第六章 Silver Key 【夢幻の扉】


「うく………」

 アリサは呻いて、赤茶けた大地に膝をついた。

 もう何度目になるだろう、何度も何度も地面に擦り付けたズボンの裾は赤く汚れていて、艶やかな髪も埃にまみれている。

「………あーもぅ……やになっちゃうわよ……全く」

 文句を言いながらも、アリサはしばらく蹲って息を整えてから、力なく膝を起こした。再び、よろよろと歩き始める。

 目的地は、ない。ただ、アリサ自身も良く分からないままに、ただすずかを求めて歩き続けるだけ。しかしそれもそろそろ限界に達しようとしていた。

 みわたす限りの、紅い地平。何一つ目指すべきものは見えないのに、ただただ歩き続ける。

 体力も、精神も、すでに底をつきかけている。今のアリサを支えているのは、純然たる信念、ただそれだけだ。どこかで苦しんでいるすずかに会う、ただそれだけがアリサを歩かせているのだ。

「全く……もぅ……。今さら、引き返そうにも……出てきた建物、見えないしさ……」

 はは、と力なく笑う。

 と、その脚がついに縺れた。右足が左足に絡まり、そのまま地面に乱暴に叩きつけられる。

 手足を投げ出してうつ伏せに倒れたアリサは、そのまま動かない。

 やがて数分にも上る沈黙が流れてから、アリサはようやく顔を上げた。だが、もう立つ気力も体力も残されていない。

 マラソン等、長時間走り続けた者が急に立ち止まると、かえって体力を消耗するという話がある。今のアリサは、それに似た状態だった。

 立ち上がろうと何度も腕を立てるものの、その度に空しく、肘は折れて地に伏せる。

「あー……もぉ……冗談じゃないっての……立ちなさいよ、私……」

 悔しそうに、苦しそうに呟く。

 と。

 アリサはそこで、自分に向かってかかる影に気が付いた。

「…………?」

 力なく顔を上げる。

 そこに。

 真っ黒な人影が立っていた。

「………誰?」

 真っ黒な格好をしているのと、アリサから見て逆光になっているのでその詳細は分からない。背丈はかなり高いようで、まるで旅装束のような衣服の輪郭がぼんやりと見えるだけ。

 ただ、四角い縁の眼鏡をかけているのと、その異形な右腕だけがはっきりと分かった。

 そう、まるで悪魔の鉤爪のような、鋭く長く伸びた爪を備えた右腕が。

「………何よ、まだ私の命は上げないわよ……。とっとと帰りなさい……」

「残念ながら、私は悪魔ではない」

 低い男の声だった。

 男は、苦笑するように低く笑うと左手をアリサに伸ばした。ごつごつと節くれだってはいるが、いたって普通の人間の指がアリサの髪を優しくすく。

「この状況でそういい切るのは大したものだ……随分と肝が据わっている。そういう子供は、嫌いではない」

「……だから何なのよ、アンタ」

「そうだな………君の願いを叶えにきた魔法使い、とでも言っておこうか。代償はいらんぞ」

 その言葉に、アリサが怪しそうに目を細める。

 それに対し、男はやはりまた、苦笑したようだった。

「……随分と信用がないな。それもまあ、当然だろうが。聡明な娘だ」

「……胡散臭いのよ、アンタ。ま、話だけは聞いてあげるわ」

「これはこれは。だが、君にとっても悪い話ではないはずだ。……友達に、会いたいのだろう?」

 その言葉に、アリサが目を見開く。

 男はしゃがみ込んで、アリサの頭に右手を置いた。全てを切り裂くような鋭い爪は、しかしアリサの髪一つにすら傷をつけない。

「何故それを、という顔だな?まあ、気にする事はない。私はちょっと……お節介なだけさ」

「アンタ、一体……」

 アリサのその質問には答えず、男は右腕に力を込めた。右の手の甲に魔法陣が浮かび上がったかと思うと、アリサの全身が紫の魔力に包まれる。

「何を……」

「行くがいい、友の下へ。それが、君の運命なのだろう?」

「ちょ、ちょっとあんた一体な……っ!?」

 最後まで言う事も出来ず、視界の全てが白い光に包まれていく。その光の中で、最後にもう一度、アリサは男を見て……そこで意識は途絶えた。




「行ったか……」

 紅い荒野に一人残された男は、暗雲を見上げながらずれた眼鏡を左手でなおした。

 そして、先を見上げる。

 暗雲に覆われた、荒廃した世界。……それに混じる、微かな違和感。

 小さく紫電が、”世界そのもの”に走り抜けているのを、男はレンズ越しに見咎めた。

「……ふん。終焉か。……この身があれを見る事が出来たのなら、良いのだが」

 つまらなさそうに呟くが、聞く者が聞けば分かるだろう。

 男は、口惜しそうにいいながらも何も思ってはいない。残された感情の残滓が、そうあろうとしているかのような、不自然な形の焦燥。

 歪な、感情の真似事といえばいいのか。悪く言えば男は……空っぽだった。

「……来たか」

 ざり、とその背後に、立つ影があった。

 立つ影は三つ。いずれも、黒く淀んだ色彩のマントを身に纏い、仮面でその相貌を隠しこんだ異形の人影。マントの下から浮き上がって見えるのは、まるで鎧の様にゴツゴツと盛り上がったシルエット。

