魔法少女リリカルなのはStrikerS 

『翠の伏龍と蒼の賢者』

第四話 戦技教導官と司書長補佐





「オウハさん、準備は出来てますか?」

「ハッ! 滞りなく。いつでも行けます」



他の隊長陣を引き連れる形でシチセイの眼前に立ったなのはは笑顔を浮かべながら聞く。

その左手には臨戦態勢の彼女の相棒。

十年という時間を共にしたインテリジェントデバイス『レイジングハート』が主の意思を反映するかのようにコアを輝かせている。

彼女の後ろに控えるような形になっているシグナムは残念そうな、ヴィータは楽しそうな表情を浮かべている。

フェイトはそんな彼女らの様子に苦笑いしていた。



そこまで観察した時点で既にシチセイは誰が自分の相手かを察していた。



「お相手は高町一尉、ですね?」

「うん、そうです。よろしくお願いしますね?」

『宜しくお願いします』



笑みを崩さぬなのはと同調するように礼儀正しい挨拶をするレイジングハート。

その一人と一体に対して彼はこの三日間で六課の職員全てに見慣れられてしまった最敬礼を返す。



「ハッ。全力でお相手させていただきます!」



そして二人、並んで訓練場へと歩いていく。

流れるように進んでいく状況についていけずに呆然とする新人たちを視界の端に捉えながら。







立ち並ぶ高層ビル群。

今回の設定が反映された訓練場で十メートルほどの距離をとって対峙する二人。



「制限時間は三十分。どちらかが魔力エンプティするか負けを認める、戦闘不能状態になった時点で終了。何か確認しておきたい事はありますか?」



バリアジャケットを着込み、威風堂々とした姿で声をかけるなのは。



「……一つだけ。現在の高町一尉の魔導師ランクはAAでよろしかったでしょうか?」

「えっ? ええ、そうですけど……」

「了解です。では……『ソウテン』、セットアップ」

『承』



彼の掌中にあるカード状態のデバイスが起動し、右手に収まった。





ミッドチルダ式の杖型ストレージデバイス。

訓練学校などでも使用される標準的なデバイスの代表格。

癖のない扱いやすさから魔導師の間で広く普及している。



シチセイのデバイス『ソウテン(BLUE・HEAVEN)』も分類としてはソレに該当する。

するのだが……。



「あれって杖、なのかな? ティア」



モニター越しにシチセイのデバイスを見たスバルは思わずティアナに聞いていた。



「そうだ、と思うけど……」



返答するティアナも自信無さげな回答しか出来ない。

彼のデータを引っ張り出し、デバイスについての詳細を見てみるが確かにミッド式の杖型デバイスで登録されている。

だがそのデータを見ても尚、それがミッド式でしかも杖であるとは思えなかった。



思わず周囲を見回す。

誰もが自分用にモニターを開き、映っている彼の姿を見つめているがリアクションに差こそある物の全員が同じ心境のようだった。



『あれは本当にミッド式のデバイスなのか?』と。





「それが、シチセイさんのデバイスですか?」

「はい。名をソウテンと言います。形が既存の物と異なりますが、れっきとしたミッド式の杖型ストレージデバイスです」





縦長に伸びたバトン状の持ち手だけ見れば確かにソレは杖型だろう。

だが本来なら音叉型になっているはずの先端部のコア周りが持ち手を基点にした太い円柱になっている。

さらに丸い鉄球が柄尻を覆うように付けられており、全体を見てみるとそれはもはや杖ではなくなんらかの鈍器のようにすら見えてしまう。

いや実際に鈍器として使用する事を前提に作られているとしか思えなかった。



例えるならそれは日本の昔話に出てくる鬼が持つ鉄の棍棒が槍並の長さになった物。

さらにその柄尻に鉄球が付いたというなんとも物騒極まりない代物だった。



「そうなんですか……(それ以外にもあの形状にはなんらかの意味があるはず。油断は出来ないね。気を引き締めて行くよ、レイジングハート)」

『(勿論です)』



念話で相棒と軽くやり取りし、なのはは気合を入れ直す。

それに対してシチセイは右手に持ったソウテンの柄尻を地面に突き立ててなのはを見上げる。



デバイスの特殊な形状とは裏腹に彼のバリアジャケットは平凡そのもの。

