魔法少女リリカルなのはStrikerS 

『翠の伏龍と蒼の賢者』

第三話 守護騎士と司書長補佐





はやてによる部隊長挨拶は無事に終了。

課員がそれぞれ自分の持ち場に付く中、シチセイは訓練スペースへと続く廊下を歩いていた。



「(『機動六課戦闘部隊補佐』……。よくわからん役職を振られたな)」



はやてに任命された自分の役割を思い出しながらも歩く速度は落とさない。



戦闘部隊補佐。

正式名称はとても長く要点を絞り込んだ結果、このような名称で呼ばれる事になった。

彼の立場は無限書庫からの出向であり表向きは他部署から新設部隊への牽制、及び監査となっている。

よって役職にも正規の部隊員との区別のためにその辺りの単語が盛り込まれているのだが、どうせ身内にしか通じない役職なのでと言うはやての言葉により現在の呼び名で固定されたのだ。



具体的な役割は機動六課の戦闘部隊『スターズ分隊』、『ライトニング分隊』の補助。

どちらの部隊にも厳密には所属せず、有事の際には必要に応じてどちらかの部隊と行動を共にする。

しかし独自の行動を取る事も可能であり、命令系統としてはたった一人しかいない『第三の分隊』になるという。



基本的にはまだまだ未熟なフォワード陣のフォローをするという事でまとまっている。

隊長、副隊長陣がいない時は新人たちの現場指揮を執る事も考慮されている事から教導官側として訓練への参加も義務付けられており、彼が訓練スペースへ向かっているのはその関係である。



しばらくはなのは一人で基礎的な部分の訓練になるので彼の出番は無い事になっているのだが、それでもこれから自分が教えなければならない人材がどの程度の物かは見ておかなければならないのだ。



「(むしろ俺自身、資格の事なんて忘れてたんだがな。何年前だったか……)」



彼が戦闘教官資格を取ったのが随分と前の話である事も初期の教導に参加しない要因になっている。

資格を取ってからのブランクが長い為に、勘を取り戻す意味を込めてしばらくは見学に回してほしいとはやてに駄目元で上申したのだ。



中途半端な知識で教導を行うのは教えられる側にとっても害でしかないのだから。

その辺りを酌んでくれたはやてに彼は非常に感謝していた。



「(本来ならそんな言い訳が通用する方がおかしいんだが……本当にありがたい上司だ。……んっ?)」



そこでふと彼は足を止めた。

廊下の壁に寄りかかり腕を組んでこちらを見つめる女性の姿を見つけたからだ。

桃色の髪を後ろで束ね、一部の隙もなく着こなされた制服。

刃物のような鋭い瞳が、じっとシチセイを見つめていた。



「お久しぶりです、シグナム二尉。お元気そうで何よりです」

「ああ。そちらも相変わらずのようで安心したぞ、オウハ」



彼の敬礼に返礼すると女性『シグナム』はふっと目元を緩めた。



シグナム二等空尉。

ライトニング分隊副隊長であり、八神はやてを守護する騎士『ヴォルケンリッター』が誇る『烈火の将』である。



二人はそのまま並んで廊下を進む。



「こうして武装局員としてのお前と会うのは四年ぶりくらいになるか」

「そうなります。自分はてっきり後方支援のロングアーチに配属される物だとばかり思っていたのですが……」



それはシチセイの掛け値なしの本音である。

武装局員として彼が様々な部隊を転々としてきた事は提出した経歴書を見ればすぐにわかる。

だがそれも三年前までの話であり、以降は無限書庫に根を張って司書業務を行ってきた。

資格の事もそうだが戦いから離れていたブランクを考えれば、後方支援の方が順当だと思うのは当然の事だろう。

彼らが行っている『あの事』がばれているならいざ知らず。



「……それはお前を推薦したスクライアが原因だろうな」

「? 司書長が何か? (あいつ、なんか余計な事言ったんじゃないだろうな? ……まさかばれてるのか?)」



シグナムの言葉に思わず心中で毒付く。

ユーノは基本的には頭の回転が早く利口なのだが時々、妙に鈍く突拍子もないポカをする事があるのだ。



「私も主からの又聞きなので詳しくは知らないが……お前の存在は新人たちにとっては勿論、高町やテスタロッサたちにとっても良い意味で刺激になるだろう、という風な事を言ったらしい。だから出来うる限り戦闘部隊のメンバーと接点を持たせようと主はお考えになったのだ」

「……だからと言って、経歴しか知らない人間に対して独立行動の権限まで与え、さらに遊撃要員のポジションを振ると言うのは些か行き過ぎではありませんか? (あいつ、やっぱ余計な事言ってやがるし……この前、陸士108部隊のお嬢さんと飯食いに言った事、高町一尉たちにチクったろか?)」