 見る者が見れば言うだろう。それを、騎士甲冑と。

 ズラリ、と三騎士が抜刀する。歪んだ輝きを照らす刃に、しかし男はつまらなそうに一瞥を向けただけだ。

「粛清者か。かぎつけるのは早かったが、遅かったな」

「引け。我らはこの先に用がある」

 三人のうち、リーダーらしき影が一歩踏み出す。その手には、獣の鉤爪を広げたような、三刃一本の片手剣。

 それに対して、男は無手のまま、その行く手を遮るように脚を肩幅に開いた。

「……まだ君達を通す訳にはいかないのでな」

 そこで、初めて男の顔に心の底から浮かび上がった感情が刻まれる。それは……。

 憐憫。

 黒い右手をガチガチと鳴らしながら、男は騎士達へと向き直った。

「観測者は無知であり全知でなければならない。そうでないと定められたものをそうあるべきという価値観を持って臨めば、それは矛盾を孕む」

「………愚かな」

「ふん。別に、俺は言われるまま動くだけだ」

 今はまだ、分からぬ言葉を残して。

「……全ては、あるがままに」

 二つの意思が、ぶつかり合う。それは、誰も知らない、彼岸での事。 





「ファイエル!!」

 颯爽と構えたすずかの両手の銃が、一斉に光を放った。幾つもの蒼い光の筋が、スズカ目掛けて降り注ぐ。

 ブラッドバレットとは違う、実体弾を伴わない純魔力攻撃。半実体であり、着弾時爆発の効果を持つブラッドバレッドと比べれば、そう大した威力ではない……誰もがそう思うだろう。

 射線の先で、スズカは軽いステップを踏んで、射線を掻い潜る。だが、全てを避けきれるはずがない。数発を抜けた自分の眼前に飛んで来た一撃の前に、剣を突き出して防ごうとする。

 ガキン、と音を立てて、展開されていた紅い魔力の刀身が削りおとされた。

「なっ……?!」

 驚愕の声を上げながらも、スズカは姿勢を低くして銃撃を掻い潜った。そのまま、剣の切っ先を引きずりながら一足飛びで彼我の距離を飛び越え、逆袈裟に切り上げる。

 驚異的な反射速度で剣の間合いから離れていたすずかだったが、その両手に握られた銃がズル、と半ばでずれる。だがそれに気を取られる暇もなく、再びすり足で間合いをつめてくる金の剣士。

「まだっ!」

「くっ!?」

 だが、すずかは切断された銃にかまう事なくそれをスズカめがけて投げつけた。軽く人を殺せる勢いのそれをスズカが剣で払う隙を目掛けて、後方で待機していたヘルマフロディトスが独自で術式を展開。アクセルシューターにも似た魔力弾が、弧を描いてスズカ目掛けて降り注ぐ。

 それをスズカが魔力防御壁を展開して防ぐが、すずかはその隙にヘルマフロディトスを掴んで空へと飛び上がる

「この、ちょこまかとっ……」

「ブレイクッ!!」

 直後、切り払われた銃の残骸が爆発。物質に変換されていた大量の魔力が一斉に還元され、膨張、炸裂する。

 スズカが咄嗟に張り巡らせた防御壁を、青白い魔力の爆発が飲み込んでいく。

 召還した武具を、魔力に還元しての爆撃攻撃。だが、これで倒せるとは思っていない。これはあくまで次の手のための布石にすぎない。

「ミラージュハイド」

 脳裏に焼き付けられた記述を元に、見よう見まねで魔法を展開。それと同時に手元のヘルマフロディトスが、風景に溶け込むように姿を消す。ミラージュハイド、一種の光学迷彩魔法だ。

 さらに、続けて魔法を展開。ほろほろとすずかの体から魔力の燐光が零れ落ちて、次々と鉄くずに変わる。それが集って、まがりなりに形を取ったかと思うと、光と共に姿を変えた。

