魔法少女リリカルなのはStrikerS 『翠の伏龍と蒼の賢者』 第九話 司書長補佐とルーキーズ 初出撃から数日。 実践を経てから成長著しいフォワードの様子になのはらは協議した結果、彼らの訓練を次のステップ『個別スキル』のアップへと移していた。 フロントアタッカー、ガードウイング、フルバック、センターガード。 それぞれがチームで受け持つポジションに必要な技能を上げるという訓練形態である。 スバルはヴィータに、ティアナはなのはに、エリオとキャロはフェイトにそれぞれのポジションで必要な事柄を学んでいる。 そしてそんな訓練初日の午前訓練が終わったその時。 今まで正規の訓練には参加せず、書類仕事をこなしてきたシチセイが全員の前でこう宣言した。 「来週から俺も教官としてお前たちに教える事になった。至らない点があるかもしれないが宜しく頼む」 なのはたちは前もって聞かされていたのでさほど驚きはなかった。 新人たちも驚き自体はそれほど強くなく、すぐさまシチセイに向かって綺麗に返答して見せた。 「「「「はい! よろしくお願いします!!」」」」 疲れた体を押していつも通りの彼の敬礼に返礼する四人の姿にシチセイもなのはたちも満足げな様子だった。 機動六課 食堂 新人たち四人はいつも通りに食事をしている。 しかしいつも賑やかな彼らのテーブルにはゲストが二人ほどいた。 シャーリーとシチセイである。 シャーリーは食堂に向かう過程で一緒になり、シチセイは来週からの訓練について世間話がてら教えてほしいとスバル主犯で引っ張ってこられたのだ。 とはいえ話題は他愛のない物ばかりであり、訓練についてなど誰も口に出していない。 ただシチセイを食事に誘うための口実に過ぎなかったのだろう。 「なるほど。スバルさんのお父さん、陸士部隊に所属されてるんですね?」 今の話題は午前の訓練から隊舎に帰ってきた時、出かける所のはやてたちと出くわした際の会話にあった「お父さんとギンガに言伝はあるか?」と言っていた事についてだ。 キャロが得心したという表情でスパゲッティをかき混ぜながら言う。 「うん。八神部隊長も一時期、父さんの部隊で研修してたんだって」 応えるスバルも皿に盛られたスパゲッティを摘まみながらだがその量は同席しているメンバーの中で二番目に多い。 エリオを見ればスバルと同等の量を夢中で食べている。 話を聞いていないという事はないだろうが大した健啖ぶりだ。 「しかしウチの部隊って関係者繋がり多いですよね? 部隊長たちって幼馴染なんでしたっけ?」 ぼんやりと話を振ったのはティアナだ。 彼らの食事量に対して特に突っ込む事はしない。 訓練学校時代からスバルと付き合ってきたのだ。慣れているのだろう。 「うん、そうだよ。なのはさんと八神部隊長が同じ世界出身でフェイトさんも子供の頃に暮らしてたとか……」 「えっと、確か管理外世界の『97番』でしたよね」 パンを千切りながら相槌を打つシャーリーとフェイトに教わったのだろう世界の事を確認するエリオ。 食事中の歓談なので全員があまり深く考えずに発言し、基本的には食事に集中している。 故に彼女らは気付けなかった。 「(第97管理外世界……か)」 管理外世界『97番』という言葉に無言で食事に集中していたシチセイが眉を寄せて反応し た事に。 「97番ってウチのお父さんのご先祖様がいた世界なんだよね〜」 「そうなんですか?」 目の前の大きな皿に山盛りにされたスパゲッティを自分の皿に移しながら発言するスバル。 聞き返してきたエリオの皿にもついでにとスパゲッティを盛る。 育ち盛りな上に訓練でも特に動く事が多い二人は食べる量が半端ではない。 「そういえばなんとなく名前の響きとか似てますよね。