エピローグ



 夢を、見た。

 優しい人に囲まれて、ただ無邪気に微笑んでいられたあの頃の。

 自分が最も愚かで、幸せだった過去の夢を。

 それは今に続く道しるべ。先の見えない未来を示す、踏み築かれてきた階段。

 だから戦えると思った。

 この幸せな夢が、思いが宿る限り……きっと、たどり着く事が出来ると。

 たとえ、それが………幸せな今を壊すものであっても。



 無限に広がる宇宙空間。そこに、一つの建造物が漂っていた。

 その外壁は酷く損傷し、崩れ、完全に機能を停止したスクラップにしか見えないだろう。事実、その存在はその機能の全てを損傷し、再起動さえ不可能な状態にあった。

 完全に機能を停止したストームブリンガーの中で、すずかは眠りについていた。酸素の消費を抑えるために、心配機能をヘルマフロディトスに預け、肉体を氷結魔法で休眠させた状態で。

 座席に座り眠り続ける少女の姿は、眠れる森の皇女を思わせた。

 静寂に閉ざされた、眠りの間。

 ……そこに、光が弾けた。音もなく浮かび上がった光は現れたときと同じように唐突に消え去る。

 再び暗闇に閉ざされる室内。……そこに、小さな足音が響いた。

 下座に立つ、一人の少女。

 彼女は、金の髪を揺らしながらすずかに歩み寄ると、優しくその体を抱きしめた。

「……………」

 ……すずかの閉じられていた瞳が、ゆっくりと開かれる。

 覚醒直後、まだぼんやりとした視界が、自分を抱きしめる人影を捕らえる。

「誰………?」

 寝起きのようなぼやけた声に、返ってきたのは痛いほどの抱擁だった。

 ぎゅ、と抱きしめる誰かの熱が、すずかの冷え切った体を温めていく。


「……すずか」


 はっ、とすずかの目が見開かれる。茫洋としていた瞳が焦点を結び、自分を抱きしめる人を捕らえた。

 つややかな金の髪。宝石のような碧眼。美しいその相貌を優しさと喜びに変えて、にっこりと微笑む人の姿。

 ……この世界で、何に変えても守りたいと、そう願った人の姿が。

「………迎えに、来たよ」

「アリサ、ちゃん……?」

 確かめるように伸ばされたすずかの右手を、アリサは優しく抱きしめ、それを自分の頬に押し当てた。自分の熱が伝わるように、ゆっくり、じっくりとなでさすりながら。

「……夢、じゃない?」

 ぽろり、とどちらからともなく涙がこぼれる。その暑さが冷えた体を溶かしていくゆるやかな気だるさに身をまかせ、二人は強く抱き合った。さまようように、背へと回されたすずかの指が、しっかりとアリサの体を抱き寄せた。