 ヘルマフロディトスにそっくりな、ダミーの姿。

「……ひっかかって、くれるかな?」

 すずかが右手を伸ばす。その腕先に大きな魔法陣が生じ、さらにそれより小さい魔法陣がいくつも生まれ、それらは繋がって筒のような形状になる。

 その筒の中にすずかが指を差し入れると、魔法陣同士を繋ぐように光のラインが奔り……一瞬の後に、実体を持った巨大な砲身として結実していた。

 腕と一体化したそれを軽々と振り回し、肩に担ぐ。その照準の先、膨れ上がった青白い光からはじき出されるように飛び出してくるスズカの姿が。

 すずかを見上げた彼女の瞳が、驚愕に見開いた。

「なっ……?!」

「いくよ……」

『Dora cannon』

 砲身の先に、三重に魔法陣が浮かぶ。六華のそれは、まるで狙いを合わせるかのように独自にゆるゆると回転していた。

 ぎちり、と魔法陣が止まる。

 一枚目の魔法陣、その六華の花弁が中央に向けて折りたたまれた。まるで蕾のように閉じたその切っ先が、スズカに向けられる。

「……穿って!」

「っ!?」

 言葉と同時に、ありったけの魔力をドーラカノンに注ぎ込む。確かな手ごたえと共に、蕾の中に膨れ上がる、蒼い魔力のスフィア。解き放たれたそれは、放射状の輝きとなって迸ったかと思うと、その中にスズカを飲み込んだ。

『Zephyr Breath』

 否。

「甘くみないでっ!」

「っ!」

 蒼い残像が、すずかの背後に浮かび上がる。咄嗟に後ろ手に繰り出されたヘルマフロディトスの銀の装甲に、紅い刃が振り下ろされた。

 刀身に展開されている魔力と、ヘルマフロディトスの展開した魔法陣が鍔迫り合い、魔力の残滓を散らす。

 散る光に照らされて、お互いの瞳を覗き込む両者。

 だがそれは一瞬の事。両者はお互いの得物を弾きあって、大きく距離をとった。

 すずかは構えた巨大な砲を魔力に還元し、スズカは懐からカートリッジを取り出すと手早くデバイスに装填する。

「いくよっ!!」

「消えろっ!!」

 全く同時に、魔法を発動。

 すずかはヘルマフロディトスに跨るように乗りかかり、右手を大きく突き出す。指先から魔法陣が広がり、六華の格頂点にリボルバーからグリップを取り払ったような形状の、大きさはドッジボールほどもある攻撃端末が生成される。

 かたやスズカの周囲には、彼女を囲むように発生した小さな魔法環から伸びる蒼い光刃。スズカを雌しべに刃が大輪の如く花開いたように、刃が咲き乱れる。

「……撃ち落して!」

「……切り刻んで!」

 放たれる魔弾。飛翔する魔刃。

 対空砲のように撃ち放たれる魔弾の雨を掻い潜って、スズカが刃を引き連れて迫り来る。周囲に展開された刃は、彼女の剣の動きと連動した動きを見せて、的確に危険弾だけを切り落として無効化する。

 と、刃を操っていたスズカがちいさく微笑んだ。

「……ふふ」

 ふと刃が迎撃をやめる。スズカのバリアジャケットに次々と魔弾が着弾するが、それは表面で次々と弾かれた。

「威力は見掛け倒し……弾幕の密度も浅い。それでは私には届かないよ!」

「…………そうだね」

 急な加速を見せて、スズカが至近距離まで飛び込んだ。ずらり、と魔力刃が狙いを定める。

 死角である中央に飛び込まれているため、砲撃陣は迎撃できない。

「串刺しになれっ!」

『Shrike Beak』

 スペルを合図に、独立していた魔力刃が一斉に矢のように解き放たれた。

 加速する刃がすずかに突き立つ、と思われた瞬間、その切っ先は展開されていた砲撃陣に阻まれた。スズカが目を見開き、かかったとばかりにすずかが舌を嘗めた。

「攻防一体の魔法陣!?いや違う、攻撃はフェイクッ!?」

「そういう事っ!今っ!」

『イエス、マイマスター』

 冷静なヘルマフロディトスの声。それが聞こえてきたのは、すずかの元からではない。振り返ったスズカの背後には、空間から遮蔽を解除して浮き上がるヘルマフロディトスの姿。それと同時に、手元のヘルマフロディトスのダミーがぼろぼろと崩れ落ちる。

