「うにゃー……」
 深夜。
 ふらふらと御不浄に行っていたなのはは、寝ぼけ眼で唸りながら寝室に戻ってきた。
 なんていうか、休みと旅行で気が抜け切っているのか、睡眠中でも緊急コールがかかればいつでも臨戦態勢な戦技教導官の姿はそこにはない。
 まあ、相部屋にいるのが彼女が最も信用する一人であるユーノだというのも大きいのだろう。が、それにしても腑抜けすぎだった。
「うにゃ……」
 ベッドに戻ろうとした彼女だったが、布団は大きく開かれて放置されていたので冷えている。そこで回転が止まっていても鋭い脳味噌はある結論をたたき出した。
 このベッドは冷たい。でも、隣のベッドは暖かい。
 それがどういう事なのか深く考えもせず、なのはは本能に従って暖かい方のベッドに入っていった。
 不思議な事に、そのベッドは暖かいだけでなく優しかった。なのはは頬をゆるませて、すやすやと夢の国に落ちていった。


 翌日。
「……………なのは、僕を殺す気?」
 ベッドの中で、なのはに両手両足でジ○クブリーカーを喰らったような体勢になっているユーノは、目の舌にどす黒い隈をつくり金髪をぼさぼさにして半眼で天井を見上げていた。その肩に、何を寝ぼけているのかあむあむと噛み付いているなのは。
 ある意味、寝起きでどっきりはさけられたのだが、夜中に噛み付かれて目が覚めてからずっと、生き地獄を味わっているユーノだった。
 ちなみに、胸とかの感触を味わうどころか、骨が砕かれそうだったとの事。教導隊での訓練は非力な少女をアームレスリングの選手に鍛える事も可能らしい。


 ユーノの次元旅行日記


 四日目


『○月16日 晴れ

 喜びと悲しみは紙一重というけれど。
 苦痛と喜びが一心同体でラッシュをしかけてくるのはどうなんだろう』


「ご、ごめんね、ユーノ君。私ったら酷く寝ぼけちゃって……」
「あー、別にいいよ……。でもちょっと気を抜きすぎてるんじゃないかな」
「はぅ………気をつけます」
 ホテルのエレベーターで地下に折りながら、二人は朝の事を話していた。ユーノは厚手の部族で愛用していた麻編みの服で、なのはは白いワンピースだ。今日は砂漠に行くという事で、ユーノはそういった場所にあった部族伝統の服を持ち出し、なのはは単純に熱いからという理由で薄着を。本来砂漠っていうのは直射日光が最大の敵なのでなのはの服装は勘違いといえたが、そのあたりはレイジングハートが黙って防御フィールドを張り巡らせていた。主の気分をくじかないようとのその配慮に、気がついているユーノとしてはほほえましい限りだった。
 ちなみに、困ったような顔のユーノの首元には包帯が垣間見え、なのははというとひたすら紅くなって縮こまっていた。
 無論、なのはがホールドを決めた挙句、あむあむと噛み付いた事についての話題をしていたせいだ。思ったより深く噛み付いてたせいで、一応肩には消毒したあと包帯を巻いている。流石に噛み付かれた後をさらすのは問題だし。
「それにしてもレイジングハート、君が止めてくれればよかったじゃないか」
『I am sorry.But,I can not stop my master』
「ひっどーい!寝ぼけていてもレイジングハートの言葉ぐらい聞くよっ!」
『Really? I called up my master,but you did not answer two days ago』
「う、そ、それは……だってユーノ君が……」
「え?!なんでそこで僕が出てくるのさ?!」
 ちなみに、そのやりとりをひっそりきいていたホテルの従業員Aさんは、「まあ、ハードな関係なのね」とあらぬ勘違いをし、純粋だけど耳年間なBさんは「き、キスマーク……?」と包帯に邪推をのさばらせてみたり、ついでに部屋のシーツを変えているCさんは「……?片方のベッドだけ荒れてるな……若いねえ」等と各々がステキに勘違いをしている。イベント好きな彼らは、近く二人に祝福の贈り物を送るつもりらしい。何やってるんだ貴方達。
 まあそんな混沌とした背景など露知らず、ユーノはがさごそとカバンをあさると何やら被り物を取り出した。藁であまれた、全方位に広がったつばが特徴的な形状の、典型的な麦藁帽子。
 日本ならともかく、全次元的に見ても珍しいはずのそれを見てきょとんとするなのはに、ユーノははい、とそれを被らせた。
「ゆ、ユーノ君?」
「今日いくのは砂漠らしいからね。日射病になるといけないから、被っておくといいよ」
「あ、有難う……でも麦藁帽子なんてどこで?」
 その言葉に、ユーノは苦笑しながら、
「買ったんじゃないよ。編んだんだ」
「えっ!?」
「ちょっと反則をしたけどね。アルフに頼んで、大急ぎで藁を送ってもらって、昨日なのはがお風呂に入ってる間にちゃちゃっと魔法で」
「あ、う……で、でもなんで?」
「なんでかな?」
 ユーノはそこで、かすかに微笑を浮かべた。なのはと一緒にあった頃は、いつものように浮かべていて、けど最近は見なくなったあの笑み。なのはにとってユーノの子供時代を象徴していたはずのその笑みが酷く大人っぽく見えて、なのはは訳もなく胸をドキマキさせた。
「不思議とね、なのはにはそれが凄く似合うんじゃないかって思ったんだ。ここの売店で売ってるのよりも、ずっと。そう思ったらいてもたってもいられなくなっちゃって」
「……私の為に……?」
「うん。なのはが日本出身だからって訳じゃないけど……きっと君には、それが一番似合う。ちょっと、作りが荒いかもしれないけど」
「う、ううん。そんな事ないよ」
 なのはは大事な宝物のように、その麦藁帽子を抱きしめた。そして、おずおずと被りなおす。
「に、似合うかな?」
「うん、とても」
 それはユーノの本心だった。
 白いワンピースに、アクセントのように煌く帽子に巻かれた紅いリボン。それに、なのはの優しい顔つきに、藁帽子の暖かな雰囲気がとてもあっていた。
 心の底からの賛辞に、なのはは顔を紅く俯かせたまま、ユーノの隣に寄り添った。ぎゅ、と手を握り締めながら、
「……じゃ、じゃあ今日も、期待してるね……エスコート」
「うん。お任せくださいな、お姫様」
 ユーノもまた、心の底からの笑顔でそれに答えた。
『......Does old master skillful temptation?』
「……私誘惑なんてしてないよ、レイジングハート?」
「ははは……」
「誘惑するならもっとちゃんとするもんってはっ!?」
「………なのは?」
「ちちちちちち違うよ気にしないで言葉のあやだからそうそうそれより早くトランスポートに行こう行こう!」
「あ、ちょ、引っ張らないでなのは〜〜〜っ!?」


