「……休暇?」
『そうだ。ユーノ・スクライア司書長、君に一週間の休暇を言い渡す』
 始まりは、そんな会話だった。



 ユーノの次元旅行日記


 一日目



『○月13日 天気:晴れ

 ホテルのルームに日記帳があったので、旅の記念に日記をつける事にした。いつも使っている日記の延長ではなく、新しい日記として。これを読み返したとき、暖かな気持ちを思いだせるように』


「……本気で言ってるの、クロノ?」
 ユーノは手元の書類を捲りながら、半眼でモニターの向こうの友人を睨んだ。
 ぺらぺらと見せ付けるように、溜まり積もった資料請求の山と書類の山を捲ってみせる。
「……これだけ業務をのこしておいて、休暇なんか取れる訳がないだろう」
『だが、人事課から苦情が来ている。それにお前は、働きすぎだ。部下の教育もひと段落した頃だろう、少しここで羽を伸ばしてはどうだ?』
「それを君に言われたくはないね」
 苦笑するユーノ。休暇を艦内で消化するような根っからの仕事を生きがいにしているような男に働きすぎだ、と言われても正直白々しいのが本音だ。
 だが一方で、働きすぎであるというのもユーノは確かに、自覚していた。
 昔のように極端に精を詰めすぎて倒れる、等といったミスこそ犯さなくなったが、それでも積もり積もった疲労は確実に体調を狂わせている。ここ最近に至っては、布団に入って気がついたら次の日、という事もしょっちゅうだ。
 できれば、休みたい。
 しかしそれとは別に、大量の書類が残されているのも事実だ。ここ最近は経験の蓄積と指導が実り、部下の検索能力も大幅に向上して仕事が随分とはかどっているが、それでも殺人的な量の依頼が残っている事に変わりはない。しかもそれはまだ増え続けており、そのいずれもが緊急を要するものであったりする為後回しにも出来ない。
 何より、ユーノはここの責任者だ。何か有事の際に責任者が居ないのでは話にならない。結局揉め事のたどり着く先は『責任者を出せ』なのだから。
 だがそれでもクロノは引くつもりはないようだった。
『だが、これは決定事項だ。何が何でも、ユーノには休暇を取ってもらう』
「だから、僕には仕事がね……」
『……ユーノ・スクライア司書長。これはクロノ・ハラオウン提督からの命令であると同時に、管理局人事部からの通達でもある。君は、これに逆らうのか?』
「………」
 その言い方は卑怯だ、と叫びたいのをユーノはぐっと飲み込んだ。そう言われては、立場的には下であるユーノが従わない訳にはいかない。
 色々と納得しかねるものを残しながらも、ユーノは不承不承、頷いた。
「……分かりました、クロノ・ハラオウン提督」
『そうか。詳しい日時についてはおって通達する。休暇の過ごし方でも、考えておくんだな。では、良い休暇を』
 その言葉を最後に、ぶつりとスクリーンの映像が途絶える。
 一人きりに戻った司書長室で、ユーノは深く背もたれに体を預けながら溜息をついた。
「なーにが、良い休日を、だよ……」
 その視線は、机の上に積み重ねられた書類に注がれていた。