なのはさんたちと」 ジュースに口を付けながら思いついた事を話すキャロ。 なんとなく楽しげなその様子から、階級呼びをしていた六課が始動した当初の他所他所しさはない。 「そっちの世界にはあたしもお父さんも行ったことないし……よくわかんないんだけどね」 話題が途切れる事はなく、このまま和やかな談笑が続くだろう。 テーブルに付いていた誰もが無意識にそんな事を考えているとスバルが別の話題を振った。 「そういえばエリオはどこの出身だっけ?」 その話題が空気的に良くない事に真っ先に気付いたのはシチセイだった。 「(ナカジマめ……迂闊過ぎるぞ)」 念話で呼びかけようとも思ったが、もはや後の祭りだという事も察していた彼は毒づくのを心中に留めた。 「あ、僕は本局育ちなんです」 「え?」 スバルを除いた全員がシチセイに一歩遅れて、この話題の問題点に気付いた。 だが話題を振った当人は特に意識せずにさらに突っ込んだ質問をしてしまった。 「管理局本局? 住宅エリアって事?」 「本局の『特別保護施設』育ちなんです。八歳までそこにいました」 「あっ……」 翳りのないあっさりとした口調で答えるエリオ。 しかし彼とは逆にスバルの表情が曇ってしまった。 『特別保護施設』とは管理局本局内部にある稀少能力や特別な魔力を持ったが故に事件に巻き込まれたいわゆる『訳あり』の子供を保護する施設である。 稀有な力は時に人々から敬遠され、酷い時は恐怖すら呼ぶ。 その結果、迫害や放逐に及ぶ事も決して少なくなく、そういった子供のメンタル面を考慮した上で養育する施設なのだ。 スバルはその場所についてはほとんど知らないが、特別保護などと言う仰々しい名前を聞いてあまり触れられたくない事なのだろうという事を察する事は出来た。 言いたい事は即座に言う単純にして天然な性格の彼女だが、それを補ってあまりあるくらいに優しい性格の持ち主でもある。 「(馬鹿!) 「(あうう……)」 念話で浴びせられるパートナーの言葉を聞くまでもなく、不用意な発言をした事に自己嫌悪してしまうくらいに。 「あ、あの気にしないでください。優しくしてもらいましたし全然、普通に幸せに暮らしてましたから」 暗くなった雰囲気を嫌ってか困ったような表情をしながら言うエリオの顔にはやはり翳りは見えない。 「あ、そうそう! その頃からずっとフェイトさんがエリオの保護責任者なんだもんね?」 「はい!」 彼の言葉に便乗したシャーリーの言葉とそれに応える元気の良いエリオの返事で場の空気は元に戻っていた。 「(幸せに、か。やせ我慢じゃなさそうだな。これも執務官のお蔭か?)」 冷静に事態を傍観していたシチセイはエリオの嬉しそうな様子に心中で口元を緩める。 「……そういえば、モンディアル三士? 俺からも質問があるんだがいいか?」 「え? あ、はい! なんですか?」 今まで黙って目の前の一番、量の多いスパゲッティを処理していたシチセイの言葉に、エリオは心持ち姿勢を正して彼を見つめる。 「お前がハラオウン執務官に引き取られてからお前の元に男性が訪ねてこなかったか? 特徴として執務官と同年代で金髪に眼鏡をかけている。ああ、あと本人が気にしている事なのだが一見すると女性に間違えれられる事が多い……」 そこまで言った所でエリオが声を上げた。 「ユーノさんの事ですか!?」 礼節を弁え、マナーを守るエリオにしては大きなその声にキャロとスバルが目をパチクリした。シャーリーやティアナも驚いた表情をしている。 だがそんな彼女らの事を見えていないのか、その視線は真っ直ぐにシチセイだけを見つめている。 「ふむ、やはり司書長が話していた『エリオ』というのはお前の事だったか」 「えっ? あの……司書長ってどういう意味でしょうか?」 