黒を基調に青のアクセントを付けられたジャケットを羽織った実用重視の服装。

防御力よりも動きやすさに重点を置いている事が窺える中、妙に黒光りするブーツだけが異様な存在感を持っている。



バリアジャケットの生成も終え、じっと彼女を見つめる彼の瞳はいつでも戦える事を言葉よりも雄弁に語っていた。



「それじゃあ……行きますッ!!」

『アクセルシューター』



なのはの言葉を合図に瞬時に彼女の周囲に展開されるのは十数個の魔力誘導弾。

『アクセルシューター』と呼ばれる彼女が最も多用する魔法の一つだ。



「シュートッ!!!」



彼女の命令を受けて、魔力弾がシチセイに殺到。

幾つかの魔力弾は不測の事態に備える為に己の周囲に残しているがそれでもその数は二桁を越えている。



「ハァッ!!」



シチセイは柄尻の鉄球を地面に思い切り叩き付けた。

腹の底に響き渡るような轟音と共に地面が砕け、彼の周りに小規模な砂煙が上がる。

その煙が彼の姿をほんの数瞬だけ覆い隠した。



「ソウテンッ!」

『承』



同時に彼の声に呼応してデバイス内に記憶されていた魔法術式が瞬時に展開、足元に蒼色の魔法陣が浮かび上がる。



だが彼がなんらかの魔法を発動するよりも早く。

なのはの放った無数の魔力弾が彼のいる場所を直撃。

魔力弾が地面を穿った爆煙でシチセイの姿が完全に見えなくなってしまった。



「おいおい、モロに全部喰らったぞ?」



ヴィータが呆然と呟く。



モニター越しにも煙が凄まじく彼の姿は確認できない。

しかし傍目から見てあれほど綺麗に命中した(ように見えた)のだ。

なのはのランクが下がっているとはいえAランクのシチセイが無事で済むとはとても思えない。

その場にいた誰もがシチセイの戦闘不能を予感する。

ただ一人。



「ふっ……」

「シグナム?」



フェイトが笑みを浮かべている彼女に訝しげに声をかける。

彼と直接、戦った事があるシグナムだけがこの模擬戦がまだ終わっていない事を確信していた。





「あのタイミングじゃ避けられなかったと思うけど……レイジングハート?」

『ターゲットの魔力を確認、健在です。ただしその場から動く様子がありません』



十年来の付き合いであるデバイスの報告に彼女は眉根を寄せた。



「健在なのに……動かない? (様子を窺うにしては無防備過ぎる。……一旦、距離を取ろう)」



思考をまとめるが早いか即座に彼女は上空高く舞い上がる。

さらに魔力弾を生成。

様子見の意味を込めて動いていないというシチセイに向かって放つべく意識を集中する。



「チェーンバインドッ!!!」



その決断を待っていたかのように、砂煙を切り裂いて蒼色の鎖が飛び出した。



「ッ! 早いッ?!」



まるで蛇のような不規則かつ素早い動きで彼女に迫る魔力の鎖。

だが飛翔する彼女に追いついた程度では起死回生の一手には成り得ない。



「はぁッ!!」



生成した魔力弾の幾つかが迫り来るチェーンを迎撃する。

だが弾丸の直撃とその爆発で破壊するはずだった鎖は速度こそ落としたが健在。

彼女目掛けて空中をのたうちながら襲い掛かってきた。



「ッ!?」



予想外の強度に驚きながらも彼女の右手に円形の魔法陣が展開される。

最も基本的な魔法防御とされる『ラウンドシールド』だ。



ギャリギャリという金属同士が立てるような異音と共にチェーンが明後日の方向に逸らされる。



「シールドの上からなのに衝撃が思ったより重い……でもシールドを抜けるほどじゃないッ!」



そのチェーンの出所に視線を向けるとそこには模擬戦開始時からまったく動かないまま彼女にデバイスの先端を向けるシチセイの姿があった。



「初手はまずまず、か? (丁度良い機会だ……この三年間にユーノと磨いてきた力、試させてもらうぞ。高町一尉ッ!!!)」



熱い意思をその目に宿し、彼は己のデバイスの名を叫んだ。



「行くぞ、ソウテンッ!!!」

『承』



身体強化と共に彼は駆け出す。

高層ビルの壁を蹴り、なのはに追いつくべく上空へと跳躍。

勿論、それを黙って見ているなのはではない。



「レイジングハートッ!!」

『了解』



残していた魔力弾が全てシチセイに迫る。