渋い顔で苦言を呈するシチセイに対してシグナムが苦笑する。

無限書庫でユーノがくしゃみをしたかどうかは定かではない。



「一応、部隊関係の主だった者たちでお前の役職については協議したのだがテスタロッサやロウラン、リインが『お前ならば安心だ』と太鼓判を押してな。その結果が今のお前の肩書きというわけだ」

「……貴方も一枚噛んでおられるので?」



思わず半眼になりながら聞くシチセイに対してシグナムは口元の笑みさえ消さずにしたり顔で頷く。



「勿論だ。大体、リミッターのかかっていない状態の私を追い詰めた男が何を弱気な事を言っている」

「それについてはあまり公にされたくない話なんですが……」



当時、空戦ランクAAA+(現在はS−)という類稀な実力を誇っていたシグナムに対してシチセイのランクは総合でAという現在と変わらない物。

誰からどう見ても実力の差は明らかだった。

その当時、シチセイと同じ部隊にいた者たちも絶対に無理だと口を揃えている。



だが結果は時間切れによる引き分け。

魔力はほぼエンプティ、体力も限界で動く事すらままならない状態ではあったがそれでも彼は『負けなかった』。



彼にはレアスキルなどの所有はなく、持っているデバイスも現在ほど強化されていないごく普通のミッド式。

魔法にしてもごくごく一般的で基本的な物しか使用していない。

だと言うのに彼はシグナムの攻撃を悉く捌き、受け止め、避け続けたのだ。

さらに戦いの流れを自らに引き寄せ、一度きりとはいえ彼女を追い詰めている。



それはランクの高さで強さを測っていた者たちからすれば衝撃的な出来事だった。



「あれは本当に楽しかった。私や高町たちとは別種の、だが紛れも無く強力な力だ。そんなお前を後方支援に回すなどとそんな勿体無い事が出来るはずがないだろう?」

「あの模擬戦については正式な記録は残っていませんが……」



ヒートアップし過ぎたシグナムの全力のシュツルムファルケンにより訓練室が六割ほど全壊。

運悪くその六割の中に記録装置が含まれていた為、この戦いは公式の記録として残らなかった。



模擬戦を行う事を知っていたシチセイの同僚たちは巻き添えを恐れて訓練室にはいなかったので具体的な経緯と結果については何も知らず。

シチセイとシグナムが細かい内容を黙秘した結果、事の真相を知る者がほとんどおらず時が経つにつれてうやむやになってしまい、今に至っている。



「記録には残っていなくとも記憶には残っている。少なくとも私はよく覚えているぞ。戦術と経験、己の持てる技術の応用で私と渡り合った猛者の事を、な」

「……買い被り、と言っても聞いてはもらえませんね」

「当たり前だ。私は正当な評価をしているのだからな」



参りましたと肩を落とす彼に対してシグナムは微笑みすら浮かべていた。





機動六課本部隊舎 屋上。



フォワード部隊の訓練を見学する為、見晴らしの良い屋上を訪れたシチセイとシグナム。

だがそこには既に先客がいた。



「ヴィータ」

「ん、ああ。シグナム……と例の無限書庫から来たヤツか」



シグナムの呼びかけに振り返る小柄な少女。



ヴィータ三等空尉。

シグナム同様、八神はやてを守護するヴォルケンリッターの将の一人『鉄槌の騎士』であり、スターズ分隊副隊長の肩書きを持っている。



「シチセイ・オウハ三等陸尉であります。ヴィータ三尉、三尉も訓練をご覧に?」

「ああ……」



シチセイの質問に愛想の無い端的な返答を返しながら彼女は訓練スペースへと視線を戻す。

その視線の先にはプログラムにより本物さながらの構造を再現された高層ビルの群れが見えた。



「なるほど。あそこで訓練を……(本局の訓練施設も目じゃないな。大したもんだが……こんなものまで所有出来るほどの権限を持ってるのか? 八神部隊長は)」



それは身内にとってはこの上ないプラスに働く。

だが外部の、他部隊の人間から見るとどうなのだろうか?