 そんなこんなで、ホテル地下の長距離トランスポートに向かった二人。
 ホテルの地下にそのようなものが設置されているのには、勿論理由がある。
 ドラッヘンは前述のとおり未開の地域であると同時に、極めて貴重な生態系を持つ次元だ。その重要性と希少性を理解した管理局とミッドチルダを含む各次元の政府は、ドラッヘンの環境保全に対して極めて神経質に取り組んでいた。
 その一つが、こういった観光施設を設けながらも、その敷地を極めて限定するという事。実質このドラッヘンに存在する都市といえるものは、なのは達のいるメインタウンのほかには、砂漠の海水浴場にある多数の宿泊施設、極寒の雪山にある研究施設ぐらいなものだ。さらに、衛星軌道上には無数の観測装置が並んでおり、密猟者の不法な転送を防ぐと同時に、それにより民間の転送ルートも厳しく管理されている。つまり、従来のように各観光施設を直接リゾート地に建てるのが困難なのである。それ故の、長距離トランスポート施設なのだ。
 もう一つの理由として、ドラッヘンという環境において人間が気軽に出歩ける地域が少ないという事だ。特に奥地は。
 無論、これら警備もドラッヘンの奥地には目が届かないというのもあるが、そこは別の意味で安全だからだ。何せ、ドラッヘンの生物は総じて温厚だが、奥地にいけばいくほどその保有する戦闘能力は爆発的の向上しており、下手に手を出せば消し飛ばされない、そんな化け物がごろごろしている。おまけに中には、言語や魔術を行使するほどの種もいるのだという。密猟者達とて人間だ、一匹で落下する大型民間貨物船を支えきるような化け物とやりあう気にはなれないだろう。
 ちなみにこれは無限書庫司書であるユーノだから知りえた裏話だが、この時民間船を救助した竜こそがその言語を介する竜であり、彼(彼女?)のおかげで不時着者達は生き延びただけでなく、このドラッヘンを観光地にあたって色々とアドバイスしてくれたのも彼(彼女)だという真実がある。
 だが、それをユーノがなのはに話す事はなかった。今回は観光なのだからそんな奥にいく事はないし、何よりなのはとの旅行だけに専念したかったからだ。
 そして、やはり……眼前に広がる、黄土色の大地に言葉を失っていたからだろう。
「………」
「うわ……」
 二人が目にしているのは、簡易ホテルもかねるトランスポートの砂漠側ロビー。そこはやはりガラス張りになっていて、そとの景色が良く見える。
 そして広がる光景。
 まるで、地球のアメリカにあるという渓谷のようなものが縦横無尽に広がる罅割れた台地。そしてそれが地平線に向かうにつれ段々と砕かれたように岩の転がる荒地となり、さらにその向こう、地平線にそうように、金色の砂原が広がっているのが見えた。
 無論、そういった光景をテレビで何度もなのはは見たことがあるし、任務でそういった地形を訪れたこともある。だが、やはりブラウン管越しや、任務意識を抱えている心構えとでは、全然インパクトが違っていた。
「うーん、やっぱりじっくり見ると、凄い光景だよね」
「僕としては、やっぱ懐かしいかな、どちらかというと」
「懐かしい?」
「うん。スクライアの一族は遺跡を巡って次元を回ってるから……こういう、荒れた場所にキャンプを張る事が多かったんだ」
「ふーん……あ、ガイドさんが呼んでる。いかなくちゃ」
「おっと、遅れたら大変だ」
 二人は慌てて、荷物をかついで走り出した。


