魔法少女リリカルなのはStrikerS 

『翠の伏龍と蒼の賢者』

第六話 無限書庫司書長と時空管理局(後編)







機動六課 執務室



「……ロウラン部隊長補佐。本日の提出書類です」

「お疲れ様です。オウハ戦闘部隊補佐」



束ねた書類をデスクに置くシチセイに対して、キリッとした生真面目な顔で応じる眼鏡をかけた青年。



彼の名は『グリフィス・ロウラン』。

機動六課部隊長補佐としてはやての推薦を受けた青年で、本局運用部提督である『レティ・ロウラン』の息子である。



「相変わらずお早いですね。……確かにお受け取りしました。今日はこれで上がられますか?」

「そうですね。何かお手伝い出来る事がないのなら……」



書類の内容をさらりと流し読みして確認した彼の言葉を肯定する。

だがそこには手伝える事があれば遠慮なく言ってほしいという気遣いも込められている。



「いえ、この書類も急ぎという事ではありませんし僕や部隊長も大体の事はもう終えています。事務組みは定時で上がれそうですのでお先に上がられて下さい」

「承知しました」



最敬礼を行うと同時に右目を開く。

ふっと小さく息を吐き、蒼色の義眼を閉じる。



「……それじゃお先だ、グリフィス。あまり根を詰めているとその内、息が切れるぞ?」



先ほどまでの公務員の見本のような冷静な態度から一転。

気取る事の無い豪快な笑みを浮かべるシチセイに対して控えめな笑みで応じるグリフィス。



「適度に休息は取っています。僕はまだまだ大丈夫ですよ。それではお疲れ様です。オウハさん」

「ああ、それじゃあな」



そう言って執務室を出て行くシチセイ。

それを見送るとグリフィスは自分の仕事へと戻っていく。



「何度見てもあの豹変ぶりには驚かされるなぁ……」



その様子を見つめながらはやては唐突にそんな事を呟いた。

その言葉が耳に届いたグリフィスははやてに向かって苦笑を浮かべる。



「そうですね。僕も最初に見た時は驚きました」



その時を思い出したのか、彼の苦笑がさらに深まった。



「公私の区別をはっきり付ける方ですから。でもそれを他人に強制した事はないんですよ」

「うん、そやね。別に私らがさん付けで呼んでも注意したりせんし、新人のみんな筆頭にして打ち解けてるみたいやし……」



なんやそう考えるとすごいなぁと感慨深げに言うはやてに相槌を打ちながらグリフィスは書類に目を走らせる。



「仕事もきっちりされる方ですし、来てもらえて本当に良かったと思いますよ」

「せやね。実務関連と新人育成重視で人、集めてたからこういう風に事務に長けてる人がいてくれるのは正直、助かるわ。っと、ちょっと話過ぎたかな? うちらもさっさと片付けよか」

「はい」



書類を捌いていく紙とサインの音だけが部屋に響く。

そんな空間の中ではやては仕事とは別の思考を始めていた。



「(ユーノ君が言ってた事ってこういう事やったんやろな)」



新人育成を兼ねた実験部隊として発足した機動六課には、管理局全体から見れば若い世代しかいない。

はやてやなのは、フェイトと言った幼い頃から管理局に勤めている人間もいるがそれにしてもシチセイほど長くはない。

そして優秀であるが故にほとんど一本道で教導官、執務官、捜査官などの道に進んできた彼女らと違い様々な部署、様々な部隊を様々な役割で持って転々としてきた彼は独特の物の見方が出来る。

