声がする。 暗闇の中から、自分を呼ぶ声が。 「……−ノ君……」 それはずっと聞いていた声。ずっと聞いていたかった声。 「…ユーノ君……ユ−ノ君……」 その声に呼び覚まされるように、ユーノは眠りから目を覚ました。 「…………」 「あ、おはよう、ユーノ君」 そして目を覚ました眼前に、なのはの顔。 というか目と鼻の先。 ぼぼぼぼぼっと顔に血が上るユーノに、きょとんと首を傾げるなのは。 ……今日も退屈とは無縁な気がする、そんな始まりだった。 ユーノの次元旅行日記 二日目 『○月14日 晴れ後雨 好きな、いや、好きだった人と一緒にいられる事は、幸せに違いないと思ってた。 けど、長い年月は割りと容赦なく現実をつきつけてきた。 まあ一部は自業自得なんだけどね……』 「な、ななな、なのはっ!?な、ななななんんで、なのはが僕の部屋にっ!?」 ズタバタドガバン、とベッドの上で器用に後ずさるユーノ。ついでに、端により過ぎて落ちる。 うあーとかぎゃーとか呻き声を上げて床にはいつくばってもがいててるユーノに、なのはは困ったように頬をかきながら、 「違うよユーノ君、ここはユーノ君の部屋じゃないよ?」 「……へ?」 その言葉に、寝起きかつ頭に血が上りすぎて活動の鈍っていた脳味噌がようやく動き始める。普段どおりとはいかないものの、ある程度回転を取り戻した脳が、目に入る視界からすぐさま結論をたたき出す。 そう、ここはユーノの部屋ではない。壁の代わりに立ち並ぶ本棚はなく、シックな白い壁と白いカーテン、窓から注ぎ込む柔らかな朝日に、二つのベッド。そう、ここは……。 「私達の新婚初日なのに」 「うぇぇえええええええええええええええええええええええええっ!?」 断末魔のような声を上げてひっくりかえるユーノ。「結婚?!え?え?!えええ?!」とか言いながらごろごろ床を転がりまわる。 完璧にテンパってのた打ち回ってる彼に、なのははベッドの上でクスクスクスクス笑いを溢した。 「じょ、冗談だってばユーノ君。そんなに吃驚しないでってば」 「……だ、だよね。……僕達、旅行に来てたんだっけ」 なんとか衝撃から立ち直り、ユーノはベッドの上に這い上がりながら確認するように呟く。どうでもいいが、髪が凄いことになっているのに気がついていないのだろうか。 なのははそんなユーノにクスクス笑いを溢しながら、何か非常に楽しそうだ。なのはってこんなキャラだったっけ、と思いながら、ふとユーノは思いついた疑問を口にした。 「……あれ。でもなんで、なのはが僕のベッドにいるの?」 「あれ?忘れちゃったのユーノ君?」 「へ?」と聞き返すユーノの目の前で、なのはは恥ずかしそうにパジャマの襟元を抑えながら、 「酷い……。昨日はあんなに激しかったのに……」 「……………」 ユーノ、機能停止。 ちなみに、彼が本来の機能を取り戻したのは、出来の悪いカラクリ人形のような動きで朝食を食べてからしばらく後の事だった。 ついでに、本当はなのはは早く起きたので、ユーノの寝顔を堪能してたとの事。それを聞いて、また別の意味でユーノが茹で蛸になったのは言うまでも無い。 何だか旅行最初の方から色々と全開だったなのはさんだった。 「もう……なのはったら。心臓に悪い冗談言うんだから……」 「あはは、ごめんごめん。でもこういうのって、意識が薄い最初の方で言わないと駄目でしょう?一度ユーノ君にもやってみたかったんだー」 「にもって……まさかはやてやフェイトにもやったの?」 「ううん。お兄ちゃんに」 「………どうなったの?」 「仏頂面で正座のまま失神しちゃった」 「……ご愁傷様」 ユーノは、律儀で無愛想だけど心優しく、今は一児の親馬鹿であるなのはの兄、高町恭也の事を思ってひっそり黙祷を捧げた。 というより、どういう冗談を言ったんだろうか。 「それより、なのはってそういう冗談を言うキャラだったっけ……?むしろ、その手の冗談ははやてが言いそうだけど」 「あー、ひどいんだー。はやてちゃんに言いつけてやろうっと」 「あ、いや、それだけはやめて。報復が怖いから」 特に彼女の周りを囲む面々からの。 「うふふ、言って欲しくなかったら今日一日しっかりエスコートしてよね、ユーノ君。