なんとなく、眩しい気配に目が覚めた。
 ベッドの上で布団に入ったまま、しばらく天井をぼけっと眺めてから、ユーノは身を起こした。
 眠気は無い。すっきりさっぱりした気分だ。
 ここしばらくずっと、引きずるような眠気を抱えての起床か、時間にせかされて飛び起きるのが常だった為に自然体で起床する事に違和感を覚えている自分に苦笑しつつ、ユーノは枕元の眼鏡ケースに手を伸ばした。
 眼鏡をかけて、頭の上で纏めていた金髪を解く。ばさり、と数年前、なのはにもらったリボンで止める為に伸ばした髪が背中に広がり、それを手馴れた様子でリボンで結ぶ。
 そこまでしてから、ユーノはふと、隣のベッドで寝息を立てている人物に気がついた。
「あ……」
 違和感に流されてつい一人の時のようにしてしまったが、今はユーノ一人ではなかった。
 彼は小さく微笑むと、自分のベッドから降りて隣のベッドに歩み寄って、その端に頬杖をついた。
 優しく微笑むユーノの視線の先、夢の世界で安らぐ一人の女性。彼と彼女がであってから、もう九年もの月日が流れ、少女が女性に花開くように成長しても、その天使のような寝顔はかわらない。
 その事にどこか安堵を感じながら、ユーノはゆっくりと彼女に声をかけた。
「なのは、朝だよ。なのは………」
 それは、九年前の焼き直し。
 眠る少女に、声をかける少年。
 例え月日が流れても、少女が女性に、少年が青年になっても……きっと変わらない光景。


 ユーノの次元旅行日記

 三日目

『○月15日 晴れ

 草を食む竜達。
 空を舞う竜達。
 みんな、誰も傷つけず傷つけられないまま、誰もが御伽の中の夢のような暮らしを送っている。
 その恩恵にあやかる形で僕達は夢を見る。……僕は夢も見させて貰えないみたいだけど』


「もう、ユーノ君のいけずっ」
「ご、ごめんなのは……」
「ふーんっ」
 取り付く島も無い。
 頬を膨らませてかわいらしく「ご機嫌斜めです」と示しているなのはに、ユーノは困ったように頬をかいた。
 実はなのはを起こしたのはいいものの、寝顔に見入ってた事がばれてからこの調子だ。
 ユーノとしても気恥ずかしかったのはあったが、なのはとしてはそれ以上だったらしい。ちなみにユーノは弁解するのと後悔で一杯一杯で、なのはの「見られた……下着に続けて寝顔まで見られた……あぅぅぅ」と真っ赤になって呟いているのには全く気がつかなかった。
「だからごめんってば、なのは……」
「むー……。仕方ないから許してあげる」
「本当?」
「うん。でもその代わり、今日はちゃんとエスコートしてね?」
「も、勿論」
「うん♪それならよろしい」
 ころっと態度を変えてにこにこと笑顔になるなのは。ユーノがそんな彼女の移り身の速さに唖然としてると、なのははちょいちょいとその肩を押した。
 ?と首を傾げるユーノを引っ張って、恥ずかしそうに耳元で呟く。
「………期待してるから、ね?」
「…………っ!?」
 ぼぼぼぼぼっと真っ赤になるユーノ。なのははちょっと恥ずかしそうに、でも嬉しそうにくすくすと笑う。
 なんだかんだいって、結局なのはに手綱を握られている気がするユーノだった。

