魔法少女リリカルなのはStrikerS 

『翠の伏龍と蒼の賢者』

第十話 司書長と第97管理外世界 前編



急な任務として『第97管理外世界』に行く事になったという連絡を受けた時、シチセイはある種の予感をしていた。

出動要員として機動六課が誇る虎の子の前線部隊全員とシャマル、はやてが集まった事にも彼はそこはかとなく予感を感じていた。

さらにその任務の具体的な目的地が『日本』の『海鳴市』であり、その日がユーノの休暇の初日だと言う事にも。

だからこの会合はある種の必然だったのだろうと彼はため息交じりに思う。

「一日ぶりですね、司書長」

「あ、あはははは……。そうですね、オウハさん。なのはも久しぶり、元気だった?」

「え? えっ? えええええええッ!?」

「あらあら。なのはったら」


なのはの実家である喫茶店『翠屋』での不意打ち気味の接触。

混乱するなのは。

愛娘の慌てふためく様子を見ながらふわりと微笑む桃子。

普段、見られない隊長の様子に困惑するスバル、ティアナ。

そんな状況を尻目にシチセイとユーノは笑い合っていた。

ユーノの方は予想外な幼馴染との再会に困惑気味ではあったが。



その任務が決まったのは本当に突然だった。


「管理外世界への派遣任務、ですか?」

「ああ。なんでも『レリック』の可能性のあるロストロギアの捜索らしいぜ」

「なるほど(所在不明の品物だからな。それを考えれば任務自体に不自然な点はない。とはいえ『可能性』の段階でレリック専属の名目で設立された六課に話が来るというのは性急過ぎる気もする。ほかに動かせる部隊がなかったとも取れるな)」