 スズカが、悲鳴のような声を上げた。

「まさか、あの時にもう!?」

 返答は、ヘルマフロディトスの放つ魔力反応。本体から展開されている小さな三枚のフィンが独自に動き、自らを基点に魔法陣を築き上げた。収束した魔力が、唸りを上げる。

『Photon Bullet』

 着弾、そして爆発。

 防壁越しに伝わってくる衝撃に、すずかは逆らわず勢いに任せて後退した。その手に、本物のヘルマフロディトスが戻る。

「やった……?」

『分かりません。警戒を』

 もうもうと立ち込める爆煙。それが段々と晴れていく。

 ゆっくりと消えていくその煙の中に、光り輝く筋。

 まるで身を守るかのように、六本の魔力刃を体の周囲に纏わせたスズカが、軽く息を乱しながらもしっかりと顕在していた。

「……駄目、か」

「……狙いは悪くなかったと思う。けど、出力が少し足りなかったね」

 じゃらり、と魔力刃を再び展開しながら、スズカ。

 着弾の瞬間、スズカは魔力刃を盾にする事で自らの身を守っていた。だが完全には防ぎきれなかったようで、バリアジャケットの所々が焦げ付いている。

「……」

 スズカは無言で、傍らの魔力刃に手を伸ばした。

 力なく明滅する光刃。たおやかな細腕がそれを握り締めると、氷のように握り砕いた。

 すぐさま新しい魔力刃が構成されるが、スズカはそれに目を留めず、すずかへと目を向けた。

 暗く、淀んだ眼差し。

「もう、いい」

 ゆらり、と魔力刃がうごめき、失われた刃がすぐさま復元される。

「もう、どうでもいい。貴女が本物とか私が理想とか、どうでもいい」

 六つと一つの刃、その切っ先が、再びすずかへと向けられる。

「貴女を消して……私が本物の月村すずかになる。それで、全部綺麗に終わるんだからっ」

「だから……そんなのが、間違ってるって言うのっ!」

 風を切り裂いて踊りかかるスズカ。その刃が、傘のように開いて四方からすずかを狙う。

「っ!」

 すずかが手を振ると、それにあわせて虚空に金属の塊がいくつか精製される。地球で言うミサイルに似た形状のそれは、後部から魔力を噴出しながら一斉にスズカを迎え撃った。

 すぐさま振るわれる魔力刃が誘導弾を刺し貫くが、誘導弾は消えない。それどころか、誘導弾を刺し貫いた魔力刃は逆にその動きを封じられる。それに気が付いたスズカはとっさに続けて迎撃しようとしていた刃を引き、剣の峰で誘導弾を弾く。

「武器を封じる気!?」

 その隙をついて既にすずかはその懐へと飛び込んできていた。

 さらにヘルマフロディトスのコアが輝き、すずかの魔力を吸い上げて一振りの剣がその手に現れる。

 振り下ろされる剣を、残った金の剣をふるってスズカが迎え撃つ。

 だが、格闘戦での技量そのものはスズカの方が上だ。数度の打ち合いの末、すずかの剣が弾かれ、上方に跳ね上がった。それを逃さず紅い刃が振るわれ、すずかの首を狙う。あわや刃が届く……その前に、ヘルマフロディトスの軸が割り込んで刃を差し止めた。

 逆に、今度はすずかの剣が無防備なスズカの肩口目掛けて振り下ろされる。そこへ、遊撃弾を掻い潜って飛び込んできた魔力刃が剣を受け止めた。

 その瞬間、接触面で火花が上がった。良く見れば、剣の刃の部分は無数のエッジで構成されており、それが高速で回転している……チェーンソーだ。回転する刃にじわじわと、魔力刃が削られていく。

「私は……貴女に勝つっ!」

「それは私っ!」

 二人のすずかが叫び、お互いに手に握った得物に残った魔力を注ぎ込んだ。カートリッジを使う暇は、お互いにない。

 だが、スズカが両手で剣を押し込んでいるのに対し、すずかは片手。そのせいか、じわじわとヘルマフロディトスが、押さえ込まれていく。

「ぐ……っ!」

「このまま……引き裂けっ!!」

『マスター、もっと力を!このままでは、押し切られます!!』

 ぎりぎりと、紅い刃がすずかに迫る。

 今にも押し切られようとした、その瞬間。





「すずかっ!!頑張れぇっ!!」





 声が、した。

「え………?」

 呆然と、しかしヘルマフロディトスを握る力を緩めぬまま、すずかは下を見下ろした。

 その視線の先に。

 ボロボロになりながらも佇む、アリサの、姿。

 その目は、しっかりと、すずかを捉えていて。

 同じ顔で。彼女の知らない筈の姿のはずなのに。けれど、しっかりとアリサはすずかを見つめて。

「……負けるなぁああっ!!」

「………ぁ、ぁぁぁああああああああああああああっ!!」

 力が、溢れる。

 この体のどこに隠れていたのか、そう思えるほどの力が、思いが、溢れ出す。

 ヘルマフロディトスから魔力が迸り、金の剣が砕かれる。愕然と目を見張るスズカに向けて、両手で剣を握り、一気に切り込んだ。

 ガリガリと、魔力刃が急激に磨耗していく。そして。

「そんな……っ!?」

「あああああああああああああああああっ!!」

 斬、と。

 魔力刃を纏めて砕き切って。

 すずかの剣が、スズカを袈裟懸けに引き裂いた。

「あ、う、そ……?」

 ぐらり、とスズカの体が傾ぐ。黒い翼が力を失い、傷口から白い光を散らしながら、赤い大地へと堕ちていく。

「アリサちゃんっ!」

 だがすずかはそれに目を向けない。気を止めない。

 手にした剣すら投げ出して、真っ直ぐに向かうのは友の場所。

 アリサは笑顔を浮かべて、両手を伸ばして飛び込んでくる彼女を受け止めた。

「すずか……」

「アリサちゃん、アリサちゃんアリサちゃんアリサちゃんっ!」

 アリサの腕の中で泣きじゃくる、すずか。アリサはちょっとだけ苦笑を浮かべて、すずかの頭を優しくかき抱いた。紫の髪に顔を埋めて、体全体でしっかりと抱きしめる。

「……全くもう、心配させて」

「ひっく……えぐ、うぅっ……ごめん、ごめんねアリサちゃん……私、私……ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい……」