「それで、今日はどうするの?」
 なのはの質問に、ユーノはアルフから貰っていた旅行ノートを広げて見せた。
「えとね……スケジュールだと、一つの地域を二日で回る計算になってる。これで十日分で、行きと帰りは疲れがあるから休みたいし、あとの二日は買い物とかイベントにつかう予定だね」
「休みは14日だから、それが一番順当なスケジュールかなぁ……」
「うん。でもアルフ、気合いれすぎだよ。一日の予定表が分刻みで書いてあるなんて…」
「えへ。実はちょっとだけ、私も協力してるんだ。スケジュールが分刻みなのもそのせい」
 だからちょっとだけ予定も知ってるんだけど、とイタズラっぽくちろりと舌を出すなのはに、ユーノも苦笑する。
「そうだね、戦技教導隊はスケジュール厳しそうだもんね」
 その場その場で要求される仕事を積み木崩しのようにとにかく消費していく無限書庫の仕事と違って、なのはのいる戦技教導隊は、武装局員に戦術のイロハを叩き込む訓練教官であると同時に、有事の際の最大戦力だ。
その行動スケジュールがきっちり定められているのは当然の事なのだろう。さらに、大抵出撃に関しては緊急出撃が入る事がほとんど。その上で長期休暇をなのはが取れたのは、ユーノにとっては行幸であると同時にちょっとした驚愕だった。
「……そういえば、今さらだけど緊急出撃、大丈夫なの?」
「もぅ、ユーノ君ったら。そういうのは最初に聞くものでしょう?」
「あ、ごめん……。なんか旅行に来てから狂いっぱなしだなあ……」
「いいのいいの、旅行の間ぐらい仕事の事は忘れよう?とりあえず、そのあたりは大丈夫。隊長さんから緊急時には連絡がちゃんと入るし、ユーノ君がいればまっすぐ本局まで飛べるでしょ?」
「それもそうか」
 納得するユーノ。これでも、A級結界魔導師であり、無限書庫司書としての鍛錬も仕事の合間に行っている。それになのはに信頼されているとなれば、頷かないわけにも行かない。
「それにしても、やっぱり教導隊の仕事って大変だね。無限書庫は依頼を消化するのが基本だからそういうのないから」
「何言ってるの、無限書庫だって大変でしょ?一日のノルマとかあって、それをちゃんとこなさないといけないんだから」
 なのはの言うのもその通り。
 ユーノ自信が気がついていないだけで、無限書庫の仕事も戦技教導隊のそれに匹敵するほどの過密スケジュールだ。ただ単に一日中仕事が次から次へときて忙殺されている為に、無意識で行動してしまっているだけで。たとえるなら、無限書庫のスケジュールはユーノの脳内では「予定:検索一杯」な感じでおおざっぱな時間分けになっているが、仕事場での動きを見れば五分の休憩、何何の検索に十分何秒、そのレポート作成に何分何秒……といった感じで、機械なみに正確に仕事をこなしている。さらに来客があった場合はその予定も組みなおさないといけないので、無限書庫のスケジュールはほとんど生き物じみた奇奇怪怪な構成を見せてすらいる。とどめに、それぞれの司書に担当する分野があって、やはり独自の仕事サイクルを持っており、無限書庫の整理活動の一環としてその全てを管理する無限書庫司書長に与えられる情報量はどれだけのものになるのやら。それも情報だけでなく、上司としての部下に対する付き合いも含めて、だ。
 人手が増えても、無限書庫の整理と請求書類への対応が未だに遅々として進まないあたりの本当の理由は、どちらかというとこっちである。手が増えても、それを円滑に運用できなければ意味がないのだ。そのあたり、ユーノはよくやっている。
「別に。ちょっと忙しいだけだよ」
 そんなものを、忙しい、の一言で片付けてしまうユーノがおそらく非凡なのだろう。
 そしてなのははその様子を横から見ているだけに、ユーノの言葉に苦笑いを返すだけだ。
 この当たり、なのははいつになってもユーノには勝てない気がした。魔法の扱い、という意味では習熟したつもりだが、無意識に最適なスケジュールを構成しそれを実行するなんて到底無理である。

 しかしながら、そんな事はこの際問題ではない。
 高町なのはがユーノ・スクライアに対して抱いている問題は、そんな技術的だとか能力的だとかそういうものじゃないのだ。

「さ、とにかく仕事の話はここまで!」
 ぱんぱん、と手を叩いて不毛な会話を打ち切る。せっかく旅行に来ているのだ、楽しい時間を無粋に仕事の話題で潰すのももったいない。
「そだね。じゃあ、早く行こうか」
「そうそう、フライトバスがでちゃうもの。急ごう?」
「うん」
 そういって、二人はごく自然に寄り添って歩き始めた。
 かつてのように。