ヴィータとシチセイが肩を並べて歩く。

目指すは屋上ヘリポート。

いつも通りの事務業務に終えてエリオ、キャロへ事務のいろはを教えていたシチセイは偶然出くわしたヴィータに言われ、こうして同行していた。

「それならばモンディアル、ルシエ両三士も連れてくれば良かったのでは?」


前線部隊が全員参加という事ならばわざわざシチセイとエリオたちを引き離す意味がない。

「ん? あー、あっちはよ。アタシたちより適任のヤツが話してくれるからな」

「適任? ……ああ、執務官の事ですか」


歯切れの悪い言葉と共にヴィータはシチセイから視線を外す。

その言葉の意味を読み取った彼は納得した。

エリオ、キャロとフェイトが懇意である事は部隊の誰もが知っている。

懇意というか戸籍上の保護者であり二人から見れば母、いや年齢を考えれば少し年の離れた姉のような存在だ。

仕事をする上でもはやての計らいにより、同じ部隊になり接する機会は多い。

とはいえいつも一緒という訳でもない。

我儘も愛嬌として受け入れられるような年代でありながら好きな時に一緒にいる事が出来ないのだ。

なまじ年不相応な理性を持つ二人だからその事に不満など言わない。

それでも心の深い部分では『共にいたい』と思っているだろう。

ヴィータはその事に配慮して『家族』だけで過ごす時間を確保しようとしたのだ。

「なかなかチームの事を見てますね。副隊長……」

「う、うるせぇよ」


少し遠回しな賛辞にヴィータは顔を紅くする。

自分の行動を全て読み切られた事への気恥ずかしさでだ。

そして隣を歩く堅苦しい男の事をこう思った。

「お前って性格悪いよなぁ。別に言わなくてもいいのに言うし」

「褒め言葉として受け取っておきます」

「褒めてねぇ。ったく……ユーノを相手にしてるみてぇだ」


ぼやきながらヴィータは自分の思った事を口にする。

「(あいつも女が羨ましがるくらいに綺麗な顔で、笑いながら人の言葉の裏側まで察してくるんだよな……)」


しかもそんな風に人の心を読むような事をしてくる癖に、それを不快だと思わせない。

仲間と認めた自分たちを気遣っての優しさからくる行動だと理解しているからだ。

赤の他人相手にそこまで突っ込んだ事をする彼を少なくともヴィータは見た事がない。

「自分のこれは師に影響されて培った物です。司書長のように素ではありませんよ」

「まぁ確かにアイツみたいに自然に出来るヤツなんて早々いないよなぁ」


自分の主が惚れ込み、末妹に父とも呼ばれ、自分を含めた守護騎士が信頼する青年の顔を思い浮かべてヴィータは自然に笑みを浮かべる。

そこで彼女は先ほどの彼の言葉を思い返し、はっとした。

「っていうか今、すっげぇ気になる事言ったな? お前、師匠なんていたのかよ」


彼女は三十路を越える年齢に至っている彼が影響を受けたという『師』という単語に興味を抱いた。

慈しみのような親愛の情が込められた彼の言葉が興味を持たせたのだ。

「ええ。自分など及びもつかない敬愛すべき師たちです」


次の瞬間。

勤務中、意識せずに崩したことのない彼の表情が緩み、隠れている右目が開かれた。

何も映さないその目はもう届かない所にいる者たちとの思い出と、彼らを追い抜こうと足掻くだろうこれからの自分に思いを馳せるように、窓の外から見える青い空のさらに先を見据えている。

それはまだ右目が健在だった頃の子供だった自分を懐かしんでいるようにも見えた。

「お前……」


ヴィータは思わず足を止めた。

前を見据えて歩いているはずの彼の目がとても遠い場所を見ていると感じたからだ。

だが彼は足を止める事なく、しかし歩くペースを緩めながら告げる。

「いずれお話する事もあるかもしれませんね。俺を育ててくれた賢者たちの事を」

「あ? おい、今なんて言ったんだよ!!」


置いていかれる形になったヴィータはシチセイが呟いた言葉を聞き逃してしまった。

「……勤務中なのでこれ以上はご容赦を、と」

「嘘付くな。口元が笑ってんぞ!」

「では詳しい話はオフで、と言った事にしておきます」

「『しておきます』ってなんだよッ!! ホントはなんて言ったんだよ、こらーー!!」

「(別に嘘を付いたわけじゃないんだが。なんだ、ヴィータ三尉もからかうと面白いじゃないか)」


普段、なかなか見せる事の無いヴィータの見た目相応の態度に彼は心中で盛大に笑う。

このやり取りは彼らがヘリポートに到着するまで尽きる事無く続いた。



機動六課 屋上ヘリポート


「前線部隊は全員、というお話は聞いていましたが部隊長にシャマル医務官も出られるのですか?」

集まったメンバーを見回しながらシチセイは疑問を口にする。

前線メンバーが全員いる事は予め聞いていたので特に問題視していないが後方支援担当のシャマルに加え、課長であり最高責任者であるはやてまでいるのは些か大袈裟に思えたのだ。