そして彼女はレイジングハートの先端を、狙いを付けるようにシチセイに向けた。



「チェーンバインドッ!! (あっちは大型砲撃の準備。なら動き回るッ!)」



形成された魔力鎖が右手に展開された魔法陣から出現。

彼は本来、捕縛の為に使われるソレを魔力弾の群れに向かって振り回した。



「チェーンバインドで迎撃? でも手が全然足りていないですよッ!!」

「数が減らせればいいんですよッ!!」



振り回したチェーンは数個の魔力弾を弾くと、まるでそれ自体が意思を持つかのように二人からかなり離れたビルに突き刺さる。



「巻き取れッ!」



そして命令を受けた鎖は次の瞬間には、彼の右手の魔法陣を引き寄せ始めた。



「えっ!?」



砲撃の体勢を崩さぬまま、驚きの声を上げる。

どんどんと鎖の長さが短くなり、ソレに釣られる形でシチセイとチェーンが突き刺さったビルとの距離が縮まっていく。

立ち並ぶ障害物を迂回し、なのはの死角に回りながらのその動きは捉える事は困難だ。

少なくとも大型砲撃の直線射撃では。



「面白い使い方ですけどッ! それじゃ逃げ切れません!!」



驚きは一瞬、即座に彼女は冷静に魔力弾を操作。

逃げに移った彼の行き着く先、つまりチェーンの突き刺さった高層ビルに向かって飛ばす。



「先にビルを潰しますッ!!」



そんな宣言にも関わらずご丁寧に彼を追いかけていた誘導弾はそのままだ。

頻繁に視覚の外に逃げているというのに追いすがってくるその姿にシチセイは小さく舌打ちする。



このまま行けばビルは破壊され、足を止めた彼の元に誘導弾が降り注ぐだろう。

仮に誘導弾を捌き切れたとしてもやはり足を止めてしまった彼に砲撃が直撃するのは目に見えている。



「ラウンドシールド、複数同時展開ッ!」

『承』



鎖の引き寄せは止めず、ソウテンの先端を迫り来る誘導弾の群れに向ける。

デバイスが青白く輝くと同時に合計六つの魔法陣が魔力弾と彼との間に出現。

激突して火花を散らし、消滅していった。

だが幾つかの魔力弾は設置されたシールド郡の間をすり抜けて尚も彼に迫る。



「ちっ!! (操作が巧い、ギリギリの距離で作ったシールドを四発も抜いてきたッ!?)」



思わず顔を歪ませながら、彼はさらに魔力弾の群れに対して魔法陣を展開。



だがその時。

鎖が突き刺さっていたビルに魔力弾が着弾。

炸裂する魔力によってまるで雪崩のように崩壊していった。



「うおおっ?!」



当然、ビルが崩壊した事によって突き刺していた鎖は支点を失い、彼は勢い余ってビルの瓦礫に突っ込んでしまう。

それでもラウンドシールドを展開した事は賞賛に値するだろう。

二度もシールドに阻まれた魔力弾は今度こそ全て消滅した。



だが。



「ディバイィィィィン……」



動きを止めてしまったこの状況ではあまり意味がなかったかもしれない。



「ソウテンッ!!」

『承』



素早く立ち上がった彼は足元に再び魔法陣を展開。

降り注ぐ瓦礫の隙間から今まさに彼を砲撃せんとするなのはの姿を睨みつける。



「バスターーーーッ!!!!」



そして彼のいた場所を強力な桜色の魔力砲撃が撃ち抜いた。







「す、すごい」



二転三転と変化していく状況を見つめながらキャロは意識せずに呟いていた。



「うん、すごいね。……なのはさんも、シチセイ戦闘部隊補佐も」



自然と口から出ていた言葉に同意され、思わず彼女は真横を見る。

真剣な表情で食い入るように今も続いている模擬戦を見つめる騎士見習いの姿があった。



「うん。ほんとに(あのバインドの使い方とか教えてもらえないかな?)」



少女は自分では思い付く事などなかったトリッキーな戦い方をするシチセイの姿を見逃さぬようにモニター越しの戦いに集中し始めた。





「ティア〜〜。あんなに沢山のアクセルシューター、避けられる?」



隣でモニターを睨みつけるようにして見つめていたティアナに情けない声で話しかけるスバル。



「正直に言えば今のあたしには無理ね。あんなに素早くしかも五つも六つもシールド展開なんて出来ないし。……そもそもなのはさんの魔力弾と相殺できるシールドなんてとても。アンタは?」



