魔法少女リリカルなのはStrikerS 『翠の伏龍と蒼の賢者』 第五話 無限書庫司書長と時空管理局(前編) 医務室を出たシチセイはその足で食堂へ向かった。 勿論、目的は食事である。 「むぅ……(まだ身体が重い、な。直撃をもらったから仕方ないが)」 疲労感の残る肩を軽く回しながら心中でため息を一つ。 ランクが一つ違うだけで魔力攻撃によって受けるダメージ、与えるダメージは格段に変わる。 故にランクの差はそのまま実力の差へと繋がり、局内のみならず『時空管理局の常識が通用する世界』にとって『ランク=強さ』が定説と化しているのだ。 ランクを測る際にも魔力量や稀少能力(レアスキル)を持つかどうかが重視される傾向にあり、一昔前には魔力量が一定量を満たさなければランク認定の試験すら門前払いされる事があった。 彼自身、門前払いを体験した事のある人間であり、今でこそ思い出話で済ませているが当時は自分の素質の無さに嘆き、怒りを感じ、ランクが上の人間に劣等感を抱く事もあったのだ。 「(……だがランクが上の砲戦魔導師との戦いはこっちとしても勉強になった。ハーミットにバニシングも試せたし、『フィールドアポート』の範囲拡張も上手くいった)」 実戦で、しかも人間相手の戦闘。 久方ぶりの模擬戦で彼は三年もの間に蓄えてきた自分の力を実感する事が出来た。 それはこれから起こるだろう様々な戦いを乗り越える上で大きなプラスになるだろう。 「(ユーノに感謝、だな)」 この部隊へ出向させてくれた事、そして自分の実験に付き合ってくれた事。 諸々に対してシチセイはユーノに改めて感謝の念を送った。 心中のみの独白であったため、感謝されている当人はまったく気付いていないのだが。 到着した食堂を見回し、空いていたテーブル席に座る。 「(さて、と……)」 「オウハさーーんッ!!」 「ッ!?」 メニューを見つめていた彼を呼ぶ声が食堂に響き渡り、思わぬ大声に彼は全身を硬直させた。 何事かと勢いよく振り返る。 そこには彼に向かってブンブンと手を振るスバル、顔を引き攣らせながら額に手を当てるティアナ、喉に食べ物を詰まらせたのか咽ているエリオ、目をパチクリさせているキャロがテーブルを囲んでいた。 声をかけた張本人であるスバルと呼ばれた自分に集まる視線が痛い。 「……(ああ、まったく。俺にどうしろと?)」 心中で頭をかかえながら仕方なしに立ち上がる。 重い足取りで彼女らのテーブルに進むその姿には、隠しきれない哀愁が漂っていた。 「何か用か? ナカジマ二士」 思わずコメカミを押さえながら彼が聞くとスバルはニッコリ笑う。 その後ろでティアナがペコペコと頭を下げているので傍目から見るとさぞや珍妙な光景に見える事だろう。 「一緒に食事でもどうですか?」 「……俺は構わないが、そっちはいいのか?」 気まずげに視線を逸らしているティアナらを気遣うシチセイに対してそちらを見もせずに「大丈夫です!」と根拠の無い太鼓判を押すスバル。 「(なるほど。これが噂の押しの強い我侭ってヤツか。苦労してるんだな、三佐も)……わかった。同席させてもらう」 「やった! それじゃ私、オウハさんの分の食事もらってきますね!」 返事も待たずに慌しく去っていくスバルの背中にティアナとシチセイの口からため息が零れる。 そのまま立たせるわけにもいかないので、とティアナが差し出してくれた椅子に座ると二人の口からまたも同時にため息が漏れた。 「話には聞いていたがあれほどとはな。……大変そうだな、ランスター二士」 「はい。とても大変で……しかも無自覚ですから余計にタチが悪く、て?」 そこまで愚痴をこぼした所で、ティアナは彼の言葉に疑問を感じた。 「あの……オウハ戦闘部隊補佐はスバルの事を知ってらっしゃるんですか?」 「ああ。俺は昔にナカジマ三佐……ナカジマ二士の父親の部隊にいた事がある。気さくな方でな、酒の席ではよくお互いのプライベートを語り合ったものだ」 何度となく二人の娘さんの事は聞かされた、と言って締めくくる。 テーブルを囲んでいるティアナたちは意外な接点に驚いている様子だ。 