「ええ。部隊はグリフィス君が指揮を取って、ザフィーラがしっかり留守中の守りをしてくれるから私がいなくても安心ですよ」

「なるほど……(ザフィーラ氏ならまぁ滅多な事はないだろうが……)」



ザフィーラ

はやてを守護するヴォルケンリッターの一人にして楯の守護獣。

普段は狼(犬ではない)の姿で常にはやての傍にかしづく忠臣。

実は人語をしゃべれる上に人型に変身する事も出来るのだが、六課内では今のところ番犬のような扱いを受けている。

本人としては別に思うところはないらしく、認識を訂正しようとも思っていない。

お蔭で関わりの深い人間以外で彼がしゃべれる事を知っているのはごく少数である。



はやての言葉に一応、納得はするもののやはり彼の中で大袈裟だという気持ちは変わらない。

局内での六課の微妙な立場を考えれば、些細な事に気を使って損はないのだ。

「詳細不明とはいえロストロギア相手ですから。主要メンバーは全員出動という事になったんです」

「あとは行き先にも理由があるんですよ、シチセイさん」


シチセイの心中を察してなのは、フェイトが補足する。

「行き先、ですか?」

「どこなんです?」


しかし出てきた言葉にシチセイやスバルたちは首をかしげた。

「『第97管理外世界』、現地惑星名称『地球』」

「「「「えっ?」」」」

「(なにっ?)」


スバルらが疑問の声を上げ、シチセイは僅かに眉根を寄せた。

控えめな笑みを浮かべながら五人を見つめ、はやては続ける。

「その星の小さな島国の小さな街……日本の海鳴市。そこにロストロギアが出現したそうや」

「地球ってフェイトさんが昔、住んでたっていう……」

「うん、私とはやて隊長はそこの生まれ」


仕事とはいえ故郷に行く事が出来て嬉しいのだろう。

隊長陣は総じて明るい空気を纏っていた。

「私たちは六年ほど過ごしたな」

「ええ。向こうに帰るのは本当に久しぶり」


普段、周囲を引き締めるような空気を発しているシグナムでさえ、柔らかな雰囲気でシャマルと語り合っている。

その様子だけを見ても彼女らが今回の任務を、正確には任務の目的地に行く事を楽しみにしている事がわかる。

『里帰りも兼ねているという事ですか? 職権乱用と思われかねませんが?』

『あはは。まぁ仕事の合間にちょろっと家族や友人と会わせるくらいやったらええかなぁと思ったんですけど……駄目ですか?』


念話ではやてにのみ苦言を呈するが、彼女は苦笑いするだけ。

ただその目は本気だ。

危険なロストロギアかもしれないという真っ当な理由で機動六課が出向く最低限の体裁は整えている辺り、むりやりにでも押し通すという意思が垣間見える。

『さて……ただ派遣されている身としてはこれ以上の事はなんとも言えません。越権行為に当たりますので』

『今回の件を黙認してもらえるんやったら構いません。すみませんね、シチセイさん』

『黙認するなどと人聞きの悪い。上官命令に逆らえないというだけの話です』

『……それやと私だけが悪者やないですか』

『そう聞こえるのでしたらそういう事なのでしょう』

『むぅ……』


なのはらが談笑している間に、シチセイとはやてがこんな駆け引きをしていたなどと誰が思うだろう。

お互いに顔には出していない上に、マルチタスクでしっかり彼女らの会話も聞いているからよほど勘の鋭い人間でなければ気づけはしない。

もっとも実践経験豊富な隊長、副隊長陣には気付かれているのだが。

「ある程度の広域捜査も必要になってくるし、司令部も必要や。現地に詳しい人間がいた方が都合良いんよ」

「っつう事で出発だ。準備はいいか?」

「「「「はいっ!!」」」」


ヴィータの号令に揃って返事をする新人たち。

その様子に隊長陣が満足げに頷く。


「では、出発ッ!」

全員が乗り込むのを待ち、本部にある転送ポート目指してヘリが飛び立つ。


「(そういえば今日からユーノは休暇だな)」

談笑する一同を尻目に、シチセイは思考を巡らせる。


「(……向こうでばったり、って事になる可能性があるか。ま、別に遭遇して問題があるわけじゃないが)」

この時の彼はまさか本当にばったり会うとは思っていなかった。




第97管理外世界 地球 海鳴市街

「久しぶりだなぁ。海鳴に来るの」


街の雑踏に紛れながらユーノは小さく呟く。

少々、強めに吹く風に無造作に伸ばしていた髪が揺れる。

照りつける日差しに気持ち良さそうに目を細めながら彼は街を歩いていた。

「うーーん。気持ちいい日和だ」


四六時中、気を張り巡らせなければならないミッドチルダにいるよりも何倍も心地よい。

さすがに全てのしがらみから開放されるというわけにはいかないが、それでも肩は軽く気持ちも弾んでいる。

こうして散策する事自体が楽しくて仕方ない。


「とりあえず適当に見て回ろうかな?」


動きやすいカジュアルな服を着たユーノが自分に向けられていた女性たちの好奇の視線に気付く事はなかった。


彼がまず向かった先は本屋。

ミッドチルダにも本屋はあるが当然あちらの文化圏の書物ばかりであり、こちらで見られる物とはかなりの違いがある。

特に顕著なのが歴史や語学。

ある程度、統一された文化を持つミッド圏と異なり地球には日本語、英語、中国語など数多くの言語がある。

さらに魔法文化がない事から、歴史上における文明発展の仕方がミッドチルダとはまるで異なりユーノのような学者肌の人種からすれば歴史の流れを見ただけでも相当に面白いのだ。