 二人と多くの観光客を乗せたフライトバス……文字通り空を飛ぶバスみたいな乗り物……は、ホテルを離れ、周辺に茂る密林をこえて、山の向こうまで飛んだ。
 そしてその先に広がる光景に、バスにのっていた観客全員が声を上げた。無論、なのはとユーノもだ。
 眼前に広がるのは、どこまでも続くなだらかな丘陵地帯。木々に一面覆われていた雨林と違い、こちらは林といっていいレベルの木々の集まりが見られるものの、基本的には緑色が鮮やかな牧草の生い茂る草原のような地形が、なだらかに凹凸しながら広がっている。
 その草原を両断するように密林からずっと繋がって伸びている川。その川岸には、四速歩行の草食竜が群れで集まって水を飲んでいるのが見えた。それも、数が尋常ではない。ぱっと見ただけでも、数百数千には上るはずだ。
 森林にも様々な竜種がいたが、これほどの数が一度に集まったのは見た事が無い。ユーノとなのはは窓に寄り添ってその光景を見ていた。
「たくさんいるねー……」
「うん、たくさんいるなぁ。あれって、家族同士で集まってるんだって」
「ええ!?あんなにたくさんの竜が?!」
「うん。あの種類の竜は、家族でコロニーを形成するから。まあ、さすがにあれ全部が同じ血縁関係とは思えないけどね」
「博識ですね、お客さん」
「え?」
「わっ」
 ふい、と二人に割り込んでくるガイドの人。蒼い観光会社の制服を着たその女性は、にこにこと笑顔を浮かべたまま得意そうに解説を始める。
「実はですね、このあたりのカプケトロス……ああ、あの竜達なのですけども、全て同じ血縁関係を元にするもの……すなわち家族なんですね。全部」
「ええええ?!で、でもそんなの……」
「ええ。数が多いのは、敵がいないので当たり前なのですが、あまり近親が重なると普通は遺伝障害を持つのが普通ですよね。でも、この次元の生物はそのあたりの構造がやや特殊のようでして、近親による障害に対してかなり抵抗があるようなんです」
「……えっと、つまり家族同士で子供を生んでも、人間や他の次元の動物みたいに子供が生まれなかったり障害を持って生まれることがないってことですか?」
 普通、生物というのは同じ血縁の者とは正常な子を為すことができない。それが、遺伝子が異なる二重鎖で成り立つ構造になっているからか、それとも他の理由からか、詳しい原理は明確にされていないが同じ遺伝子、正確には同じDNA鎖を持つもの同士で子供を作ると、遺伝障害を持って生まれるか、あるいは出産にいたるまで成長しない事が多い。特にその傾向は、哺乳類等の後期に出現した種類に顕著だ。
 これは偏った性質を持つ子孫を残さない遺伝子の自然な働きだと言われているが、驚くべき事にこの次元の生物はその例に含まれない。無論、異常がある個体が生まれるは事自体はあるが、それも驚くべき低確立での話に過ぎない。
「そんな事って……」
「研究者の話によると、他にも植物の供給量に対して天敵がいないのを考えると個体数が少なすぎる、との意見もあるそうです。ドラッヘンという特異な環境において、これもまた未来永劫行き続けるための特殊な進化なのかもしれませんね」
「はぁ……。あ、詳しい話、ありがとうございます」
「いえいえ、これも仕事ですから。それでは、もうそろそろ着陸しますので、ごゆっくりお楽しみください」
「はい、ありがとうございましたー」
 ではー、と去っていくガイドに別れを告げて、ユーノは再び窓の景色に視線を戻した。
 着陸が近いと言っていた通り、すでにバスはかなり低い高度を取って飛行している。おかげで水を飲む竜達の様子が今までよりよく見えた。
 今まで平和な光景で心温まる、といった感じしかなかったが、先ほどのバスガイドの話を踏まえてみると、なるほど確かに色々と考えさせられるものがある。ユーノの中に眠っていた探求者としての顔がむくむくと起き上がり、顔を出す。
 と。
「えいや」
「わわっ!?」
 唐突に眼鏡を取り上げられ、すっとんきょうな悲鳴を上げるユーノ。慌てて振り返ると、ぼやけた視界でなのはが眼鏡を手で弄びながら膨れているのが目にはいった。
「……ユーノ君、私の事無視した」
「え、あ?あ、ごめんごめん、ちょっとさっきの話が気になって」
「ふーんだ。どうせ私は休暇が重なっただけの唯の元同僚だもん。ユーノ君にとってはどうでもいいんでしょー」
「だから、そんな事ないよ。なのは、なのはってばっ」
 不毛な言い合いも良いところ。周囲からほほえましい視線を向けられているのに一向に気がつかず、二人は長い事言い合っていた。
 結局このやりあいは、論争の末ユーノがなのはの荷物を全部持つ、という事で収まった。
「……なんでさ」