「皆、お待たせ」
「あ、司書長」
「クロノ、なんていってたんだい?」
 ユーノが無限書庫に戻ると、ちょうど手の空いていた数名の司書と、手伝いのアルフがいそいそと駆け寄ってきた。少し離れた場所で検索中だった司書もこちらに気がつきやってこようとするのを、片手で制してからユーノは集まってきたメンバーに目を向けた。
「……突然だけど、休暇を取る事になった。期限は二週間らしい」
「……え?休暇っすか?……司書長が?」
「何か不服かい?」
「いえ、そんな訳ないんですが……その……」
 司書は気まずそうにしながらも、手にもった携帯端末を軽く操作してから、ユーノに手渡した。見れば、この十数分の間に、また新しい検索依頼が入ってきていた。
 頭痛を覚えて、ユーノは頭を抱えた。
 休暇を取ると決まった瞬間に、この様である。
「………すいません……」
「……いいよ。僕の方から交渉して、休暇を引き延ばせないか話してみる……」
「……あの、交渉って、何があったんですか?」
「提督じきじきに命令されたよ」
 思わず、顔を見合わせる司書達。彼らはちゃんと休暇を消化しているのでそのような事態にはなりえないし、そもそも想像も出来ない。だが、その事は同時にユーノは彼らが休んでいる間も働き続けていたという事実をこの上なく示しており、どことなく後味の悪いものを彼らは感じていた。
 無論、司書達が悪いという事は決してない。彼らとて、世間一般の基準で言えば働きすぎの部類だ。ただこの場合、ユーノがあまりにも自分を省みていないとしか言いようがなかった。
 気まずい雰囲気が両者の間に漂う。
 そんな時、口を開いたのはアルフだった。
「なにさ、そんな事気にする事ないじゃない」
「え?」
 ぽかん、とした表情で視線を向ける一同を前に、アルフはあっけらかんと言い放った。
「ユーノは今までしっかり働いてきたんだから、休むのは当たり前じゃないか」
「でもアルフ、仕事が……」
「それこそ何いってるんだよ。昔ならともかく、今はちゃーんと司書がたくさんいるじゃないか。仕事が来たからって、全部ユーノがやらなくちゃいけない事なんてないじゃない。そもそも、その為にずっと司書を指導してきたんでしょ?」
「それはそうだけど……」
「……アルフさんの言うとおりです」
 力強く言い切ったのは、一人の司書だった。彼に同調するように、他の司書達も深く頷く。
「そもそも、我々は今まで司書長に頼りすぎていたんです。これも良い機会です、我々はいかに司書長に頼っていたかを痛感し、司書長にはゆっくりと休養してもらうべきです」
「右に同じ。俺達だってただ仕事をこなしてるだけじゃない。ちゃんと技術の向上にいそしんできたんです。司書長がちょっと抜けたぐらいで仕事できなくなるようじゃ、司書をこれから名乗っていけません」
 次々と主張を始める司書達。ユーノはそんな彼らの様子に困ったように眉をしかめながらも、内心かなり嬉しかった。
 休みがとれそうである事、ではない。司書達の意識が、そこまで高まっていたこと、司書という仕事を本気で大事に思ってくれている事を改めて確認できたからだ。
 ならば、これ以上あれこれ言うのは無粋な事。
「……じゃあ、今回はみんなの好意に甘える事にするよ」
 ユーノの言葉に、司書達が皆、ほっとしたような顔を浮かべる。がやがやと今後のスケジュールを練りながらさっていく彼らを見送りながら、ユーノはしかし、小さく首をすくめた。
「……とは言うものの、何をしようかな、休暇」
「だったらいい考えがあるよ?」
「……アルフ?」
 不思議そうに見つめるユーノにちっちっち、と指を振りながら、小さな紅き狼の少女はにかっと笑みを浮かべた。
「このアルフ様に万事お任せ、ってね」


 それから数日後。
 ユーノは一人、ミッドチルダの次元空港を訪れていた。
 ラフな私服に、大きめのキャリーバッグを携えた典型的な旅行者の格好だ。
「……うーん、そろそろ時間なんだけどなあ」
 不思議そうに小首を傾げ、腕時計を確認するユーノ。彼がアルフに言い渡された待ち合わせ場所であるロビーの時計下にきて、もう十分になる。
「……それにしても、旅行してこい!なんてなぁ」
 アルフらしいといえばらしいか、と苦笑しながら、びしっとこちらに指をつきつけるちっちゃな使い魔の事を思い出すユーノ。
 まあ実際の所休暇の過ごし方に困っていたユーノにとって、アルフの申し出はありがたいものだった。あのまま一人で休暇を過ごしたところで、結局は遺跡探索や図書館にこもるとか、結局いつもとあまり変わらない日々を過ごすに終わっていただろう。
 それに比べれば、リゾート地を訪れてゆっくり過ごすというのは、しごく健康的で楽しげだ。
「一人で色々用意してくれたアルフには感謝、だね……」
 ちなみにその肝心のアルフは、何やら一緒に行くと言い出したかと思うと気がつけば自分の分のチケットもとっていたりする。主思いの彼女が、主であるフェイトが働いている時に休暇を取るなんて考えづらい事だったが、本人は「ユーノ一人にしておけない」との事だった。
 そんな訳で、今はアルフが来るのを待っている所なのだが……。
「それにしても遅いなぁ……もう、二十分になっちゃうよ」
 つぶやいて、ユーノがアルフに連絡を取ろうとした、その時だった。
「ごめーん、遅くなっちゃった!」
「……え?」
 聞きなれた、でも久しぶりな声を耳にして、ユーノははっと顔を上げた。
 その視線の先、息を切らせてロビーに駆け込んでくる一人の女性。
 呆然と見つめるユーノの前で、彼女は慌てて駆け込んできた息を整えると、にっこりと微笑んだ。
「ごめん、待った?」
「………なのは?」
 九年を経て、少女から女性へと変わったかつてのパートナーは、にっこりと花の咲くような笑みを浮かべた。