ユーノは以前から地球の歴史に興味を持っており初めは日本、次にアメリカ、さらにヨーロッパ圏の歴史書を紐解き、最近は中国の歴史に関連した書物を読み漁っている。


「♪〜〜。あ、新刊だ」


鼻歌などを口ずさみながら本を選ぶ彼の姿は、傍目から見ても非常に楽しそうだった。


「よし、大漁大漁♪」


本屋で十冊ほどの本を購入したユーノはそれらを唯一の荷物であるリュックサックに入れ、ある場所を目指していた。

この街で彼と縁が深い人たちの居場所は大きく分けて三箇所。

ミッドチルダもそうだが日本は平日。

さらにユーノが会おうと思っている人たちのうち二人は大学生だ。

単位の取り方にもよるが、いきなり行っても会えない可能性がある。


「(しまったなぁ。先に連絡を入れておけばよかった。これはアリサとすずかに怒られるかな?)」


顔を出せと言われていながらいざこちらに来れた時に連絡なし。

そんな事実を知ったら幼馴染の一人である『アリサ・バニングス』は烈火の如く怒るだろう。

相方である『月村すずか』は怒る彼女を宥めながらも静かに怒るはずだ。

どちらも怖いのはそれなりに長い付き合いでよく知っている。


「(とりあえず時間もいい頃合いだしあそこに行こう。アリサたちへの連絡はその後で……)」


言うまでもなく問題の先送りである。

彼女らに会うと決めているユーノにとってはまったく持って意味がない。


「(……うう、先延ばしにするのもそれはそれで怖いなぁ。なんとか穏便に済ませられればいいけど)」


彼自身、それが難しい事はよくわかっている。

仕事でやむを得ずとはいえクリスマス、忘年会、新年会とすっぽかしているのだから。

メールや手紙で連絡は取り合っているとは言え、彼女たちの機嫌が悪いだろう事は容易に察しがついてしまう。


「(なるようにしかならないかぁ。時間が取れそうだったら申し訳ないけど桃子さんたちに相談してみよう……)」


この世界から見ればどこまで行っても部外者にしか過ぎない自分を暖かく迎えてくれた人たちを思い浮かべる。

ユーノの足は自然と暖かい場所である『喫茶翠屋』へと向かっていた。




喫茶翠屋


カランカランという小気味良い小さな鐘の音が来客を告げる。

半年振りになるが変わらない内装と雰囲気を感じ、ユーノはほっと息をついた。


「いらっしゃいませ!」


柔らかな笑みを浮かべて振り返り、現れた客に挨拶をする妙齢の女性。

彼女の名は『高町桃子』。

喫茶翠屋のシェフにしてなのはの母親である。


「あら!? ユーノ君じゃない!」


そんな彼女の顔が驚きに変わる。

だがその表情はすぐに十年前から交流を持つ娘の数少ない『男友達』の来訪を歓迎する笑顔へと変化した。


「お久し振りです、桃子さん。お元気でしたか?」

「あらあら、本当に久しぶりね。私たちの方は相変わらずよ。士郎さんも美由紀もね」

「それは何よりです。安心しました」


彼女の笑みに釣られてユーノも笑みを浮かべる。

見目麗しい(ユーノを含め)二人が楽しげに笑い合っている状況。

翠屋の客は周囲に花でも咲きそうなその二人に釘付けである。


「わっ!? ユーノじゃない。久しぶり!」

「おお、ユーノ君。久しぶりだね」

「美由紀さん。士郎さん。お久し振りです」


店の奥から現れた一家の長『高町士郎』と長女である『高町美由紀』の変わらぬ姿にユーノは笑みを深めた。


「もう、最近はこっちに顔を出さないから寂しかったんだよ? それにほら、去年のクリスマスに忘年会、新年会の時! なのはたち『ユーノがいない〜!』って暴れるわしょげるわで大変だったんだから!!」