『あの部隊がこんなものを使っているのに何故、ウチにはないのか?』



そんな一種、子供同士の喧嘩の延長としか思えない言い分で組織間に無駄な軋みが招かれる事を彼は危惧していた。



「シャーリーの話だと色んな環境を再現できるんだそうだ。出来る限り実戦に近い形を取りたいってなのはのヤツも監修に協力したらしいな」

「前もって話だけは聞いていたが大したものだな」



屋上の縁から訓練スペースを見やる。

ほどなく四人の新人となのは、通信主任兼メカニックデザイナーの『シャリオ・フィニーノ』を視界に納めた。



「お前は訓練に参加しないのか?」

「四人ともまだまだヨチヨチ歩きのヒヨッコだ。アタシが教導を手伝うのはもうちょっと先だな。……アタシはいいとしてお前はどうすんだよ、オウハ」



じっと彼の顔を見上げるヴィータ。

身長がかなり違うため、どうしても彼女が見上げる形になってしまうのだ。



「自分が教えられる事は限られていますし、基本が出来ているという前提でメニューを組む予定です。ですから自分も教導に参加するのはまだ先でしょう」

「そうか。じゃあお前は先にアタシら隊長陣の誰かと模擬戦だな」



自然に告げられた言葉の意味をシチセイは数秒、認識できなかった。



「はっ? 模擬戦、ですか?」



思わず聞き返した彼に対してヴィータを挟んで並んでいたシグナムは納得したように頷いていた。



「そうだな。新人たちにお前がどれほどの実力の持ち主かを見せるにはそれが一番手っ取り早いだろう。それにお前の現在の力を把握する意味でも重要な事だ。状況に応じて分隊を切り替えるという運用になるのだから尚更だな」

「……(まずい。言っている事が正しいから反論できん)」



その理路整然とした物言いには隙がない。

正論なのだから当然の事だが。

そしてこの場でその正当性を否定できないと言う事は……模擬戦をしなければならないと言う事に他ならない。

例えリミッターによってランクが下がっているとはいえ、修羅場を潜り抜けたエース級たちのいずれかを相手にしなければならないのだ。



表情にこそ出さないが心中で彼は四年前のシグナムとの戦いを思い出してため息をついていた。



「……了解です。相手の方はそちらにお任せしても?」

「ああ、アタシらの方で決めとく。たぶんそんなに時間はかからないから遅くても三日以内にはやる事になるだろうな。……先に言っておくけど、アタシが相手になった時は手加減なんてしてやらねーからな」

「ハッ! 全力で迎え撃たせていただきます」



ニヤリと笑いながらすごむヴィータに律儀に敬礼しながら『簡単にはやられない』という意思を表明するシチセイ。

言葉の裏に隠されたその気概を読み取ったヴィータは珍しく好戦的な笑みを浮かべていた。



「言うじゃねーか。……っつーか階級同じなんだからそんな畏まる必要ねーだろ?」

「申し訳ありません。癖のような物でして……お気に触りましたか?」

「……別に、ちょっと気になっただけだ。気にすんな」



そう言うとまた無愛想な顔に戻り、眼下でいよいよ訓練に入る新人たちを見下ろす。

シチセイ、そしてシグナムもまたその視線を彼らへと向ける。

しばらく誰も口を開く事なく彼らの様子を見守っていたが、唐突にヴィータが口を開いた。



「……アタシは空でなのはを守る」



独白に近い彼女の呟きに含まれた並々ならぬ決意にシチセイは思わず眉を潜める。

その言葉がやけに重く、張り詰めているように感じたからだ。



「ああ、頼んだぞ」



シグナムが応えたそのやり取りを彼は黙って聞いていた。





訓練をしばらく見学し、シグナムとヴィータと別れたシチセイは隊舎の設備を全てを自分の目で確認すると最後に隊員寮に向かった。

ある物を都合してもらう為だ。



「あら? 貴方は……」

「機動六課戦闘部隊補佐シチセイ・オウハ三等陸尉です。寮母のアイナ・トライトンさんでよろしいですか?」



はい、とたおやかに微笑む女性に敬礼すると彼はさっそく用件を切り出した。





機動六課隊舎 ロビー



疲労でぐったりと眠っているフォワード四人がそこにいた。

誰かが配慮したのだろう灯りの消されたロビーを月明かりだけが照らしている。



ソファーには蒼い髪にハチマキをした少女『スバル・ナカジマ』が寄りかかるようにして眠っており、テーブルを挟んで向かい側のソファーには燈色の髪をツインテールにした少女『ティアナ・ランスター』と桃色の髪の少女『キャロ・ル・ルシエ』が寄り添い合うようにして眠っていた。