一人、納得したと頷くシチセイに周囲の人間は疑問符を浮かべている。 「ああ、すまない。モンディアル三士、お前が『ユーノさん』と呼ぶ人物は俺の上司だ。司書長というのは彼の役職に当たる。幼馴染が保護者になった子供の面倒を見ているという話を時々、聞いていた事を思い出したのでもしやと聞いてみたんだが……その様子では当たりだったようだな」 「あ、そうなんですか? ユーノさんから……あ、あの、どんな事を言ってましたか?」 恥ずかしげに頬をかきながら訊ねるエリオに、浮かびそうになる笑みをかみ殺しながらシチセイは答える。 「素直で元気の良い男の子、だそうだ。一緒にいると元気が貰えるとも言っていたな」 「そ、そんな事を……。僕の方こそユーノさんには凄くお世話になって……」 「聞いている。司書長の遺跡談義を目を輝かせて聞いていたらしいな。話しているのが楽しくて時間など忘れてしまう、と言っていた」 「あ、ははは……。少し恥ずかしいです」 二人の盛り上がりように、周りは付いていけていないが先ほどまでの暗かった空気が消えている事に気付いて内心でほっとしていた。 「オウハさんの上司ってどんな人なんですか! エリオも知ってるみたいですけど!!」 目を輝かせながら二人を交互に見つめるスバル。 「あんたねぇ。オウハさんの上司で司書長って言ったらあの『無限書庫』の司書長しかいないじゃない。『ユーノ・スクライア』司書長って言ったら今、クラナガンじゃ知らない人なんていないくらい有名よ?」 相方の物知らずにコメカミを抑えながら呻くように言うティアナ。 「え? そうなの……」 知らないのは自分だけなのかとスバルはエリオやキャロ、シャーリーを見やる。 「い、いえ……僕はユーノさんがそんなに凄い人だったなんて全然知らなかったです」 「私も……別次元での自然保護隊での暮らしが長かったのでこちらの事はあんまり……」 エリオとキャロは首を傾げながら当惑気味な回答を返す。 「あ、なんだ……。(あたしだけじゃないんだ、良く知らないの……うっ!?)」 仲間が出来たと意味もなく明るくなるスバルだったがシャーリーがむふふと含み笑いを浮かべるのを見て反射的に身構えた。 「そっかぁ。スバルはユーノさんの事、あんまり知らないんだぁ……ふぅ〜〜ん」 あからさまに含んだ物言いをするシャーリーにそこはかとなく嫌な予感をする四人。 話題を振った人間であるシチセイは話を聞きながらスパゲッティの処理に励んでいた。 何気に食事量が半端ではない。 スバルたちは話の方に意識が向いている為に気付いていないが山のように積まれていた大皿の半分以上がシチセイの腹に収まっている。 「な、なんですか? シャーリーさん」 顔を盛大に引き攣らせながら先を促すスバル。 それに大して悪戯っぽく笑いながらシャーリーは促されるままにユーノについてスバルが食いつくだろう情報を暴露した。 「ユーノさんってなのは隊長やフェイト隊長、はやて部隊長の幼馴染よ? そ・れ・に、なのはさん本人から聞いたんだけどユーノさんってなのはさんの『魔法の先生』だったんだって」 「え? ええっ! なのはさんの先生ッ!? そんな人がいたんだッ!!!」 効果は劇的だった。 『尊敬する上司の先生』というスバルからすれば雲の上にいるような人物についてとあっては落ち着いてはいられない。 元々、落ち着きとは無縁であるという話は今は置いておこう。 皿まで喰らうぞと言わんばかりの反応にシャーリーは上機嫌になっている。 あまりの大声に周りのテーブルから奇異の視線で見られているがお構いなしだ。 同席している人間としては溜まったものじゃない。 「スバル、少し声を落としなさいッ!! シャーリーさんもこれ以上、煽らないでください!」 