「そう、アルフが……」
「うん。それで、たまたま休暇が重なったし、いいかなーって思って」
 次元航行艦の中。お互いに隣り合った席に座りながら、ユーノとなのはは久しぶりにじっくりと話し込んでいた。
 特にユーノが驚いたのは、なのはがここに来た理由。なんでも彼女は、たまたま休暇が重なっていたところをアルフに頼まれて、ユーノの旅行に同行しに来たらしかった。ユーノはアルフに全くそんな話は聞いていないが、なのはの方にはよく事情が伝わっている所を見ると時間がなかったとかではなくあえて伝えられなかったのだろう。
 思わぬサプライズに、ユーノはアルフに感謝したいのか文句をいいたいのか分からなくなった。
「全く、アルフの奴……」
「? どうしたの、ユーノ君?」
「ん?ああ、いや、なんでもないよ」
 ぶつぶつ呟くユーノに不思議そうに首を傾げるなのはに苦笑で応えて、ユーノは手元のパンフレットに目を落とした。
 機内で渡されたそれには、行き先の観光情報が乗っている。何もかもアルフが決めたので、ユーノは詳しく目的地を知らなかったのでこれ幸いと目を通した。
「…稀少な竜種の楽園、ドラッヘン、か」
「年間を通して快適な亜熱帯気候に、豊富な自然、そして他の次元では例が無いほどのたくさんの竜種の生物が生息してる次元、だってー。わわ、ねね、ユーノ君、これ可愛いよ?」
 にこにこしながらなのはが指し示したのは、パンフレットの一角にある竜種保護公園の案内コーナーの写真。なのは達の世界の写真と違って、簡単な魔法を刻まれた動く写真には何やら、モコモコした真っ白なトカゲのようなイモリのような生き物が写っている。よーく見ると、背中と思しき部分にちょこんと翼があるのでこれも竜なのだろう。とてもそうには見えないが。
「……”メレンゲ種。非常に数の少ない絶滅危惧種。人にとてもよく懐く”……これ?」
「うん!あっちにいったら、会って見たいなー」
「……そ、そう」
 何やらときめく少女のような瞳でワクワクと旅行先に思いを馳せるなのはに、ちょっとセンスを疑いながらもユーノはぎこちなくパンフレットに視線を戻す。
 と、そこで機内放送特有の、ザッとした雑音が響いた。直後、女性型の合成音声が響き渡る。
『……アテンションプリーズ、アテンションプリーズ。これより当機はミッドチルダを離陸し、第2376観測次元ドラッヘンに出発します。発進の際は次元転送につき機内が多少揺れると思われますので、シートベルトを着用してください。繰り返します、当機は……』
「あ、ユーノ君ユーノ君、出発だって。私、民間の次元航行艦は初めてなんだー」
「残念ながら、最新鋭の技術を注ぎ込まれてるアースラに比べると乗り心地は悪いと思うよ?この機体、性能はいいけどタイプは古いし」
「それがいいのっ!」
 よくわかんないなあ、と呟きながらも、ユーノは笑顔だ。
 滞在期間は、二週間。それも、なのはと一緒に。
 ユーノは、自分がこの旅行に久しぶりに胸を弾ませているのを感じながら、機内のアナウンスにゆったりと体を座席に預けた。
『それでは、目的地に到着するまでの間、快適な次元の旅をお楽しみください』