まあでも実際、旅行って事でちょっとハイになってるのかも、私」 「う、うん。僕も今回はちょっと楽しみ、かな」 二人で顔を見合わせて、クスクス笑いあう二人だった。 ちなみに、現在二人がいるのはホテルのエントランス。いくら早朝とはいえ、人気ホテルの公共の場だ。つまり、人がたくさんいる訳で。 「あら、あの二人新婚さんかしら?初々しいわねー」 「いや、違うって。あの雰囲気はカップルだろう」 「むしろ数年ぶりに再開した幼馴染って奴?青春ねー」 等と、有象無象のギャラリーが二人を見ながら思い思いにかってな事をしゃべってるのがだが、残念ながらユーノがそれに気がつく事は無かった。 「じゃあ、まずはどうしよっか」 「うーんと、ちょっと待ってね……」 ユーノは上着のポケットから、ホテルの売店から買ってきたガイドマップを取り出す。それを広げて覗き込む。 「えと、ドラッヘンの環境は大きく分けて五つ。僕達の今いる亜熱帯雨林地域と、感想した砂漠地域、湿潤な湿地地域に、極寒の寒冷地域、灼熱の火山地域。それぞれにそれぞれのテーマパークがあって、独自の生態系を営む竜種を密漁から保護しつつ観光客向けに開放してるんだって」 「ふむふむ。それで、亜熱帯雨林地域の目玉は何なの?」 「えーっと…。やっぱり、保護公園の数少ない希少種、かな。昨日なのはが言ってたメレンゲ種とか……あ、ほら、今の季節だとアースワイバーン獅子種の子育てが行われてて、竜の赤ちゃんを見る事が出来るんだって」 竜の赤ちゃん、という言葉に、なのはの目が好奇心に輝く。 「竜の赤ちゃん!?見たい見たい!」 「じゃ、そこにまず行こうか」 ガイドマップを折りたたんで笑いかけるユーノに、なのはもまた笑顔全開で答えた。 「うん!」 「……へー。こういう風になってるとはねー」 「そうだねー。テーマパーク、って聞いたから、もっと人の手が入ってるのかと思ってた」 亜熱帯雨林の中、思い思いの感想を言いながら歩き回るユーノとなのは。二人の姿は、ホテルで着ていた私服ではなく厚手の探検服のような格好になっていた。 二人が何故そんな格好で亜熱帯雨林の中を歩いているのかというと、実はこれ、亜熱帯雨林地域のテーマパークなのである。 テーマパークといっても、何かそういうアトラクションがある訳ではない。唯単純に、一定地域を簡単な結界で隔離して、来場者には防御結界発生装置と警告装置を搭載した専用の探検服を着てもらい、自由気ままに歩いてもらう、というだけの事である。 無論、万が一のトラブルには防御結界が客の身を守るし、何か違反行為を行いそうになったら警告装置がそれを咎める。そもそも、ドラッヘンには人を襲うような生物は皆無なので、下手に原住生物を刺激しなければ全く問題がないのである。 まあ、A級結界魔導師であるユーノと、航空魔導師のエースオブエースであるなのはにそんなバリアジャケットもどきの衣服なぞいらないし、他次元でのマナーを心得ている二人に限って間違いを犯すはずも無いがそこは気分である。 事実、なのはは昔TVで見た探検隊を思わせる衣服にかなりノリ気だった。 「あ、見て見てユーノ隊長!あれって説明にあった雄のワイバーンだよ!」 「だからその隊長ってのはやめて……。まあいいか、どこ?」 なのはが見つけたのは、この地域では最大とされるアースワイバーン獅子種の雄だった。 アースワイバーン獅子種は、その名の通り獅子の鬣を思わせるような突起物を頭部に供えているのが最大の特徴であり、特に雄は深紅の鱗を持っておりとても猛々しい外見を持つ。彼らアースワイバーン達はその発達した翼で空を飛び、強靭な脚力で地を駆ける事から天地の覇者とも呼ばれている。 そんな勇壮な生物が、森林の開けた場所で丸まってすやすや鼻提灯を浮かべて眠りこけているのは、何だかほほえましいというか様にならないというべきか。他の次元では殺戮の権化とすら言われるワイバーンも、このドラッヘンでは大きなネコのようにさえ見えるから不思議だ。 見れば、大量の果物の食べかすが散乱しており、満腹になったのでお昼寝、といった所だろうか。 なのはとユーノは、眠っている彼を起こさないようにそろそろとその深紅の巨体に近づいてみた。 