さらに話を聞きたくてテーブルから乗り出さんばかりのスバルの頭をグーで叩いて黙らせ、シャーリーに釘を刺すティアナ。 大した手並みだなと感心しながらシチセイは心中で拍手していた。 「あはは……ごめんごめん。スバルがあんまり良い反応返してくれるからつい……」 舌を出しながら謝るシャーリーのあまり悪く思っていない様子にティアナは肩を落としてため息をつく。 「その話は俺も聞いた事がある。もっとも司書長自身は『教えたのは最初だけであとは彼女自身の努力の賜物』だと言っていたが……」 「あ、そうなんですか?」 鈍い音と共にテーブルに突っ伏していたスバルが今度はシチセイの言葉に食いついた。 先ほどの一撃でそれなりに落ち着いたらしいがそれでも好奇心は殺せなかったらしい。 「あくまで本人の認識だがな。どうもあの人は周りの評価に比べて自己の評価が低すぎる(謙遜じゃなく本気でそう思っている辺りが特にな。なんとか矯正出来ないものか……)」 当時10歳という若さでかつて書庫とは名ばかりだった場所を開拓し、様々な援助があったとは言え管理局の一部署として発足した実績はあまりにも大きい。 表には出ないが、前線を支える大きな柱となっているあの場所はユーノがいなければ成り立たなかったのだから。 「そうなんですか? スクライア司書長について私が知ってる事って『考古学の若き権威』って言われている事くらいで魔導師や無限書庫司書長としての実績って言うのは……言い難いんですけどあまり聞いた事がないんですけど」 話題の人物の部下が目の前にいる手前、言葉を選びながらの発言になったが実際、ティアナは無限書庫という場所が管理局内でどういう立ち位置にあるかをよくわかっていない。 彼女が訓練校時代から聞いていたのは『給料と釣り合わない馬鹿みたいな仕事の量』くらいな物であり、『ユーノ・スクライア』という人物について彼女が知っている事は十年前に物置同然だった無限書庫の整理、開拓を先導し今も尚、陣頭指揮を執っている事くらいである。 どれも人伝に聞いたことであり、無限書庫の実態を知らないティアナからすれば『たぶん凄い事なのだろう』程度の認識でしかない。 「当然だな。そもそも無限書庫の司書が表立って功績を称えられる事などまずありえない。その部署にいる人間としては腹立たしい事だが主な仕事は『資料探し』でしかないのだからな。たったそれだけの事を評価など出来まい?」 シチセイの一見、乱暴とも言える言葉に「言われてみればそうか」と新人たちは納得して頷く。 話を黙って聞いていたシャーリーだけがその『資料探し』の内容を思い浮かべて顔を引き攣らせていたが気付く者はいなかった。 「だが……いや、やめておこう。口で説明して納得できるような事でもない」 「えーーーーーっ! そんなーーーーーーーーっ!!!!」 食堂に響き渡るスバルの抗議の声に全員が顔を顰める中、顔色一つ変えずに席を立つシチセイ。 「ナカジマ二士の抗議もわかるが、こればかりは説明してもな。どうしても不服ならば機会を見て無限書庫に行ってみると良い。そこがどういう場所か、そこでの仕事が如何なる物か知る事も大切だろう。今後、利用する事もあるだろうからな。司書長がその場所に置いて評価こそされないがどれほどの実績を上げているかも行けばわかる事だ」 空になった大皿に各人が使っていた皿を乗せていく。 「それよりも時間は良いのか?」 「「「「「えっ?」」」」」 同じテーブルを囲んでいた五人が一斉に気の抜けた声を上げ、シチセイの目で示す方向を見る。 食堂に設置されていた時計が指す時間は午後の訓練開始五分前になっていた。 「うっそ!? もうこんな時間っ!?」 「あわわっ!? 訓練場に急がないと!」 「フリード、急いで!!」 「キュクッ!!」 