 そんなこんなを経て、ユーノとなのはは丘陵地帯をガイドに連れられて回り始めた。
 このガイドと巡る、というのが丘陵地帯のイベントなのである。
 いくらドラッヘンにおいては限定された地域ではあるといえ、次元全体の話なので丘陵地帯だけでもとんでもない広さがある。それに、密林のように一日ほっつき歩くだけで何か特別おもしろいものに出会えるような場所でもないので、丘陵地帯での観光はガイドに付き従って、風景を楽しみながら竜達ののんびり姿を見たり、草原に作られたイベント用の牧場で竜と戯れたりするのである。
 そして今、なのはとユーノはカプケトロスの乗竜コーナーに挑戦していた。ブリーダーが人によく慣らさせたカプケトロスの背中につけた鞍に跨って、かぽかぽ牧場を一周するというものである。
 一見簡単そうだが、これがなかなかに大変。何せ、カプケトロスの成体は結構な大きさだ。その背中の上となるとかなり高い上に、四速歩行でも揺れるものは揺れるのだからぐらぐらと傾くのである。
 イメージ的には、馬の鞍の上に椅子を置いて、それに腰掛けてるのが一番イメージに近いかもしれない。とにかく、ふらふらとしてなかなか慣れない。
「……わ、た、た……」
「ちょ、危ないってなのは!?」
 体勢を崩したなのはを、後ろからユーノが抱きとめる。なのはは一瞬真っ赤になったが、おとなしくユーノの腕の中に納まった。心なしか嬉しそうに見えるのは、まあ気にしないで置こう。
 だがユーノはそんな彼女に気がついた様子もなく、なのはから手綱を預かるとかぽかぽと歩くカプケトロスの歩みを止めさせた。
「大丈夫、なのは?」
「う、うん、ごめんね」
「いや、いいけど………まだ直ってなかったの、運動オンチ……?」
「うん……その、魔力を用いての機動戦闘とかは全然大丈夫だし、体力とかは教導隊に入って随分とついたつもりだったんだけど……あはは、なんとも生来の運動センスは駄目なようでして」
「戦闘ではあんなに対応が早いのに、なんでこー直接の運動になると駄目なのかななのはって……」
「うにゃー。それを言わないでぇ……」
 真っ赤になって縮こまるなのは。それもユーノの腕、もとい胸の中で。
「ははは……」
 平静を保っているようにユーノだったが、内心は冷や汗ダラダラ、心臓バクバクだった。なにせずいぶんと疎遠だったとはいえ、なのはは彼にとってある意味初恋の人であり、眩しい存在だった。それが今日昨日で急に一日顔を見合わせる事になっただけでもうドキドキなのに、どうも旅行に来てからのなのははハイになっているのかこう、コミュニケーションがユーノ的に大胆で、どうしても意識してしまう。
 今だって、自分のバクバク言っている心臓の音がなのはに聞こえやしないかとビクビクしていたりする。
 まあ、そこで期待を抱かないのがユーノという人間なのだが。
「どうする?もうちょっと乗る?」
「うん!絶対、最後まで一周するんだから!」
 気合は十分ななのはに、さて、どれだけかかるかな、とユーノはもう既に豆粒にしか見えないほど先にいってしまったほかの参加者を見て、空を仰いだ。そもそもこのままだと、なのはが一周する前に自分の限界がきそうだ。

 ユーノの気持ちとは裏腹に蒼く澄み渡った空を、一匹のワイバーンが舞っていた。


「あ、ユーノ君ユーノ君、ワイバーンにも乗れるんだって!!行こう行こう!」
「う、うん。が、頑張るよ……」
「?どうかしたの、ユーノ君?」


『最初はどうなるかと思ってたけど、なのははワイバーンの方があっていたらしくさほど心配もなく乗りこなせるようになってた。逆に僕はさっぱり。どうも、ワイバーンとは相性が良く無いみたいで、一人で乗ると何度も故意に乱暴に飛ばれて落ちそうだった。なのはがいると安全なんだけどね。
 ガイドさんの話だと、よく訓練しているのにおかしいなあ、との事。先日のメレンゲドラゴンの事もあるし、竜種って僕には鬼門なのか?
 ともかく、今日は予定通りに回れて一安心。最後には大きなトラブルもなく、日が暮れるまでなのはと一緒にワイバーンに乗竜しての散策を楽しむことが出来た。
 なんだかこの旅行に来てから、昔みたいになのはと気負う事なく話せるようになった気がする。まだ三日目だけど、明日も、明後日も、今日みたいに楽しくなのはと過ごせるといいな。

 明日からは、砂漠地帯を巡る予定。砂漠には、この次元でもっとも特殊な生態系が営まれているらしく、とても楽しみ。有名な海水浴場もあるって、なのはは凄い楽しみにしてる。一体、どんなところなんだろうか』




―――――あとがき―――――――

うーん。純粋にほのぼのなのかはちと疑問。
でも、私の作品としてはほのぼのしてる方だと思うので、リズムを崩さずに書いていきたい。
ちなみに、今の所デスクトップ表示で一話あたり14kbは維持。特に意味はないけどこれを貫くのさっ。





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