「そうだったんですか。不思議な縁ですね」 「……そうだな。初めて六課の資料を読んだ時に知った名前が幾つもあるのを見た時はさすがに驚いた」 キャロの感嘆の言葉に、苦笑交じりに応えるシチセイ。 ティアナ、エリオもキャロに対して柔らかい受け答えをしたオウハの態度に多少なりと緊張を解いた様子だった。 「僕からも質問していいでしょうか? オウハ戦闘部隊補佐」 「そうだな。デスクワークが多かったせいでお前たちとはコミュニケーションを取っていなかったから良い機会だろう。ランスター二士、ルシエ三士も聞きたいことがあれば聞いてくれ」 許可が下りた事に表情を明るくするエリオ。 それに触発されたのかキャロ、ティアナの肩の力も適度に抜けたようだ。 「それと任務や公式の場以外でなら好きに呼んでくれて良い。毎回呼ぶたびに『戦闘部隊補佐』では長いし、不便だろう。『補佐』程度まで縮めるか、ナカジマのようにさん付けで構わん」 口元を僅かに緩ませながら彼が提案するとエリオ、キャロは一もニもなく頷いた。 「あ、はい! それじゃ僕はシチセイさんってお呼びします」 「わ、私もそう呼びます!」 士官学校を出たわけではない二人からすれば階級呼びはあまり慣れた制度ではなかった。 同年代の子供に比べて遥かに利口で優秀な彼らは基礎的なカリキュラムによって階級という物が必要な事だと認識してはいたものの、やはり心のどこかでソレを使って呼び合う事に違和感なり疎外感なりを感じていたのだ。 この三日間の間は自分ではわからない内に無理をして階級で呼び合う事を自然に行っていたがスバル、ティアナとやり取りをするうちに消えてしまった。 だからシチセイのこの提案は彼らにとってとても嬉しい事なのだ。 シチセイの事をより身近に感じる事が出来るから。 「それじゃあ私はスバルに習ってオウハさんとお呼びします」 「ああ。ただし切り替えはしっかりとしてくれ。ややこしいかもしれないが必要な事なのでな」 はい、という元気の良い声を心地よく感じた所で大量のスパゲッティが盛られた皿を持ったスバルが戻り、談笑が始まった。 「今日の模擬戦、凄かったですよッ! なのはさんと互角に戦っちゃうなんてホントにびっくりしました!!」 口の周りにソースを付けたまま自分の感動を伝えるスバル。 ツバこそ飛ばない物の、年頃の女子がするような行為ではない。 「いや……あれは正確には互角ではない。そもそも俺と高町一尉ではランクも違うからな。真っ向勝負じゃ俺に勝ち目は万に一つもない。(もう少しおしとやかに……は無理だろうがおとなしくならんもんかなぁ? コイツは)」 質問に回答しつつも、並列した思考で目の前の少女について考察する。 色々な部隊を転々としてきた彼にとって人間観察という行為はほとんど条件反射に近い。 情報という物は幾ら集めておいても損はないという考え方が、彼の根幹に根付いている為だ。 多分に趣味も入っているが。 「え? でも互角のように見えましたけど……」 「攻撃はほとんど避けてましたし、最後はあの見えないバインドでなのはさんを拘束していました……」 模擬戦でのシチセイの行動を指折り数えながら確認するキャロ。 それだけを聞けば確かに互角のように思える。 だが模擬戦を行った本人は微塵もそんな風に考えていなかった。 「アレにかかってもらえなければ俺は完全にやられていた。追い詰めたという事実があっても俺の地力が高町一尉以下であると言う事実は変わらない。そしてこれからも変わる事はない」 年少組み二人の言葉にシチセイはと断言してみせる。 きっぱりと言われてしまい、エリオとキャロは思わず呆然としてしまった。 それはスバルとティアナにしても同じ。 特にティアナは彼のその態度にカチンと来ていた。 「オウハさん。じゃあオウハさんはなのはさんに、いえ『ランクが上の相手』にはどう足掻いても勝つ事は出来ないんですか?」 語気荒く、質問と言うよりは詰問に近いティアナの問いかけ。 多少、砕けていたとはいえ最低限の礼節を遵守して会話をしていた彼女の変化にオウハは眉根を寄せた。 