「あーもう、こら、いい加減泣き止みなさい。まだ、やる事あるでしょう?」

 顔を上げたすずかの眦に流れる涙を、優しくふき取ってやる。

 揺れる蒼い瞳に、アリサは優しく微笑んだ。

「……ぅ、うん」

「はい、分かったらとっととしゃきっとする!あっちでなんか転がってるユーノ拾って、とっととズラかるわよ!」

「あ、う、うん。……あの、アリサちゃん」

「何よ?」

「……その、聞かないの?それに……」

 何を、とは言わない。分かりきった事を言うほど、すずかは馬鹿ではないし、それを組めないアリサでもない。

 今しがた、すずかが切り裂いたもう一人のすずかのこと。ぼろぼろのユーノの事。そして何より、アリサを襲ったすずか自身の事。

 それに、ここにいる、アリサ自身のこと。

 けど、アリサは豪快に微笑んで。

「んな事は後!」

 颯爽と、言い切った。

 すずかは一瞬きょとんとしてから、くすり、と笑みを浮かべた。

「そうだね。細かい事はまた後で、ゆっくり話そうね」

「そーいう事。じゃ、とっとと行くわよ」

「……えと、アリサちゃん、ユーノ君の事、お願いできるかな。私、まだ手が離せないや」

「え?」

 そこでアリサは、すずかが自分を通して別の方向を見ている事に気が付いた。

 はっとして振り返ると、その先。

 ……紅い大地に幽鬼のように佇む、黒い影。

「あれって………」

「……まだ、消えてないみたい。アリサちゃん、離れてて」

 言って、すずかは再び空へと飛び上がった。



「……もう、アリサちゃんは貴女の元には戻らない!いい加減、戦いをやめて!」

 両手を広げて言い放つすずか。それに帰って来たのは、血を吐くような叫びだった。

「うるさい、うるさいうるさいうるさいぃぃいいっ!!」

 まるでロケットのように、紅い大地を爆発で割り砕いて飛び上がるスズカ。その目は、病的な赤にギラギラと輝いていた。

「もうやめてっ!」

「うるさい、黙って!!貴女なんかに、貴女なんかにぃぃいいっ!」

 壊れかけた金の剣を振るって、魔力刃を再び顕現させるスズカ。だが、彼女の周囲に現れた魔力刃はたったの三つ。込められた魔力量もそれほど多くはない。それでも、スズカは感情をむき出しにしてすずかに襲い掛かった。

 冷静に、それを迎撃するすずか。踊りかかる魔力刃に対して、ヘルマフロディトスのフィンを飛ばして押さえ込み、朽ちた金の剣をヘルマフロディトスそのもので受け止める。

 だが、先ほどと違い押されたのはすずかの方だった。

「どうして、どうして……!私だって貴女なのに、貴女ばかりが……っ!」

「……っ!」

 そしてすずかは見た。スズカの眦に浮かぶ、一筋の涙を。

「どうしてなの……答えてよ、私っ!」

「ごめんなさい……私はその問いには、答えられない……」

「答えてっ!!」

 ガキン、と音をたててすずかの体が吹き飛ばされる。それを追って、スズカは剣を振りかざした。剣から刀身だけが切り離され、すずか目掛けて射出される。

 フィンは魔力刃の迎撃に出払っている。とっさの判断ですずかは左手で刀身を弾き、腕を振るった勢いのままヘルマフロディトスを前に突き出した。そこへぶつかってくる、スズカ。剣からは、既に新しい刀身が生成されている。

