SS01 ファリンの願い、彼女の思い 「今日もいい天気ですぅー」 日課の庭の掃除をしながら、ファリンは暖かくなってきた陽射しに目を細めた。 季節はもう五月半ば。もう少しすれば、暖かいどころか熱くなってくる陽射しであるが、この季節においては心地よい眠気を誘うものである。 「そういえばこの間、布団を干してる最中で眠っちゃって、お姉さまにこっぴどくしかられましたっけ」 うふふ、と呟いてファリンはくるり、と裾を翻してその場でステップを踏んだ。 意味はない。ないが、こう天気が良いと訳も無く気分が高揚して、踊りたくなってくる。 興が乗ってきた彼女は、くるくる回りながら箒を庭のテーブルに立てかけて本格的にダンスを始めた。 軽くリズムを口ずさんで、くるくるスカートを翻しながら庭で踊る一人の少女。 と、右足が見事にステップを踏み外した。 とと、と声を上げて両手をばたつかせて、ファリンはテーブルにもたれかかった。 てへり、と舌を見せて失敗をフォローするように照れ笑いを浮かべる。 「あははは……全くもう、私ったらドジなんだから」 苦笑しながら、箒を手に取り掃除の続きを始める。 「きっと、掃除をサボってたから罰が当たったんですね。ちゃんと掃除しましょう」 一人自分に言い聞かせるように呟いて、ファリンは箒を手にさっきの場所に戻った。 「……あ」 せっかくはき集めたゴミは、踏み散らかされて散らかっていた。 自分は、どうも魔法使いになった事があるらしい。 ファリンは実感が無いものの、そう聞かされていた。 それは先月の事だった。 目覚めたファリンはどういうわけか、病院のベッドに眠っていた。それも、こちらの世界ではない。 ミッドチルダという魔法の世界の病院にだ。 彼女の主であるすずかの友人である高町なのはを通じて、ファリンは魔法というものが存在する事を知っていた。 だがそれはファリンにとっては身近ではなく、また手の届かない場所の話であって、こうして魔法に直接関わった事はなかった。 さらに彼女を驚かせたのは、彼女がデバイスの力を借りて魔法を使い、すずかを狙う者と戦ったという事。 そしてそのすずかが、魔法使いとして魔法の世界に踏み込む決意をしたという事だった。 特に、前者はまったくファリンに身の覚えが無かった。 銃のような形をしたしゃべる機械……デバイスという魔法を使うための道具と契約をしたという事も、ファリンはさっぱり覚えていなかった。 ましてや、自分が主の危機を前に、デバイスの意思を塗りつぶして自分を盾にしたという事なんて聞かされても全く信じられなかった。 だが、それはれっきとした事実であるらしい。 そしてその事件を切欠に、すずかは魔法使いとして踏み出していった。 どうして、自分が魔法を使えたことを覚えていないのか。 どうして、自分はすずかの隣に立てないのか。 どうして、どうして、どうして……。 「………実際の所、自分でも答えは分かってるですけどね」 箒を止めて、ファリンは小さく呟いた。 きっと、自分はすずかに追いつけないから覚える事を忘れたのだろう。 すずかは凄い。きっとすぐに、遠い世界に脚を踏み込む事になるだろう。 今はまだ、迷っていても。必ず、自分の道を見つける。 その時に、ファリンに何が出来るのだろう? 例え少し魔法が使えても。少し魔法を知っていても。それがすずかの為になる訳じゃない。 むしろ、理解できてしまうという事が、分かってしまう事が絶望になるのかもしれない。 だから、選んだのだ。 追いつけないなら、待ち続けようと。 すずかが道に迷ってしまった時に、休める場所に、帰る場所になろうと。 「………だから、私は忘れた事を後悔なんてしていないのです」 呟いて。 ファリンは蒼い空に顔を上げた。 「頑張ってください、すずかお嬢様。後悔しても、苦しんでも、きっとその先に……貴女の道がありますから」 今日も……蒼い空がどこまでも広がっていた。 |