「うわー……野生のワイバーンをこんな近くで見れるなんて……」 「ユーノ君は他に野生のワイバーンにあった事あるの?」 「うん。前に一度、遺跡発掘中に襲われた事があるんだ。本来、ワイバーンっていうのは凄く凶暴で、攻撃的な生物なんだけど……このドラッヘンじゃそうじゃないみたいだね」 言いながら、ユーノは眠っている竜の鱗におおわれたごつごつとした首筋をゆっくりと撫でるようにさすってやる。 すると、眠っていた雄が気持ちよさそうに喉を鳴らした。ネコのよう、ではなくこれではまるっきりネコだ。 抱えていたワイバーンの印象とのあまりのギャップに、ユーノが苦笑のような笑いを溢す。なのははというと、初めて間近でみる巨大な竜の姿に、興味深そうに鱗を撫でさすっている。 「うーん。私も任務で他の次元の生物と交戦した経験があるけど……ここまで近づいてもおとなしいなんてちょっと吃驚。よっぽどこの次元って平和なんだね」 「そうだね。みんな果物を食べてて、お互いを襲う理由がないからだろうね。これも、この次元の豊富な自然のおかげなんだろう。でも、攻撃能力がないみたいじゃないらしい」 「そうなの?」 「うん。これでも、密猟者とか他の雄との雌を巡っての決闘の時は、それはもう凄まじいらしいよ。AAクラスの魔導師が、赤ん坊を狙って雄に撃退された、って話もあるらしい」 「うわー……」 すぴすぴと眠りこけている姿からは想像も出来ないが、やはりそこは竜種。攻勢に打ってでれば、戦闘能力は凄まじいようだ。 「……こうしてるの見ると、信じられないけど」 「そうだね。さ、なのは、彼を起こすのも気の毒だし、次にいこうか」 「あ、そうだね」 名残惜しそうに、眠る竜から離れるなのは。そのまま、眠る竜を起こさないようにそろそろと二人は探索に戻った。 それから数時間後。 なのはとユーノは、目当てだったメレンゲ種のコロニーを訪れていた。もこもことしたその抱き心地に、なのははにこにこしながら一匹のメレンゲ種を抱きしめながら頭を撫でてやっている。メレンゲ種の方も満更ではないようで、まるまると肥えた手足を意味もなくじたばたさせて喜んでたりする。構う方も構われる方もご機嫌なようで、ほほえましい事だ。 一方で、ユーノは何故かメレンゲ種に近づこうとすると「しゃふ〜〜」と緊張感の無い声で威嚇されるので、どうにも居心地が悪かった。 仕方が無いので、心の中で「……この色好きドラゴンめ」と呟きながら木によりかかってなのは達を見守っていた。 「?冷たっ……」 ぽつ、と水の雫がユーノの額を打った。じわっと伝わってきた冷たさに声を上げながらユーノが上を見上げると、晴れ渡っていた空には暗雲が立ち込め、ぽつぽつと雨の雫が降り注いできていた。 メレンゲ種達も天候の不穏を察してか、ふわふわと漂うように羽ばたきながら密林の奥へと次々に飛んでいってしまう。抱きしめていた最後の一匹が森の奥に消えたのを見送ってから、なのはも困ったように走り出した。ユーノもパンフレットを頭の上に翳しながら、小走りに走り出す。 「どうしよう、ユーノ君」 「とにかく、雨を凌げる場所を探そう」 僅かな間に、雨足が強くなっていた。土砂降りの中を二人して走っていると、すぐにちょっとした洞窟のようなものが見えてきた。壱もニも無く、走りこむ二人。 「丁度いい所に洞窟があって助かった……」 「うん。あー、でもびしょびしょ……」 さすがに、雨に対する防衛機構まではついている訳が無く、二人のきている服はずぶ濡れだった。生地が分厚いので透けて見える、という事はないものの、このままでは風邪を引いてしまうだろうし、肌に張り付いて気持ちが悪い。 「……仕方ない。バリアジャケットに着替えよう」 「うん、そうしよっか。……あ、でもこの服、間違って持って帰らないように分解できないようになってるみたい……」 「うー……ん。仕方ない、この服を脱ごうか」 「そうだねー……」 お互いにしぶしぶと頷いて、向かい合って座ったまま服の襟に手をかける。 と、そこでユーノが真っ赤になって怒鳴った。 「ちょ、なのは!?あ、も、もう、僕あっちいって着替えてるから!火もついでに起こしてるから、着替えたら呼んで!」 「え、あ……う、うん!!」 