色々な事を考えて動かなければならない時に、様々な角度から意見を言える人間がいてくれるというのは非常に貴重で重要な事だ。



「(実戦経験豊富、事務経験豊富。おまけにさりげないフォローが出来る。うちらにとってオウハさんってこれ以上ないくらいに打ってつけの人材や。……でもなぁ)」



彼女の思考に私情が入り込む。

部隊を預かる人間としては確かにシチセイの存在はありがたい。

だが年頃の少女としては、恋する乙女としては。



「(やっぱりユーノ君に来てほしかったなぁ。まぁ無理やってわかっとったんやけど……)」



無限書庫が管理局上層部でどれほど重要視されているかは彼女とてよく知っている。

ある一定の階級以上、それも隊を預かるくらいの人間でないとそのありがたさが身に染みないので未だに『雑用部署』などと言った陰口は消えないが。

そんな部署の最高責任者であり、もっとも秀でた能力を有する人間であるユーノの部署異動など認められるはずもない。



「(ままならんなぁ……。はぁ、今度はいつ会えるんやろか?)」



まさかのんびりとそんな事を考えている間にその想い人がたった一人で『戦闘』をしているなどとは、この時の彼女は知る由もなくまた知る術も持たなかった。







ミッドチルダ首都 クラナガン郊外



ユーノとリンディが車に乗って既に十分が経過していた。



「ハラオウン総務統括官……どこまで行くんですか?(明らかに人気のない方に行っている。この分だと待ち人がいるって言うのも怪しいかな……)」



業を煮やしてという事ではなく、確認の意味を込めてユーノは訊ねる。



「ごめんね。あと少しだから」



そう言ってリンディは車のミラー越しに運転手に目配せする。

運転手、短めの髪の中性的な女性は頷くと車の速度を上げた。



「そうですか。ところで『リンディさん』、一つ聞いてもいいですか?」

「ええ、何かしら?」



いきなり私人としての呼び方に変わった事に怪訝そうな表情をしながらも了承するリンディ。

その彼女の様子に「ほんとにそっくりだなぁ」などと考えながらユーノはこのドライブの終わりを告げた。



「貴方は誰です?」



同時に車に何かに引っ張られるかのような衝撃が走る。

キキキッという車のタイヤが地面と摺りあう音だけ聞こえ、一歩も前に進まない。

リンディは反射的に背後を見やった。

そこにはまるで楔のように車の後部に打ち込まれた魔力鎖とそれを顕現させている中空の魔法陣が在る。

その魔法陣は彼を象徴する翠色の輝きを発していた。



「ユーノ君、これは一体……」

「すみませんが、もう貴方を『リンディさん』とは呼びませんよ。手の内を明かすつもりはないですけど……確信しましたから」



柔らかで穏やかだった表情が引き締められる。

それは戦場にいる者の目。

戦う事を覚悟し、傷付く事と傷付ける事を是とした者の目。



そんな瞳に見据えられたリンディは彼女の顔立ちでありながら彼女とは異なる笑みを浮かべた。

好戦的、いや挑発的とも取れるどこか妖艶な笑みを。

再度、運転手に目配せする『女性』。

運転手は頷くと車のエンジンを切り、それを確認した女性はユーノに視線を戻す。



「いつから気付いていたのかしら?」

「車に乗る前に違和感を感じました。確信は乗っている時、会話をしている間に色々と調べてましたから」

「あら? 体付きや仕草は完璧にトレースしたと思っていたのだけど……」



口元に人差し指を当てながら視線を中空へと向けて「うーん」と唸る女性。

その様子は正に『リンディがしそうな仕草』であり、緊迫した状況にも関わらずユーノは苦笑した。



「ええ、多分ですけど貴方は完璧でしたよ。仕草もそうですけど言動も。女性に対して失礼だとは思いましたけど身体も調査させてもらいましたから」

「あら、何時の間にそんな事を……。それで結果は?」



ユーノが行動を起こした以上、言うまでもないのだが女性は敢えて問う。

その言葉には自分の変装に対する自信が窺えた。



「リンディさんと同じかどうかまではわかりませんけど……誰かが変装している、なんてとても思えませんでした。魔法による探査、サーチでもその姿が『偽り』であると証明できないなんて……正直、感服しました」

