魔法少女リリカルなのはStrikerS 『翠の伏龍と蒼の賢者』 第二話 機動六課と司書長補佐 新暦75年4月 ミッドチルダ中央区画 湾岸地区 「ここが……機動六課か」 照りつける日差しを、右手をかざして遮りながらシチセイは呟く。 「立地条件としては悪くないな。見通しが良いから守りやすい」 グルリと周囲を一望し、なんとも色気のない感想を漏らすと止まっていた足を動かす。 「本来の発足予定から一ヶ月ずれ込むとはな。……ユーノの話だと陸の連中からの『嫌がらせ』らしいが……相変わらず縄張り意識は無駄に強いらしい」 機動六課設立には多くの後ろ盾がいた。 聖王教会の騎士や本局の総務統括官、提督など。 肩書きだけで腰を抜かすような連中が、六課設立を唱えた『八神はやて』を支持した。 若干二十歳に満たない少女が本来ならばありえない『部隊の設立』を打診し、あろう事か大した障害もなしに成し遂げてしまったのだ。 年功序列という古い考え方で物事を測ろうとする者たちからすればそれは酷く目障りに見えた。 特に縄張り意識が強い地上部隊はその傾向が顕著であり、強硬派と言われている『レジアス・ゲイズ』中将などその典型と言える。 彼は最後まで六課の設立に反発し、盛大に足を引っ張ったのだ。 一ヶ月の発足延期はその影響である。 「ほんとに阿呆だな」 脳裏に浮かぶのは神経質そうな顔をした強面の中年。 十年前のあの日、友人を失ってから変わってしまったある意味での被害者。 「このままじゃゼストさんに顔向け出来ないな」 呟きながら制服の内ポケットに手を入れる。 彼が出したのはミッドチルダでは珍しい懐中時計だった。 表記はミッドチルダの暦と時間に変えてあるようだが、ずいぶんと古ぼけた印象の物だ。 「時刻は九時前。ま、丁度良いくらいだな」 蓋を閉じてまた懐に戻す。 「さて……と」 閉じていた右目を開き、一瞬だけ息を止める。 浅く吐かれた息に乗せてそれまで思い出に耽っていた自分を戒める。 『見える事のない右目』を再び閉じると彼は小さく呟いた。 「……行くか」 無限書庫司書長補佐 シチセイ・オウハ。 午前8時50分 機動六課着任。 機動六課 部隊長オフィス 「これからよろしく頼むな。なのはちゃん、フェイトちゃん」 機動六課課長である『八神はやて』は和やかな表情で目の前の二人に声をかける。 「勿論だよ、お互い頑張ろう。はやてちゃん」 「こちらこそよろしくね、はやて」 彼女の言葉に笑顔で応える『高町なのは』一等空尉と『フェイト・T・ハラオウン』執務官。 「皆さんと一緒にお仕事が出来てリインも嬉しいですよ〜〜♪」 彼女らのやり取りを嬉しそうに見つめるのは八神はやてのユニゾン・デバイスである少女『リインフォースU(ツヴァイ)』。 三十センチ程度しかないその小さな身体で彼女らの周囲を旋回してその喜びを表現する。 そんな無邪気な彼女の行動に自然と頬を緩ませる三人。 そんな穏やかな空気を切り裂くように入室者を告げるブザーが鳴った。 「あ、どうぞ〜〜」 「失礼します」 はやての許可を得て無骨な男性の声が響く。 気の緩みを叱咤するようなその声に、自然と四人は背筋を伸ばした。 入ってきた男性、シチセイは硬直したようにこちらを見つめる四人の姿を視界に納めると無駄のないキビキビとした動きで敬礼した。 「本日ただ今より着任致しましたシチセイ・オウハ三等陸尉であります。着任の折、まずは部隊長にご挨拶にと伺わせていただきました。これからよろしくお願い致します」 一息にそこまで言い切り、流れるように頭を下げる。 きっかり二秒で頭を上げた彼の前にはポカンとした四人の顔。 「(むっ、何かミスったか?)」 無限書庫に流れ着く前まで、彼は幾つもの部隊をたらい回しにされてきた。 非の打ち所のない完璧な就任挨拶はその賜物である。 本人にとってはまったくもって不名誉な賜物なのだが。 不意打ち気味のお堅い挨拶につい呆然としてしまった三人。 だがすぐに気を取り直すと彼に対して返礼と共に名乗り返した。 「こちらこそよろしくお願いします。私が機動六課課長の八神はやてです」 「機動六課ライトニング分隊隊長フェイト・T・ハラオウンです」 「高町なのはです。