傷口からあふれ出した。

 アリサが喘ぐような悲鳴を漏らす。

 すずかは無心で、あふれ出す血を音を立てて飲み干す。まるでもっともっととせがむように、アリサの首筋に抱きついて、血をすすり上げる。

 びぐり、と少女の腕が痙攣した。

『駄目、これ以上はっ!』

 どばん、とすずかとアリサの間で破裂する小さな魔力。それはアリサに傷を与える事なくすずかだけを吹き飛ばした。

 すずかは受身も取れず、ごろごろとしばらく地面を人形のように転がって、止まった。

 アリサは、ぴくりとも動かない。

 やがて、先に身を起こしたのはすずかだった。まるで夢遊病者のようなぼんやりとした瞳で、よろよろと立ち上がる。その目には、もはや先ほどの狂気の色はない。

 その彷徨っていた視線が、倒れて動かないアリサを捉えた途端……ぎゅ、と絞り上げられた。

「……え?」

 数瞬前の恐慌が、すずかの脳裏をかすめた。

 肉を引き裂き血をすする、あの感触。渇いた喉を潤した、甘い血の味。

「………アリサ、ちゃん?」

 掠れた様な声を吐息のように漏らして、アリサに歩み寄るすずか。震える手で、ぐったりとしたその体を抱き上げる。

 それでも、アリサは応えない。焦点の合わない瞳を彷徨わせたまま、動かない。

「アリサちゃん、アリサちゃん?」

 応えない。

「……アリサちゃん、アリサちゃんアリサちゃん」

 応えない。

「アリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃん!!」

 応えない。

「アリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんアリサ、げほっ、アリサちゃんアリサちゃんアリ、ぉぇ、げほ、あ゛リザ、ちゃんアリサぢゃんアリ、げほっごっ、おっ、アリ、サ……げほごほっ」

 かける声はもうほとんど声になっていなかった。

 激しく咳き込み、激しく戻す。自分自身が吐いた胃の中身を見て、すずかは自分の喉を絞め殺さんばかりに締め上げた。


 赤イ赤イ、アリサノ血。


「い……嫌ぁぁぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!!!!!」

 少女の絶叫が、荒野に響き渡る。魂を引き裂く音のような、耳を劈く悲鳴。


 オ願イ


 ダレカ、私ヲ、


 ――――――――■シテ



 トン

「………ぁ?」  

 ごふ、と異音を立てて、すずかの叫びが掻き消える。

 違和感に呆然と胸元を見下ろした彼女は、自分の胸元を赤い、紅い何かが貫いているのを目にした。

 ずるり、と刃が抜ける。

 痛みは無かった。ただ、猛烈な虚脱感に襲われて、すずかは自らの作った血の池に沈んだ。

 かつん、かつん、と、何かが音を立てて近づいてくる。

「……やっぱり、こうなるんだね」

 まだ幼い、少女の声。

「でも、最後の望みがこれというなら、まだ救いもあったのかな?」

 波打つ紫の髪。透き通った、薄紫の眼。

「あ、ぐ……」

 その姿を目にしたすずかが、目を見開く。ひゅぅひゅぅと吐息をこぼす彼女の顎に手をやって、その少女はにっこりと微笑んだ。

 右手には、金の魔剣を携えて。黒のタキシードに身を包み。

「こんにちわ。そしてさようなら、……私」


 ………もう一人の月村すずかが、そこにいた。





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