「……アリサちゃん……アリサちゃん!!」

「すずか……すずかっ!」

 言葉に出来ぬ心を吐き出しながら、二人は抱き合う。まるで、お互いの存在を確かめ合うかのように。

『必ず戻る』

 ここに約束は果たされた。

 ただただ、安らぎと暖かさに涙する二人を、夜明けの名を持つ船がやさしく、見守っていた。



「……これで一件落着、ね」

 抱きしめあう二人の少女を写すスクリーンの映像を切って、リンディは深く艦長席に身を下ろした。

 その隣で、直立不動で佇んでいたクロノが、やれやれと肩を落とす。

「……全く、世話の焼ける。なんだかんだいっても、彼女達もまだ子供、か」

「その子供を守るのが、私達の仕事でしょう?」

「………はい、艦長」

 言葉とは裏腹に晴れやかな顔のクロノに、リンディもまた破顔する。

 と、そこに繋がる通信。スクリーンの向こうでは、ランディが困り果てた顔で身を乗り出していた。

『か、艦長!?用が済んだならすぐに転送ゲートを開いてくださいぃ!?なのはちゃん達、もう限界みたいですぅぅうっ!?』

「あらー。ま、友達の安備が気になるのは分かるけど、もーちょっと待ってくれるかしら?今いいところみたいだから」

『いい所、って、そんな事いってる場合じゃ……うわぁぁあああっ!? プッ ザーーーーーーー』

 唐突に途切れる通信。同時に、アースラのどこかで爆発が起き、ブリッジを軽く揺らした。

 くすくす笑うリンディとは別に、クロノは今度は本気で疲れたような溜息と口調で、ぼそりと呟いた。

「……なのは達、戻ったら忍耐の訓練だ。前々から思っていた事だが、彼女達はどうも忍耐力が足りない部分がある」

「ま、まあいいんでないのクロノ君?彼女達も二週間も音信不通だった友達の事が気が気でならないんだよ」

「……いや、これは前々から思っていた事だ、今度こそ実行してやる。それとも何?エイミィ執務官補佐、君は給料を天引きされたい願望でもあるのか?」

「イエッサー!クロノ・ハラオウン執務官のおっしゃる事は真に正しいっ!ここは一つ、なのはちゃん達を鍛えなおすべきです!……だから修繕費を私の給料から引くのはやめて……」

「エイミィ……」


 そんな漫才のような会話を繰り広げる愛しい部下達を横目で見ながら、リンディはふと、出撃する前にレティ・ロウランから示された事実に思いを馳せた。


『リンディ。今回の件、お疲れ様』

『いえいえ。ちょっと予定外の事があっただけよ。それよりそっち、過激派の一掃は出来たの?態々こっちを囮にしたんですから』

『……ええ。過激派の捕縛は、ほぼ成功したわ』

『……何かあったの?』

『過激派の構成員に尋問して分かった事なのだけど……この件、そう簡単に終わってくれはしないみたい』

『……どういう事?』

『過激派はあくまで利用されていただけだって事。彼らを炊きつけ、一連の事件を思うままに操作した存在がいる。月村すずか襲撃事件も、今回の月の里崩壊事件も……』

『…………』

『それともう一つ。確証は取れて無いけど、聖王教会が動いてる』

『……そう。だとすると、このままでは終わらないわね』

『ええ。嵐が来るわ。それも超特大の……世界を揺るがしかねない、大嵐が』


「……そんな事はさせないわ。あの娘達の為にも」

 リンディは仲間達に揉みくちゃにされ、泣いているのか笑っているのか分からない状態で抱き合っているすずか達をスクリーンの向こう側から見つめながら、胸の中で強く決意した。

 けど、今だけはそれは些細な事。

 再び巡り合えた事を喜ぶ彼女達にとって、過去の遺産も未来への不安も的外れな心配でしかない。

 彼女達は生きる。明日へ向かって。過去を踏みしめて。

 今を、精一杯、愛しながら。

 生きていく。








「……ただいま、みんな」


『おかえりなさい、すずかちゃん!!』








 生きていこう。たくさんの思いと共に、この世界を。































次回予告










 月の里での異変を越え、成長したすずか達。

 彼女達はそれぞれの未来を見据え、一歩一歩歩み始める。

 その一方で、発掘に関わった者を次々と襲う、謎の騎士。

 そしてアリサが出会う、風変わりな魔導師。



「……何者だ、貴様」

『我らは、シュヴァルツリッター。闇に生き、闇に消える者故に』



「おっさん、誰?」

「うん? ああ、私か……。私は、レクサス・クドーラ。ただの武装局員だ」



 そして時を同じくして、加速する異変。

 日本の夜空に輝くオーロラ。

 天地の逆転した次元。

 滅びの気配は確実に、しかしゆっくりと進行しつつあった。



「ヒドゥン……歴史に詳しい君ならば、聞いた事はあるのではないか?」


「我らが刃は、次元の為……。例え外道と切り捨てられようと、振るわねばならぬ時もある」


「君は……人を愛した事があるか?その人のほかに何も入らない、何も必要ないと思えるほど、強く熱く……誰かを愛した事があるか?」


「これが、月の一族が滅びた……真実だっていうのか……っ!?」


 そして全ての鍵が揃った時。

 ……世界は、終わりを迎える。



「嫌ァァアァアァァァァアァァアァァアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア―――――――――――――――――――――ッ!!」




「ははは……見るがいい!これが、終焉だ!遍く文明をことごとく飲み込んできた、破滅そのものだ!」




 その時、少女達は。



「……行こう。アリサちゃんを、助けに」

「………うん」

「せや。私ら三人が揃えば……不可能なんてあらへん!」



 その果てに。

 ………彼女は、ようやく旅の終わりを迎える。















『さようなら。そして、ありがとう。私の……私の、愛しい………』






















 魔法少女すずか化計画(仮)最終章

 第三部 ヒドゥン


 coming soon.....





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