モニターから視線を外す事無く応えたティアナ。



「あはは、あたしも無理。二個とか三個ならシールドでなんとかなるかもしれないけど、あんなに沢山来られたら絶対、壊されちゃうよ」

「ま、そうよね」



引き攣った笑みと共に返答するスバルに心中でため息をつきながら同意する。



「(バインドとシールドだけでなのはさんを相手に出来る人、か)」



桜色の砲撃が崩落したビルに突き刺さる様子に顔を引き攣らせながら彼女はぼんやりとシチセイの事を考えていた。





「当たった? ううん、手応えがないッ!」

『上空です』



レイジングハートの警告に反応し、シールドを展開しつつ頭上を睨む。

睨んだ先にはこちらに急降下して迫るシチセイの姿。



「せいやぁッ!!!」



魔力光に包まれた柄尻の鉄球をシールド目掛けて掛け声と共に叩き付ける。

その衝撃に微動だにせず、なのはは真剣な表情のまま声をかけた。



「さっきまでずっと飛ばなかったのは『飛べないと思い込ませる為』、ですか?」

「その通りです」



バチバチと火花を散らすシールドとソウテン。



「でも不意を付いたまでは良かったんですけど……あなたの力じゃシールドを破れないみたいですね?」

「悔しいですがそのようで……(ユーノのシールドよりも強度はないみたいだが、力技で破れないって意味じゃどっちも同じだな)」



その天性の才から生み出された力とそれを活かしている彼女に対する僅かばかりの嫉妬で顔を歪ませるシチセイ。

さらにシールドを押し出され、ジリジリと後退させられてしまう。



「しかも動きを止めてしまったら撃ってくださいって言ってるような物ですよ?」



言葉と同時に彼を包囲するように展開される魔力弾。

その数は三十を越え、この一撃で仕留めるという意思が嫌でも感じられた。



「一つ訂正だ」



しかし彼は諦めてはいなかった。



「確かに力技では破れない。だが破る事自体は出来るッ!!」

『承』



デバイスが彼の意思を読み取り、シールドとぶつかり合う鉄球へ魔力を注ぐ。



「ッ?! アクセルシューターッ!!!」

『シュート』



その行動に直感的な危険を感じた彼女はすぐさま魔力弾を発射。



「ラウンドシールドッ!!」



側面と背後から迫るソレらを展開したシールドで防ぐ。

だが瞬時に展開したせいで強度を保つ事が出来ていない。

恐らく持って数秒。

そして彼女は駄目押しとばかりにレイジングハートの先端に魔力を収束していく。

ディバインバスターだ。



「これでッ!!」



レイジングハートを未だシールドと押し合っているシチセイに向ける。



「ほどけろォオオオッ!!!」

『承。マジックバニシング』



彼の咆哮に応えるように鉄球に集まった魔力光が消失。

そして同時に。

なのはのシールドも消失した。



「シールドがッ!? (バリアブレイクッ!? でも壊された感じがしないッ?)」

「取ったぁッ!!」



驚愕する時間こそあれど。

ディバインバスターとアクセルシューターの誘導に意識を割いていた彼女に次のシールドを展開するだけの時間的余裕はなかった。



シールドに叩き付けていた柄尻をそのままなのは目掛けて突き出す。

「避けられない」と。

シチセイも観戦していたメンバーもそう思った。

だがソウテンを突き出したその必中だと思われた一撃は空を切っていた。



「な、にっ!?」



思わず目を見開いた。

まさかその場に滞空する為に使用していた飛行魔法を解除し、重力に身を任せる事で攻撃を回避しようとは思いもしなかった。



いや手段の一つとして考えてはいた。

だがあの追い詰められた状況で躊躇無く実行するとは思っていなかった。



それは長らく実際の戦いから離れていたブランクが生んだ思考の甘さだった。



「くっ! (馬鹿か、俺は!? 自分が思いつく手段を相手が思いつかない保証なんてないだろうに!!!)」



心中で己を罵倒しながら彼女が自由落下した先、つまり自分の真下へ視線を向ける。