努力すれば出来ない事はないのだと信じて、士官学校時代からずっと自分を鍛えてきたティアナからすればシチセイの言葉は許容できなかった。 まるで『才能が全てなのだ』と、『努力など意味がない。それでは届かない』と言われているように聞こえてしまったのだ。 「それは違うな。ランスター」 彼の目が鋭さを増す。 同時に彼が纏っていた大木のような泰然としていた空気が変わった。 「えっ?」 まさかこのような劇的な反応が返ってくるとは思わなかったのだろう。 その空気の変化に付いて行けずに硬直したティアナが間の抜けた声を漏らす。 「俺は『勝つと決めれば絶対に負けん』。今までも、そしてこれからもだ。素質で、素養で、そして魔法で勝てないならば『戦略』を駆使する」 「戦略、ですか?」 エリオの鸚鵡返しの言葉に頷くとシチセイはさらに言い募る。 「広義の意味では戦術とも言い換えられるな。とにかく俺は一つの技能で勝つつもりはない。今まで培い、これからも培っていく経験の全てを武器に敵を倒す。それが俺の戦い方だ。そしてソレは時にランクなど凌駕して相手を打倒できるモノだと信じている」 その言葉のなんと力強い事か。 普通の声量だったはずだと言うのに同じテーブルを囲んでいた四人は知らないうちに喉を鳴らす。 四人は彼のの瞳に宿る確固たる意志に飲まれていた。 「ついでに言えば今でも魔法の習得、既存魔法の改良と鍛錬は怠っていない。模擬戦はともかく『実戦』で負けるつもりはない。俺は『強くなる事を絶対に諦めない』。これが答えだ、ランスター」 「う……あ、はい……」 ただしっかりと自分たちを見つめる瞳に四人はもう一度、息を飲む。 「……すまん。少し熱くなった」 見えない右目を抑え、シチセイは軽く息を付いて謝罪した。 「い、いえ私の方こそ失礼な事を……」 「いや非は俺にある。言い方を考えるべきだった」 頭を振り、思考を切り替えるようにしてから瞬きを一つ。 微動だに出来なかったティアナは、彼の視線が逸れると同時に椅子の背もたれに寄りかかってしまった。 「(す、は……。なんだったの、今の……)」 息を整えるように大きく呼吸し、額を流れる嫌な汗を拭う。 彼女が落ち着くのを待つと、シチセイは話を続けた。 「正直な所を言えば、お前たち四人のポテンシャルの方が俺よりも上だろう。今は教官として教えられる事もあるが……お前達の成長次第では六課にいる間に俺は抜かれる可能性すらある(それもかなり高い確率で、な)」 突然の言葉に四人は目を瞬いた。 自分たちにそんな事が出来るのか? という疑惑と、そんな事を平然と言い切る目の前の人物への驚嘆がその表情に表れている。 「だからお前たちは訓練に打ち込め。最低でも地力で俺を越えるくらいになってから巣立て」 ふっと表情を緩めながら語る彼の顔は優しげで。 そんな表情を見た事が無い四人はその表情に対しての驚きで包み込まれてしまう。 そんな彼女たちの様子を知ってか知らずか、シチセイの言葉は止まらない。 「勿論、これは命令じゃない。お前たちの成長を願う一先輩としての頼みだ」 そう言ってニヤリと笑う彼の顔は実に清々しい物で。 四人はこの時、初めて彼の地の姿を見たのだった。 「(ユーノ、なんでお前が俺をここによこしたのか。わかった気がする)」 食事が終わり、午後の訓練に向けて駆けて行く新人たちを見送った彼は隊舎の自室で改めて一服をしながら思考を巡らせる。 「(あいつらは本当にまだ雛だ。そして八神部隊長たちも……年に似合わず博識で頭も回るが、それでもまだ色々な意味で経験が浅い……)」 右目の瞼を指で軽く解しながら、自身に届いている報告の数々に目を通していく。 「(俺が刺激になる、か。良い得て妙だが……涼しい顔で言ってくれたもんだ。そっちは俺がいなくなった事で大変になるだろうに)」 ユーノの友人、知人たちは恐らく誰も知らないだろう。 彼が隠し続けてきたある計画を。 「(まさか無限書庫の司書長が……『あんな事』をしようとしてる、なんてな)」 ユーノが何時からそんな事を考えていたのかはシチセイも知らない。 