「答えられないよっ!」

「どうしてっ!」

 一際強い、太刀筋。銀の鍵に、亀裂が走った。

「だって、その答えはっ!貴女が出さないと、意味がないじゃないっ!貴女は貴女で、私は私でしょう、今は!?」

「私、が?」

 一瞬、剣が緩む。

 けど、それは本当に一瞬の事で。

「だから……だから何だって言うのっ!!」







「ひゃっ……」

 ぴちゃり、とアリサの頬を何かが濡らした。

 恐る恐る手をやったアリサは、伸ばした手が赤く濡れているのを目にして目を見張った。

「すずか……」

 ぎゅ、と拳を握り締めて、空を見上げる。

 頭上では、激しくその立ち居地を入れ替えながらぶつかり合う二人の少女。煌く魔力刃と魔力弾がぶつかり合って、閃光の火花を上げる。

「………大丈夫、大丈夫だから。すずかは、負けたりなんかしない……」

 自分に言い聞かせるように呟いて、顔を下げる。

 膝元には、気を失って眠っているユーノ。ぼろぼろの彼の髪を軽くすいてやりながら、もう一度小さく呟く。

「大丈夫……だよね。すずかは……強いんだから」

 そしてもう一度、二人を見上げて。

「え……?」

 アリサは、気が付いた。

 気が付いて……しまった。





 暗雲の空に輝く、白い闇。

 淀んだ空を蝕み、喰らい、膨張を続ける光り輝く、その邪悪に。





「すずか、逃げてぇぇえええええええっ!!」

「え?」

「……?」

 アリサの絶叫に、動きを止める二人。

 そして同時に、二人も気が付いた。

 戦う自分達の頭上、放つ光を飲み込んで在る、白い闇。

 気が付いたときには夜空の星の一粒程度でしかなかったそれは、瞬く間に膨張して太陽のように膨れ上がっていた。

 ぞくり、と本能的な恐怖が背筋に走る。

 あれに呑まれたら……戻って、来れない。

『マスター、離脱をっ』

「くっ……!」

 慌ててヘルマフロディトスに跨り、距離をとろうとする。だがそれよりも早く、視界一杯に膨れ上がった白い壁が迫ってくる。逃げられない。

「呑まれる………っ!」

 すずかが、覚悟したその瞬間。



 とん、と。その体を押す腕。



 呆然と、すずかはその手の主を見あげた。

「何で……っ!?」

「……」

 彼女は答えない。代わりに、何事かを小さく呟いた。

 ただ、突き飛ばされた勢いですずかは光から遠ざかり。

 そして。

「…………………」

 ぼぅ、と跨ったヘルマフロディトスから魔力のフレアが噴き出す。そのまま高速飛行に入ったすずかは地表すれすれを滑空しながら、途中でアリサとユーノを拾い上げた。血の力で強化されている腕力で、しっかりと二人を抱きしめる。

「……しっかり、捕まってて」

「あ、う、うん……」

 アリサは頷いて、すずかの首に手を回した。それを確認してから、さらに加速。急いで膨れ上がる白い闇から距離をとり、地平のクレバスを目指した。
 その瞳から、流れていく一筋の涙。



『ありがとう、お節介な……私、ううん……すずか』




 きっと、彼女は自分なりに答えを得たのだろう。

 その上で、すずかを助けた。

 その答えが正しかったのか、最善だったのか、良かったのかは分からないけれど。

 スズカはきっと……それで満足だったのだろう。

 その答えは、きっと誰にも分からない、しる事も出来ない。

 スズカだけの、大切な輝きだから。

 けど。

 だけど。

「哀しすぎるよ、こんなの……っ」

 涙と共に空に散った問いに、答えはなかった。




 残された台地に、突き立つ金の剣。

 ひび割れ、朽ちかけたそれは、まるで墓標のように。



 それさえも、光に呑まれて、消えていく………。






「……まだ、あがくか」

 なのはとはやて、二人が揃ってリインフォース・オルタの前に立ちはだかった。

 二人は、無言でシュベルトクロイツとS2Uを構える。

「愚かな。付け焼刃の力で、私に叶うはずもない」

「せやなー。私は元々完全やないし、なのはちゃんは慣れないストレージや。付け焼刃、言われても、しょーがないかもしらへん」

 あっさりと認めるはやて。

 あまりにもあっけらかんとしたその態度に、リインフォース・オルタが眉をひそめる。

「何をたくらんでいる……?」

「さあ?企むっつーても、私らがなーんにも出来んのは貴女が一番分かってるとちゃう?リインフォース?」

「……………」

 無言で、リインフォース・オルタは腕を掲げる。そこへ収束する、黒い輝き。

「……いずれにせよ、お前達は闇に消える運命だ。……眠れ」

 その魔法に、なのはもはやても見覚えがあった。いくつかの術環を伴って発動する砲撃魔法……ディバインバスター。おそらく、二人にとどめをさすに十分すぎるほどの威力があるはずだ。

 ちろり、とはやてが舌をなめた。まるで、時を見計らう狩人のように。

 そして、その魔砲が放たれる、その瞬間。

 はやては、リインフォース・オルタの後ろに視線を飛ばして叫んだ。

「今や!皆!」

「っ!?」

 はっとしてリインフォース・オルタが発動寸前の魔法をそちらに向ける。だが。

「何も居ない……ブラフか」

 慌てて二人に向き直ると、そこには。

「………にしし」

 不気味な程の笑顔を浮かべた、はやての姿。

「何のつもりだ?」

「いや、ほらな。私とあの子ら、以心伝心やなー、って」

「何?」

 その、瞬間。

「かけろ、隼っ!!」

「轟天爆砕っ!!」

 リインフォース・オルタの”背後”から、壁をぶち破って放たれるベルカ騎士が奥義!