レイジングハートをこちらに向けて構えたなのはの真剣な眼差しと目が合った。

瞬間、背筋が粟立つ。

咄嗟に距離を取るべく急降下しながら後ろへと――。

下がろうとした瞬間、彼の背中に魔力弾の群れが突き刺さった。



「がっ!?」



悲鳴を上げる暇もなく墜落する。

炸裂した魔力に意識を半ば持っていかれた。

歯を食いしばり、かろうじて気を失う事だけは避けたがそれで出来る事と言えば地面に激突しないように緩やかに落ちていく事だけ。



「っつ…ぅ…(シールドで、防いでた…魔力弾。……やられた、な)」



ソウテンを地面に突き立て、寄りかかるようにする事で倒れ込む事だけは避けた。

だがそれだけだ。



頭上を見上げた彼の前にはレイジングハートを油断なく構えたなのは。

既に魔力の収束を終えた状態のデバイスが、シチセイには首に添えられた死神の鎌のように見えた。



「ここまで、ですね?」



肯定しなければ撃つ。

それは慢心創痍の彼への敗北勧告だった。



「ぜ…、はっ………(ランクの、下がっている一撃で……この様か。シグナム二尉、との模擬戦の時は……直撃は…………もらわなかったからなぁ)」



見通しの甘さについ苦笑いする。

引き攣るように歪められた口元は、笑みとはとても言い難く。

自分の限界をなによりも雄弁に語っていた。

だが。



「(これくらいで諦める程度なら俺はとっくに死んでいる……)」



彼はまだ諦めていなかった。



十七年、時空管理局に勤めてきた。

長い道程の中、それこそ死に掛けた事は一度や二度ではない。

そんな死線を潜り抜けながら、彼は自分に『出来る事』と『出来ない事』をその身で実感してきた。

何度と無く打ちひしがれ、何度と無く後悔して、何度と無く現実を恨んだ。

根本的な部分で強くなる事が出来ないという現実を憎んだ。



「こんな時に、昔を……思い出すのか(まだ三十代だってのに……走馬灯じゃないんだぞ)」



唐突に思い出された苦い記憶に自分の事ながら苦笑する。

今度の表情はちゃんと笑みの形になったようだった。



「高町一尉……」

「なんですか?」



デバイスを掲げたまま聞き返す才気に溢れた少女を見つめ、意識を研ぎ澄ませながら告げた。



「残念ですが、まだ諦めませんよ」

「……そうですか。それなら……ッ!!!」



突然、彼女のデバイスの向きが不自然に変わる。

まるで何かに引っ張られるかのように。

そしてその引っ張られる感覚が、全身を拘束していく事をなのはは遅まきながらも感じ取った。



「ソウ、テン……『ハーミットバインド』、不可視解除」

『承』



そしてその感覚の正体が彼の言葉によって姿を現す。

それは通常のバインドよりも遥かに太く強固に構成された鎖だった。

彼女の四方八方。

地面や高層ビル群、空中に展開された魔法陣から伸びたソレが身動きが取れないほどに彼女を雁字搦めにしている。



「色々と不可解な事があるとは思いますが……正直、術式を保つのでやっとの状態ですので説明は追々ゆっくりとさせていただきます」



丁寧な、模擬戦を行うまでのいつも通りのシチセイの口調。

だがなのははそれに応える事が出来ない。

必死にバインドを破壊しようと自分の知るあらゆる知識とレイジングハートの力を用いているが、まったくとは言わないまでも効果が薄い。



「くっ……(ただのバインドじゃないッ! レイジングハートが気付けなかった事もそうだけど、一体……)」

「これであなたが倒れなければ引き分け。あなたが倒れれば……一応は俺の勝ちだ」



なのはの思考を遮るように呟くシチセイの言葉に彼女は拘束を解く事を諦め、自身の身体に全力で魔力強化を行う。



「ソウテン。バインド……エクスプロージョンッ!!」

『承』



彼の意思に応じてなのはを拘束する全ての鎖が青白い輝きを発し、次の瞬間。

この模擬戦で最も派手な大爆発を引き起こした。







機動六課隊舎・医務室。