「っていうか今日、あたしあんまり食べてないっ!?」 口々に何か言いながら自分の食器を片付けて、食堂を出て行く四人。 「やれやれ。慌しい」 「元気があって良いと思いますよ。シチセイさんは行かないんですか? 時間がないと思うんですけど」 落ち着き払った態度のシチセイに、首を傾げながら訊ねるシャーリー。 それに対してシチセイは肩を竦めてこう言った。 「ここから訓練場までなら最短距離を行けば三分で行ける。そこまで焦るような事でもない」 「……なんで教えなかったんですか?」 「言う間もなく行ってしまったからな。それにあの調子ならギリギリで間に合うだろう」 しれっと言い切るシチセイにシャーリーは口元を引き攣らせた。 新人たちはこの後、どうにか午後の訓練に間に合ったが「余裕を持って行動しろ」とヴィータに怒鳴られる事になる。 勿論、シチセイは彼女らよりも先に到着しておりその事でスバルに抗議されたが話術で彼女が勝てるはずもなく簡単にやり込められてしまった。 その日の夜・とある食事処 「エリオがそんな事を……」 『97管理外世界』における和風なイメージのその店で蕎麦を啜りながら苦笑するのはユーノである。 本日の業務が彼にしては非常に珍しく定時に上がり、同じく定時に上がったシチセイからの誘いを受けてこうして共に食事に来たのだ。 「ああ。あれは相当にお前の事を慕ってるぞ。今度、会いに来てやったらどうだ、『ユーノさん』?」 「からかわないでくださいよ。オウハさん」 お互いに笑みを浮かべながら談笑するその姿には局内での上下関係はない。 「だが機会を見て六課には一度、顔を出すべきだろう? お前の幼馴染たちや友人はお前の事を気にかけていたぞ」 なのはたちは言わずもがな、シグナムら守護騎士の面々にグリフィス、シャーリー、果てはどういう経緯で知り合ったのかヴァイスにまでユーノは心配されていた。 「そっか。ヴァイス陸曹も僕の事、心配してくれてるんだ」 「依頼した案件の資料を受け取る時に目の前で倒れられたのがよほど印象に残っているんだろうさ。……そういえばグリフィス経由でレティ提督から催促の要請があったぞ。『休みを取れ』だそうだが……お前、また有給を溜め込んだな?」 「あ、あははは……」 目を細めてユーノを見据えるシチセイ。 その視線に耐えかねてユーノは視線を逸らすが誤魔化しにもなっていない。 「まったく……とりあえず早いうちに休みを取れ。あー……いやお前は何もするな。人事部には俺から申請しておく」 「ええっ!?」 そんな理不尽な!?と抗議の声を上げるユーノを半眼で睨みつける。 「お前に拒否権はない。だいたいお前含めてしっかり休養が取れるようチームを編成したんだぞ?」 「うう……でもほら突発的な依頼とかが来るとどうしても皺寄せが……」 「だからと言って全部、お前が受け持ってどうする。それを含めてなんとか出来る面子が集まってるんだろうが。しかもレティ提督の厚意で俺の穴を埋める要員として何人か派遣もされてるだろ? お前だけが気張らなきゃならないような状況じゃない」 「いや、えっと……」 「反論は聞かんぞ、ワーカーホリック(仕事中毒)」 話は終わりだとばかりに蕎麦を啜るシチセイ。 「はぁ……」 言い出せば聞かないシチセイの頑固さを良く知っているユーノはため息をつくと自分の蕎麦を啜り始める。 シチセイやなのはたちからすればユーノも充分に頑固なのだが。 「お前が納得したところで早速、連絡するとしようか」 「えっ?」 自分のどんぶりを空にしたシチセイは自身の端末を呼び出した。 即座に連絡先を弾き出し、担当者の応答を待つ。 キョトンとしているユーノの事など眼中にない。 「こちら、人事部担当のライド・アンダーソンです。