慌てて立ち上がって手近な岩の向こうに回るユーノに、なのはも今さら自分が異性の前で着替えようとしていた事に気がついて頬をそめた。 流石に、九年前じゃないのだし不味い事に気がついたらしい。 火照った顔で岩の向こうに回ったユーノから見えないのに顔を背けながら、なのはは恐る恐る服の襟に手をかけた。 ……その後姿をじっと見つめている、一対の鋭い瞳にも気がつかずに。 「……全く。信用されてるのはありがたいけど、ちょっと無防備すぎだよ……」 なのはに聞こえないようひそひそと呟くユーノ。 ちなみに今彼がいるのは、回り込んだ岩の裏どころかそれからかなり離れた洞窟の影だ。あの後、岩の裏で聞こえようとしたらなのはの着替える衣擦れやらなんやらが聞こえてきて、真っ赤になって慌ててここまで離れたのである。 なんだか随分と久しぶりな気がするバリアジャケットにどことなく懐かしさを感じながら、がさごそと魔法で火をつけた焚き火をいじくり返す。 「………。それにしても、なのは遅いな……」 服を脱いで、バリアジャケットを着装するだけだからそんなに時間はかからないはずだけど、と考えるユーノ。借り物だし、服も乾かさないといけないだろうに、とも思案するが、同時にまあ女の子だし色々あるんだろうとも考えてまた焚き火いじりに戻る。 その時だった。 岩の向こうから甲高い女性の声を聞いて、ユーノは弾かれたように飛び出した。一拍遅れて投げ出された木の棒が地面に落ちるよりも早く、岩の向こうに術式を展開しながら飛び出す。 「なのはっ!大丈……」 ……この時の彼の不幸は、立て続けのトラブルもあってかなのはを良くも悪くも「一人の女性」として捕らえてた事だろうか。冷静に考えれば、S級魔導師であるなのはが密猟者の一人や二人に悲鳴を上げる事はないし、もっといえばこのあたりの動物が人間に害意を持って襲い掛かる事はほとんどない。 だが逆にいうと、害意がないものにはなのはといえど反応しきれない訳で。 果たして、飛び出した彼はその光景を目の当たりにした。 ユーノが目にしたのは、下着姿で地面にお尻をついてへたれこんでいるなのはと、彼女に推しかかるようにじゃれついている一匹の幼竜だった。きゃいきゃいと声をあげてなのはにじゃれついている幼竜をよそに、なのはとユーノはお互いの顔を見つめあったままがちこちに硬直していた。 あー、あの竜、顔のまわりに突起があるや。じゃあ、あれがパンフレットで見た今繁殖中の竜の赤ちゃんかな。そういえばここ洞窟だし、奥のほうに巣とかあってもおかしくないよねー。丁度雨もしのげるしー。 混乱の極みの中、そんな事を考えるユーノ。現実逃避ともいう。 やがて時間が流れ出し、硬直から立ち直ったなのはの顔が真っ赤になったかと思うと。 「ご、ごめんn………」 「いやぁああああああああああああああああああああああああああああああああっ!?」 絹を裂くような乙女の悲鳴、ついで迸る桜色の閃光。そんでもっておまけにかき消される幼竜の悲鳴。 それをどこか遠くに感じながら、ユーノの意識は遠のいていった。 『しかしまさかデバイス展開抜きでディバインバスターをかまされるとは思わなかった。成長したね、なのは。 ……ともかく、僕が失神したせいで今日の観光はお預け。まあ、丁度大雨も振っていたし、大方の予定は回れたからいいかな。気絶させられた事よりも、なのはが必死になって謝ってくる方がちょっと困った。僕だって悪かったんだし、あんなに気にしなくてもいいのに。 とりあえず、僕が目を覚ました後、焚き火でキノコを焼いて食べてからホテルに戻った。ホテルの方だと、なんか色々騒がしかったけど……やっぱりあれかな。ディバインバスターが洞窟を突き抜けて雲をぶち抜いてたからきっとそれが原因だろう……。今、なのはが謝りにいってる。僕も行くべきなんだろうけど、調子が戻ってないのを理由になのはにベッドに縛り付けられてる。心配しすぎだよ、なのはったら。 今日は思わぬトラブルがあったけど、明日はちゃんと過ごせるといいな』 ―――――――あとがき――――――― こーの幸せものめ。 書いてて割りと殺意が沸いてきてしょうがない。 くそう、この幸せものめ(ボキャブラリー貧困気味 |