「そ、そうなんですか?」


身振り手振りでその時の光景を表現する美由紀。

その大袈裟なジェスチャーが冗談じゃないだろうと言う事がわかるユーノとしては顔を引き攣らせるしかない。



一応ではあるがユーノ自身は、彼女らが自分に対して『好意』を抱いている事を自覚している。

そして彼女らに対して自分が『好意』を抱いているという自覚もある。

問題なのはお互いの想いの温度差である。

幼馴染たちがユーノに抱いている感情は正しく恋愛感情その物(時々、理性という名のリミッターが外れて凄い事になる)であり、それぞれが独自のアプローチを行っている。

だが幼い頃から遺跡一筋で、大切な青春期を本の巣で過ごしてきたユーノにとって『恋愛感情』とは『友情』と区別を付けられない不確かな物になっていた。

要は彼自身、自分が彼女らに抱く感情がどういう物かを理解し切れていないために彼女らの想いに応えられず消極的な(あるいは紳士的な)対応になってしまい、『朴念仁』と呼ばれる大きな要因になっているのだ。



「恭也もいれば良かったんだがあいにくと今はドイツ在住だからなかなか帰って来なくてね。少し前に向こうに帰ってしまったんだよ。間が悪かったなぁ」

「そうなんですか。残念です」


高町家の長男『高町恭也』は数年前、すずかの姉である『月村忍』と正式に結婚している。

教会で式を挙げた二人は幸福に包まれており、ユーノも二人の姿を克明に記憶に刻んでいる。

もっともその日でユーノの記憶に一番残っているのは忍のブーケトスで異様に殺気だった女性陣(シグナム、ヴィータ除く)の姿だったのだが。


「次の機会には家族そろって会えるといいわね」

「はい……」


ユーノは桃子が言った『家族』という言葉に自分も入れてもらえているのだという事実がたまらなく嬉しかった。

美由紀と士郎がそれぞれ仕事に戻り、ユーノはテーブル席に案内され注文を終える。


「そう、休暇を利用して来たの」

「はい。オウハさん……同僚に休めと言われて今日から三日ほど」

「あら? それじゃその間はずっとこっちに?」

「いえ明後日にはミッドに戻ります」

「それじゃやっぱり恭也とは会えないわね」


客足が落ち着き、和やかに談笑する二人。


「おーい、桃子! 手が離せないから電話に出てくれ!!」

「はーい! それじゃユーノ君、ごゆっくり」


パタパタと店の奥に消えていく桃子を見送りながら、ユーノは注文していたコーヒーを口にする。

無限書庫でも良く口にするブラックのコーヒー。

しかし士郎の拘りで作られたコーヒーと自販機や市販のソレとではやはり比較になどならない。


「美味しい……」


なんとなくホっとする。

これを飲むだけでもこの場所に来て良かったと思える。


「(我ながら単純だなぁ)」


スクライアの集落とこの海鳴市。

ユーノにとって比べることの出来ないかけがえのない『故郷』。


「(願わくばこの街に永久の平穏を、なんて……柄にもない事、考えてるなぁ)」


ボンヤリと信じてもいない神に祈りを捧げてみる。

願うだけならタダという信仰心に喧嘩を売るような真似をしている彼の耳に来客を付ける鐘の音が響く。

そして。


「お母さん、ただいまーーー!!」


聞き覚えのあり過ぎるその明るい声に、ユーノは思わず口に含んでいたコーヒーを噴出しそうになった。

そして冒頭のやり取りに戻る。



喫茶翠屋 テーブル席


「そっか。休暇でこっちに顔を出してたんだ」

「うん。最後に来たのが半年前だったし、良い機会だと思ってね」


テンパっていた姿を教え子兼部下に見られ、軽く落ち込むなのはを宥めながら二人は自然と対面するように席に座っていた。


「それにしても、連絡くらいしてくれても良かったんじゃないかな? まさかユーノ君がいるなんて全然考えてなかったよ」

「あはは。でもなのは、事前に桃子さんに連絡したんだよね? その時、言ってなかった?」

「聞いてないよ。もう……お母さん絶対わざとだよ」