「ふふふ……素直な方ね。ユーノ・スクライア司書長。そういう殿方は嫌いではなくてよ」

「いえいえ、本当の事を言ったまでですよ」

「……いつまで談笑しているつもりだ」



何故か生まれた和やかな雰囲気が冷徹な一言によって霧散する。

声をかけてきたのは運転手の女性だ。

感情を表さない静かな面立ちに今は若干、呆れが混じっている。



「無粋ね、『トーレ』。せっかくの素敵な殿方との逢瀬を邪魔するなんて」

「その人を小馬鹿にした言動は何年経っても変わらんのだな、『ドゥーエ』」



軽口の応酬の後、二人は同時にユーノを見つめる。

見目麗しい女性二人に見つめられる男性。

状況を端的に説明しただけでは、羨む人間も多いかもしれない。

だが女性二人が男性を見る目は正に獲物を狩る狩人のソレ。

それも一級の狩人が持つ油断も慢心もない物なのだからそんな状況に立たされているユーノとしてはため息の一つもつきたくなる。



「貴方たちの目的は……僕の捕縛、あるいは殺害ですか?」

「ふふ、根拠はどうあれ私の変装を見破ったご褒美に教えてあげるわ。半分は正解。私たちの目的は『ユーノ・スクライア司書長』の捕縛。殺害しろとは言われていない」



『安心した?』とでも言うように目を細めながら告げるドゥーエと呼ばれた女性。



「その理由は……教えてはもらえませんね」

「その通りだ。そしてこれ以上の発言はターゲットであるお前には認められない」



トーレと呼ばれた運転手からその凛々しい顔立ちに似合う物騒な気迫が漏れ出る。



「そうですか……残念です」

「抵抗はお勧めしません。私はともかくトーレを戦闘で出し抜くほどの実力が貴方にあるとは思えませんから。もっとも……抵抗していただけた方が面白そうですけれど」

「お前は……いちいち相手を挑発するような事を言うな。やりにくくて適わん」



嗜虐的な笑みを浮かべるドゥーエに対してまた呆れたような表情になるトーレ。

それでもユーノが見る限り隙は微塵も無い。

トーレは勿論の事、一見すると無防備に思えるドゥーエにも。



「ふふっ(……いきなりの相手としてはハードルが高いなぁ)」



二人の様子がまるで自分が良く知る人たちの会話(本物の総務統括官とその実子など)に似ていたので思わず笑ってしまう。

その小さな声に気付いたのか二人がこちらを訝しげに見つめる。



「それじゃドゥーエさんのご期待に添えるよう抵抗させてもらいますね?」

「ハッ!!!」



その言葉が言い終わるか否かの瞬間にトーレが運転席から助手席を吹き飛ばしながら拳を振るう。

だがそれは瞬時に展開されたシールドに阻まれ、ターゲットには届かない。

同時にユーノは背後のドアを小型の円形シールドを爆発させて破壊。

フィールド表面から発せられた指向性の爆発の衝撃でドアが吹き飛ぶと同時に跳躍し、彼女の攻撃は彼には届かないまま終わった。



「ッ!?」



自分の攻撃が防がれた事に対する驚愕は一瞬。

すぐさま、彼女は背後のドアを蹴り破るとそこから外へ出る。

ドゥーエは落ち着き払った動作で自席のドアを開けて外へ出た。



「驚いたな。ウーノの話では頭こそ回るがただの司書だと聞いていたが……」

「どうやら隠し種があるようね。貴方に限ってそれはないとは思うけれど、油断は禁物よ?」



車を挟んで相対するユーノとドゥーエ、トーレ。

ユーノは既に自身にとって馴染みのあるバリアジャケットを着込んでいる。

周囲をサーチした所、住んでいる人間などはおらず目に映る建物は全てもぬけの空だった。

都市部の発展に伴い寂れていったという事を資料で読んだ事を思い出す。



「(ここなら気兼ねしないで済みそうだ……始めよう。僕の戦いを)」



心中で呟き、二人の女性に向けて構えを取る。

半身になって相手に右半身と右掌を向け、足元には魔法陣を展開する。

その姿勢は荒削りながらもなんらかの体術を学んでいる事がわかる。



「どうやら初撃の時の身のこなしはマグレではないようだな」