ただ彼が無限書庫に来るよりも以前からの事だと言う事しか知らない。 その頃から彼は誰にも語る事無く、『妨害』に屈する事も無く準備を整えていた。 そして『今まで』はどうにか無事にやってこれた。 「(今、追っている『ガジェット・ドローン』関連の連中は……恐らくこっちの事に気付いている)」 数年前から現れ始めたAMF(アンチ・マギリング・フィールド)を搭載した自立可動型の機械兵器群を管理局内では『ガジェット・ドローン』と呼称している。 ユーノを含めた考古学者たちは、発掘された遺跡でこの連中に二度も三度も襲撃されている。 そしてヤツラが襲撃してくる遺跡にほぼ確実にユーノがいる事からシチセイはガジェットの襲撃を『偶然を装ったユーノへの刺客』だとそう読んでいた。 ロストロギア、それもある特定の物のみを追うようプログラムされている兵器群の背後には相当の知識と技術を有する犯罪者がいるとされ、現在もその犯罪者については目星すらついていない。 「(いや…目星がついていないわけじゃない。ただある一定以上の情報を調べる事が出来ないだけだ)」 シチセイはともかくとしてユーノは相応の権限を持っている。 それを使えば現存する時空管理局の情報の五割近くは閲覧する事が可能だ。 だが。 「(それでも情報が足りなかった。上から降りてくるはずの情報が虫食いのような状態だったせいだ。正式な抗議文を送った上で情報の開示を打診したが……それでも肝心の所はぼかされたまま)」 しかもそんな事を何度か繰り返す内に、上層部の方からユーノに対して抗議が挙がってきた。 曰く『捜査はこちらが専門であり、一部署の管理者であるとはいえ司書が口出しするべきではない』。 要約すれば『余計な事に首を突っ込むな』と言う事だ。 正式な情報公開がされていないという事実を指摘し続けた結果、圧力をかけてきたのだ。 それは明らかな妨害行為である。 それも調べられては困ると自身で暴露しているようだものだった。 恐らく最初の何件かの抗議に関しては上層部に届く前に黙殺されてきたのだと思われる。 ただ何度と無く送りつけられる事に『他の人間の目に触れぬとも限らない』という焦りを感じたのだ。 つまりそれは『上層部の何者か』が『ガジェットの関係者』と密接な繋がりを持っているという事にもなりうる。 その可能性に気付いたユーノは以降の抗議は行わず内密に事を運ぶ事にした。 下手をすれば自分が何らかの罪に問われる可能性があるから。 自分と関わりを持った者たち、特に『彼女たち』を巻き込むわけにはいかないとそう考えて。 「(そして……ここまで来た。この時期に一時的にとは言え常にあいつの傍にいた俺が離れた事は、連中にとっては絶好の機会だ。直接的にか間接的にかはわからないがなんらかの行動がある。……俺をこっちにやったんだ。自分の身は自分で守れよ、ユーノ)」 端末を閉じて、日差しの注ぐ窓から外を見つめる。 訓練場では今日もピンク色の光とそれに相対する四種類の輝きが動き回っている。 そのさらに先にある時空管理局本局の一部署に思いを馳せる。 「お互い、無事にな。ユーノ」 その呟きが彼に届いたかどうかは定かではない。 同日 無限書庫司書長室 「ふぅ……今日の業務は終了かな?」 端末内の確認を済ませ、眼鏡を外す。 ずっと座っていた椅子から立ち上がり、身体をほぐした。 「ん〜〜〜………」 身体がまるで枯れ木をへし折ったような、それでいて腹の底に響くような異音を立てるがいつもの事と流して端末を落とす。 普段は司書たちが働き、活気に満ちた(時折、鬼気に満ちる事があるが)この場所も業務が終わればただ広いだけの閑散とした場所に過ぎないのだ。 その様子は彼が開拓を始まる前の物置同然だった頃を思い出させる。 「良くも悪くも扱う人次第、か」 そんな独り言に応える者がいるはずもなく、彼は書庫を出て行く。 本局を出て、さて自宅に帰ろうという所で彼は珍しい人物に出会った。 「あれ? ハラオウン総務統括官?」 