「っ!?」

 慌てて、パンツァーシルトを構えようとするリインフォース・オルタ。だがその前に、地面から伸びた白い楔が彼女の四肢に突き刺さり、動きを封じる。

 無防備な彼女のバリアジャケットにシュツルムファルケンが突き刺さり、ギガントクラークが強かにその体を打ち据える。さらにバリアジャケットに刺さった鏃が、内包する魔力を開放した。

 灼熱の業火がリインフォース・オルタを包み込んでいく。その焔の中で、リンフォース・オルタはぶち抜いた壁の向こうからこちらを見据える、二人の騎士と守護獣の姿を目にした。

「二重の、フェイク……?!」

 くすり、とシグナムが困ったような苦笑を漏らす。

「そういう事だ……我が主も、お人が悪い」

「それを無言で汲んだ、我々も似たようなものだがな」

「それより……やっちまえ、高町っ!」

「っ!?しまっ……」

「ぁあああああああああああああっ!!」

 目を見開くリインフォース・オルタ。その眼前に、焔を突き抜けてせまるなのはの姿。

 迎撃せんと、魔力を帯びた拳が繰り出される。だがなのははそれを咄嗟にしゃがみこんでかわし、拳は僅かになのはの髪の毛を数本、散らすだけに終わった。

 そのまま体当たりのような勢いで、S2Uをリインフォース・オルタの鳩尾に突きこむ。メゴ、という音を立ててS2Uの先端がめり込んだ。

 そして、発動する魔法。それは。 

「ブレイク、インパルスッ!!」

「なっ!?」

 リインフォース・オルタが驚きの声を上げる。

 ブレイクインパルス。それは本来、対象の固有振動数を探知し逆の振動を送り込むことで物質そのものの分子構造を崩壊させる対物質魔法だ。その性質故、単一の物質で構成されている存在にしか効果がないために本来、このような場面で使う魔法ではない。

 特に人体は複雑な物質構成で出来ているために、ブレイクインパルスの効果はないといってよい。これはあくまで、強行突入や魔導兵器を相手にする為の魔法なのだ。

 なの、だが。

 つきこまれたS2Uの先端。そこを中心として、リインフォース・オルタの体が一瞬、バラけた。

 それを見て、なのははありったけの魔力をS2Uに注ぎ込む。それによって増幅された振動波が焔を吹き散らし、リインフォース・オルタの体を次々と無意味な塵へと代えていく。