機動六課スターズ分隊隊長を務めます、これからよろしくお願いします」 力強いその名乗りにシチセイは内心で満足していた。 「(さすが……場数を踏んでるだけの事はある。無駄に気を張るわけでもなく、だが不必要に緩んでいる印象もない。上司にするにはこの上なく心強いな)……っと?」 彼の思考を遮るように頭の上でポフンという気の抜ける音がした。 誰かが乗っかっているのだろう。 妙に小さい手に髪を掴まれている。 こんな事が出来るのは。 「リインフォース空曹長……」 「お久し振りです! シチセイ三尉。お元気そうで何よりです」 ぱぁっと花が咲くような笑顔を自分に向ける存在に、シチセイの顔も自然と綻ぶ。 だがそれは一瞬の事で即座に口元を引き結ばれていた。 「ああ、すみません。ウチの子が……ほら、リイン、こっち来ぃ」 「はいです!」 主の言葉に元気の良い返事を返して彼の頭から離れる。 その顔は笑顔のままだ。 「ほんまにすみません」 「いいえ、自分は気にしていません」 部隊長が一隊員に平謝りというよくわからない図が出来上がっているがなのはやフェイトは特に気にしていない。 それがはやての人柄と納得しているからだ。 他の、例えば彼が以前に所属していた陸士部隊ではありえない光景だろう。 「(どうやらここの上司は部隊内の上下関係には緩いらしい。やりやすくてありがたい限りだな。ここなら業務時間に拘らないで地を出しても良さそうだ)」 直立不動を維持しながら思考を巡らす。 彼の中では既に機動六課は無限書庫と同等レベルでフランクな部署だという位置づけになっていた。 だからと言って滅多な事では勤務時間内に地を出すつもりはないのだが。 「ハラオウン執務官はお久し振りになります。ご健勝のようで安心致しました」 「あ、はい。シチセイさんもお元気そうで何よりです」 その麗しい顔に笑みを浮かべるフェイトだがそれに対する彼は相変わらず仏頂面のままだ。 「自分はこの通り体調は万全です。ですが司書長の方は、なんとも言い辛いのですが……」 司書長という言葉にフェイトだけでなくなのは、はやても反応する。 「相変わらず、なんですか? ユーノは」 「ええ、恥ずかしながら。今日で徹夜三日目になるのでムリヤリ眠らせてからこちらに来ました」 デバイスで殴り倒して仮眠室に放り込んだとは言わない。 とはいえ、それくらいの事をしなければ彼が止まらないという事はここにいる三人は重々承知している。 むしろ付き合いが長い分、シチセイよりもよく知っているだろう。 「ユーノ君……」 「もう、いっつも無茶してばっかり。今度、皆で説教しに行かなな」 不安げに瞳を揺らすなのはとおどけて言ってみせるがその実、不安を隠しきれていないはやて。 フェイトも二人の不安が伝播したのか先ほどとは違うはかなげな顔を見せる。 「(思いっ切り地雷を踏んだな。まさかここまで影響するとは……恨むぞ、ユーノ)」 まさかついさっき頼れる上司と判断した人間たちがたった一言でここまで激変するとは思いもしなかった。 それだけユーノが彼女たちに想われていると言う事なのだが、同時に部隊の行く末が心配になる。 「(もしユーノに何かあったら……想像するだけで寒くなるな。泣き所というよりは逆鱗っぽいのがまた……)」 しかも現在進行形でユーノは彼女たちに内密に『ある行動』を起こしている。 下手をすれば危惧した『もしもの事態』になりかねないような事を、だ。 それがばれたら……。 「(ある意味、いつもの事である司書業務の無茶ですらこんなに心配してくれているこの子たちがあいつの『行動』を知れば……まぁ確実に大目玉だな)」 噂に名高いトリプルブレイカーが無限書庫に降り注ぐ事になるだろう。 「少し湿っぽい話になってしまいました。配慮が至らず申し訳ありません」 「ああ、いえいえそんな事で謝らんでください。それじゃ改めてこれからよろしくお願いします」 「ハッ!」 居住まいを正しての最敬礼。 『これからよろしく』という意思を態度で表した彼を見ながら。 「(態度がすごぉく硬いけど、それ除けばええ人そうやね……ユーノ君の推薦やからあんまり心配はしとらんかったけど)」 「(うん。頼りになりそうな人が来てくれて良かったよ)」 「(そうだね)」 念話にて彼の第一印象を語り合う少女たち。 