とはいえ久方ぶりの会話になのはの胸は踊っている。

このテーブルはユーノと彼女の二人だけ。

仕事そっちのけで、というわけにはいかないがそれでもこうして彼と二人きりになれたのは嬉しいのだ。

ティアナ、スバル、リインは空気を読んだシチセイにより挨拶を終えた時点で有無を言わさず少し離れた別のテーブルに座らされている。


「(まさか本当に遭遇するとは……)」


高町家の方々への挨拶もほどほどに注文したコーヒーを飲むシチセイ。


「えっと、シチセイさん。あの人が、シチセイさんの上司でなのはさんの先生だって言う……」

「ああ、ユーノ・スクライア司書長その人だ。今日はオフでな。俺から友人知人に会いに行ってはどうかと提案してはいたのだがまさか遭遇するとは思わなかった」


二人に配慮してか声を抑えながら質問するスバルに同じく声量を落として応えるシチセイ。


「(結構、普通の人ね。あんな細い身体で遺跡調査なんて出来るのかしら?)」


チラチラと談笑している二人に視線を向けるティアナはかなり失礼な事を考えていた。


「ランスター二士。言っておくが無限書庫司書長という役職は提督と同等の権限を持っている。二士のお前があまり軽はずみな事をすると問題になるぞ?」

「えっ!? ってオウハさん。今、どうして私の考えてた事……」

「顔に出ていたぞ。案外、普通の人だな……とな(あれでもかなり身体は鍛えているんだが……やはり初見じゃわからんか)」

「あ、うう……すみません」


仮にも提督クラスの権限を持つ人物に対して失礼な事を考えていたティアナはばつが悪そうに俯いてしまう。

いくら六課が上下関係に緩いとは言え、それは身内でしか通用しない事柄だ。

シチセイとて六課にいる間はそれなりに寛容になるつもりではいるが、その態度を六課の外にまで持ち込ませるつもりはない。

しっかりと緩急を付ける事を意識させておかなければ困るのは彼女たちなのだから。

なのはたちはなんだかんだで十年の職務経験があるので、場を弁えた対応という物を心得ている。

故にシチセイが目を光らせるのは経験の足りない新人たちに対してのみだ。


「司書長はそんな事を気にする方ではないが、『そうではない人間』もいるという事は肝に銘じておけ。とりあえず思っても顔に出さないよう努力しろ」

「はい……」

「ユーノさんの凄さはパッと見ただけじゃわからないからそう思っても仕方ないです!」

「それはフォローになっていませんよ、リインフォース空曹長」


シュークリームを食べながら笑顔を浮かべるリイン。

シチセイの苦言など耳に入っていない様子で食べるのに夢中になっている。

その様子に思わずため息が漏れる。


「なかなか大変そうですね?」


そんな折、彼に声をかけてきたのは士郎だった。

シチセイの苦労を労う言葉と共に新しいコーヒーカップが手元に置かれる。


「それほどでもありません。年長者として当然の事をしているつもりですので。しかしこれは……?(テーブルの脇に来るまでの動きに無駄が一切無し。しかも正中線に揺らぎがない。相当に鍛錬を積んでいる証拠だが……逆に筋肉は衰えている。現役ではないのか? とすれば跡継ぎは美由紀氏という事になるな。彼女も見た目年齢以上に練磨されているようだし)」

「なのはがお世話になっている方へのサービスです。スバルちゃんとティアナちゃんにもミルクティーのお替りを出してますので御代は気にせず飲んでください。(ほう……かなり実践的な鍛え方をされている方だな。店に来た時の動きから察するになんらかの格闘術をやっていると見える)」

「そういう事でしたらありがたく頂きます。(こちらが観察しているようにあちらも俺を観ているな。まさか教導官の身内にこんな人間がいるとは……)」

「いえいえ。それではごゆっくり。次はぜひとも仕事がない時に来られてください(こちらの探りにも気付いている、か。そういえばユーノ君も同じ足運びをしていたな。ひょっとすると彼が前に話していた師というのは……)」