ご用件をどうぞ」 中空に浮かぶモニターに移ったのは見た目十代後半頃の青年だった。 眼鏡こそかけていないがどこかグリフィスを連想するその生真面目そうな少年と目を合わせシチセイは早速、用件を切り出す。 「無限書庫司書長補佐シチセイ・オウハ三等陸尉です。無限書庫司書長ユーノ・スクライアの有給申請を行いたいのですが……」 その瞬間、相手側の画面の外でドタバタと物音がした。 「無限書庫司書長から有給の申請だってよ!?」 「うっそ!? あの仕事中毒の代名詞って言われてるような人が有給!?」 「仕事が恋人だって噂のあの人がっ!?」 なんだか好き勝手な事を言う画面の外にいるだろう人間たち。 音声がだだ漏れである事に気付いてないのだろう。 好き勝手言われた当人は、テーブルに突っ伏して頭を抱えている。 「こら、お前たち騒ぐんじゃない! ゴホン!……申し訳ありません。同僚のお恥ずかしい所をお見せしました」 「いえ司書長の普段の行いに問題があるだけの話ですのでどうかお気になさらず。それでいつからならば休みを取れますか?」 「少々、お待ちください」 モニターから青年の姿が消える。 恐らく日程の確認を行っているのだろう。 反応が返ってくるまで一分程度の間があった。 その間、ユーノが物言いたげな視線を向けていたが彼は見向きもしない。 「お待たせしました。スクライア司書長は前年から有給を溜め込んでいますので、現場の方で問題がなければ明日からでも取っていただいて構いません」 「なるほど。ユーノ、今の段階で期限が近い上にお前でなければ処理できない依頼はあるか?」 「ないですけど。……いやいやいや、まさか明日から休暇になんてしませんよね?」 「差し迫って問題はないとの事なので明後日から三日間でお願いします」 「ええっ!? 明後日からってそんないきなり!? いや幾ら明日からでもいいって言われたからってそれはさすがに受理されないんじゃ……」 「承りました」 「通ったっ!?」 「無限書庫勤務ユーノ・スクライア司書長。明後日より三日間、有給消化による休暇になります。正式な通達は明日中にお送りしますのでご確認願います」 「ええ!? あの、ちょっと……」 「わかりました、宜しくお願いします」 画面越しに頭を下げあい、シチセイは端末を切る。 彼はあまりにもとんとん拍子に進んだ手続きに口をパクパクさせているユーノにここでようやく視線を向けた。 「と、そういうわけだ。引継ぎ諸々は明日中に済ませておけ。書庫の連中には俺から連絡を入れておく。全員にお前の休み中は書庫への立ち入りを禁止するよう厳命しておくから諦めて休む事」 「いや……そんな淡々と言われても」 強引なその手管にユーノは頬を引き攣らせながら苦笑する。 「いいから休め。……これから忙しくなるんだからな」 「あ……そう、ですね」 ふと真剣な表情で呟いたシチセイの言葉の意味を読み取り、ユーノは浮かべていた笑みを消す。 「(今回のガジェットの絡んでいる件はかなり根が深い)」 「(管理局本局の上層部の人間が関わっていますからね)」 ユーノは蕎麦の汁を啜り、シチセイは出されていたお茶を飲んで一息つく。 周りの人間に聞かれるわけにはいかない為、話は念話に切り替えていた。 「(今回のレールウェイ襲撃。一年少し前にあった空港火災。そしてさらに前に高町教導官、ハラオウン執務官、八神部隊長らが関わった遺跡襲撃事件。それらを検証すれば辿り付く事だがガジェットらの目的の一つは間違いなく……)」 「(ロストロギア『レリック』。今のところ、局ではアレは高純度魔力の結晶としていますね)」 汁を全て飲み干したユーノにシチセイは水を注いだコップを差し出す。 「(ユーノはどう思う? レリックについては八神部隊長から正式な調査依頼を受けて調べているんだろう?)」 