こうしてシチセイの機動六課着任は概ね良好な反応で幕を閉じた。 部隊長挨拶が行われるとの事でシチセイは先にロビーまで足を運んでいた。 周りには自分よりも若い人間ばかり。 どうやらまだ未成熟の人材の育成も兼ねているらしく、明らかに十代の人間もいる。 というかギリギリ十代くらいの人間がいる。 「(男女が一人ずつ、か。同年代がいるのは喜ぶべき部分だがどうにも……な)」 彼の視線の先には燃えるような赤髪の快活そうな少年と桃色の髪の気弱そうな少女。 恐らく出会って間もないのだろう。 何を話して良いのかわからない事もあってか妙に引いているように彼には見える。 「オウハ三尉ッ!」 「グランセニック陸曹か。久しぶりだな」 親しみやすい笑みを浮かべながら、気取らない程度の軽い敬礼をする男。 『ヴァイス・グランセニック』はいつも通りに最敬礼で返礼するシチセイを見てさらに笑みを深くした。 「まさか三尉が六課に来られるとは思いませんでしたよ」 「司書長に頼まれてな。一応は代理という事なんだが……さて何をやらされるのか」 肩を竦めながらもその表情に変化はない。 どんな職務であれこなしてみせようという気概が見え隠れしていた。 「無限書庫は相変わらずで?」 「あそこに比べれば他の部署はどこでも天国に思えてくるだろう。陸曹もやってみるか?」 「冗談キツイですよ。絶対ごめんです」 ヒラヒラと手を振って苦笑いするヴァイス。 それに合わせてシチセイはほんの少しだけ口元に笑みを浮かべた。 「お前はヘリか?」 「ええ、任務の際の運搬をやらせてもらう事になってます」 「腕は落ちていないな?」 「一緒の部隊にいたのがどれくらい前だと思ってらっしゃるんです? 上達ぶりにひっくり返らないでくださいよ」 「そこまで言うなら期待させてもらおう」 他愛のない話をしているとはやてが己の守護騎士『ヴォルケンリッター』となのは、フェイトに副官の『グリフィス・ロウラン』を率いて歩いてくる姿が見えた。 どうやら始まる時間のようだ。 「それじゃ並びますか?」 「ああ」 これから始まる一年という短い期間の中で一体、何が待っているのかと。 埒もない事を考えながら彼はヴァイスと共に最後尾に並んだ。 同時刻 無限書庫 仮眠室。 「あいたたたたッ!!」 自身の頭を抑えて呻くユーノ。 触ってみると後頭部に普段はない盛り上がりがある事がわかる。 「シチセイさん。いきなりデバイスはないでしょうに……」 ミッド式の杖型デバイスは本来、殴りあうようには出来ていない。 ただ彼の場合、独自の改良がされているためアームドデバイスと鍔迫り合いをしても押し負けないだけの強度があるのだ。 そんなもので不意打ちされる方は溜まったものではない。 「とはいえ、僕に非がないわけじゃないんだけど。それにしてももうちょっとこう……やり方があるんじゃないかなぁ」 本人がいたらこう言っていただろう。 「ないからやってんだ。阿呆」 自分がやる分の仕事に関しては一切の妥協なしで事を勧めるユーノを口で止める事は不可能であるという事は古い付き合いの人間の共通認識である。 勿論、それは司書たちの間でも浸透している。 よって彼がやらなければ別の誰かがやるだろう。 まぁさすがに不意打ちしてまで寝かせようとするのは彼を置いて他にはいないが。 「今、何時かな?」 眼鏡をかけて備え付けの時計を見つめる。 丁度、各部署の通常業務が始まる時間だった。 「機動六課も、もう始まる頃か……」 脳裏を過ぎるのは幼馴染たち。 いまや遠くに行ってしまった彼女たちを支える。 否、守るために自分はここにいる。 「シチセイさん。彼女たちを頼みます」 彼の独白は誰にも届く事はなくひっそりとした部屋にのみ響き渡って消えていった。 あとがき 最新話の投稿になります。紅(あか)です。 今回は原作の流れにシチセイを介入させる形になりました。 個人的にはようやく三人娘が出せた事にほっとしております。 ヴァイスを見てもわかるようにシチセイは六課内に限らず結構広い範囲で知り合いがいます。 どういう経緯で知り合ったのかなどは専用の外伝か作中で語る事になると思いますのでそちらも楽しみにしていただけると幸いです。 それではまた次の機会にお会いしましょう。 |