「はい、検査終了です。魔力攻撃を受けた事による身体的疲労以外は特に問題ありませんね」



アームドデバイス『クラールヴィント』による検査を終え、カルテに結果を書き込む金髪の女性。



シャマル医務官。

機動六課専属の医務官にしてヴォルケンリッターの参謀役『湖の騎士』。

戦闘能力は高くはないが治療、広域探査、結界形成などのサポートに秀でており、六課の人員の健康管理を一手に担っている縁の下の力持ちである。



「ありがとうございました」

「なのはちゃんもそうですけど、シチセイさんもあまり無茶はされないでくださいね」



ニッコリと微笑むがその目は笑っていない。

冗談でもなんでもなく無茶をするなと釘を刺されているのだとシチセイは察した。



「ハッ、善処します」

「はぁ……。本当にわかっているんですか?」



彼なりに誠意を持って返答するも、どうもお気に召さなかったらしい彼女はため息をつきながら睨みつけた。



「その言葉は今も無茶をしている可能性のある司書長にこそ言って差し上げてください」

「勿論、ユーノ君にも言いますけど。私から見れば貴方も充分に無茶をされていますからね。自分の身体をもっと大切にしてください」

「はぁ……」



ジト目でシチセイを責め立てるシャマル。

反論しても良いことが無い事は承知しているのでシチセイも特に口を挟まずに彼女の説教を聞いていた。

無限書庫時代からユーノとの繋がりを経て、彼女とはそれなりに付き合いがあるのでこの辺りは心得たものである。



バインドを爆砕させるという荒業を行ったあの後。

なのははダメージこそ負ったが戦闘可能な状態だった。

ディバインバスターの魔力収束に回していた魔力も含めた全てを自身の防御に回したお蔭と言える。

それは彼と彼女の魔力容量の差が前面に押し出された結果でもあった。



そしてもはや逃げるだけの力も残っていないシチセイに最後通告を行おうとした矢先にタイムオーバー。

模擬戦は引き分けという結果になったのだ。



そして歩くだけで精一杯の彼はシグナムの肩を借りてこうして医務室に来て、一応の検査を受けていたのである。

ちなみになのはは先にシャマルの診察を受け、今は元気に昼食を取っている所だ。



「はぁ……本当に気を付けて下さいね?」



馬の耳に念仏だとそれなりの付き合いからわかっていても言わずにはいられない。

それは医務官としてではなく、彼女の人間性がそうさせていた。

前線の人間が気兼ねなく戦う為にはこういう人物がいる事が重要なのだと言う事をシチセイは良く知っている。



「はい」



だからこそ彼はシャマルの言葉に自分なりに真摯に応えている。



無茶をしないと約束は出来ない。

しなければならない時があるから。



怪我をしないとも約束は出来ない。

戦いで無傷のまま帰還できるほどの力は自分にはないから。

だからせめて彼女の言葉に対して自分の意志を返そう、と。



「それでは自分はこれで失礼します。遅くなってしまいましたがこれから頼りにさせていただきますよ。シャマル医務官」

「出来れば頼らないようにしてくださいね?」



声ではなく最敬礼で応えると彼は医務室を出て行った。



「まったくもう。ユーノ君もシチセイさんも。……人の気も知らないで、ホントに心配ばかりかけて」



まるでヤンチャな子供でも見るような母性溢れる笑みを彼女が浮かべていた事を知る者は誰もいない。





あとがき

第四話をお送りしました。紅(あか)です。

今回は戦闘がメインになりましたがいかがだったでしょうか?

色々と謎を残した模擬戦になりましたそれは後々、明らかにしていきますのでこうご期待とさせていただきます。



次回は模擬戦後の話をした後で無限書庫側の話になります。

ユーノが旧知の人間たちに隠れて何を行っているのかが全てではありませんが明らかになる予定です。



それではまた次の機会にお会いしましょう。





BACK

inserted by FC2 system