「こんにちは、皆さん。私、本日皆さんのガイドを勤めさせていただく、マセラティ・オペーラと申します。よろしくお願いしますね」
 数十人の観光客一同を前ににっこり微笑む、翠の制服に袖を通した女性。どうやら、彼女が今日のイベント担当であるようだが、しかしなのはとユーノは彼女を前にえもいわれぬ違和感を感じていた。なぜなら。
「………シャマルさんに似てるような」
「………というか、そっくりだよね」
 そう。二人の会話が示すとおり、マセラティというガイドはシャマルそっくりだった。むしろ、本人がガイドの格好をして出てきているんじゃないかと思えるぐらいだ。だが、髪の色は深い湖のような蒼だし、感じる魔力の波長からしても別人だ。とはいえ、知り合いと瓜二つの人間にガイドされるというのもなかなかに不可思議な体験である。
「……な、なんかやりづらいなぁ……」
「あら?どうかなさいました、そこのカップルさん」
「カ、カップル!? い、いや僕たモガモガッ!?」
「べ、別に何でもないですよっ。ただちょっと、マセラティさんが知り合いにそっくりだったもので、ちょっと吃驚してたんです」
「私に?あら、それって不思議なお縁ですね。ひょっとしてその人、ベルカ出身じゃありませんか?」
「え?」
「あら、そうなんですね?うわー、不思議な縁もあったものですね。ひょっとしたらその人と私、遠い親戚だったりして」
 なーんてね、とクスクス笑うマセラティとは逆に、なのはとユーノは苦笑いをしながら固まっていた。………世の中、不思議な事もあるものである。
「って、なのは……なんでいきなり口を塞ぐのさ。勘違いされちゃったらどうするの?」
「あ、え、えとその、ほら、あそこで否定してもこじれるだけじゃない?あのガイドさん、性格もシャマルさんっぽい気がするし、きっと追求してくるよ?ね?」
「うーーーん……まあ確かにそんな気もするけど」
 しぶしぶ頷くユーノ。……本気でごまかされてる事に気がついていないらしい。そんな彼の様子になのはがほっと息を吐いていると、ガイドがやってきて何やら二人に差し出した。
「え?」
「え、じゃないですよお客さん。ほら、他の皆さんにはもうくばっちゃいましたよ?」
「あ、すいません……」
「もう、お二人の世界に入るのは結構ですけど、せめて説明を聞き終えてからにしてくださいね?」
「ご、ごめんなさい」
 渡されたのは、何やらなのはの世界でいうデジタルカメラを思い切り小さくしたようなものだった。ただ、普通のデジタルカメラと比べてもボタンが凄まじく少ない。電源と、撮影ボタン、あと十字ボタンぐらいしかないのではないだろうか。
 何これ、といわんばかりの一同を前に、ガイドはむしろ胸を張ってその小さな機械が行き渡ったか確認している。
「さて、皆さんにちゃんと行き渡りましたね。それでは、これから皆さんにはそれを使ってある事に挑戦してもらいます」
 一呼吸貯めて、マセラティは言い放った。
「皆さんには、宝探しをしてもらいましょう!」
「「宝探しっ!?」」
 宝探し。それは男性の浪漫、女性の夢。一攫千金を夢見て未知の遺産を探す、魅力溢れる大冒険。そんな意味合いの言葉を前に、観光客一同が色めき立つ。特に、ユーノなんかは驚愕と興奮のあまり機械を取り落としてなのはに窘められていた。
「はい。説明しますとね、このあたりの地形は風化作用と浸食作用によって、積み重なった地層がえぐられて出来たのです。その為、古来の竜の化石や貴重な鉱石等がかなり転がっている上、さらに!我々ドラッヘン環境管理局の調査によれば、このポート周辺には極めて貴重な動植物が群生している事が分かっているのです。そ・こ・で!皆さんにはこれから制限時間内に一定区域を駆け回り、貴重な遺産を見つけたならすぐさまその機械で!パシャ、っと写真に収めてもらいたいのです」
 しかも、と観客の興奮をあおるようにオーバーアクションで続きを告げる。その言葉に、間違いなくその場にいた観光客のボルテージは最高潮に達した。
「環境保全の為発見した全てを持ち帰る事はできませんが……しかし!特別に一つだけ!審査を通ったものでなら皆さんがお持ちかえる事が出来るのです!」
「おぉおおおぉおっ!?」
 盛り上がる観光客。やってる事は実質唯の探索なのだが、マセラティは巧みに宝探しというキーワードとのりの良さで場を盛り上げていた。時空管理局に所属するなのはとしてはちょっと苦笑いものだが、どうやら制限が厳しいようなのでちょっと安心だった。やっぱり、昨日まで巡った範囲だけでもドラッヘンの自然の大切さが分かっていただけに、あんまり人がどやどやと荒らすようなイベントにはちょっと抵抗があったようだった。
「ちょっと吃驚したけど、ガイドさんのいう事が本当なら、あんまり気にする必要はないかな?」
 そういって、なのはは隣にいるユーノに振り返って……固まった。
「………………」
「ユ、ユーノ君?」
 目がマヂだった。
「さあ、皆さんファイトですよ!ここでばしっとレアな宝石でも見つけてしまえば、他のどんな場所でどんなにお金を積んでも手に入らない、一生に残るお土産になりますよっ」
 そう宣言し、話を切り上げたマセラティは懐から、一丁のカンプピストルを取り出た。それを空に向けて構え、空いた左手で左耳を塞ぐ。予感を感じて一斉に身構える観光客。そして……。
「それでは皆さん、決して自然の破壊に及ばない程度でこれから二時間!頑張ってきてくださいねー?では、スタートッ!!」
パァンッ