緑髪の妙齢の女性『リンディ・ハラオウン』が、ニコニコと人好きのする笑みを浮かべながらユーノを手招きする。 「お久しぶりね、スクライア司書長」 彼といつ見ても二十代の実子を持つとは思えない若々しく魅力的な女性である彼女と彼女の家族との間には十年もの間、続いている個人的親交があり普段の彼女は気さくな人柄で彼の事もユーノと名で呼び、自身の事も名で呼ばせている。 しかし今、リンディは肩書きを呼んだ。 その事からも今、この場に彼女がいる事は私事ではなくなんらかの公務である事が窺える。 「……何かあったんですか?」 その事に思い至り、緩んでいた気を引き締めるまでの間は一秒にも満たない。 そこにいるのは無限書庫司書長としてのユーノだ。 「少し、込み入った話になるのだけど来てもらえるかしら?」 「(ここでは話せないって事かな?) わかりました、それじゃ一度、書庫に戻りましょうか?」 無限書庫ならば防音は完璧であるし、魔法に対する耐性も高い。 書庫内で害意のある魔法は即座に検知され、警備に報告されるので犯罪が行われる可能性も低い。 密談をするにはある意味でとても都合の良い場所なのである。 「いえ、折角なのだけど今回は私に付いて来てくれないかしら? 話をしたい相手というのは私だけじゃないから……」 「そうなんですか? (リンディさんだけじゃない? ……一体誰だろう? フェイトは六課の仕事のはずだし、クロノはまだ長期間の航行任務中だし、レティ提督は役職的に畑違いだと思うけど……)」 「ええ。お願いできるかしら?」 出会った当初に比べて、背が随分と伸びたユーノを自然と見上げる形で頼み込むリンディ。 その姿は階級に余り拘らないリンディらしい言葉と仕草だった。 だがユーノはそんな彼女に直感的に違和感を抱いた。 「(なんだろう。間違いなくリンディさんだと思うのに……何かが違う気がする)」 「どうしたの?」 小首を傾げるその仕草も年相応とは言い難いがリンディが行うとまったく持って違和感がない。 子供っぽい仕草が妙に嵌まる人物なのだ。 そしてその事もユーノは良く知っている。 だが彼にはどうしても違和感が拭いきれなかった。 仮にも総務統括官に対してである。 誤解だったらただでは済まされない話だ。 だがユーノは自分の直感を信じる事にした。 「わかりました。行きましょう」 敢えて彼女の話に乗る事によって。 「ええ、ありがとう」 彼女は唐突な訪問に対する申し訳なさと自分の申し出を受けてもらえた事に嬉しさとを混ぜた複雑な笑みを浮かべる。 そんな彼女の一見、良く知っている笑みを見つめながらユーノはこれから巻き起こるだろう『何か』と自分が起こす事になる『戦い』に思いを馳せた。 ??? 広い空間に大型のモニターが浮かび上がる。 その画面が映し出すのは今、まさにリンディの用意した車に乗るユーノの姿。 「フフフ……」 直立したまま、食い入るようにその光景を見つめているのは白衣に身を包んだ年の頃、二十代後半ほどの男性だった。 「ターゲットは予定通りに移動中。……作戦を続行します」 彼女の隣に控え、自身の端末を操作していた女性が感情の篭もらない平坦な声で告げる。 「ああ、頼むよ。だがその前に車に乗る前の彼をアップで出してくれるかい?」 「? わかりました」 主人の命令に一瞬、訝しげな表情をするも特に疑問を挟む事もなく要望に応える女性。 男性の目の前に展開されていた映像が切り替わり、ユーノとリンディがやり取りをしていた時の映像に変わる。 画面に映る彼の姿を穴が空くほどに見つめ、自分の目の前にある端末を操作しながら男性はぼそりと呟いた。 「ふむ。……今回の作戦は失敗するかもしれないな」 「は? ドクター、それは一体どういう事でしょうか?」 唐突な男性の言葉に、目を瞬かせながら問いかける女性。 そんな彼女に口の端を僅かに綻ばせながら(苦笑しているようだ)男性は楽しそうに語り始める。 「『ウーノ』、どうやら彼は彼女がリンディ・ハラオウンではない事に気付いているようだ」 「なっ……。