「あまり本気になっては駄目よ? 貴方、熱くなる性格なんだから」

「ふっ、任務の事は忘れていない」



言うや否やトーレは一足飛びに車を飛び越えてユーノに肉薄する。

そのままの勢いで拳を振りぬく。



「(素手じゃ受け切れない!)」



瞬時にその打撃の強さを測ったユーノは後ろに跳んで避ける。

だがトーレはそんな事は分かりきっているとばかりに着地。

と同時に跳躍。

ユーノがまだ空中にいる隙だらけの状態に対して容赦なく拳を振るった。



「速いッ!?」



瞬間的に展開していた魔法陣を発動。

飛行魔法を行使し、自由落下していた身体を強引に上空高く舞い上がらせる。



「お前が遅いだけだ」



だがそんな行動は時間稼ぎにもならなかった。

反射的に頭上を見上げる。

そこには今まさに足を振り下ろす姿のトーレ。



「ハッ!!!」

「ぐぅっ!?」



掛け声と同時に打ち込まれる踵落としをなんとか両腕をクロスさせて受け止める。

だがその蹴りは見た目よりもずっと重く、ユーノは耐え切れずに地面へと落ちていった。

鈍い音と共に地面と激突したユーノは呻き声を上げるも即座に立ち上がる。



「(あれを受けて立てるか……)」



その様子に表情を険しくしながら、トーレはユーノ目掛けて急降下。

ユーノも構えを取り、待ち構える姿勢を取る。

その行動にさらに表情を険しくしながらトーレは先ほどよりもさらに速度を上げて駆け出した。



「(あのトーレが手加減してるとはいえ、一合で仕留められないなんて……。これは念を入れておいた方がいいかしらね?)」



彼女の背中とその先で構えを取っているユーノとを見比べながらドゥーエは自身の端末を呼び出した。



「シッ!!」

「うわっ!?」



怒涛の勢いで迫る拳の勢いに負けて、またも吹き飛ばされるユーノ。



「ふッ!! (やはり打ち込み切れないか……)」

「つッ!(くそ、肉弾戦じゃ話にならない。付いていくのがやっと……)」



続けて追いかけるようにして打ち込まれる浴びせ蹴りを危なげに回避する。

だが距離を取るべく離れるユーノに追いすがるように振り返り様にトーレの回し蹴りが打ち込まれる。



「がふっ!?」



両腕でその一撃を防ぐも衝撃は受け止めきれずにユーノは真横に吹き飛んだ。

何度かの打ち込みの余波でボロボロになった地面を転がる。

だがソレでも即座に立ち上がり、トーレに向かって構えを取る。



「(なぜだ?)」



トーレの動きに危なげながらも付いてくるその動きも然る事ながら、彼女を困惑させる最も大きな要因は。



「(なぜ反撃してこない?)」



曲がりなりにも本気で捕縛しようとしているのだ。

そんな彼女の動きに付いて来れている上、何度と無く立ち上がれるのであれば何かしら攻撃行動を取ってきてもおかしくない。

だがこの五分にも満たない攻防でターゲットは一度もそう言った行動に移ってこなかった。

加えて事前に入手していた情報にあったお得意の魔法をほとんど行使していない事も疑問に残る。



「(時間稼ぎか? 確かにあまり長々と戦えば管理局に気付かれる可能性は充分にある。もしそうならば早急に終わらせてしまわねばな)」



その手の心配は無いと事前に聞かされている。

彼女は問わなかったがあの性格は悪いが知略に優れた次女がそう言うのだ。

『色々と企てた後という事なのだ』と納得していた。



「(だがそれでも時間をかけるのは好ましいとは言えない。……ならば)」



その瞳にこれまでは感じられなかった意思が見て取れる。

『次で終わらせる』という明確な意思が。

そしてそれは相対するユーノに嫌になるほど鮮明に伝わっていた。



「(仕留めに来る。今までと比べ物にならない一撃で。だけど……僕の方も準備が出来た)」



今まで魔法をほとんど行使せずにいた理由。

それは構成するのに時間がかかる魔法を組み上げていた為だ。

並列思考によってそれぞれを半径20メートル圏内に張り巡らせ、発動の手前の状態で隠匿する。