 ちなみに。
 なのははなんだかんだいって貴重な花の生い茂るスポットを見つけてその写真を夢中になって収め、ユーノはユーノで久しぶりのフェレット形態で縦横無尽に大活躍するのだった。


『なのはと砂漠の瓦礫地帯で宝探しと称したネイチャーウォッチング。そりゃまあ、途中まで本気で散策してたけど、やっぱりなのはと一緒に楽しんだ方がずっとよかった。
 特になのはの見つけた岩陰の花園なんかは凄く綺麗で、時間も残ってたので陽射しを避けながらなのはとゆっくり話し込むことが出来た。なのはの白いワンピースと麦藁帽子が、凄く花にはえてまるで妖精のようだった。
 結局宝探しの方は、途中で切り上げちゃったからそんなに見つからなかったけどなのはは見つけた花を一輪もらって押し花に、僕は見つけたある鉱石を貰う事にした。
 ……実を言うと、なんでこの鉱石を選んだのか、自分では少々複雑な気分。だって、この鉱石の名の意味は……いや、日記に書く事じゃないか。
 宝探しが終わった後は、今度はちゃんと管理されてるというサボテン花園をなのはと訪れた。サボテンの花なんてどうかと思ったけど、花そのものは凄い綺麗で匂いもよくて、とてもサボテンとは思えなかった。なのはも凄い喜んでて、何枚も一緒に写真をとった。
 いよいよ明日は本番ともいえる、砂上船での砂の海巡り。一体何が待っているのか、今からとても楽しみだ』



――――あとがき―――――
どーも最近、物事をマイナス面で捕らえてしまいがち。
今朝なんて、落ちたら企業から手紙が来る事になってるんだけど、その残念でしたな手紙が家に届く夢を見た。一度飛び起きて寝てもその夢だった。勘弁してくれ。
今回は砂漠への導入編と、ぶっちゃけ私がああいう瓦礫地帯でのイベントを思いつかなかったからこんな流れに。いちゃいちゃを期待していた人には物足りないかもしれないけど、まあそれは次回に期待していただきたく。
む、15kbになっちゃった……。





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