何故、そんな事が……」 ウーノと呼ばれた女性の狼狽した様子さえも面白いと感じたのか口元の笑みをさらに広げながら男性は映像のユーノを見つめる。 「さて? どうやって、という部分については私もわかりかねるがね。もしかすれば気付いた、という程ではないのかもしれない。だが目の前にいる人物に違和感のような物を抱いているのは間違いない。……無限書庫を束ね、自らを巡る策謀術数を切り抜け、私とビジネスパートナーの事を嗅ぎ付けているだけの事はあるようだ」 その卓越した手腕を素直に褒め称える言葉を画面上のユーノに向ける男性。 ウーノはそんな男性の様子に戸惑いを感じながらも彼に習って画面上の人物を見つめる。 そこでふと彼女はある事に気が付いた。 今回のターゲットである彼の足元からほんの僅かな魔力の輝きが見えたのだ。 「あれは……」 「気付いたかね、ウーノ? あの微弱な魔力に。調べたがあれは探索魔法の一種だ。術式が複雑過ぎる上に構成の全てを映し切れていない為に詳細な効果やその範囲などは不明だがね。しかし旧知の人間を前にして唐突にそんな魔法を、それも当人に気付かれない様に行使する人間はまずいないだろう。彼からすればリンディ・ハラオウンという人物は信頼に値する人物だと言う話だから尚更だ。それはつまり……彼女に対してなんらかの疑念を抱いているからに他ならない」 「それでドクターは彼が気付いているかもしれない、と?」 納得したとばかりに頷くウーノ。 コロコロと変化する彼女の表情に、笑みを浮かべながら男性は続ける。 「今回の件を彼が切り抜ける事が出来たなら……機会を見て話をしてみるのも悪くない」 「ドクター?」 「君や他の子達にも会わせてみるのも面白いかもしれないな。『彼』のように」 彼という言葉にウーノは今までで最もわかりやすく感情を表に出した。 目が泳ぎ、口元は引き攣っている。 どうやらその人物を嫌っているわけではないようだが苦手意識があるようだ。 「彼……あの方ですか」 その人物にウーノが会ったのは二度だけ。 次女が五度ほど、三女が四度ほどだった。 彼と呼ばれた人物は自分たちの正体を知らない。 知らないが故に、平然と自分たちと話をする。 平凡のようでいて妙に鋭い勘と、独特の価値観を持った変な人間。 「(あの方と出会った事で、ドクターは少し変わられた。いえ……それはドゥーエやトーレ、そして私も同じ……)」 その変化が正しいものなのかどうか。 彼女には判断できない。 自分達の存在意義が変わったわけではない。 ドクターの夢、願いを叶える為に行動するという理念が変わったわけではない。 だが。 「(それでも『何か』が変わった。……人間という存在に対しての認識の、何かが……)」 「……そういえば彼とはまだ決着を付けていなかったな。近いうちに会いに行くとしようか」 思考の海に沈むウーノの姿を楽しげに見つめながら、ドクターは心中で件の人物を思い浮かべる。 「(その時に宣戦布告をするのも悪くないかもしれないな)」 自分たちがこれから起こす行動と彼の立場を考えれば敵対は避けられない。 否、避けるつもりなど毛頭ない。 そしてお互いに敵対するならば手加減や容赦などしない。 それは彼が思い浮かべる相手も同じ心積もりだろう。 「(だからこそ君との勝負事は面白いのかもしれないな。私がこんな風に考えていると知ったら……どう思うかね? 賢者(ワイズマン))」 唯一、興味を抱いた『研究対象にならない人間』である人物との次の会合を本当に楽しみにしながら彼はユーノの件の報告を待った。 この二時間後。 ユーノ捕縛の失敗の報告が彼らの元に届く事になる。 あとがき 第五話をお送りしました。紅(あか)です。 長い事、空けてしまいました。申し訳ありません。 さて今回のお話はオウハとフォワードのコミュニケーションとユーノ軸のお話、そして謎(バレバレかもしれませんが)の方々のお話になりました。 いかがだったでしょうか? 題名の通り、この話には続きがあります。 今回よりは早い更新にするつもりですので、期待していただけると嬉しいです。 それではまた。次の機会にお会いしましょう。 |