その作業を行う為、己に使用する魔法を制限していたのだ。

それも全ての魔法を『ある特殊な構成』で組み上げる為に。



「これで終わらせる……」



その両手がキツク握り締められる。



「はぁ、はぁ……(あとはタイミングだけ)」



思考すると同時に足元に魔法陣が浮かび上がる。



「(スクライア司書長、何かを待っているように思えるけれど……一体何をするつもりなのかしら?)」



油断なく二人の戦いを見つめるドゥーエ。

映し出された端末からは周囲の情報を収集しているが未だ管理局の介入は無い。



「(来るかどうかもわからない救援を頼りにするような浅慮な人間には見えない。つまり自力でどうにかするつもりのはず……)」



彼の足元に展開された魔法陣の構成を解析する。

解析を始めてすぐに彼女は目を見開いた。



「……複雑過ぎて解析し切れない! そんな、人間が構成した魔法なのよ!?」



彼女の驚きの声。

それが引き金になったのか。

トーレが動いた。



「IS発動ッ! 『ライド・インパルス』ッ!!」



彼女らを含む特殊な生まれを持った人間が持つインヒューレントスキル(先天固有技能)。

彼女のスキル『ライド・インパルス』は目にも留まらぬ高速機動を可能とする。



一瞬でユーノの視界から姿を消すトーレ。

雷もかくやという速度でユーノの背後へと回り込む。

常人では攻撃されたと意識する間もなく、やられているだろう。



「(ここッ!)」



だが今のユーノにとって速さはそれほど重要ではない。

トーレが展開されている魔法陣に構わずその円内に侵入した瞬間、ユーノの全身を翠色の光が瞬きする間もなく覆い尽くした。

ほぼ同時に彼の背中に突き刺さる彼女の拳。

ガン!という鈍音と共に衝撃破が周囲に広がる。



「な、んだと……」



拳を振り抜いた姿勢で呆然と呟くトーレ。

その視線は己の拳とその拳を甘んじて背中で受け止めたユーノの姿。

だがその手応えはまるでなく、シールドにでも攻撃したかのような硬質な感触があるだけ。



「フィールド、バーストッ!!!」



全身を包み込む翠色の光が明滅し、瞬間的に爆発する。

その自爆のような行動に面食らいながらもISを使用して逃れるトーレ。



「くっ、自爆とはふざけた事を……ドゥーエ! ターゲットの、なっ!?」



突如、彼女の周囲の地面に浮かび上がる魔法陣。

彼を象徴する翠色のそれらから出現するのは同色の魔力鎖だった。



「ディレイドバインドだと!? (いつの間にッ!?)」

「トーレッ! ターゲットは健在。上空よッ!!」



蛇のようにのたうちながら迫る魔力鎖五本を全て捌ききる。

同時にドゥーエからの指示に従い、頭上で悠然と二人を見下ろすユーノを睨みつける。



「逃がさんッ!!」



砕かん勢いで地面を蹴り、自身を見つめるユーノへと肉薄する。



「逃げるつもりは……ありませんよ」



真正面からの突撃をシールドで防ぐ。

即座にISで背後を取るトーレだが、それも背後に展開されたシールドで防がれてしまう。



「こちらの動きが見えているのか?」

「見ているわけじゃありません。感じ取っているんです」



息を切らしながらも力の衰えない双眸に見据えられ、トーレは余裕無く舌打ちする。



「(私の認識が甘かったな。この男、相当に戦い慣れている。……こうなっては止むを得んか)」



幾度かの攻防でボロボロになっていた服を無造作に破り捨てる。

出てきたのは素肌ではなく、戦闘用と思しき無駄の省かれたスーツ。

そして両手のガントレット、両足のリング状の装甲からエレルギーの収束によって生み出された鋭利な翼『インパルスブレード』が出現する。



「出来うる限り無傷で捕らえるつもりだったが、ここまで抵抗されるのならば……」

「本気で……という事ですか? 確かにソレはよく斬れそうだ(一撃でシールドを抜かれるかもしれないな。その上、僕の知るフェイト並の高速機動。顔色一つ変えないでそれだけの事が出来るって言うのは……驚異的だ)」