「何故……?」

「貴女と戦っていて気が付いたの……貴女は、”闇の書”を持っていない。つまり、融合事故を起こした術者じゃなくて、あくまで完成人格を元に構成されてる」

「それだけで……?」

「ううん。それだけじゃない。私は、貴女に会う前に私自身の幻と戦った。その時、彼女はエクセリオンバスターの直撃で機能を停止して、それで思ったの」

 そう、つまり。

 エクセリオンバスターには、対バリア破壊機能が備わっているが、対バリア破壊能力は広い意味で捉えればプログラム破壊能力だ。

 それを受けて一撃で機能を停止したという事はすなわち、彼女達は魔導生物ではない。

 遺跡によって作り出された鋳型に収められた、唯の魔力の塊だ。

 一撃ぐらい耐える自信があったという、あの彼女の言葉はそういう意味だったのだ。

 そして、リンフォース・オルタが融合事故を起こした術者という”生命体”ではなく、ロストロギアという”物質”なら、それはすなわち。

「そして、貴女が闇の書の完成人格そのもの……”唯のロストロギア”に、”物質化した魔力塊”に過ぎないなら……ブレイクインパルスでその結合を破壊できる!」

「そうか……。以前戦った、時の庭園のガーディアンも魔力で構成されていた……なら、ロストロギア単体として実体化しているリインフォースにも通じるって事か!?」

「……よく覚えてたものね、なのはも」

 なのはの言葉を受けて、納得したようにクロノが頷いた。

 呆れ気味に、アルフも呟く。

「おのれ……?!」

「もう、眠っていいんだよ!リインフォースさん!!」

 轟、と桜色の魔力が溢れ出す。それの流れに飲まれるようにして、徐々に、徐々にリインフォース・オルタの体が消え去っていく。

 だが、リインフォース・オルタも黙って為すがままにされるわけではない。対抗するように、魔力を放出して振動波を打ち消そうとする。

 なのはも、負けじと注ぎ込む魔力を強める。S2Uから、木漏れ日のように桜色の魔力が収まりきらず溢れ出す。

「…………っ!」

「でやぁあああああああああああああっ!」

 衝突する、二人の魔力。

 その終わりは、魔力に耐え切れなくなったS2Uの限界が訪れた事で訪れた。

 漆黒の魔杖に亀裂が入り、そこから魔力が溢れ出す。それでも、魔力の放出を止めない……結果、爆発。

 何度目になるか、もはや分からないほどの爆発が遺跡を揺らし、爆風の中からなのはが転がり出てくる。その手には、先端から崩れ落ちたS2Uの姿があった。

「なのはっ!?無事っ!?」

「う、うん……でも、S2Uが……」

 フェイトに抱き起こされながら、朽ち果てたS2Uに目を落とすなのは。その頭に、ぽんとクロノが優しく手を置いた。

「気にするな。……S2Uは、役目を果たしたんだ」

「そうだな。これでヤツも……」

「……まだ、終わってません」

「なに?」

 なのはの低い声に、一同が煙の向こうに視線を向ける。

 濛々と立ち込める煙の向こう。

 ゆらゆらと頼りない足取りで、体のあちこちが魔力に戻りほどけていく中で、しかし立つ黒い少女。虚ろな瞳で、歩みを刻む。

「わ……たし、は……ぁ、ぁああ……」

 今だ倒れぬ、リインフォース・オルタの姿。

「こいつ、まだ……っ!」

「まって……」

 慌ててデバイスを構える一同。だが、なのはがそれを片手で制する。

「……はやてちゃん」

「……ありがと、なのはちゃん」

 ざっ、とリインフォース・オルタの眼前に立ちはだかる、小さな影。

 夜天の王、八神はやて。

 その手に握られたシュベルトクロイツが振るわれ、虚空に三角の陣を描く。それに呼応するようにして、浮かび上がる円形のベルカ式魔法陣。

 魔法陣の輝きが強まるにつれて、リインフォース・オルタが怯んだように後ずさる。

「ぁ……ぁあ……私……私は……」

「もぅ……ええんよ、リインフォース。もう、えぇんや」

 ばさり、とはやての背に生えた黒い翼が、魔力の高まりに呼応するように羽ばたく。

 シュベルトクロイツの切っ先が刻印を刻み、リインフォース・オルタに突きつけられる。

「……ずっと、思ってた。今のリインフォースが抱いてるのは、貴女が気が付かないでいた未練なんじゃないか、憎しみなんじゃないかって。だって、どんな理由があったって、大事な人の為だからって、消えるのは嫌やもの。……でも、ようやくふんぎりがついた」

「………ぁ……ぁぁぁああぁ」

「そんな事を思う事、それ自体がリインフォースに対する侮辱や!どんな理由があっても、どんな思いがあっても、あの時リインフォースが本当に幸せだったのはきっと真実なんや!だから……その憎しみも苦しみも、全部偽者なんや!」

 輝きが強まり、魔法陣から光が伸びリインフォース・オルタの体を包み込む。その光の中で、崩壊していたリインフォース・オルタの体が、少しずつ、少しずつ消えていく。

「ぁ………ぁぁぁぁああ…」

「いいんや。もう苦しまなくても、悲しまなくても!そんな押し付けられた感情に、苦しめられなくてもええ!」

 言葉にならない雄叫びを上げて、はやてに飛び掛るリインフォース・オルタ。だがはやてはそれから目をそらさず、魔法を維持し続ける。

「それでも……それでも、その悲しみを、憎しみを捨てられないなら、私が全部引き受ける!だから、だからそれは……置いていくんや、リインフォースゥ!!」

「ぁぁあぁぁああああああああっ!!」

「はやてっ!」

 ヴィータが悲鳴を上げる。だが、無情にも突撃するリインフォース・オルタの右腕がはやての首を握りつぶそうと………。

 違う。

 伸ばされた腕。それは、首を握りつぶす、その直前で止まっていた。

 はやての瞳と、リインフォース・オルタの瞳が、息が触れ合うような至近距離で見詰め合う。

 リインフォース・オルタは、祝福の風の名の少女は。

 ………泣いて、いた。

「ぁ……ぁあ………」

「もう、ええんよ……。……お疲れ様な?……おやすみな?そんで…」

 ぎゅ、とはやてがリインフォース・オルタを抱きしめた。
「また、会おうな……」

『蒐集』

 消えていく。

 はやての腕の中で、リインフォース・オルタの体がゆっくりと、光に溶けて消えていく。

 その光に包まれて、彼女は思い出した。自分は知らない、けど知っている、あの優しい日々の事を。誰よりも愛した、愛しい主の事を。

 それは、どういう奇跡だったのだろうか。

 最後に、主の体を抱き返して。

 ただ、安らかに……リインフォース・オルタはゆっくりと、はやての中に帰っていった。


「…………」

 リインフォース・オルタが消えた後も、はやては彼女を抱きしめる腕を、緩めようとはしなかった。

 無言でうつむいて佇むはやてを気遣うように、なのはが歩み寄ってその肩に手を置いた。

「はやてちゃん……」

「大丈夫……大丈夫や」

 はやてはくぐもった声で答えて、右手で軽く目元を拭った。

「……はやてちゃん」

「さ、いこうで。急がんと、すずかちゃんやアリサちゃん、レイジングハートだって助からん!しゃきっとせんと!」

 はやての言葉に全員が頷き、駆け出そうとしたその時。


 遺跡が、震えた。


次回予告

 全ては終わったかのように思えました。

 でも、破滅へのカウントダウンは止まる事なく。

 いっそう、その時へむけて時を刻んでいくのです。

 全ての終焉を前に、私が手にした答えは。




 第七章、Tomorrow【そしてまた、明日へ】




 変わらぬ過去より、無限の明日を。





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