異性に配慮したのか、フローリングの床で胡坐を掻いて眠っているのはフォワード隊で唯一の男子である『エリオ・モンディアル』だ。



「昼から夜までぶっ続けの訓練、か。案外スパルタだったな、高町一尉は……」



シチセイが入ってきた事に何の反応も示さない事からもどれほど疲れているかがよくわかった。



「ま、持ってきた物を無駄にする事もない。……もう少しだけここで休んでいけ」



三分もしない内に彼はその場を後にする。



後には毛布をかけられて眠るフォワード陣の姿だけが残っていた。

彼らが目覚めてかけられた毛布に気付くのはこの一時間後の事である。





そして三日後。

シチセイは訓練スペース前で新人たちと共に隊長陣が来るのを待っていた。



訓練服で柔軟体操をしているフォワードたちがチラチラと軽く身体を動かしているシチセイを見ている。



「(ね、ねぇティア。オウハさんってあんまり外に出てきた事ないよね?)」

「(そうね。メインは戦闘部隊らしいけど……あたしも今のところ、デスクワークしてる所しか見たことないわ。ものすごい速さで書類捌いてたけど)」



その様子を思い出したのか、ティアナの顔が引き攣る。

それなりに書類仕事もこなしてきたつもりだったがあんなものを見せられては自信を無くす。



デスクに溜め込まれた書類を右から左へ。

文面に目を通しているとはとても思えない速度で処理していく様は周りが手を止めるには充分すぎる物だった。

整理した後は確認をしてもらう必要のある物を仕分けし、副官であるグリフィスへ提出。

分厚い参考書三冊分はあった書類をわずか一時間程度で終わらせてしまったのだ。



思わず教えを請いたくなった、というのはティアナのみならずその場にいた職員全ての共通の思いである。



本人としてはあの程度は日常茶飯事なのでただ普通にこなしていただけという認識なのだが。

本気を出せば三倍の量を同じ時間で捌く事も可能だ。



「(じゃあなんで今日はここにいるんだろ?)」

「(あたしにわかるわけないでしょ。まぁ訓練場に来て何もしないって事はないんだから何かあるんじゃないの? 少なくともあたしたちの教導じゃないわよ。なのはさんが基本的な事が終わってからだって言ってたし)」



二人の不躾とも取れる視線を特に気にせずにシチセイは黙々と身体を解す。



「あ、あの、オウハ戦闘部隊補佐……」



その沈黙に耐え切れなくなったのかエリオが彼に声をかけた。



「どうした? モンディアル三士」



柔軟を終えたらしいシチセイは無表情のまま、少年に向き直る。



「ええ、っと。その、今日は何かあるんでしょうか?」



何を聞きたいのかを上手くまとめきれなかった為に物凄く曖昧な聞き方になってしまった。

本人も自覚しているのか非常に申し訳無さそうにしている。

シチセイは彼のその言葉に眉を潜めて顎に手を添えた。



「隊長たちから何も聞いていないのか?」

「あ、はい。近日中に一度、午前訓練の時間を別の事に使うという事しか……」

「……(情報伝達のミス? というよりは驚かせようとして黙っている、という方が可能性としては高いな。本当にフランクな部隊だ)」



彼らの会話に他の三人も注目している。

突き刺さる四対の視線にシチセイは小さくため息をついた。



「これから模擬戦があるのでな。その為にここにいる」

「模擬戦、ですか? オウハ戦闘部隊補佐が?」



予想外の言葉を言われ、キョトンとした顔で聞き返すエリオ。

シチセイは頷くとさらに続ける。



「と言ってもお前たちが戦うわけじゃない。戦うのは……」



すっとエリオから視線を逸らす。

彼の視線をフォワードたちが追うとそちらには真っ直ぐこちらに歩いてくる隊長陣の姿があった。



「俺と、隊長陣の誰かだ」

「「「「エエッ!?」」」」



四人の声が見事なハーモニーを奏でる。

その驚きも無理のない事だろう。



この三日間、戦闘要員とはいえデスクワークする姿しか見ていないシチセイと自分たちの教導を行っているなのはとそれぞれに輝かしい実績を持つ隊長陣。

ぶつかり合うというには余りにも突拍子のない組み合わせだ。

隊長陣同士が模擬戦を行うと言った方が限りなく現実感がある。



そんなある種、失礼な驚きの声を聞き流しながらシチセイは隊長陣たちから目を逸らす事なく、これから始まる戦いの時を思って気を引き締めた。







あとがき

第三話をお送りしました。紅(あか)です。

今回も原作の流れにシチセイを混ぜる形になりました。



しばらくはシチセイをメインに据えて本編軸を突き進む事になります。

ユーノに関しましては残念ながら次回が終わるまでは出番はお預けになりそうです。

さすがに部署が違うとタイミングが難しい。

でも彼の出番がすぐにやってきます。

何故ならば彼が主人公なのだから!

本格的な活躍が中盤以降になってしまうのが難点なのですが気長にご覧になっていただければ幸いです。



それではまた次の機会にお会いしましょう。





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