「ありがとうございます(そうですね、まだなんとも言えません。確かにレリックは純度の高い魔力をかなりの量、内包しています。何が原因で暴走するかわからない事から第一級危険指定になる事も納得できる。でも……)」 受け取った水を一息に飲み干す。 「そろそろ出るか(でも?)」 「はい(これは僕の推測なんですが……レリックには何か特別な役割があるんじゃないかと思うんです)」 「(ほう、役割だと?)」 店員の「ありがとうございました」という元気の良い挨拶を背中に受けながら二人は店を出る。 「(はい。例えば……何かの動力源)」 「(……あんな物を使って動かす何かがあると思ってるのか?)」 「(推測の段階ですから……なんとも言えません。でもあれほどの魔力を持った結晶体が幾つも存在しているという事は、何らかの『用途』があるんだと思うんです。もしかすれば刻印No毎にそれぞれ役割が異なっているのかもしれない)」 二人、黙ったまま夜の街を歩く。 街灯が照らす煌びやかな街並みを歩く人々の明るい表情とすれ違いながら。 「(掘り下げて考えればキリがない、か。やっぱり根本的に情報が足りないな)」 「(ええ。勿論、調査は続けますけど。ばれないように気を使いながらですから時間がかかって)」 「(それは仕方ないな。向こうが動き出したこの時期に色々とばれて拘束されたら目も当てられん。調べるのは良いが今まで以上に気を付けろよ? またいつ襲撃があるかわからないんだからな)」 二人がついたのは海岸線にあった小さな公園。 賑やかだった喧騒とは少し離れたその場所で二人は同時に空を見上げた。 「今夜も良い月だな」 「ええ、本当に」 同じ事を考えていた事に気付き、どちらからともなく静かに笑う。 お互いにただただ沈黙して月を眺める様子は第三者から見れば首を傾げられるような状況かもしれない。 五分ほどそうしていると、シチセイが静謐な空気を崩さないようにゆっくりと動き出した。 「俺はそろそろ戻るぜ。また近いうちに会おう、ユーノ」 「はい。そちらも任務で怪我なんてしないように気をつけてください」 「悪いが約束は出来ん。無傷で帰ってこれるほど腕に自信はないからな」 二人、笑いあうとシチセイがユーノに背を向けて歩き出す。 「おやすみなさい」 「ああ。お休み」 自分に向けられたその大きな背中を見つめながらユーノは小さく呟き、手をヒラヒラと振りながらシチセイが応える。 ユーノはその返事に笑みを浮かべながら彼とは逆方向に歩き出した。 「(ああ、そうだ。言い忘れていた)」 「はい?」 綺麗に別れたと同時に届いた念話に思わず、素っ頓狂な声を上げるユーノ。 思わず振り返るが、シチセイは歩みをまったく止めずどんどんその背中は小さくなっていく。 「(休み中、海鳴市に行ってきたらどうだ? 確か前に行ったのが半年前だろ? お前を気にかけてくれているあの人たちに挨拶回りに行くには良い機会だと思うぞ)」 「(海鳴市。そっか、もう半年も経つのか……)」 「(まぁ休みをどう使うかはお前の自由だからな。ただ顔を見せておいても罰は当たらんから考えておけ)」 一方的な念話はそこで途切れる。 「そうだなぁ。前に行った時、アリサに出来るだけこっちにも来なさいって言われたからなぁ。それにクリスマスや正月の集まりにも顔を出せなかったし……謝るにもちょうどいいか」 脳裏に浮かぶのは別世界の人間である自分にまるで家族のように接してくれた暖かい人たちの顔。 彼らからすれば特殊な境遇にある自分にも分け隔てなく接してくれた友人たちの顔。 「うん。行ってこよう」 普段、仕事場で見せる事のない年相応の笑顔を浮かべながら彼は自分の家へと帰っていった。 |