 第2376観測次元、ドラッヘン。23年前に事故で漂着した民間船が偶然発見した、極めて特殊な航路の先に存在する未開の次元。人間のような文明を持った生物が存在しない代わり、奇跡のような極めて穏やかで安定した生態系を開拓した次元。
 この世界で、血が流れる事は滅多に無い。この次元に住まう生物は、豊富に存在する植物の恵みのみを食べる事を選択し、互いの命を狙って殺しあう事はない。まるで童話の中にしか存在しないはずだった、動物達の楽園をまさに体言したような平和な世界。
 それこそが、竜種のエデン、ドラッヘンなのである。
 そしてそれが決して旅行会社の作り上げた過剰な謳い文句でない事を、ユーノはまさに今、目の前にしていた。
「凄い……」
 今、ユーノが立っているのは次元空港のエントランス。見晴らしのいいようにガラス張りにされたそこからは、みわたす限りに広がる亜熱帯雨林を一望する事が出来る。
 そしてそこには、数え切れない無数の竜達がのびのびと暮らしていた。
 川の水を寄り添って飲む地竜の親子。
 ぷかぷかと腹を上にして水面で惰眠を貪る巨大な水竜。
 空を雄雄しく滑空する、飛竜の勇姿。
 その全てが、お互いに傷つけあう事なくのんびりと過ごしている様は、子供向けの絵本のワンシーンそのものだった。
「わー……本当に、果物とか葉っぱだけで生きてるんだ……」
「うん、そうだね。こんな平和な次元があるなんて知らなかったなぁ……」
「私も。もっと早く来ればよかったかも」
「そうだね。こんな良い所、もっと早く知りたかったかも」
 お互いに笑みをかわしながら、ドラッヘンの光景を眺めるユーノとなのは。
 そのまま十数分、平和な光景を満喫してから、二人はようやく窓から離れた。
「……さ、そろそろ行こうか、なのは。まずはホテルにチェックインしないと。……そういえば、ホテルのチケットはアルフが持ってくる事になってたんだけど、なのはが持ってるの、やっぱり?」
「うん。アルフさんから預かってるよ?……うふふふふ」
「? なのは、どうかした?」
「ううん、なんでもなーい?」
「????」
 なんだか妙に機嫌の良いなのはに、ユーノは不思議そうに首を傾げた。
 そんなやり取りをしながら空港を出ると、ぽかぽかとした陽気が二人に差し込んだ。流れる風は草の匂い。燦燦と差す太陽に、目を細めるユーノ。
 なんだか、これから良い出来事が待っていそうな、そんな予感がした。

『ホテルに来たら、とんでもないハプニングがあった。
 予約していた部屋が、なのはと相部屋だなんて。困った。なのはとは随分長い事顔を合わせてなかったのに、いきなり一日中顔を見合わせるなんてどうしろと……いや、その前に僕もなのはももう子供じゃないんだ。倫理的に絶対まずい。
 なのはもそう思ってると思ったら……なんだか、妙に朗らかだった。相部屋って事にも不満があるどころか、むしろ歓迎してる雰囲気。なんでだ?
 とりあえず、流石に困るのでホテルの方に部屋があまって無いか申し出たら、あまってないとアッサリ返された。なんでも今はシーズンなんで、どこも予約で一杯らしい。
 流石にアルフもわざと相部屋にしたのではないだろうし……割り切るしかないのかも。
 とりあえず、ホテルについた時点で日が傾いていたから、今日はどこにもいかないで観光情報をチェック。幸い、なのはにアルフお手製の観光ノートがあったみたいだからそれを参考にしようと思う。
 ……何から何までアルフに世話になっちゃって、これはお土産奮発しないといけないな』





                                  つづく? 

―――――――――あとがき―――――――――――


うぃ。漆黒完結してないのに短編連作に手を出したSISっす。
いや、ほんのりのんびり書きたくなって。
まあ正直、里帰りが完結したししばらくのんびりしたいのですよ。第三段ヒドゥン編はまだプロットを編み上げてる段階だし、聖王教会も組み込んでるから情報待ちってのもあるんですが。
とりあえずこのシリーズは、のんびりまったり進めるつもりです。
基本的には普通の文体の後、最後に日記ネタで締めていく予定。

最近、電王ネタでなのは書きたい気分になってたりもする。ギャグで。
なのはフォームとかフェイトフォームとかユーノフォームとか。誰が変身するのかって?さあ(待て
電王って面白いよね。どー見てもライダーよりギャバンとかメタルダーとかそっち系だけど。ライダーじゃなくてメタルヒーローとしてなら、問答無用で受け入れられたろうに、もったいない気もする。

さて、のんびりまったりこの辺りで。ちなみに本気で14日分やるかは未定だったり。





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