「ええ。そうさせていただきます(次の機会か……この人となら良い酒が飲める気がするな。考えておこう)」


二杯目になるそのコーヒーの味はやはりインスタントなどとは比べようもなくシチセイは時間が許す限り、その味を堪能した。

そしてまたも来客を告げる鐘の音が響く。


「皆、お待たせ」

「「お、邪魔します」」

フェイト、エリオ、キャロの到着である。

久しぶりに馴染み深い場所に来たせいだろう、フェイトの顔は普段よりも明るい。

対してエリオとキャロは緊張しているようだ。

あまりこういう店と縁がなかったのかもしれない。


「あ、フェイトちゃん、お疲れ様!」

「エリオ、キャロもお疲れ! 早くこっち来なよ。ここのミルクティー、すっごくおいしいから!!」

「あんたは声を落としなさいよ。他の人の迷惑でしょ。」

「シュークリームもありますよ〜〜」

なのはらの歓迎を受ける三人。

まだ彼女らはユーノの存在には気付いていない。


「(モンディアルとルシエはともかく、ハラオウン執務官は気付きそうなものなんだが……まぁすぐに分かる事か)」

シチセイの推測は勿論、当たる事になる。


「やぁ、フェイト。久しぶり。エリオも元気そうだね」

「「えっ!?」」

「?」


位置的にフェイトらに背を向けていたユーノが振り返りながら挨拶をする。

こんな所で会えるとは思わなかった人がいた事への驚愕で二人が固まり、キャロはそんな二人の様子に首を傾げる。


「ユーノッ!?」

「ユーノさんッ!?」

「うん」


パタパタとユーノに駆け寄る二人。

置いていかれた形になったキャロはキョトンと目をパチクリさせている。


「いつこっちに来たの!? 連絡ぐらいくれても良かったんじゃ……」

「あはは……それ、なのはにも言われたよ。ごめんごめん」

「お久し振りです、ユーノさん!!」

「ああ、エリオ。前に会った時よりも背が伸びたかな?」

「そ、そうですか?」


頭を撫でられて嬉しそうに笑うエリオ。

ありのまま年相応の子供として振舞うエリオの姿に、キャロは寂しいという気持ちを抱いた。


「(……どうしたんだろう、わたし)」

「ルシエ三士、彼がユーノ・スクライア司書長だ。以前、食堂で話した事があったと思うが」

少女の心の機微に気付いたのか一人でいる彼女をフォローするかのようにシチセイが話しかける。

「あ……シチセイさんの上司で、フェイトさんたちの幼馴染の……」

「そうだよ。キャロ・ル・ルシエさん」

「あ……」


いつの間に近づいてきたのか柔らかな笑みを浮かべながらキャロと視線を合わせるユーノ。

同じ視線になるように片膝をついている。


「初めまして。フェイトから君の事は聞いてるよ。懐に隠れているフリードリヒもよろしくね」

「あ……はい! 宜しくお願いします!!」

自分の頭を撫でる暖かな感触と優しい笑顔に、キャロは先ほどまでの寂しさを忘れて笑みを浮かべていた。


和気藹々とした談笑はなのはが頼んでおいた現地司令部へのお土産が包み終わるまで続き、シチセイはその光景を一歩引いた位置からずっと眺めていた。


「(ユーノもなんだかんだでまだ子供だな。無限書庫にいる時とは比べ物にならんくらいの良い笑顔だ。やっぱ休みを提案したのは正解だったな。……見てて面白いし)」


まさか仕事用の表情をしたその裏側でユーノと周りの女性陣のやり取りを楽しんでいるとは誰も思わないだろう。




あとがき

少し振りです。作者の紅(あか)です。

今回はサウンドステージの1のお話にユーノ、シチセイを混ぜる形になりました。

題名の通り、前後編でありもう一話を使ってサウンドステージ編を終了します。

本編に先立って接触した新人たちとの交流、まだ会っていないはやてやアリサたちとユーノのやり取りがメインになりますのでご期待頂ければと思います。

リアルの事情で更新がさらに遅くなる可能性がありますが今後とも宜しくお願いします。

それではまた次の機会にお会いしましょう。





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