両掌をトーレに向けて小型の魔法陣を展開する。

出現するのは魔法陣に見合った大きさの魔力鎖。

ジャラジャラと音を立てて、強固に組み上げられた鎖がユーノの周囲を守るようにに蠢く。



「腕の一本、足の一本くらいは覚悟しろ」

「遠慮しておきます」



埒もないやり取りを合図にトーレがISを使用しようとした瞬間。

ユーノに向けて幾つもの閃光が放たれた。



「っと!」



両手の魔法陣とは別に自身の正面にシールドを展開し、それらの攻撃を受け切る。

次いで狙撃が行われた方向を見やるとそこには細長い円形をした機動兵器『ガジェット』を従えたドゥーエの姿があった。



「ガジェット……(援軍……さすがに用意周到だなぁ)」



表情には出さずに心中で愚痴る。

状況はどう考えても彼に不利だろう。

トーレ一人を相手にするのもギリギリだと言うのに、敵が増えたのだ。

誰がどう見ても絶望的と言える。

これがエースオブエースと称される者達ならばまた違ったかもしれないが。



「無駄な抵抗はここまでですわね?」



挑発的な笑みを湛えながら最後通告をするドゥーエ。

ガジェットの群れはユーノを取り囲むと胴体の中心に在る瞳のような部分を明滅させる。

いつでも撃てるという脅しなのだろう。

そして同時に魔導師にとって最大の敵であるAMFの発動も可能である事を彼に示唆している。



トーレは油断なく構え、彼の動向を監視している。

そしてユーノは渋い顔をしながらゆっくりと両手を挙げた。

両手に展開していた魔力鎖も消え、完全に無防備な状態だ。



「ふふふ、潔い方ですわね(少々、拍子抜けですが……まぁ魔法が使えなければ魔導師である彼には対処できない以上、懸命な判断ですわね)」



ゆっくりと地上へ降りるユーノ。

その動向を監視しながら彼の周囲を旋回するガジェット。

そして先にドゥーエの隣に降りてきて尚も警戒を緩めないトーレ。



「不満そうね、トーレ」

「……急な横槍だったのでな」



視線を眼前のターゲットに固定したままの感情を押し殺した呟きにドゥーエは僅かに苦笑する。



「(結局、熱くなってるじゃないの。まったく)」



気を取り直してユーノに言葉をかける。



「これからAMFであなたの魔法を無効化させていただきます。先ほども言いましたけれど無駄な抵抗はなさらない方が身の為ですよ」



そう言うと合計10体ものガジェットが同時にAMFを発動。

ユーノの周囲を包み込むように展開されたフィールドが魔力結合を阻害し、魔法を使用できぬようにするのだ。



「これで貴方はただの力の無い司書、ですわね」

「ふん。呆気なかったな……とはいえこれで任務完了か」



何も出来なくなったユーノを嘲笑するドゥーエと警戒を緩め、両手両足に発生させていたエネルギー翼を解除するトーレ。

だがその瞬間を、ユーノは待ち望んでいた。



「チェーンバインド・マッシヴッ!!!」



彼が降りた地面から浮かび上がる魔法陣。

そこから出現するのはユーノの身体ほどの太さの巨大な魔力鎖だった。



「なっ!? AMFを多重展開した空間で魔法をッ!?」

「ちぃっ!!」



自身の油断に舌打ちし、即座にISを発動させるトーレ。

だが彼女の足はいつの間にか展開されていたこれも巨大なリング状のバインドで地面に縫い付けられていた。

いくら高速機動に長けていても、そもそも動けなくさせられては意味が無い。

そしてそれはドゥーエも同様。



「くっ!? 先ほどのディレイドと言い、こんなものを一体いつ仕掛けて……」

「まさかこんな切り札を隠していたなんて!」



そんな二人を尻目にユーノは魔力鎖の先端に捕まる。



「行っけえっ!!!」



魔力鎖がユーノの身体を上空高く運んでいく。

しかしAMFの効果がないわけではなく、魔力鎖を構成する魔力結合は少しずつ歪み形を保てなくなっていった。

だがそのまま完全に魔力結合が消えるのを待っていては遅い。

そしてユーノもそんな時間をかけるつもりはなかった。



「ここまで来ればッ!!!」



AMFの圏外まで抜け出したユーノは即座に飛行魔法を行使してその場を離れる。

そして追いかけてくるガジェットたちに向けて両手を広げ、唱えた。



「チェーンバインド・アキュート!!」



先端が剣のように鋭く研ぎ澄まされた鎖がAMFを物ともせずにガジェットを貫く。

その勢いは止まらず全てのガジェットを串刺しにした。



「これでッ!」



串刺しにしたガジェットの群れをバインドを操作してトーレらがいる場所へ放り投げた。



「でぇええいッ!!」



さらにガジェットを破壊した事によって再構築した巨大な魔力鎖が彼女らの周囲を取り囲む。

そして。



「マッシヴ・バーストッ!!」



今までに無い爆発が夜の街を明るく照らし出した。







機動六課 隊舎

隊舎内にアラームが鳴り響く。

自室で魔法構成の確認、改修を行っていたシチセイは真っ先に部屋を飛び出した。

隣部屋だったヴァイスも同時に部屋を飛び出したらしく、即座に横並びになる。



「ったくせっかく整備上がったってのに……」

「愚痴を言っても始まらんぞ、グランセニック陸曹」

「そりゃそうですがね。しっかし酒飲まなくて正解でした!」



ジャケットを羽織る本部隊舎まで走りこむ。

既に隊長、副隊長陣はロビーに集合済みだった。



「俺はヘリの準備にかかります!」

「よろしくな、ヴァイス君」



隊長陣の横をすり抜けて愛機の元に駆けて行くヴァイス。

その姿を見送ると集まった全員の視線がはやてへと集まる。



「お休み中の所、ごめんな」



バツの悪そうな顔で謝罪するはやて。



「気にする事無いよ。はやてちゃん」

「そうだよ、それより何があったの?」



真剣な表情のなのはとフェイトが先を促し、はやての表情も引き締まる。



「クラナガンの郊外で原因不明の爆発が発生。人の住んでない区域やから事故って言うのは可能性が低い。しかも現場でガジェットらしい姿が見られたって情報があんねん」

「ガジェットが……ですか」



はやての説明に眉間に皺を寄せるシグナム。



「ガジェットが出てるって言うけど、あれってロストロギアを狙うんだろ? そんなとこに連中が引っかかるような代物があるとは思えねぇけど……」

「ヴィータ三尉のおっしゃる事も最もだと思います。今までのガジェットの行動パターンから見るに例外的なケースと考えますが……他に現場の情報は?」



ヴィータとシチセイの言葉にはやては肩を落として首を振る。



「ううん、これ以上はなんにも。引き続きロングアーチで情報収集はしとるけど……後は現場に行ってみんと」

「それじゃヴァイス君たちの準備が出来次第?」

「そや。それで今回はライトニング隊長陣とシチセイさんに出てもらってスターズは隊舎に詰めてもらおうと思てる。……新人たちは、さすがにまだ早いと思うんで今回は外させてもらったわ。何か意見はある?」



全てのメンバーがはやての提案を受け入れる意味で沈黙する。



「そうか。ほなライトニング分隊及びオウハ戦闘部隊補佐は出動してください」

「「「了解」」」



全員がはやてに敬礼し、慌しく動き出す。

そんな中、シチセイはガジェットの動きを気にかけていた。



「(今までにない行動を起こしたガジェット……まさか、な)」



思い至った思考を隅に追いやるとヘリポートへ駆け出して行った。







ミッドチルダ首都 クラナガン郊外



「……甘く見たな」



もうもうと立ち昇る爆煙を見上げながら中空で静止したトーレはぼそりと呟く。



「そうね。今回は私たちの負けだわ」



その横には本来の姿に戻ったドゥーエの姿もある。



必殺のタイミングだったユーノのバインド爆破の瞬間、今まで見せなかった全力を持ってリングバインドを破壊したトーレはドゥーエを抱えて爆発の範囲外へ離脱したのだ。

だが気付いた時には彼らのターゲットの姿はどこにもなく。

あの爆発に乗じて物の見事に逃げられてしまったのだと二人は冷静に受け止めていた。



「不甲斐ない事だ。ユーノ・スクライアと言ったか? あの男……」

「ドクターが彼を気にかける理由が分かった気がするわ。野放しにしておくには危険過ぎるもの。AMF状況下で魔法が使用できたというのも気になるけれど、あれだけ頭が回ってそれなりの権力も持っているって言うのが、ね」



もしかすればこれから表立って敵対するだろう魔導師たち、その中でも数少ないエースと呼ばれる人間よりも危険な存在かもしれない。



「ウーノへは作戦失敗の報告をしておくわ。貴方は早く帰りなさい。仕事熱心な方々が気付いたようだしね」

「言われるまでもない。……次があれば絶対に仕留める」



それだけ言い残すとトーレはISを発動させて去っていった。

残されたドゥーエは地上へ降り立つと薄闇の中へと歩を進めていく。



「IS発動『ライアーズ・マスク』」



彼女の姿が歪み、数瞬の間を置いてその姿がまったく別の人物へと変わる。

そのまま闇に溶け込むように姿を消すドゥーエは、頭上を通り過ぎるヘリに視線を向けながら思う。



「(ここで彼を逃がした事が、私たちにとって不利益な物にならないと良いのだけどね)」



ドゥーエのこの懸念は遠くない未来に現実の物となる事になる。







あとがき

第六話をお送りしました。紅(あか)です。

さて今回のお話はほとんど全てがユーノ側の戦闘描写になりましがいかがだったでしょうか?

互角のように戦えていたと思っていただければ成功だと思っておりますがどうでしょうか?

ひとまずはこれでユーノ側の描写は終わり、次回からはまた機動六課側に移ります。

とはいえちょくちょくユーノも出すつもりですので期待してくださると嬉しいです。

それではまた次の機会にお会いしましょう。





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